「……あれ?」
到着口より現れる者は誰一人として見逃すことなく監視していたが、パスファインダーにまつわる事前情報や規定の動きに合致する者は居らず、先方からの接触もなかった。既に予定時刻から三十分以上が経過――機内食に下剤を盛られてトイレにその身を潜めてでもいない限り、姿を現しているはずだ。
「
「こちら
降機した乗客は一人残らず入国審査場を通らねばならない。現場の警備を担当している現世がパスファインダーの姿を視認していない今、そこまでの間に何かがあったことは確か。即座に異常事態だと判断し、神崎は指示を下す。
「
「
「
耳に繋がれたインカムはそのままに、到着口で待ち構える二人は動き出す。緊急時に備えて武装は必須なれど、この公の場において銃火器を出せば組織の存在が表へと漏洩する。例えそれが国家権力であったとしても、世間の目は冷徹で敏感だ。
「予測通りか?」
「まだ
特対所属の二組とも合流。いずれもスーツ姿――本任務には偽装の為に私服であたっている者もいるが、戦闘には不向きな為現状待機となる。
『関係者以外立ち入り禁止』との注意書きに目もくれず足を踏み入れる彼等。その姿は民間人に見られたとしても構造上背後しか視界には入らず、スーツという恰好によってその不審さは取り払われる。
「邪魔すんで~」
似那がそう発しても残念ながら、邪魔すんねんやったら帰って――と返答する者は居ない。全員が拳銃を取り出し、
「こちら
無線による報告が入る。体調不良の線は薄れ、残るは外的作用の線のみ。
「
「了解、直ちに回します」
懐から揃って取り出すARグラス、視線を通せば現在のゲートエリアの全映像がそこにある。やはりどこにもパスファインダーの姿はない――神隠しにでも遭ったのかと疑いたくなるが、特対の目を欺くに及ばず。
「……先を越されたわね」
同僚が指さす先、まったく同じ車両が映像の端で何度も走り去っていく。同じナンバー、同じ向き、同じドライバー。見られたくないモノを画すにはお手軽なループ映像。
「ROIDZ、
「御意、索敵データを随時送信します」
無線に響く声、そして自動的に立ち上がる車内モニター。非常時に備えバッテリー駆動のまま駐車場で待機する車のヘッドライト下部から、超小型の無人偵察機が飛び出す。Q課開発の超高精度スキャナーを備え、建築物を貫通して生命反応を検出可能。ターゲットの現状が把握できない以上、使える
「手分けして探すぞ、一隅たりとも見逃すな」
彼の指示に一同は「「了解」」と声を揃える。
戦闘の可能性がある場合『集団行動』は基本中の基本。多方向からの奇襲に備えると同時に、双方向の支援を可能とする――しかしながら、その常識に従わない者が。
特対の面々がそれぞれの相棒と共に捜索へ赴く中、グラスを外したった一人で動き出す彼。僅かな違和感を覚えると同時に、彼女は現状を察した。
「えっ……あっ、ちょっ待ってや」
ポケットに戻しながら慌てて歩幅を合わせ、
「組対としての腕は認める。だがここではクズ同然だ」
彼女より数倍長く現場に身を置いているからこそ、ヤクザなど比にならない者達を相手取らなければならないことを知っている。上からの指令とはいえ、足手まといになるようであれば躊躇わず切り捨てる――とでも言わんばかりに。
「辛辣なご評価はありがたいけど、仮にも相棒でしょ?」
「それは所詮形式上の話だ。あくまで
単独行動によるリスクを背負ってまで、相棒という存在を拒絶し続ける。彼女にとっては昨日顔を合わせた時からの謎であった。人間嫌いにしては師や同僚たちと良好な関係を紡いでいるように見受けられる以上、過去に何かがあったとしか。
その場には二つの静寂が訪れた。彼が見せたように、己の目で彼を見極めようとする――だがそれが許されたのは束の間だった。
「警告、エリアB13Aに脅威検出」
ROIDZの早々の報告を遮るように、右から飛んでくる銃弾。彼の優れた動体視力と運動神経によって回避、即座に引き金を引く。視線の先にはその頭を貫かれた黒装束の男が一人。神崎の背後から襲いかかるもう一名は似那が見逃さず、その頭を正確に。振り返ると共に彼の頬へと血飛沫が数滴降りかかるが、彼の持つ悪魔のような気配を増長させるだけ。
次々に飛んでくる銃弾を一つ残らず躱し、リロードの隙を狙って急接近。相手の喉へと突き刺すは袖の内に仕込まれた飛び出しナイフ。声の消えた肉塊を盾に、拳銃を構え残る者へと撃ち続ける。人間が認識するには短すぎる時間で狙いを定め、一切の狂いなく心臓と頭を撃ち抜く。
「ちょ、危ないなぁ」
距離を詰められた以上拳銃は悪手と考えたのか、ナイフ片手に襲いかかる者達――しかしながらその選択が間違いであったことを彼女に思い知らされる。
僅かばかり屈んで相手の鳩尾へと肘打ち、怯んだところで首を切り裂く。蹴り倒して態勢を崩させたのちに二発の弾丸が男を終わらせ、側方から迫る者へも速射。彼女の死角に居る者へ向けて放たれた銃弾が、至近距離を掠めながら頭へと突き刺さる。
本来ならばこういった大勢が利用する場において、
「随分と出番の早いことだな」
リロードしながら死体へ向けて吐き捨てる。突然の出来事ではあるが慣れ故かパニックは起こさず、冷静沈着に。しかしながら視界の先に転がる死体を見て、彼の記憶が微かに刺激される。
「《トワイライト》より司令部、
「了解、増援を必要とされるか?送れ」
「現有人員を以て対処する。終わり」
無線での端的な報告を終え、時計から起動するホログラム。慣れた手つきで死体の空間座標を『要始末』と登録。羽田のような広大な敷地を持つ場所での
「……黒装束、か」
その死体を見下ろす蒼い瞳は静かに呟く。一年前の記憶――彼にとって忘れ去りたい過去の呪いをなぞりながら。