Re:ゼロから始める異世界生活6章オットー同行if 作:樫ハット
シャウラ……。
でも素晴らしい作品でした。やっぱり六章は面白い!
今回は亜人のアニメを見てたら面白すぎて更新遅れました。
それと諸事情で来週は更新お休みするのでご了承ください。
「それで、『暴食』への対策は何か見つかっただろうか?」
「ええ、どちらかというと苦肉の策ですが、いくつかは」
ユリウスとの対話を終えたオットーは、エキドナが待つ部屋に戻る。オットーは「『暴食』のことで色々と確認したいことがある」と言ってユリウスを連れ出したことを思い出し、テーブルにつきながらそう返す。
「全員が集まってからまた改めて話しますが、『暴食』の権能の特徴から簡単な対策は思いつきました。簡単ゆえに、効果もそこそこではありますが」
ユリウスとの対話は、ユリウスを立て直すことだけが目的だったわけではない。しっかりと『暴食』の権能の特徴も聞き出していた。
その結果、意外とかの権能の効果は雑であることもわかってきた。ある程度は、過去の被害状況とスバルの報告からわかっていたことではあるが。
「名を奪われた場合、その人が書いた文字はインクごと消えるようです。しかし、別の人が用意した紙であれば、紙そのものは消えない」
「……なるほど、白紙の紙が不自然にあれば、権能が使用されたことを割り出せると」
「概ねそれで合っています。さらに詰めるなら、ここにいる全員の名前を各々が等間隔に書き連ねたものを用意するのが良いでしょう。そして、不自然な空白がないかで権能の使用を確認します」
エキドナの理解にいくつか補足する。
この作戦は、ユリウスが以前作成したらしい報告書が白紙になっていたという情報を元に出したものだ。
ある人物が存在した痕跡を完全に消すのはどうやら難しいようだ。それでも厄介なことに変わりはないが。
「しかし空白が詰められた形で消える可能性もある。スバルに聞く、という方法が一番確実ではないのか?」
「状況が許せばそれが確実でしょう。しかし確認手段は複数あった方が良い。アウグリア砂丘でのように、僕たちは分断される可能性も考慮すべきだ」
ユリウスが提案したのも一つの手だ。理由は不明だが、スバルは『暴食』の権能に一定の耐性がある。だから彼に聞けば不明な人物が本来知り合いかどうか判別できる。
だが、アウグリア砂丘にてスバルたちが分断されたことは記憶に新しい。スバルと分断されれば一々確認することはできない。そして、スバルを危険な場に毎回連れ出すわけにもいかない。
スバルを安全圏に置き、我々だけで対処する必要がある場面も来るはずだ。スバルに頼る部分は、なるべく減らしておきたい。
「唯一の懸念は、こうした作戦の発案者が名を奪われた場合ですが……」
『暴食』の権能の詳細についてはまだ情報が少ない。複雑な状況に対して権能がどのようにはたらくかは未知数だ。話では個人の記憶だけでなく、歴史の記述からも消されるという。そこで生じるはずの齟齬も、無理やり整合性をとるような修正が入るらしい。その修正力がどうはたらくか、それが未知数だ。
だから仮にオットーが名を奪われれば、この辺りの作戦がすべておじゃんになる可能性もある。
「……これは、全員を集めて会議した方が良さそうですね」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「少し早い再集合ですが、昼食の前に色々と議論しておきたいことができました」
スバルが地道に鞭の練習をしている部屋に、オットーがユリウスを連れてそう告げに来た。そのままスバルたちは朝食をとった部屋に再集合し、再び会議に駆り出されたのだった。
与えられた空き時間でスバルは多少なり心の整理ができてきた。情報の整理の方は、まだ混乱しているが、聞けばエミリアかベアトリスが答えてくれた。
それと、ユリウスがスバルに向ける視線から、少しだけよそよそしさが減っている気がした。あちらも心の整理がついたのだろうか。あいつのためにも、記憶を早く取り戻したいところだ。
「なるほど、『暴食』対策として、なるべく多くの人から策を集めておきたい、ね」
我々のブレインたるオットーだけが案を出しては、オットーが全員から忘れられたとき彼が思いついた案が不意になる可能性を考慮しているらしい。
スバルには権能とやらの仕組みやはたらき方がいまいちわかっていないのだが、聞けば何やらその人が書いた文章まで消される可能性があるらしい。つくづく嫌な能力だ。
「そもそも被害を受けないのが理想的ですが、失敗を想定した案を用意しておくことも必要ですからね。まあ、これについては何か思いついたら伝えてください」
「なら早速だけど、おそろいのリストバンドか何かつけたらどうだ? 仲間ってことはわかるだろ」
「なるほど、壊れたときなどの問題はありますが、良い方向性だと思います」
スバルが深く考えず思いついたことを提案すると、オットーは心なしか感心したように頷いた。どうやらこれで良かったようだ。スバルは大げさに得意げなジェスチャーをしてみせた。
本人を見つけられればの話にはなるが、識別用のアクセサリーを身に着けるのは有用だろう。考えてみれば、壊れたときも壊れたと説明できれば知り合いの証拠になるだろうし。
この塔に来るのは相当困難らしいし、潜伏されているのでなければ知り合い以外が来ることはないような気もするが。
「他に思いつかないようなら、一旦この話は保留にします。むしろここからが本題なのですが――『試験』の攻略についてです」
オットーが声の調子を変えるのと同時、皆の視線が鋭くなったのを感じた。
そう、『試験』。この塔を攻略し、レムと呼ばれていた人も含め、たくさんの人を救うために、越えなければならない壁だ。今ではスバルの記憶を取り戻すという目的も付加されてしまっているが。
とはいえスバルは『試験』の詳細を知らない。めちゃくちゃ強い人がいて、そいつを超えなければならないんだったか。さっき鞭などを試した感じ、スバルではとても役に立てそうにない『試験』だと結論したところだったが。
「皆さん知っての通り、二層の『試験』はレイドさんの許しを得ることです。順当に倒すというのがわかりやすい回答ではありますが……実現が困難な方法でもあります」
オットーの言葉に、ユリウスが微かに目を伏せたことにスバルは気づかない。
「そうね。レイドの死者の書から探る手が潰された以上、これ以上情報は増えない可能性も高いわ。これで話し合っても結論は変わらないはずだわ」
「その点は二重の意味で痛手でした。が、収穫が皆無だったわけでもありません」
おそらくスバルが記憶を失う前にも『試験』のことは話し合っていたのだろう。ラムは、無駄な話し合いをするつもりはないと言わんばかりだ。
一方のオットーはまだ何かあると匂わせる。早く言いなさいと訴えるようなラムの視線に苦笑しつつ、オットーは続ける。
「レイドの死者の書の一件ではっきりしました――死者の書には、死者の記憶を追体験する以外の機能がある」
「――――」
聞いたところ、スバルが死者の書を読んで記憶を失ったのは完全に想定外だったらしい。それはトラブルではあるが、一方でスバルたちが知らなかった情報が明らかになったとも言える。
「三層の書庫が先に開放されている以上、ここを何らかの形で利用することが想定されている可能性が高いです。そして、特殊な機能がある一部の死者の書を利用するのが想定解かもしれない……被害者を出さないと利用法がわからないというのはとんだ性格の悪さだと思いますが」
「ふむ、レイド・アストレアの死者の書が特別だったのであれば、同様に『賢者』フリューゲルなどの死者の書もまた特別である可能性は高そうだ」
オットーの説明を聞いて意図を読んだユリウスは、即座にフリューゲルの名を挙げる。文脈から察するに、レイドと同じカテゴリに入るような強キャラだろうか。『賢者』とついているし、魔法の天才なのかもしれない。
内心そんな風に考えを巡らせ、後で誰かに聞いておこうと思ったところ、視界の端でシャウラが首を傾げて、
「お師様ならここでまだピンピンしてるじゃないッスか」
「よくわからんけどお前一旦黙っとけ」
「はいッス!」
スバルを『お師様』だと勘違いしているらしいシャウラを一旦黙らせておく。なんか話がこじれそうな予感があったからだ。
体感では短い付き合いだが、スバルはシャウラをいわゆるアホの子であると認識している。素直に言うことを聞くあたり、可愛いがられるタイプではありそうだが……。
「なら目的はフリューゲルの死者の書? 探し出すまで何年かかるのかしらね」
「昨晩レイドの死者の書を比較的すぐ見つけられたのは偶然ではない、という可能性もありますが」
「……希望的観測ね」
早速次の目標が決まったのかと思ったスバルだが、ラムはまだ険しい顔をしている。どうやら本を探し出すのにも難点があるらしい。
「俺現物見てないからわからないんだけど、これもしかして書庫に検索機能とかない感じ?」
「その、検索機能とやらのことはわからんかしら。ただ、並び順もバラバラ、数だけはこれまでの死者全員分の死者の書があるかしら」
「創ったやつ何考えてんだ」
ぽろっとこぼした疑問にベアトリスが答えてくれる。が、その答えはある意味絶望的だった。
情報があっても取り出せなければ意味がない。確かバベルの図書館とか何とかってやつと似たような状況だ。
「同感ね。でもオットーの言い分にも一理あるわ。完全に配置がバラバラにしては、バルスが読める本が見つかりすぎている」
「そうなの?」
「ええ、スバルは昔の魔女たちの本を何冊かもう見つけてるわ。それにレイドの本も。……もしかしたら三層の『試験』を突破したスバルなら見つけられるのかも」
「まあ俺ってば昔からゲームとかで一発で正解ルート引いちゃうタイプだし?」
だが全くの絶望ではないらしい。スバルたちが知らないだけで、何かしらの仕組みで目的の死者の書を見つけやすくなっている可能性はある。
特にスバルが死者の書探しを得意としているのなら、これは活躍のチャンスだ。ようやくスバルがこの一行に着いてきた意味が見いだせてきたというものだ。
「よし、そうと決まれば早速書庫に行こうぜ! 死者の書って響きに、忘れていた俺の厨二病がまたうずき始める……!」
右手が疼く……もとい右手が真っ黒で脈打っているわけだが。
「念のため言っておきますが、死者の書を開くのは話し合ってからですからね」
「ああ、わかってるよ。さすがに俺も二度も記憶を失くすのは勘弁だ」
「……そのことをわかっているならいいんですが」
空気を読まないお調子者発言だっただろうか。オットーはため息をついてスバルにくぎを刺す。
だがさすがのスバルも、この状況で迂闊に死者の書を読もうとは思わない。その点は安心してくれていい。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ひょえー、こりゃすごい数の本だ」
昼食を終え、四層から三層まで上がった一行は、『タイゲタ』の書庫へと入場する。
ちなみにオットー発案の、全員が自分の名前を書いた名簿は既に作成済みだ。スバルも学びたてのイ文字を使ってなんとか書いて見せた。
なおスバル発案の統一ファッション作戦は、作成時間がかかる関係でまた後日ということになった。裁縫道具さえあれば、スバルが各自の服に文字でも縫い付けてやるのだが。
ともかく、書庫の壮観を初めて見るスバルは、無数に並ぶ本棚を見渡し、しばし呆然とする。
なるほど、これは想像以上の光景だった。
スバルもなかなか読書家(ラノベや漫画、攻略本など)だったが、これほど大量の本に囲まれた経験はついぞない。無論、国会図書館などと比較すればあちらが勝るのかもしれないが、その勝利はスペースの差がもたらしたものに過ぎない。
「これが全部……死者の書……」
つまり、この本の数だけ死者がいたというわけだ。文字通り気が遠くなる記録量と言えよう。
「これって手に取っても大丈夫? 読む気はないんだけど」
「基本的に、手に取っただけでは機能しないかしら。本を開き、目を通すことが必要なのよ。……けど、ベティーはもうこれ以上スバルにこの本を手に取ってほしくないかしら」
一冊本を取り出して眺めてみたいという気になったスバルがそう聞くが、ベアトリスは渋い顔だ。なら、スバルもあえて危険は冒すまい。
「なら、そうするよ。背表紙にタイトルは書いてあるみたいだしな。けど――」
死者の書の背表紙を眺め、スバルはあることを思い出した。
「俺、本のタイトル読めねぇじゃん……」
そう、スバルはこの世界の文字が読めないのだ。
辛うじてひらがなとの対応表は作成したが、探索効率が著しく落ちることは確実だ。そして、オットーの推測が正しければ、スバルの探索能力が落ちることはすなわち……、
「どうするよ。なんか俺が頼みの綱かもって話してた気がするんだが……?」
「大丈夫。ユリウスも一冊見つけてくれたの。きっと私たちで手分けすれば見つけ出せるわ!」
「エミリアちゃんは前向きだな……」
こりゃ気が遠くなる仕事かもしれないぞと始める前から気落ちしかけていたスバルに、エミリアは励ましの言葉をかけてくれる。
というか、ユリウスも見つけていたのか。なら少し希望が持ててきた。他力本願の希望というところが、スバルらしいと言えばらしいところかもしれない。
「うし、俺もこうしちゃいられねぇ。文字の勉強がてら探索に少しでも貢献するぜ! ……って、どったのエミリアちゃん」
「……ううん、なんでもないの。スバルのためにも、頑張って探さなきゃなって」
「ああ、悪いけど手伝ってもらえるとすげぇ助かる」
エミリアの励ましに対するスバルの独り言に、エミリアはなんだか少し悲し気な瞳を向けた気がした。どうにも気になって聞き返したスバルだったが、そうすると彼女はすぐにその感情を引っ込めてしまった。
勘違いだろうか。そうであってほしいと願いながら、スバルはまたしても微かに心痛を覚えた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「おお、これならちょっと探索捗るな。我ながらナイスアイデア」
スバルが手に持っているのは、フリューゲルをはじめとした重要人物の名前の一覧表だ。
『よく考えたら俺が名前一個一個読んでいくよりも、目的の文字列で探した方がやりやすくね?』
というスバル自身の経験に基づく提案で、オットーに作ってもらったものだ。
スバルはこの世界の重要人物のことをすっかり忘れてしまっている。だから正しく文字が読めていても、結局重要な本なのかそうでないのか、判断を間違えてしまう可能性があると思い至った。
そこで、先に重要人物の名前をリストアップしてもらうことにした。こうすれば、文字というより図形の形で把握できるので、今のスバルとしてはかなりやりやすい。
「けど、一向に見つからんな……そりゃそうか、この数だ」
開始からどれだけ経っただろうか。時々休憩を挟んで、スバルの体感ではもう結構長いこと探索しているような気がする。多少鍛えたらしいスバルの足腰だが、既にちょっと疲れの傾向が見えつつある。
……これだけ時間をかけて何も見つけられなかったという、精神的な徒労感の方が大きく寄与しているのかもしれないが。
またしばらくして、スバルが階段の前辺りで休憩していたところ、
「エミリアちゃん! そっちは?」
「ううん、見つからない。ごめんね。一生懸命探したんだけど……」
「いやいや、感謝はすれど謝られることなんて何もないって!」
申し訳なさそうに目を伏せるエミリアに、スバルはぶんぶんと首を横に振って言い返す。
元はと言えばスバルの失態でこんな事態に陥っているのだ。今のスバル的には、記憶喪失前のスバルに一発ガツンと言ってやりたい気分だ。
「こちらも収穫なしです。……少しやり方を改めるべきでしょうか?」
「お疲れ、オットー。で、なんかうまいやり方思いついたなら確証なくても言って欲しいってのが本音だが」
少し気落ちした様子のオットーだが、彼は相変わらず何か思案しているようだ。とはいえここに来る前に散々話し合ってきてはいるのだ。全員で探索してこの書庫にギミックの一つも見つからないのであれば、面倒だがローリング作戦しかあるまい。
「死者の書の探し方については、現状何の案もありません。――ですが、僕たちは既に目的の死者の書を一つ見つけている」
「なるほど、言われてみりゃそうか」
「ええ、そうです」
何か察した様子のスバルを見て、オットーは懐から黒い装丁の本を取り出す。
何度対面しても、その物々しさに、どこか背筋がぞくりとする錯覚を覚える。なぜならその本は――、
「レイドの死者の書。これを、二層の『試験』の攻略に利用できないか、今一度考えてみませんか?」
スバルの記憶喪失の元凶。まさにその本を、スバルの記憶喪失の解決のために利用してみないかと、オットーはそう提案したのだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その部屋に足を踏み入れたとき、スバルは空気が塗り替わったのを感じた。その感覚は、目の前の人物が異様な存在であることを告げていた。
「――――」
場を支配する、というのとも少し違う。蛇に睨まれた蛙、というべきだろうか。とにかく圧倒的な雰囲気。誰に言われずともわかる。目の前の人物が、噂の二層の『試験』の試験官、レイド・アストレアだ。
「なンだ、オメエ。今度はオメエらが抜いてくれンのか、子分と、無粋雑魚。言っとくがオメエらじゃ勝てンぜ。同時に相手してやってもいい。また策があるってンなら、今度こそ正面から踏みつぶしてやるぜ、オメエ」
きっと他の誰かがいなければ、スバルは情けない悲鳴を上げて腰を抜かしていたことだろう。だがスバルの周りには、エミリア、ベアトリス、それにラムがいる。ちなみにオットーはシャウラも連れてきたがっていたが、本人の抵抗がありあえなく諦めたのだった。
だがレイドのそんな圧倒的な存在感を前に、オットーはユリウスを傍に控えさせつつ、一歩ずつ歩み寄っていく。
オットーに気づいたレイドは、しかし振り向くことなくそう言い放つ。その無礼な振る舞いを咎める者は、ここにはいない。
「今回は、あなたに見せたいものがあって来ました」
「あぁン? 酒、じゃあねえなあ。女か? 激マブ連れてきてンだろうな、オメエよお」
「残念ながらどちらでもありません。僕が見せたいのは――レイド・アストレア、あなたの死者の書です」
「あン?」
オットーが言いきると、ようやくレイドは興味を持ったようで、半身になってオットーが手に持つ本に目を向ける。直後、レイドはオットーの目を射貫くように見据える。その視線にオットーは微かに肩を震わせる。
「オレに本読めってか? そりゃ無理だぜオメエ。つまンねえもん持ってくるんじゃねえよ、オメエ。オレに斬られる前にとっとと帰れ」
「これは、ただの本ではありません。死者の書です。これは死者の記憶を追体験することができる本だ。そしてこれは、レイド・アストレア、まさにあなたの記憶を追体験できる本だ」
オットーの提案は、レイド本人にレイドの死者の書を読ませるというものだった。もし『暴食』の権能が効けば良し。効かなくても、少なくともレイドの反応は新たな情報となる。
『試験』攻略の可能性を広げつつ、記憶喪失の仕組みを明らかにするための実験台として利用する、一石二鳥の作戦だ。
ただ、懸念があるとすれば……、
「オレがこれを罠だってわからねえとでも思ってンのか、オメエ? なめてンのか、あぁン?」
オットーの雰囲気から感じ取ったのか、レイドは射殺さんばかりの視線を投げかける。遠くにいたスバルですら、震えあがりそうになる、獣じみた威嚇だった。
だがオットーは、
「罠ですよ。少なくとも僕はそのつもりで提示してます」
そう言ってのけた。
一瞬、その場を沈黙が満たす。それは突如、レイドの哄笑で破られる。
口角を吊り上げ、ガハハという笑い声が空気どころかスバル自身を揺さぶっているようにすら感じた。その笑みは獣じみていて、笑いというより威嚇だった。スバルは笑いの起源は威嚇だという学説があったなと、益体もないことを不意に思い出した。
「おもしれえじゃねえか、オメエ。堂々と罠だって言い切りやがった。まあ、オレの勘じゃあこン中にオレらしさなんて感じねぇけどな」
レイドはなおも笑いつつも、右目の眼帯を右手でちょっとまくり上げ、特にケガのない、彼の言葉通りの健在な目とともに、両目で死者の書を検める。
「眼帯……目が見えないわけじゃねぇのか」
「こンなもン、お遊び気分で付けてるもンと変わりゃしねえンだ。付けてねえと見えすぎちまう。そンだけの代物なンだからよ」
小声の独り言をレイドに拾われ、スバルは思わずびくりとしてしまう。傍に居たエミリアとベアトリスが少し緊張状態になったのがわかる。だがレイドはそんな様子に目もくれず、立ち上がり、オットーと向き合っている。
その体格は大きく、スバルよりは大きいオットーよりも、頭一つくらい抜けて大柄だ。その存在感の大きさからすると、むしろ小柄のように錯覚してしまうが。
「いいぜ、オメエの罠にはまってやるよ。オレが死んでるって言われてンのも癪だしな」
「では――」
「よこせ」
笑い終えたレイドは、堂々と罠にはまってやると宣言し、有無を言わさず死者の書へと手を伸ばす。オットーは言葉を切り、無言で死者の書を手渡す。
知らず、スバルはごくりと生唾を呑み込む。
「ふん」
躊躇なく、レイドがその本を開く。そのページに目を下ろすと、彼の瞳から生気が消え失せる。仁王立ちしたまま、レイドは意識を消失する。
「効いた……のか?」
見たところ、数秒経ってもレイドは一向に気絶しているように見える。オットーの話では、スバルが記憶を失くしたときと同じ兆候だ。
「今のうちに――」
「だめだ、スバル」
今のうちにダメージを与えられればと、そう提案するつもりだったが、それを制止したのはユリウスだった。彼は薄っすらと冷や汗をかきつつ、騎士剣を抜き、気を失ったレイドに相対する。
何が、と聞き返す前に、その答えはわかった。
「――天剣に至りし愚者、彼の者の許しを得よ」
気絶したはずのレイドから、その声が発される。よもや意識が戻ったのかと思い彼の瞳を見るが、相変わらず生気はない。
「気絶中の自動操縦モードにでもなったってのか?」
「――天剣に至りし愚者、彼の者の許しを得よ」
強い武術家は寝ていても危機を察知して動けるという話を聞いたことがある。目の前の人物も、それと同じかそれ以上の高みにある可能性がある。
「ともかく、作戦その3は中止ですね。予定通り、観察に努めましょう」
作戦その3、気を失ったレイドを全員で袋叩きにする。
これではレイドの許しはもらえないかもしれないという懸念はあったものの、レイドを倒すという目的には使えそうなものだった。だが、オットーは元々この手には期待していないようだった。
「――天剣に至りし愚者、彼の者の……ゆる、しを……あぁン? なンだこれ。またおかしなことになってやがったな」
そうこうしているうちに、レイドの目に生気が戻る。どうやら意識がもどったようだ。
「寝てる間に手ぇ出さなかったのは賢かったな、オメエ。つまンねえけどな」
かと思えば笑いながらユリウスを睨みつけ、そう言い放つ。それは暗に、あのときのユリウスの選択が正しかったことを示唆していた。
「感想をお聞きしても?」
「なンでオレが説明してやらなきゃなンねえ」
「いえ、今度罠を改良するときの参考にしようかと思いまして」
「かっ! 雑魚のくせに、言いやがる」
死者の書の効果のほどを聞き出すべく、オットーは言葉を操る。ここにきてスバルは気づいた。オットーはレイドの思考回路を読み切り、うまく相手を乗せているのだと。嘘偽りのない、むしろ挑発的ですらあるその姿勢が、かえって自信家のレイドの自尊心をくすぐっているのかもしれない。
「――ガキがいた。気持ちわりいこと言ってやがったから、ぶん殴ってやった。近頃のガキは性根が曲がってやがんのか? そンで、その辺斬って出てきた。そンだけだ」
「ガキ……?」
「っ! まさか! 特徴は!?」
首を傾げるスバルだが、オットーは覚えがあるようで、切羽詰まった様子でレイドにさらに問いかける。
「あぁン? 殴ったやつの面なンざ一々覚えちゃいねえよ、オメエ。見たけりゃてめえで勝手に読めよ、オメエ」
だがレイドはそう言って、レイドの死者の書を投げ返してきた。投げられた死者の書は、きちんと閉じたまま、オットーの両手にぴたりと収まった。
「……今回の悪だくみは、ここまでのようですね」
「もう終わりかよ、オメエ。戦う気があるやつがいねえなら、今晩相手しろや、激マブ」
「ごめんなさい。今私たちすごーく大変なの」
視線を向けられたエミリアは、毅然とした態度でそう言ってのける。レイドは舌打ちするが、やがて視線を外し、尻をかきながら胡坐をかき始める。
「ま、オレがオレだってわかったから、見逃してやるよ。試すまでもなかったがな。用事が済んだならとっとと失せろ」
その言葉を最後に、レイドはこちらにそっぽを向き、動かなくなった。スバルはそれに背を向ける勇気がなく、後ずさりでその場を後にした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二層の『試験官』との対面を終えた一行は、残りのメンバーがフリューゲルの死者の書探しに奔走する書庫へと戻る。
「あ、お師様! レイドのやつにやられてないッスか!?」
「大丈夫だったぜ、シャウラ。まあ今回に関してはもっぱら危険だったのはオットーだしな」
最初にスバルを出迎えたのはシャウラだった。抱き着かんばかりの勢いで向かってくるのを、それとなくかわしつつスバルは無事を報告する。「お師様のいけずー」などと言ってくるが、抱き着くのは純情越えなのである。
「あの場で一歩も引かないその胆力、心から尊敬するよ」
「ええ、何度も肝を冷やしましたよ。――ですが、その価値はあった」
安全な場所に着き、ユリウスは難しい交渉をやりきってのけたオットーに素直な賞賛を送る。スバルも同感だ。渦中にいたわけではないスバルでさえ、あの男を目の前にすると、気を抜いたらへたり込んでしまいそうだった。
「ええ、これでバルスの記憶喪失の原因がわかったわね」
「相変わらず仕組みに不明な点が多いですが、これはもうほぼ間違いないでしょうね」
「えーっと、本に細工がされてたって話じゃなかったっけ?」
レイドのことを考えて、遅れてちびりそうになったスバルを尻目に、ラムとオットーは訳知り顔で会話を交わす。スバルが説明してくれと促すと、オットーは頷き、
「僕の推測は当たらずとも遠からず、だったみたいです。確かに本に異常はあったようです。なにせ中に『暴食』の大罪司教が潜んでいたんですから」
「は?」
意味がわからない。『暴食』の大罪司教というのは確か人のことだったはずだ。本の中に人が入っている? いや、魔法がある世界ならそんなこともあり得るのか?
「ベアトリス様。扉渡りの応用で、本と別の空間を繋ぐことは可能でしょうか?」
「ベティーの知る限りでは、ないのよ。そもそもあれは意識だけを飛ばしている様子かしら。ただ『暴食』の居場所に移動させられるのとはまた訳が違うのよ」
オットーが顎に手を当てベアトリスに質問するが、その推測は外れらしい。というか、その程度の表面的なことまでしかスバルは理解できていない。
「待て待て、話が読めないんだが。そもそもなんでそんなことが言える?」
「レイドが謎の空間で謎の子供に出会った。そこでナツキさんはおそらく記憶を奪われた。そして『暴食』の大罪司教は子供の風貌をしている。これらを組み合わせれば、おのずと答えが導かれます」
「……なるほど」
『暴食』の大罪司教は子供の見た目をしているらしい。てっきり暴食というのだから恰幅の良いな成人男性みたいなイメージを勝手に持っていたのだが、そうじゃないらしい。そのピースを与えられて、スバルもようやく腑に落ちた。
「とにかく、この情報を元にまた対策を考える必要が――」
「――何か来るッス」
「シャウラ?」
直前までスバルを見つめていたシャウラが、突然遠くを見ながらそう告げる。その響きに何か不穏なものを感じ取ったスバルは、シャウラの名を呼ぶ。
シャウラはその呼びかけに一度だけ振り向き、
「塔の外から何かが向かってきてるッス」
事態は、スバルたちの考える時間を待ってくれなかった。
【第29話での相違点】いくつか『暴食』対策を講じる。レイドが自分の死者の書を読む。レイドの死者の書の中身が『暴食』の大罪司教だとほぼ確定。
今回の話はなろう版原作第六章37+αに相当しています。この辺オリジナル展開が続いております。
意図せずしれっとレイドに殴られるルイ。
これはオットーの分!
レイドに自分の死者の書を読ませたら、という部分はかなり想像で書いています。もしかしたら間違った解釈をしているかもしれませんが、一つの考察ということで悪しからず。
ちなみにこの部分、元々プロットになかったのですが、書いてみたらオットーが勝手に動き始めました。ここで暴食の大罪司教が本の中にいることまで明らかになる想定じゃなかったのですが……早い。