Re:ゼロから始める異世界生活6章オットー同行if 作:樫ハット
後半は視聴しながらずっと泣いてました
何なら二周して二回とも泣きました
「おお……ここがあの塔の中か……」
竜車の外に歩み出たスバルは、まず薄暗い空間と乾いた風に出迎えられた。ずっと遠目に追い続けた塔についにたどり着いたとなれば、感慨もひとしおだ。
風の雰囲気は砂丘のそれに近く、空間の暗さは砂海の地下のそれに近い。ただ、砂丘に比べれば風には砂が混じらず、地下と比べれば暗さは和らいでいる。
原因は空間のそこかしこに備え付けられた魔法灯と、壁にびっしりとこびり付いて淡く光る苔によるものだろう。あの手の苔は確か以前、『聖域』の墓所の中でも見かけた覚えがある。どこにでも群生するあたり、わりと便利な植生だ。
「あれが、五層に続く階段ってことでいいのか?」
「ええ、そうです」
「……え、これ上るの?」
床は石造りで、竜車を中心に、ざっと半径で二、三百メートルくらいの円形の空間が広がっている。その外縁に段差――階段のようなものがあるのがわかる。ただ、それは膨大な量の段差となり、広大な円形の塔をぐるりと回る形で組まれる螺旋階段を呈している。
問題はその長さだ。スバルが上を見上げると、ぐるぐるとその螺旋階段が続き、ずっと遠くにまた石造りの天井が見える。次の階まで何段歩かされるのか、考えただけで嫌になる高さだ。スバルが絶句したのも無理はないことだろう。
「これを上るかしら。頑張れば、そんなに時間はかからないのよ」
「頑張ればって……せっかくやる気出したのに出端を挫かれた気分だぜ……」
そう嘆くスバルの背中に、何やら嘶く声が聞こえてくる。反射的に振り向くと、そこには デザート仕様のガイラス種、ジャイアンがいた。ガイラス種はタフが売り、その文句に恥じないしぶとい生き様を見せ、ジャイアンは見事にあの難局を乗り切ってみせた。
「おー、ジャイアン! お前も無事で何よりだ! ジャイアン、死んじゃいあん!」
「なんで急にそんなくだらないこと言い出したのかしら!?」
「いや、やっとかなきゃいけない気がして。でも、無事で嬉しいのは本気だぜ」
その地竜に歩み寄り、顎を撫でまわすスバル。ジャイアンも大事な旅の仲間だ。まずはその一人が無事であることをこの目で確かめられて、スバルはなんだか心が安らぐ。それと同時に、他の仲間にも早く会いたいと気が急くのを感じる。
「ああもう、チクショウ! 上ればいいんだろ!」
「その意気かしら。ファイトなのよ。ベティーも応援するかしら。――上に着いたら呼んでくれると、とても助かるのよ」
「させねぇよ、ショートカット!? お前も一緒にこいよ。歩け! 汗を掻け!」
「残念だけど、ベティーは可愛い精霊だから汗なんて――」
仕方なしに階段へ挑む覚悟をスバルが固めると、ベアトリスがそれを挫きにかかる。が、言い合いの最中、ベアトリスはふいに言葉を中断し、頭上を見上げた。いつもの軽口に苦笑していたオットーもつられて見上げ、すぐ血相を変えて振り向く。
「どうした、二人とも?」
「今すぐ竜車の方に走ってください!」
「何が――」
「急ぐかしら!」
ベアトリスがスバルの手を取り走り出す。困惑しつつもそれに従うスバルだったが、二人が何を意図していたかはすぐにわかった。
――走りつつ振り返れば、凄まじいプレッシャーが頭上に発生し、スバルは息を呑む。
その圧迫感の原因は猛然と迫り、スバルたちから少し離れたところに着弾する。激震が巨大な塔を揺るがし、生まれた爆風と砂煙にスバルは吹き飛ばされかけるが、辛うじてジャイアンの巨躯に受け止められる。
「全く……こっちがどれだけ脆いのか理解していないんでしょうねぇ」
噴煙を腕で防ぎつつ隣で愚痴のように呟くオットー。彼はその向こうの存在を理解したらしい。
スバルは吹き付ける砂と暴風の中、必死に目を押し開いた。
噴煙の向こう、着弾地点の砂煙が唐突に払われる。
煙を引き裂くような突風と、その向こう側から堂々と姿を見せる人影。もうもうと立ち込める砂を破って現れる相手の姿に、スバルは事のあらましを理解する。
その姿は、スバルの主観ではついさっき見たばかりのものだ。
「お前は……」
つかつかと、固い床を踏みしめて歩み寄ってくるのは長身の女だ。
黒に近い褐色の髪をポニーテールにして、大胆に手足、腹や背中まで露出した半裸と言って差し支えない格好。胸と下腹部を最低限にだけ隠し、その服装の上から黒いマントを羽織った、ずいぶんと偏った衣装の人物だった。
スバル的に言えば、ホットパンツに黒ビキニを付けてマントを羽織った痴女だ。
すらりと長く白い手足に、惜しげもなく揺らされる豊満な胸。背丈はスバルと同じぐらいか、やや向こうの方が高く、腰の高さは比べるべくもない。
白い肩の上には整った顔が乗っており、気だるげだが目力のある美貌があった。
――それは間違いなく、スバルが意識を失う直前、最後に見た顔だ。
あのケンタウロスに対して、容赦ない攻撃を加えて屠った人物。有体に言えば、スバルたちの命の恩人である。
それと同時に、地上で一度、スバルの命を奪った存在。
「……話は聞いてる。お前が『賢者』ってことでいいのか?」
「――――」
無言で歩み寄る女に、スバルはダメもとでそう問いかける。
推定『賢者』がだんまりを決め込んでいることは既に聞かされている。だがスバルはまだその様子を直接見たわけではない。一度探りを入れることは、そう悪い選択肢ではないはずだ。
しかし、女はスバルのすぐ目の前にくるまで何も答えず、手を伸ばせば届く距離まで近付いたところで足を止め、しげしげとこちらを見るだけだ。
その全身を舐めるような視線に、スバルは思わず喉の渇きを覚える。
同時に思い出す。彼女は魔獣である、と。
敵対した場合、その危険性は想像を絶する。その実力はケンタウロスを容易く葬り、想像を絶する距離から飛び降りても何の影響もなく、エミリアを超える怪力。
下手を打てば、即座に消し炭にされてもおかしくない相手だ。そんな相手の出方が全く見えないのは、恐ろしい以外に何の感想も抱けまい。
「――――」
スバルの右手には、ベアトリスの手が繋がれている。そこから彼女も緊張しているのが伝わってくる。スバルが微かに手を強く握ると、ベアトリスも握り返してくる。スバルはそれに勇気をもらい、一歩前に歩み出ると、再び口を開く。
「地下でのことは、助かった。おかげで俺も無事にここに来られた。ほんと、感謝してる。それで……別に敵対するつもりとかない……んですよね?」
「――――」
続く沈黙にスバルの言葉は尻すぼみになる。返事はない、というより、眼中にないのだろうか。推定『賢者』はスバルの言葉に反応せず、じろじろと見てくるだけだ。
下手に刺激してしまう前にスバルが口を閉じようかと思った、そのときだった。
「ナツキさんは目覚めました。彼があなたの目的だったんでしょう? そろそろ、あなたのことを教えていただけませんか?」
オットーが彼女の目を見て毅然と問いかける。その言葉に、スバルは気を失う直前のことを思い出す。
『――見つけた』
意識は朧気だったが、それは確かに彼女が発した言葉だった。見つけた、とは何をだろうか。あのときスバルの方を向いていたのは覚えている。オットーは、それを見てスバルを探していたのだと解釈したらしい。
だが、彼女は答えない。一体どうすれば――そんなスバルの不安は、ふいに破られた。
「……三つ」
「へ?」
「――――」
スバルをじっと見つめていた推定『賢者』が、急にそんな風に呟く。
その声はやや掠れてはいたが、続けて聞くことができればおそらく美声と判断できるハスキーボイスだ。
ただ、どうにもミステリアスというか、心情の読み取れない目の前の女の声にしては、可愛げがあるなとぼんやりと思う。
気を失う前の第一声に続いて、第二声が聞けた。全くの無言というわけではないようだ。しかしこちらがわかるように話す気はないのだろうか。そうスバルが訝しみ、口を開き言葉を発する直前、彼女は静かに吐息して、
「ま、それはいっか。そんなことより、見つけた」
「あー、ええ、と……何を?」
あっけにとられるスバルに先手を打った。スバルは口から出かかった言葉を曖昧に噛み殺し、どうにか意図を問いただす言葉をひねり出す。
言うと同時、彼女は花開くように表情を変化させる。それまで真剣に、スバルの内を覗き込もうとするかのような態度だったものが、ゆっくりと大きく、時間をかけて、凍ったものが溶け出すかのように。
口元が横に広がり、それは笑顔と呼ばれる形になって、
そしてその推定『賢者』は、スバルを見つめて、言った。
「――お師様」
「……は?」
まったく聞き覚えのない単語と、まったく向けられる覚えのない感情。
「……ナツキさん?」
「いや、地下で会ったのが初対面で、今は正真正銘二回目だ」
呆気に取られるスバルにオットーは暗に知り合いかと問いかけるも、スバルもゆるゆると首を振りながらそう答えるほかない。
いったい、何を言われているのか皆目見当がつかないまま女に向き直り、
「いや、悪いけどたぶん人違いとかそういう類の……むぐっ!?」
「お師様ぁ! もうもうもう! 待ってたッスよ~!」
「スバル!?」
言葉の途中で、感極まった様子で飛び込んでくる女に抱きしめられる。というより、飛び込んできた女のタックルを食らい、押し倒される形だ。
背中から床に倒れむスバルに巻き込まないように、咄嗟にベアトリスの手を離す。目を白黒させるスバルの顔を、切羽詰まった様子でベアトリスが覗き込む。
「っ何を! ナツキさん!? 無事ですか!?」
オットーもスバルの身を案じて駆けよるも、女はそんな周囲の様子を意に介さない。その長いポニーテールを振り乱し、女は異常な怪力でスバルを締め上げつつ、嬉しそうな声で何度も何度も繰り返すだけだ。
「お師様! お師様! 長かったッス! 寂しかったッス! もうずっと、このまま近付く奴らを狙撃するだけの人生かと思ったッス!」
「ま、待て! 待て待て! なんだ!? 何の話だ!?」
「なんだってひどいッスよぉ! お師様が命令したんじゃないッスかぁ。祠に近付く奴らの邪魔をしろって……方法はまぁ、別ッスけど」
「じゃなくて、俺がお師様!? 何を言ってやがる!?」
困惑の中、スバルは一拍遅れてオットーたちの不安そうな表情の理由に思い当たる。
――彼女の正体が魔獣であること。
仮に敵意があれば、スバルは今の一瞬で消し飛ばされていたことだろう。そうでないということは、ひとまずこの抱擁は安心して受けて良さそうだ。
などと考えていられるほど、この抱擁は優しいものではなかった。触れている女の肌は柔らかいが、抱きしめているその腕力が異常だ。スバルは今この女に絞め殺されている途中だと言われても納得できるほどに。
「ま、待て! 待て待て! 一旦、離れて、話をしよう! マジで、折れる!」
スバルは必死に逃れようとするが、女も女で言い分があるのか、スバルから離れようとしない。スバルが抗うほど、かえってその力は強まっていく。
「いやッス! 絶対にいやッス~! そんなこと言って、また目ぇ離した隙にいなくなるつもりに違いないんス! お師様変わってなさすぎ!」
「だから俺はお師様じゃねぇって言って……そもそもお前は誰なんだよ! なんで俺を探してた!」
強情な女は何のトラウマがあるのか、スバルから決して離れない。それならばせめて真意を探ろうと、咄嗟にオットーの仮説を引っ張り出す。
「何を言ってるッスか! シャウラッス! プレアデス監視塔の星番! お師様の可愛い教え子のシャウラッスよぉ! お師様がここに帰ってくるのを、ずっとずっと待ってたんッス!」
さっきまで黙っていたというオットーとベアトリスの説明が嘘のように、スバルの問いに素直に答えを返す。
「覚えがねぇ――!」
だが、やはりスバルの方にそのような記憶はない。それを聞いたところで、やはり状況はさっぱりわからない。
それでも一つ、その説明の中に聞き捨てならないことがあった。彼女が名乗った名前、――シャウラは、この塔に住まう『賢者』の名前のはずだ。
そのプレアデス監視塔にいる、偉い『賢者』がまさかこんなわけのわからない女であるはずがない。
そこに異議を申し立てようと、スバルが息を吸い込んだそのとき、ふいに変化が飛び込んだ。
それは――、
「――大変! 大変よ! 起きたらスバルがどこにもいないの! みんなに急いで知らせて、探しにいかなきゃ……」
「あ」
と、竜車の扉から飛び出すように、寝癖だらけのエミリアが転がり出る。焦燥感でいっぱいだったエミリアは、竜車を出たところで絡まり合うスバルとシャウラ、それを固唾を飲んで見ているオットーとベアトリスを見つけ、目を丸くする。
「エミリア様!」
「スバルが!」
オットーとベアトリスが声をそろえてエミリアに助けを求める。大方の事態を把握したエミリアは、瞬時に表情を引き締め、スバルの下へと駆け寄る。だがシャウラは既にスバルと密着しており、無理に引きはがすとスバルの方が無事でなくなる状況だ。
「スバル、平気なの!? どこも痛くしてない!?」
「エミリア……たん! このままだと、いずれ平気じゃなくなる、って感じだな……!」
ひとまずあからさまな攻撃を受けたわけではないと理解し、エミリアはかすかに表情を緩める。すると今度は、
「『賢者』さん、お願いスバルを離してあげて! とっても苦しそうだわ!」
素直にスバルを解放するよう頼み込む。
その声にようやく第三者の存在を認識したように見えるシャウラ。そちらに気を取られて心なしか力が弱まったように思える。が、シャウラがエミリアに返した言葉は、
「ぷいーッス」
対話の拒絶以外の何物でもなかった。
「……あ? お前さっきまで俺とは普通に話して――」
「あーしはお師様の言いつけを忠実に守ってるだけっす」
またしても『お師様』とやらが出てきた。その正体が気になるところだが、今はひとまずこうするのを優先すべきだろう。
「じゃあ、俺が頼むから少し力緩めてくれ……自慢じゃねぇが脆さには定評がある俺だぜ?」
「む……そう言ってお師様またあーしから逃げる気ッスか?」
「あーもう! 逃げないから、一旦くっついたままでいいから、とにかくそうしてくれ!」
叫ぶようにそう訴えると、渋々といった様子で、シャウラは抱擁を解き、瞬時にスバルの腕にしがみつく。血圧を測られているときのような感覚だが、さっきよりはマシだ。
どうやら本当に、スバルのことをお師様だと思っていて、命令に従う気があるらしい。騙しているようで気が引けるが、スバルとて自分がお師様だと偽ったわけではない。ひとまず状況を落ち着かせるのを優先するのは、悪いことではないだろう。
それを見てようやく一息ついたのか、オットー、ベアトリス、エミリアの三人はようやく肩の力を抜いたように見えた。
「地下での物言いを聞いて、ナツキさんに何かあるんじゃないかと疑ってはいましたが……ここまで劇的だとは」
「スバル、本当に大丈夫なの? どこも怪我してない?」
「あ、ああ、なんとかな」
あらためて状況に困惑するオットー、スバルの身を案じるエミリア。ベアトリスはあぐらをかくスバルに無言で近づき、シャウラがしがみついていない側に座り込むと、スバルの手を握って隣に座り込む。スバルはベアトリスを安心させるように、しっかりと握り返す。
「両手に花なんて、起きたばかりで良いご身分ね。鼻の下が伸びてるわよ、バルスケベ」
「そんな余裕があるように見えるかよ……ラムか。それに……ユリウス、アナスタシア、メィリィまで」
ようやく落ち着いて状況を見られるようになったスバルに、新たな声がかかる。見れば、そこにはラムを先頭に、旅のメンバーが上階から降りて集結したところだった。
聞いてはいたが、こうして全員無事なのを確かめられて、スバルは心のどこかにあった緊張がほどけていくのを感じる。
「スバル、私たちにも状況を説明してもらえないだろうか。彼女との間に何があったのか」
そんなスバルとは対照的に、剣の柄に手をかけ、緊張した面持ちでユリウスがスバルに説明を求める。その様子は見るからにシャウラを警戒しているようだった。おそらくユリウスも彼女の正体が魔獣であることは聞き及んでいるのだろう。
スバルからすると敵意のなさはほぼ確実として良さそうなところだが、他の皆にとってはそうではない。ここはひとまず今得られた情報を共有すべきだろう。
「なんや元気そうなのはええけど、起きて早々ナツキくんは騒ぎの渦中やなんて」
「うるさいのは苦手だけどお、お兄さんが起きたのは良かったと思うわあ」
そう率直な感想を告げたのは、ユリウスとラムに遅れて、最下層に到達したアナスタシアとメィリィだ。これで、治療中という話のレムとパトラッシュ以外は集合だ。
「俺の方が説明してほしいくらいなんだが、ひとまず事態は落ち着いたし――まず、話をしよう。わからねぇことが多すぎる」
スバルは一つため息をつき、情報共有を求める。
状況がバタバタするのはいつものことだ。今得られた情報、シャウラから聞き出せそうなこと、とにかくわからないことだらけだが、ヒントはある。
そういうことは、全員で頭を突き合わせて話し合った方が良い。スバルはその経験則に従い、対話を始めるのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一団は車座になって座り、会議を始める。シャウラは相変わらずスバルの右腕にしがみついたままというのは少し締まらないが。スバルの左側にはエミリアが正座し、それとなくシャウラへの警戒心を感じる。ベアトリスは、もはや定位置になりつつあるスバルの膝の上だ。
肝心の会議の方だが、情報共有はオットーが事前にしてくれていたようで、つい先ほどのシャウラの振る舞い以外、スバルから追加する情報も大してなかった。スバルの方もオットーから説明を聞いているので、知らないのはいよいよ『試験』のことくらいだろう。
「……とにかく、だ。みんなよく無事だったな。こうして顔見られてようやく安心した気がするな。レムとパトラッシュを未確認なのは怖いんだが……」
「まだ疑ってるかしら。大丈夫なのよ。ちゃんと、みんな無事かしら」
「ベアトリス様の言う通りだよ。とはいえ、君の不安や心配は正当なものだ。あとでちゃんと見舞うといい。――さすがに今回は皆、肝を冷やした」
再会を喜ぶスバルに、ベアトリスとユリウスも首肯する。ユリウスは砂海で別れた直後のことを回想しているのか、渋い顔だ。
「ラムもオットーもアナスタシアさんもパトラッシュも、誰かが欠けてたら冗談抜きにあそこで死んでたかもしれねぇ」
「見事に非戦闘員ばかりでしたからね……実際、シャウラさんが来てくれなければどうなっていたか、ちょっと考えたくありません」
オットーも当時の危機的状況を思い出して顔を青くしながらスバルに同意する。スバルとしても、あの後のころは色んな意味であまり思い出したくはない。だがそういう部分に重要なヒントが隠れているかもしれないと考えると、忘れてばかりもいられない。
「そういや地下であったことと言えば」
ふと一団を見回して、ラムの顔が目に留まる。
白い肌に薄紅の瞳。言うまでもなく整った顔立ちと、涼やかな美貌。可憐と優美の狭間にある妖しげな果実のような麗しの顔貌。どう見ても、いつものラムだ。
ただし、スバルがその顔をじっと見てしまうのは、顔貌の美しさが理由というわけではない。
「――不愉快な目はやめなさい。じっと見て、何のつもり?」
「いや、ラムだよなぁって思って」
「これはもうダメね」
「何の主語もなしに判定するのやめろよ! そうじゃなくて……」
「瘴気、ですか」
「……そうだ」
スバルの言葉を軽口と切って捨てるラムに、口をまごつかせるスバルに、オットーが助け舟を出す。
「そうだわ! 私もラムから聞いてたの。瘴気で心の調子がおかしくなったって……スバル、平気なの?」
瘴気という単語を聞き、エミリアは思わずといった様子で立ち上がり、スバルの顔を両手でつかんでじっと覗き込む。
白く滑らかな肌、紫紺の瞳が急に目の前に立ち現れ、スバルは思わず動揺する。
「エ、エミリアたん!? 俺はもう大丈夫だよ!? ほら、エミリアたんとベア子が治療してくれたおかげじゃないかな」
「ほんと? 無理してない? 隠してたら怒っちゃうんだから」
「無理もしてないし、今はもう平気ってのもほんとだよ」
エミリアを何とか安心させるべく、大袈裟なジェスチャーでこれでもかと元気をアピールする。
「スバル、もしまた調子が悪くなったらすぐに言うかしら。塔の中も瘴気と無縁ではないのよ」
「ああ、わかってる。頼りにしてるぜ? ……ってか俺ってそんなに危なっかしく見えてる?」
ベアトリスも念押しする形でスバルを心配する。心配してくれるのはありがたいが、いつにもまして頼りなさが知らしめられているようでなんだか複雑な気持ちである。
「バルスの脆さは折り紙付きよ。バルス以外に特に瘴気の影響が見られなかったこともその裏付けね――人様に迷惑をかける前に誰かに相談しなさい」
「それは言い返せねぇな……けど、心配してくれてありがとよ。まあとにかく、お互い無事で良かった」
「……時間の無駄だったわね」
「そういうこと言う!?」
ラムが遠回しな優しさを見せたと思ったらすぐにこれである。人が素直に感謝を伝えたというのに、まったく伝え甲斐のないお嬢さんである。
「けど、やっぱり、この距離感だよな」
変に憎々しくなったり、深刻になったりもしたが、やはりラムはラムだし、この距離感がスバルにとっても心地良い。もっとも、そんなことを言えば「いやらしい」と切り捨てられてしまうことは目に見えているので、決して口に出すことはないが。
「そろそろ、話を進めたいと思うんやけど、ええかな?」
話し合いの途中で話が逸れてしまったのを軌道修正しようと、アナスタシアがはんなりと微笑み、スバルに問いかける。
「悪い悪い、無事に再会できたのが嬉しくてつい、な」
「無事に合流できて安心しとるんはうちも同じやね。あのときはうちも冗談やなしに死ぬかと思ったわ。あの後はオットーくんと一緒にそこの『賢者』さんと交渉を試みながら帰ったわけやけど……」
「何も話してくれず途方に暮れていたところ、だったんですが」
肩をすくめたアナスタシアの言葉を引き取りつつ、シャウラに目を向けるオットー。スバルの右側、相変わらず彼女はぎゅっとスバルの腕にしがみつき、決して離そうとしない。
「そこの『賢者』――シャウラさんの突然の心変わりには、正直僕たちも困惑するばかりです」
「せやね。やって、さっきまでは押しても引いてもなぁんにも答えてくれんかった人が、ナツキくんにこんなメロメロなんやもん」
「話は聞いてたけど、これが無口? あれを見た後だとちょっと想像できねぇんだけど」
「これじゃなく、シャウラッス。お師様~」
「うぜぇ……」
肩をすくめるアナスタシアと、むくれるシャウラにスバルはげんなりする。
「スバル、『賢者』であるシャウラ女史をそう無碍に扱うものではない。その、彼女は……」
「……言いたいことはわかってる。けど、この様子を見るとどうにも気が緩むというか」
彼女の名前がシャウラであることは既に共有済みだ。であれば自動的に彼女が『賢者』ということになるはずだが、この様子を見ているとスバルは賢者の意味を辞書で引いてこいと言いたくもなる。
だが、ユリウスが何を警戒してのかはわかる。彼女の正体が魔獣であることだ。仮にスバルが何かのきっかけで逆鱗に触れれば、スバルなどゼロ距離から例の針で仕留められて終わりだ。だから警戒の意味も込めて丁重に扱うべき、というユリウスの言い分もわかるのだが……。
「なあ、シャウラ」
「なんッスか、お師様?」
「……シャウラさん、俺って敬語で話した方がいいですかね?」
試しにスバルがそう問いかけると、シャウラは不気味なものを見たように嫌な顔をして身震いし、首をぶんぶんと横に振る。
「うあーなんか気持ちわりッス。普通に話してほしいッス。……尊敬とか全然いらねッスから、代わりにあーしのことを愛してほしいッス!」
「それは無理。俺の両手と膝の上はエミリアとレムとベアトリスで予約済だ」
「堂々と三股発言……お師様の浮気性! でもあーしは側室でもお師様といられるならノープロブレムッス!」
「なんなんだよこの好感度の高さ!」
スバルの隣でオーバーリアクションを取りつつコロコロと表情を変え、包み隠さず『お師様』への愛を宣言するシャウラ。その痛々しいまでの一途さには色々思うところがあるが、まあ今問い詰める必要もなかろう。
それにしても、いくら勘違いだとしても、こうも好感度百ですり寄られるとスバルも調子が狂う。
「それはともかく、まあ俺もお前相手に敬語ってなんかしっくりこねぇし……ってことで、まあこの距離感でいいんじゃねぇか?」
「ナツキさん、ほんとにシャウラさんとは初対面なんですよね?」
「大マジだよ! そこで嘘つくメリットとかないしな」
「いやらしい」
「それは何に対してのコメントなんだよ!」
各々に疑いの目を向けられ、スバルは必死で弁解する。
シャウラと面識がないとはっきりわかるスバル視点では、明らかに人違いで好意を向けられているのがわかるが、外から見れば何かと疑わしい光景になってしまっているのだろうか。
ここは一つはっきり宣言しておくべきだろう。
「そもそも俺はお師様じゃねぇって何度も言って……なに、エミリアたん、その目」
そう思って発言したスバルを、エミリアがその丸い目を細めて見ているのがわかった。まさかエミリアからも疑われているのかとスバルは身構えるが、エミリアは「ううん」と言葉を継ぎ、
「大したことじゃないかもしれないんだけど……なんだろ。スバルとそのシャウラって子の喋り方、雰囲気が似てない?」
「俺、こんな下っ端口調で喋ってないよ!?」
「そうじゃなくて、言い回しっていうか。ほら、スバルっていつも真剣な話してても悪ふざけするでしょ? あんな感じがするの」
「そんな風に思われてたの!?」
心外な評価が飛び出したことにスバルは仰天するが、エミリアは気にした風もない。それどころか、
「ふむ……確かに言われてみれば」
「心なしか語彙も似ている気がしますし……」
「バルス並みの会話力ということ? 先が思いやられるわね」
「お兄さんの喋り方、わたしは結構好きだけどお?」
「せやけど、みんながみぃんなそれやと胃もたれするやん?」
周囲の賛同とイマイチな評価に、スバルは空いた口が塞がらない。が、そんなスバルに代わって、轟然といきり立つ一人の幼女――ベアトリスだ。
「まったく、勝手なことばかり言うんじゃないかしら。お前も、さっきからスバルに馴れ馴れしい上にべたべたしすぎなのよ。スバルの手を取るのに、ベティーがどれだけ苦労したと思ってるのかしら! ズルいのよ!」
途中から主題がずれているが、ベアトリスからフォローが入る。が、そんなベアトリスの抗議を受けても、シャウラは知らん顔だ。
「話を戻しますが、そうなると本当にシャウラさんの出自が気になりますね。その『お師様』とはどういったご関係で?」
「ぷいーッス」
「俺と普通に話してたから忘れてたけど、お前らの前ではそうなんのか」
オットーの質問には露骨に顔を逸らすシャウラ。スバルが起きるまでは終始こんな感じだったのだと考えると、交渉役の苦労がしのばれるというものだ。
「仕方ない、ではナツキさんに聞いてもらいますか」
「それでもいいけどさ、やっぱ面倒だろ。シャウラ、お前なんで俺以外とは会話しないんだよ」
やれやれとため息をつき、交渉役をスバルに譲ろうとするオットー。しかしそんな面倒な話があるかと、スバルはシャウラに真意を問いただす。
スバルに質問されたシャウラは、
「お師様、自分で言ったことも忘れたッスか? 誰に何を聞かれても、余計なことは言わない話さない教えないっていうかぶっ刺せって言ったのはお師様ッスよ。あーしはその教えを忠実に守ってるだけッス。文句言うならお師様自身にしてくれッス」
「そのお師様だいぶひでぇな!」
「そそ。お師様スゲーひどい人なんス。深く反省と陳謝を求める所存ッス」
「だから俺はお師様じゃねぇって言ってんだろ……」
「そんなわけないッス! だって、こんな鼻が曲がりそうなぐらいどす黒くてエグイ臭いプンプンさせて平気な人なんて、お師様以外には考えられねッスもん」
「そこまで傷付けられたのは正直初めてだよ! なに、俺そんなひどいの!?」
想定していなかった方向からストレートに悪口を言われ、顔を赤くするスバル。そこにエミリアが、
「だ、大丈夫よ、スバル。私、ちゃんとわかってるから。だから後でしっかり、水浴びしましょう?」
「ちゃんとわかってもらえてねぇ!」
とフォローになっていないフォローをしてくれる。
さめざめと凹むスバルが使い物にならなくなり、慰めるエミリアを横目にベアトリスが嘆息。それから少女は腕を組み、スバルに背中を預けたまま、
「お前がスバルをどこの誰とも知らない相手と勘違いした理由はわかったかしら」
「勘違いしてないッス。チビッ子のくせに、生意気ッスね」
「生憎、そのチビッ子がお前の大事なお師様のパートナーなのよ。おっと、人違いだったからお師様でも何でもなかったかしら。失礼したのよ」
「――――」
「――――」
静かに、ベアトリスとシャウラの間で視線の火花が散る。
完全に話の主題がとっちらかってしまっているが、軌道修正しようにもまともに話になる人間が少なすぎる。こうなると、わりを食うのが常識側の面子だ。
「とにかく、シャウラさんが他の人と話さない理由がそのお師様からの命令だというのなら、命令を上書きしてしまえばいいんじゃないですか? ねえ、
「話がとっちらかってるのは悪いと思うけど、お前までそう言うのやめてくれよ!」
とはいえ、オットーの言い分にも一理ある。何はともあれシャウラがスバルのことを『お師様』だと考えているのなら、スバルが命令することも可能なはずだ。
一人の人間……いや、魔獣を自分の命令で従えるというのは気分が良いものではないが、これくらいならいいだろう。
「ってことでシャウラ、俺以外の奴ともちゃんと会話しろ。話が進まねぇよ!」
「……いいんスか?」
「いいよ! むしろ推奨!」
スバルの訴えに、シャウラは最初ぽかんと驚いた顔をした。それから彼女は徐々にその表情を変化させ、驚き・理解・納得・感激と順繰りに辿った。
そして、
「うひゃー! やったッス~! お話の許可が出たッスー! これでもう、意味深にミステリアスな美少女を演じる必要なくなったッス~! バンザーイ!」
「そんな要素、もはや欠片も残ってねぇから!!」
尻尾があったら全開で振り回されていただろう、満開の笑顔。
実際、シャウラのポニーテールは大喜びで振り乱されて、腕を拘束したままのスバルの頬やら額やらを何度も殴りつけた。
「……やれやれ」
一方この短時間で散々振り回されたオットーは、ギャアギャアという言い合いを横目に、人知らずため息をつく。
やっと謎の人物と会話の機会を得たとはいえ、見るからに普通の交渉が通じない相手だ。スバルがいてくれるおかげで一見御しやすくはあるが、それも傍から見れば危ういものに見える。
そもそも手綱を握るのがスバルだ。肝心なところで何かやらかして尻ぬぐいに奔走する未来が見える。
これも内政官の務めだと己を奮い立たせようとするも、どうしてこんなことになってしまったのかという嘆きが湧き上がるのを止めることはできなかった。
【第17話での相違点】メンバーのシャウラ警戒度が高い。その影響でエミリアが嫉妬より心配に傾いている。
今回の話はなろう版原作第六章18後半、19辺りに相当しています。