「エリアH27AよりH38Gまで反応なし」
二人はただ静かに、警戒を怠ることなく拳銃を構えながら動く。UAVからの継続的な索敵情報により安置は次第に確保されていくが、パスファインダーは依然として。
――何故、
彼は現状を分析すべく己に問いかける。大陸系マフィア――端的に言えば日本のヤクザと同類だが、『血の掟』による確固たる結束と、必要ならばどんな手段をも厭わない冷酷さで知られる。公安との因縁を持つ彼等は格闘の面で圧倒的に長け、こちらが銃火器主体である以上距離を取らねば身が危うい。
しかしながら疑問は浮かぶ。そもそもパスファインダーの派遣については公安を始めとする日本政府とインターポールの者しか知り得ないこと。世界規模の諜報警察ネットワークとの繋がりを持たぬいちマフィアがどこから情報を仕入れたのか、そしてその目的とは何なのか。
とはいえ似那が互角以上に渡り合っていたことは、彼にとって余計な負担が増えないという点で幸いであったといえよう。
「警告、エリアH39AからH44Fに脅威検出」
探知報告にその歩みを止めた。ここから一分とかからぬ距離に敵性を有する何者かが潜んでいる――知れたのが直前でなかっただけマシだろうか。
音を立てずして素早く角に隠れ、相手の動きと様子を伺う。先程と同じ黒装束の者達のほか、漢服を着た者が二名。その奥で頭に布を被された上紐でぐるぐる巻きにされている者が一人。魚のごとく暴れる様子を遠目に、襟元のマイクへと呟く。
「こちら
「
散らばる面々を呼び寄せるが、到着までには今しばらくの時間を要する――二人の中では同じ結論が導き出されていた。
「二十三人か……左側から潰す」
「あいよっ、じゃアシスト回る」
弾丸の装填をダブルチェック、必要な武器を所定の箇所へと動かす。
「行くぞ、準備はいいな?」
似那は小さく微笑み浮かべて頷く。アイ・コンタクトと共に駆け出し、彼等へと襲い掛かった。
神崎が放った銃弾が一人の頭を貫き、生じた混乱の隙を突いて中枢へと滑り込む。速射で瞬く間に五人を葬り去れば弾切れに陥るものの、鋼の拳で男の頭を掴み、容易く投げ飛ばした先で似那のナイフが突き刺さる。飛び交う鉛玉を避けながらリロードする彼の傍らで格闘を挟みつつ抹殺。切り裂かれた痛みにもがく者達へ蹴り回し、倒れると同時に〆の弾丸を贈呈。
相手には奇襲への対応の暇も与えない。圧倒的な力と、高機動戦術を以て蹂躙する。一度視界に捉えたとしてもまるでデジャ・ヴのように消え去り、気付いた時には横から身体を貫かれる。やはり辛うじて放たれたマシンガンの掃射さえ、神崎の前には無効武力。全ての弾道を予測し一発たりとも掠らせることなく回避、狂いなく心臓と頭へお返しを届ける。
相棒という存在を拒絶しながらも、どこか完璧に近しい連携――まるで、それを経験したことがあるかのように。
「《何だコイツ!弾が当たらんぞ‼》」
「《孤立すると危険だ‼》
分散により生じる隙を突かれたことを察し、彼等は密集隊形をとる。だがこの動きは彼の予測通りであり、望み通りのものであった。
机を踏み台にひとっ飛び――上方から肉団子へと銃弾を浴びせる。
神崎の動きに追いつこうとするだけで精一杯。僅か三秒の間に二人が貫かれている。着地寸前の彼をようやくサイトに収め、引き金を引こうとした時。その視界に、金色のライターが上から現れた。
ライターに見せかけた小型の
一人は壁際に隠れ、死角を最小限に。だが横から現れた似那の手が腕を抑え、顔面へ肘の一突き、そしてマガジンで殴打。怯んだ隙に背負い投げ、袖から飛び出すナイフが心臓を突き刺す。屍を盾に飛んでくる銃弾を防ぎ、再装填の暇すら与えず反撃。滑り込んで相手の目の前へ回り、両足で首を挟んで相手を地面へと打ちつけたのち引き金を以て終わらせる。
「ホントくっさいな、風呂キャンでもしよって」
彼女の様子を見つめる神崎であったが、突如として襲い掛かる柳葉刀――だがその風切る音を捉え、左腕ではたき落とす。空となった手を引き、姿勢を崩させる間に放たれる銃弾の数々。爆弾を持たせて蹴り飛ばし、肉片と血飛沫が周囲へと。
「《動くな!死にたか無ぇだろクソガキ‼》」
「
「《は――》」
瞬く間に足目がけて飛んでくる彼の回し蹴り。靴に仕込まれたナイフに切り裂かれ出血、痛みによって拳銃を手放そうとするも直前で発砲、しかし当たらない。敗北はもはや目に見えているが物足りないのか、即座に体勢を立て直し風圧と共に迫って格闘戦に移行。必死の抵抗も彼に防がれ、蹴りは轟音と共に左腕に跳ね返される。カンフー映画顔負けの連続パンチが繰り出され、もはや抗う力はその者に残っていない。
「《知っていることを全て吐け》」
神崎の左腕が首を掴み、同じ言葉と共に締め上げる。一方の似那も歩み寄りながらその様子を視界に収めていた。
「《黙れ――クソ野郎が》」
「《死にたくないのはテメェの方じゃねぇのか?》」
一層その力は強くなり、屈したのか男は苦し気に発する。
「《イギリスの――男を誘拐しろと》」
「《傭兵業か、雇い主は誰だ》」
「《……貴様如きがそれを知る必要はない》」
拷問してなお反抗的な態度に舌を巻く。情報を引き出す為にも首の骨が折れかねないほどまで強めるが――相手が泡を吹き始めると同時に、突如として地面に鮮血の根が広がり始める。彼の身体は硬直と同時に力が抜け、吊るし上げていた者はそのまま落下。その衝撃で息絶えるが、一名の死に損ないが神崎へと向けて復讐の弾丸を放つ。その音が響いてもなお彼は動かない――視界を覆い尽くすほどの血と、暗闇に包まれる世界の幻覚。弾丸が彼の頭へと達する直前に、その進路を彼女が飛びかかって阻んだ。
ジャケットを盾に、貫通せず運動エネルギーを封じる。彼等のスーツの生地はグラフェンとダイヤモンド繊維によって構成され、鉛玉など容易く無効にするほどの防弾性能を持つ。着弾の衝撃による痛みは伴うが、直後に間髪入れずして彼女は報復の弾丸を贈呈、生き残りはこの世に別れを告げる。
「相棒⁉」
悪夢から目覚めたかのような息の粗さ。彼女の問いかけに彼は沈黙を貫くが、その裏に何かがあることを察することは難しくなかった。
呼吸を整えてポケットから取り出す小型のまきびし、無造作にばら撒く。
「……禁断症状?」
案ずるように見つめる似那を差し置いて拳銃を再装填。だが彼の地獄耳が微かな息を捉え、即座に発砲。何かに気付いたのか視界の先に居る者達へと静かに頷く。
「なんで二丁も?」
「緊急時の予備だ」
「あらそう、そしたら銃弾はどうやって避けてんのよ」
「飛んでくるボールを避ける感覚で」
「んなこと言われても無理あるって……」
そもそも前提条件が違う。生まれつきか、彼は動体視力・空間認識・聴覚・運動神経において突出している。無論他にもあるが今回の戦闘で垣間見える分だけでも異端児の極み。もはや彼にとって、防弾スーツは盾ですらない。
予備の銃を元の鞘へと収めた直後、足音に気付いた彼が構えた先から響く。
「そこを動くな」
撃鉄と共に、片言の日本語。武器を構えてこちらを包囲する約二十名、半数近くが漢服になっている。またか、とのリアクションは言葉に出ずとも共有していた。
「こんだけ殺りやがって――」
「念のため聞いておく」
大勢に銃を向けられ包囲されているという状況の中、彼は大胆かつ呆れ気味に。一瞬だけ送られた彼の目線が、彼女に次の動きを指示した。
「お前らの葬式は何宗で出してやれば良い?」
訪れるどよめきから一秒の間も置かず、彼が右手の指を鳴らすと当時に、似那の手に握られる複数の球体。彼等が気付くには遅すぎた――不敵な笑みを浮かべて地面に落とされた瞬間、煙幕が立ち込める。
慌てて相手は引き金を引くが、既に二人は射線上より身を退けていた。放たれた弾丸はその先に同胞がいることなどお構いなしに突き進み、次々に血肉を抉る。痛みに喘ぐ彼等に追い打ちをかけるかのように、煙幕の中で暴れ回る少女が一人。
超至近距離でない限り双方の視界は遮られるが、彼女は一切の迷いなく相手の位置を掴んでいる。視界が役に立たない今、頼るべきは嗅覚と聴覚。並の人間ならば嗅ぎ分けられない匂いの差も、彼女にとっては大きなヒントになる。
――相手を有視界戦闘という土俵から引きずり下ろす。
形は違えど神崎も使っている、自身の有利な状況に相手を落とし込む『行動操作』。昨日のスリー・エックスは、彼女の特筆すべき力を知った瞬間にこの最適解を導き出していた。『地獄耳』と『驚異的な嗅覚』が共にその効力を最大限発揮する、完全なワンサイドゲームを成しうると確信して。
煙幕の外に駆け付けた増援も、次々に響く無数の発砲音に倒れる。神崎が増援として呼び寄せた公安の面々――包囲される前から彼の指示で待機しており、奇襲のタイミングをもたらした。お得意の近接戦闘も距離を取られれば無力、放たれた弾丸は一つ残らず防がれる。刃を刺された死にかけの肉塊も盾として用いられ、敵自身がトドメを。発砲を続けながら慎重に前進――だがその足で踏んだまきびしから高電圧の電流が。感電によって身体は暴走、奇跡的に撃った一発は神崎へ突き進むが、やはり首を傾げて避けられた。
僅か一分程度で数十名を殺害。一切の隙を与えることなく、死へのカウントダウンという恐怖だけを与える。抗える者はいない――たとえ居たとしても、傷一つ付けられず葬り去られる。その強さこそが、若くして現職である所以の一つ。
「
日々の訓練故か二人に引けを取らず、同僚たちも瞬く間に現場を制圧。死体のポケットを漁るが目ぼしいものはなく、煽りか唾を吐き捨てる。その一方で二人は念のためと言わんばかりに、転がる全ての頭へと鉛玉を届けていた。
「全脅威の排除を確認」
再度のROIDZからの報告。黒装束と漢服連中の全滅に対し、公安は損失ゼロ――殴打によるケガは多少あるが。捜査員たちはホログラムを起動、死体の数と状態及び座標を手分けして登録。その傍らで壁際に避難し、もはや人なのか怪しい扱いを受けている何者かが動いている。
「……あ、忘れとった」
似那が気付いて布を外し、言葉なき挨拶を送ったのは捕縛されていた男――パスファインダー。神崎は拳銃を仕舞い、入れ替えで手にする飛び出しナイフ。ロープを切り裂いて彼の拘束を解く。
「日本へようこそ」
しわが目立つその顔、だが首元から剥がれる。
「助かった、恩に着るよ」
変装マスクを外して現れるは中年の顔、荒いその息、変装のキツさ故か周囲で繰り広げられた銃撃戦への怯え故か。捜査員への無言の伝達――自販機から吐き出されたペットボトルをパスで受取、彼へと手渡す。
「
「
「天津壱、了解。終わり」
インカムで報告する彼。似那の差し出す手に応じて、パスファインダーは立ち上がる。覚束ない足取りで動きながら、彼が携えて来た荷物を拾い上げた。
「まだ仕事は終わってないぞ、行けるな?」
神崎の問いかけに、捜査員は再び口を揃える。
「「「了解」」」
無数の死体を背にする。その先にはこちらへ向かってくる極道たちの姿が。
「後始末を頼む」
「またウジ虫が湧いたのか、大変だな」
「報酬は上に掛け合って弾ませておこう」
「毎度どうも、お勤めご苦労様です」
短い会話を終え、再び互いの歩みを進める。
拳銃をガンベルトへ、ポケットから取り出すハンカチ。蒼い瞳を持つ悪魔に付着した血が、綺麗さっぱりと消え去る。