Part 09. Osaka Confederation
――二〇二六年三月初頭、大阪某所。
神崎は後部座席のドアを開け、車を降りた藤原の視界の先には巨大な門を構える建物が。門の傍に立つ二人の黒服が門を開けた先に聳える、広域指定暴力団『摂河泉連』の本部。直系五十団体に総勢五万人の構成員を有し、関八会と対をなす。二十歳以上年上かつ、その独特な気配と気圧に一切屈することなく、僅か十六歳の若者二人が公安警察副総監の護衛の先頭に立っていた。
本部への道中に背後から響く車の音。姿を現した男に、極道らは一斉に頭を下げた。
「相変わらずやな、
振り返った神崎へ話すは、摂河泉連直系『絢路組』組長。警察との問題事を起こさず、また過去八十年に渡って公安への積極的な協力を惜しまなかった穏健派数十団体の代表格としても知られる。
「久しぶりだな、元気そうでなにより」
藤原に目線で確認をとったのち、護衛を一時的に似那たちへと預けて歩み寄る。
「仕事の調子はどないや?」
「全国で
その突出した実力故か、先の家宅捜索のように全国から助っ人として呼び声がかかる。本人はさほど気にしていないようだが、事情を知る者達は常日頃より彼の身体を案じる。
「また見んうちに老けましたな、副総監殿」
「お前も大概だがな、直近の件は世話になった」
神崎に続いて藤原のもとへ歩み寄る組長。
摂河泉連、その定例幹部会に珍しくも警察――公安の人間が姿を現した。
◇◇◇
本部の会議室、巨大なテーブルを囲んで十数名が座っている。彼等のトップたる九代目会長と相対する位置に藤原は座り、近衛二人はその後ろで控えていた。
「華川組の始末は本家に一任する」
開口一番、責任転嫁――そう捉えたのか声を荒げる者が一人。
「ワレェどういうつもりじゃ‼」
穏健派に比べ気性の荒い武闘派――警察組織を毛嫌いしており、ニュースで『暴力団』と報じられるような邪知暴虐の限りを尽くす者達。
「
「おどれ舐め腐りおって‼」
二か月前の家宅捜索において現場の組員は問答無用で抹殺、死体と銃器は絢路組が回収していった。幸運にも虐殺に巻き込まれなかった者達も、大阪および京都支部によって一人残らず処分済み。
「文句ならアイツに言うたらどうやねん」
「その件は正当な理由による実力行使。そうとちゃいまっか、副総監はん」
もはや廃れつつある任侠を重んじると同時に、公安と持ちつ持たれつの関係にある穏健派幹部たちは理性的に理解を示していた。
「何アホなこと抜かしとんねん!仲間殺られて
「ワシらの役目は喧嘩や戦争なんかやない、それすら忘れたんか」
「アンタらが好き勝手暴れるから暴対法なんてモンが出来んねん。まっとうにシノギやっとる奴の肩身狭めんなやボケが」
元はといえば極道は実質的な自警団――非公式ながらも警察と共に日本の治安を守ってきた。だが時代の変化と共に在り方も代わり、暴れることに生きがいを感じている者は多くを占めつつある。民間にも少なからずその影響は及び、世間はかつて傘を差し出した者達を排斥せんと暴力団対策法をはじめとする法律を求めた。表が知らぬ世界であるが故に、常日頃から社会貢献をしてきた穏健派にもしわ寄せがいく。
「報告書の通りだ。問題事は地産地消が適切だろう」
藤原は冷徹に、些かドスの利いた声で。
「世論操作で暴対法の拡充には歯止めをかけているが――」
「気に食わないというのなら全員豚箱にぶち込んでやる」
無論過去八十年の間に何度も行き違いはあった。国家権力を以て極道組織そのものを壊滅させることなど容易いが、現代においても蔓延り続ける闇を処理するにはその存在が欠かせない。多少無謀でも、公安はある程度の譲歩をしてきた――しかしそれにも限度がある。
「華川組が筋も入れんと密輸したんは事実や、その対応が優先とちゃうか」
比較的早期に確保できた為表社会への流出という最悪の事態は避けられたが、それはあくまで現時点での話。公安が事前に掴んだ情報に密輸に関するモノはなく、家宅捜索に伺ったら熱烈な歓迎の末に偶然銃器が見つかっただけ。
「奴は見つかったのか?」
「まだだ。大阪支部指揮下で捜索が続いている」
会長の問いに藤原が答える。消息不明から約二か月、公安は警戒態勢を敷き一坪残らずしらみ潰しに探しているが、地域に根差した者達の協力を得てなお依然として足跡ひとつ見つからない。それ故――。
「現状を鑑みて、何者かが匿っている可能性が極めて高い」
数名の幹部はその言葉に唖然とした。どれだけ探しても見つからないという現状は明らかに普通ではない。となれば普通の想定を越えたより広い視野を持つ必要がある。特捜局・情報局の公式な報告よりもずっと早く、神崎はその鋭い勘で私見を添えていた。
万が一組長が生きているならば、その身は武闘派の庇護下にあるであろう――と。
「とぼけんのもええ加減にせぇや‼」
ある男が資料を机へと叩きつけ、多くの者が一斉に視線を移す。ふくよかな体型に、綺麗に光り輝くその頭皮。武闘派の中でも名高く攻撃的な彼、その容姿から公安の面々は『
「おどれらが首取ったんやろうが!」
頭に血が上っているとはいえ無理もない発言だった。死体の確認をしたのは公安と絢路組のみ、他の者が目視で確認していない以上疑惑の矛先を向けることは当然といえる。だがその嫌疑に、藤原は釈明もせず強気な態度をとる。
「それはお前の頭に誓って毛頭ない」
睨みつけるような目で発せられる言葉、彼は硬直する。華川組の組長はかつての舎弟――いうなれば、彼にとって瓢箪は駆け込み寺だった。
戦後からの関係とはいえ、秩序を乱すようであれば然るべき対応をとらねばならない。家宅捜索、そのついでに組員の皆殺し。藤原はただ冷静に、詮索も兼ねて脅しをかける。その一方で瓢箪は苛立ちを隠せず歯ぎしりを。
「この政府の犬めが――」
「《オリヴィア》」
勢いよく立ち上がる彼を前に藤原はたった一言、瞬時に瓢箪へと向けられる銃口。僅かに響くスパーク音と共に全身が痺れ、倒れるように椅子へとその身体が戻される。
「引き金も随分緩ぅなったことで」
一名の穏健派幹部が落ち着いて発する。
「
ポケットへと戻すはテーザー銃。射殺しては『抵抗勢力に対する弾圧』として反感を買い、放っておけばやかましい。そんな状況において少なくとも相手に痛い目を見せるには最善の選択肢だった。
「政府からの指示により、銃はこちらで押収する」
「ウチで保管しとります。どうしまっか九代目」
藤原の言葉に続いて、絢路組の組長は会長へとその顔を向ける。だが案の定、武闘派は犬のように騒ぎ出した。
「関八に横流しする気か‼」「目的も言わずに従えるわけないやろが!」
定例会が始まってから一度も口を開くことはなかったが、外見とは裏腹に圧倒的な威圧感を与える悪魔――その一声が響くと同時に、場は静まり返る。
「お前は大阪湾に沈みたいのか?」
もう一方の従者よりも人を殺めることに躊躇いのない鋭い目。冗談が通じぬ相手であると誰もが知っているからこそ、迂闊に挑発すれば瓢箪よりも酷い目に遭いかねないと恐れていた。
あまりに凶暴な護衛二人。似那はアイ・コンタクトを以て一言――『やるじゃん』と。
「見ての通り溝は未だ深い。本意ではないが、いま公安に銃を移せば奴のように対立を煽ってしまう」
一括りにするのはあまり好ましくないが、仮にも彼等はヤクザ。世間の視線を裏社会から逸らさせる役割を担っている以上、組織的抗争は同様に好ましくない。また暴力団排斥に関する法律が増えでもすれば、さらに彼等の肩身が狭まることは目に見えている。
「少なくとも、奴にケジメを取らせん限り事は収まらんだろう……それまで預からせてはもらえんか」
彼は関西の極道を統べる者として、国家権力に怯むことなく自らの意志を宣言する。
「良いだろう」
互いの面子を崩さぬべく提案を受け入れる。その裏に、余計な対立で同胞の力を擦り減らす真似は避けたいという公安の思惑も。
極道と警察、本来交わるはずのない世界は
眠り続ける瓢箪を筆頭にした武闘派幹部たちは、その静けさを保ち続けていた。神崎は彼等の瞳に何かを覚えていたのか、己の目で真実を見透かさんとす。