Re:ゼロから始める異世界生活6章オットー同行if 作:樫ハット
朝食を終え、半ば休憩時間とも言える数時間を、スバルは四層の一室で過ごしていた。――エミリアとベアトリスと共に。
他のメンバーとの相談や、準備などしたいことがあるだろうと思うのだが、彼女らはずっとスバルと一緒に居て、色々と話してくれている。
オットーが単独行動を控えるように言っていたし、その一環なのだろうとは思うのだが、目を離すと危うい子供扱いされているようでなんだか申し訳ない。
「まあ、記憶落っことしてきたやつを放っておいたら安心できないわな」
「本当に、スバルはいつも問題ごとを引っ張ってきて……しょうがない契約者かしら」
「俺だって好きでやってるわけじゃないんだが。……それはともかく、一応確認するんだが、俺ってなんか特別な力持ってるような素振りなかったのか?」
差し迫った問題はスバルの記憶喪失だが、その解決のためには『試験』のクリアが必要そうときた。聞けば次の『試験』はレイドとかいうめちゃくちゃ強いやつをどうにか負かす必要があるとか何とか。
自分のことというのもあるが、他人に任せっぱなしというわけにも行かないだろう。
となれば気になるのは、記憶を失くす前のスバルの活躍だ。スバルが何の力もなしに、ここに居る皆との冒険を乗り越えたとは、我ながら信じがたいのだ。
ゆえにいわゆる『神』に賜わった特別な力があるのではないかと、期待を込めて聞いてみたのだが、
「えっと、スバルと一緒にいると、すごーく嬉しい気持ちになるわ!」
「すごーくありがとう、エミリアちゃん! けどそういうんじゃなくて……」
臆面なくそう言ってのけたエミリアに赤面したのを誤魔化すスバル。メンバーの良い一員になれているらしいことはわかるが、スバルが聞きたいのはそういうことではないのだ。
「身体能力も多分普通、魔法もなんか使えないらしい。……何か突出した戦闘技能はないのか?」
「スバルは鞭を使いこなせたのよ。日々の訓練の賜物かしら。……けど、大抵相手が悪いのよ」
「そんなに強い奴らだらけなのか……」
ベアトリスがオブラートに包んで、暗にスバルの戦闘能力は普通であることを教えてくれる。
言われて、スバルは腰に下げた鞭へと手を伸ばす。指先で触れたその感触はなじみ深さなどなく、どこかとってつけたような感覚があった。
そもそも愛用の武器に鞭を選んでいるのはどういうことなのだろうか。剣や銃ではなく、鞭を選ぶところに人と違うことカッコいいと勘違いしている性質が感じられる。
「戦闘が苦手なら、もっと後衛向きの能力とか? 回復……は魔法っぽいし使えないか。『暴食』とやらの能力に対抗できるっぽいし、完全記憶能力持ちの参謀タイプって可能性も……いや、ないか」
スバルの記憶力も思考力も、この世界に来て特に変わったような気はしない。朝食の席での説明も、オットーに繰り返してもらってようやく理解できたくらいだし、新しい情報が増えすぎて一部忘れている疑惑すらある。こんな状態で、参謀タイプとは思えない。
……もっと、わかりにくい能力なのだろうか?
「わかりにくいところだと、精神操作系とかの可能性が――」
ぶつぶつと声に出すスバルは、ある可能性に気づいて思わず言葉を切った。
――もし、この場の絆が全て、スバルの能力による洗脳なのだとしたら。
「安心するかしら。スバルとベティーの絆は偽物なんかじゃないのよ」
「そうよ、スバル。私とだって、昔はちょっと色々あったけど、全部大切な思い出で、偽物なんかじゃないわ」
ベアトリスは胸を張り、エミリアは思い出に浸るように目を閉じ、胸に手を当てる。
「――――」
不安に揺れたスバルの瞳に真っ直ぐ差し込む二人の表情は、とても嘘には見えなかった。だとしたら、そうなのだろう。
スバルが仮に精神操作を使えるとしても、スバル程度では使いこなせやしない。きっとどこかでボロが出る。二人にこんな表情をさせることなんて、できやしないのだ。
だからこそ、スバルには信じられない。
――スバルが皆からここまでの信頼を勝ち取ったことを。
「……何があったら、こんなことができるようになるんだよ、ナツキ・スバル」
誰にも聞こえないように口の中でそう呟く。
そして、すっくと立ち上がり、腰の鞭に手をかける。
「……あー、言いづらいんだけど、ちょっと外出てていい? 遠くに行ったりしないから、大丈夫」
そう言うと、エミリアとベアトリスは示し合わせたように顔を見合わせ、少しして表情を引き締めた。
「私たち、できればスバルを一人にしたくないの。だからまず、理由を教えてちょうだい?」
「いや、大した理由じゃないんだ。今後のことを考えて、ちょっと鞭の練習でもしようかと」
「なら、ここですればいいかしら。十分広い部屋だし、万が一のときもエミリアなら不覚を取ることはないかしら」
「エミリアちゃんそんな強いの!? ……ってか、えーと、そうじゃなくてだな……」
予想外に食い下がられ、スバルはどう伝えたものかと頭をかきながら考える。
あるかわからないスバルの固有能力のことは一旦置いて、ひとまず過去のスバルが使えていたらしい鞭を使ってみたい、というのは本音だ。
ただ、うまく使える自信がないのである。
「その、これから色々試すから、失敗するところ見られたら恥ずかしいし、ちょっと外で待機しててほしいなー、なんて思ってたり」
言ってから気づいたが、これでは失敗するところを見られたのと同じくらい恥ずかしい。だが、鞭を暴発させたところを見られて笑われたらもうお嫁に行けない。それだけは避けたいのだ。
気張ってみて本当に何の能力も発動しないのか試してみたいというのもある。そんな姿を見られたら厨二病かという話で恥ずかしすぎるので、余計に二人には見られたくないのだが……。
「大丈夫。スバルが失敗したって笑ったりしないわ。頑張ってることは何も恥ずかしくなんかないもの」
「エミリアちゃん……」
そんな後ろ向きなスバルに対し、エミリアは譲らず、真っ直ぐにスバルの目を見てそう言ってのける。
きっと、それは心からの言葉なのだろうと思った。彼女は誰かの努力を笑ったりしない。スバルだからではなく、誰に対してもそうなのだろうと、自然とそう思えた。
「エミリアの言う通りかしら。かっこいいところもかっこ悪いところも、全部でスバルなのよ。だから全部、ベティーが見ていてやるかしら」
「――――」
ベアトリスも譲る気はないようだった。そしてスバルは今初めて気づいた。
きっとかつてのスバルも、かっこ悪いところをたくさん見せながら、これまで過ごしてきたのだということに。そして、それでも彼女たちは一緒に居てくれたのだろう、ということに。
「……二人とも、ありがとう。なら、俺も恥ずかしいのがどうとか言ってられないな」
二人に頷きかけ、部屋の端っこに移動するようにお願いする。そしてスバルは部屋の中央で、鞭が壁に当たらないくらいの位置に移動する。
「……やっぱ、手に馴染んでる感じはしないな」
鞭のグリップを握りしめるが、身体が覚えている感じは全くしない。
実は記憶なくなる前から使いこなせてなかったんじゃないかと疑いたくなってくるが、その辺り彼女らが嘘をつくとも思えない。
「……スバルが無理に戦わなくても、ベティーたちでどうにかするのよ」
「心遣いは嬉しいけど、俺の記憶喪失は俺の問題だ。任せっぱなしってわけには行かねぇ」
手に持った武器をしげしげと見つめるスバルを見て、思うところがあるのかベアトリスが口を開く。スバルはそれに、微笑みながら返す。
スバルはきっと、こんな小さい子に心配されるくらい、弱い存在なのだろう。だが、何の因果かスバルはこの塔までついてきた。なら、スバルにはスバルなりの役割があるはずだ。それを果たしたいと思うのは、自然なことではないか。
「まあ、俺に何ができるのか、まだよくわからないけど、なっ!」
ぼやきつつ、鞭を振るって床に先端をぶつけてみる。パチンと空気が弾けるような音がする。おっかなびっくりだからか、思ったほど小気味よい音は出なかった。
それを手元に引き戻す。自分の足を打った。
「――ぐおっ!」
「スバル!?」
「やっぱこれ恥ずかしいんだけど!」
ちょっとした痛みに思わず反応してしまった自分に、とんだ羞恥プレイだと赤面しつつ、駆け寄るエミリアに強がって見せる。
実際大した痛みではない。驚いただけだ。
「……ほんと、仕方のない契約者なのよ」
それを見つめる少女の優しくも悲し気な表情に、スバルの胸は何故か微かに痛んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「おや、一人でどこへ向かうところですか、メィリィちゃん?」
「……あら、灰髪のお兄さんに、メイドのお姉さんじゃなあい。お手洗いに行くだけよ。あまり聞かれると恥ずかしいわあ」
メィリィはあまり驚いた様子もなく、ゆったりとこちらに向き直ってそう言った。彼女は開口一番、言外に一人で出歩くことの正当性を主張していた。
朝食の席での話を聞いていなかったのかと咎めるわけではないが、この状況で一人で歩いていることの危険さと不審さに、声をかけないわけにはいかない。ちなみに今は緑部屋に寄ってきたラムも同行中だ。
「これは失礼いたしました。……それはそれとして、メィリィさん、この後少しお話しできますか?」
「……何のお話しかしらあ?」
唐突な話題の転換に、メィリィは眉をひそめる。意図がわからないのだから当然の反応かもしれない。
それに対し、オットーは事前に決めていた受け答えをする。
「メィリィちゃんの持つ、魔獣を操る力についてです。さっきまで考えていたのですが、少し確かめたいことがありまして」
「……わかったわあ。あまり長くならないなら、今からでも別にいいわよお」
少し考えて、メィリィがそう返答する。多少遅れても良かったが、まあ早くに話ができるに越したことはない。
「オットー、ラムはエキドナたちと話し合いたいことがあるのだけど」
ラムはオットーにそれとなく視線を送る。その意図はわかっている。
「……そうですね、ラムさんは先に戻っていてください。ここを曲がればすぐ着きますし、ここで分かれて問題ないでしょう」
「……えぇ、そうするわ」
ラムは、この先の会話に自分が同行すべきかどうかをオットーに問うていた。オットーの答えは、否だ。この話は、聞いている人が少ない方が都合が良い。
……唯一、記憶を失くす前のスバルにはいてほしかったところだが。
メィリィはそんな会話の意図を察した様子もない。
オットーはそこから少し進み、誰もいない小部屋へとメィリィを連れ込んだ。
「それでえ、何を聞きたいのかしらあ?」
メィリィは、その幼い容姿に見合わないどこか妖艶な上目遣いをしつつ、そう切り出す。
昨晩の行動を考えれば、なるほど、これもエルザからの影響なのだろうと察しが付いた。今回は、そのことを話しに来た。
「先ほど言った通り、あなたの魔獣を操る能力の限界について聞きたい……というのは半分本当ですが、本当にしたい話はもう一つあります。……そちらが先でも構いませんか?」
「……別に、いいけどお」
メィリィもこれがただの相談で終わるとは思っていなかったのか、少し思案しつつも承諾した。それを確認して、オットーはついに話の核心に飛び込む。
「――昨晩の、書庫でのことです」
「何のことかしらあ?」
メィリィは、表情に特に焦りもなく、ただ理解しかねるという雰囲気で首を傾げる。
オットーは内心少し面食らったが、直後に理解する。なるほど、こうやって軽々にしっぽを出さずしらばっくれる技能も、暗殺者に必要なものか、と。
「僕が直接見たわけではありませんが、ナツキさんから聞きました。昨日の深夜、メィリィちゃんが三層の書庫にいたことを。そして、おおよその事情も推測できます」
「……だから、何の話を――」
「エルザ・グランヒルテの死者の書」
「――――」
さすがにここまで急に切り出されるとは思わなかったのか、メィリィの眉がピクリと震えたのを、オットーは見た。
その上、彼女は黙り込み、どう反論したものかと考え込む。何も言わずとも、その反応は、心当たりがあるということを雄弁に物語っていた。
「今のはカマをかけただけです。ですが、今の反応で確証が得られました。まあ、メィリィちゃんが死者の書を探しているとまで推測できれば、後は誰だって察しが付くでしょう」
ふっと表情の緊張を解き、オットーはあっけらかんとそう言って見せる。するとメィリィはジト目を向け、
「お兄さん、ずるいわあ」
「無表情だけが、取り繕い方ではないんですよ。これも商人の知恵です」
メィリィは内心の動揺を表に出さず、傍から見ればいつも通りの表情でそう言った。オットーは内心、この歳の少女にしてはすさまじい技量だと、警戒心を強める。オットーでなければ、騙されてもおかしくない。
胆力、ではない気がする。きっとその表情が、生活に染み付いているのだろう。そのことに思う事がないではないが、今はそこに気を配ってやる余裕がない。
さて、ここからは商人の土俵だ。
「それと、安心してください。このことを知っているのは僕だけです。――ナツキさんは、本当に記憶を失いました」
「本当ならナツキさんと二人で話をするつもりでしたが、状況が変わりました。ナツキさんが記憶を取り戻すまで待つわけにも行きませんし、僕だけでも話をと思いまして」
まずは安心材料を提供する。相手をむやみに追い詰めれば、暴れられて話がご破算になる、なんてことは珍しい話ではない。だからこそ大きな商会は武力を後ろ盾にするのだから。
それがない今のオットーは、相手にまず安心感を与える。昨晩のメィリィは夜中に人目から隠れて行動していたのだから、このことは隠したいと思っているはずだ。
「それで、私に何をしろっていうのかしらあ?」
丁寧に囲い込まれていることに気づき、観念したのか、メィリィはこちらの要求を聞くつもりになったようだった。
もっとも、それが演技でないという保証はないし、この砂丘はメィリィの力なしでは突破できない。こちら側が弱い立場であることは、忘れるべきではない。
塔に来るまでは、ナツキさんがどうにかとりなしていたが、記憶喪失により、メィリィにも何かしらの動揺が生じているはずだ。だから、ここで改めて、意志を問いただす必要がある。
「メィリィちゃん……いえメィリィさん――取引をしましょう」
オットーはメィリィの目を真っ直ぐ見据える。その商人の目に、メィリィは知らずのうちに微かに体を固くする。
一度息を吸い込み、問いかける。
「――もしメィリィさんが本気を出せば、シャウラさんは操れますか?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「うーん、難しいわねえ。他の悪い動物ちゃんたちはあんまり考えてないから操れちゃうけど、裸のお姉さんくらい自律しちゃってると多分無理だわあ」
驚いた素振りを見せたメィリィだったが、しばらく考え込み、難しそうだという結論を出す。
『加護』の使い方は直感的だ。彼女ができそうにないと言うのであれば、おそらくできないのだろう。同じ『加護』持ちとして、それはなんとなくわかる。
「騎士様の『加護』があってもベアトリスちゃんがお兄さんを裏切らないのと同じねえ。自意識が強すぎるの」
「なるほど、理性が強いとそれだけ従わせるのも難しくなると」
「それに、裸のお姉さんって多分すごく強いでしょお? 強い魔獣ちゃん相手だと、操れる数も少ないのよねえ」
オットーのもつ『言霊の加護』も、対象の数が多くなると負担が大きくなるという問題がある。それだけでなく、メィリィのもつ加護には、相手の理性や強さが関係してくるらしい。その辺り、シャウラを操るのはそのままでは難しそうだ。
そのままでは、の話だが。
「……もし状況さえ整えれば、可能ということでもありますね?」
「それはそうだけどお……お兄さんにできるのかしらあ?」
「それはわかりません。が、一つ可能性として頭に入れておくだけです」
全てはスバルたちを守るためだ。スバルの記憶がなくなった今、この場所の危険度は一気に増した。否、これまで認識できていなかった危険性が明らかになった、と言う方が適切だろう。
であれば、監視塔からの一時撤退も、普通なら作戦として上位に上がってくる。……問題は、撤退すれば塔の決まりにより、シャウラが敵対するという点だ。
彼女は塔のルールを破れば有無を言わさず敵対すると言っている。仮に塔内がさらに危険な状態になろうと、容易に撤退の選択をできないという現状は、憂慮すべきだ。
スバルたち非戦闘員だったからとはいえ、全く太刀打ちできなかったあの魔獣を瞬殺した強さ。それだけでなく、遠距離から一行を一方的に狙撃してみせた能力。どれをとっても、確実に撤退の際障壁になる。
ゆえに、シャウラを無力化する術は、一つでも多く持っておきたいところだった。そのための策の一つがメィリィの『加護』だったが、現状では難しいかもしれない。が、聞く価値はあった。
それにどのみち、彼女の力はどんな形であれ撤退時に必ず貸してもらうことになる。この段階で取引することは、メィリィという信用できない相手との協力のために必要だった。
「でも、わかったわあ。もしお兄さんたちがやれって言うなら、やるだけやってみてあげるわあ。……それで、灰髪のお兄さんは何を差し出すの?」
次はそっちの番だとメィリィが促す。
オットーとしては、というか商人としては、あまり良くない取引だが、今オットーが差し出せそうなものは、これしかなかった。
「まず、メィリィさんの許可なしに、僕が昨晩のことを話すことはないと保証しましょう。商人は口が堅いんです。これは信用してくださって構いません。信用は商人の要ですから」
「……それだけ?」
「いいえ、ここまでは僕からの誠意です。取引材料にはなりません。――僕が提供するのは、エルザ・グランヒルテの『死者の書』です」
「――――」
メィリィが無言で食いつく様子を見せるが、同時にどうやって探し出すのかと半信半疑な様子だ。当然、全く当てがないわけではない。
「しかしこれは僕だけではできないどころか、今塔にいる全員に協力してもらっても難しいでしょうね。だから、まずは全員がこの塔から無事にルグニカ王国に帰還することが前提となります。その上で、人海戦術で探し出すことになるでしょう。僕が提供できるのは、そのための人脈と言い換えても良いです」
膨大な死者の書の数々から狙いの人物の死者の書を見つけ出すのは困難だ。だがそれは、同じく物量で解決可能な問題だ。王都からここプレアデス監視塔までの安全な経路を確保できさえすれば、あとはどうとでもなる。
懸念点として、なぜエルザ・グランヒルテの死者の書を探しているのかと問われる心配があるが、まあこの辺りは敵の背後の情報を探るためとか、何とでも誤魔化せよう。
必要に応じて他の犯罪者の死者の書も同時に探させればカバーストーリーは十分だ。メィリィの秘密を守りつつ人海戦術を利用するのは造作もない。
……ちょうど、エルザとメィリィの背後には更なる危険人物の影が見え隠れしていたのもあるし。
「ほんとうに、見つけてくれるの?」
オットーの提案を聞き届けた、メィリィの声は、注意して聞かなければそれとわからない程度だが、微かに震えているのがわかった。
オットーはその問いにしっかり頷き返し、
「これでも元商人ですから、空手形を切るのは気が引けますが――僕の最善を尽くすことは約束します」
取引内容を聞き届けたメィリィは、瞳を揺らし、どうすべきか思案しているようだった。オットーはそれを鷹揚に待つ。
交渉において判断を急かすテクニックもあるが、今回に限ってはそれは悪手だろう。きちんと誠意を見せることが先決だ。
そもそもこの取引は、メィリィにとってデメリットが少ない。塔やアウグリア砂丘からの脱出の手助けという観点では、一行は一蓮托生だ。協力しない方が、デメリットになる。
「……メィリィさんとエルザさんがどういう関係だったのか、なぜ死者の書を求めているのか、そこを僕が詮索することはありません。……ナツキさんの記憶が戻れば、あの人はずけずけと聞いてくるかもしれませんけどね。そのときは、僕がとりなしてあげても良いですが」
「そうねえ、お兄さんは、そういう人だわあ」
決めかねている様子のメィリィにダメ押しする。ふと、他人の事情に無遠慮に入り込んでいくスバルのことを思い出す。メィリィにもその様子が思い浮かんだのか、彼女は仕方なさそうに一つため息をついた。
「……いいわあ、灰髪のお兄さんの取引に乗ってあげる」
「取引、成立ですね」
内心ほっと胸をなでおろし、オットーは手を伸ばす。
メィリィが何らかの形でエルザへ執着を見せてから、オットーはそのことを懸念していた。エルザを殺したのはエミリア陣営だ。そのことで禍根があって、裏切りの原因になってもおかしくない。
だからこの段階で、利益で縛る。それがオットーの作戦だった。
……シャウラへの対抗策がほしいというのも、嘘ではないのだが。
「……ほんと、仕方ないんだからあ」
メィリィは少し躊躇いつつも、手を伸ばしオットーと握手を交わす。
その内心を見透かそうとはしない。――それが、契約内容だから。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「あら、メィリィとのお話はもう済んだの?」
朝食を摂った部屋に戻ると、食器を洗いながら待っていたラムが横目を向ける。同室には何やら話し合っているエキドナとユリウス、そして暇そうにしているシャウラがいた。
「えぇ、今後の方針を固める上でも重要なことが知れました。もう少し考えがまとまったら共有します」
「……なるべく早くになさい」
メィリィの秘密を隠す上で、今回の対話はあくまでシャウラ対策がメインだった、というカバーストーリーで通すことにした。メィリィとは既に共有済みだ。
とはいえシャウラ対策のことをシャウラの目の前で話すわけにも行かない。ラムの問いかけに、オットーはちらりと視線をシャウラに向けることで答えた。聡明な彼女にはこれで十分だろう。
さて、今度は――、
「ユリウスさん、少し話したいことがあるのですが……二人だけでお話しさせてもらって良いでしょうか?」
「もちろん構わないが……ここではできない話なのだね」
オットーの提案にユリウスは不審がる、というほどではないが、一体何の話だろうかと見当がつかないでいるようだ。元々オットーとユリウスは、反りが合わないというほどではないが、個人的な話をするほど親しい間柄ではないからだろう。
ユリウスがスバルに向ける視線について、思うところがある、というのがオットー側のもつ理由の一つなのだが……。それはともかく、
「『暴食』のことで色々と確認したいことがあるのですが、少し、個人的な内容が混じるもので……」
「……なるほど、そういうことであれば。――エキドナ、すまないが少し席を外させてもらうよ」
「あぁ、構わない。ただ、有益な情報があればぜひ共有してほしい」
オットーはそれに頷くと、ユリウスを連れて部屋を後にする。
『暴食』のことで聞きたいことがあるのは嘘ではない。だが本題は、『個人的な話』の方だ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二人が近くの小部屋に移動すると、まずユリウスが話を切り出した。
「まずは謝罪を――先ほどは取り乱した。もう気遣いをいただく必要はないとも」
「顔を上げてください……心中お察しします、というのはこの場合不誠実でしょうね。僕にはあなたの苦しみを理解しているなんて傲慢なことは言えません」
話し合うべき場で取り乱したことを謝罪し、頭を下げるユリウス。オットーとしては、むしろこの短時間でよく持ち直したと言いたいところだ。……持ち直したというのが、何を指すかによる話だが。
「さて、早速本題に入らせていただきたいところだが……」
「ええ、『暴食』の対策のため、被害者にその権能の効果の詳細を聞きたいというのも嘘ではありませんが、本題は別にあります」
「……やはりそうだったか」
まるで予想通りとでも言いたげなユリウスの表情に、オットーは驚きを隠さず表情に表す。してやったり、という感情とは少し違いそうだが、ユリウスはそんな反応に微笑し、種明かしをする。
「君は私的な感情など、危機的状況においては捨て去ることができる人だ。私への気遣いかとも思ったが、『暴食』の権能に関する話となるといまいち心当たりがなかった。あくまで推測でしかなかったがね」
「それは……買いかぶりすぎと言いたいところですが」
確かに今のユリウスであれば、『暴食』の被害の詳細について人前で詳細を語ることに躊躇はないだろう。苦しい記憶ではあるだろうが、それを理由に語ることを躊躇うほど、彼はやわではない。
「……話を戻しましょう。僕がユリウスさんにお願いするのは、この塔の攻略、あるいは脱出への協力です」
「――無論だ。それに協力させてもらえることには、何のためらいもない」
そんなオットーの願いを聞いたユリウスは、困惑を露にしつつも、そう言い切った。
何を今更、とでも思っているのかもしれない。だが、はっきりさせておくべきことがあるのだ。
「――もしナツキさんの記憶が戻らないと判明しても、協力できますか?」
「――――」
ユリウスが瞳を震わせる。だがオットーは言葉を止めない。
「僕が言いたいのは、ナツキさんが確実に記憶を取り戻せるとは限らないということです。なにせ暴食に奪われた記憶、名前が蘇った前例がない。それでもあなたは、騎士として戦いますか?」
「……もちろん、協力するとも。騎士として、そうした私的な感情に左右されるなどあってはならないことだ。私に託された監視塔の攻略という責務、何があっても最後まで果たすつもりだ」
うろたえつつも、ユリウスは自身の騎士としての在り方を再確認するように、そう返答した。だが、自分でそれを信じ切れていないことは明らかだった。
わかっていたこととはいえ、その動揺ぶりに胸が痛んだ。
「……残酷なことを言っている自覚はあります。ですが、事実です。そして――ユリウスさんが、名を奪われてからの短期間で、全員の信頼を勝ち取ったこと。これもまた事実です」
だからこそ、ユリウスには、騎士であってもらわねばならない。
「……慰めと、受け取っておこう、だが――」
「いいえ、あんたはわかっちゃいません。あんたは記憶に、ナツキさんにこだわっている」
「――――」
動揺を気取られたことを察したユリウスは、オットーの言葉を慰めと判断し、爽やかにかわそうとする。だがオットーはそんなユリウスに指を突き付け、逃がさない。
今朝のユリウスの様子を見て、オットーは理解した。彼に、あまりにも多くの苦難が殺到していることに。
スバル以外の全てに忘れられ、レイドに打ち倒され、アナスタシアが眠りにつき、それすらスバルには話してもらえなかった。
それでも、オットーたちにとってユリウスの力は必要だった。だから、痛みを伴っても、オットーはユリウスと言葉を交わすのだ。
「ナツキさん以外の全員から自分の存在を忘れられれば、そうなるのも当然だ……なんて、知ったような口を利くのは失礼でしょうから、しません。僕も、自分が同じ目に遭ったら、あなたほどうまくやれた自信なんて、ない」
数多の感情を乗せ、ユリウスは目を伏せる。
「――それでも」
オットーは、それを許さない。その強い声色に、ユリウスが思わず顔を上げる。
「それでも、あなたは戦った。そして再び世界にユリウス・ユークリウスの名を刻みつけた。名を奪われる前のユリウス・ユークリウスを知らずとも、僕たちはあなたの騎士としての強さを信頼している!」
なるほど、スバルが覚えていてくれたことで、確かに絆を結びなおすことができたというのは確かだろう。だがオットーには、仮にそれがなくとも、彼は再び騎士としてその剣を振るうことができただろうと、確信に近い感覚がある。
それは、名を失くしたあの日からのユリウスの言動の一つ一つが、オットーにそう思わせたのだ。
ユリウスは突然ぶつけられた言葉に、何と返すべきか迷い、口を開いたまま固まる。その表情は決して悪いものではなかった――が、直後再び陰りを見せる。
「……だが、私はアナスタシア様の異変に気づくことすらできなかった。他陣営のスバルですら気づいたことに、一の騎士である私が……!」
その言葉は、思いがけずオットーにも突き刺さった。
「……信頼しているからこそ見えないものだってありますよ」
「それは……言い訳に過ぎない」
「なら、どうして僕がナツキさんがしていた隠し事に気づけなかったというんですか?」
「――――」
それを聞き、ユリウスもようやくオットーの心痛に気づいたらしい。もっともオットー自身はその心痛を、自分以外の誰にも背負わせるつもりはないのだが。
近くにいながら、オットーはスバルの隠し事に気づけなかった。昨晩はもう一騒動あって影になっていたが、それだけでもオットーにはかなりの衝撃だった。
それは運命の皮肉か、アナスタシアの異変に気づけていなかったことをユリウスが知ったのとほぼ同時に起こった出来事だった。
「……ずるい言い方をしました。ともかく、僕が言えた義理じゃありませんが、信頼というのは諸刃の剣です。何もかもが当たり前になってしまうと、そのことを疑えなくなる」
「あなたはアナスタシア様を信じていたから疑えなかった。そして僕も、ナツキさんを信じていたから隠し事に気づけなかった。ただ、それだけの話なんですよ、きっと」
そう、きっとそれだけの話なのだ。
身近な人の異変に気づけないのは、ショックだ。安心して話してもらえないのはショックだ。だが、近いからこそ、案外見えないものもあるのだ。
スバル側からしても、あの人のことだ、どうせ全部一人で抱え込もうなんて馬鹿なことを考えて結果的にこんな事態を招いたに違いない。
――あの人も、身近な人がどれだけ自分の身を案じているか、見えないからそんなことをするのだ。
「……慰めなどいらないと、そう突っぱねるつもりだったが、案外と、同じ立場の者がいると、気が楽になるものだな」
オットーの目を真っ直ぐ見て、ユリウスは少しだけ微笑んで見せた。
通じ合っていることを理解した二人は、視線を交差させる。
「――あらためて問います。ナツキさんのために、そしてアナスタシア様のために、力を貸してください。あなたのためではなく、彼らのために。それが騎士としての在り方のはずです。違いますか?」
「その通りだ。騎士とは何たるかを君に教えられるとは思わなかった。この身の未熟に恥じ入る思いだよ」
ユリウスは胸に手を当て、一つ瞬きすると、身にまとう雰囲気が変わった。
「私はアナスタシア様の一の騎士、ユリウス・ユークリウス。皆を守るため、私は騎士として、君とともに戦うことを約束しよう」
優雅に、美麗に、堂々とそう宣言してみせたユリウス。
オットーはその様子に瞠目し、やがて「ふっ」と微かに息を吐いた。それが悪感情ではないことは、ユリウスにはすぐにわかった。
「何か、私はおかしなことを言ってしまったかな?」
「すみません、そういうわけではないのですが、少し考えてしまいました」
ユリウスの堂々たる振る舞いを見て、オットーの頭にある考えが過った。それはこの場で口にするには不適切に思えて、黙っておくつもりだった。だが、今のユリウスになら、言ってもいいのかもしれない。
「不謹慎を承知で言います。……あなたが記憶を失わず、周りに忘れられるだけで良かったと、そう思ってしまいました。――記憶さえあれば、あなたは戦える」
「――最大級の賛辞と、そう受け取っておこう」
こみ上げる感情を堪えるように、ユリウスは目を瞑る。それが悪感情ではないことは、オットーにはすぐにわかった。
「全て、取り戻しましょう。どんな形であっても」
オットーは胸の中で己に誓った。
――これ以上スバルを傷つけさせないために、全ての手を尽くすと。
【第28話での相違点】スバルが一人にならない。メィリィとの再契約。ユリウスに前を向かせる。
今回の話はなろう版原作第六章36、37、38辺りに相当していますが、オリジナルが多いです。
オットーとユリウスの対話は、このifルートで書きたかった場面その2です。
信じていた人の隠し事に気づけなかったのは実はこのルートのオットーもそうなんですよね。
内心オットーは結構怒っています。隠していたスバルに、というのもありますが、それ以上に気づけなかった上に記憶までなくす選択を止められなかった自分に怒っています。
ユリウスも、騎士としての自分を信頼してくれなかったスバルへの怒りと、これだけ近くにいながらアナスタシアの異変に気づけなかった自分への怒りがあります。結構境遇が似ているんですね。
その上で、オットーは騎士としてのユリウスの実力を高く評価しています。そのことを、ユリウスに再確認させたかったんですね。
スバルの 咤激励とは効果が違っていますが、これでオットーができる範囲で最大限ユリウスの力を引き出せるようになりました。そういう打算もありますが、話したことは全て本音です。
……これでレイドに認めてもらえるようになったかどうかは、レイドのみぞ知る。