ユートピアの詩 Ⅰ 偽りの薄灯   作:ともひナ

2 / 13
【第一節 - 暗闇】
Part 01. Pacific Security


 大阪市中央区の地下一五〇メートルに、近未来感の漂う極秘施設――公安警察大阪支部。その一室にて、神崎は腹に養分を蓄えた渋い声の中年と言葉を交わしていた。

「急な依頼で悪かったな」

「お気になさらず、我々は便利屋ですから」

 大阪支部長、畑川(はたかわ)康利(やすとし)警視監。かつて刑事(デカ)として第一線でその手腕を振るったが、今や座り心地の良い椅子に縛られ、西日本の公安警察を統括させられている。

「謙譲やと思いたいが自虐なんやろ?」

「今後ともごひいきのほど、とは言いませんよ……袋叩きにされる予感がしますので」

 穏やかに笑みをこぼす畑川に対し、神崎は表情こそ崩さないものの若人らしい声調で答える。彼が属するのは公安でもトップクラスに忙しない部署――今回のように東京勤務の人員が大阪で任務にあたることも珍しくなかった。だからこそ下手な発言で同僚たちを殺人行脚に巻き込むわけにはいかない、と考えてのこと。

 

「それで、確認したいんやが――」

 

 畑川の手の動きに応じて、机の上に投影される立体光彩――通称『ホログラム』。華川組に関する調査報告書が並んでいるが、空白の箇所が一つ。

()は?」

 先程とは打って変わってその声色から温もりは消え去る。ここからは世間話でなく仕事の話である、と察することはそう難しいものでなかった。彼が言及することについて内心懐疑的ではあるが、ある可能性を捨てきれずに一呼吸置いて伝える。

 

「……確認した限りでは居ませんでした。紫雲(シウン)(ココノ)が既に始末したのでは?」

 先の家宅捜索は任務地の都合上、大阪支部の人間――特に組織犯罪対策四課、通称『組対(そたい)四課』が担当していた。彼が増援として派遣されたのは想定以上の事態の移りようによるものであり、当初の予定にはなく、加えて現場の引き継ぎは最低限であった以上彼はすべてを把握しきれていなかった。

「それが見ぃへんかったそうや。ここ数日組事務所から出てないはずなんやがな」

「では清掃業者(クリーナー)に確認を――」

 おもむろにスマホを取り出すが、畑川がハンドサインで制する。

 

「ええで、こっちでやるわ」

 

 本来管轄外であるはずの任務を背負わせた以上、残りは然るべき者に回す――遠方からたった一人の我儘(わがまま)で呼び出された彼に対する、せめてもの労いとでも言うべきだろうか。報告書に目を通しながら、彼は言葉を連ねる。

「八百丁も仕入れて、どないすんねや……戦争を吹っ掛けるにしても手ぇ足りへんやろ」

「えぇ。目的が定かではない以上、リスクを鑑みて押収するべきかと」

 公安は極道組織による銃火器保有を黙認――実態としては認可しているが、その所在管理は極めて厳重な態度をもって。万一表社会に流出しようものなら一大事であるため、入手には本家からの承認を得ねばならない。

 しかし今回の一件は摂河泉連本家の預かり知らぬことであり、華川組はしめて百名程度の組――等しく配分したところで、全員が阿修羅でもない限り引き金のお零れが生じる。そうにも関わらず、何故これほどの量を仕入れたのか。真相を知る最有力候補は組長だが、困ったことに行方をくらましている。

 

「そのつもりや、絢路組と政府には連絡取っとく。今日は休んでくれてええ」

 

 彼の判断に無言で頷き、袖を整え口を開く。

「他になければ、これで」

「あぁ。腹減ってんやったら遠慮せんと食ってき」

「……お言葉に甘えて御馳走になります」

 互いに敬礼を交わし、神崎はその場を去る。畑川はその後ろ姿を見送りながら葉巻を取り出して火をつけ、窓から差し込むはずのない陽の光を見つめ続ける。

 

 

 

 報告を終え支部内を歩く神崎、その耳へどこからともなく響く虚の悲鳴。咄嗟に振り返った先に見える景色は惨憺(さんたん)たるもの。各所の灯りから微かな電気スパークが放たれ、施設の中は微かな緑の光を残した暗闇に包まれている。壁には無数の弾痕や血飛沫、爆発故のヒビ。辺りを見渡せば冷たくなった公安の者達がいる。垂れ流される血は温もり一つ残さず、ただ粘度の高さだけが感じ取れる。

 

「司――よ――署へ、警―――を――」

 

 彼の耳へ届く何者かの声。どこを見ても誰もいないというのに、その声は繰り返される。そしてノイズのように点滅を繰り返し始める視界。悲鳴は更にこだまし、彼の記憶へと深く刻まれる。

 

「――被疑者確保まで警戒態勢を維持せよ、以上」

 

 その言葉と共に、視界に広がる景色は何事もなかったかのように綺麗さっぱりと。整わぬ息のまま再び振り返れば、その先には普段と違わず行き交う捜査員たち、『指名手配中』との文言と共に指名手配者リストが巨大なホログラムで。

 彼の意識は現実に引き戻された。先の光景が現実でないことへの安堵を覚える――だが形は掴めずとも、日々絶えず彼に付きまとう何かに引きずられている。そして今回ばかりは鮮明かつ確かなもので現れた。ただ一つ、直感的に覚える――『何かが動き出している』と。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――二〇二六年、一月某日。

 

 大阪支部内のとあるオフィスの中で、制服姿の黒髪少女は茶を吹いて咳き込んだ。

「……すんまへん、今なんと?」

「辞令の通りや。東京本部に動いてもらうことになった」

 上司の手の上で踊るホログラム。どういう風の吹き回しなのか、とでも言いたげな表情で彼女はその指令書を映す光子体を見つめている。

「ほんまにそれ私宛てなんです?」

「ちゃーんとほら、『似那(にな)和香(わか)警部補』って書いとるやろ?」

 その言葉に偽りなく、先の家宅捜索にあたっていた彼女の名が記されているが、依然として怪訝な目で上司に訴えかける。

 

「……人事異動の時期とはちゃう気がしますけど」

 

 表と同じく、公安もまた年度初めたる四月に大規模な人事異動が行われる。専ら様々な要因により発生した欠員の埋め合わせ、というのが主な目的だが、昨年度までの功績を鑑みてというケースも。

 回答に困る問いではあったが、頭を搔きながら彼は口を開く。

「んなもん上に訊いてや……いうても上層部の根回しらしいけどな」

「畑川の親父さんで?」

「いいやもっと上、たぶん東京のお偉いさんやろうな」

 電子タバコを吸いながらの言葉に耳を疑う。勤務地のトップを通り越して、ふんぞり返っていそうな連中が直々に引き抜いた――到底現実とは思えぬ話だった。

 

「……多分寝ぼけてるんでそのタバコ当ててくれません?」

 

 数秒ほど悩んだ末の発言に上司も「嫌やわ、ただのハラスメントやんけ。ヤーさん捕まえる前に自分が捕まってどないすんねん」と即座にツッコミを入れる。他人よりも早く闇の世界に足を踏み入れ、組対四課として良くも悪くも極道たちと深く関わってきたからこその笑えない冗談だった。

「まぁ気ぃ落とさんでって言いたい所やが、部署が部署やしな……」

 上司は些か憐れむように告げる。何かしらの目論みがあっての異動であろうが、その先では極道以上の連中を相手にしなければならない。現職としては経験の浅い彼女でも、そんなことは分かりきっていた。

 ホログラムに記された配属先――『特殊捜査局・対外諜報二課』と。

 

「……特対(とくたい)とはねぇ」

 

 警察庁の手に負えず表沙汰にできないような事件を扱う『公安部』に対し、対テロや大規模かつ専門的な犯罪捜査から他国への諜報(スパイ)活動まで幅広く任務を請け負う――いや、押し付けられているのが『特殊捜査局』。公安の中でも()()()な面子ばかりが揃っている、というより並大抵の者であれば任務中に容易く命を落としかねない。

「同期曰く『退屈はしない』ってよ」

()()と比べたらどないです?」

「まぁ……特対は想像も及ばん別世界や、そうやろうな」

 

 現時点での彼女のポストたる組対四課も、公安部の中では相当の実力か経験を持たないと務まらない部署に分類される。無論それは相手が反社から極道まで幅広く、特に戦後以来の提携関係から極道の銃器保有を事実上黙認している以上、いつでもその銃口が悪意ある者達によって向けられる危険性を孕んでいるからと言える。

「俺だって気乗りはせーへんよ、若者を()に送り出すなんて」

「分かってます。まぁ、指令は指令ですからね……」

 僅かにもの寂しそうな表情を浮かべながらも、彼女の肩に手を置いて伝える。

 

「……元気でな、嬢ちゃん」

「短い間でしたが、お世話になりました」

 彼も身なりを整えて敬礼する――教え子の実質的な昇進に対する嬉しさと、死地に送り出さねばならない辛さとの間に挟まれて。数秒の音亡き会話をへて、上司は小さくうなずきその場を離れる。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 大阪支部から真空リニアに揺られること二十分。私物をまとめたスーツケースと共に列車から降りた彼女は、視線の先に広がる光景に思わず言葉を漏らす。

 

「……ウソやん、デカすぎでしょ」

 

 内閣府公安警察庁東京本部――その規模たるや東京都新宿区の全域に匹敵。管理は各支部と同じく公安へと一任され、存在を知らぬ者は厳重な警備システムによって何人たりとも立ち入りを許されず。入国審査のような長蛇の列に混じり、ペースを乱すことなく進んでいく。セキュリティゲートを通ると瞬時にDNAレベルの生体スキャンが行われ『アクセス確認』と。

 しばらく続いた列も、巨大なフロアに辿り着くと同時に次々と離散する。

「赤川博士、医療棟B17ブロックにお越しください」

「定刻一四〇〇より兵装点検を実施する。第二連隊は所定のエリアへ出頭せよ」

「司令部より情報統制部、歌舞伎町二丁目236(ふたさんろく)事案の特殊処理にあたれ」

 複数のアナウンスが響く。機能性を重視した白を基調とし、移動用のエレベーターやモノレールが幾重にも張り巡らされている。公安の者が必要とする情報を漏らすことなく投影する無数のホログラム含め、結集されたのはまさに現代におけるオーバーテクノロジーであり、数十年から百年近い未来の技術の数々。

 昼夜問わず数百人が集い、また行き交う中央広場――その姿に圧倒される中、背後から歩み寄る者が微かな微笑みと共に告げる。

 

「バカみたいに広い……そうだろ?」

 

 振り返れば三十路すら迎えていないであろう若さの男が、護衛と思しき二人を連れて立っている。

「大阪も中々でしたが、ここは本部らしく贅沢で羨ましい限りです」

「そうじゃなきゃ我々のメンツが立たんからな」

 年間約十九兆円という大金が投じられ、そのうちの約三割が各管区の実質的な統括本部である大阪・名古屋、そして組織中枢も兼ね備えた東京へと。十万人近い人員を養い、単独で関東全域をカバーできるほどの規模――公安の威信をかけた代物だった。

 

「東京本部へようこそ。特殊捜査局長、《ダマスカス》だ」

「大阪支部組対四課より参りました。似那和香警部補です」

 

 手を差し出して自然に握手を交わす。同時に後ろに控える者達に目配せし、従者は別の場所へそそくさと歩み去っていく。

「配属先まで案内しよう。ついてきてくれ」

 こちらへ、と言わんばかりのハンドサインに応じ、大勢の行き交う本部内を歩き始める――疑問を腹に抱えて。

 

「データベースにあるファイルには全て目を通しておいた。特に()()()の経歴はいつ見ても驚かされるよ」

「……やはり東京でも希少ですか?」

「特段珍しいって程じゃないんだが、知ってる奴はどいつもこいつも異色の経歴を以てやがる」

 本来、所定の訓練を経るため若くても配属は十八歳から。だがそんな例は稀有であり、基本的には二十二歳からだが、それに満たぬ年齢の者は全体五十万のうち僅か〇・〇七六パーセント――三万八千人。東京本部の中でもせいぜい千人程度であり、大半の身柄は司令部の預かりとなっている。

 そんな中でも全ての人員が経るべき履修課程を早期に潜り抜けた、あるいは驚異的な才能故に十八歳未満で配属された者達――通称『異端児』は毎年のように姿を現す。

 

「俺もそのうちの一人だったから、君の気持ちは痛いほど分かる」

「……特に組対四課は顕著でした」

 

 相手にする者達には『ガキだから』と舐めた態度を取られる――表に溶け込む上で外見上有利に働くこともあれば、不利に働くことも度々。同じ境遇の持ち主と巡り合う機会は少なく、複雑な心境を十分に吐露することは難しいものだった。

「まぁ安心してくれ、()()()にはそんな連中がごまんといる」

「第一人者がそう仰ると幾分か気が楽になりますね」

他所(よそ)の部署が『イカれてる』と褒めてくるような職場だ、君の才能も十分に発揮できるだろう」

 個人ファイルを読み、その内容について漏らすことなく把握している――彼女の中に疑問がまた一つ。

 

「とはいえ私が特対で役に立つのですか?」

「君が選ばれたのには、それ以外の理由が大きい――そう言っておこう」

 ここから先は機密、とでも言わんばかりに伝える。エレベーターの前に着けば、座って待っている犬が一匹。

 

「ハチ、お前も来るのか?」

 

 彼の声に尻尾を振って一吠え。ポケットから取り出したおやつを与え軽く撫でる。麻薬の取り締まりや爆発物の探知、セラピーのほか視覚のアシストを目的として訓練された動物は、部署を問わず多く属している。といっても実働任務よりかは日々の職務に明け暮れる皆へ向けた癒しとしての側面が多いことは確かだが。

 リフトが到着すると真っ先に入り、続く二人が指示するまでもなく器用にパネルを操作し、目的地のフロアを指定していた。

 保安(セキュリティ)プロトコルにより、エレベーターとしての最低限の機構を備えた金属枠を除いてその全てがガラス張り。リフトに搭載された重力制御装置と、対となる『反重力』を操るリパルサーや超電導磁石を用いて、縦横無尽の高速移動を可能に。

 

 ものの数十秒で辿り着き、リフトのドアが開いた先に広がるのはクラシックな雰囲気の漂う空間。機能性を究極に追求した本部そのものとは対照的に、一同に程よく心の余裕をもたらすよう旧世紀の要素を主体とするフロア――特殊捜査局本部。

 先ほどとは大きく変わった光景に唖然とする彼女を差し置き、尻尾を振りながら勢いよく飼い主のもとへと走り抜けていく。

「……ひとつ伺ってもよろしいでしょうか」

 案内に続きながら尋ねる彼女に「答えられる範囲でなら」と。東京本部に到着してからの謎を解き明かすには、今しかないと判断してのことだった。

 

()()()()()()に異動してきた異端児の案内に、なぜ局長が?」

 

 やはりそう来たか、と少し悩んだような表情をしながら彼は口を開いた。

「特捜局に相棒制度があるのは知っているだろ?」

「はい。任務における安全確保のほか業務効率の向上が目的、と聞いています」

「その通りだ。相当の実力を伴わない限り、命取りになるようなことは認可できない」

 圧倒的にリスクの高い単独行動よりも、全方位の警戒と相互アシストを行えるペアもしくは集団での行動の方が合理的であり基本中の基本。しかしながら同時に、以前の家宅捜索で出くわした青年の存在が脳裏によぎる。

 確か、彼のコードネームは――。

 

「君の才能は買うが、貴重な人材を死なせるわけにはいかない」

「つまり通例通りに同僚とタッグを組むわけですか」

「そうだ。そして君と組む相手が――」

 二人は目的地たる特対二課のエリアへと立ち入る。IDパスをかざしてドアを開けた二人の視線の先には、無数のホログラムとモニターを前にデスクワークにあたる者が一人。古めかしいレコードからはモーツァルトの交響曲が部屋に響いている。

 

「……俺の弟子だからだ」

 

 開くドアに気付いたのか、ホログラムを操作しながら振り返る。公安所属にしては若すぎる顔立ちと、軽くパーマのかかった茶髪、特徴的な蒼い瞳――彼女の脳裏によぎったものと寸分変わらず。

「先輩、なにか御用で……」

 彼もまた、数日前に大阪で出くわした異端児がこの場にいる現実に唖然としている。目をこすっても変わらない――闇の治安維持組織に属しているなどとは考えられぬ清楚な姿が。

 

「エイプリルフールならまだ先のはずでは?」

「んなことは分かってる、上からの指令で連れて来た」

「相棒なんて注文(オーダー)した覚えはありません、返品します」

 即座に腕時計からホログラムを立ち上げ、送られてきた指令書にクレームを付けて返信しようとする。だが返信先の項目を目にした途端溜息をつく――『眞木(まき)啓次郎(けいじろう)』、公安警察総監を務める者の名だった。

 

「――よりによって総監直々とは、笑えない話だ」

 

 トップからの直命にただ従うことだけが、煩わしそうに頭を抱える彼に与えられた唯一の路だった。

「大阪の組対四課から引き抜きだ。似那和香――コードネームは《オリヴィア》」

 《ダマスカス》からの紹介を耳にしながら個人プロファイルにアクセス。早生まれだが、同い年である事実に僅かながらも舌を巻く。

「コイツは神崎悠人。コードネームは――」

「《トワイライト》ですね、知ってます」

 彼女の記憶から掘り起こされたその言葉に、「知り合いだったのか?」と尋ねるものの「この前のガサ入れで出くわしただけです」と神崎が首を振る。国内外問わず数々の任務でその才を遺憾なく発揮していたからか、その名は本人の知らぬところで。

 

「噂はかねがね。よろしく」

 

 手を差し出す彼女に、あくまでも社交辞令として彼は無言のまま握手を。微笑みかける彼女に対し、一切表情を崩さず相手の瞳を見つめている――その奥には、依然として素性の掴めぬ何かが在る。

 握手を伴った簡潔な挨拶が済んだところで、《ダマスカス》が続ける。

「現時点を以て君の身柄を特捜局の管轄下に置き、警部に昇進させる」

「……はい?」

「悠人、あの爆弾魔のところで装備を整えさせてやってくれ」

 目を丸くする彼女を差し置いて指示を下すが、あまり乗り気でない様子で頷く。飛び入りの異端児と組まされた挙句、今すぐにでも業務改善命令が下されるべき部署に足を運ばなければならない――神崎にとっては災厄の連続だった。

「悪いがここから先は君に任せる」

「承知しました」

 慣れた手つきで全てのホログラムを消し、素肌を晒す右手にレザーグローブをはめ直す彼の動き――また一つ、似那にとって解き明かすべき謎が生まれる。

 

「仲良くやれよ?」

 

 含みのある笑みを浮かべて部屋を去るが、直前に弟子の瞳から発せられた音なき声を耳にする。

 

 ――『何故、()()僕に相棒を?』

 

 その声を逃さなかったが、今の彼に真意を伝えるわけにはいかなかった。

 

 

 だだっ広い部屋に二人取り残され、その場に静寂が訪れる。大阪で上司に向けたような怪訝な目線が、今度は自身に乱れなく向かってきている。顔を合わせてすぐに返品を試みた者が腹の内に何を抱えているのか、今の彼女には分からなかった。二十秒以上続いた沈黙――再度の溜息と共に、彼から破られた。

 

「もし僕を撃てと言われたら、引き金を引くか?」

 冷徹な目つきで尋ねる。ただの問いでないことは明確であった。嘘偽りのない己を曝け出せ、回答次第では切り捨てる――とでも言わんばかりに。

 

「私は、私の信じる正義を貫く」

 

 動き出す彼の腕を見て即座に拳銃を構えるが、ほぼ同時に互いの銃口が頭へ向けられていた。

「たとえ相棒であっても、親であっても……必要やったら撃つ」

 外圧に屈することなく自分の意志を告げる彼女の瞳に、先程まで無かった人並みならぬ何かを感じ取って心の中に留める。

「一つだけ間違いを正してやる」

「……間違い?」

「『正義』など(おご)れる者が生み出したまやかしだ。容易く生殺与奪権を行使する我々に、そんなものを振りかざす資格などない」

 彼等は一時の勝者でしかなく、生まれながらに等しく与えられた『生きる』権利を躊躇いなく奪うような組織であることに変わりはない。個人の見解や視野で揺らぐ不明瞭な代物である『正義』の文言を用いる権利は、その時点で失われている。

 

「だが良い心意気だ」

 

 構える銃を下ろしてベルトのホルダーへと仕舞い、これ以上銃口を向ける必要性はないと判断した彼女も。

「公安――特に特捜局が第一に為すべきは、我が国を守ること。その為なら手段を選ぶな」

「……そう来ると思った」

 公安部とは違い、特捜局に属する者は一人残らず独自の判断で殺人が許可されている。特に日本国内においては情報局や司令部と連携したバックアップ体制が敷かれ、起こった全ては徹底的に隠蔽される。

 かつてのポストに比べて途端に緩くなった引き金に、彼女は僅かながら笑みを浮かべている。よくもまぁこんな奴を引っ張ってきたものだ、と彼も心の中に。

 

「荷物はそこでいい。あとでハンドラーが君の私室に運んでくれる」

「それは良いけど、爆弾魔ってなに」

「そのままの意味だ。会えば分かる」

 困惑ばかりの彼女をよそに、再び腕時計から現れたホログラムで部下へ向けて指示を飛ばす。連絡を負えるとすぐに光の粒子を消し去り、一切の感情を顔に出さぬまま似那へ告げる。

 

「行くぞ、ショッピングの時間だ」

 

 二対の足音が、クラシックの旋律に混じって響く。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。