Re:ゼロから始める異世界生活6章オットー同行if   作:樫ハット

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【7】監視塔の光

「――ちっちっち」

 

「……ぁ?」

 

 瞬間、息の詰まるような重苦しさが五感に圧し掛かり、スバルは目を見開いた。

 まず感じたのは、全身の血流の音。爪が掌に食い込むほど強く握られた手綱と、熱い体温で存在を主張するベアトリス。

 

 薄暗い視界の中、ゆっくりと目線を下げると、腕の中にベアトリスの後頭部が見えた。

 同時に気づいた鼻腔から滑り込む暴力的な甘い香りは、つい最近嗅いだ覚えがあった。それは少女を抱き上げたときに香るそれとは全くの別物。その濃厚さのために粘質な毒のようにさえ感じられる、暴力的な甘さ。

 

「――――」

 

 次に、竜車の鼻先におぞましい魔獣が立っていることに気づく。

 全身に細かい根を張り巡らせ、血に飢えた獰猛な魔獣――花魁熊だ。

 

 

「ちっちっちっち」

 

 思考に沈むスバルのことなどお構いなしに、場面は進んで行く。

 瞬間、これまでのぼんやりとした感覚から、急に現実へと引き戻される。

 この感覚は疑うまでもない。『死に戻り』だ。

 

 ナツキ・スバルは今、『死』を体感して、この時間に戻ってきたのだ。

 

 目の前の現実を認めつつも、スバルの脳内は激しく混乱していた。端的に言って、何があったのかわからなかったからだ。

 ここにいる花魁熊を刺激してはいけないことは思い出した。死に戻り直前に何か叫ぼうとしていたことを考えると、うっかり声を上げずに済んで良かった。

 

 ……俺は何を叫ぼうとしていた?

 

 思い出した。あの爆発音、直後に見えた光、それを最後にスバルは死んだ。いや、直前に聞こえた叫び声を考えると、スバル以外もやられていた可能性が高い。

 だが原因は? どうすれば防げる?

 

 あまりに一瞬のことで、痛みも、衝撃も、恐怖も、何一つ感じなかった。

 こんな死は初めてだった。泣き叫ぶような痛みも、肉体が千切れる衝撃も、全て失われる恐怖もなかった。

 

「ちっちっち……ちぃー」

 

 メィリィの声が微かに緊迫感を帯び、彼女の指が竜車の右側を示す。花魁熊はその動きにつられて、のそのそとそちらへ足を動かした。一頭が動き出すと、他もつられて動き出す。

 竜車のエミリアたちにも、そしてベアトリスにも安堵の雰囲気が芽生える。

 花魁熊たちが眼前から消えると、ジャイアンも鼻息をもらし、かすかに身じろぎする。

 

 ここでスバルが『進め』のサインを出せば、さっきと同じことが起きるはずだ。何が原因だったのかわからない以上、対策のしようもない。スバルにできることは、一旦仲間たちに相談することだ。

 

 そう結論したところで、竜車の上にいるエミリアと目が合う。スバルはゆっくりと拳を挙げ、手をグーパーする。『緊急事態につき撤退』の合図だ。エミリアは一瞬驚きと困惑の表情を見せたが、瞬きのうちにそれを振り払い、御者台にいるユリウスたちに撤退の指示を送ったのだった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「お兄さんにはがっかりだわあ。ちょっと不安なことがあったぐらいで、こおんなにすぐに逃げ腰になっちゃうなんてえ」

 

「所詮、バルスはバルスということね。エミリア様の騎士になって少しはマシになったかと思っていたけど、やっぱり性根はそう簡単には変わらないわ。早漏」

 

「安全策を主張しただけでそこまで傷付けられる謂れがねぇ!」

 

 来た道を塞いでいた花魁熊をどうにかまたどかして花畑を逆走し、『砂時間』突破後の作戦会議の場へ戻ってきた。この場でスバルは、緊急事態用のサインを軽率に使ったのではないかという評価を下されかけていた。

 竜車を停車させ、砂の上で顔を突き合わせる面々の中、自分の意見で行軍を中断させたスバルは小さくなっている。

 

「でも、スバルの判断は間違ってなかったと私は思うわ。あのままずーっと真っ直ぐに花畑を抜けようとしても、さっきと同じみたいなことはあると思うの。そうしたら今みたいにうまく抜けられるとは限らないし……」

 

「ともかくまずは、緊急事態と判断したナツキさんの意見を聞きたいところです。まさか本当にあれで弱気になったってだけじゃないでしょうね。――何か見つけたんですか?」

 

 オットーが問いを投げかけると、一同の顔がスバルに向く。

 

「まずみんなに聞きたいんだけど、あの塔が光るの、見た奴は誰かいるか?」

 

 スバルはオットーに頷き返し、皆に問いを投げかける。

 

「監視塔が光る……?」

 

 スバルの質問に、全員が不思議そうな顔で首を傾げた。

 その反応の芳しくなさに、スバルはやはり誰も見ていないのだと唸る。それも当然だろう。スバルがあの光を見たのは、『死』の直前だ。見えたときにはもう手遅れになっている可能性が高い。

 故に、誰も見たことがない。見敵必殺を実現した攻撃、そう考えるべきだ。

 

「ナツキさんは、塔が光ったのを見たということですか?」

 

「あ? あー、見間違えではないと思うんだが、光ったかもしれないなと」

 

「それは、いつのことですか? 花魁熊が竜車の前に立っていたときですか?」

 

「……まあそのくらいのタイミング、かな?」

 

 オットーが詳しく状況を聞きたがるが、スバルは疑問形で答えることしかできない。

 本来スバルが塔が光るのを見たはずがない。これは『死に戻り』で得た知識だからだ。もしかすると、情報の伝え方次第では禁忌に触れかねない。ゆえにスバルは曖昧な説明することしかできない。

 スバルのそんな様子を見て、オットーは「ふむ」と少し考え込んでから続けた。

 

「光ったという情報だけからは、何かと判断しかねますね。ですがこれまでになかった変化ではあります。それだけで警戒に値するでしょう。ナツキさんが撤退を選択したのは正解だったと思いますよ」

 

「そうなん? ただ塔の中の賢者さんが明かりか何か使っとっただけやない?」

 

「塔の中の賢者さんがこっちを見てたってこと?」

 

「なるほど。『賢者』がこちらに気付いているのであれば、こちらの方から敵意がないことを報せるために働きかけてみるのも手かもしれませんね」

 

 スバルが情報を曖昧にしか伝えられないせいで、エミリアたちの考えは、賢者が友好的接触を図っている、と判断する方に流れていってしまう。こちらからすると賢者の知識を得る、つまり理性的に対話するのが目的なのだから、それも当然かもしれない。

 しかしスバルはその光が決して友好的なものではないことを知っている。どうにかして別の方向へ話を持っていく必要があるが、『死に戻り』で得た知識を使わず説得するのは困難に思える。

 

「待て、今さらだけど情報を整理しよう。賢者に呼びかけるかどうかはそれからだ」

 

「情報の整理?」

 

「そう、整理。だってほら、アレだ。その光が賢者の生活用の光とは限らない。もっとこう……危ない、サーチライト的な光の可能性だってあるだろ?」

 

「さーちらいと……」

 

「『賢者の目』ですか」

 

 オットーが顎に手を当て考え込む。

 

「方法は不明ですが、賢者は魔女教徒も友好的な人間も、区別なく皆殺しにする、という話でした。最悪の場合、その光は獲物を捕捉するための目印みたいなものである、という可能性も考えられます。確かにナツキさんの言う通り、慎重になるべきかもしれませんね」

 

「そう、俺が言いたかったのはそういうこと!」

 

 聞き慣れない横文字にエミリアが疑問符を浮かべる傍ら、オットーが事前知識と照合して、スバルが提案した仮説の詳細を詰める。と、それを聞いて考え込むのはユリウスだ。騎士は「そうか」と心持ち低い声で呟き、

 

「賢者が数百年、誇張抜きに永らえているかどうかはわからない。あるいは賢者の残した何らかの遺産が、世界を守るための装置として働いている可能性もあるのか」

 

「お、おお……そこまでは考えてなかったけど、ありえるな」

 

「それならば、塔が一切の人間を寄せ付けない理由にも納得がいく。賢者の意思は消え、ただ暴走した防衛機構だけが残る、と。王国に友好的なはずの賢者が、いっそ暴虐と言い換えてもいいぐらい乱行を働くことはずっと疑問だったんだ」

 

 どこか安堵したようなユリウスの言葉に、スバルは「そういう考え方もあるのか」と逆に感心した。

 確かに過去の偉人が用意した遺産の防衛システムが、主人を亡くした後も延々と残っており、以降も侵入者を拒み続けるといった展開はありがちだ。魔法器のある世界であれば、そうしたシステムが存在してもおかしくはない。

 

「ただその場合、この旅が徒労になるから勘弁してほしいところだな……」

 

「別に賢者が死んでいても、その賢者の残した資料があればいいだけの話よ。世を儚むには早すぎるわよ、バルス」

 

「姉様の遺跡荒らしっぷりには頭が上がらねぇよ」

 

 ユリウスの仮説が正しかった場合、この旅の成功如何によらず賢者の知識が得られない可能性がある。が、そんな可能性に対してもラムの姿勢はぶれない揺れない変わらない。さすがである。

 

「それより、問題はバルスが見た光の正体。そこに結論を出さない限り、話が進まないわ。――バルスはそれをどう見るの?」

 

 ラムの眼差しを向けられ、スバルは禁忌に触れないよう言葉を選びながら答える。

 

「俺は……あれが危険なもんだと思う。少なくとも友好的なもんじゃない」

 

「根拠は、勘だけ?」

 

「……まぁ、そうだな」

 

「そう。――厄介ね」

 

 監視塔の光はスバルたちに死をもたらすものだと確信しているスバルだが、いかにペナルティを回避しつつそれを伝えたものかと頭を悩ませていた。苦し紛れで『勘』ということにしたが、これでは呆れられるだけかと思っていた。だが意外なことに、ラムはその返答を受け、真剣に考え込んだ。

 そしてそれはラムだけでなく、エミリアやユリウス、オットーも同じだ。

 

「え? あれ、勘だぞ? もっと疑ってかからないのか?」

 

「これがただの勘ならそう思うかもしれないけど、スバルの勘でしょう? だったらいきなり疑ってみるより、ちゃんと考える意味があるわ」

 

「あまり自分を卑下しないことだ。君もこれまで、それなりの修羅場を潜ってきた身だろう? そうした人間にしか働かない、ある種の直感は存在する。経験則と言い換えてもいいが……それは、決して馬鹿にしたものではない」

 

「野鼠は大雨の前に住処を変えるというもの。バルスの勘も馬鹿にできないわ」

 

「それは十分に馬鹿に……って、そうか」

 

 条件反射の途中で毒気が抜かれて、スバルはなんだか肩の力が抜けた。

 情報の出所を明かせない状態で、身内にさえも真実を隠さなければならない不条理。スバルはこれまでにも何度も同じ状況に出くわしてきたが、そのたびに、こうして周りの気遣いと信頼に救われ、同じことを繰り返す。

 

「光について、何かもっと思いついたことはありませんか? 可能性だけでも結構です」

 

 オットーがスバルに向き直り、さらに問いかける。――『聖域』のときと同じ目だ。

 あのときスバルは、『死に戻り』で得た知識を誰にも話せず、一人でどうにかしようとして、結局どうにもできなくて、地面に這いつくばっていた。そんなスバルを見かねて、オットーはこう言ってくれたのだ。

 

『――ごちゃごちゃを全部話す! そして、最後に『信じろ!』って言やぁいいんですよ! 友達なんだから!!』

 

 と。

 

「……そうだな、可能性の話なんだが、光は遠距離攻撃みたいなものかもしれない」

 

 そうだ、俺は馬鹿か。いや、馬鹿だ。こんなに頼もしくて、スバルを信頼してくれている人たちがここに居るってのに、そのことを忘れていたらしい。

 どうにか情報を隠したまま説得しなければならないという重圧は消え、推測という体で情報を伝える。少し不安だったが、どうやらこれは禁忌に抵触しないらしい。

 

「ただ光っているのではなく、光っているものが飛んでくる、ということですか? なるほど、防衛機構だとするとあり得る話です。……ちなみにエミリア様は魔法をどのくらい遠くまで飛ばせますか?」

 

「距離? えっと、測ってみたことないからわからないけど……でも、さすがにここからじゃ塔までは届かせられないと思う。当たる前に消えちゃう」

 

「となると、魔法攻撃の線は薄いでしょうか」

 

「そうとも限らんのよ。ある種の術式を組んだ魔法の中には、長距離を減衰することなく飛ばせるものもあるかしら」

 

「それに加えて、相手はかの『賢者』だ。我々の知らない術式を用いている可能性も高い。それを考えると、むしろ何らかの魔法の可能性の方が高いとすら言えるだろう」

 

 スバルの出した情報をもとに、仲間たちが議論を重ね、光の原因を推測する。それに頼もしさを感じつつ、スバル自身も対策を考える。

 

 『死に戻り』直後のスバルは、ただ白い光に一瞬で殺されたとしか認識していなかった。だが今の話を聞いていると、その正体は魔法という説はかなりしっくりきた。

 ――それなら、スバルなりに対処法があるかもしれない。

 

「……それを聞いてちょっと、試してみたいことを思いついた。――ベア子、手伝ってくれるか?」

 

 議論を交わしていたベアトリスに声をかけると、彼女は振り向く。そしてどこか誇らしげに胸を張ると、

 

「当然かしら。ベティーはスバルのパートナーなのよ」

 

 スバルの目を見てそう言い切ったのだった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 何をするにしても、花畑のど真ん中では危険すぎるということで、ひとまず全員で花畑の端を目指して進むことになった。待機組と分ける案もあったが、メィリィがいない組の方が危険すぎるということで、身軽さを捨てて大人しく安全性を取った形だ。

 

 目的は主にスバルが思いついたことの検証だ。もし『賢者』の攻撃の原理がスバルたちの想像通り魔法だとしたら、スバルには、否、スバルたちには対処法がある。その間に監視塔まで走り抜けるか、『賢者』に攻撃を止めてもらうようアピールするか、あるいは撤退するかだ。それはあちら側のアクション次第とも言える。

 走り抜ける場合、花畑の真ん中を通り抜けるのは難しいので、ぐるっと回りこむルートを探しているというわけだ。もし監視塔が全方向花畑に囲まれていたとしても、まあそれはそれで一つの情報だ。

 さらにもし『賢者』の手数に押されて撤退するにしても、相手の攻撃のタネが割れれば次回の対処に役立つはずだ。転んでもただでは起きない、実にスバルらしい作戦だとそう自負している。

 

 花魁熊たちを刺激しないようにゆっくり進み、ある程度距離をとった辺りで、一旦拠点を決めておくことにした。パトラッシュに命じて竜車の方へと歩み寄る。

 

「エミリアたん、ここにお願い。とりあえず、ここが俺たちのベースキャンプ。できるだけ静かに……こう、魔獣を刺激しない感じで」

 

 竜車の屋根の方を見上げ、そこに立つエミリアに手を挙げ、スバルはここまでと同じように『目印』の設置をお願いする。なんだか高いところに立ってご満悦に見えるのが微笑ましい。

 

「ん、わかってるわ。これで魔獣を起こしちゃったら、せっかく静かに離れた意味がなくなっちゃうもんね。静かに静かに、静かーに」

 

 スバルに頷き返し、宣言通り静かに氷の塔が形成されていく。その速度は緩やかで、空気の張り詰めるようないつもの音も聞こえない。いくらか弱気な部分が出て細い仕上がりにはなったが、無事に役目を果たせそうだ。

 

「大丈夫、かな?」

 

「OK、問題なし。さすがだ、エミリアたん」

 

 不安げなエミリアに大きくОとKを作ってみせ、スバルは花畑の方を窺う。

 魔獣たちがマナの働きに敏感な場合、あるいはこれにも反応があるかもしれないと怖々と確認したが、幸い、花畑からは蜜の甘い香り以外のアクションはない。

 どうやら、かなり鈍い連中らしい。スバルは一安心とホッと胸をなでおろす。

 

 スバルは花畑から視線を逸らし、出発の号令をかけようとして――気付く。

 花畑の方へ向けた視界の端っこで、花畑とは違う場所に変化があった。

 

 監視塔が、光ったのだ。

 

「――エミリア!!」

 

「――!?」

 

 とっさのことにスバルが声を上げ、屋根の上にエミリアに呼びかける。その声の緊急性にエミリアが身を固くするも、即座に切り替えて氷の防御壁を張ろうとする。だが、その光に対してはあまりに遅い反応だった。

 

「――っ!?」

 

 激しく甲高い音を立てて、氷の塔が何かの直撃を受けて木端微塵に吹き飛んだ。

 細長く、十数メートルは高さのあった氷塔は決して脆いものではない。しかし、攻撃はまるで砂の城を崩すかのような容易さで氷を砕き、マナへと還元する。

 

 スバルはてっきり監視塔に一定以上近づくことで攻撃を受けるのだとばかり思っていた。この作戦を決めたのもそうした判断あってのことだ。だがおそらく、氷の塔という建造物が目視された瞬間に攻撃された。

 いや、そんなことを考えている場合ではない。想定より前倒しになるが、作戦通り検証兼防御を実行する。

 

「ベアトリス!」

 

「わかっているかしら!」

 

 直後、またしても監視塔が光り、直感する。

 光の次の一撃は、スバルを狙って放たれた。

 

 ――光は瞬きすら許さぬ速度でこちらへ迫り、一撃を以て急所を抉る。

 

 その威力の前には生身のスバルなど障子紙以下だ。

 故にその光に標的にされたと脳が判断した瞬間、『死』は決定付けられている。

 

「――E・M・M」

「かしら!」

 

 ――狙われた瞬間、ナツキ・スバルがたった一人であったなら。

 

 快音が響き、スバルに直撃したはずの攻撃が弾かれる。

 原因は至極単純に、スバルの強度がその攻撃の威力を上回ったためだ。

 

 『E・M・M』は、スバルがベアトリスと開発した三つのオリジナル・スペル。

 その内の一つである、『絶対防御魔法』だ。

 

 E・M・Mの発動中、スバルは身動きができなくなる代わりに、外部からの一切の干渉を受け付けなくなる。ベアトリスの陰魔法の技術と知識を総動員し、限定的にスバルの周囲の時間と空間を弄った結果である。

 

「あのゲス野郎と似た効果ってわかって、ちょっと気が引けるけど――ぶあ!?」

 

 大罪司教『強欲』のレグルスは、心臓の譲渡によって肉体の時を止めていた。

 E・M・Mは言ってみれば、その下位互換のような能力と言える。ただし、心臓が止まるような弊害はないし、マナが尽きない限りはいくらでも無敵でいられる。

 問題は、スバルのマナは少なく、この状態はそう長く続けられないということだった。

 

「ベアごえ!? 今のうちぎぶぇ!? 解析ぶぉ!?」

 

「ちょ! スバル、悲鳴ばっかなのよ!? 大丈夫かしら!?」

 

 スバルの後ろに回り込み、その体を盾にするベアトリスは、心配しつつも攻撃の解析を試みる。

 この魔法を発動中はスバルの肉体へのダメージはないが、音と衝撃は伝わる。その上、E・M・Mを発動後、監視塔の光はスバルが死なないのが不思議なのか、まるで確かめるように何発も何発も、連続して攻撃を撃ち込んでくるのだ。

 

「ご!? ば!? ろど!?」

 

 その連射の速度と、狙いの正確性が尋常ではない。

 当たったことの痛みや打撃力はスバルの体に残らないが、悲しいかな、何かが当たれば条件反射で苦鳴を上げてしまうのが人間の性だ。

 

「速すぎてとてもじゃないけど解析なんてできないかしら! でも当たったところにマナの残滓はかすかに感じるのよ!」

 

「プランB!」

 

 ベアトリスの発言を受け、すかさずスバルは作戦の切り替えを宣言する。途端、視界の端で皆が準備態勢に入ったことが確認できる。

 

 プランAは、E・M・M発動中にあちらの攻撃を解析、あわよくば無力化するというものだった。だがそれもこの速さの攻撃ではままならない。おまけにスバルの身体で弾かれた攻撃もあらぬ方向に飛んで行ってしまい、この砂地では見つけられそうもない。マナでできた攻撃なら、探しているうちに消えてしまうだろう。

 だが当初の予想通りどうやら魔法関連の攻撃であることは確認できた。であればプランBに移行できる。

 

「任せて! ええい!」

 

 スバルの宣言を受けて、エミリアが屋根の上から魔法を放つ。

 砂の地面からせり上がるのは分厚く巨大な氷壁だ。おそらく、エミリアが一瞬で作り出せる最高硬度の防御壁。それが監視塔からの攻撃に立ちふさがる盾となるが――、

 それは狙い違わず、スバルに撃ち込まれる攻撃への盾となるが――、

 

「嘘!?」

 

「あの氷壁でも歯が立たないのか!」

 

 エミリアの悲鳴とユリウスの驚愕、それが示す通り、氷壁は一発で砕かれる。

 氷壁を貫通した光がスバルへ激突する。少し勢いが衰えたおかげか、それは近くの砂地に突き刺さり、白い煙を噴いた。

 

「熱? 熱が、氷を焼いたのか?」

 

 攻撃の跡を見て、ユリウスが一つの結論を得る。

 見ればエミリアの氷壁の破壊痕も、穿たれたというより溶かされている。

 

「クソッ、魔法を切り替える隙がねぇ!」

 

 プランBで実行する魔法切り替えの際、一瞬だがスバルには隙ができる。この絶え間ない攻撃の中では、その隙は文字通り致命傷となる。このまま撤退しようにも、この状態のスバル動くことがままならない。

 どうすれば――

 

「エミリア様、氷壁を厚くするか、層を重ねることはできますか!?」

 

 オットーが叫ぶ。

 

「止まって――っ!」

 

 返事代わりにスバルの前に魔力の渦が多重展開される。それが立て続けに氷壁を砂地に作り上げ、一枚で足りなかった防御が同時に六枚作り上げられる。

 その六枚の防御に、光が真っ直ぐに吸い込まれた。一枚目はあっさりと、二枚目も易々と、三枚目もないもののように突破される。

 しかし、四枚目にはわずかな抵抗があり、五枚目に至ってはコンマだけ耐えた。そして最後の六枚目で、明らかに光の速度が鈍る。――だが、越えられる。

 

 六枚目の氷壁を突き抜け、光がスバルの額へ突き刺さる。が、その衝撃は確かに弱まっていた。弾かれた攻撃が、近くの地面に刺さる。

 

「針……か?」

 

 スバルの近くで騎士剣を構えて待機するユリウスが、攻撃の詳細を理解する。

 

「スバル! もうすぐマナが尽きるかしら!」

 

「仕方ねぇ、一か八かこのタイミングで切り替える!」

 

「わかったかしら!」

 

「ユリウス! 氷で止められなかったときは任せた!」

 

「あぁ、この剣に誓って止めてみせよう!」

 

 本来は一度安全を確認してから切り替える手はずだった。だがもはやその余裕もない。隙ができる間は、スバルの命を仲間たちに預ける。

 

「今度こそ!」

 

 スバルたちが相談している間にも、エミリアは着々と氷壁を増強し、層を増やしていた。今度は八層。そこに再び光が迫り――八枚目を突破する。

 そして無防備なスバルを貫く――その寸前に、騎士剣が半円を描き、剣先が速度の鈍った光を捉える。

 

「速い、が、これなら見えないほどではない!」

 

 速度の落ちた攻撃を、ユリウスが剣撃で切り払う。

 エミリアの防御で弱らせ、ユリウスが止めた。その合わせ技にわずかに嫉妬しながらも、スバルの準備が完了する。

 

「いくぞ! 第二弾! 絶対無効化魔法『E・M・T』!!」

 

 砂対策に被っていたフードを跳ね上げ、スバルが大口を開いて詠唱する。

 すると、背中に隠れていたベアトリスがスバルの内側からマナを引きずり出し、スバルのものと自身の魔力を掛け合わせ、新たな魔法を作り出す。

 

「――――」

 

 次の瞬間、スバルとベアトリスを中心に淡い光が拡大し、それが竜車を含んだ十数メートルほどの球形のフィールドを形成する。

 出来上がったそれは見た目には透明な、光の球に自分たちを包んだに等しい。

 しかし、その効果は絶大だ。

 

「これは……」

 

 驚くユリウスの前で、再び監視塔から光が放たれる。その光は先ほど空いた氷壁の穴を通り抜け、スバルに迫る。目の端にそれを捉えた彼はとっさに剣を構えたが、すぐに目を見開いた。

 光は真っ直ぐ、スバルを狙って直進し、この光のフィールドの中に飛び込んで、その瞬間に勢いをなくした。弾丸すら上回る圧倒的速度が見る影もなくなり、現実に残されるのは速度も威力も失った、白く細長い奇妙な物体だけだ。

 それはあっさりと、剣を振るユリウスに弾かれ、砂の上に落ちて霧散する。

 

「おし、読み通りこれなら無力化できる」

 

「スバル、この魔法は一体……」

 

「待て待て待て! 話したいことは山ほどあるけど、今は撤退が先だ! 攻撃のタネは割れたが現状じゃ太刀打ちできねぇ! 俺のマナが尽きる前に、ここから逃げるぞ! 早く竜車に!」

 

「――! わかった! 急ごう!」

 

 緊急性の高い呼びかけに、ユリウスは疑問を引っ込めて竜車へと飛び乗る。既に手綱を握っていたオットーは、それを確認すると竜車の頭を『砂時間』の向こうへ向けた。

 『賢者』の攻撃は魔法の一種であり、E・M・Tで無力化できることも確かめられた。だがこの状態を維持して監視塔まで向かうことは、スバルの乏しいマナでは現実的でない。

 

「いくぞ! 俺から離れすぎるな! この光の中にちゃんと入ってろ!」

 

「わ、スバル、すごい! 何本も光が飛んできてるのに……」

 

 走り出した竜車の上で、屋根にしがみつくエミリアがスバルを見て驚いている。

 どうやら効果なしとわかっても、光はその後もスバルへ追撃を続けているらしい。だが、どれだけ攻撃を繰り返しても、光はE・M・Tのフィールド内に入った瞬間にそれまでの力を失い、そのまま砂に落ちるだけだ。

 

「それにしても凄まじい力だ。これが、君とベアトリス様の切り札なのか?」

 

「切り札の一個だ! 言っとくが、ネタバレするつもりはねぇよ! それより、今はとにかく監視塔から遠ざかるのを優先しろ! いや、マジで」

 

「陰魔法の応用だとは思うが、まさか範囲内のマナによる影響を無効化しているのか? だとしたら魔法使いに対する天敵……いや、技能の補助にマナを利用している者にとっては、君は恐るべき存在だ」

 

 称賛するユリウスが本気で感服した様子なので、スバルも少しいい気分になる。だがそれをたしなめるように、

 

「ナツキさん! このまま砂丘に戻るってことでいいんですね?」

 

 ジャイアンを操るオットーがスバルに方針を問う。

 

「できれば戻りたくなかったけど、そうするしかなさそうだ! 収穫はあったし、とにかくこれをもとに対策を練って――」

 

 そう言って、砂風が渦巻く砂丘の方へ戻ろうと駆け戻る途中――E・M・Tのフィールドが触れた瞬間、『世界』が破けた。

 

「あ――?」

 

「スバル、マズったかしら!」

 

 どうにか危機を脱しつつある状況に安堵していたベアトリスの体が突然跳ねる。

 彼女は正面の景色、空間ごとひび割れていくかのような夜の砂丘を睨みつけて、声を震わせる。

 

「空間の捩れが、E・M・Tで無効化されるのよ!」

 

「え?」

 

「ここの空間の捩じれは、『扉渡り』と似たような原理かしら。E・M・Tのフィールドに触れたら、歪んだ空間が元に戻るのよ!」

 

「元に戻ると何が――」

 

 スバルの問いかけは最後まで続かず、ベアトリスのしがみつく感触だけがある。

 そのまま、『世界』は乱雑に紙を破くように裂かれ、ほどけていき、その亀裂の中にパトラッシュごとスバルたちを、竜車ごとエミリアたちを、呑み込む。

 

「ヤバい……エミリア!?」

 

「スバル――」

 

 落下の感覚すらわからない暗闇の中、スバルは叫んだ。

 竜車の場所はおろか、上下左右すら見失った。ただ、スバルの叫びに呼応したエミリアの声が、遠くなっていくのだけが聞こえて。

 

「これは――」

 

 マズい、と言い切るよりも先に、破けた空間の向こう側に放り出された。




【第7話での相違点】スバル、砂丘の地上部分を1デスで突破

今回の話はなろう版原作第六章11、12に相当しています。同じような展開はコピーを避けるため省いていますので、その部分は原作をご確認ください。
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