Re:ゼロから始める異世界生活6章オットー同行if   作:樫ハット

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【5】砂丘の罠

 ミルーラの町から東へさらに十数キロ、竜車で小一時間ほど進むと砂地が始まる。乾いた砂と瘴気を孕んだ風が強くなり、足下の草原が砂原に変わると、いよいよアウグリア砂丘への突入といった塩梅だ。

 

 今回の編成は竜車が一台と、竜車を引くガイラス種なる地竜、ジャイアンが一頭。そこにスバルを乗せたパトラッシュが並走し、砂地を踏破する形になっている。

 ジャイアンは決して速くはないが、安定感のある走りで足場の悪い砂地を突き進んでいる。パトラッシュも最初は警戒したものの、数時間も一緒に走れば相方の見所を見つけたようで、気位の高い顔はそのままに不満はないらしい。

 

「ナツキさん、そろそろ警戒した方が良いですよ。――間もなくアウグリア砂丘に入ります」

 

 スバルは腕の中にベアトリスを抱え、パトラッシュの手綱を操っている。

 

「とは言ったものの、メィリィちゃんがいれば問題ないでしょうけど」

 

 そう言ってオットーは横目でメィリィを見やる。

 

 アウグリア砂丘の攻略にあたり、魔獣対策要員であるメィリィには常に働いてもらう必要がある。そのため、砂丘に生息する魔獣への警戒として、メィリィは最も対応しやすい場所――つまり、竜車の前方を把握できる御者台にスタンバイしていた。

 同じく御者台にいるユリウスは、周囲の警戒兼彼女の退屈しのぎを引き受けていた。

 

 スバルは正面を睨みつけ、目を細める。

 眼前、そこにミルーラから延々と、見落とすわけがないほど輪郭のはっきりとした長大な塔の姿が――そして、その塔を取り囲む砂の大地が見えていた。

 

 プレアデス監視塔を囲う砂の迷宮、アウグリア砂丘への堂々とした到着である。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 アウグリア砂丘名物、『砂風』には特に強く風の吹く『砂時間』が存在する。

 

 一日に三度、午前・午後・深夜の時間帯にそれぞれ吹き抜ける砂風は、東から西へと砂と瘴気を運ぶ、静かににじり寄る災害だ。

 特に風が強いのは深夜帯の時間で、この間の砂風は数時間に亘って吹き続ける。

 ほとんど夜中、砂風の吹くことになる夜半は移動もままならないわけだ。

 

 そのため、アウグリア砂丘の攻略は日中に進めることになった。午前と午後に数時間の『砂時間』があるので、その間も休憩を挟む。

 地面を覆い尽くす砂の粒子は細かく、噂通りの足場の悪さに何度も足を取られる。行軍は遅々としてペースが上がらず、苛立ちが募ることもままあった。

 

 ただ、そんな状態にあって、スバルは拍子抜けしていることもある。

それは砂丘の旅が思ったほどひどくはなかったことだ。微かに歯が砂を噛む感触はあるが、この程度の洗礼はミルーラでの時間と大差ない。

 

 スバルはてっきり熱い砂漠のようなものかと思っていたのだが、聞けば砂丘になった原因は瘴気らしい。立ち込める瘴気が植物さえも殺してしまうから砂丘になっているのだと。

 

 なおオットーの話では、地下などの地形的に瘴気が薄い場所では虫なども生息しているらしい。ただ、地下には日が差さない以上植物などはどこにも生えないらしいが。

 ともかく、熱さを気にしなくて良いというのはありがたかった。

 

「ってことは、本格的に注意しなきゃは風と魔獣ぐらいだな」

 

「それと、道に迷わないことも……かしら」

 

 懸念が一つ消えて、どこか楽観的なスバルの感情をベアトリスが引き締める。腕の中の彼女の指摘に、スバルは風に注意しながら前を見据えた。

 依然、スバルの視線の先には消えない監視塔、その偉容がそびえ立っている。

 

「迷う迷わないとは言うものの、アレを見失うって方が不自然だと思うんだが」

 

「ベティーもそう思うのよ。でも、何が起きても不思議はないかしら。『賢者』がどんな食わせ者か知らないけど、事実、誰も辿り着けちゃいないのが証拠なのよ」

 

「――――」

 

 無論、スバルとて舐めてかかるつもりは毛頭ない。そんなにすんなり行くものであれば、きっと誰かが既に踏破していることだろう。しかし誰も成し遂げていない以上、何かたどり着けない理由があるはずだ。

 

「と、そろそろ頃合いか」

 

 正面にある監視塔を見失うことはなさそうだが、きた道につく足跡は砂ですぐさまかき消されてしまう。だが、スバルたちには通用しない罠だと言えよう。

 

 手綱を操り、スバルはパトラッシュに指示して並走する竜車へ体を寄せる。

 

「エミリアたん、お願い!」

 

「――はーい、わかったわ」

 

 外から竜車をノックすると、返事とともにエミリアが扉の向こうに姿を見せる。

 全身を白いローブで覆って砂対策するエミリアに、スバルは背後――遠間に目を凝らしながら、かろうじて視界にぼやけて映る『何か』を指差して、

 

「働かせてばっかりでごめんだけど、先生、お願いします!」

 

「スバルには外を見てもらってるもん。なんてことないわ。……先生ってなに?」

 

「頼み事するときのお約束。ととと、お願い」

 

「ん、頼まれました。――えい!」

 

 ちょっとした軽口を交わしたところで、スバルの指差す方をエミリアが見る。

 睨む、というには可愛らしすぎる目つきで、エミリアは気の抜ける掛け声を上げて魔力を迸らせた。

 直後、エミリアの掌で膨大なマナが渦を巻き、加速度的に力を得た魔力は一気に空をひた走り、空気の爆ぜる音が辺りに響き渡る。

 

 ――そして数秒後、砂原の途上に突き立ったのは巨大な氷の塔であった。

 

「うん、上出来」

 

 仕上がりを確認し、エミリアがまずまず満足そうに目を細める。

 エミリアに建ててもらったのは、巨大な氷の塔だ。その塔はスバルたちが通ってきた道の上に点々と、道を見失わない間隔で連続して建てられている。

 足跡が消えてしまうなら、別の方法で目印を立ててしまえば良い。それがこの天然の罠に対してスバルが見つけた解決策だった。

 

「それにしても、ホントにスバルの悪知恵には感心しちゃう。よく思いつくわよね」

 

「砂丘が暑くなかった時点で、この方法ならやってやれんなって」

 

 エミリアの魔法で作った氷も、自然の法則には逆らえないのか熱に弱い。

 それだけに、これが本物の暑い砂漠であればこうした禁じ手は通用しなかったかもしれない。だが、事この砂丘では有効な方策だ。最悪、これを辿れば撤退はできるはずだ。

 

 ちなみに出発前に検討していた、氷で防塵ゴーグルを作る案だが、これは残念ながらうまく行かなかった。冷たさと透明度の問題は何とかなりそうだったのだが、表面に砂の粒が次々付着してしまうことは如何ともし難かった。いくら綺麗に作っても、しばらく装着すれば視界が黄色で覆われてしまうのだ。

 そんなわけでゴーグルについては諦めたものの、氷を使うというアイデアは依然有用だった。今後もエミリアには色々作ってもらうつもりだ。

 

 エミリアにお礼を言って、砂が竜車に入る前に扉を閉めてもらう。

 そのまま、スバルは今度は竜車の前に回り込み、御者台に顔を見せる。

 

「エミリア様の目印はうまく機能しているみたいだね。さすが、君は巧妙だ」

 

 御者台に座るユリウスは、そうとわからないほどうっすらと笑みを浮かべる。

 彼の端正な顔も今は白い布に包まれており、その表情はわからない。それでも声の調子で軽口の程度がわかるぐらいには、この一ヶ月、言葉を交わしている。

 

「ほんと、ナツキさんはこういうところで頭が回りますよね」

 

「こういう小細工は俺の得意分野だからな」

 

 オットーとは事前に話し合って、いくつか砂丘の問題への対策を考えておいてある。『氷の塔』作戦はその一つというわけだ。ちなみにこれに関してはスバル発案である。

 

「メィリィ、そっちはどうだ? 仕事してるか?」

 

「それ、私に言うのお? お兄さんもこの竜車も、まあだ一度も悪い動物ちゃんと出くわしてないでしょお? 私が働いてる証拠じゃなあい」

 

 御者台の奥を覗き込んでやると、やはりそこに膨れ面のメィリィがいる。

 

「そうは言っても、お前の頑張りの成果って見え難くてさぁ。魔獣がお前のおかげで出てこないのか、このあたりにいないのかわかんない……」

 

 前評判より楽に砂丘を進めていることで油断し、スバルは迂闊なことを口走ってしまう。

 

「ナツキさんは気づいてないかもしれませんがもう既に周囲は――」

 

 雰囲気を察してなんとか諫めようとするオットーだったが、

 

「……ふーん、そんなこと言うんだあ」

 

 とメィリィは低い声で言い、何事か考えるように両手で自分の頬を挟み、黙り込む。

 その様子に、スバルは素直に嫌な予感を覚えた。

 

「ちょ、落ち着いてくださいメィリィちゃん! ナツキさんはただわかってないだけですからね!」

 

「スバル、彼女に謝罪を。今のは明らかに君の失言だ」

 

「い、言われなくても俺だってわかってるって。あ、あー、メィリィ? 今のはちょっと俺が悪かった。ちょっとじゃなく、完全に俺が悪かった。機嫌損ねないでくれ。悪気があったわけじゃないんだ」

 

「……ううん、大丈夫よお。別に怒ってなんかいないわあ。ただ、灰髪のお兄さんはともかく、他のお兄さんたちにはわからなくても仕方ないって思っただけだからあ」

 

「そ、そうか。よかった。お前が見た目よりずっと大人で助か……」

 

「――だから、わかりやすいように見せてあげるわあ」

 

 スバルの言い訳と謝罪と安堵を遮り、メィリィがやけに不穏な言葉を放った。

 その響きの不穏当さにスバルとユリウスが顔を見合わせ、オットーは身体をこわばらせる。とっさに宥める言葉を紡ごうとするが、直後――

 

「――――」

 

 パトラッシュが、竜車の地竜が、本能で何かの接近を察し、揃って地面を強く踏んで動きを止めた。そしてスバルとユリウスは同時に目を見開き、それを見た。

 

「――――」

 

 眼前、砂の大地が突如として意思を持ったように蠢き始め、即座に砂の下からのたくる何かが這い出してくる。それは大量の砂を体中にまとわりつかせ、巨大な口から想像を絶する金切り声を上げる恐ろしくでかい生き物だ。

 手足のない長く太い胴体は最初蛇のように見えた。しかし、砂と同色のぬめった質感の肌、漂う悪臭と胴体に等間隔に刻まれる横縞の紋様。その頭部がゆっくりと頭を下げてくるのを見て、スバルはその正体に気付く。

 

 蛇ではない。――これは、蚯蚓だ。

 

 胴体の直径はちょうどスバルが手を広げたくらいだろうか。口は人間など四、五人まとめて丸のみにしてしまえそうなほど大きい。取り巻く悪臭は腐臭にも似たそれで、口腔から滴る唾液は音を立てて砂を蒸発させていた。

 

「――――」

 

 目のない頭部がこちらを向き、口が巨大な花のように開く。そこには返しのように細かい歯がぎっしりと並び、それは喉の奥まで続いていた。

 そいつがまるで臭いを嗅ぐような素振りを見せた瞬間、スバルは本能的に完全に呼吸を止めた。まるで、否、まさに捕食者から身を隠すために。

 手綱越しにパトラッシュの思考の空白も伝わってきており、胸の中のベアトリスが強くスバルの服を掴む。

 嗅覚、それを思った直後、スバルは自分の纏う魔女の悪臭を思い出した。魔獣がそれに反応して襲いかかってことも、この場でそれに反応された場合、この一行は――。

 

「ああもう、臭あい。早く帰って、どっかいっちゃってえ」

 

「――――」

 

 戦慄を隠せないスバルたちの前で、メィリィがそんな適当な声をかけた。

 その言葉に巨大な蚯蚓はメィリィの方を向き、しかしすぐにその小さな少女の指示に従うと、自分が掘り進めた穴の中へと巨体を潜り込ませていく。

 

 数秒後、その蚯蚓が現れた穴は完全に砂に埋まり、静寂だけが周りを支配した。

 

「……今のは、砂蚯蚓、でしょうか。」

 

 衝撃からしばらくして、オットーがぽつりとこぼす。

 

「そのようだが、私の知っているそれよりも少しばかり大きかった」

 

「少しばかりって、どのぐらい?」

 

「私の知識だと、成人男性の腕ぐらいの大きさだったはずだ」

 

 地球基準だとそのサイズの蚯蚓は十分グロテスクだが、今の砂蚯蚓はそれどころではなかった。ユリウスの知識の数百倍から数千倍はでかかったと思われる。

 

「アウグリア砂丘の魔獣は通常より凶暴だったり巨大だったりするという話は聞いていましたが、まさかここまでとは……」

 

「通常の十倍くらいのサイズの魔獣がいるって話、過小評価の方に間違ってたとは思わなかったぜ」

 

 と、未だに呆然とする三人だったが、竜車の小窓が開き、

 

「い、今のすごい声、なんだったの……?」

 

 と言いながら御者台と車内と繋がる窓からエミリアが顔を見せる。

 砂蚯蚓そのものは見ていなくても、あの魔獣の出した咆哮は聞こえたはずだ。不安そうなエミリアだが、とっさにスバルは声が出てこない。

 そうして硬直したスバルに代わり、メィリィがエミリアへと向き直って、

 

「気にしなくていいわあ。あれを気にしなくていいのがどれだけ恵まれたことか、お兄さんたちにわからせてあげただけだからあ」

 

「いやもうホント、メィリィさんには頭が上がらないッスわ!」

 

 メィリィの言葉に硬直が解けて、スバルは心の底から惜しみない賛辞を贈った。

 

 メィリィの能力はスバルが思っていた以上に強力だった。それと同時に、想像以上に薄氷の上を歩いていることに気づかされたスバルは意識を締め直す。

 それには十分な意味があったと、顧みることのできる砂丘攻略初日であった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 アウグリア砂丘の攻略初日は、日没になってすぐに切り上げられた。

 夜半に差し掛かれば、日に三度吹く『砂時間』の中で最も時間の長いそれが訪れる。瘴気を孕んだ砂が吹き付ける上、この暗さでは目印であるプレアデス監視塔を遠くに望むこともできない。ゆえに夜は大人しく休憩することになっている。

 

 ひとまず、砂丘の中の見晴らしのいい砂原を拠点として、スバルたちは竜車を中心に砂避けの準備を始める。その方法は、エミリアに氷のドームを作ってもらうというシンプルなものだった。

 移動時はともかくとして、休憩中は周囲が砂で見えなくなっても問題ない。それもこれもメィリィのおかげで当面は周囲を警戒する必要がないから可能な作戦ではある。

 

 メィリィと言えば、彼女が寝ている間も魔獣対策は機能し続けているらしい。考えてみれば、そうでもなければこれまで安心して魔獣を連れ歩くことはできなかっただろう。

 

 ともあれエミリアに作ってもらったドームの効果は十分以上だった。砂丘の中で安心してキャンプができるのは肉体的にも精神的にもありがたい。

 

「エミリア様のお力に甘え続けているのが、どうにも据わりは悪いが」

 

「いいの。みんなで助け合ってこそでしょ? それに前にも言ったけど、私、すごーく調子がいいの」

 

「普通は胸が悪くなるらしいし、それはそれで危うい気がするけどね」

 

 氷壁を見やり、嘆息するユリウスにエミリアが力こぶを作る。柔らかそうな白い二の腕を横目に、スバルはエミリアの調子にも気を配らなくてはと考える。

 実際、瘴気の漂うとされる砂丘の空気は独特の『重さ』がある。

 その重さはスバルの体にもどことなく作用しているのを感じるし、皆にも多少影響は出て良そうだ。逆に調子が良さそうなのはエミリアと、様子の変わらないメィリィの二人だ。それはそれで心配だし、本音をいえば、早々に砂丘を抜けたいところだ。

 

 エミリアとベアトリスにラムの治療を頼み、男性陣は竜車の外で待機する。彼らが同席を辞退しているからだ。

 初日は治療現場に同席したが、無くした角の傷からマナを注ぎ込まれ、治療を受けるラムの様子は痛々しくある反面、どこか艶めいたものを感じさせるものであった。そのため男性陣は外に出て、周囲の警戒をしておくということに相成った。

 

 火の番をしつつ三人でそれとなく会話していると、アナスタシアが竜車から降りてきた。

 

「今日、こうやって一日、監視塔を目指して進んだけど……手応えはどう?」

 

 彼女はユリウスの隣に腰掛けつつ、スバルに話しかけてくる。

 

「手応えっていっても……ぶっちゃけ、これといった成果はねぇな。塔は相変わらず目印として完璧だし、氷の塔作戦もうまく行ってる。あとメィリィの効力が思ったより強かった、ってのがわかったってとこかな」

 

「前準備とスバルの機転で『砂時間』への対策は万全でした。ただ、問題はプレアデス監視塔、そこまでの順路が見えないこと……でしょうか」

 

「順路が見えない?」

 

 ユリウスの言葉にスバルは眉を寄せる。これまでのところ順調に監視塔に近づいているかと思っていたが。オットーはそれを聞くとユリウスの方に向き直った。

 

「やはりそう思いますか? 僕は最初見間違えかと思ったのですが……」

 

「待て待てお前ら。俺を置いてけぼりにして話を進めるなよ」

 

「では簡潔に言いましょう。――僕たちは塔に近づけていません」

 

「何を……あ!」

 

 氷壁の向こう側に透けて見える監視塔を眺め、ようやくスバルも理解する。スバルたちから見た監視塔の大きさが、砂丘到着時から全く変化していない。

 

「お前ら、そういうことはもっと早く言えよ!」

 

 彼らが言わんとしていることを理解すると同時に、今日一日の苦労が無駄だったことに気づき、ドッと疲れが出てきたスバルだった。

 

 オットーになだめられ、しばらくして立ち直ったスバルは、アナスタシアと向き直る。

 

「で、お前はこの現象について心当たりがあると思っていいんだよな。何がどうなってる?」

 

 するとアナスタシアは「驚かないで聞いてほしいんやけど」と前置きし、

 

「この砂丘と監視塔の間の砂原なんやけど、たぶん、空間が捩れてるんよ」

 

「空間が捩れてる……?」

 

「つまり、見え方と違くて地続きになってないっちゅぅことやね。このまままぁっすぐ歩き続けても、たぁぶんいつまで経っても辿り着けんよ」

 

 あっけらかんと衝撃の事実を明かすアナスタシアに、スバルは開いた口が塞がらない。

 

「なるほど、それはラインハルトさんも辿り着けないわけです」

 

 オットーが納得顔で苦笑する。

 

 ラインハルトですら攻略を諦めた、監視塔を目指す者を妨害する障害。歪んだ空間と、実際には辿り着けない砂海の果て――それがカラクリか。

 

「それを、どうしたら破れる?」

 

「……破る破らないの話とは、ちょぉっと違うかもしらんけど」

 

 アナスタシアはもったいぶった風な態度をみせる。それから彼女は、自分を注視する三人に頷きかけ、言った。

 

「あの『砂時間』の最中に、監視塔に繋がる空間が綻ぶ瞬間があるはずや。そこを通り抜けて、本当の砂海に入る。それが突破の条件やね」

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 ――翌日からの砂丘アタックには、非常に困難な状況が連続した。

 

 アナスタシアの開示した監視塔への道、その条件は全員が共有した。『砂時間』が訪れるまでの行軍は大部分が余白となるかと思ったのだが、

 

「肝心の『砂時間』がきても、綻びに辿り着けるかは運次第。そう考えると、一ヶ所に留まらんでいるんも悪ないとうちは思うよ」

 

「それにずうっと一ヶ所にいると、あたりの動物さんたちに私たちの臭いが覚えられちゃうかもしれないわあ。私は大丈夫だけどお、万が一、私と逸れるようなことがあったらどこまでも追いかけてきちゃうわよお」

 

 とアナスタシアとメィリィが意見したことで、結局常に動き回ることになった。前者の意見はいささか頼りないが、後者の意見は実際に命に関わる内容だ。

 ともあれそうして『砂時間』に突入した一行だったが……、

 

「うおおお! 『砂時間』やべぇ! 『砂時間』ぱねぇ! 砂風ヤバい!」

 

「な、なるべく透明の氷は作ったけど、ダメなら言ってね?」

 

「もうすでに結構ダメだこれ! 氷万能説崩れる!」

 

 現在、想像以上の砂の猛威に圧倒的に煽られているところだった。

 

 『砂時間』中の行軍のために、追加の対策は必須だった。単純に砂により視界が塞がれるだけでなく、瘴気を孕んだそれは口に入るだけで悪影響を及ぼしかねない。

 そこで一計を案じエミリアに氷の壁を作ってもらったのだが、やはりというかうまく行かなかった。ゴーグルのときと同じく、表面に砂が張り付きまくって前が見えなくなってしまうのだ。

 それだけならともかく、

 

「風が強すぎて面積広い氷で風を受けるとか自殺行為すぎる!」

 

 もはや砂嵐と呼ぶべき暴風の中では、面積の広い氷の板は持つだけでも困難だった。これならむしろ完全に体中を布で防護し、地竜諸共に極限まで体を縮ませて受ける風の量を減らす方が得策だ。

 

「頑張れ! 頑張れ、ジャイアン! お前の馬力だけが頼りだ!」

 

「――――」

 

 問題は砂風を真っ向から受け、その中に突撃させられる地竜。ガイラス種のジャイアンである。なにせジャイアンが引いている竜車には、風に対して小さくなるといった工夫のしようがない。結果、ジャイアンが力の限り、風に負けない馬力で竜車を引っ張るしか方策がないのだ。

 ちなみにミルーラを出発する前にオットーに言われてスバルがつけた名前だ。すでに砂丘攻略の日数も数日を数え、アウグリア砂丘突入メンバー全員にその名は周知されている。

 

「あまり地竜にばかり無理をさせるのは性に合わないが……今は君が頼りだ」

 

「ほおら、頑張ってえ! もう、また終わらない砂原に帰るの嫌よお」

 

 ユリウスと、その隣に座るメィリィもジャイアンにエールを送る。

 手綱を握るオットーは嘶くような声でジャイアンに話しかける。スバルたちには何と言っているかわからないが、きっと応援やねぎらいの言葉をかけているのだろう。

 誰よりもジャイアンの頑張りを間近で見てきた三人は、三者三様に言葉を投げかける。

 

「――――」

 

 せめてもの砂風対策として、エミリアには竜車を氷で多少弄ってもらった。前面に氷の板を張ってしまうと、砂は防げても風の猛攻に耐えられない。

 ならば、とスバルの出した苦肉の策は、風を受け流すウィングや鋭角なフォルムの形成――風の中に猛然と突き刺さる、一本の槍をイメージした。その名も――

 

「さあ、いけよ、グングニル――貫けぇ!」

 

「――っ!」

 

 スバルの叫びに呼応するように、猛然とジャイアンの足が前へと踏み込む。一本の槍となった竜車は、押し寄せる風を真っ向から食い破り、前へ、前へ。

 やがてその神槍の名を冠する竜車は、自らが食い破った風の傷痕へ突き刺さり、砂の暴威を抉り、そして突破する――。

 

「――――」

 

 砂風を抜けた瞬間、スバルを襲ったのは恐ろしく研ぎ澄まされた静寂だった。

 声をかき消すほどだった風も、きれいさっぱり消え失せている。静寂の中で唯一聞こえる耳鳴りだけが、先ほどまでの光景が幻ではなかったことを告げる。

 

「――――」

 

 『砂時間』の終わりは、確かに唐突ではあるがもっと余韻がある。

 砂を纏う風は徐々にその勢いを弱め、やがてゆっくりと波が引くようにいなくなり、独特の砂の香りだけを残していくのだ。

 今起きた変化は、それとは違っていた。つまりこれは、これまでの『砂時間』の終わりとは別物である。

 

「――――」

 

 口の中に渇きを感じながら、スバルは振り返る。

 すると、そこにはスバルと同じく、砂風を抜けて呆然となるオットーたちがいた。当然、彼らがいるのであればジャイアンも、そして竜車も同じだ。

 

「――スバル」

 

「ああ」

 

 ユリウスの呼びかけに、スバルは我知らず口角を上げ、頷く。

 ユリウスの隣ではメィリィが体についた砂を払い、オットーと共にジャイアンを労っているのが見えた。ジャイアンは間違いなく、今回の旅の殊勲賞だ。

 存分に感謝し、労い、褒美をあげなければ――ただ、

 

「今はとにかく! 突破だ! やったぞ! やっ――」

 

「ええい! 急に耳元でやっかましいかしら――っ!!」

 

 と抗議の声を上げるのはベアトリスだ。

 

「いいじゃねぇかよ。これで無事に『砂時間』突破だ。まずはそのことを喜ぼうぜ。ほら、バンザーイ!」

 

「……万歳かしら」

 

 不貞腐れたベアトリスの態度はともかく、砂の障害の突破は間違いないのだ。

 

 頑張ってくれたパトラッシュの首筋を撫で、凛々しい顔に疲労感を見せない愛竜の勇ましさにも感謝を述べる。

 その上でスバルは竜車に駆け寄り、歓喜を分かち合おうとして――、

 

「――お兄さん」

 

「あ? どうした? お前ももうちょっと喜んでも……」

 

「黙って」

 

 走り出そうとしたスバルを呼び止め、振り返るこちらにメィリィの鋭い言葉が飛ぶ。その視線はじっと正面を見つめている。

 メィリィの言葉には、明らかに危険への警戒の意味が込められていた。

 

「――――」

 

 押し黙るスバルに対し、メィリィは口に指を当てたまま頷き、空いている方の手でゆっくりゆっくりと、正面の方角を指差した。

 スバルも、そしてオットーやユリウスやベアトリスも、その指の動きにつられて前を見る。

 

 『砂時間』の砂風を越えたことで、監視塔のシルエットは、明らかにそれ以前までのものと比較して大きく、明瞭なものになっている。目標に向けて大きく前進したと見て良いだろう。

 ただし――、

 

「……なんだ、あれ」

 

 その監視塔へ続く砂地を埋め尽くすように、色とりどりの花畑がスバルたちの前に広がり続けているのだった。




【第5話での相違点】オットーが御者台に座る

今回の話はなろう版原作第六章8、9に相当しています。同じような展開はコピーを避けるため省いていますので、その部分は原作をご確認ください。

私がメィリィがオットーのことを何と呼ぶかわからないので暫定的に「灰髪のお兄さん」と呼ぶことにしました。もし公式で呼び方が判明していたら教えていただけると助かります。
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