定例会を終え、神崎の姿は中庭にあった。迫りくる脅威を前にこれまでの犠牲と献身が水の泡になりかねない――そう感じてか、静かに空を見つめていた。
「火、借りてもええか?」
背後から足音と共に響く声、絢路組組長のもの。振り返ればその手には煙草が。
「……医者に止められてるんじゃなかったか?」
「身体を蝕むんやったら鉛玉のほうが先や」
裏社会の人間だから言える皮肉。胸ポケットからライターを取り出し彼の煙草に火をつける。隣に喫煙者一人、だが彼は受動喫煙など気にせぬ様子で。
「兄ちゃんも一服やるか?」
「勘弁してくれ、習慣ついて表でパクられたらどうすんだ」
「バーボン好きがよう言うわ……お互いとっくにええ人生は捨てたはずやろ」
極道の盃も血の誓約も同じ。元は
「……気が付けば全部変わりおった」
「確か
「ガキん時やが、いつまで経っても忘れられへん」
人類史に大きく刻まれる出来事。二十世紀末に突如として襲来したエイリアンとの間に勃発したその戦争は、人類が生き延びる権利を勝ち取った戦い――『人類独立戦争』として皆の記憶にある。生き残る為に世界は団結する他なかった。『人間性』という生物の非合理さを乗り越えた先に結晶した戦後三十年の平和が多くをもたらし、今の世界を形作っている。
「どこを見ても地獄。そこらへんで大勢が死んで、生き残ったモンも全員飢えとった」
「……我々はそんな地獄からよく這い上がってきたものだ」
団結と、裏社会に生きる彼等の献身あってこそのもの。今や表向き理想郷として咲き誇る世界の一角を眺めながら、二人は感慨に浸っていた。
「今回の件、引き続き俺がケツを持ってやる」
その言葉に顔を向ける神崎とは対照的に、彼は落ち着いて煙を吐いている。
「
汚れたルートで運ばれた上、ろくなケジメも付けず尻尾を巻いて逃げ出した者の手中にあった銃器を浄化――その点において、
「いずれ付く、誰かの血はな」
「……そうだろうな、拭えない染みが」
裏社会に存在する以上、すべては赤へ染まる定めにある。葬り去るべき者の血か、同胞の血か――あるいはその両方か。
溜息をついて、組長は再び口を開く。
「
友人としての忠告だった。
「分かってる、僕らの引き金は何のためにあると思ってるんだ」
「あんなんやといくら同郷のよしみでも擁護できへんからな」
先の定例会で吠えていた武闘派、その代表格たる瓢箪を一言で表現するならば『野蛮人』。いつ暴走するかも分からぬ狂犬がいる以上、誰に噛みつくかは未だ知らぬ処といえる。無論彼等の手にかかれば威嚇の時点で千倍返しも容易いが、それで済むなら苦労しないだろう。実質的な切り札としていつ解き放たれるか分からぬ猟犬もその場にいる――その事実を踏まえて、組長はその煙を静かに吐く。
だが僅かな一服をも許さぬ風が、神崎に向けて吹いた。
「こちら《トワイライト》、どうぞ」
副総監の護衛という任務上、常に無線は耳へと繋がっている。彼へと届く指示が何なのかを知らずとも、かねてより行動を共にしてきた身であればあらかたの想像はついていた。
「了解。すぐに向かいます」
定例会の終了を以て彼等公安の用は済んでいる。その立場上他所への長居は禁物であり、『撤収』が相棒含む同僚に仕事を預けた彼への伝達だろう。
「上には伝えておく。その件頼んだ」
「毎度おおきにな」
交わされる握手、口調は普段と変わらず年齢差を気にせぬもの。彼等もまた異端児の実力を目の当たりにし、もはや呆れる者さえいるが同僚と同じ尊敬の念を抱いていた。
その場を離れる神崎――その背中を、記憶と照らし合わせながら彼は見つめる。
「……あの日から、まるで死人やな」
呪われた過去を知る者の一人として、ただ静かに呟く。