――公安本部、中央作戦指令室。
絶え間ない報告と共に職務をこなす数百名の職員。東京監視システムのほか、数多の情報を映す巨大な複数のモニター。東京本部勤務の全人員の任務を司るに相応しいその空間に、新たな風が吹いていた。
「確かなのか?」
「あぁ、こっちやと最後の記録は前日やな」
大阪・兵庫・京都の各支部長とモニター越しに話すのは公安警察総監、眞木。老齢ながらもその威厳は確かなもので、公安の面々からの信頼も厚い。
「以前に接触しとった密輸関係者は、ウチの組対四課で始末しといた」
府内の監視カメラ映像に、複数の組員と共に人気のない場所へと入る姿が収められている。高解像度の監視カメラにより取引相手の顔は割れ、政府のデータとの照合により情報は何から何まで。もはや極道ではなく、民間に危害を及ぼしかねないヤクザへと成り下がった連中へは、物証が出揃い次第速やかに組対四課が動く。
「こっちにも何人か来はったわ、もう処分は済んどる」
全組員の移動経路はすべて把握され、京都支部長の発言通り運よく現場に居合わせなかった者も残らず殺処分されていた。
「その日は何事もなく事務所に戻ったが、それ以降組対と《トワイライト》の到着まで、奴が外出しおった形跡はあらへん」
「出向いた時、建物内にはおったのか?」
「どうやら《トワイライト》が全員ぶっ殺しはったんや。死体処分した絢路組と確認したんやが居らんかった」
専ら当日の彼等に下された指令というのも『家宅捜索』であり、組員の対処に関しては『現場での判断に委ねる』と。実際問題、組員総出で組対四課の面々や青年一人を血祭りにあげようとした以上、職務上の正当防衛で殺害もやむなし。
無論ほったらかしで済むようならば楽な話だが、公的機関による現場での虐殺は組織の痕跡と共に抹消されなければならない。
「……もしやスサノオに何かがあったのでは?」
ふと兵庫支部長が口を開く。公安の中枢AIシステム、通称を『スサノオ』。全国から吸い上げたありとあらゆる情報を基に学習・推論・検証を繰り返すことで、犯罪捜査や医療行為に留まらず全ての任務や作戦においてその補佐を務めている。同時に、日本全域に張り巡らされた監視網は、脅威検出や予測など効率的な運用の為にスサノオに依存していた。
「数週間前に行われたインターポールへの大規模なサイバーテロ、その影響で部分的に連動していたスサノオも、一時的に機能障害を起こしたと聞くが」
「あぁ、だが復旧なら二時間で完了している」
独立戦争後、各国の機関は国際刑事警察機構、通称『インターポール』と呼ばれる組織と手を組み、世界規模の犯罪捜査において相互に情報共有を行っていた。しかしながらインターポールの人工知能『ミカエル』は情報集合体として極度に肥大化した為、スサノオのほか各国機関の中枢コンピューターが連動し、その分散処理を請け負っていた。
「その間に
何かを察して、傍に居る男が口を挟む。公安警察副総監、
機能不全の最中に何者かによって設置された
「直ちに全システムの再検査を」
「最低でも九時間はかかりますが、可及的速やかに」
眞木からの指令に応じ、職員へ目配せ――システム担当、十数名の司令部職員と共にその場を離れる。歩きながらホログラムを起動し、素早くそれぞれに的確な指示を下す。
「
スサノオの千里眼が確実でない以上、限界はあるが公安の人員を以て人手での監視にシフトせざるを得ない。公安部や特捜局、情報局が一丸となって動き出す。
そして間髪入れずして、職員が報告した。
「総監、インターポールよりホットラインが入っております」
噂をすれば――皆が心の中に留める。
「繋げ」
モニターに映し出されるは一人のイギリス人。画面端には『フランス・リヨン』と。
「ミスター眞木、そして公安の皆様方。日頃からの協力に改めて礼を言う」
インターポール総裁、ディヴィッド・C・カリック。眞木の旧友にして、独立戦争後最大の事件を収束させた者達の一人でもあった。
「まず
「それはもう過ぎたことだ、用件を手短に頼む」
「直近の悪い話だけではない、こちらの特別犯罪局が実行犯の存在を掴んだ」
被害を受けてからでは遅い――この世界において後攻は圧倒的に不利だが、それでもリカバリーはしっかりと果たしている。
カリックの操作に応じて、暗号通信で転送された複数のデータが自動的にホログラムで投影される。既に相当の情報が捜査ファイルとして搔き集められていた。
「我々はこの集団を『レムナント』と呼称している」
本来は『残党』を意味する言葉だが、
「……そんな馬鹿なことが」
「私もつい最近知ったことだ――アルカイダに生き残りがいたなど」
二十五年前、インターポール主導のもと実行されたアルカイダ殲滅作戦。当時下された指令通り、与する者は女子供であろうと皆殺しに。だが特別犯罪局はその裏の綻びを見逃さなかった――ごく僅かだが姿を消した者達がいる。
「ミカエルと特別犯罪局は同じ結論を導き出した。奴等の狙いは、東京サミットでの首脳陣抹殺である、と」
司令部の面々が、その言葉に硬直する。
独立戦争以降、世界経済や安全保障等について各国の首脳が集い数年に一度会議を興す。そして今年、二〇二六年は十月に東京での開催が決定していた。
「世界全体の秩序と安定に影響する問題だ。早急に正体を暴き、速やかに壊滅させねばならん」
カリックが話す中、職員らは既に眞木からの指示を下されずとも各方面へ情報伝達を初め、眞木及び畑川以下各支部長は送られたファイルに都度目を通している。
降りかかった問題は、戦後三十年貫かれた世界平和の崩壊へと繋がる――彼等にとって最も忌々しき事態だった。武力と恐怖による支配という凄惨な時代への逆戻りは、紡ぎあげてきた全てが無に帰する。
「我々もすぐに動く、
「無論だ、直ちに手配する」
カリックは秘書や側近たちへ、各国組織への情報伝達を担うと同時に機密情報の開示権限を有する者を派遣するよう端的に指示を下す。
「……それと」
少しの間を置いて、再び彼が口を開く。
「引き続き
その詞の真意を知るのは、この場において眞木と畑川のみ――司令部の面々はその大半が存在すら知らぬが、深追いしようとする者は誰一人としていない。世界には、知るべきでない陰謀がごまんとある。
「分かっている――幸運を」
「君もな、ミスター眞木」
カリックはモニターから姿を消し、映し出されていた資料も虚空へと。モニターの最前面には支部長たちが戻される。
「組長の捜索は引き続き行え――追って通達する」
「「「了解」」」
再び慌ただしく動き出す中、支部長たちは通信を切る。眞木も同様に立ち上がって新たに指示を下した。
「あの二人を動かせ」