神崎の時計が十三時三十分を指す。スマホから公安のネットワークに接続し、スサノオの監視に映るすべてを眺めてパスファインダーの搭乗便を追跡すると同時に、二人は襟元に留めておいたインカムを左耳へと付ける。
「
民間人には聞き取れぬ程の声で、隠された小型マイクに呟きながら付け直すピンズ――その中央に仕込まれた超小型カメラによってリアルタイムで各員の状況が共有される。
第二ターミナル二階、国際線到着ロビー。その場には既に各便の到着を待つ者達の姿が多くあった。
「
「
要所に展開する捜査員から次々に準備完了の報告が入る。特対だけでなく、日々この場の警備を担う公安部の警備二課も。可能であれば降機後即座に確保が望ましいところだが、先方が命を狙われている可能性を加味しここで出迎え。向こうも最低限変装はしており、事前に規定した動きで到着を知らせることとなっている。
「目標アプローチ中、二千五百フィート」
空港監視レーダーからの情報を基に、スサノオが伝達――完全なる機械音声。
「……思ったより早い」
「ここからの方が長いだろうな」
着陸後、降機した乗客は多くの手順を踏まなければならない。入国審査、手荷物の受取、税関。その全ての工程は、十数年前に新設された国土交通省の『空港保安局』が監視している。彼等もまた拳銃の所持を許されていると同時に、公安部と共に国内空港の警備を担っていた。日本のお家芸たる水際戦法――不審者がいれば即座に確保され、必要ならばあの世へと送り返す。
「……全く警戒されてへん」
「それは単なる主観に過ぎないが、否定はしない」
言葉通りに、世間はその眼を彼等に向けることはない――この国において形成されてきた奇妙な連続性に起因するものだろう。そして法治権力の傘の下で、学生や子供が単独もしくは少人数でも自由に行動できる。だが実態といえば抑止力を超越した存在による徹底的な守護。その一翼を担う者達は、世間の知らぬところで潜んでいる。
今この瞬間、到着ロビーには大勢がいる。この国家を構成する媒体の数々に目を光らせる訪日客もいれば、帰国への喜びを感じる邦人――そして尻尾を振り回している同伴ペットもその枠に入る。
だが二人に見えているのは、民間人に変装する捜査員や各所に隠された監視カメラを始めとする闇の世界。そんな光景を前にして、似那はふと尋ねる。
「いつから公安に?」
唐突かつ想定外の質問か、彼は少々の間を置いて答えた。
「正式な捜査員としては十五歳――実態としては物心ついた時から」
「待って、そん時から特対居ったの?」
「四年前だ。それまでは特捜二課に」
「はぁ……異端児万々歳だこと」
似那が嘆くのも無理はない。特殊捜査局・刑事部捜査二課――通称『特捜二課』。強盗殺人をはじめとする重要犯罪のほか、詐欺などの知能犯罪の捜査を担う部署であり、特対と同じくエリートに分類される部署の一つ。
下っ端――と言えば聞こえは悪いが、公安への配属と共に与えられる階級にして、縁の下の力持ちたる『巡査』は必然的に膨大な人数となる。神崎のように『平和を守りたい』といった崇高な考えの持ち主は公安の中に多く、実際にそうしているものは少ないが表社会での衣食住を賄えるよう、部署や階級に応じた給与も存在する。故にただでさえ狭い門を巡っての
「上層部とは何かしら繋がりがある……特に総監や五大老とはな」
司令部、情報局、特殊捜査局、戦略機動部隊、公安部。公安警察が要する内部部局のうち、医療部を除いたそれぞれ五部署の事実上のトップを務める五名は『公安五大老』と呼ばれるキーパーソン。そして彼の師たる《ダマスカス》もまた、その一角を。
「要するにコネ?」
「捉え方の問題だからな、ノーコメントだ」
その言葉に小さく微笑みを見せる彼女。自然と彼はその姿を目に収めたが、記憶の中にある少女の笑みと一瞬重なる――恐れてか、視線を即座に到着ロビーへと戻す。
「まぁ、コネなんて必要ない実力持ってるんは分かってるから」
それはどうも、という安堵と共に繋げる。
「公安部の人間は穏やかで助かる……どっかの行政ヤクザどもと違って」
彼は息を吐くように、その言葉を。
◇◇◇
「密輸された銃器八百丁は、大阪の組対四課が絢路組と共に確保」
公安本部の一室で、巨大な円形のテーブルを囲んで座るは中央総司令部の面々。そして内閣総理大臣をはじめとする政府関係者も、ホログラムを介してその場に。
摂河泉連直系華川組による銃器密輸、および来る東京サミットを狙う組織『レムナント』への対策に関する会議は、国家安全保障上重大な事案として催されていた。
「しかし組長の所在は依然として不明となっております」
「被疑者捜索の態勢は?」
「関西各支部の特捜三課、組対四課が摂河泉連の者と共にあたっています」
情報局長の報告に対する国家公安委員長の問いに、畑川が答える。
「協力者には既に適切な対応を講じました」
「相変わらず
防衛大臣の嫌味――だがそんな煽りに臆するか、流されるような者はいない。
「スサノオの総点検を行った結果、ミカエルに対するサイバー攻撃の直後に何者かが侵入し、バックドアを設置していたことが判明しました」
「記録映像そのものが偽造であった為に、我々は奴の足跡を失ったも同然」
彼女だけでなく藤原もまた。スサノオが定期的に実行する自己診断プログラムに検知されないよう巧妙に細工されていた――その点から、ある疑いが立つ。
「そもそも存在すら機密の公安を知っていてなお、スサノオの内部構造に精通している奴がそんなに居るのか?」
「少なくともインターポールと何かしらの繋がりを持っているような連中でなければ、手出しすらできんはずだ」
実行犯は明らかに公安について見識がある。極道組織とは協力関係にあっても、犯罪現場とそこで生じた死体の処理や一部の捜査に協力する程度。スサノオを狙ったところで彼等の技術力では太刀打ちできず、容易く逆探知されてしまう。
「外務省へのコンタクトは?」
「いいえ、ありません」
「可能な限り内輪で収めようって魂胆か」
再び防衛大臣から発せられる言葉に、外務大臣が一言。世界規模の警察組織を標的としたサイバー攻撃によって、関係各国に影響が出た――と世間が知ればその必要性を問うてくることは間違いなかった。
「総監、その銃は今どこに?」
総理大臣が口を開く。国家の長であると同時に、過去八十年に渡って存在し続けて来た忠犬の手綱を握らなければならない――その重責を、四十三歳という前代未聞の若さで引き受けた。
「絢路組が保管中です」
「可能な限り速やかに押収を。これ以上のリスクを負う訳にはいかない」
「承知しました」
御年七十六にして仕えるは三十も離れた者。しかし彼は、若者こそが未来を切り拓くべき存在であるとしてあくまでその補佐に徹する。
「構いませんね、先生?」
全員が視線を向ける先、圧倒的な存在感を放つ貫禄ある老人。政府関係者の中でたった一人だけこの場に実体を伴っていた。
「組の処分は済んだのであろうな?」
「特対二課の者で、既に」
「ならばよかろう。量が量だ――絶対に流出させてはならん」
猟犬の依頼主、畑川は即座に返答。たった一発で容易く人命を奪う代物なだけに、一度漏れてしまえば取り返しはつかない。
「自衛隊への供与は?」
「こっちじゃ扱えません。公安に回すほかないでしょうね」
制式採用されたものとは仕様がかけ離れている。そのままの供与は言わずもがな、東欧製である以上部品単位に戻しても。
「例の爆弾坊主なら喜んで引き取ってくれそうだが」
「そうでしょうね、よければ防衛装備品の製造を請け負いましょうか」
「検討のままで留めておいてくれ」
「結構」
《ダマスカス》によるオブラートな脅し。国防の面で共に関与しているものの、公安とは憲法九条――『戦力の不保持』と『戦争放棄』の制約による方針の違いから度々対立することも。
「摂河泉へ圧力をかけたほうがよろしいですかな」
「可能であれば」
「では次の定例会に」
眞木は藤原へ目線を動かし、互いに無言で頷く。担当者と随伴・護衛の指名は一任する――とのアイコンタクトだった。
華川組に対する対応がまとまったところで、全員の手元に新たに投影されるホログラム。インターポール特別犯罪局から回された捜査ファイルを基に、特捜局と情報局が新たに作成した資料――犯行の分析、関係者と思しき者、そして殺害された者も。
「アルカイダに生き残り、か」
まるで興味の矛先が、何を置いてもそこにあるかのような異質な目つきで告げる彼。その姿に、どこか文官らしからぬ雰囲気が漂っている。
「特対一課及び外事情報部の者が、既に各地で動いています」
レムナントの魔の手が伸びる中東と欧州方面は、特対一課と情報局・外事情報部の管轄下にある。無数の組織の思惑が交錯する危険地帯なだけに、投入される人員は精鋭ばかり。
「邦人の安全確保を最優先にするよう伝達を。情報は随時私にも回して頂きたい」
《ダマスカス》と情報局長に端的な指示を下す――彼の経験が、捜査にあたって役に立つことを確信して。迅速かつ的確な判断故か、誰一人として口を挟まなかった。
「現時点での貴様の予測を聞こう」
沈黙を破ったのは西園寺。明らかになっている情報は少なく、資料の全てには目を通しきれていないであろう相手に尋ねる。相手がアルカイダの生き残りであるならば、この先どう動くのか。
「真っ先にアメリカを狙ってくるでしょう。中東方面ではCIAが一歩先を行く可能性が高いですが、我々は外堀を埋めつつ時を見計らって中枢を叩く」
迷いなく、冷静な分析によって結論を導き出す。標的は同胞たちを葬り去った大国の首脳――特に、アルカイダ殲滅作戦において最大のスポンサーとなったアメリカへの復讐心を抱いている可能性が極めて高い。
「
百年の計を持つ西園寺にとって、日本の国際的な優位性を確たるものにする絶好の機会――その後に何を企んでいるかは、この場にいる者達を除いて誰の知るところでない。だがそれが、日本の民にとって最善の道であると信じて。
会議は踊り続ける――人生を捨てた者達による暗躍が、世界情勢を動かしていく。