Re:ゼロから始める異世界生活6章オットー同行if   作:樫ハット

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アニメ四期『奪還編』、楽しみですね!

できればこの隙にアニメに追いつきたかったですが、叶わぬ夢でした。


【22】敗戦

 ――眼前、剣気を放ちスバルたちを見据えるレイドは、絶望的とも言える宣言をこちらへぶつけてきた。

 

 一度はエミリアの圧倒的物量とオットーの作戦とベアトリスの魔法で『試験』の条件は満たしたものの、それで通過できるのはエミリアただ一人だ。つまり、全員が一人一人レイドを突破しなければいけないという無理難題を叩きつけられているのだ。

 対象を木の葉のように軽くする魔法、ムラクを使って一度は突破したが、恐らく同じ作戦は二度は通用しないだろう。そもそも同じ条件――一歩でも動かしたら勝ち、というルールで『試験』を続行してくれるとも考えにくい。

 一度全力を賭したからこそ、この課題の困難さが容易に想像できる。

 

 スバルはちらりと後ろを振り返り、残りのメンバーを確認する。

 

 エミリアの次に可能性がありそうなのはシャウラだが、彼女にレイドと戦闘しろなんて言ったらもう一度泡を吹いて倒れかねない。『お師様』として認識されているスバルがお願いしても断られそうな勢いだった。

 

 ユリウスは、レイドに傷付けられた腹部を押さえ、微かに顔を歪めつつも真っ直ぐ立って成り行きを見守っている。本人には悪いが、彼の実力をもってしても無策では厳しそうだった。だがレイドから譲歩を引き出せれば、あるいは先ほどのような妙案を持ち込めば、次に突破の可能性がありそうなのは彼だ。

 

 メィリィは魔獣さえ使えれば強いが、ここまで隔絶した技量がある相手には分が悪いだろう。アナスタシア、もといエキドナも、恐らく強力な隠し玉などなさそうだった。ベアトリスも、マナ不足で単体での戦闘には不安がある。というか、一人だけで戦わせることなどスバルにはできない。

 

 いずれにしても、一人一人が『試験』を突破するなど非現実的だ。どうにかして譲歩を引き出す必要がある。

 ……いや、そもそも――

 

「待て、誰か一人でもクリアすればいいって条件じゃねぇのか!?」

 

 レイドに向き直ったスバルが文句を言うが、本人は小馬鹿にしたように、

 

「あぁン? 誰がンなこと言ったよ、勝手抜かすな、オメエ。なンで一人がいけたら残りも全部いけることになンだよ。常識で考えろ、常識で! 頭の中身も雑魚か、オメエ。いや、もうオメエは稚魚だ」

 

「……根拠ならなくもないぜ。三層の『試験』は俺がクリアしたら全員書庫に通してくれた。なら二層もそうなんじゃないのか?」

 

 スバルには勝算があった。レイドが認めるかどうかとは関係なく、塔のルールとして『試験』の突破条件が設定されているのではないかと考えていたのだ。であれば、二層のときと同じく、誰か一人が突破しさえすれば全員が通れるはずだ。

 考えてみればそうだ。オットーの推測が正しければ、この塔には地球出身者が来ることが想定されている。そしてスバルもアルも、直接戦闘能力はこの世界の人々と比べて低い。ならば、強い仲間を連れて突破する想定だと考えるのは不自然ではない。

 

 そう思っての問いかけだったが、レイドは「あー」と言いつつ右手で頭をかき、

 

「オメエの言い分も半分当たりかもしれねえな。最初はどうも、何人掛かりでもいいンでオレを抜いてみろって話だったみてえだし。――言いなりになンのはつまンねえから、無理くり起きてやったけどな」

 

「無理くり起きたって……最初のあれは、システム破りってことか!」

 

「知らねえよ、オメエ。オレにわかる言葉使えよ、オメエ。若白髪みてえなことばっか言ってンじゃねえぞ、オメエ」

 

 上機嫌と不機嫌がころころ入れ替わる男、その男の発言に適当に頷きつつ、スバルはなんとなく男の正体――『試験』の、システム部分にある推論を立てた。

 

 三層と二層の『試験』、そして出現直後の正気になかった風に思えた男の発言とその後の言行。それらの端々から窺えた違和感とを結び付けて至れる理解。

 要するに、本来の『試験』と現状の『試験』との間には、致命的な齟齬がある。

 

「本当は、全員で協力して条件を満たせばいいだけの『試験』が、お前が『起きた』のが理由で、一人ずつ条件を満たさなきゃいけなくなった?」

 

「かっ! なンだ、わかンじゃねえか、オメエ。けどな、どっちが楽だったかはわかンねえぞ。総掛かりでオレを殺すのと、手品使ってオレを浮かすのと、どっちが楽だったかはわかりゃしねえ」

 

「それは……」

 

 押し黙るスバルは、一概にレイドの主張は否定できないと思いつつあった。

 言われてみれば、レイドはある意味で譲歩しているともとれる。その譲歩の仕方がこれなので素直に感謝する気にはなれないが、本気で殺しに来られていたら突破はゼロどころか全滅すらもあり得た。ラインハルトに迫るかもしれない強者のオーラが、そう思わせた。

 

「――ちょっと、いいかしらあ?」

 

 場に満ちた静寂を破ったのは、声を震わせた少女の一言だった。

 

「……こんなこと言いたくないけどお、引き返すべきだと思うわあ」

 

 そう言って、小さな手を上げたのは濃い青髪を三つ編みにした少女――メィリィだ。少女はその膝に失神したシャウラの頭を乗せたまま、ゆるゆると首を横に振る。

 奥に佇む男、レイドを映した黄緑の瞳に確かな怯えを宿しながら、だ。

 

「なんで、お兄さんがその人と普通に話せるのかがわからないわあ。……騎士のお兄さんも、襟巻きのお姉さんもやられて、裸のお姉さんだって」

 

「シャウラだけは別の理由で倒れてんだが……確かに、お前の言う通りだ」

 

「メィリィちゃんの言う通りです。……というか、僕は最初からそうしましょうって言ってたんですけどねえ!」

 

 現状戦力を顧みても、二人の意見はもっともだ。

 交渉するにしろ、塔のルールを突くにしろ、この場でスバルがやってうまく行きそうなものではない。いずれにしても撤退してから考えるべきだ。

 

「――仮の話、引き下がって出直しってなったら、それは認めてくれんのか?」

 

「――――」

 

 スバルはごくりと唾を飲み、レイドの返答を待つ。

 メィリィの真っ当な判断を実行に移すにも、相手がそれを認めなければ戦闘は避けられないのだ。先ほどまでは不殺の手心が相手にあった。だが、ギアを入れ替えたとばかりに振る舞った今、次の挑戦にも命の保証があるとは限らない。

 そうなれば、挑戦どころの話ではない。撤退するのに、全力を出す必要がある。そのことが嫌でもわかるほど、レイドの実力はこの短時間で思い知らされた。

 果たして、レイドの返答は――、

 

「――やめだ」

 

「え?」

 

「やーめーだ! やめだやめだやめだやめだやめやめやめ! 萎えた!」

 

 身も心も全力撤退に向けていたスバルたちへ、男は唐突にそう言い放った。その子どものような態度にスバルたちが目を剥くと、男は抜いた左袖に再び腕を通し、着流しを最初と同じ状態へ羽織り直した。そして、不機嫌に歩き出すと、警戒するスバルたちとは離れた位置――哀れにも、蹴り飛ばされた選定の剣へと向かった。

 その、落ちた剣を男は踏みつけて跳ね上げ、軽々と受け取る。それから、先端を勢いよく白い床に突き刺し、『試験』が始まる前と同じ状態へと戻した。

 そして――、

 

「店仕舞いだ。帰れ、オメエら。オレは飽きた。やってやらン」

 

 その場にどっかりと腰を下ろし、片膝を立てた姿勢で吐き捨てるように言った。

 

「――。ま、待て待て待て! 自由すぎるだろ、なんだそりゃ!? お前の気分で、『試験』のあれこれを勝手に決めるのかよ!?」

 

「るせえな、オメエ。元々、ここの裁量はオレに任されてンだぞ、オメエ。そのオレがやらねえつったらやらねえンだよ」

 

 その傍若無人な言いように、スバルは思わず絶句する。そんなスバルの驚きに、男は「それに、だ」と続け、

 

「――やる気がねえときのオレは遊ばねえぞ。オメエ、やれンのか?」

 

「――――」

 

 ぶわ、と風が吹く悪寒をスバルは全身に浴びた。

 箸さえも懐に仕舞い込み、一切の武装を捨てた男は口の端を歪めている。それは、笑みに違いなかったが、これまでのそれとは質が異なる。

 獰猛でありながらも陽の雰囲気があった笑みではない。どす黒く血生臭い、陰惨な殺意を纏った凶獣の微笑だった。

 

「……ぁ」

 

 その小さな呻き声は、横にいたはずのエミリアのものだ。彼女は床にへたり込み、驚愕に目を見開く。それは、自分が呼吸すら忘れてしまっていたことへの驚きだ。

 

「は――」

 

 そんなエミリアと同じ視線の高さにいるのだから、スバルも膝が落ちているのだと遅れれて気づく。そして、スバルも呼吸を忘れ、あわや心臓の鼓動すら忘れかけていたのだと、気づく。

 

 それは先ほどユリウスに向けられた殺気さえまだ本気ではなかったのだと思い知らされるものだった。蛇に睨まれた蛙のように、身動き一つが死に直結するという恐怖から、全ての動きが止まってしまった。

 そう、生物としての格が違うのだ。スバルは目の前の男の気まぐれで生かされているに過ぎないのだとすら思えてしまう。その気まぐれがいつまで続くのか、もしかすると次の瞬間にでも――、

 

「せいぜい、頭ひねって勝ち筋探せよ、オメエ。激マブと同じ手は通用しねえぞ。失せろよ、オレは寝る」

 

 低い声色に遊びなく、それだけ言って、かくんと男の頭が下がった。しばらく待てば、徐々に聞こえてくるのは寝ていてもやかましい男のいびきだ。

 ある意味、全くその人柄を裏切らない高いびき――しかし、そのことを笑う余裕など、この場に残った誰一人にもなかった。

 

「早く、戻りましょお」

 

 一刻も早く、この場を離れたい。

 そんな本能に逆らわずに主張するメィリィ、少女の言葉を契機に、スバルたちはゆっくりと負傷者を連れ、『試験』からの撤退を余儀なくされた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「ユリウス……」

 

「ご心配には及びません、エミリア様。皆様のおかげで私はこうして歩ける程度の負傷で済みました。それどころか、本来であれば私がシャウラ女史を運ぶべきところを……ご負担をおかけして申し訳ありません」

 

 二層からの階段を降りていたエミリアは、一瞬ふらっとしたように見えるユリウスに心配そうな目を向ける。だがユリウスはこれ以上負担をかけるわけにはいかないと、差し出されかけた手を丁重に断る。

 

「そんなにかしこまらなくても大丈夫よ。困ったときはみんなで助け合うのが一番、でしょ?」

 

「エミリアたんの言う通りだぜ、ユリウス。怪我人は自分の心配だけしてな」

 

 たしなめるようにそう言ったスバルに、ユリウスは力なく微笑を返す。彼は同じく消耗したアナスタシアの手をとり、一段一段階段を下りている。その目はどこか遠くを見つめているようで、スバルはそれが気になった。

 

「……にしてもユリウス、これでお前も歴史の生き証人だぜ? なんせ初代『剣聖』と剣を交えたんだからな。……どうだ、感想は?」

 

 口には出さないが、恐らくユリウスはこの敗戦に色々と思うところがあるのだろう。剣で負けたことは初めてではないだろう。だがその悔しさ、無力感、屈辱はスバルにも理解できる。

 だが相手は歴史に残る強者たる初代『剣聖』だ。そんな相手に勝てなかったからといって、ユリウスの強さに傷がつくわけではない。そう考えてほしくて、スバルはそれとなく話題を振っているのだが、

 

「……予想はしていた。だが、想像以上だった。己の未熟さを突き付けられたかのようだった。間違いなく、彼は『剣聖』だった。ラインハルトにも匹敵するかもしれない。……あいにくと、二人の本気を私が引き出せたことはないのだけれどね」

 

 レイドの強さを恐らくこの中の誰よりも痛感させられたユリウスは、その隔絶した実力を率直にそう評する。

 口調には自嘲的な響きが混ざっているように聞こえるのは、おそらく気のせいではあるまい。スバルとしてはあの化け物相手に悔しがる余地があることがユリウスの強さの証明なのではないかと思うところだが。

 

 ……いや、ユリウスに圧倒的な実力差でボコボコにされたスバルでさえ悔しかったのだ。負けることの悔しさと、自分の強さとは無関係なのかもしれなかった。それがわかり、スバルはユリウスにかけるべき言葉を失ったような気がした。

 

 一方でユリウスの述懐を聞いたアナスタシアは、申し訳なさそうに目を伏せて言う。

 

「ユリウスはようやってくれた。あいつの実力が見えた、そのおかげでエミリアさんが『試験』を突破できた、それでええやないの」

 

「……過分なお言葉です。『試験』の突破はひとえにエミリア様方の実力の賜物。私が手柄を誇るべきではありません。……それ以上に、アナスタシア様のお手を煩わせてしまい、どう謝罪すれば良いか言葉が見つかりません」

 

 アナスタシアに魔法を使わせてしまったことに負い目を感じているユリウス。しかしアナスタシアはそれを否定するように首を横に振り、

 

「あれはうちが焦って判断を間違えてしもただけや。ユリウスは悪うない」

 

「……今後、アナスタシア様に不安を抱かせることのないよう、一層精進いたします」

 

 ユリウスは一瞬口を開いたが、考え直したように固まった。そして、これ以上食い下がるのはかえって無礼だと思ったのか、そう決意だけを述べて口を閉じた。

 

「とにかく、再戦はじっくり考えてからにしましょう。レイドさんの反応からしても、一晩くらいは待って機嫌が良いときを狙うべきです。それまでは、くれぐれもレイドさんを刺激することがないようにお願いします」

 

「……ああ、そうしよう」

 

「そうだな。ひとまず全員の回復が最優先だ。それから全員で頭を突き合わせて『試験』の突破口を探る。……武闘派な『試験』に見えて、意外と謎解きすれば楽に突破できるかもしれないぜ?」

 

 会話が切れたところで、今後の方針について提案するオットー。ユリウスは思うところありつつも同意し、気まずい心地でいたスバルもそれに乗っかるように補足する。

 

 スバルは気分を立て直すための希望的観測でこんなことを口走ったが、言ってから案外的外れでもないのではないかと思えてきた。考えてみれば『試験』がこんなに無茶苦茶な高難易度なのはおかしい。スバル的に言えば、負けイベントなのではないかとも思えるのだ。つまり、何らかのギミックを解くことでようやくまともに対処できるタイプのボスキャラクターなのかもしれない。

 例えばこの監視塔のどこかにレイドが好きなお酒があって、それをもっていけばレイドは気前よく『許し』を与えてくれるなんてことがあるかもしれない。……というのはさすがに極端だが、何か突破の糸口がこの塔の中にある可能性は高いと踏んでいる。

 

「そういうわけだ。回復したらお前の歴史知識もバンバン出してもらうからな、ユリウス」

 

「……無論だとも。それが助けとなるのであれば、出し惜しみなどしないさ。もっとも――」

 

 ユリウスはそこで言葉を切り、左腰に携えた騎士剣に手を添える。

 

「今となっては、歴史書をどこまで信頼できたものか、疑わしいがね」

 

 その左手が触れる騎士剣は、半ばから折れたまま、形だけ鞘に収まっていた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「――なるほど。それが二つ目の『試験』からすごすご逃げ帰った理由なわけね」

 

「……辛辣っすね、姉様」

 

「やめなさい、その喋り方。そこで寝てる娘のお師匠様説が真実味を帯びるわよ」

 

「それはヤバいな。気を付ける」

 

 ゾッとしない忠告に力なく肩をすくめれば、その返答にラムは小さく吐息した。

 場所は四層、緑部屋の隣室にあたる空間だ。そこで顔を合わせているのはスバルとラム、そこにオットーとエミリアとベアトリスとメィリィが加わり、最後に転がされているシャウラを含んだ六人ということになる。

 

 どうにか長い長い階段を下り、二層から逃げ帰った一行は、ひとまず負傷が著しいユリウスと、消耗してしまったアナスタシアを緑部屋へと担ぎ込み、精霊に治療してもらっているところだ。

 部屋の人数制限と、事情説明を兼ねてラムを連れて部屋を移動したのだが――、

 

「初代『剣聖』なんて疑わしいことを自称する試験官がいたみたいだけど……エミリア様だけは、そのお眼鏡に適ったのでしょう? 一人だけでも、書庫を見てくることはできなかったの?」

 

「それは……」

 

「あ、そういえば思いつかなかった。そっか、私だけなら一層に上がれたのかも……できるかどうか、レイドさんに聞いてみる……?」

 

「……いや、やめとこう。不機嫌なときに刺激して、藪蛇をつつきたくないし、仮にエミリアたん一人だけ上にいけるって言われても、あれだ、危ない」

 

「すごーく気を付けるわよ?」

 

「危ない」

「危ないわね」

「危ないかしら」

「危ないですね」

 

 エミリアの決意に、スバルとラムとベアトリスとオットーが同時に水を差した。その心配されようにエミリアがすごすごと引き下がる。

 

「ひとまず一人でも多く『試験』に突破できるように作戦を練ることに集中しましょう。幸いなことに、この『試験』に制限時間はないようですし」

 

「……だな。色々収穫はあった」

 

 取り返しがつく負傷が一名で、一人だけとはいえ『試験』は突破できたし、突破口も少しは見えた。結果だけ見れば上々の成果だと言えそうだが、スバルとしては一つ懸念点がある。

 

「あいつ、凹みすぎなきゃいいけどな……」

 

「ユリウスのこと、心配?」

 

「どうだろ。心配は、まぁ、心配なんだろうけど……そんな簡単でもないかな」

 

 レイドとの真っ向勝負、それに完敗し、打ち倒されたユリウスの姿が記憶に焼き付いている。あの、最後の瞬間のユリウスの横顔を思えば、スバルの不安は考えすぎということはないだろう。

 

 剣技は届かず、児戯のように弄ばれ、挙句に騎士剣さえも折られて――。

 

 一心に鍛え続けた剣技で完敗することがどれほどの衝撃か、スバルには想像しきれないが、理解はできる。ないとは思うが、これがきっかけでユリウスが自信をなくしてしまったとしたら――、

 

「いや、俺がユリウスを信じてやらないでどうする」

 

 スバルは首を振り、その考えを否定する。

 ユリウスは周囲に忘れられてからも騎士として在り続けた。過去のユリウスを唯一覚えているスバルまでその騎士としての在り方を疑うべきではない。スバルと違って、自分で持ち直すくらいわけないはずだ。

 

「確かにユリウスさんも気になるところではありますが、アナスタシア様も一緒ですし、そう悪い方向には転がらないと思いますよ」

 

 オットーはそこまで心配していない様子だ。相手が相手だし、負けても仕方ないという考えなのかもしれない。そう割り切れるものではないとスバルは思うのだが、まあユリウスも賢いからきっと頭のどこかでそのことには気づいているだろう。

 

 だがそれを聞いて、スバルは別の方向の不安を思いついてしまった。

 

 アナスタシアの体を借りている、襟ドナのことだ。

 

 彼女はユリウスとレイドとの一騎打ちに割り込み、魔法で援護を加えた。

 しかも後で話を聞けば、襟ドナはアナスタシアのオドを削ってまであの援護を加えたらしい。これまで傍観者的な立ち位置にあり、アナスタシアの肉体を間借りする形で活動していたエキドナがしたことは、意外を通り越し、スバルにとって驚愕に値した。

 

 アナスタシアの肉体すら顧みないあの行動の原因が何だったのか、そのうち本人に問いたださねばなるまい。だが、打算はあったかもしれないが、結果的にユリウスにとっては悪いことではなかったのではないだろうか。

 

「……まあ、捉えようによっちゃあアナスタシアのあの行動も、主従の絆のきっかけになる、か」

 

 襟ドナの援護をユリウスは見ていた。それだけの親愛の情か何かを、ユリウスに抱いているのだとわかったはずだ。少なくとも、そういうアピールにはなっていたはずだ。

 

「正直、僕はユリウスさんの気持ちを正確に想像できている自信がありません」

 

「……あー、そりゃそうか。覚えてるの、俺だけだもんな」

 

 ふとそうこぼしたオットーの考えを理解し、スバルは頷く。

 そう、スバル以外は全員一度ユリウスのことを忘れてしまっているのだ。そして、忘れられた状態では、本人の振る舞いも変わってしまう。だからユリウスの心情を一番理解できる可能性があるのは、スバルだけなのだ。

 

「そうです。ですから、今は大丈夫かもしれませんが、もし彼に何かあったらナツキさんが話すべきかもしれません」

 

「そりゃ……随分と責任重大だな」

 

 スバルは自分がどんなアドバイスをすればいいのか思いつかず、眉間にしわを寄せた。考えれば考えるほど深刻そうな表情になっていくスバルを見たオットーは、

 

「そんなに難しく考えなくても良いと思いますよ。思ったことを率直に伝えるだけで、十分効果的なはずです」

 

「そう簡単に言うけどさあ……」

 

「ナツキさんはそう考えているようですが、エミリア様とベアトリス様はどう思われますか?」

 

「そうね、スバルの言葉って、みんなを頑張んなきゃって気持ちにしてくれると思うわ!」

 

「ベティを連れ出したスバルにできなけりゃ誰にもできないかしら」

 

「お、おう……嬉しいけど期待が重いぜ」

 

 なぜか嬉しそうに語るエミリアと、誇らしげなベアトリス。彼女らが想像するスバルはどんなイケメンなのかと苦笑いしつつも、まあやるだけやってみようという気にはなった。

 

 だがユリウス本人がそれを表に出そうとしなかった場合、掘り返す方が良くないかもしれないとも思っている。こういう傷は時間をかけて癒されていくものなのかもしれないし。

 

 まあ、本人の自信どうこうによらず、ユリウスには今後も色々と頑張ってもらう必要がある。作戦上必要があればレイドとの再戦だけでなく、もう一度負けてもらう必要すらあるかもしれない。

 それで一々凹んでもらっては困るので、割り切ってほしいものだ。スバルだって、この世界の人間と純粋な武力で張り合っても勝てないということで、開き直って諦めの境地に立って今があるのだ。世の中勝てないものは勝てない。ラインハルトとか。

 

「そういやそもそもの話だけど、あいつが初代『剣聖』レイドそのものってことで合ってるのか? 今のところ自称くらいしか証拠ないけど」

 

 色々あって流していたが、それが最初の衝撃だった。ラムが疑っているのを見て、ようやくレイドのあれが自称でしかないことに思い至った。

 

「僕も確証があったわけではないのですが、本人はそう自称していましたからね。『死者の書』なんてものを見せられた後だと、にわかに否定することはできませんね……」

 

 歴史上、レイドはとっくの昔――四百年前に死んでいるはずだ。普通に考えればレイドを自称する不遜な何者かであると考えるのが自然だが、あの悪夢のような強さを目の当たりにすれば信ぴょう性も出てくる。

 となると四百年前を生きた『賢者』フリューゲルの何らかの知識を使って死者を蘇らせたのか、あるいは――、

 

「生前のレイドを何らかの形での再現した、という可能性ならなくはないのよ」

 

「そんなことできるのか?」

 

 スバルの考えを察したのか、ベアトリスが推測を口にする。彼女はスバルの問いに頷くと、説明を続ける。

 

「普通ならできっこないかしら。けど『死者の書』が現にあるのなら、それと同じように、死者の情報を何らかの形で利用している可能性はあるのよ。死者の再現をするだけなら、理論上不可能ではないかしら」

 

「理論上不可能ではない……って実質的に不可能なときに言うことな気がするけどな」

 

 とはいえベアトリスが言うのであれば、不可能ではないのだろう。現に『死者の書』なんてものが存在するわけだし。

 それに、この塔を作り上げた『賢者』の性格の悪さを思えば、『最強の番人』として初代『剣聖』を置き、彼を超えてみせろなどと、いかにも言い出しそうなものではないか。

 

「となると、一旦レイド本人だと仮定して話を進めるのがいいか」

 

「そうですね。まずはレイドについて情報を集めて、付け入る隙がないか、好みは何か、といったところを調べたいところですが……」

 

「――ちょうど情報源になりそうなのもお目覚めのようね」

 

 ラムの視線の先、床に転がされていたシャウラが「うあー」と唸りながら起き上がる。

 

「あれ? なんでこんなとこにいるんスか? 確か、あーしたちはお師様の劇的な閃きで『試験』突破して、上に向かって……」

 

「ちょうどいいところで起きたわね。あなたの記憶をここにいるお師様のために役立てなさい」

 

「そういうことならあーしに任せておけッス! 大事なことだけなら忘れてないッス」

 

「そうか。じゃあ早速、お前が気絶する原因になったレイドっていう男の話なんだが……」

 

 その後シャウラがレイドの復活を思い出して再び気絶しそうになるほど騒ぐ一幕があったが、しがみつかれてスバルの腕が折れそうになった以外、特に被害も収穫もなかったのだった。そのことは、期待外れではあったが、予想通りでもあった。




【第22話での相違点】ユリウスがすぐにレイドと再戦に向かおうとしない。

今回の話はなろう版原作第六章27に相当しています。28、29辺りの展開はこのルートだと消えました。

今のユリウスの状態:
謎の赤毛の男にボコボコにされる
→赤毛の男がレイド・アストレアであることが判明
→レイドに言葉でボコボコにされる
→エミリア&ベアトリスが目の前でレイドを突破
→アナスタシアたちに気を遣われる

色々と満身創痍かもしれません。原作とどっちがユリウスに優しいのでしょうかね。
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