Re:ゼロから始める異世界生活6章オットー同行if   作:樫ハット

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アニメ四期『奪還編』がこれから毎週見られると思うと楽しみすぎますね。
あれとかあれとか、アニメで見るのが楽しみ……。


【23】異世界召喚

「……なるほど、シャウラさんが知る限りでは、レイドさんにわかりやすい弱点はないと」

 

「強いて言うならたぶん、美人には弱いッス。美人なら通れるとあーしは推測するッスよ」

 

「俺とユリウスだけ置いてけぼりにされるってのはいただけねえな……まあ生き証人からあいつがレイド本人だって確認できたのは一つ収穫だって前向きに考えておくか」

 

 確かにレイドがエミリアに多少甘かったというのは見ていて何となく感じられたことだった。あるいはエミリアの堂々とした態度がレイドの心情的にお気に召したのかもしれないが。

 いずれにしても、エミリアの何かがレイドの譲歩を引き出したのは確かであり、それは付け入る隙と言って差し支えなさそうだった。

 

「ですが、同じ作戦は通用しなさそうですね。単純に二度同じ手に引っかかるような手合いではなさそうですし、そうでなくとも次に誰かが挑むときは条件が変わるはずです」

 

「だな。露骨に作戦匂わせながら勝利条件を提示したら警戒されるだろうしな」

 

「ええ。重要なのは、レイドさんの許しを得ることです。レイドさんを満足させつつ、こちらが勝てる勝負を認めさせる、というのがこの『試験』の肝になってくるでしょうね」

 

「うーん、じゃんけんとかなら簡単に勝てそうだけど、それじゃレイドは認めなさそうだしなあ」

 

 ラインハルト相手なら、『じゃんけんの加護』とかを持ってこられて負けそうだが、レイドにはそういうのはないはずだ。

 だがそこまで考えて、ラインハルトなら加護なしに普通に動体視力でじゃんけんに勝ってきそうな気もする。そしてラインハルトにできるなら、多分レイドにもできるだろう。そう考えると、反応速度で対応できてしまうことはゲームだとしても悪手に思える。

 

「そうだわ、シャトランジ盤なんてだめかしら? スバルもオットーくんも得意じゃない?」

 

「あいつの性格的に乗ってこない気はするけど……方向性としては悪くない気がするな」

 

 手を打って提案するエミリアに、スバルはそれもありかもしれないと同意する。

 ボードゲームならまともに勝負できそうな気はする。あの話し方を見れば、そこまで賢いタイプには見えない。であれば、その土俵に持ち込めばスバルでも勝機がある。

 

「けど問題は……」

 

「レイドが乗ってくるか、ね」

 

 言葉を引き取ったラムにスバルは頷きを返す。

 そうなのだ。こちらに有利で、それなら勝てそうという勝負は確かに色々思いつく。しかしレイドがその条件に同意しなければ

 

「やはり、色々と情報が足りませんね。レイドさんと世間話でもして好みがもう少しわかれば、と言いたいところですが」

 

「……あいつと楽しくお茶会してるところは想像できねえな」

 

 現状では情報が足りないと嘆くオットー。しかし情報を得るための会話が原因で誰かが斬られるなんてことがあれば本末転倒だ。本人に聞きに行くのはなるべく避けたい。

 唯一可能性がありそうなのは、割と気に入られている様子のエミリアだが。

 

「あいつ、余裕でセクハラかましてきそうだからな……エミリアたん一人じゃやっぱり行かせられねえ」

 

 戦略的にも心情的にも、エミリアを一人で送り出すことは避けたい。十分な勝算をもって、集団で向かうべきだ。

 

「一つ、はっきりしていることがあるわ」

 

「なんだ?」

 

 各々考え込む中、ラムが人差し指を立て、注目を集める。視線が集まったのを感じると、ラムは一言、

 

「相手がレイドなら、本気にさせてはいけないわ」

 

「――――」

 

 瞬間、スバルの頭に過ったのは、二層から撤退する直前の、レイドのあの本気の殺意だ。文字通りそれまでの戦いは戦いですらなく遊びだったのだと思い知らせるような、鮮烈な圧力。レイドは獲物を仕留める捕食者の目をしていた。

 ラムの一言に恐怖の記憶を蘇らせた周囲を見て、

 

「話を聞く限り、レイドの実力は折り紙付きだわ。弱点を突いて実力で倒す、なんて方向性には期待しない方がいいわ。仮に弱点があったとして、それで殺されかけたら彼はそれこそシャトランジ盤ごとひっくり返すようなことをするでしょうね」

 

「そうじゃなくても、あいつの気分次第で試験官としての役割放棄しそうな気配があるけどな」

 

 そう軽口を叩きつつも、状況の難しさは理解している。

 レイドほどの実力者相手なら、付け焼き刃で弱点の攻撃を試みたところで返り討ちに遭うことは目に見えている。それどころか、怒りを買ってその場で皆殺しという可能性すらある。

 癪ではあるが、今『試験』が破綻していないのは、レイドが曲がりなりにも『試験官』をする気になっているからだ。それを放棄するまでレイドを追い込んではいけないのだ。……それがスバルたちに可能かどうかはわからないが。

 

「……となると、残る手立ては」

 

「ええ、エミリア様の案が近いわね。だけど、試験官を楽しませる何かである必要もあるわ」

 

「こっちが勝てる勝負で、レイドも乗り気になるもの、か。……あいつ負けず嫌いそうだし、自分が勝てる自信ない勝負だったら乗ってこない気がするけどな」

 

「その部分が、『試験』ということなんでしょうね」

 

 三層の『試験』が知識を問うものだったから、てっきり二層では武力なのかと思っていた。しかしそれは半分正解で、半分間違いなのかもしれない。二層においても、レイドから勝ちを得るために知恵を絞る必要があるのだ。

 

「知恵と武力両方必要とか、三層よりも性格悪いぜ……」

 

「愚痴を言っている暇があったら頭を回しなさい」

 

「アイデア出すためには休憩も大事って聞いたことあるぜ。つってもあんまゆっくりしてられねえってのは同意だ」

 

 幸いなことに、二層の『試験』には時間制限はないようだ。だがスバルたちの食料には限りがある。シャウラを縛る塔のルールによって、スバルたちは塔を自由に行き来することはできない。食料が尽きて、シャウラに狩ってもらった周囲の魔獣を食べる羽目にはなりたくない。

 そうでなくとも、レムをはじめとする大罪司教の被害者のことを考えると、一刻も早く助けてやりたいと思う。

 

 目的は、ブレていない。色々理由はあるが、スバルにとってこの旅の一番の目的はレムを助けることに他ならない。

 そのためなら、多少意地の悪い『試験』問題くらいでへこたれていられないのだ。

 

「――いいじゃないッスか。そんなに焦らなくても、ゆっくりやってったら」

 

「……理屈じゃあそうなんだがな、あいにくとのんびりする気分にはなれねえな」

 

 決意を新たにしたスバルに水を差すように、シャウラがそう気楽な調子で言い放った。それを受け、スバルたちは顔をしかめたが、彼女は気にせず、ただ瞳を爛々と楽しげに輝かせて、

 

「お師様たちがいたいだけ、ずっとずっとずーっといてくれたらいいッスよ。あーしは何百年も、お師様がきてくれるのを待ってたんスから」

 

「それは……」

 

「いくらでも時間かけて、『試験』を順当にクリアーしてくれてったらいいッス。あーしはそれを、ずーっと見守ってるッス。――何日、何年、何百年でも」

 

 それは、軽はずみに冗談と笑い飛ばせない、重みを伴った言葉だった。

 シャウラが軽い調子で、笑顔で、スバルたち――否、スバルに対する好意しか存在しない態度で紡ぐ言葉には、彼女が過ごしてきた何百年の重みがある。

 

 ここで、『賢者』の言葉に従い、監視塔を守り続けてきた番人としての重みが。

 

 シャウラは言った。

 『試験』を終えずに出ることを禁ずる、と。そしてそれが破られたとき、たとえ相手がお師様などと慕っているスバルであっても、容赦はしないと。

 

 正体が魔獣である時点で、いくら好意的であっても味方だと無条件で信じたわけではなかった。だが、こうして目の前で告げられた一言を受け止めれば、こう思わざるを得ない。

 プレアデス監視塔攻略において、星番を務めるシャウラもまた――、

 

「――ここで、あーしと一緒に楽しくやっていったらいいッスよ!」

 

 

 ――信頼できる味方などではないのだと、その笑顔に痛感した。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「エミリアさんらも心配性やね。うちは魔法の使いすぎでふらついただけで、どこも怪我なんてしとらんのに」

 

 アナスタシアは先ほど陽魔法ジワルドにより光線を放出した自らの指をしげしげと眺め、そうこぼす。

 その横で蔦のベッドに横たわるのは、騎士服のあちこちに切り傷をつけたユリウスだ。彼は目を開けたまま天井を見つめている。

 

「……万一のことがあっては困ります。エミリア様方の判断は正しいかと」

 

「エミリアさんは純粋な心配からやろけど、オットーくんはちょおっと違うかもしれんね。うちがユリウスと一緒にいた方がいいて判断したんやろな」

 

「……アナスタシア様」

 

「どうしたん、ユリウス」

 

 声の位置が高くなったことに気づき、ユリウスの方を見ると、彼は上半身を起こし、アナスタシアの目を見つめていた。傷は塞がったようだが、上半身には裂けた服から見える痛々しい痕がまだ残っている。

 それを意に介さず、ユリウスはアナスタシアに向かって、言葉を選ぶように問いかける。

 

「アナスタシア様、先ほどの戦いでは、なぜ魔法を行使してまで私を援護してくださったのでしょうか」

 

「……さっき階段で話した通り、あれはうちが焦って判断を間違えてしもただけや。ユリウスが気にすることやない」

 

「――私が、殺されると思ったからですか?」

 

「――――」

 

「あのとき彼に殺意はありませんでした。しかし、アナスタシア様の危惧された通り、仮に殺意があればどうなっていたかはわかりません。アナスタシア様に不安を抱かせてしまったのは、ひとえに私の力不足に他なりません」

 

 微かに頬を引きつらせ、ユリウスはそう言い切って顔を背ける。

 アナスタシア=襟ドナは咄嗟にユリウスを慰める言葉を探し出そうとする。今回のことはユリウスに責任はない。彼は自分のできる範囲で全力を賭して戦ってくれた。負けたこと自体を責めるのは論理的にも心情的にもあり得ない。だがそれで納得はしてくれないのだろう。

 

 こんなとき、アナスタシア・ホーシンなら何と言うのだろうか。エキドナには、ユリウスにかけるべき言葉がわからなかった。

 

「失礼ながら申し上げます。形だけの慰めの言葉では納得できません。たとえ傷つくことになろうとも、忌憚なきご意見をいただきたい」

 

 その一瞬の迷いを見て取ったのか、当たり障りのない慰めを口にしようとしたエキドナを、ユリウスが制する。

 

「……なら、はっきり言った方が良さそうやね」

 

 アナスタシアははんなりと微笑み、ユリウスの視線を真っ直ぐ見つめる。

 これはユリウスにかけていい言葉なのか、迷っていた。だが、今のユリウスの様子を見て、その迷いは一旦忘れることにした。

 口にすることに不安はあれど、それはアナスタシアらしくない言葉を口にしてしまう不安ではない。ユリウスを傷つけてしまう可能性への不安だ。だが、その不安もたった今忘れて良くなったように思えた。

 言うべきことは、最初からわかっていた。

 

「まず、あのときのあれは、うちの判断ミスやった。これはユリウスの失敗やない。そこだけは譲れんよ。自分の責任くらい自分で取る、それが商人や。堪忍な?」

 

「アナスタシア様がそうおっしゃるのであれば、私が口を挟むような真似はいたしません」

 

 ユリウスからすれば、アナスタシアに魔法を使わせるほど不安にさせてしまった自分の弱さが許せないのだろう。

 だが、そのこととこれは別だ。アナスタシアのオドを削ってまで魔法を発動したのは、純粋に襟ドナの戦略的な失敗だった。

 

 しかし、それとは別に、ユリウスには戦略的な失敗があった。その能力があるのに、そうしなかったことで周囲を危険に晒した、失敗が。

 

「その上で、ユリウスの行動に失敗があったとすれば、それはレイドに勝てなかったことやない。オットーくんが隙を作ってくれたときに、逃げなかったことや」

 

「――――」

 

「いの一番にレイドに向かったのも、仲間を守るためにはいい選択やった。あれだけの強者相手に後手に回るなんていう危険は冒せへんからな。残酷やけど、負けが見えた時点で撤退を優先すべきやった」

 

 アナスタシアはやや鋭い視線を向け、そう指摘する。自分でも残酷なことを言っているとは思う。あの戦いでお前が負けるのはわかっていたのだから逃げるべきだった、と言っているに等しいからだ。

 ユリウスは目を伏せ、黙ってその言葉を受ける。その凛とした表情からは何の感情も読み取れなかった。

 

「ユリウスらしくない……て言うにはうちに記憶がなさすぎるなあ。けど、ユリウスらしくない判断やて思うわ。反省するとしたら、そこやね」

 

 ユリウスの内心を暴こうとは思わない。だが商人として、損得を天秤にかけて行動の是非を結論することだけは許してもらおう。

 

 ――ちょうどあのときも、ユリウスという値の付けられない人を失う損より、アナスタシアのオドを削る損を選んだのだから。

 

「……耳が痛いお言葉です。しかし、ようやく理解できた気がします」

 

 アナスタシアが話を切ると、ユリウスは言いつつ顔を上げた。

 自らの行動に恥じ入りつつも、先刻よりは晴れやかな表情だった。

 

「私はわかりやすい自分の弱さばかりを責めることで、真に改めるべき弱さから目を背けていました。そして、それは今に始まったことではないのだということも」

 

 ユリウスが意図を正しく汲んだことを理解し、アナスタシアは静かに頷き、微笑んだ。

 彼のそのあり方は、まさに『最優の騎士』にふさわしいものだった。アナスタシアが見れば、自分の一の騎士のその振る舞いに満足げな笑みをこぼすに違いない。

 

「それがわかれば、次は負けへんよ。試合に負けても、勝負は勝つ」

 

「試合にも、もう負けるつもりはありません」

 

「随分と言えるようになったやないの」

 

 そう言って二人は頬を緩める。

 襟ドナは、このやり取りをするのがアナスタシア本人であれば、と考えると、少し胸が痛んだ。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「皆様にはご心配をおかけしました。緑部屋の精霊たちのおかげで受けた傷は既に治癒しました。……元々、浅い傷ばかりだったからでもありますが」

 

「良かった! アナスタシアも、平気?」

 

「そもそも念のためって話やったしな。うちは何ともなさそうやわ」

 

 食事の準備が整ったとのエミリアの呼びかけに、一同は四層にある大部屋に集まった。

 その場に現れたユリウスとアナスタシアが、レイドとの戦いから無事に復調したことを報告すると、エミリアを始め、その場にひとまずの安心感が漂う。

 

「ユリウスはちょっと心配だったけど……」

 

 スバルが見たところ、ユリウスはレイドに敗北した直後より晴れやかに思える。時間が解決したのか、あるいはオットーの読み通りアナスタシアとの間に何かあったのか。いずれにしても良い方向に向かっているようで安心した。

 もっとも、スバルにすらわからないほど内心を押し隠してしまっている可能性は否定しきれないのだが。

 

「後でユリウスさんも交えて作戦会議したいところですが……」

 

「もちろんだとも。私としても休んでいた分の埋め合わせをしないことには心が痛い」

 

 レイドの性格は、歴史書に書いてあったそれとは似ても似つかないものだったらしい。しかしそれでも史実がヒントになることは確かだ。その点だけでも、若干歴オタっぽさが露呈しつつあるユリウスに知恵を借りるのは良い選択肢だと思う。

 それどころか、ユリウスは現状レイドと直接剣を交えた唯一のメンバーだ。それを経験した人だけにわかることもあるだろう。『試験』を突破するための作戦が何になるかは不明だが、戦闘という形式になる場合、この情報は大きなメリットになる。

 と、色々話したいことはあるが、ここはひとまず、

 

「それもいいけど、今は夕食が先よ」

 

「エミリアたんの言う通りだ。俺の地元でも腹が減っては戦はできぬ、って言うしな。まず食おうぜ!」

 

 エミリア自身の願いもあり、この旅程での食事は各自持ち回りの当番制を採用していた。もちろん、いきなりエミリアに単独で料理をさせるようなやり方ではなく、ちゃんと誰かしらのフォローがつくという形での試みだ。

 ちなみに、今回の旅のメンバーでまともに料理ができたのは、一年間の使用人生活で料理スキルを身につけたスバルと、何をやらせてもそつなくこなすユリウス。そして意外なことに、まともな料理もやれば作れるラムの三人だった。

 そして、何を隠そう今日はエミリアとラムが料理担当である。

 

「エミリアたんの魔法のおかげで新鮮な食材も使えるし、エミリアたんの手料理まで食べられる! 旅のおかげで、エミリアたんの料理の腕もかなり伸びたし、できれば一生、俺のために味噌汁を作ってほしいぐらいだぜ」

 

「ごめん、ちょっと何言ってるのかわかんない」

 

 軽口を叩きつつ、スバルも何気なく料理の配膳に加わる。決してラムの視線に屈したからではない。

 

「にしても、たった一日で……まぁ、俺はスタート出遅れてるから、正確には塔について三日目だけど、それで一個目の『試験』はクリア、二個目の『試験』もエミリアたんたちが突破してくれた……中々いい進捗じゃねえか?」

 

「そうね。きっとみんなの力を合わせればこの先も突破できるわ!」

 

「だな。二層の『試験』にしても、突破が不可能じゃないってことはエミリアたんが証明してくれた。あとは何人突破できるかだが、まあ今後の作戦次第だな」

 

 スバルとしては、エミリアを一人で先に行かせることはもちろん、ユリウスやラムといったしっかりしたメンバーがついていても不安だ。どうしても、スバル自身がついていかなければと考えてしまう。

 砂丘で分断されたのは記憶に新しい。分断され、知らないところでエミリアが危機に陥ってしまえば、スバルにはどうしようもなくなる。エミリアはそんなにやわではないと信じてはいるものの、やはり不安は拭えないのだ。

 

「タイゲタの書庫も今日行けたばかりですし、ここらで色々と情報をまとめておきたいですね。書庫についてもまだまだ調べたいことはありますし……それにここまで順調な分罠がないか慎重になるべきかも――」

 

「そのくらいにしておきましょ。皆揃ったみたいだし、冷める前に食べちゃいたいわ」

 

「そういや俺目が覚めてから何も食べてねえわ! そりゃお腹空くわ!」

 

 不安も問題も山積みだが、相変わらず腹は減る。相談したいことは色々あるが、食事を優先して切り上げるよう促してくれたエミリアに感謝の笑みを向ける。

明日からも頑張るために、ここは一先ず、

 

「いただきます」

 

 手を合わせ、日本式の食事の挨拶をすると、待ちに待ったエミリアの手料理にフォークを運ぶスバルだった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 食事が終わり、湧き水を使った水浴び(主に体を拭くだけ)が済むと、この日は解散、就寝時間が訪れる。

 

 状況を鑑みれば、夜通し塔の攻略会議に紛糾するのが正しい攻略組としての姿なのかもしれないが、現状、それで打開案が出るとも考えにくい。

 明日のことは、明日の自分に期待――とは、少し調子のいい考えかもしれないが。

 

 そうでなくとも、今日は色々なことがありすぎた。下手に混乱した状況で話し合うよりは、一度休んだ方が良さそうだというスバルの意見で、今日はひとまず解散の運びとなった。

 

 よって各々、寝室として使える竜車に戻り、そこで明日に備えて眠りにつく流れになる――はずだったのだが。

 

「ナツキさん?」

 

「……オットーか」

 

 四層の廊下を夜中に一人で歩いていたところ、オットーがスバルを見つけ少し心配したように声をかける。

 その心配の理由は、スバルがこんな時間にうろついていること……だけではない。スバルのその顔に、明らかに夕食時にはなかった悩みが張り付いていたからだ。

 

「何があったんですか?」

 

「……本当は明日の朝みんなが集まってから言うつもりだったんだけど、オットーには今伝えておくよ」

 

 スバルは内心の申し訳なく思いつつも、ここで伏せればもっと不誠実だと考え、意を決してつい先ほどユリウスにも明かした事実を口にすることにした。

 オットーは、話を聞く前から、スバルのその表情に嫌な予感を感じていた。

 

 

 事のあらましはこうだ。

 スバルはまず、解散してから緑部屋で二日ぶりにレムと過ごすことにした。焦がれていた時間を十分に味わっていたスバルだが、疲れからかその場で居眠りしてしまっていた。起きたのは、真夜中だった。

 その後レムと別れ竜車に備え付けてある寝室で朝まで眠るつもりだったのだが、そこで奇妙な出来事があった。――塔内を、真っ白な鳥が飛んで行ったのだ。

 しばし呆然としたスバルだが、その異常事態の原因を突き止めるべく、その鳥を追った。その先には、無数の鳥たちに囲まれ、監視塔のバルコニーに立つアナスタシア、否、エキドナがいた。

 

 スバルとエキドナ、お互いがお互いを警戒するところから始まり、ひと悶着あったが、お互いに腹を割って話し合うことができた。それそのものは良いことだったが、問題があった。

 それは、二人の会話を、ユリウスが聞いてしまったということだった。

 

「は? アナスタシア様はプリステラの事件からずっと眠り続けたままで、今アナスタシア様を演じているのがエキドナという名前の人口精霊?」

 

「……そういうことだ。ほんと、隠してて悪か――」

 

「なんでそんなとんでもないこと隠してたんですかあんたは!」

 

 頭を抱えながらもスバルの愚かな行動を怒鳴りつけるオットーに、スバルは申し訳なさとともに身をすくませる。今回の問題に関しては、全面的にスバルの責任だ。

 

「オットーが怒るのも当然だ。俺が馬鹿だったと自分で思う。元々ユリウスには隠しておくつもりで、だから知ってるやつは少ない方がバレにくいって思ったんだが、考えてみれば……」

 

「僕か、ラムさん辺りには話しておいても良かった、というところですか。まあ、それくらい理解しているならまだマシでしょう」

 

 オットーはそう言うと、深くため息をつき、申し訳なさそうに目を逸らしているスバルを見やる。

 エミリアあたりに秘密を話せばついうっかりでユリウスに漏れてしまうこともあり得る。だが、ああ見えてしっかりしているラムや、この手の情報の取り扱いから判断までしっかりこなしてくれるオットーになら、話しておいて損はなかった。

 旅の間の数か月があったのに、思い至らなかった。最初にアナスタシアの中身を看破した後に決めて以来、その判断について考えなおすことをしなかった、スバルの怠慢だ。

 

「もう理解していると思いますが、ついでに言うと、ユリウスさんが怒ったのも当然ですよ。彼は『暴食』の権能で周囲に忘れ去られても尚、騎士として振る舞い続けました。ナツキさんがユリウスさんのための思ってこの事実を隠したのは、ユリウスさんのそうした言動に対する侮辱に他なりません」

 

「――――」

 

 スバルの脳裏に蘇るのは、ユリウスが去り際に告げた言葉だ。

 

『私はアナスタシア様にも、君にも、騎士足り得ぬなどと思われたくなかった』

 

 ユリウスは、自分がアナスタシアの異変に気づけなかったことにショックを受けていた。同時にユリウスがスバル以外に忘れ去られるという大事件があったことを加味しても、彼はやはり納得できないでいるだろう。

 そして、アナスタシアのことをスバルに隠されていたことへの悲しみとも怒りともつかない感情があった。

 ユリウスは、スバルの判断とその理由を、おそらくかなり正確に理解している。スバルが純粋な配慮からユリウスにショッキングな事実を隠していたことを理解している。だがそれは、オットーも言う通り、彼にとって侮辱に他ならなかったのだろう。

 

 自分の馬鹿さ加減に嫌になる。そんな様子のスバルを見て、オットーはまたため息をつき、

 

「もう一度くらい殴っておこうかと思いましたが、やめておきましょう。……とにかく、今後は少しでも気がかりなことがあれば僕に報告してください。僕が知らない方が良いように思える情報であっても、報告してください」

 

「ああ、そうする。どうも俺は、困ったことになってから人に頼る悪い癖があるらしい……ちゃんと共有しておけば、今回のトラブルだって防げたかもしれねえ」

 

 視線を交わし、確かな理解と決意を見て取ると、どちらともなく廊下を歩き始める。皆が寝静まった夜中の塔に、二人の靴音がくぐもって響く。

 

「ところでオットーは何しにこんな時間に?」

 

「今日手に入れた情報を手帳に書いて色々と整理しつつ、二層の『試験』の突破方法について考えていました。気分転換と、あわよくば塔内に何か見つけられないかと思いつつ歩いていたところで、ナツキさんを見つけたわけです」

 

「何か成果は?」

 

「確かなことは、何も」

 

「不確かでいいなら?」

 

 言葉に微かに滲んでいた意図を察したスバルがさらに切り込むと、オットーは仕方なさそうに息をつき、

 

「……この塔の制作者には、意図があります。三層の『試験』をナツキさんが突破できたのも、偶然ではないはずです。確か、シャウラさんの名前も謎解きの助けになったんでしたっけ」

 

「そうだ。……考えてみれば、塔に入ってからヒントは色々転がってた」

 

 シャウラという名前だけではない。この塔の各層につけられた名前も、明らかに星を暗示するヒントだった。

 スバルが同意すると、オットーは一つ頷いて続けた。

 

「であれば、二層の『試験』の攻略法にも、塔の中にヒントがあると考えるのが自然ではないでしょうか」

 

「というと?」

 

「書庫にある『死者の書』が、想定解に組み込まれているのではないか、と推測しています」

 

 スバルは顎に手を当て考える仕草をする。確かにその推測は理にかなっているように思える。

 そもそも二層の『試験』は三層の『試験』が終わってからでないと受けられない仕組みになっている。そして三層の『試験』の報酬が三層の書庫『タイゲタ』へ出入りする権利だ。二層の『試験』の攻略は、書庫にある何かを前提としている可能性が高い。

 

「レイドさんに関する何らかの情報が鍵になっている可能性が高いです。ただ、レイドさんを知る故人で、かつ僕たちの誰かと面識がある人物、となると思いつかないのが問題なのですが……」

 

「そりゃあ、四百年前の人だしなあ……」

 

 スバルは例外的に過去の『大罪魔女』たちと面識があるが、あれはかなりの例外だ。そもそも四百年前の人物の知り合いなんて彼女ら以外に思いつかない。

 ベアトリスなら長く生きているし、四百年前の人物と面識がある可能性もある。だが、悪く言えば引きこもりだったベアトリスにその点が期待できるかと言われると、スバル自身の引きこもり時代の経験も踏まえてあまり良い想像はできない。……こんなことを言うとベアトリスには怒られてしまいそうだから言わないが。

 四百年前の人物を知っていそうな他のメンバーとなると――、

 

「待て、シャウラだ!」

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「シャウラが知ってる! レイドとその知り合いを!」

 

「――あ」

 

 スバルは手がかりに指が引っかかった確かな感触に思わず立ち止まり、拳を握りしめる。

 

「シャウラはレイド本人も知ってたくらいだ。レイドをよく知っている奴とも、面識があるはずだ。あいつが忘れてても、死者の書を読めさえすれば問題ない。あれ読んだときはちょっとクラっとくるが、まあそれは我慢してもらうしかねえな……」

 

 三層の攻略には役に立たなかった塔の管理人が、二層の『試験』になって急に必要になる、なんて謎解き、いかにも性格の悪い『賢者』が考えそうなことではないか。

 それに、シャウラを殺して無理やり来てしまえば塔は攻略できないという部分も、セキュリティー的に効果的だ。考えれば考えるほど、これが想定解だという確信が強まってくる。

 

 一気に道が開け、先ほどの事件から気分が上向きつつあるスバル。対してオットーは冷静に吟味するように顎に手を当て考え、

 

「……シャウラさん本人も名前を覚えていない人の死者の書を、どうやって探しますか?」

 

「あー……」

 

 言われてみればそうだ。そもそも推定シャウラの知り合いが誰なのか、スバルたちは知らないし、シャウラも覚えていないだろう。

 片っ端から死者の書を手に取らせるという作戦もないではないが、かかる時間が膨大すぎる。

 

「また振出しか?」

 

「いえ、良い線行っている気はしますね」

 

 期待と失望の乱高下でテンションが下がっているスバルに対し、あくまでオットーは冷静だ。

 

「誰か、レイドさんに親しくて、僕らでも名前を知っていそうな人物……それこそユリウスさんなら知っているかもしれません」

 

「なるほどな。ユリウスが知っている四百年前の人物の名前に絞り込めれば、そこそこ労力は減らせる。……これが正攻法、って言われても納得できなかないが、地道すぎない?」

 

 やる前から泣き言をこぼすスバルに、オットーは微笑しながら、

 

「そこが『賢者』の出題らしいと言えばらしいのでは?」

 

「だったらマジ性格最悪だな」

 

 必要ならそうするが、やった後で無駄な労力だったとわかったときの精神的ダメージはでかい。できることなら一番楽な作戦で行きたい。楽するために苦労する、というやつだ。

 

「レイドさんをよく知る四百年前の人物で、少なくともシャウラさんと面識がある人……」

 

 オットーの呟きをスバルはそれとなく聞いていた。

 なんだかそれがなぞなぞみたいに聞こえて、意地悪な出題者ならどんな解答を用意するかとぼんやり考えていた。

 

 そして、気づいた。

 

「――オットー、条件に合う人物、見つけたぜ」

 

「――! 本当ですか!?」

 

 廊下の壁に背を預けていたオットーが、前のめりに跳ね起き、期待に満ちた目でスバルを見る。普段なら期待されても困るところだが、今は存分に期待してくれという感じだ。

 

「ああ、それもシャウラだけじゃない。俺らも読める死者の書だ」

 

「……まさか、いや、でも――あ」

 

 察しの良いオットーは、スバルの発言から、誰のことを指しているかすぐにわかった。

 だが、それを自ら即座に否定する。それは本来あり得ないことだから。

 

 ――四百年前に死んだ人物と、スバルたちが直接邂逅することなど。

 

 その上で、さらにオットーは気づく。スバルが何を根拠にその解が成立すると思っているかを。

 

「レイドのことをよく知っていて、俺らの知り合いで、既に死んでいる人間。このなぞかけの答えは――」

 

 既に死した過去の『大罪魔女』たちと会ったことがあるスバルだから思いついたことかもしれない。

 

「レイド・アストレア。あいつの死者の書が、二層の『試験』のカンニングペーパーだ!」

 

 おそらくレイド最も詳しく、既に死んでいて、塔の力でスバルたちと面識がある。

 それはレイド・アストレア本人に他ならなかった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 ――目覚めの感覚は、水中から水面に顔を出す瞬間に近い。

 

 夢という無意識に沈み込む体を引き上げ、呼吸という形で現実を全身に巡らせる。そうすることでゆっくりと意識は蘇り、水面を割って、生まれ出でるのだ。

 眠りは死で、目覚めは生誕――気取るなら、そんな言い方もできるかもしれない。

 

 ともあれ、そんな詩文的な感慨を余所に、意識は徐々に覚醒へ――、

 

「――スバル! 起きたわ、オットーくん!」

 

「ナツキさん! 無事ですか!? どこかおかしいところはありませんか!?」

 

「って、うおわぁ!?」

 

 騒がしい声に目を開けた瞬間、すぐ間近にあった美貌に驚かされ、スバルは横に転がった。

 と、転がってすぐに地面がなくなり、そのまま短い距離を落下、肩を打ち付ける。

 

「んぎゃぁ!」

 

「きゃっ! スバル、平気!? なんでそんなにいきなり転がったの!?」

 

「い、いや、俺も別にいきなり転がろうと自主的に判断したわけじゃ……」

 

「気が動転しているのかもしれません。ナツキさん、落ち着いて、何があったか話してください」

 

「文字通り動転なら今まさにしてるとこで……」

 

 ぶつけた肩をさすり、軽く頭を振りながらゆっくりと体を起こす。それから目をぱちくりと瞬きして、スバルは困惑した。

 

 そこは緑色の部屋だった。

 部屋中、育ちすぎた蔦がのたくるように覆い尽くし、壁は完全に隠れている。仮に蔦でできた部屋だと言われたら信じそうなぐらい、突飛な外観の部屋だった。

 

 そしてスバルはどうやら、その部屋の真ん中、蔦で編まれたベッドに寝転がっていたらしい。そこから転がり落ちて、この様、と現状を分析する。

 そんな冷静ぶった判断をするスバルだが、それには理由があった。

 

「ん、どこか強く打ったりはしてないみたい。ホントによかった。オットーくんから事情は聞いてるわ。ねえ、スバル、何があったのか、わかる?」

 

「ベティーが調べた限り、異常は見当たらなかったかしら。けど、もし何か違和感があるならすぐに言うのよ」

 

「お二人も落ち着いてください。起きたばかりで質問攻めにされては答えられるものも答えられないでしょう」

 

 状況がいまいち呑み込めないまま、向けられる気遣いに曖昧に頷きつつ、スバルは辺りを見渡す。そして後ろに振り向くと、スバルのすぐ後ろに、何か巨大な生き物の気配。

 

「――――」

 

 それは、大きなトカゲだ。黒い鱗の肌をした、馬ほどもでかい大きなトカゲ。それがあろうことかスバルにすり寄り、鼻先を首筋に擦り付けてきている。

 ずいぶんと人懐っこい、とスバルはそのトカゲの頭を優しく撫でた。

 そして、ため息をつく。

 

「つまり、これはあれだな」

 

 冷静に、落ち着いて、ゆっくりと、息と共に言葉を吐き出した。

 そんなスバルの様子に、正面にいた二人の少女が首を傾げ、男が目を見つめたまま次の言葉を待つ。

 

「――スバル?」

 

 と、不安気にスバルの名前を呼んだのは、目が潰れそうなほどに美しい銀髪の少女だ。その左横には妖精のように可憐なドレスの幼女。右横には、整ってはいるがどこか親しみを感じる素朴な青年。彼はスバルが見たこともない異国風の緑の旅装を身にまとっていた。

 

 銀髪美少女と、縦ロール幼女、異国風の男、巨大なトカゲ、蔦でできた部屋――。

 スバルは大きく口を開け、叫んだ。

 

 ――だって、これは、つまり、あれだ。

 

 

「異世界召喚ってヤツ――ぅ!?」




【原作と同じ点】スバルが記憶喪失になる

今回の話はなろう版原作第六章30、31、32、33に相当しています。
バルコニーでのエキドナとユリウスとの会話シーンは同じなのでばっさり省略しました。気になる方は原作第六章32をご確認ください。


皆さんお待たせしました。ここからが本作の本番になります。
オットーにはここまで以上に頑張ってもらいます。

これが見たかったんでしょう?
……私もです。そのために書き始めましたから。

ちなみに粗くですが今後の展開のプロットは既に組んでいます。皆さんにお見せするのが楽しみです。
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