ユートピアの詩 Ⅰ 偽りの薄灯   作:ともひナ

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Part 03. Special Investigation

 古めかしいエスカレーターを降りた異端児二人の視線の先に広がるは研究施設――無数のガジェットやホログラム、業務にあたる研究員たち。レンガ造りの柱や重厚な木製の作業台など、十九世紀の工場を思わせる雰囲気の中に、近未来技術が数え切れないほど混じっている。

 特殊捜査局・兵器開発部門――通称『Q課』。リバースエンジニアリングによって吸収したエイリアンのテクノロジーを用いて、銃火器から車両のほか公安の設備、果てはいわゆる『スパイ道具』の開発までもを担っている。

 

「おやおや、誰かと思えば異端児が二人も」

 

 白衣を身に纏い、両手をポケットに突っ込んだままの若者が歩み寄って来る。神崎の些か不快そうな表情からして、《ダマスカス》の言う爆弾魔であることは間違いなかった。

「また試したくなった?」

「実証実験はもう懲り懲りだ、健診だけで良い」

 これまでに多少の軋轢が生じているようだが、相手はそんなことを気にせずにこやかな笑みを向けていた。

 『実証実験』――その者が生み出す試作品をテストする訳だが、奇想天外・革命的と肯定的に捉えることもできる一方で、使用者にも危険が及ぶこともしばしば。神崎も以前『携帯用榴弾マシンガン』などという代物を掴まされ、設計ミスにより案の定爆発。以降、《ダマスカス》ほか被害者の面々と共に『安心安全の爆発保証』と揶揄し、業務改善命令を下すよう幾度となく司令部に掛け合っている。

 

「それで、大阪から異動になったってのは君だね?」

 

 似那へ視線を移し話しかける。自己紹介すらしていないが、同じ特捜局の者として既にその事実は把握されているようだった。

「東京へようこそ。Mr.XXX(スリー・エックス)と呼んでくれ。ここを取り仕切ってる」

「特対二課に配属されました。《オリヴィア》です」

 ポケットから出された手には実験用と思しき白い手袋――彼の申し訳なさそうな目に応じて、彼女も差し出そうとはしなかった

 

「コイツに()()()()()()()を頼む」

 

 主に酒やコーヒーなどの試飲を意味する言葉だが、ここでは使用する武器の品定めを。特捜局はその任務が多岐にわたる都合上、個人の能力や弱点に基づいた装備に加え、その都度作戦内容に応じて最適な装備を選ばねばならない。転属を含め新任の捜査員には、Q課の指導のもとで基本装備を整えるよう規定されている。

 スリー・エックスは彼の言葉に頷きつつポケットからスマホを取り出す。

 

「あ、もしもし……うん。来たからよろしく」

 

 内線で端的な連絡を済ませて数秒、やって来るは同じく白衣だが特徴的な腕章を身に着けている者――公安医療部所属の医師。

「《トワイライト》様、こちらへ」

 案内に従って別室へと向かう彼の背中を、スリー・エックスは不思議そうな目で見つめている。

「……健診は全て医療部の管轄では?」

「いや、一部はウチと共同でやることになっててさ」

 全員を対象とした年二回の定期健診だが、特定の者に限ってプライバシーへの配慮からか完全に別室で行われる。大抵は疾患や負傷などの理由で埋め込まれた医療機器や、義肢・義眼をはじめとする人工装具のメンテナンスを兼ねている場合も。

 

「本人は別に隠したがってる訳じゃないのにねぇ」

 

 穏やかに呟く彼に、聞き逃さなかった彼女が「何か特殊な事情でも?」と純粋な好奇心を以て彼に尋ねる。しかし回答は予想外のものだった。

 

「さぁ……?」

 

 肩をすくめて静かに困惑を浮かべる。

「上の命令で、あの人のデータは機密扱いなんだよね」

「え、じゃあ何か病気持っとっても知ることはできないんです?」

「そっ。あくまでこっちはスサノオの判断に従って適宜対応するだけ」

 藤原と同じく開発に携わった者として、その判断を信頼している――とはいえ《ダマスカス》を含め上層部の面々が閲覧権限を有している為、必要になれば彼等の指示を仰げばよい。

 

「気を取り直して、まず君の分析から始めないと」

 

 彼の操作に応じてホログラムが立ち上がり、瞬く間に開かれるは似那の個人プロファイル――だが先程神崎が目にしていたものとは明らかに異なる。公安に配属される以前の訓練データから詳細な心理分析、定期健診の検査データまで、一介の捜査員がアクセスできないような情報がそこにある。

「射撃の精度は平均的、動体視力はやや上――か」

 似那を横に据えて歩きながら、データの海が発する光は彼の眼鏡の上を滑っていく。数千枚近い過去十五年分の記録を絞り込み、必要なものを抽出する。

「さすがは監視が役割の一つな組織だこと……」

 スサノオの目は内外問わず向けられていた。機密はあってもプライバシーの欠片は一つたりともない。

 次々にスクロールし抜き取っていくが、彼の指は突如としてある一点で止まる。

 

「……ほう?」

 

 好奇心と共にその目を留める――常人にはない、彼女を異端児たらしめる要素。それが主軸となり彼の中で瞬時に組み上がったのか、十数個あったホログラムを全て閉じた。

 立ちふさがる自動ドアが開いた先には、先程とは見違えるほど無機質な鋼鉄製の空間。ありったけの銃火器が備えられたロッカーのほか、標的目掛けて射撃訓練を続ける者達。左に視線を遣れば下部デッキで戦闘を繰り広げる者達もいる。

 局所的な力場――『フォースフィールド』とホログラムを融合させ、パラメータ次第で様々な場所や障害物、敵兵さえも作り出せる。安全装置が働いている以上実際に撃たれても死にはしないが、痛みは感じることになる。独立戦争後の技術革新によって現実のものとされ、開発の参考となった架空のテクノロジーから名を引き継ぎ、その通称を『ホロデッキ』と。

「東京はやっぱりなんでも広いですね」

「おかげさまで、金ならいくらでも降りてくるから」

 彼に連れられながら歩みを進める。複数の弾頭に分裂する弾丸や開発試作品のライフル、奇妙に光を発するかと思えば背景と同化して姿を消す謎の装置まで、バリエーションは幅広い。

 開けた空間に辿り着くと同時に、どこかから近づいてくる羽根の音――横からやってきた一機のドローンが段ボールを腹に抱えて飛んでいる。スリー・エックスが手のひらを差し出すと、荷物を置いて飛び去って行く。

 

「それは?」

 

 似那は僅かに覗き込むようにして尋ねる。依然として中は梱包材だらけだが、彼は意気揚々と発する。

 

「爆発するペン」

「……えっ」

 

 爆弾魔とはこの事か――硬直する似那を差し置いて開封を続ける彼だったが、数秒ののちに笑みをこぼして再び口を開く。

「冗談だよ、『ペンは剣よりも強し』って言うでしょ?」

 元上司に笑えない冗談を口にした彼女に、また別の笑えない冗談が襲い掛かった。そのペンはどこぞの紅茶カントリーの特権でしょ、と心に留める。

「変なこと訊きますけど、舌三枚あります?」

「あるわけないじゃん?別にここはネズミ捕獲猫なんて要らないしさ」

 穏やかに笑いながら取り出し、彼女に手渡すはゴルフボール大の赤い球体。

 

「携帯用煙幕弾だよ、万一吸い込んでも人体に影響はない」

 

 射撃台に備え付けられたパネルを操作し始めてすぐ、機械音声がスピーカーから響く。

「環境制御システム、オフライン」

 射撃訓練場の換気扇が停止するものの、依然として複数の発砲音が静寂を妨げている。ダンボールから再び手に取ってジャグリングを始めたかと思えば、いきなり凄まじい勢いで標的へ向かって投げつけた――激しい衝撃を感知して内部の物質が化学反応を起こし、煙を発生させている。

「相手に投げて視界を奪うもよし、後退の為のヴェールとして用いるもよし」

 彼女の秀でた能力を基に編み出されたのは、相手を有視界戦闘という土俵から引きずり下ろす戦法。時と場合によって使い方が多様化する代物を前に、彼女は感嘆の目を向ける。

 

「近接戦に持ち込めば、君に分が上がると思うよ」

 

 どうぞ投げてみて――と言わんばかりの表情で告げる彼。小さく頷いて手に持つ二つを同時に投げれば、さらに巨大な煙幕が立ち込める。微笑みと共に彼女が満足したことを確認して指を鳴らすと、環境制御が再起動し煙は瞬く間に吸収されていく。立ち上げたホログラムから倉庫物品の管理をしながら再び口を開いた。

「とりあえず二箱くらい用意しとくね。ついでに……()()、カスタムしてみる気はある?」

 スリー・エックスが指さす先には、ホルダーに収められた彼女の拳銃。戸惑いながらもイエスの回答を示すかのように取り出し、指示通りに年季の入った作業台へ置くと、リパルサーによって浮き上がる。

 軍用制式拳銃グロック17をベースに、連発(フルオート)機構を搭載した派生モデル――支給当時のまま、日頃の手入れによってその姿を保っている。

「連発は使わないのかい?」

 大阪支部での勤務データを僅かに眺めながら尋ねる。拳銃――というより機関拳銃としては目を見張る連射性能を有しているが、その力は日頃彼女の手によって封じられていた。

単発(セミオート)の方がコントロールしやすいので」

 彼の口元が柔らかく歪む。ホログラムを纏う手の動きに同調してフォースフィールドが微細に調整され、部品ごとに分解されていく。

 

珍客(ちんきゃく)の口癖を思い出すよ。『困ったときに頼れるのはハイテクな道具なんかじゃない。古き良き単発の拳銃に他ならない』ってさ」

 記憶を頼りながら発せられるは、長年勤務の者が発するであろうセリフ。実力がモノを言う裏社会において、それは真理でありまた指針となりうる。

「どんな人なんです?」

「……なかなか()()の顔を見れない人だよ」

 

 笑みの中に、どこか案ずるような――憐れむような目がある。

 分解を終えてもホログラムは彼に付き従う。リパルサーによって展示品のようにその位置関係を保ちながら、再び飛んでくる数機のドローンが抱える木製の収容箱を開く。経年劣化により交換が必要と判断した内部部品、調整の為に取り寄せた新たなものも。

 射撃訓練における標的への命中結果のほか、複数のカメラ映像を基に作成された射撃時の動作を映すホログラムなどを再生しながら再び口を開いた。

反動(リコイル)の制御は出来てるけど、命中精度に影響が出てるようだね」

 十五歳にしては十分すぎる慣れようであるが、微かな粗を見逃さない。時にその粗が自分の命を危険に晒す可能性がある以上、徹底的にカバーする必要がある。

銃口跳上(マズルジャンプ)の抑制にコンペンセイターを」

 発砲時、火薬の燃焼によって発生する高圧ガスを上方へ放出することで、反作用により反動を減少させる。銃口に設置する都合上消音器(サイレンサー)との整合性問題が発生するケースもあるが、彼の設計によって併用可能に。

 

「特殊ラバーグリップで締めくくり」

 使用者の手の形状に応じて自在に硬化する特殊な物質を用いることで、常に滑りにくく負担の少ない持ち方を維持できる代物。

 役目を終えた元の部品が収納箱へと置かれる中、彼女は徐々に再構成されてゆき、彼女の手へと戻る。それが再び重力に縛られた途端、彼女の表情が一変した。

 

「いや軽っ」

 

 思わず言葉を漏らすほどの驚きよう――負荷軽減の為に軽量化が施されている。試しに標的へと構えて試し撃ちをするが、先のガサ入れの時とは比類なき扱いやすさ。

「……こんな当たるもんなんですか」

 十七発中、過半数が標的の胴体へと命中していた。

「めっちゃ使いやすいです、ありがとうございます」

「そりゃあ良かった」

 眼鏡越しに微笑む彼の瞳――だがその手にはいつの間にか煙幕弾でなく手榴弾があり、視界に収めた彼女が慌てて後退りする。

 

 ――爆弾魔、侮りがたし。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 品定めを終え、二人は先程まで居た開発エリアへとその足を戻していた。視線の先に居る医療部員は若人と言葉を交わしていたようだが、近付くスリー・エックスを見るなり共にやってくる。

「検査結果です」

 渡されるタブレットに映される、砂嵐のように暗号化された情報の数々――その上の解析結果は『所見なし』と。

 一方の似那は神崎へと向ける――左手の手袋には僅かに開いた跡が。

 

「お疲れ様、上に飛ばしとくね」

「承知しました。ではまた」

 

 互いに頷き医療部員はその場を離れる。だが三人には暇など与えないと言わんばかりに、声が響く。

 

「邪魔するよ、玉屋」

 

 振り返れば数名の捜査員が歩み寄ってきている。似那は顔を合わせたことがないものの、神崎の表情からして特対二課所属の者達。

「早速で悪いんだけど明日から任務よ」

 先頭に立つ茶髪の若い女がホログラムを立ち上げながら告げた。

「随分急だな、米国防総省(ペンタゴン)周辺のピザ屋で注文でも増えたのか?」

「まぁ……そんなところね」

 同僚とはいえ軽く十の年ほど離れている相手に、年齢差を気にしない口調――たとえ警視などの上官であっても同じだが、普段から実力を目の当たりにしているからか誰も文句を言わない。

 光子体を掴んで軽いパスをするような動作に続いて、神崎の時計から映し出される指令書が一枚。

 

「インターポールからパスファインダーが来るわ」

 

 目線を動かし「冗談だろ?」と尋ねる彼に対し、彼女は冷静に返す。

「残念ながら、特捜局と情報局に対テロ警戒態勢を敷くようお達しが出てる」

 東京サミットを狙う謎の組織『レムナント』に関する情報は、司令部によって既に各所へと。滅多に下されない司令なだけに、緊張が彼等を包んでいた。

「あと玉屋、副総監があなたを呼んでる」

 彼女が告げると、やれやれといった表情で目配せ。スサノオの開発に携わりかつハッキングさえこなす彼だからこそ呼び出されたことは確かだった。スマホを取り出し電話をかけながら、足早にその場を去っていく。

 一方の似那は、和やかさが消えた空気の中でふと尋ねる。

 

「そのパス……パスポートみたいな人って?」

「パスファインダーよ。インターポールに所属してる派遣捜査員で、あっちの機密ファイルへのアクセス権を持ってる」

 例えインターポールそのものが機能を失った場合でもその者が持つバックアップデータがある限り、必要な情報は取り出すことができる――だが暗号化されたファイルを解読するキーは当人の頭の内だけに。

「……ってことはつまり」

「歩く機密データベース。死なれたら()()わね」

 冷徹な事実を淡々と告げられ、似那はその重要性に息を呑んだ。

 

「明日の昼に到着するらしいから、本部まで護送しろとのこと」

 フライトの詳細によれば数時間後には現場を発つらしい。任務の概要は簡潔なれど、その一行一行は彼女が担ってきたどんな任務よりも重いものに感じられる。

「それならこっちから迎えを出せば良いだろ?そっちの方が手っ取り早い」

「向こうがこの手順で行くことを望んでるみたいでね、何か事情があるのかも」

「その分こっちの負担が大きくなるが……この際文句は言ってられないか」

 あまり合理的でない選択に彼も溜息をつく。

「そうね、あと今回の一件は特対二課というよりも二人に宛てられてるみたい」

「は?」

「現場での指揮権はあなた達にあるし、厳密には私達とは別部隊として行動することになってる」

 神崎は指令書を目に通していたが耳を疑った。あくまで自分は部署の一員であって課長などではなく、同僚と共にあたる以上指揮権など担う必要はない――と。だが再び『眞木啓次郎』の文字を前にしてその抵抗を諦める。

 

「策定したルートは?」

「準備してある。これだ」

 些か疲労感を示しつつ発する彼に応じて、もう一人の同僚が地図を広げる。公安本部へと繋がる地下道の入口の一つがある、霞が関までの最短ルート――無論、可能な限り民間の注目を避けられるよう調整されたものだった。

 命を狙われるであろう存在を守りながら、組織の存在を外部に知られぬよう動かねばならない。一手でも判断を(たが)えれば失敗する可能性を孕んでいる――だが神崎は僅かに見つめて呟いた。

「……考えがある」

 

 彼の蒼い瞳が僅かに細まる――まるで、チェスの駒を動かしているかのように。

 

()が必要になるはずだ、回せる分だけ用意してくれ」

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