Re:ゼロから始める異世界生活6章オットー同行if   作:樫ハット

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二週間お待たせしました


【18】鍵

「三層まで結構遠いので、ここから先は向かいながら話しましょうか」

 

 というオットーの提案で、スバル一行は現在塔の上層を目指して歩いている。先頭をユリウスとアナスタシア、その後ろにラムとエミリアが並び、スバルとベアトリスがその後ろを歩いている。そしてオットーを挟んで、最後尾にいるのがシャウラとメィリィなのだが、

 

「やだあ、裸のお姉さんってばあんまり揺らさないでちょおだい」

 

「ええー、人の背中に乗ってるくせに偉そうなチビッ子ッス~」

 

「だってえ、疲れたんだものお。ずっと歩き通しだったしい、こんなに何段もある階段を上ったり下りたりしてられないわあ」

 

「だからって、なんであーしが運ばなきゃ……あ! 髪引っ張るんじゃないッス!」

 

 最後尾のシャウラ・メィリィ組は、気づけばシャウラがメィリィを背負って階段を上る形になっていた。当初、上に移動しようという話になったとき、メィリィが足が疲れたとごねたのが切っ掛けだが、そのメィリィを背負ってもいいと言い出したのはシャウラ本人だ。

 何かと魔獣と相性が良いメィリィのことだから、何となくシャウラは気に入っているのだろうか。魔獣に物怖じしないメィリィらしいといえばらしいが、その危険性を身をもって知っているスバルとしては若干不安にならなくもない。

 今のところ文句は言いつつも言葉のやり取りに刺々しいものはないあたり、その心配はなさそうだが……。

 

「プレアデス監視塔の『試験』、その本質は鍵です。防衛装置と言っても良いでしょう。その目的は色々ですが、基本的には特定の人物、あるいは集団のみを招き入れたいということだと考えられます」

 

 後方のシャウラの様子をそれとなく伺いながらも、オットーは説明を始める。

 

「なるほどな、家の鍵を持ってるやつしか家に入れないってのと理屈は同じか」

 

「ええ。しかしその仮説だといくつか疑問が残ります。――なぜ謎解きという形にしてあるのか」

 

「――――」

 

 言われてみればその通りだ。仮に誰かが有資格者なのであれば、顔パスで突破できるようにしておけば良い。クイズが出題されて、正しい回答ができれば開く扉なんて、好んでつけるやつはいないだろう。

 

「鍵を持っている人だけ招き入れたいなら、謎解きなんて形にしなくてもいい。逆に言えば、謎解きという形式である以上、その答えを知っている人、あるいは答えを考えつく人なら誰でもいいということです」

 

「そうか、ある意味で突破できる人を選別するって目的なのか」

 

 さながら一定以上の能力を持つ集団だけを選別する、入学試験のようだ。なるほど、『試験』という名称は、言い得て妙である。

 

「そして、どのような人物を選別するのが目的なのか、そこさえわかれば答えが逆算できそう、というところまでは思いついたのですが……」

 

「肝心の、誰ならわかるか、ってところがわからんと」

 

「まさにそういう状況でした。先ほどまでは、ですが」

 

 オットーは自信のある口調でそう言い、続ける。

 

「後ろにいる彼女、シャウラさんはナツキさんが目を覚ますまで誰ともまともに話しませんでした。そこから一転してナツキさんにこうもなついています。これがナツキさんこそが『試験』を突破すべき人物の一人として想定されている証拠だと、そう思うのは自然なことではないでしょうか」

 

「……となると、俺だけが解ける謎解きになってるってことか?」

 

 そんな自信はないぞ、という思いを暗に込めて斜め後ろのオットーを見やると、彼は思案顔で首を振る。

 

「素直に考えればそうですが、他にも可能性はあります。ナツキさんがシャウラさんと会話できたことこそが鍵であり、ナツキさん自身の知識や知恵を問うているわけではないとも考えられます」

 

「というと?」

 

「シャウラさんだけが答えを知っていて、有資格者が来れば突破方法を明かす、という仕組みである可能性です。この場合有資格者の選別がシャウラさん頼みであり、防衛装置としては不安が残る気もしますが……」

 

「でも、それはそれで理にかなってる気もするな。確かにこんだけ強いやつが鍵を持ってれば力ずくで口を割らせるなんてできない。むしろ殺してしまったら永遠に塔は閉ざされる。となると何か資格を持ったやつだけが鍵を手に入れられる、って寸法か」

 

 シャウラが誰かに殺されてしまった場合、有資格者が塔に訪れても目的を果たせない可能性があるが、そこはシャウラの強さを信頼してのことだと考えることもできる。仮にラインハルト辺りが塔に来ていたらどうなっていたかわからないが、当時ラインハルトは生まれていなかっただろうから、その点をセキュリティーの穴だと言うのは酷だろう。

 

「ナツキさんが三層の『試験』を体験したらどうなるか、その結果を見届けてから次の手を選びましょうか」

 

「そういうことなら、俺が挑戦する価値は十分そうだな。……で、それはいいんだけどさ」

 

 さっきオットーの方を振り返ったときに気づいてしまったのだが、

 

「こわっ」

 

 螺旋階段を上り、既に中々の高さまで来ている。手すりなどがないため、ふと下を覗き込むとさっきまでいた六層の地面との距離感に足がすくむ。といっても事前の説明によるとまだ地下らしいというのが若干混乱するが。

 

「スバル、もし怖いなら手を繋ぐ? まだ病み上がりなんだし、ふらふらして落っこちないとも限らないから……」

 

 オットーとスバルの会話に耳を傾けていたエミリアが、そんなスバルの様子に気づく。本音を言えばその手を握り、白い指の感触を堪能したくはあるのだが、

 

「ありがと、エミリアたん。でも、今は大丈夫。ちょっと怖いけど、一応、階段の道幅あるから落っこちるってことはなさそうだし」

 

「そう? でも、辛いと思ったらすぐに言ってね? いざとなったら私もスバルをおぶってあげるくらいできるから」

 

「そうか……それはちょっと、いざとなれねぇな」

 

 エミリアに背負われて運ばれる自分の姿を想像して、さすがにその絵面は情けなさすぎると苦笑する。そんなやりとりを後方から聞きつけたのか、シャウラがこちらに話しかけてくる。

 

「どしたんスか、お師様。まさかお師様まで疲れたッスか? あーしならお師様も運んであげられるッスよ。お姫様だっこで!」

 

「そういやシャウラは相当な怪力なんだったな……いや、別に疲れたわけじゃないから心配いらねぇよ。それよか、あー、お前がメィリィと微笑ましくポニーテールで遊んでるとこ悪いんだが……」

 

「ポニーテールじゃないッス、スコーピオンテールッス」

 

「――――」

 

「スコーピオンテールッス」

 

 ワンクッションのつもりだった発言に猛烈に反応され、スバルは押し黙る。

 その呼称にこだわりがあるのか、自分のポニーテールの房を手で押さえて、シャウラはずいっと顔を前に出して、

 

「スコーピオンテール……」

 

「わかった、わかった! スコーピオンテールな!」

 

 先ほどは蠍の姿があまり好きでないと言っておきながら、蠍としてのアイデンティティには何かこだわりがあるのだろうか。そんなところで意地になっても仕方ないので、スバルが折れ、話を戻す。

 

「とにかく、メィリィと仲良くやってるとこ悪いんだが、聞きたいことがあったのを思い出したわ」

 

「ん! お師様のお話なら何でも聞くッス! お師様があーしとこんなに話してくれるなんて、あーし嬉しいッス~」

 

 ポニーテール――もとい、スコーピオンテールを嬉しそうに振り回すシャウラ。おかげで背中のメィリィが尻尾の打撃に被害を受けている。意外と柔らかくて気持ちいいのはスバルも実体験済みだが、それはそれとして、

 

「この塔、層ごとに名前がついてるって話だったよな」

 

 仮にスバルが謎解きの鍵だとしたら、スバルだけが知っていることが重要なはずだ。オットーから説明されて、一つ思い出したことがある。

 

「そッスね~」

 

 一方のシャウラは、完全に気の抜けた顔でメィリィに頬をこねられている。

 彼女に背中を向けたまま、スバルは何の気ない素振りで、

 

「マイア、エレクトラ、タイゲタ、アルキオネ、ケラエノ、アステローペ」

 

「……スバル?」

 

 スバルの口ずさむ単語に、隣のベアトリスが怪訝な顔をした。

 恐らくベアトリスはそれらを暗記などできていないだろう。それを、さっき聞いたばかりのスバルが覚えているのには、理由がある。

 

「上から順番に全部、このプレアデス監視塔……もとい、大図書館プレイアデスの階層の名前だよな?」

 

「はいッス~」

 

「じゃあ、メローペはどこにある?」

 

「――――」

 

 そのスバルの質問に、シャウラは再び沈黙する。その反応は、虚を突かれたことによる驚きの沈黙のように見えた。

 スバルはその反応に確かな感触を認め、唇を湿らせてから続ける。

 

「スバル、何を聞いたのよ? メローペって何かしら」

 

「とある七姉妹の最後の一人の名前。プレイアデスなら、七つないとおかしい」

 

 一層から六層まで、六つの名前が振り分けられた階層。だが、モチーフとされた名前は本来は七姉妹――七つ目の、名前が付けられた階層があるはずだ。

 

「七層……じゃなければ、ゼロ層があるな」

 

「――ゼロ層ッス。お師様が名付けたんスから、当たり前ッス。……ただ、お師様がいなくなってからできた場所なんで、どこにあるかは知らないはずッスけど」

 

 スバルの当てずっぽうな推測に、シャウラが掠れた声で応じた。

 隠れていたものを見つけ出した、そんな達成感はない。なにせ、これはスバルにとっては隠れていなかったも同然のものだからだ。

 一方で意図的に伏せられていたとすらいえる突然の情報に驚いたのはオットーだ。彼はシャウラの方に向き直り、驚愕と困惑をその顔に貼り付けて問い詰める。

 

「待ってください! この塔の創造者はフリューゲルさんではなかったのですか? 彼がいなくなってからできた場所があり、それをずっと塔にいたはずのシャウラさんが知らないなんてこと……!」

 

「いっぺんに聞かれてもわかんねッスよ~! お師様がいたころはまだなかったッスから、あーしは場所を知らないッス」

 

 聞かれたシャウラは伸ばした手を振りながら顔を背け、聞かれても困るといった反応だ。

 このパターンは何度目だという話だが、これもフリューゲルが意図的に情報を秘匿した結果だろうか。

 知らないと言われればオットーもやりようがない。渋々といった様子でオットーは追求を諦め、ため息をつく。

 

「さっきの話だと、三層で初級。二層で中級。一層で上級の情報にアクセスできるようになるってことだったな。となるとゼロ層は超上級か? 入るには……」

 

「――ダメッスよ」

 

 可能な限り塔の攻略情報を集めようと、さそく入り方を尋ねるスバルの言葉を、シャウラが早口で遮る。

その口調の強さに思わずスバルがちらと後ろを見るが、シャウラの表情は変わずだ。笑みと、信頼の眼差しのままだ。ただ、寂しさが微かに目元にあるだけで。

 

「まだ、条件が満たされてないッス。お師様は道の途中で、あーしに会いに戻ってきてくれて、それで満足ッス。だから、ゼロ層はダメッス」

 

「――――」

 

 口調こそそれまでと変わらないが、代わりに奇妙なほど強固な壁を感じる声音だ。無理に問い詰めれば関係に決定的な亀裂が入ってしまうのではないかと思えるほど、きっぱりとした拒否だった。その危うさを感じ取り、スバルは追求を諦めることにする。

 

「わかった。無茶なことは言わないでおく。ゼロ層があるって知れただけで十分だ」

 

「お師様はまだ来てくれたばっかりッスから、いくらでもゆっくりして行ったらいいッス!」

 

 気づけばシャウラの雰囲気は戻り、両腕を広げスバルへの歓迎を全身で表現する。その雰囲気の変化にどこか底知れないものを感じるが、それは今に始まったことではない。

 

「『賢人』フリューゲル、か」

 

 監視塔の名前がプレアデス監視塔な時点で怪しかったが、階層の名前を聞いてはっきりわかった。彼は、スバルと同じ星の名前を知っている。――それは、この世界の人間が知るはずのないことだ。

 

 スバル、アル、ホーシン、そしてフリューゲル。

 この世界にあるはずのない知識を持ち込み、これ見よがしに残す自己顕示欲。もはや疑いの余地もなく、フリューゲルはスバルと同郷の人間だ。

 

 そんな人物が、同郷であるスバルを招き入れるかのように造ったこのプレアデス監視塔。一体何を思い、何の目的で造られたのか。スバルは何をすることを期待されているのか。

 考えてもわからないことだらけだ。そして、そんなスバルの背中に――、

 

「お師様」

 

「ん?」

 

 気安い調子でシャウラが声をかけてくる。スバルは足を止めず、ちらっとそちらを振り向いただけだったが、そのスバルをシャウラは見上げて、わずかにはにかむ。

 その表情は本当に嬉しげな笑顔で、

 

「改めて、おかえりなさいッス、お師様。――『賢人』フリューゲルのご帰還、このシャウラ、心よりお待ち申し上げておりました。……ッス」

 

 必要なこととはいえ、彼女を警戒している自分が少し嫌になった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 四層まで到達した後、三層まで上がる前に『緑部屋』に一度立ち寄らせてもらうことになった。これはスバルのたっての希望だった。理由は、一度スバル自身の目で残るメンバー――レムとパトラッシュの無事を確かめておきたかったからだ。

 

パトラッシュにスバルの無事と感謝を伝えると、彼女は安心の表情を浮かべ、スバルへと顔を寄せてくれた。オットーから言い含められていた通り、パトラッシュもスバルの身を案じてくれていたらしい。自分だって相当な怪我を負ったはずなのに、主人の心配とは見上げた忠誠心である。彼女には頭が上がらない。感謝の気持ちを込めて念入りに撫でてやった。

 

 さて、レムの方はというと、残念ながら緑部屋に置いたところで変化はないらしい。緑部屋の仕組みは精霊の力で治癒を促進するというものらしく、『暴食』の権能にやられた被害はやはりそれでは回復できないのだろう。

 となるとやはり、一刻も早く『試験』を突破し、手がかりを見つけたいところだ。

 レムをこの目で見るまで安心できずにいたスバルを、「ラムがレムのことで嘘をつくとでも思ったの?」とラムがたしなめる一幕もあったが、そこは大目に見て欲しいところだ。

 

 レムの傍にはラムが残り、スバルは塔の『試練』へと向かうことになった。レムのためにも、時間は無駄にできない。

 スバルはレムに「じゃ、いってくる」とだけ言うと、緑部屋を出て、外で待つ仲間たちと合流した。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 ついに到着した三層の『試験』会場は、想像とは大分違っていた。

 

「ここは……」

 

 入ってすぐ、スバルは視界の変化についていけず、自分がどこかに飛ばされたかのように感じた。階段を上がった先にあったのは、全方位が白く染め上げられた不思議な空間だった。

 辺りを見回すと、最初に部屋に入ったときの違和感の正体に気づいた。――その白さが、一様すぎるのだ。

 普通どんなにきれいな白が塗られていても、照らされ方によってどこかに影ができ、それによって立体感や距離感が感じられるはずだ。しかしこの部屋にはそれがない。壁も床も天井も、全てがのっぺりとした白だ。

 足下にある階段を視界に入れていなければ、自分がどこを向いているのかすらわからない。一歩踏み出せばそこに地面などないのではないかと、そう疑ってしまうほどに、距離感も方向感覚もつかめない。気を抜けばふらりと倒れてしまいそうな視界の中、確かにスバルを地面に縛り付ける重力を頼りに立っているような気がした。

 

 そして、そんな白い空間の正面――階段の目の前に、浮かぶ不思議な物体がある。

 

「石板……か?」

 

 その物体を目の当たりにし、スバルの口から漏れたのはそんな感想だ。

 それは実際、そうとしか表現のできない物体だった。

 

 四角く、やたらと滑らかな質感のある物体で作られた黒い一枚の板切れ。

 材質が石ではないことはわかったが、スバルの知識を参照して、それに最も近いものが石板だった。大理石を黒くしたような、そんな素材でできているように見えた。

 

 あえて別の気取った呼び方をするなら、『モノリス』といったところか。

 

 物言わぬモノリスは不思議な浮力を得て、床から数十センチの位置に浮いている。

 浮いている、はずだ。床のあまりの白さにモノリスの高さは判然としない。モノリスが浮いた状態で微動だにしないのも、浮いているという認識を妨げていた。

 それの大きさはスバルの身長ほどもあり、横幅は人が並んで二人分――近い大きさのものに例えると、畳が浮いているような印象だった。

 

「この不思議物質が、なんなんだ?」

 

「これが、言わば『試験』の問題用紙であり、解答用紙です」

 

「随分と洒落た言い回しだけど、つまりどゆこと?」

 

「触れれば問題が提示され、触れることで解答する謎解きです。これ以上は……実際に体験した方が話が早いかと」

 

「なるへそ」

 

 オットーの説明を聞き、スバルはゆっくりとモノリスへ歩み寄る。目線の先の白い床が確かに地面であることにいまいち確信が持てなかったが、もし危険があれば誰かが警告してくれているはずだ。そう信じて、一歩ずつ歩みを進める。

 

「で、このモノリスに触れればいいのか?」

 

「そうだ。君はそれをモノリスと呼ぶのだね。不思議と馴染む呼び方だ。以後、そう呼ぼう」

 

 手を伸ばせば触れる距離までくると、スバルは一度階段の方に振り返り、再度確認する。ユリウスが変な部分に感心しているのはさておき、このまま触れて良さそうだった。

 向き直り、改めて至近距離からモノリスを眺めても、特に妙な感じはしない。浮いているだけで、それ以外は普通の板に見える。畳が浮いていると思えば、最初に感じた恐れ多さも多少なり薄れる気がするし。

 

「――触るぜ?」

 

 そう言ってから数秒待ち、誰からも止められないとわかると、スバルは意を決してモノリスへと手を伸ばす。――次の瞬間、黒い板の表面が内側から輝き、途端にスバルの目の前の景色がぶれる。

 

 否、ぶれたわけではない。

 スバルの触れたモノリスは、黒く輝きながら増殖を始めたのだ。

 モノリスは表面を輝かせながら、その背面から次々に複製したモノリスを射出する。それは凄まじい速度で部屋の中に飛び回り、不規則な位置に点在し、浮かぶ。

 無数のモノリスが白い空間の各所に配置され、スバルはその変化に呆気に取られた。そして、呆然となるスバルの鼓膜――そこを通り抜け、脳に直接声が響く。

 

『――シャウラに滅ぼされし英雄、彼の者の最も輝かしきに触れよ』

 

「――っ!?」

 

 唐突に聞こえてきたその声に、スバルは思わず驚いてモノリスから手を放す。そしてフラフラと後ずさると、その背中を誰かに背後から支えられた。

 振り返る。すると、そこにユリウスの顔があった。

 彼はスバルを右手で支えながら、左手で自分の前髪に触れると、

 

「これが『試験』の内容だ。私たちも、最初はこれに驚かされたものだが……どうやら共感してもらえたようだ」

 

「そういうことは先に言え――!」

 

 スバルの抗議の声に、ユリウスが微苦笑を返す。

 

 ともあれ、本格的に『試験』は始まった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「触れれば問題が出てくるって言われたら普通モノリスに表示されるとかだと思うじゃん!?」

 

「すみません、こういうのは最初の印象も重要な情報かと思いまして」

 

 愚痴を言いながらユリウスの腕を振り解き立ち上がるスバルを見ながら、オットーが少しだけ申し訳なさそうにしながらそう言う。

 改めて見渡せば、スバルの眼前、触れていたモノリスを中心に、無数の複製モノリスが白い空間の中に広がった形だ。その数は正直、数えるのも嫌になるほどの量がある。

 増えた方のモノリスは、オリジナルと違いがあるわけでもない。大なり小なり、どうやら大きさの違いがある様子だが、それ以外は宙に浮いていることも、不思議材質でできていることも同じだ。

 

「あれが、試験問題ってことだよな……」

 

 さっきモノリスに触れた瞬間に脳内に響いた声を反芻する。

 

「『シャウラに滅ぼされし英雄、彼の者の最も輝かしきに触れよ』、か」

 

 その声は、鼓膜を介した音ではなく、脳に直接語り掛けるように感じられるものだった。音が聞こえてきたのではなく、スバルの思考に割り込むようにして直接的にその言葉が感じられた。正直言って、あまり気持ちの良い体験ではなかった。

 

「何かのヒントになるかもしれませんし、ひとまずここまでにわかっている情報を伝えておきましょうか」

 

 オットーはそう切り出し、スバルが寝ていた間の進展を説明してくれた。

 まず、先ほど増えたモノリスのどれかに触れると、それらは消え、最初の一枚のモノリスだけが浮かぶ状態に戻る。これはスバルも自分で試してみて確認したことだ。つまりこれは、不正解ということだろう。

 ありがたいことに、不正解であっても再び解答し直せる仕組みになっているようだった。スバルが再び最初のモノリスに触れると、またモノリスが増殖し、脳内に声が響く。一人一回までとかの制限がなくて良かったとスバルは内心胸をなでおろした。

 そして最後に、増えたモノリスに闇雲に触れて回っても正解とはみなされないらしい。どれか一個が正解ならローラー作戦で行けそうなものだが、ちゃんと対策されているらしい。『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』作戦は通用しないか。その話をしていたときにエミリアやメィリィが恥ずかしそうに自分の頭を撫でていたのは、多分そういうことだろう。

 

「と、いうわけなのですが……ナツキさんは何か妙案を思いつきましたか?」

 

「俺自身はわからねぇけど――オットーが言った通り、聞いてみる価値はありそうだ」

 

 スバルの返答にオットーは顎を引き、視線をシャウラに向ける。スバルの意図は言わずとも伝わっているようだった。

 

「ん? あーしッスか?」

 

 スコーピオンテールをもてあそぶメィリィと戯れていたシャウラだったが、スバルが顔を向けると、彼女はそれに気づく。スバルは「一つお前に聞きたいんだが……」と前置きし、

 

「『シャウラに滅ぼされし英雄、彼の者の最も輝かしきに触れよ』……って謎解きの答え、お前が知ってたりしない?」

 

 期待を込めてシャウラの目を見るが、彼女は普段通りの表情で、何を考えているのかは読み取れない。数瞬、静寂が場を支配する。我知らずごくりと生唾を飲み、返答を待つ。シャウラは人差し指を顎に当て、目を閉じて「んー」と唸りながら考える。

 そして再び目を開けたシャウラが発した言葉は――。

 

「知らねッス」

 

「ずこー!」

 

 そのある意味で期待を裏切らない返答に、スバルはずっこける。スバルほど大袈裟ではないが、皆内心似たような気持ちだろう。オットーも額に手を当ててゆるゆると首を振っている。

 

「そうだ、じゃあせめて、お前が滅ぼした英雄っぽいやつのこと、片っ端から教えてくれ」

 

 ずっこけた姿勢のまま、気を取り直してスバルはなおも食い下がる。文脈からして、シャウラが倒した誰かを象徴するモノリスに触れれば良いはずだ。ならシャウラのこれまでの記憶が鍵という可能性もある。

 

「任せてくださいッス。殺した奴の名前をいちいち覚えてるなんざ、二流の仕事……あーしみたいな一流は、百から先は覚えちゃいねえッス」

 

「だろうね!」

 

 またしても期待通りだが期待外れの力強い返事に、スバルは膝を叩いた。

 となると、四百年生きているらしいシャウラが知らなければ誰が知っているというのか。運よく歴史に残っていやしないだろうか。その出来事が忘却の彼方にあるという最悪の可能性もあり得る。

 

「とはいえ、それで終わってしまっては話が進まない。シャウラ女史、本当に君は何も覚えていないのかい? ささやかなことでも構わないのだが」

 

「って言われてもッスねえ。あーし、塔に近付く奴を片っ端からヘルズ・スナイプしてただけで、死体はお外の魔獣が掃除しちまうッスもん」

 

「んー、でもそれやったらおかしない? そもそも、塔の知識を開示するかどうかってための『試験』なんやろ? その問題が塔を守るための、シャウラさんの管理が始まったあとのことを示してるやなんて時系列が変やん」

 

「確かに……アナスタシア様のおっしゃる通り、塔の建設前の出来事を指している可能性が高そうですね」

 

 心当たりなし、と唇を尖らせるシャウラだが、その発言の違和感にアナスタシアが言及する。オットーの言う通り、『シャウラが英雄を滅ぼした』時間は塔の建設前と考えられる。

 考えてみれば、そもそもシャウラがそれと知らずに殺していた相手が『英雄』と呼ばれるのは違和感がある。何かしら記憶に残る戦い、あるいは歴史に残る人物と関係している可能性が高い。であれば、『お師様』ほどではなくとも、シャウラの記憶に残っているという希望はある。

 

「ってことでシャウラ。お前の記憶が頼りだ。ほら頑張って思い出してくれ!」

 

「え~、思い出せって言われても正直出てこないッス。塔ができる前、ッスよね?」

 

「そうだ。お前らもなんか、『英雄』って呼ばれるような歴史上の人物とか知らないか? ひょっとすると名前を聞いたらこいつも思い出すかも……」

 

「ふむ、四百年ほど前にいた『英雄』と呼ばれるにふさわしい人物となると、かの『嫉妬の魔女』を封印した『三英傑』が一番近いのではないかな?」

 

「えっと、それって誰だっけ?」

 

「『神龍』ボルカニカ、『賢者』フリューゲル、『剣聖』レイドの三名だ。――シャウラ女史、この名前に聞き覚えはないだろうか?」

 

 ユリウスは首を傾げたスバルに説明すると、シャウラに向き直り、改めて問いかけた。するとシャウラは露骨に嫌そうな顔になり、

 

「うげぇッス。そりゃ知ってるッスよ。皮肉屋のボルカニカと棒振りレイドは古馴染みッスもん……」

 

「お前はなんでそんな嫌そうな顔してるんだよ。なに、そんな嫌な奴なの?」

 

 目の前のこいつが歴史の生き証人であることへの驚きと、彼らに対する意外な反応への驚きが重なる。そうした感慨をわきに置きスバルが真意を問うと、シャウラはうんざりしたような表情のまま説明する。

 

「ボルカニカの方はともかく、レイドは人間のクズだったッス」

 

「……シャウラ女史の言を疑うわけではないが、それはいささか一面のみを見た意見ではないだろうか。大なり小なり、秀でた才を持った人間は自信を持つものだ。そのことは責められるべきではないし、むしろ誇るべきことだ。歴史に名を残す最高峰の剣士ともなれば、周囲にそう思われかねない振る舞いをするのも、そう、時代背景を鑑みれば適当で――」

 

「お前がそんな必死なの初めて見た」

 

 シャウラの率直な意見を受け入れかねているユリウスが、いつになくしどろもどろな早口でレイドを擁護し始める。スバル的には歴史上の人物が実は結構ひどいなんてことはよくあるものだし、そう必死になることでもないと思うのだが。

 

 憧れの歴史に若干、裏切られた節のあるユリウスはさて置き、シャウラの『レイド・アストレアの真実』は止まることなく垂れ流される。

 

「まー、とにかく嫌な奴だったッス。悪ガキがそのまま大きくなったみたいな性格で、弱い者イジメとか大好きだったッス。っていうか、あのクズから見たら大抵の相手は弱かったんで、もう誰と戦っても弱い者イジメッス。あーしも超やられたッス」

 

「でも、シャウラってあんなに強いのに、それでもやられっ放しだったの?」

 

「そりゃあーしも今は百戦錬磨ッスけど……アレは別格だっただけッス。マジクソッス」

 

「ラインハルトって実例があるからそこまで驚かないけど、お前をやり込めるって相当の化け物だな、レイド・アストレアも」

 

 言いながら、スバルは性格が最悪なラインハルトがいた場合を想像して勝手に嫌な気分になってきた。誰も手が付けられない奴が自分勝手に振舞うことなど、想像するまでもなく最悪である。

 

「ラインハルトが今の性格で良かったって本気で思うぜ……まぁ、そのレイドのことは後回しでいいや。お前が滅ぼしたわけじゃないなら聞いても無駄っぽいし」

 

「――。――――。その通りだ。今は優先すべきことが他にある」

 

「今、優先させるのに時間かからなかったか?」

 

 しばらく使い物にならなさそうなユリウスは放っておいて、問題は『試験』である。ひとまずシャウラの話によれば彼女がレイドを倒した可能性はない。……間接的に関与したことで滅ぼした判定になる可能性はあるが、まあそんな曖昧な話が答えになるとも思えない。

 

「ともかく、他に英雄っぽい名前を挙げてもらう間に、何か別の案がないか考えたいな」

 

「それなんですが、この様子だと多分シャウラさんは鍵ではなさそうですね」

 

「そうなのか?」

 

「ちょうどうちも思ってたとこや。シャウラさんの記憶頼りやとしたら、問題として手落ちなんてお話やない」

 

「確かに、こいつが忘れただけで破綻する『試験』なんて、出来が悪いにもほどがある」

 

 シャウラは大事なことは覚えているようだが、同じくらい大事なことが抜け落ちていてもおかしくない程度の記憶力だ。それだけに賭ける防衛システムなんて、スバルからしても欠陥住宅だ。

 

「すると『試験』は我々が知恵を絞ればなんとか解ける問題、あるいは有資格者の可能性が高いナツキさんなら解ける問題、ですが」

 

「うーん、俺が解ける問題、ねぇ」

 

「あるいは、僕たちのなかに真の有資格者がいない可能性もあります。普通ならその場合一度引き返すという選択肢を取るのが最善ですが……」

 

「塔のルールに引っかかってシャウラが敵対するからそれもできない、か……あれ? その場合俺ら詰んでね!?」

 

「……そうならないように、ナツキさんも知恵を絞ってください」

 

「知恵つったってなぁ……」

 

 頭をかきつつ、スバルも考えを巡らせる。

 この世界のことに関して、スバルの知識はこの中の誰よりも当てにならない可能性がある。スバルにだけ解ける問題なんて、どう作ればいいのか。スバルだけが知っていて、この場の他の誰も知らないこと。『死に戻り』関連はそれに該当していそうだが、そもそもどうやって問題にするのかという話だ。他にスバルしか知らないことと言えば――。

 

 そのとき、ふと勢いよくスコーピオンテールを振り回すシャウラが目に入った。

 その瞬間、スバルの脳内で点と点が線でつながった。

 

 スコーピオン、蠍、シャウラ、さそり座、さそりの針。

 

「――俺だけしか、知らないこと」

 

 あるじゃないか。スバルだけが持つ知識。思い返せばそのことはこの塔に入ってから何度も露骨に提示されていた。

 

 ――すなわち、星座の知識だ。

 

「――オットー、ナイスアシストだ」

 

「え、はい?」

 

 俯いて頭を悩ませていたオットーは、スバルの声に顔を上げる。その表情に並々ならぬものを感じ取ったのか、オットーも小さく口角を上げる。すなわち、スバルと同じ表情をとる。

 

「スバル、何か気づいたのかしら」

 

「あぁ。どうやらこの塔の防衛システムの鍵、本当に俺が持ってるかもしれねぇぜ」

 

 スバルの傍らで同じく知恵を絞ってくれていたベアトリスも、スバルの様子に気づき声をかける。目を合わせたベアトリスは嬉しそうに、誇らしげに、

 

「その顔、ベティーの好きなスバルの顔かしら」

 

「お前、いつでも俺のこと好きだろ?」

 

「特に、なのよ」

 

 恥じらいなくベアトリスに言われて、スバルは正面に立った少女に手を伸ばす。

 

「推理パートは終わり。こっから解決編だ!」




【第18話での相違点】オットーの謎解き補助

今回の話はなろう版原作第六章20、21、22前半に相当しています。同じような展開はコピーを避けるためダイジェストになっておりますので、その部分は原作をご確認ください。
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