Re:ゼロから始める異世界生活6章オットー同行if   作:樫ハット

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【4】砂丘への旅路

 不安いっぱいの朝から始まった旅路だったが、約一ヶ月に及ぶ行程は道のりこそ長くはあったが、道中には特別これといったアクシデントは起こらなかった。これもオットーとアナスタシアの抜かりない準備の賜物だ。

 

 現在、大型の竜車を引っ張る二頭の地竜の前を、スバルのパトラッシュとユリウスの青い騎竜が先導している。

 全員が竜車の中にいては、有事の際の反応が遅れる。ということでの布陣ではあるのだが、

 

「ふわ……」

 

 平穏で退屈とくれば欠伸も出る。

 

「スバル」

 

口に手を当てて思わず眠気を膨らませるスバルに、ユリウスは咎めるような目を向けてきた。

 

「我々は周囲を警戒する目的でここにいるはずなのだが、いささか危機感に欠けるのではないだろうか」

 

「一々嫌味ったらしいこと言うなよ。俺からすりゃあむしろお前が気張りすぎだと思うぜ? 人間、いつまでも緊張していられるほど器用じゃないぜ?」

 

「……そうか、君からはそう見えているか」

 

「皆からしてもそうだと思うぜ。まあお前にとってはいつも通りっていやいつも通りかもしれねぇけど……」

 

「そのいつもがわかるのは、今は君だけだからね」

 

「……そうな」

 

 声の調子を落としたユリウスだったが、「それはともかくとして」と言うと、その目に一瞬だけ過った感情は覆い隠される。

 

「状況に応じて適切に切り替えることが肝心だという忠告として、受け取っておくとしよう」

 

「忠告ってほど偉そうなこと言えた立場じゃねぇけどな」

 

 そんなユリウスの様子を見て、スバルは少し思案する。背後、竜車の中の会話は聞こえてこないし、逆にこちらの会話もあちらには聞こえていないはずだ。アウグリア砂丘も近づきつつある。ここは腹を割ってもう少し話すべきことを話しておく場面かもしれない。

 

「それはそうと、あれから準精霊の具合はどうだ?」

 

「相変わらずだね。蕾たちは私の周囲に集ってくれているが、戸惑っているようだ」

 

 スバルの質問に腕を持ち上げ、ユリウスが準精霊を可視化させる。

 淡い輝きの六色の準精霊は、今も地竜を走らせるユリウスの周りに浮かんでいた。しかし、ユリウスが腕を差し伸べても、かえって遠ざかろうとしてしまう。

 なるほど、確かにユリウスと準精霊との間の絆は失われてしまっているようだ。

 

「再契約ってのはできないのか? 近くにいるってことは、お前の精霊を引きつけるなんちゃらって加護は働いてるわけだろ?」

 

「私の『誘精の加護』は今も健在のようだ。それがかえって、彼女らの認識の不可解に一役買っている。私から離れがたいのはなぜかと困惑させてしまっているのだろう」

 

「こんな言い方するとアレだが、他の精霊で手を打つのは?」

 

「エミリア様のように、行く先々の微精霊に力を借りられる精霊使いであればその案も考慮できたが……その方法では私には精霊の力を十全に引き出せない。準精霊の蕾たちと絆を結ぶのにも、数年の時間を要したからね」

 

 考えてみれば、エミリアも他の精霊は使えるが、パック並の力を引き出すことはできない。パートナーになる精霊はやはり特別なのだ。

 

 それにそもそも同じ精霊使いの立場として、すぐ次の精霊を探せなどとはスバルから言い出せるはずもない。絆が断たれて、ベアトリスを手放せるかという質問と同じ意味になるからだ。当然、中指を立ててお断りする案件である。

 ユリウスにとって、六体の準精霊との関係は全く同じ問題なのだ。

 

「故に、今の私は剣技でしか騎士の務めを果たせない。もちろん、剣が精霊術に劣るなどと思わないが、私自身の力量が不足するのは事実だ」

 

「それを取り戻すための旅でもあるし、そもそもお前の剣の腕でそれ言うのただの嫌味だからな。しかも相手が俺って、それもさらに嫌味だから」

 

 スバルは一年前に王都の練兵場でユリウスに剣技だけでボロ雑巾にされたときのことを思い出す。あのときに比べればスバルの方もマシにはなったが、差が埋まったとは思っていない。

 ユリウスからすれば、あのときのスバルは赤子の手を捻るレベル。今のスバルは五歳児を相手にするレベル、そのぐらいの差だろう。

 

「お前らって自分を過小評価する悪癖があるよな。謙遜も過ぎれば嫌味だぜ」

 

「それは、私からも君にそっくりそのままお返ししたいところだね」

 

 とまあそんな感じで、色々と浅いこと深いこと話しつつ、一行は街道を一路、東へ向かって直進を続ける。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 そんなこんなで一行は砂丘の最寄りの町、『ミルーラ』へ到着する。

 

 ミルーラは有体に言って寂れた宿場町だ。

 町の規模はそれなりではあるが、当然、水門都市プリステラや工業都市コスツール、王都ルグニカとは比較にならないほど小さい。それゆえオットーなどはここに至るまでに計画的に食料などを買い込み、長旅でも快適な食生活を送れるように気を回してくれていた。

 

 ミルーラに到着してから、各々アウグリア砂丘に向けた準備に奔走する。例えばオットーとアナスタシアは物品の調達や竜車の調整、そしてアウグリア砂丘に足を踏み入れるための許可を取りに行くといった仕事をしてくれていた。

 

 一方スバルはというと、エミリアとともに町に繰り出していた。

 と言っても観光や遊びが目的というわけではない。一言で言えば、砂丘の砂風の予行演習と言えるだろうか。そのために宿の人の忠告を振り切ってまで、わざわざ砂が吹き荒れる『砂時間』に出歩いたのだ。

 

 町の中でも砂時間の大変さは相当なものだった。防砂ファッションをしていても、隙間から容赦なく砂は入り込んでくる。舌を動かすと、歯と歯の間を擦れる砂の感触があり、なんとも気分が悪くなるものだ。

 だが砂丘の砂風はこんなものではないだろうということは想像に難くない。これを経験できただけでも収穫はあったと言えよう。

 

「ナツキくんとエミリアさんも、無事にお戻りみたいやね」

 

「おかえりなさい。僕たちも先ほど帰ってきたところです」

 

 そんな外出を終え、スバルとエミリアは宿に戻ってきた。砂を落として部屋へ上がったスバルたちを迎えたのは、スバルたちと同じように外出していたはずのオットーとアナスタシアだった。

 

 一行が宿泊する宿は、ミルーラでは一等まともな宿である。

 それでもプリステラの『水の羽衣亭』などに比べれば見劣りするが、そこは都市レベルの格差ということで納得する他にない。

 

「ユリウスは?」

 

「うちを宿に送り届けたあと、ちょっと町を見て回るいうてな。たぶん、砂に目を慣らしとるんやと思う。ナツキくんたちとおんなじやね。どうやった?」

 

「まぁ、『砂時間』さえ避ければ、行動不能ってことはないと思うぞ。けど防塵ゴーグルが欲しいってのが本音だな。透明なガラスみたいなので、顔のこのあたりを塞ぐみたいに覆うんだ。作れないか?」

 

 水中ゴーグルを思い浮かべて、スバルは自分の目の周りを示しながら聞いてみる。アナスタシアはその言葉に首を傾げ、「なるほど」と頷いた。

 

「ガラス細工やと強度に問題があるけど、一考の価値はある……か。砂風問題はカララギでも無関係やないし、使える考えかもしらんね」

 

「それならエミリア様が氷で作れたりしませんかね?」

 

「おぉナイスアイディアだ、オットー。エミリアたん、できそう?」

 

 砂を落とし、部屋に入ってくるところだったエミリアに問いかける。エミリアは顎に手を当て、少し考えこむようにしながらこう言った。

 

「うーん、大体の形は作れそうだけど、ちょっと見えにくくなっちゃうかもしれないわ。それに私はともかく、スバルがずっと着けるにはちょっと冷たすぎるかも。……やってみる?」

 

「その辺りは後で時間があるときに試行錯誤してみようぜ。と、忘れるとこだった。そっちの首尾は?」

 

「目的はちゃぁんと果たしてきたから安心してな? 竜車の車輪回りの調整と、砂丘に入るうちらの扱いはこっちの要求通りになるはずやから」

 

「そう……ごめんなさい。なんだか全部、やってもらっちゃって」

 

「うちだけやあらへんよ。オットーくんも手伝ってくれたんやから。オットーくんは細かいとこにも気が回るし、いてくれるとほんまに助かるわ」

 

「いえいえ、大したことはしていませんから。むしろこちらの方が、アナスタシア様の交渉を見て一介の商人として勉強させていただいているくらいで」

 

「そういやお前って元商人だったな」

 

「商人をやめるつもりはなかったのに、どうしてこんなことになってしまったんですかねぇ!」

 

 アナスタシアに褒められて調子に乗りかけていたオットーをからかうスバルだった。だが正直なところ、オットーが商人だったことを忘れかけていたのもまた事実だった。

 

 アナスタシアとオットーに任せたことの片方は、この町で砂丘に入る竜車を調整してもらうことだ。通常、竜車は整備された街道か、少なくとも道を走ることしか想定されていない。だが、今回の行路は大部分が砂の道であり、通常の竜車では移動もままならない。

 竜車を置いて地竜に乗って移動するのは手だが――こちらには女子供が多く、意識のないレムもいることを考えれば現実的ではなかった。

 そのため、砂漠地帯に適した竜車の調整と、地竜の変更が余儀なくされたのだ。

 

「パトラッシュは置き去りにできないけどな。それを置いていくなんてとんでもない」

 

「あの子、すごーく賢いもんね。置いてくなんて話してたら、スバル、噛まれちゃうんじゃないかしら……」

 

 実際、そうなりそうなのでなんとも言えない。置いていかないし。

 

「で、竜車じゃない方の交渉は……」

 

「そっちは交渉ってほどのもんともちゃうよ。向こうが不安がるのを宥めて、ちゃぁんと言って聞かせてきたっただけやから」

 

 愛らしく微笑んでみせるが、その笑みが見た目通りのものでないことを察して、スバルの背中はうそ寒くなる。

 

 竜車と、もう片方の用件。そちらは簡単に言えば、砂丘に臨むための許可申請のようなものだ。通常砂丘に立ち入るときは自己責任でしかないが、王選候補者であるエミリアとアナスタシアはいわばやんごとなき立場である。そうした人がアウグリア砂丘で消息不明になった場合、その責任はどこにあるのか、といったことを事前に決めておく必要があるのだ。

 

 仮にその二人がアウグリア砂丘で砂に埋もれたとあれば一大事、当然、その責任の所在を巡って大わらわが予想される。アウグリア砂丘――砂丘自体の管理者はともかく、最後に立ち寄ったミルーラ周辺を治める領主にとって、その責任の重さは耐えられるものではあるまい。

 なので事前に、『何があっても、それは候補者の自己責任』という点を領主に納得させ、一筆したためるためにアナスタシアは領主の下へ出向いていたのだ。

 

それから彼女は首を傾け、「それで?」とスバルの方へ目を向ける。

 

「ナツキくんたちは出歩いて収穫あったん? まぁさか、ホントにただ砂に目ぇ慣らしに出てたわけと違うんやろ?」

 

「まぁ、砂風の中でデートと洒落込んでたわけではねぇよ。一応、ちょっとは詳しい人間から話が聞けたつもりだ」

 

「お店の人が詳しかったのは、たまたまの偶然だけどね」

 

 スバルとエミリアの二人は、『砂時間』に開いている店を偶然見つけ、そこの店主に色々と話を聞くことができた。そこの店主にはやめておけと言われたものの、こちらにも事情がある。最終的にはうまいこと話を聞かせてもらうことに成功したのだった。

 

「問題は魔獣や瘴気みたい。瘴気は私とベアトリスで微精霊に働きかけてみるけど……魔獣はメィリィに頼りきりよね」

 

「そうそう、聞いた話だと砂丘には王国各地のあらゆる種類の魔獣がいるんだと。砂丘で花畑を見たら花魁熊、って話もあったな。それに固有種の……何だったか」

 

「一角獣と砂蚯蚓、ですかね。僕も魔獣関連の話は他の商人から聞くことができました」

 

「そうそうそれだ」

 

 スバルはずばり答えを言ってくれたオットーに向き直り指をさす。

 

「さらにですね、アウグリア砂丘の魔獣は通常より大きいらしいです。おそらく砂丘のマナが影響しているのでしょう。一回り大きいくらいはざらで、中には数倍から十倍ほどの大きさがあるやつもいる、なんて言っている人もいましたが……」

 

「十倍は流石に盛りすぎじゃね!? その話ってマジなのか?」

 

「あくまで噂ですよ。僕はさすがに話に尾ひれがついただけだと思いますが。それに――」

 

 オットーが壁越しに隣の部屋の方へ視線を向ける。

 

「メィリィさんが抑えていてくれるのであれば、大きさは問題になりませんから」

 

 無効の部屋では現在、メィリィの監視にベアトリスがつく形になっている。オットーの言う通り、彼女の加護さえあれば魔獣は問題にならない。だがそれは彼女の全面的な協力を前提としたものだ。

 心情的には裏切らないと信じたいところだが、メィリィの前科が前科である。おいそれと信用するわけにはいかないし、彼女の語る、母親との繋がりが切れたとも言い切れない。彼女の母親が口封じを試みない、とも限らない。ここまでの旅でお互いのことは多少わかってきたつもりだが、心のどこかでその不安はあった。

 

「あぁそれと、あの店主はここ一年くらい、砂丘の方へ飛んでいく鳥を見かけるようになったって言ってたな。噂だとその鳥は塔を目指して飛んでる、なんて話が半信半疑で広まってるらしいが」

 

「僕の方でもその話は聞きましたね。砂丘でも魔獣の腐肉を食べて生きている虫はいるようですし、鳥の食料はあるにはあると言えるのですが……」

 

「気になるんは瘴気やね。鳥やなんて、一番、瘴気まじりの風に敏感そうやのに」

 

 と、考え込む眼差しをしたアナスタシアが言葉を引き取る。

 

「他の話はまぁ、アウグリア砂丘に挑む上やと常識の半歩上ぐらいの話やけど、興味深いんは、やっぱりその変化やね」

 

「そう言われると確かに……」

 

 アナスタシアの言葉に、エミリアが自分の髪に触れながら考え込む。同じく思索に沈むオットーを横目にすると、スバルはそっとアナスタシアの方へ顔を近付け、

 

「――まさか、本当に何か思い当たる節があるのか?」

 

「これといっては浮かばないよ。ただ、興味深いというのは事実さ」

 

「――――」

 

「そう疑わしい顔をしないように。ほら、彼らに不審に思われるよ」

 

 襟ドナの本心が顔を覗かせるが、そう言われては引っ込む他にない。

 

「まあ、この話はこれ以上考えてもわからなさそうです。頭の片隅にでも留めておくことにしましょう。ユリウスさんにも僕の方から後で共有しておきますよ」

 

「あぁ、頼んだ。それより出発は、どうする?」

 

「早い方がええやろ? 懸念やった竜車と話し合いは終わったんやし……積み込む荷物だけ補給したら、すぐにでも出た方がええんちゃうかな」

 

「明日、は性急だけど、明後日ぐらい?」

 

「そうしよか」

 

 アナスタシアがそう言って手を打つと、エミリアも了承したと頷く。

 それから視線を部屋の窓、砂が入ってこないようにしっかりと閉ざされたガラス窓へと向けて、目を細めた。

 

 エミリアの紫紺の瞳が見つめるのは、窓の向こうの東の光景だ。

 そこに町並みを乗り越えるような高さで伸びる、長大な影がそびえ立っている。

 

「プレアデス監視塔」

 

 ぽつりと、銀鈴の声音がその建造物を呼んだ。

 目的の塔は、ミルーラの中からも仰ぎ見ることができるほど、高く大きい。

 

 ――あれほど大きなものを、見落とすことなどあり得るだろうか。

 

 ミルーラに到着する前、街道の道中から見え始めたプレアデス監視塔の姿に、スバルはずっとそんな疑問を抱いている。

 あれほどの目印があって、道に迷うものだろうか。だがそう考えることすら、この砂丘の罠なのかもしれない。

 

 しかし何がどうあろうと、挑まないという選択肢はない。

 だからこそスバルたちは考えられるだけ考え、準備に準備を重ねてきたつもりだ。

 

 それゆえに、スバルは気付かないし、気付けない。

 

 ――何がどうあろうと、挑まないという選択肢はない。

 

 この時点で、すでに最初の道を自ら閉ざしているのだと。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 それから休息日を一日入れて、事前の根回しや聞き込みをした翌々日、出発日の朝がきた。

 

 スバルたちは各々装備を整え、ミルーラの街の入り口に集まっていた。そんな中、竜車を見るスバルは感嘆の息を吐いた。

 

「ほあー、これが……」

 

「砂丘越えのための地竜――砂地に強い、ガイラス種だ。砂風や乾燥に適応した種族で、揃って大型だが気性は穏やか。扱いやすさで知られる、このあたりの固有種だよ」

 

 オットーに世話されている地竜を見やり、目を丸くするスバルにユリウスが補足する。

 アウグリア砂丘の砂地を行くには、一般的な地竜の足では難がある。故にここまで街道を引いてきてくれた地竜から切り替え、この先は現在のガイラス種なる固有種の地竜に道を開いてもらうことになる。

 

 ちなみにオットーはエミリアとベアトリスの頑張りのおかげで、ここまでの旅の間に足の負傷をほぼ回復することができていた。回復したオットーはこの地竜――ジャイアンの手綱を握ることになった。その間ユリウスは周囲の警戒兼メィリィの話し相手に専念することに決まった。

 

 スバルは竜車に連結される黄色い肌の地竜を眺めていると、新鮮な感動とともに、まだまだこの世界の見識が狭かったことを思い知らされる。

 

「この地竜、シルエットだけ見てるとどことなくフルフーを思い出すな」

 

「確かに、フルフーもこのくらい体格は大きいですからね」

 

 フルフーとはオットーの愛竜の名前だ。フルフーは地竜の中でもスタミナに優れた種族で、三日三晩走り通せるという評判だ。

 一方でガイラス種の外見で特徴的なのは皮膚や顔つきよりも足の造りだ。――太く短い四足の先端はいずれも丸まり、鋭い爪がスパイクのような役割を果たし、巨躯を大地に繋ぎ止めている。

 

「そういや砂地に適応したこいつらがいくような場所に、俺のパトラッシュ連れてって大丈夫なのか? うちの陣営きっての淑女に無理はさせられねぇんだが」

 

 とスバルは心配になったのだが、ユリウスによれば問題はないらしい。聞けばパトラッシュは全ての地竜の祖とされるダイアナ種であり、どんな環境にも一定の適応力があるらしい。

 第一印象で決めたパートナーがそんな万能な種だったとは驚きだ。それならどこに行くにも置いていかずに済むわけだ。スバルにはそのことがなんだか嬉しかった。

 

 スバルとの話が終わると、ユリウスはオットーと方針を相談することにしたようだった。スバルは代わりに竜車の方へ目を向け、ステップを踏んで扉をノックした。

 

 ノックへの反応がある前に、スバルはちらっと旅のために改造された竜車を検める。

 といっても、目立った変化は車体の下部――車輪回りと、砂風対策に砂避けを取り付けた窓枠ぐらいのものだろう。

 

 スバルはあらためてこの竜車を見回す。これまでにも乗ってきたこの竜車には、長距離移動用に色々と工夫が凝らされている。車内の前方には座席の並ぶ空間があり、真ん中から後方にかけては簡単な生活用のスペースがあるという優れものだ。キャンピングカーのように、この中で生活ができてしまうのである。

 

「電気も電化製品もなくても、魔石加工の魔石細工で代用できる道具はある。つくづく、人間ってのはどこでも便利を追い求める生き物なんだよなぁ」

 

「――しみじみと何を語っているのか知らないけど、準備は済んだの、バルス?」

 

 外観に首をひねっていると、竜車の扉が開くのと同時に冷たい声が降り注いだ。

 振り返れば、扉に一番近い座席にラムが立ち上がり、スバルを見下ろしている。

 

「前準備は昨日の内に済んでるからな。俺の方はバッチリだ。お前の方こそどうだ? その、体調は大丈夫なのか?」

 

「……らしくもない。どうしたというの?」

 

「事情を知ってるから気になっちまうだけかもしれねぇけど、確かめておきたい」

 

 実はこれはオットーからも言い含められていたことだ。有事の際、ラムが動けるかどうかで色々とできることが変わってくる、という戦略的な意味合いもあるが、どちらかというと純粋な心配の方が大きい。ラムはその気になれば自身の不調を隠せてしまうからだ。

 

「バルスのくせに、気が回るなんて生意気だわ」

 

 顔色が悪いわけでも、息遣いが苦しげなわけでもない。ともすれば普段のラムの振る舞いと変わらずに見えるが、彼女はスバルの言葉を否定しなかった。

 聞かれなければ黙っていたかもしれないが、聞かれれば強がって誤魔化したりはしない。そのあたり、ラムは意外と真摯だ。

 

「もし本格的に体調が悪いなら……」

 

「二十日もかけてここまできて、目的を目前にして足踏みしろというの? いつものことだけど、今日は特に笑えないわよ」

 

「ラム、そんな言い方しないの」

 

 スバルを遮り、ラムがキツイ目つきをさらにつり上げる。そんな彼女の態度に眉尻を持ち上げ、怒ったように腰に手を当てるのは竜車の奥から出てきたエミリアだ。

 彼女はラムの傍らに立ったまま、スバルの方へと手を向けて、

 

「スバルだってラムのことを心配してるのよ。それにラムのことは私だって心配。ちゃんと毎日、ロズワールに言われた治療はしてあげてるけど……」

 

「治療、で呼び方いいのか安定しねぇけど、やっぱり本職じゃないもんな。エミリアたんやベア子がやってても、ロズワールほどうまくいかないか」

 

 やはり慣れているロズワールが行うマナの供給と比べると、ラムへの負担は確かに蓄積してしまっているらしい。微精霊の力を借りている分、色々と勝手が違うのも原因かもしれない。

 

「……それを理由にするつもりはないわ。迷惑も、かけないつもりよ」

 

「心配はかけてるぜ?」

 

「いつものバルスなら誤魔化せている程度には堪えているわ」

 

「いつものラムじゃないから、誤魔化されてやれねぇんだよ」

 

 スバルの物言いにラムは不満げに唇を噛む。しかし、スバルを睨む彼女の眼にはやはり覇気に欠けている。

 

「とにかく、俺が言いたいのはだな……ラム。お前が普段の調子じゃないことなんてお見通しだから、なんかあったらすぐに言えよ。隠そうとか誤魔化そうとかすんな。そんなことしても無理やり助ける」

 

「――――」

 

「ふふっ」

 

 指を突き付けて断言してやると、ラムは珍しく鼻白んだ顔をした。

 その隣ではエミリアが口に手を当て、堪え切れない笑みを思わずこぼしている。やがて笑いの初動を受け流し、エミリアはどこか嬉しそうに唇を緩めたまま、

 

「私、スバルのそういうところ、すごーくいいと思うの」

 

「……え!? 今、惚れ直したって意味!?」

 

「寝てるレムの前でそういう話はやめなさい。女の害敵」

 

「女の敵じゃなくて害敵!?」

 

 声を裏返らせるスバルに、ラムが「ハッ」と鼻を鳴らし、スバルは竜車から乱暴に蹴り出されてしまったのだった。

 

「照れ隠しにしては可愛げねぇなあ」

 

 と追い出されたスバルは苦笑いしつつ一人呟く。

 

 だがちゃんと伝えるべきことは伝えられたはずだ。仮に何かあればエミリアがそれを放っておかないだろう。それができたならひとまず良しとしよう。

 

 これまでも中々長い旅路だったが、むしろこれからが本番と言える。

 アウグリア砂丘を目前にして、スバルは自分の頬を手のひらで叩き、一人気合を入れなおすのだった。

 




【第4話での相違点】オットーのおかげで旅が少しだけ快適になる

今回の話はなろう版原作第六章6、7、8(の序盤)に相当しています。同じような展開はコピーを避けるため省いていますので、その部分は原作をご確認ください。

次回、いよいよアウグリア砂丘に突入します。
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