Re:ゼロから始める異世界生活6章オットー同行if 作:樫ハット
砂に足をとられながら、砂の大空洞をスバルたちは進む。
さすがにパトラッシュは砂丘地上部の旅で砂地の歩き方を心得たようで、何の問題もなくラムとアナスタシアを乗せて歩いている。スバルも普段通りとは行かないまでも、この数日で学んだ砂地の歩き方を活かし、問題なく歩みを進める。
時々振り返ってみると、自分たちの足跡ははっきり残っているように見える。これならわざわざ砂で矢印を作る必要もなかったかもしれないな、と思いつつ、念のため定期的に残しておくことは欠かさなかった。
「風は……きてるような、きてないような」
「きているわ。ただ、風の細さを考えると地上と繋がっているのはずっと先ね」
道中、指先を舌で湿らせて風を探るという方法を試してみたが、そもそも風が弱いからか、スバルにはイマイチ判然としなかった。代わりに風に敏感なラムがそれを探るが、出口はまだまだ先のようだ。
「出口がわかるのはせめてもの救いってところだが、肝心の仲間の位置はさっぱりだな」
「エミリア様やユリウス様は、微精霊の導きで迷うことはないはずよ。出口に行けば合流できる可能性は高いわ」
「そういや、微精霊の道案内って結構有効なんだよな。それに瘴気も浄化してくれるし。クソ、俺の場合はベア子が存在的に強すぎて微精霊逃げるんだよな。キャパねぇし」
「そう、まあ最初から期待してなかったわ」
「わざわざ言う必要ないだろそれ!」
つくづく、この人選には悪意があるように思えてならない。レムを捜索するためにも、ひとまず他のメンバーと合流しなければ。
と、一人軽く落ち込んでいるスバルの横を歩くオットーが、機を伺ってスバルに耳打ちする。
「ラムさん、実はナツキさんが起きる前はしばらく取り乱してたんですよ。レムさんが見当たらなかったからでしょうね。今は気丈に隠しているようですが」
「……そうか」
「ですが、ナツキさんが必死になっているところを見て、少し落ち着いたみたいです。ナツキさんなら、自分と一緒に絶対諦めずに探すって思えたんでしょうね。ここだけの話です」
オットーは人差し指を自分の口に当て、話を切り上げる。
励ますつもりだったのだろうが、それを聞いてスバルは目覚めた直後にしたラムとの言い合いを思い返してバツが悪くなる。
記憶の中から妹の存在が掻き消え、それから一年間を過ごしたラムをスバルも見てきたはずだ。二人の間には、消えてしまったものがきっとうっすら残っている。その絆を、スバルだけは信じなくてはならなかったのに。
「僕も話し声は聞こえていました。反省するなとは言いませんが、ラムさんは聡明ですから、わかってくれていますよ。あの失言も、レムさんへの想いの裏返しだと」
そんな雰囲気を察したのか、オットーは少し補足する。
「だな、落ち込んでてもレムは見つからねぇ。気使わせたな」
今優先すべきはスバルの馬鹿さを反省することではない。仲間と合流し、レムを見つけることだ。それはそれ、これはこれだ。
と、少し先を進んでいたパトラッシュが止まったのが見えた。
何事かとスバルとオットーも立ち止まり、目を凝らしながらカンテラを前に差し出す。そこに見えたのは――、
「分かれ道ね」
空洞をちょうど真ん中で分断している二つの道だった。
「右か左か、といったところね。どうする?」
「俺の知識だと、こういうときは右を選べってクラピカが言ってた」
「誰やのん」
行動学的に見て、人は迷うと無意識に左を選びやすくなるというような話だった覚えがある。おそらく、利き目や利き腕、利き足まで含めると色々と条件が複雑になる問題だとは思うが、ひとまずそういった考え方もあるという話だ。
そのため、スバルの知る頭脳派キャラの理屈に従うと右に向かうのが正解と考えたいところなのだが――。
「ナツキさんは右に行きたいということですか?」
「……正直な話、行きたいのは左だ」
「クラピカのことはいいの?」
「だから誰やのん」
口調とは裏腹に、四人の表情は硬い。パトラッシュでさえも、険しい目つきで右の道を睨みつけている。
端的に言って、右の道は選ぶべきではないという嫌な予感があるからだ。
右の道からは、圧倒的な負の感覚が漂い出している。
そちらに行きたくないという恐怖心に近い抵抗感がある。その危険性を本能で認識している。
「右は……ヤバいと思う。碌なことにならない気がする」
「珍しく、バルスに同意だわ。アナスタシア様とオットーは?」
「うちもここで右を選ぶ勇気は、正直なところ持ち合わせがないわ」
「僕も同感です。経験上、こういうときは直感に従った方が良いかと」
全員、意見は同じようだ。それに話を聞く限り、全員が右側の道に得体の知れない感覚を味わっているので間違いないようだ。
「なら、左か。……これも、選ばされた感があって嫌な選択ではあるな」
「じゃあ、戻る? 得るものはないわよ」
「出口に近づいているようではありますし、目印を置いているので進んだ方が合流の可能性も高まるとは思いますが」
「そうだな。俺らのタイムリミットのこともある。ここで立ち止まっちゃいられねぇ」
スバルは一度深く息を吸い、吐き出す。それが終わると、パトラッシュの前を歩くように足を踏み出す。少し遅れてオットーがついてくる。左の道へ向かって、真っすぐに進む。
迷いを振り払って進むと、右側の道に感じていたプレッシャーのようなものが遠ざかるのを感じる。おそらく右の道との距離が離れていったためだろう。スバルは自然に肩の力が抜けるのがわかった。
「――嫌な場所だわ」
同じものを感じたのか、ラムがそう呟くのが聞こえた。スバルも同感である。
あの分かれ道の、右の道に感じた圧倒的な負の想念。左の道を選んだのは本能的にそれを忌避したのもあるが、理由はもう一つある。
――スバルの胸の内側で、右の道への快哉を叫ぶ何かの存在がある。
それの言うことに従うことが恐ろしかった。
そのことも紛れもなく、スバルが道を選んだ理由の大きな要因だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
チーム『非戦闘員』が空洞を進み、分かれ道を越えてさらに数時間が経った。
「――――」
「――――」
「――――」
相談事も尽き、四人はほぼ黙ったまま、ゆっくりと歩みを進める。
口数が減ったのは長時間歩いた疲労のせいでもあるが、ひたすら代わり映えのない暗がりの中を、様々な不安を感じながら進み続けるという精神的な要素もあった。
スバルもここに来て、自分が無駄な時間を過ごしているのではないという考えが鎌首をもたげてきた。愚直に進むのではなく、どうにか壁を掘削するとか、抜け道を探すとか、そういうことに時間を費やすべきだったのではないか。あの分かれ道は、右に進むべきだったのではないか。
――そうしているうちに全てが手遅れになってしまうんじゃないか。
「……なぁ、俺ら出口には近づいてるんだよな?」
「久しぶりに口を開いたと思ったら出てくる言葉がそれ? 異変があればラムはきちんと報告するわ」
「いや、疑ってるわけじゃねぇよ。ただ……」
「ただ?」
「ただ何となく、他の方法があったんじゃないかってそう考えてるだけだ。こんなに時間がかかるなら正規ルートじゃなかったのかもって」
「具体的に別の手段が思いついたなら検討しますが……」
「いや、具体的にどうこうして欲しいってまでは思ってないんだ。思考が凝り固まってたかもしれないから、ここらであらためて考え直してもいいんじゃないかなって」
「つまり、バルスは何も考えずに発言したのね。無駄な時間だったわ」
ラムは相変わらず辛辣だが、彼女の毒にも覇気がなくなってきた。彼女も何の進展もないまま刻一刻と時間が過ぎていくことに何か焦りや不安を感じているのかもしれない。
「このままでいいのかと気が急いている、ということなら気持ちはわかりますよ。なにせしばらく同じ景色が続いていますからね。そろそろ何か変化が……」
「――――っ」
「パトラッシュ?」
パトラッシュが立ち止まったのに気づき、オットーが言葉を切る。
地竜は進路を睨みつけ、目つきを厳しくしながら小さく唸る。スバルも足を止め、地竜を宥めに戻る。その首筋を撫で、「どうした?」と呼びかけた。
「何かに気付いたか? 何が……」
「――原因は、これね」
言葉を途中で中断し、押し黙るスバルに代わってラムがそう言った。アナスタシアとオットーは顔をしかめて、パトラッシュと同じく通路の奥を覗き込む。
無論、暗がりの広がるそちらには何も見えないが、見えない代わりに訴えかけてくる別の感覚がある。――鼻腔に滑り込むのは、香ばしい何かの焼ける臭いだ。
「……火の臭い、だと思うか?」
「何かが焼けている匂い、ですね。それが何かまではわかりませんが」
「こんなところに炊事の施設が整っているようにはとても思えないけど」
「これが火なら……臭いの原因は、文明人がいるからだよな?」
「どうでしょうか」
これまでになかった変化を見て、縋るような問いかけるスバル。だがオットーたちはスバルの考えに否定的なようだ。
「パトラッシュちゃんも、匂いの元が何なのかまではわからないそうです」
オットーはこの匂いにいち早く気づいたパトラッシュの嗅覚を活かそうとするも、情報は増えなかった。
「焚き火か、あるいは食事のための煮炊きだとすれば、エミリアたちの可能性があるんじゃないか?」
「同じ場所に飛ばされた前提なら、可能性は十分にあるやろね。ただ、この状況で火を使うのが迂闊なんか合理的なんかは、うちに判断はよぅつかんよ」
「あるいは『賢者』がいる可能性があります。先ほどの攻撃を考えると、敵対的であることを前提とするべきですが」
「何にせよ安全じゃないことを前提に動くべきだな」
結局のところ情報が足りない。その状態でいくら相談しても答えが出るはずがない。
「……明かりを隠して、進むか。とにかく俺らは気づかれにくいように工夫して、あっちの正体を探る」
「原因を確かめん言うのもおかしな話やし、妥当なとこやと思うわ」
スバルの提案にアナスタシアが頷き、ラムとオットーもそれに遅れて静かに同意する。
二つのカンテラの内、ラムたちの所有する方の明かりを落とすと、一行はスバルの持つ照明だけを頼りに、火の臭いが漂う通路の奥へ向かって進み出した。
「バルス」
「あん?」
「何かあったら、置いてまっしぐらに逃げるわよ。恨まないようになさい」
「そのときは呪わせてくれ」
怖気づきそうになるスバルがわかったのか、背中を叩くような言葉をかけてくれたラムに勇気付けられる。お返しのスバルの軽口にラムが微かに唇を緩めるのを見て、スバルは改めて真っ直ぐに通路を先導。一歩進むごとに次第に火の香りが強まってくる。すると、
「――! 明かりだ」
通路の向こうに、微かに揺らめく赤い光を見つけた。
スバルは即座に自分の照明の明かりを落とし、背後の四人に沈黙するように指示を飛ばす。それから腰を落として、忍び足で砂を踏みながら光の存在を確かめに向かう。
一歩、二歩――進むうちに、どうやら光が当たっているのは曲がり角の向こうであると見えてくる。通路は微かに左に折れており、右側の壁が赤い光を反射している。つまり火は左側の通路の先からきている。
「――――」
静かに曲がり角に到達し、壁に背を当てながら向こう側を窺う。すると、わずかに熱気を孕んだ風がスバルの額をくすぐり、思わず目をつむった。
――直後、スバルの足下がふいに抉れ、砂の滑り台がその身を斜めに転がす。
「な――!?」
なるべく静かに歩いていたスバルは、とっさに踏ん張ることを忘れ、無抵抗で斜面を転がり落ちる。粒子の細かい砂が川の流れのようにスバルを押し出し、一番下まで真っ逆さまに滑り落とされる。
頭から砂の山に突っ込み、おおよそ十数メートルの急斜面を転がったスバルは、足場を確かめるように手をつきながら、体を起こす。
「うげ! ぺっ! また砂……いや、それより……」
数時間ぶりに再び口の中に詰まった砂を吐き出し、周囲を見渡す。今の驚きで思わずカンテラは手放してしまった。先ほどまで見えていた赤い光はなく、暗闇の中を手探りする。そう遠いところまでは行っていないはずだと思いつつ腕をやると、固いものに手が触れる。
一瞬、カンテラを見つけたのかと思ったが、それは先ほどまで握っていた硬質なそれと比べて別物の感触だ。表面はカサカサで、触り心地は木の棒のようである。持ち上げてみると軽いが、太さと長さはそれなり。
「なんだ……?」
目を凝らして近付けても、暗闇の中ではその正体はわからない。
恐る恐る臭ってみると、ほんのりと感じるのは炭のような臭いに感じられて――、
「――――」
そう思った次の瞬間、突然の明かりが真後ろに発生した。
背後に出現したソレは赤く揺らめく熱を帯びた原始的な輝きで、炎と呼ばれるそれである。炎が照らす赤みがかった世界で、スバルは自分が握るモノが何なのか理解した。
――それは、おそらく、生き物の足だ。
動物だったものが、その全てが炭屑になるまで焼き焦がされた、その結果だ。
炎に照らされるスバルの周囲には、そんな炭屑となった元生き物がそこかしこに散乱している。スバルは今、無数の焼死体の真ん中に滑り落ちていたのだ。
「おぁ!? わ! わぁ!?」
急に手の中に現れた『死』を放り出し、スバルはとっさに後ずさる。だがその背後にいるのは、その死をもたらした焔に他ならない。その熱波がうなじを焼くのを感じ、反射的に前に倒れこむ。
脅威が迫ればそれを視界に収めようとするのは、視覚を用いる生物の常である。果たして、振り返ったスバルはその存在を直視する。
「――――ッ!!」
無数の赤ん坊が一斉に泣き喚いたような、そんな高くひび割れた鳴き声が上がる。発生源は目の前の冒涜的な生物だ。
その鳥肌が立つような不快な鳴き声に違わず、その外見もおぞましい。
それは、キメラとすら呼べないほど歪な生物だ。
シルエットだけ見ればケンタウロスのように見える。細いが、大地を力強く駆けるために存在するたくましい四足。その四足に支えられる胴体が存在し、馬であれば頭部にあたる部分には、さらに二本の腕が生えた胴体のようなものが備わっていた。
だがその胴体がおかしい。ケンタウロスの頭があるであろう場所に頭はなく、首から直接『角』が生えている。スバルが辛うじて魔獣だと判断したのは、そこを見てのことだ。
頭部がなければ鳴き声はどこから上がっているのか。見れば胴体の胸から腹にかけてが縦に裂け、横向きに牙の生え揃った口腔がある。不快な鳴き声は、その口から発生している。
「……化け物だ」
スバルが知る魔獣は、白鯨なり多兎なり、既存の動物をベースにしたものばかりだった。だが目の前にいるこいつは違う。生物としてとことん歪。魔獣、という括りで呼ぶことすらおこがましい、生命の冒涜がそこに在る。
そいつの人の胴体部分の背中からは炎の鬣が生えており、正面から相対するスバルに届くほどの火力で、この空洞全体を焼いている。
その火力を見れば、周りに転がる焼死体を誰が作り上げたのかは歴然だ。火は決して、文明人の専売特許ではなかった。
「――――」
便宜上ケンタウロスと呼ぶが、ケンタウロスの人部分の腕は、五指を備えた人間の腕そのものだ。
ケンタウロスの馬部分の足は、蹄を形成した馬の脚部そのものだ。
その図体は六、七メートルほどあり、この空洞を闊歩するのにちょうどいいサイズと言える。――つまり、この空洞の主は、目の前のこいつだ。
「……ここも、罠か」
息を詰まらせ、スバルは絶望する。
ここからスバルに打てる手はない。とっさに腰の後ろに手を回し、鞭の柄を掴んだが、それで何ができるとも思えない。弱点である角までは届かないだろうし、届いたとして折れる強度ではないだろう。
そして息を呑むスバルに対し、ケンタウロスは目のない頭部を傾け、その口から聞こえよがしに咆哮を浴びせかけて、恐怖を煽る。
「伏せてください! ナツキさん!」
ケンタウロスとスバルが相対していた世界に、乱入者が現れる。スバルは咄嗟に体全体を地面につける。それが致命的な隙となり得ることは理解していたが、スバルの思考より、今上から降ってきた声の方が信頼できるから。
直後、ガラスが割れるような音とともに、スバルの視界の端に青い光が走る。先ほどまでスバルの背中を焼くようだった熱波の中に、一瞬冷たい感覚が走る。
衝撃が収まったのを確認すると、スバルは這いずるようにしてケンタウロスとの距離を離そうと試みる。
首を横に向ければ、視界の端に、左腕が凍り付いたケンタウロスが見える。おそらく水の魔石だろう。それがこの化け物に有効打となるかは不明だが、少なくとも興味を引くことには成功したらしい。
ケンタウロスはゆっくりと振り返り、今の攻撃の下手人を仰ぎ見る。
「ナツキさん! 他に出口はありますか!?」
ケンタウロスから視線を外すのが怖いので、一瞬でぐるりと周囲を見回す。赤い炎が届かない暗闇は確認できないが、見える範囲に他の出口はない。
「ない」
そう発した声が震えていたのは仕方ないことだろう。いや、生きるためには恐怖に震えている暇などない。自分の身を危険にさらしてまで助けに来たオットーのためにも、スバルが生存を諦めてはいけない。
そのときだった。スバルが発した声にケンタウロスが振り向く。恐怖に思わず喉が引きつるが、これも一つの情報だ。
「音だ!」
恐怖を押し殺し、スバルが叫ぶ。
「っ! 魔石を投げます、ラムさん、その隙に角を!」
そう言ってオットーは赤い魔石をスバルの反対側に投げ込む。直後、白い光と同時に空洞内に爆発音と衝撃が反射する。
推測通り、ケンタウロスは胴体をそちらに向けた。
「フーラ!」
オットーへの返事代わりに、ラムがすかさず風の魔法を飛ばす。
風の刃はオットーたちへの注意を失ったケンタウロスの無防備な角へと突き刺さり……両断すること叶わず、立ち消える。
「――――ッ!!」
だがケンタウロスは弱点を傷つけられた痛みを感じているのか、単に怒りを感じているのか、悶えるような甲高い鳴き声を上げる。そしてラムの魔法が飛んできた方向に当たりを付け、向き直る。
今ので仕留められれば理想だった。だが効いてはいる。
確かな手ごたえを感じつつ、静かに立ち上がったスバルはそろりそろりとケンタウロスから距離を離す。倒すことは目的でない。ここから全員で生還できれば、スバルたちの勝ちだ。
そのとき、ケンタウロスの鬣から、炎の塊がスバルの方に走ったのが見えた。
「かふ――」
声にならない声を上げ、スバルは衝撃に倒れる。否、その表現は正確でない。
――スバルが倒れたのは、立っているために必要なスバルの下半身が、焼き焦がされたからだ。
「――ぉッ」
理解に達した途端、スバルは身体が焼き焦がされる痛みと苦しみに絶叫する。
「があああぁぁぁーーーっ!!」
視界に一瞬だけ映ったスバルの肌は沸騰するように泡立ち、足先に至ってはあまりの高温に既に炭化していた。
「ぎ、ああぁぁぁーーーっ!」
上半身だけで痛みにのたうち回ることに忙しく、絶叫を上げる喉は、息を吸う暇すらない。だがどれだけ暴れようと、思考を埋め尽くす痛みからは逃れられない。痛いと考えることすらできないほど痛みに支配されている。
「ぎっいいいぃぃーーー!」
奥歯が砕けそうなほど強く食いしばるが、それでも痛みは消えない。
絶叫の中、耳障りなケンタウロスの鳴き声が聞こえたような気がした。それはこれまでとは違い、リズミカルで、こちらを嘲笑うかのようだった。
恐怖が理由か、生存本能が理由かはわからないが、スバルの目がケンタウロスを捉える。瞬きで涙が晴れた一瞬、そのケンタウロスの左腕はもはや氷に覆われていないように見えた。
痛みと熱に溺れるスバルはもはやそのことが指し示す事実に正常に絶望することすらできない。スバルには一秒でも早くこの地獄を終わらせてほしいという思考しかなかった。否、そのような思考という形態をとれていたかすら定かではない。
その直後、また何か衝撃が床を伝ってスバルに届いた気がした。自分の絶叫と重なって、爆発音が届いたのはわかった。
「――ルス!!」
また何か聞こえた。誰かが叫ぶ声だ。誰かが傍らに下りてくるのがぼやけた視界から見えた。馬鹿。なんだ。逃げるって言ったくせに。どうしてもうこんなところに下りて。下りるとか、意味がわからない。
痛い。熱い。まだ終わらないのか。
「――ーラ」
最後に聞こえたのは、優しい声だった気がした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――いつまで寝ているの。いい加減に起きなさい、バルス」
「ぐらんぶる!?」
骨まで焼かれる痛みに焦げ付いていた思考が崩れ落ちるのを体感して、スバルは鋭い衝撃に現実へ引き戻された。
突然のことに体を起こし、スバルは砂の張りついた額の冷や汗を拭う。
「え、あ……え?」
スバルの視界は白い光で埋め尽くされる。
光からは、逃げないといけない。だがもうこんな近くに――
「――ぁ」
「……落ち着きなさい。『賢者』の攻撃はここには来ないわ」
スバルが身を竦めた理由を自分なりの理屈で理解したらしい。その声にスバルは目を見開いた。
カンテラの明かりを下げ、ラムは自分の顔を照らしてみせる。それから静かにその場に跪くと、彼女はその手でスバルの頬を撫でたのだ。
「情けない顔」
「……俺の足、ちゃんとあるか?」
「――自分で立ってみればすぐわかるわ」
頬に触れる掌の熱は、先ほどスバルの味わったそれとは比べ物にならないほど、温い。
故にスバルは理解する。炎の感覚と別の熱のおかげで、状況を。
また、自分は『死に戻り』して舞い戻ったのだと。
そしてここは地上の砂丘で迎えた『死』とは、また別の出発点であると。
この砂の迷宮は、『死』をもってしても逃れられないのだと。
【第9話での相違点】一度目の挑戦でケンタウロス(仮)に一矢報いた(?)
今回の話はなろう版原作第六章13後半に相当しています。同じような展開はコピーを避けるため省いていますので、その部分は原作をご確認ください。
空洞一発クリアルートも考えたのですが、餓馬王の狡猾さを考えると言霊の加護をもつオットーも出し抜いてきそうだなと思ってこの展開にしました。