Re:ゼロから始める異世界生活6章オットー同行if 作:樫ハット
「――それで結局、あなたは『賢者』ということでよろしいのでしょうか?」
ひとしきり騒いだところで、オットーが再びその問いを発し、またしても話の流れを戻す。
ようやくスバルの右腕を解放シャウラは、今は車座になる一行の真ん中に胡坐して囲まれている状態だ。ちなみに右腕は痺れて感覚がない。
「――――」
「おい、答えろよ。お前が『賢者』なんだろ?」
「ん~、その質問の答えはムズいッス」
スバルとしては信じたくないことだが、状況証拠から彼女が『賢者』であるはずだ。そう思い、沈黙するシャウラをスバルが問いただす。しかしシャウラはその表情を梅干しを食べたような酸っぱいものにして、曖昧に答えた。
その返答にスバルは眉を寄せて困惑を露わにする。が、代わりに挙手したのはエミリアだ。彼女は「それじゃぁ」と前置きして、
「あなたが『賢者』かどうかは別として……この塔の中で、ずっと砂丘を見張っていたっていうのはあなたでいいの?」
「あ、それはあーしで間違いないッス。四百年、来る日も来る日もずーっとずーっと砂の中を見張って、聞くも涙語るも涙な渇きの日々を過ごしてきたッス……!」
「可哀想……っ」
「エミリアたん、感化されない。お前も余計な情感交えるな」
拳を震わせて応じるシャウラに、感情移入してエミリアの瞳が潤む。そのエミリアを宥めつつ、スバルは今のシャウラの答えを踏まえてオットーに目配せした。
オットーは一つ頷くと、質問を続ける。
「では、次の質問です。『お師様』とは誰のことで、あなたとはどういう関係なのですか?」
それはスバルも最初にそう呼ばれたときからずっと疑問だったことだ。
ここまでわかっている情報だけでも、スバルと同じ、濃厚な『魔女の残り香』を漂わせていた謎の人物である。その上『嫉妬の魔女』が封印されているという噂のこの監視塔だ。なんだかきな臭い人物であることは間違いなかろう。
オットーの問いかけに、シャウラはきょとんとした顔で首を傾げる。
「おかしな話ッスよ。お師様のことならお師様本人に聞けばいいじゃないッスか」
「残念だけど、あなたのお師様はトイレの便器に頭をぶつけて色々抜けたのよ」
「トイレに限定した意味ある?」
ラムが適当な嘘をついてとにかく情報を聞き出そうとする。スバルとしてはわざわざそんな不名誉な理由にする必要があるかと問いただしたいところだが。
それを受けたシャウラはスバルに驚きと同情的な目を向けて、
「お師様、またやったッスか……」
「また!?」
そう答えたのだった。いわれのない屈辱的な視線にスバルが返す言葉を口に出すより先に、その答えに納得したふうな彼女はぴょんと飛ぶように立ち上がり、
「じゃ、あーしの口から発表ッス。お師様の名前……そう、その名も高き大賢人! 確かに『賢者』なんて呼ばれるとしたら、相応しいのはお師様だけ!」
「前置きはいい!」
「せっかちッスね~。でも、それもお師様ッス」
派手な身振りを入れて焦らすシャウラだが、スバルの要請に拗ねた顔で舌を出す。それから彼女は自分の頬に指を立て、やけに幼い仕草で言った。
「フリューゲル」
「……あ?」
「お師様の名前はフリューゲルッス。大賢人フリューゲル、シャウラのお師様ッス」
その言葉を口にする瞬間、シャウラは満面の笑みで嬉しそうに胸を張る。
そこにはまぎれもなく、純粋な尊敬と感謝と親愛が込められていて、シャウラがフリューゲルへ向ける敬愛は疑いようもない。
ただし、その名前に対するスバルたちの反応はまちまちだ。
なにせその名前、覚えがある。
「……それ、木ぃ植えた人の名前じゃん」
と、ずいぶん前に一度だけ運命の交差した偉人の名に、スバルは首を傾げたのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「話を整理しましょう。プレアデス監視塔を管理していたのはもともと『賢者』フリューゲルで、ここにいるシャウラさんではない。フリューゲルはシャウラさんの名づけ親でもある。シャウラさんはフリューゲルが去った後この塔の番人となり、近づく人物を四百年間片っ端から退け続けていた。そしてフリューゲルは、何らかの理由でシャウラさんに対外的に『賢者』としての功績を押し付けた可能性が高い。……推測混じりですが、こう考えておいて問題ないでしょう」
シャウラの発言からなんやかんや話し合いを進め、どうにかシャウラと例の『お師様』とやらの関係やこれまでの動向が見えてきた。それをまとめたオットーの発言に、各々頷き、考えを巡らせる。
色々と言いたいことはあるが、スバル的に一番でかい問題点はこれだ。
「まあ色々わかったのはいいんだけど……『賢者』がいないってことは、わざわざこの塔まで来たのに無駄足だったってのか?」
まだ何か塔内に情報が残されている可能性はあるが、頼みの『賢者』はもうここにはいないらしい。代わりにいるのは見るからに頭空っぽなシャウラだけときた。
「『賢者』の知恵を借りられないってんなら、そもそもの俺たちの当初の目的が果たせない」
「――――」
スバルの結論に、エミリアたちが口を閉ざす。
彼女らの反応を見ながら、スバルも自身の出した結論に奥歯を噛みしめていた。
一ヶ月以上の時間をかけて、スバルに至ってはすでに三度も死亡した。
それほどの苦難を乗り越えて辿り着いたプレアデス監視塔には、『賢者』とは名ばかりの番人が残るのみ。これでは、何の成果も持ち帰れない。
歴史の真実、『賢者』の実態。そんなもの、スバルには何の価値もないのだ。
スバルが欲するのはただ、大事な人間を救う手立てそれだけなのだから。
「そう考えると一気にがっくりくるな……あんだけ期待して、こんだけ苦労した結果がこれとなると――」
一度希望を与えられた後の絶望が一番心にくるという話を聞いたことがあるが、今のスバルの状況はまさにそれだ。『賢者』という光明を一度見てしまった後に振り出しとなると、心境はより暗い。
ただ、そんなスバルに――、
「スバル、聞いて。そのことなんだけど、実は八方ふさがりってわけじゃないの」
「え?」
スバルの肩に手を置いて、項垂れる横顔にエミリアの声がかかる。彼女の方へ顔を向けると、エミリアは紫紺の瞳に確かな希望を宿していた。
顎を引き、スバルの肩に触れたまま、エミリアはシャウラに「そうよね」と続け、
「さっきまではほとんど何も話してくれなかったけど、今のあなたならもうちょっと詳しくお話してくれるんじゃない?」
「いいッスよ。あーしもお師様に凹まれてるの嫌ッスもん。それに長いこと一人きりだったんスから、お喋りしたいッス」
意味ありげなエミリアの追及に、シャウラは態度を変えずににこやかに応じる。胡坐を掻いた彼女は体を前後に揺すり、右手を天へ向け、頭上を指差した。
「お師様以外の人にはちょっと話したッスけど、ここが塔の一番下。第六層『アステローペ』ッス。上にいくにつれて五層『ケラエノ』、四層『アルキオネ』って上がって、てっぺんが一層『マイア』ッス」
「階層ごとにいちいち名前付けてんのか。面倒臭くね?」
「名付けたのお師様ッスよ?」
「嫌いなセンスじゃねぇけど、今はその話するつもりねぇよ。第六層が地下で、五層に扉があって、四層に通称緑部屋があるってのは聞いてるよ。それで?」
エミリアの希望のこもった瞳を見れば、いやが上にもスバルの気持ちは逸る。スバルの内心を表情から読み取り、シャウラはニマニマ嬉しそうに頬を緩めた。
彼女の説明は続く。
「四層には出入り簡単な、あーしの住処みたいなのもあるッス。普段はここからあーしは砂丘の様子を見張ってるッス。で、塔に近付く奴は片っ端から撃つべし撃つべしッス!」
「……やっぱり、アレはお前か」
半ば、わかりきっていたことではあるが、本人の証言でようよう確信を得る。
砂丘でスバルを殺害し、その後のチーム分断の一因にもなった、あのプレアデス監視塔からの白光――その下手人は、やはりシャウラだ。
「アレのせいで、こっちはとんでもねぇ目に遭ったぞ、どうしてくれる」
「どうもこうも、あーしはお師様の指示に従ってただけッスし、あーしに文句言われても困るッスよ~」
「こりゃこいつを問い詰めても無駄か」
スバルが厳しい声で睨みつけるが、シャウラは困ったようにそう言うだけ。その顔に悪気はないし、もっと言えば反省の色もない。それだけわかると、スバルも諦めたように肩をすくめる。
普通に対話できている間は忘れがちだが、こういうところで彼女の正体が魔獣であることを意識させられる。スバルたちが地下で出くわしたケンタウロスのような悪意があるわけではないが、根本的に価値観の相違がある。罪の意識に欠ける、というよりはそもそも罪の意識がないのだろう。
あるいはそれは、四百年を孤独に生きたことによる弊害なのかもしれないと思えば、少しは同情の余地もあるが……。
「ともかく、お前に謝罪を求めるのは無意味だってことはわかったよ。けど、話を戻す前に、一個だけ、お前にお願いがある」
「何スか? あーしお師様のお願いなら喜んで聞いちゃうッスよ~!」
シャウラは「どんとこい」とばかりに胸を叩き、スバルの次の言葉を待つ。
そうして痛々しいまでにこちらへの忠誠を誓っている相手に内心こうして警戒を続けるのは心が痛む。彼女に対し、『お師様』を騙ってお願いしようとしているのだから、なおさらだ。
だが、なるべく早い段階で、これだけは言っておく必要がある。たとえ彼女を騙すことになろうとも、この状況なら、スバルには譲れないものがある。それは、仲間の安全だ。
「俺と、仲間たちに危害を加えるな」
「――――」
「お師様の命令は、塔に近付く奴を攻撃しろ……だろ? 中に入った俺たちはその対象外だ。なら、もう攻撃する必要はない。危害を加えるな。絶対に」
「――――」
重ねて、念を押すスバルの言葉にシャウラは目を細めた。
そうして細めた目を見ると、その色彩は深く色濃い緑色をしている。豊かな表情を隙間なく浮かべていたシャウラは、初めて考え込むように笑みを消していた。
そのまましばしの沈黙があり、奇妙な緊張に息を止めていたスバルが、堪え切れなくなって息を吐く。と、
「ん、OKッス。お師様の新しい命令として、あーしもきっちり覚えたッスよ~」
「――――」
「お師様?」
受諾となった途端、さっきまでの雰囲気はどこへやら、相好を崩してへらへらし出すシャウラ。その急変についていけずに目を丸くするスバルを、シャウラは息がかかりそうなほど顔を近付けて覗き込む。
至近距離で瞳が見つめ合うが、その緑の瞳には欺瞞や不信感は見つからない。少なくとも、スバルの窺える限りでは。
「いいのか?」
「いいも悪いもないッスよ。お師様の言うことなんスもん。それに別に難しいことじゃないッス。非暴力非服従ッス」
キリっとした顔をするシャウラに、スバルとしてはどんな表情を返していいかわからないでいるうちに、シャウラは車座の中心の定位置に戻る。
本気でスバルたちに危害を加えないでいてくれるつもりならありがたいことこの上ないが、一抹の不安もある。それは――、
「ナツキさん、今の命令は――」
「わかってる。『お師様』としての命令だ」
エミリアを筆頭にシャウラへの警戒が緩んだ雰囲気を見て取り、オットーがスバルに目配せし、くぎを刺す。
オットーの言いたいことはわかっている。今下したシャウラへのお願いは、あくまでお師様であるフリューゲルからのお願いという形だ。もし仮にスバルが『お師様』としての資格を失う何かをしでかせば、シャウラは一瞬で敵対しうる。
「つってもフリューゲルらしくってどうすりゃいいんだよ……」
だが、警戒を促されても、結局何をどう気を付ければ良いのか見当がつかないというのが問題だ。そこかしこに植林活動でもしていれば良いのだろうか。
あるいはフリューゲルも濃厚な『魔女の残り香』を漂わせていたとのことだったので、もし疑われれば『死に戻り』の告白を試みて臭いを濃くするという選択肢もあるが……正直色々な理由でとりたくない手だ。最終手段としては考えておこう。
「そういや俺の臭いがわかるって……そういうことか」
「?」
「いや、今はいい。この塔の説明を続けてくれ。四層より上には何がある?」
「心得たッス!」
スバルの独り言に疑問符を浮かべたシャウラに、今は話を先に進めるように促す。するとシャウラは敬礼の姿勢をとり、勢いよく立ち上がる。
それを見ながら、スバルは先ほどひらめいた内容を反芻する。
今更ながら、ここでスバルはシャウラが『魔女の残り香』を嗅げた理由を理解した。これまでスバルの臭いをかぎ当てた人物は、レムと聖域のリューズさん……そして魔獣どもだ。理由はいまいち理解していないが、とにかくスバルの臭いに引き付けられて魔獣が寄ってくる、つまり魔獣たちはスバルの臭いを嗅げるのだ。
これとシャウラの言を照らし合わせれば、魔獣はスバルの臭いを鼻が曲がりそうなほど嫌いだから殺しにくるということだろう。
オットーのことを信じていなかったわけではないが、そういう状況証拠を集めると、どうやら彼女は魔獣らしいということが現実感を伴って理解されてくる。
「三層『タイゲタ』からは試験会場ッス。――書庫に入る権利を試すッスよ」
「……書庫? それに試験って」
シャウラの説明に意識を戻すと、聞き逃せない重要なワードが聞こえ、スバルは眉を寄せて問い返す。シャウラは聞き返すスバルの態度の変化に目もくれず、「そッス」と実に気楽に頷き返した。
「書庫ッス。三層『タイゲタ』から上は試験と、それに対応した書庫があるッス。書庫に入る条件だけ満たせば、中の本は好きに読んだらいいッスよ」
「さっき聞いた試験ってのはこれのことか。ちなみにお師様権限で試験顔パスできたりしない?」
「無理ッスね。お師様といえど試験を受けないとだめっす。これはあーしの意思じゃなくて、この塔の仕組みの問題ッス」
「そっか、まあダメ元だったからそれはいい……で、肝心の本の中には何が書いてあるんだ?」
「さあ?」
「さあ!?」
いざ試験とやらの報酬はいかほどか聞いてやろうと思ったところで、この返答である。不服そうに唇を曲げるスバルにシャウラは「だって~」とイヤイヤ首と髪の毛を振り、
「あーし、本とか読めないッスし、塔を守れ以上のことは言われてないんスもん」
「それもお師様……フリューゲルにか」
「はいッス!」
そこで誇らしげにされても、スバルの方からかける言葉がない。
この様子だと本の内容まで疑いたくなってきてしまうが、ふと見回せばエミリアたちの表情は真剣そのものだ。なにやらこの塔に眠る本に一定の期待を抱いているらしい。
「スバル、書庫の本、その内容は知識かしら」
「知識って……字面そのままの意味じゃなく?」
ベアトリスの言葉は、ある意味で当たり前に思える。本に記されているのは大抵の場合、物語でなければ知識だからだ。そう思って聞き返したのだが、ベアトリスが言いたいことは、そういう意味ではあるまい。
スバルの膝の上で、その考えを裏付けるようにベアトリスは首を横に振る。
「ここは全知と呼ばれた『賢者』の記した知識の眠る場所、プレアデス監視塔は外に対する呼び名だそうなのよ」
「そッス。中にお師様が戻ってきたんなら、ここは元の役割に戻るッス。知りたいこと、気付きたいこと、何でも探せる大図書館――プレイアデスにッス」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「さっそく試験の場にナツキさんを連れて行きたいところなのですが、その前に一点、よろしいでしょうか」
「おう、この際思いついたことなんでも言ってくれ」
試験の報酬の話も終わり、さあ出発だという雰囲気になりかけたところで、オットーが軽く手を挙げ、何やら発言を申し出る。気になったことがあるときに積極的に共有してくれるのであれば、スバルとしては大歓迎だ。
スバルが促すと、オットーは一つ頷き、続ける。
「シャウラさん、最後にもう一つ僕から質問させてください」
「何ッスか?」
「あなたは紅蠍という魔獣のはずです」
「ギク~、ッス!」
シャウラはオットーが推測を口にすると露骨にうろたえ、全身でオーバーリアクションをとる。わかってはいたことだったが、図星だったらしい。
とはいえシャウラとしても、オットーにはそのことは既にバレていると思っていての反応という感じだ。
オットーはそれに取り合わず、質問を続ける。
「そのこと自体を問題にするつもりはありません。僕が気になっているのはこのことです。――あなたはなぜ、どうやって人の姿をとっているのですか? それもお師様――フリューゲルが可能にしたことなのですか?」
スバルとて魔獣に詳しいわけではないが、魔獣が人の姿をとり、人並みの知性を獲得した例など聞いたことがない。であればそれを実現したのは賢者たるフリューゲルの何らかの知識によるものだと考えるのは、なるほど自然な発想だろう。
その点を問われたシャウラは、顎に手を当て、首を傾げ、難しい顔をするが、
「……多分お師様がなんかしてくれたんだと思うッスけど、よくわかんねッス」
「またそのパターンかよ」
やがて諦めてそう言い放ったのだった。スバルは思わずズッコケそうになるが、シャウラは「あーでもでも」と手を振ってスバルの露骨な失望を塗り替えようとする。
「どうしてあーしがこの恰好してるかの理由はシンプルッス。――この方が好きだからッス! あっちの恰好にはなるべくなりたくないッス。……それにこっちの方がお師様を誘惑するのにも都合がいいッスから!」
最後のあたりでシャウラはスバルの方に向き直り、露骨に体を見せつけるようにしながらそう言った。
「……では、基本的に蠍の姿になることはないと思って良いですね?」
オットーは調子を崩されて頭に手を当てつつも、めげずに質問を続ける。
スバルも先ほどシャウラと会話していて相当精神的に疲労させられたので、気持ちはわかるぞと肩に手を置いてやりたい気持ちだ。
「そッスね~。そもそも戻り方も忘れたッスし」
「それはそれで大丈夫なのかよ……」
あっけらかんと重要そうなことを言い放つシャウラ。
蠍形態でも人形態でもシャウラが危険であることには代わりはないのでこれ以上問い詰めても仕方ないとスバルは思っていたが、オットーはまだ顎に手を当て考えている。
「オットー?」
「……例外は、ありますか? 自分の意思ではそうしないにしても、身に危険が及んだらそうなる、とか」
「――――」
ここまで何だかんだ飄々としていたというか、深刻さの欠片もない雰囲気だったシャウラが、初めてきちんと動揺したのをスバルは見た。いや、もしかしたら最初に正体が魔獣であることを言い当てられたときも同じ反応をしたのかもしれない。
目を見開き、肩を跳ねさせたその反応は、言葉よりも明快に、オットーが核心を突く質問を引き当てたことを示していた。
その反応にオットーは僅かに口角を上げ、淡々と問い詰める。
「僕たちは想定される危険を全て知っておきたいだけです。今のシャウラさんに我々を傷付ける意志はないとわかりました。しかし、それはあくまでシャウラさんの意思が反映される領域のみです」
彼はその場で論理を組み立てながら、可能性の穴を潰すように、推測を述べていく。その語り方はさながら、シャウラという不発弾を探っているかのようだった。
「動物には反射というものがあります。例えば触れたら勝手に毒針を発射する虫なんかもいます。シャウラさんには、そういった危険はありませんか? ――あるいはシャウラさんの姿を人に変えてしまった賢者、フリューゲルさんが何か塔の番人としての機能を仕込んでいたとか」
「――あるッス。あーしの意思と関係なく、お師様たちを攻撃してしまう条件が」
「――――」
膝の上のベアトリスも、隣のエミリアも、息を呑んだ音が聞こえた。それくらい、衝撃的な話だった。
「例えば、お師様たちがあーしに内緒で塔を出ていこうとかしたら、あーしはもう容赦なくぶっ殺すッス」
「すげぇいきなりだな!?」
「確認ですが、それはシャウラさんの意思ではどうにもできないのですね?」
「やってみたことがあるわけじゃないッスけど、そうなるって言われてるッス。でも、あーしだって本意じゃないッス」
オットーの確認に、拗ねたように膝を抱えてそう言うシャウラ。彼女はさらに続ける。
「そもそも、あーしがお師様をぶっ殺すなんて、そんなのできるわけないじゃないッスか。あーしの方がぶっ殺されて終わりなのに、メチャメチャしんどいッス……」
「お師様そんな強ぇのかよ……それより、自分の意思じゃ拒否できないって、魂の契約か何かか?」
スバルもロズワールとその手の契約を交わしたことはあるので、原因をそれだと推察する。その場合、なぜうかつにもそんな契約を交わしてしまったのかと問い詰めたいところだが、さすがに死んででも契約を破ってスバルたちを守れとは言えない。
「――――」
そのとき、スバルの頭に一つの考えが過り、誰にも気づかれないように唇を噛んだ。
――シャウラは、スバルが命令すれば本当に自分で死を選んでしまうかもしれない。
そんな目になんて合わせてやるものかと一瞬でその考えは切り捨てた。いくら親交の浅い関係でも、一度殺された相手でも、そんな残酷な命令をすることはもちろん、考えることすらしたくなかった。
「お師様、どうかしたッスか?」
「っ、いや、それより、他にお前が敵対する条件はあるのか? 今のうちに全部言っといてくれ」
思考の中に沈んでいたスバルの目をシャウラが覗き込み、驚きに思わず肩を跳ねさせるスバル。思うところは一旦脇に置いて、今はシャウラという爆弾をどう扱えば良いかの情報を一つでも得ようとすべきだ。
スバルが促すと、「了解ッス!」と言って、彼女は咳払いする。それから妙にかしこまった態度で「では」と口を開き、
「不肖、あーしが言われてることを簡単ながらお話させていただくッス。まず、大図書館プレイアデスの挑戦者は、もう絶対に外に出さないッス」
「出ようとすればシャウラさんに殺される、ですか」
「そッス! でも大丈夫! ちゃんと抜け道があるッス! ちゃんと大図書館の『試験』を解き終えて、一層『マイア』までいけば問題ないッス。オールOKッス」
「抜け道ってかそれはもう出口だろ……」
親指を立てて、グッとサムズアップするシャウラ。
それのどこが抜け道なのかと思うスバルだが、ひとまず塔の攻略が完了さえすれば無事出られるというのは良い知らせだ。塔を攻略してもシャウラを殺さなければ出ていけないのなら、後味が悪いなんてものではない。
「この条件に違反した場合、あーしは血も涙もないキリングマシーンに早変わりするッス。だから、お師様との約束は無効ッス。手出しするッス」
「キリングマシーンってのも比喩じゃねぇってのがゾッとするぜ」
「きりんぐましーん?」
「無差別に皆を攻撃する操り人形になる、みたいな意味合いですね」
シャウラとスバルで現代日本語で通じ合っていると、エミリアが聞き慣れない響きに首を傾げる。それを『言霊の加護』で理解できるオットーがうまいこと仲介してくれる。
今更ながら便利な加護である。オットー的にはそう良いものでもないらしいが。
そんな身内のやりとりを横目に、シャウラは二本目の指を立てて、注目を集め直す。立てた指をリズミカルに揺すりながら「えー続きましてー」と言うと、
「もう飽きたんでポンポンいくッス。一、『試験』を終えずに去ることを禁ず。二、『試験』の決まりに反することを禁ず。三、書庫への不敬を禁ず。四、塔そのものへの破壊行為を禁ず。五……あー、五は……あー、ないッス」
「なるほど、それさえ守っていればシャウラさんはこちらに敵対しないでいてくださると」
「イグザクトリー、ッス!」
「全部で四個の決まり事……だけど」
サムズアップしてオットーの確認に同意するシャウラ。しかしエミリアは思わしげな顔つきでスバルを見やる。彼女が抱く不安と懸念は、スバルにも理解できた。
今シャウラが口にした内容は、基本的には問題なく守れそうなものばかりだ。どこからがルールに反することになるのか曖昧な気もするが、それより先に気になる項目がある。
「『試験』の決まりに反するのを禁ず、ってのは気になるな」
「三層の『試験』では特にそのような説明はなかったと思いますが……」
「ふむ、となると何か我々の知らない決め事が裏に隠されているということだろうか」
スバルの考えに、オットーが追加情報を出す。ユリウスが言う通り、何かスバルたちに知らされていない決まりがあると考えるのが適当だろう。
その考えに至ると、オットーはため息をつき嘆く。
「決まりを隠しておいてそれを破るなとは相当無茶な話ですよ」
「……俺はまだ『試験』すら受けてないけど、現時点でこの塔作った奴の性格の悪さがわかるって相当だぜ?」
シャウラに訪問者を問答無用で殺させる、塔に入った人物であっても決まりを破れば殺させる、その決まりをきちんと知ることすらできない、塔をクリアするまで誰も外に出さない。これらは全てこの監視塔を作ったとされるフリューゲルが決めたことである。おそらくスバルたちが知らないことも含めればもっとあるだろう。
「どうしよう、俺『試験』突破する自信ちょっとなくなってきたぜ」
「大丈夫よ、スバル! 私たちはまだ解けてないけど、スバルならなんとかできちゃうかもしれないわ!」
「エミリア様のおっしゃる通りだ。こういうとき、君の機転はいつも我々を驚かせてくれる」
「期待されてるとこ悪いけど、ぶっちゃけここのみんなで解けなかった問題を俺が解けると思えないんだけど」
博学なユリウスに加え、実は頭の切れるラム、ところどころ抜けているが頭が回るオットー、彼らで無理ならスバルの出る幕はないのではないかと過剰な期待に押しつぶされそうになるスバル。だがオットーはそんなスバルを見やり、
「実は僕も、ナツキさんがこの『試験』を解くための鍵だと考えています」
「おいおいお前まで……」
「だって、そうじゃないですか」
若干いたたまれなくなったスバルだが、オットーはなおも主張する。そして彼は、シャウラに手を向け、周囲の注目を集める。指されたシャウラは「あーしッスか?」と自分に指を向け疑問符を浮かべる。
「ナツキさんが起きた途端、シャウラさんの態度は一変した。なら、こう考えるのが自然じゃないでしょうか」
オットーはあらためてスバルに向き直り、言い放った。
「――ここ、プレアデス監視塔は、ナツキさんが突破することを想定して作られたのではないか、と」
【第17話での相違点】塔のルールを知るのがちょっと早い
今回の話はなろう版原作第六章19,20、情報的には24に相当しています。
原作と情報が出るタイミングがちょっと違う程度の流れが続きますが、せっかくなので会話の様子をなるべく書かせてもらいます。
オットーがシャウラを本気で警戒した結果です。