ユートピアの詩 Ⅰ 偽りの薄灯   作:ともひナ

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Part 08. Better Safe than Sorry

「しかし災難だな、来て早々ひっ捕らえられるとは」

 

 ハンドルを握りながらそう発する神崎。一方のパスファインダーは意外にも落ち着いた様子を見せ、その姿にはどこか不思議な感情が湧き上がってくる。

「出待ちで歓迎されとるんやしええんやない?」

「はっきり言って最悪だ、銃撃戦をあんな身近で体験するのは久々だからな」

 何かしら嫌な過去を持っているようだが、二人は気にしない。銃撃戦など彼等にとっては日常茶飯事であり、今や『慣れ』と化した。

 

「まぁ、どんな雲にも銀の裏地はある」

 

 発言の意図を掴めぬまま疑問符を浮かべる似那に、神崎が補足する。

「暗い雲が立ち込めるような困難な状況でも、太陽に照らされる良い面は必ずある――イギリスの古いことわざだろ?」

「若い割には博識だな。よろしく頼む、ロバート・ブライアーズだ」

 手持ちの書類を眺めながら、今朝の神崎のように実務的な口調で告げる。

「特対二課、《トワイライト》」

「相棒の《オリヴィア》。同い年」

 彼に続いて二人は簡潔に呼称を名乗る。

 

 往路と異なるルート上に警視庁の姿はない。後部座席に座るブライアーズは窓の外――湾岸に広がる再開発区域へと視線を動かして続けた。

「日本に来るのは初めてだが、今度のサミットを記念日にでもするのか?」

「そこまで変な国ちゃうて……確か政府が色々とやってるせい」

「国民所得倍増を目論んだ、公共事業による雇用創出。それが直近二年ほどの政策だ」

「公安にも相当の便宜を?」

「あぁ、不思議なことに現場のことを理解しているらしい」

 彼自身、幾度も顔を合わせたことがある。未来を見据えた大改革以後、国民からの圧倒的な支持を糧として数々の偉業を成し遂げた――だが奇妙なことに、政界入りする以前にまつわる正確な情報は表にほとんどない。公安のデータベース上でさえ神崎と同じように大半が機密扱いとなっていた。一体()()()人間か疑いたくなると同時に、瞳で人を知る神崎はその奥にただならぬ何かを覚えている。

 これまで大抵の総理は渋ってきたが、彼に限って年間十九兆円という莫大な投資を。無論国家安全保障上欠かせない存在であるが故のこととはいえ、それ以上の何かを孕んでいることは確かだった。 

 

「ま、今日はそのまま休んだほうがええんちゃん?」

 

 先ほどの戦闘とは打って変わって朗らかに語り掛ける。

「明日は政治に首を突っ込むんでしょ、ゆっくりしてって」

「ばら撒きも明日がベターか?」

「まさか日持ちしないブツじゃないだろうな」

「紅茶と機密ファイル、両方ともマルチパックだ」

 有難いな――彼は穏やかに呟く。パスファインダーがアクセスできる情報は、今後大いに役立つ。その価値故か前後に特対と公安部の乗る護衛車両が複数。怪しい車が居ればそれこそ職質か、必要によっては免許とセットで命も取り消しか。

 

「上物だ、良いひとときを楽しんでくれよ」

 

 親切心故の発言、そう捉えるのが普通。だがたった一人、彼はその瞳に微かな違和感を覚えていた。神崎と似那の視線の先に、ブライアーズには見えぬ()が数匹。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……獬豸が?」

 

「はっ。護送任務中に羽田で会敵した模様」

 特捜局本部の一室にてなされた報告に、《ダマスカス》は多少なりと驚きを隠せず。机の上に浮くホログラムには、UAVのカメラが撮影した映像が。

「今になってノコノコと出てくるとはな」

「約六十名を確認、全員殺害済みとのことです」

 

 マフィアが相手にするには完全に分が悪いハズレを引いた――不幸中の幸いであると同時に、弟子の活躍には些か心が躍る。しかしながら一年の沈黙を突如として獬豸が破ったことは事実――公安にとって見過ごすことはできない。

戦争準備態勢(パラベラム・プロトコル)の発動を提言しますか?」

「今はいい。外務省に取り計らって、現地邦人を順次退避させろ」

「了解、捜査員については――」

「《レフリー》には俺から伝えておく」

「承知しました」

 コードネーム《レフリー》――神出鬼没な中央総司令部直属捜査員にして、公安五大老の一角をなす。彼女もまた、特対一課や外事情報部の面々と同じく異国の地で諜報任務にあたっている。獬豸の監視という彼女に与えられた任務は、公安が打つ布石でもあった。

 

「何かあればまた報告を」

「了解」

 

 《ダマスカス》は静かに席を立ち、その視線を外の自然へと。

「……また、始まるのか」

 神崎と同じ記憶をなぞりながら、底知れぬ懸念と共に。

「彼はまだ()()なのですか?」

 部下の問いに、《ダマスカス》はしばらくの間を置いて「あぁ」と。

 

 《トワイライト》という存在を歪めた悲劇。彼と関わりの深い者は一人残らず知っている――その日以降、決して誰にも見せなかった顔や、かつて傍に立っていた者の名も。時折彼の前に現れる鮮血や悲鳴も、すべては()()()に起因する。

「正気を保ってはいるが、万一の際にどうなるか誰にも予測はつかない」

 常人であれば自ら命を絶ちかねないほどの苦痛と絶望。普段表に出ぬよう抑圧しているが、彼に仕組まれた()()()()()が事を複雑にする。

 真相を知る者達はただ一言――『禁忌による副作用』と。

 

「……気乗りしない賭けですね」

 

 表情一つ崩さぬ彼から何かを察してか、部下は続ける。『相棒』というあまりにもハイリスクな賭け――過去を知る者なら尚更、絶対に取らぬ一手。だがそのゴーサインを出したのは、彼を最も近くで知る師と公安の頂に立つ者だった。

「傑作の壁は高いが、彼女であれば」

 無論本人も、おぼろげではあるがカラクリに気付いている。どこへ向かおうとも、その先には必ず。

 

 三十年の世界平和。その裏では裏社会の人間が『綺麗事の綻び』を消し去り続ける。だが誰一人として予想だにしない――世界の抱える、真の闇があることを。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「そんな歳でよく生きていられるな」

「物心ついた時から既にこの世界に居ったから、うちらにとっては見える全部が日常」

 表の警察と違い、公安警察を構成する人員はその大多数が孤児、もしくは捨て子。理想郷で生きる誰よりも早く過酷な現実へ身を置かれ、救済と引き換えに裏社会へと引き込まれた。揺るぎない国家権力の恩恵に預かり、世界を欺き続ける任を負う――彼等もまた、救済の執行者だった。

「やっと成し遂げた平和を、無為にするつもりはないんでな」

 十六歳とは思えぬ佇まいと言動――だがそれは必然。全てを以て覆い隠された闇の中に彼は居る。そんな闇の中で、常に己に問い続ける。

 

 ――来るべきその日、世界はどこへ向かうのか。

 

「評判はかねがね聞いている。世界トップクラスってのは間違いないようだ」

「そりゃそうよ、だって――」

 突如として、似那の声を遮るように無線から響く。

 

磤馭慮(オノゴロ)(ヨツ)より天津壱へ。不審車両を確認、そちらに向かっています、送れ」

「ROIDZ、データの転送を」

 車載ホルダーに置かれた彼のスマホへと自動的にマップが送信。彼等の後方八百メートル、迫りくる三台の車両。

 

「少し飛ばすぞ」

 シフトレバーを操作、アクセルを大きく踏んで車は加速――車線変更を繰り返し、スピードメーターには時速百キロの表示が。追跡してくる三台の正体はこの急加速によって確たるものに。呼応するように速度を上げ、他の車両を縫うようにして神崎たちの車を追いかけてきている。車内のモニターに移された後方カメラ映像には、やはり黒装束の姿が。

 

「お客様のご到着だ、()()()()()を」

 

 降り注ぐ弾丸の雨。表で銃撃戦を繰り広げられないことを分かってか、サプレッサーすら付けず――だが事は既に彼等の手で操られていた。

 沈黙を破ったのは獬豸だけでない。彼の言葉に呼応して公安も一斉に動き出す。

 車両の窓から身を乗り出して構えるライフル――黒装束の頭を、数発の弾丸が貫く。その横、アクセル全開で追いついた公安の車から飛び出すは更なる鉛玉。公の場で、白昼堂々カーチェイスと銃撃戦が繰り広げられている。

 

「これがホントのトラブルシューティングってヤツ」

 

 即座に一台を沈黙へと追いやる。ブライアーズは後ろへと視線を移すが、その車は淡い光と共に浮き上がって空と同化した。自らの目を疑う中、魔の手は()()を皮切りに勢いを増して残る二台へ次々と迫る。半数は追手へ、もう半数は神崎たちへと撃ち続けていた。しかし正面と背面の防弾ガラス、そして車体装甲に阻まれる。大口径機関銃でも持ち出さない限り、その防御を貫くことはできない。一般車両のことなどお構いなしに続く銃撃戦を前に、ブライアーズはただ驚きと共に周囲を見回し続ける。

 

「ROIDZ、()()()()を!」

 彼の言葉に応じて突如として後部座席に現れる男――いや、ホログラム。だがフォースフィールドを伴い直接触れることができる。ブライアーズの同意を得ぬまま彼のコートを引っ剥がし、複数のポケットを漁る。

「お、おい……急になんだ」

 取り出すは米粒大の物体――発信機。羽田へ到着するまでの間に入れられたモノだろう。唖然とする彼を差し置き、二人の指示を得ずとも粉々に破壊した。直後急な車線変更により彼は左側へと押しやられるが、衝突の寸前にROIDZは消え去りそのまま貫通した。

「もうちょっとスピードを緩めてはくれんか――」

「命が惜しいんやったら、しばらくその口閉じといたほうがええで」

 ブライアーズの訴えも虚しく、鉛玉の声援とエンジン音は強く響き続ける。似那も助手席の窓を下げ、熱心なファンサービスをお届け。優れた射撃精度を以てさらにもう一台を潰し、依然としてライフルをぶっ放す物騒な車が残る。

 

「ROIDZ、この先に一般車の死角は⁉」

「検索します」

 

 スサノオが持つ衛星地図と全車両の位置情報を照らし合わせて穴を確認、ものの数秒で結論に至る。

「七百メートル先、右カーブに車両なし。有効距離は六十メートル」

 片手にハンドルを預けながら腕時計を見て即座に確認。

「……二・一秒か、いけるな」

 一般車両を躱しながら前へと突き進む。いくら公安の人間といえどその手捌きは十六歳のものではなく、ブライアーズはその光景を目に焼き付けていた。

 似那はサイドブレーキ近くのホルスターから自身のもののみならず神崎の拳銃を取り出す。ダッシュボードから手繰り寄せた徹甲弾のマガジンを装填し、二人なら言葉を交わさずとも。

 

 車がカーブへ差し掛かると同時に、彼は発する。

「ROIDZ、ハンドルを‼」

「御意」

 サイドブレーキを引いて後輪を滑らせる、世間一般では『ドリフト』と呼称されるテクニック。追跡車が乱射しつつ距離を数十メートルへと迫らせる中、指示に応じて即座に自動運転へと移行。シートベルトを外したのち似那から拳銃を受け取ってドアを開ける。右手をフレームに預け、コンマ三秒という僅かな時間で狙いを定め――その引き金を引く。

 弾丸はフロントガラスを容易く貫通しドライバーの頭へ命中。一発目の発砲後すぐさま似那は助手席を撃ち抜き、二人の速射をもって相手に反撃の暇さえ与えず後部座席の二人も追加で射殺した。

 

「こちら天津壱、排除完了」

 

 無線で告げる先には、空中を突き破るようにして現れた鷹――改めヘリ。ローターはもはや時代遅れと化し、今や彼等の車と同じ核融合と反重力を用いた反動推進により超静音での飛行を実現。また光学迷彩のように機体表面や周囲を背景に同化させる『遮蔽装置』も搭載し、その有用性は公安において抜群という他ない。

 機体下部の牽引(トラクター)ビームによって死体だけが残った車を持ち去り、再び遮蔽を起動して虚空へと姿を消した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 昨日の特捜局本部にて、神崎は打ち合わせを行っていた。

「確実に尾行されるだろうな」

 当日動かす捜査員全員を前にして、一切の躊躇いなく彼は発する。その場には特対の面々だけでなく、手の空いていた公安部の者達も居た。

 

「そこで、()()を用意する」

 

 羽田空港から公安本部までの復路は、往路と異なり再開発区域を通る遠回りなルート――普段の交通量は少ない。

「……と、いいますと?」

 その意図を尋ねる公安部捜査員に、彼は少しの間を置いて答えた。

 

「ストーカーに暴れてもらうのさ」

 

 その時点で似那は彼の企みに気が付いていたのか、小さく笑みを浮かべながら。

「実際にパスファインダーをとっ捕まえるのは、コッチでやる」

 事前に彼等へ共有した動員リストには、彼の手で作戦行動が事前に記されていた。

 

 ――『現世(ウツシヨ)(ココノ)から磤馭慮(オノゴロ)(ナナ)までの者は、別命がない限り復路にて民間人になりすませ』

 

「このルートは予め封鎖する」

 最初はピンときていなかった捜査員たちも、その説明で似那と同じく察しがついた様子だった。

 日本の現状を考慮すれば、パスファインダーを狙う者達が相手にするのは裏社会の勢力。であるならばこそ、周囲に民間人が居ては不用意に反撃できない――その思い込みを、彼は罠に仕立て上げた。

「近付いてきたら撃ちますか?」

「いや、役に徹してくれ。万一の際に備えて処分はこっちでやる」

 彼はここに、さらに一つ布石を置いた。

 用意した土俵は再開発区域――ただでさえ人の少ない場所だが、公安の手回しで差し入れと引き換えに現場の人間にはお帰り頂いた。故に、発砲音はサプの有無に関わらず誰の耳にも捉えられない。しまいには、遮蔽装置を搭載したヘリによる後始末。要員は最初から復路上空にて待機。無線で『ターゲット排除』の報が入り次第、亡骸を積んだ車を搔っ攫う。

 当日動かせるだけの同僚をすべて搔き集めたが、その半数はヘリの人員に充てられた。非常時の準軍事組織となる戦略機動部隊、通称『戦機隊』はさることながら、特捜局でもヘリや輸送機の操縦を可能とする者は多い。多彩な任務に適応できるように備えられているから、そして()()な性質を持つ組織であるから。

 

「このルートに入った時点で、ストーカーのケツの穴は八方塞がりになる」

 

 すべてを先読みし、罠を張り巡らせる。それが神崎の持ち札であり、彼の突出した演算能力が編み出せる技。飛んで火にいる夏の虫――その言葉がお似合いなストーカーは、まんまと罠に。

 

「雑用なんか押し付けて……私だって現場主義者なんだからね」

「今度飯でも奢ってやるよ」

 通常走行へと戻る中、彼は無線でパイロットへと伝える。

「ふん、それで許してあげる」

 彼女は無線から声を消した。終始ブライアーズへ護送任務の手筈を説明しなかったが、それは神崎の布石故に。かくして成功をおさめ、パスファインダーの身柄は無事日本へと渡ったのである。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 巨大な建物の一室。とある男が紅茶を嗜みながらホログラムを見つめる。映し出されるは、カーチェイス中の車載カメラの映像。追尾対象とみられる車がドリフトを始めると運転席のドアが開き、飛んできた銃弾がカメラを貫いて終わりを迎える。

「……実に見事だ」

 巻き戻して一時停止、拡大・鮮明化されるその青年の顔。見つめながら、彼は思慮を張り巡らせ続ける。

 

「この狂った世界を、あるべき姿に戻す為に」

 

 心地よく響く声――漆黒の闇が、世界へと影を伸ばす。

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