カーストルーム・オブ・ザ・デッド2   作:戦竜

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第2話 作戦

ショッピングモールの中に確保した即席の休息場所は、

本来ならば人々が買い物の合間に商品を試し、

生活の彩りを想像するための空間だったはずなのに、

今の綾小路たちにとっては、それがただ横になれる場所という一点だけで、

この上なく価値のある避難所に変わっていた。

 

寝具売り場には、大型の展示用ベッドが何台も並んでいた。

高級志向のものなのか、マットレスは厚く、

シーツもまだ比較的清潔で、周囲には毛布や枕も相当数残っている。

本来なら、こうした売り場は親子連れや夫婦や新生活を始める若者が、

未来を前向きに想像しながら品定めをするための場所だっただろう。

だが今そこにいるのは、泥と血と埃にまみれ、心身を限界まで酷使し、

生きていること自体がようやく維持されているような生存者たちだった。

 

最初は、誰もがすぐには眠れなかった。

 

身体は確かに極限まで疲れている。

意識も重く、瞼は落ちそうで、

ベッドに身を預けた瞬間にでも気絶するように眠りに落ちても不思議ではなかった。

しかし、それでも人間は簡単には休めない。

耳の奥には学校で聞いた銃声や悲鳴や破壊音が残響のようにこびりついており、

暗がりの向こうから何かが這い寄ってくるのではないかという警戒が、

意識のどこかでずっと消えないからだ。

 

軽井沢はベッドへ身体を横たえたあともしばらく落ち着かず、

寝返りを打つたびに毛布を握り直していたし、

櫛田も目を閉じているようでいて実際には眠れていないことが、

呼吸の浅さからわかった。

一之瀬は周囲の仲間たちの様子を見ていたが、

やがて自分の限界を悟ったように壁際のベッドへ座り込み、

そのまま毛布に包まれて静かに目を閉じた。

堀北は足の痛みもあって最初は険しい顔をしていたが、

張り詰めた精神の糸が切れたのか、ある瞬間を境に急速に意識を手放していった。

坂柳は小柄な身体を毛布の中へ沈めながら、

さすがに少しだけ不満そうな顔で寝具の硬さや

周囲の空気を気にしているようだったが、

それも最初の数分だけで、やはり睡魔には抗えなかった。

ひよりは最初からほとんど喋らず、静かに横になると、

読書を終えて眠りに入る時のような穏やかな表情のまま、

すぐに深い眠りへと落ちていった。

 

須藤は最初こそ「俺はまだ大丈夫だからよ」と強がっていたが、

座った姿勢のまま船を漕ぎ始め、石崎に「いやお前もう寝てんだろ」と

半ば呆れたように言われたあと、結局はベッドへ倒れ込むようにして眠った。

石崎自身も似たようなものだった。

橋本は最後まで軽口の一つでも叩こうとしていたが、

それすら途中で途切れ、気づけば枕に顔を埋めて静かになっている。

鬼龍院は見張りに立つ高円寺を完全には信用していないらしく、

しばらく座ったまま周囲を見張っていたが、それでも疲労には勝てず、

腕を組んだ姿勢のままいつの間にか眠り込んでいた。

伊吹も同様で、警戒心の強い彼女は最後まで眠りを拒もうとしていたが、

それでも限界を超えた身体は正直で、

結局は毛布の端を引き寄せて浅い眠りに入った。

龍園だけは寝る直前まで比較的意識が冴えており、

壁に寄りかかって綾小路の方をちらりと見たが、何も言わずに目を閉じた。

学と橘も休息は取っていたが、さすがに外での行動経験が長いのか、

眠りに落ちる速度も、姿勢を崩さないまま呼吸を整える様子もどこか手慣れていた。

 

そして、その全員を見下ろすようにして、高円寺だけが見張りを買って出ていた。

 

彼は本当に疲れていないわけではないはずだ。

だが少なくとも、疲れを表へ出すことには興味がないらしい。

ショッピングモールの吹き抜けに面した手すり付近に腰掛け、

時折館内の奥へ視線を向け、時折外の様子を確認し、

誰かがうなされるように身じろぎすればそれにも気づいている。

あの男の精神構造は相変わらず読みにくい。

だが一つだけ確かなのは、この瞬間の彼は、

自分の役割をかなり正確に理解していたということだ。

 

結果として、何事も起きなかった。

 

その一言にまとめてしまえば簡単だが、この何事も起きない10時間というのは、

今の彼らにとっては奇跡に等しい価値を持っていた。

追われず、襲われず、爆発音もなく、悲鳴もなく、

目を閉じたあとに次に意識を取り戻した時、

まだ自分たちが同じ場所に揃って生きている。

それだけのことが、どれほど人間の精神を回復させるか。

学校での地獄を潜り抜けた彼らにとって、

それはもはや贅沢を通り越して、信じがたい恩恵だった。

 

目を覚ました時、最初の数秒、誰もが自分のいる場所を理解できなかった。

 

天井。

照明。

マットレスの感触。

薄く差し込む朝とも昼ともつかない光。

ショッピングモールの内部という非日常的な空間でありながら、

それでもベッドの上で目覚めるという行為が、

失われかけていた日常の輪郭をほんの少しだけ思い出させる。

 

「……朝、か」

 

須藤が掠れた声で呟く。

その声に、一之瀬がうっすらと目を開け、

堀北が眉を寄せながら上体を起こし、軽井沢が毛布の中から顔だけを出す。

橋本は「10時間くらい死んでた気がする」と冗談めかして言ったが、

その声には本当に寝込んでいた人間特有の鈍さがあった。

坂柳は髪を整えながら小さく息を吐き、

ひよりはまだ半分夢の中にいるような顔で周囲を見回している。

 

「ようやく起きたかね、諸君」

 

高円寺の声だけが、妙に平常運転だった。

吹き抜けの手すりに寄りかかったまま、

疲れを一切感じさせない爽やかな笑みを浮かべている。

 

「問題は起きなかった。私が完璧に見張っていたからねぇ。

感謝してくれて構わないよ」

 

その台詞に、伊吹が露骨に胡散臭そうな目を向け、

鬼龍院が「言い方だけは本当に腹立つな」と低く呟いたが、

結果として問題が起きなかったことだけは事実だった。

それに関しては、誰も素直に文句を言えない。

 

空腹は、目が覚めると同時に明確な形を取った。

 

寝る前には、疲れすぎていて、食事のことなど考える余裕もなかった。

胃が空でも、それを空腹と認識する前に精神の疲弊が勝っていたのだ。

だが10時間以上眠り、ほんの少しだけでも身体が回復すると、

今度は別の要求が前面に出てくる。

 

食べたい。

 

身体の内側に何かを入れなければならない。

その原始的な欲求が、全員の腹の底で一斉に声を上げ始めていた。

 

食品売り場から調達していた食料は、

完全な温食ではないにしても、かなり充実していた。

 

パックご飯、缶詰、レトルト食品、パン、菓子、

飲料、スープ類、インスタント食品。

 

電力が不安定なため調理には制限があったが、

それでも店内設備や残っていた携行用の加熱手段を使えば、

最低限、温かいものに近い状態まで持っていくことはできる。

それだけで、人間の食事は一段階違ったものになる。

 

最初は誰も、そこまで食欲が湧いていないように見えた。

 

「正直、まだ胃が起きてない感じがするわ……」

 

軽井沢がそう言いながら紙皿を受け取る。

一之瀬も「少しだけにしようかな」と控えめに言っていたし、

櫛田も「食べられるかな……」と小さく呟いていた。

だが、いざ食事を口へ運ぶと状況は変わった。

 

腹は、正直だった。

 

空腹だったのだ。

想像以上に。

身体はずっと燃料を求めていた。

眠っている間に僅かに整えられた機能が、ようやくその不足を訴え始めたのだろう。

一口、二口と食べ進めるうちに、全員の手が目に見えて止まらなくなっていった。

 

須藤などは最初から豪快だった。

「うまっ……いや、これマジでうまっ……!」とほとんど感動のような声を漏らしながら、

パックご飯とおかずを次々に平らげていく。

石崎も「やべえ、なんか生き返る」と頷きながら同じように食べていた。

橋本は「高級レストランでもないのに、ここまで感動する日が来るとはね」と

苦笑しつつも、手はまったく止まっていない。

鬼龍院も伊吹も、最初は平静を装っていたが、

空腹をごまかすことはできず、結局かなりしっかり食べていた。

 

一之瀬は途中からすっかり表情が柔らかくなり、

「……あ、これ、すごくおいしい」と驚いたように言った。

櫛田も「やっぱり食べると違うね」と笑い、

軽井沢も「最初いらないとか思ったのに、普通に入るんだけど」と

呆れたように自分の皿を見ていた。

堀北ですら、食べ終えたあとに少しだけ表情が和らいでいた。

身体がエネルギーを取り戻し始めると、精神の張り詰め方も僅かに変わる。

それは極めて単純だが、非常に重要な変化だった。

 

そして、そんな中で少しだけ場を和ませたのが、坂柳とひよりだった。

 

二人とも、普段から大食いの印象はない。

むしろ少食で、食事そのものに対しても静かな付き合い方をするタイプだ。

だから最初に配られた量も、他の面々に比べればやや控えめだった。

だが、それを食べ終えたあと、坂柳がわずかに視線を逸らしながら口を開いた。

 

「……恥ずかしながら、もう少し頂いてもよろしいでしょうか」

 

その言い方があまりにも坂柳らしく、それでいてどこか年相応でもあったため、

一瞬だけ全員がきょとんとした。

続けて、ひよりも少し照れたように両手を揃えながら小さく言う。

 

「……おかわり、いいですか……?」

 

その様子に、空気がふっと緩んだ。

 

誰かが吹き出しそうになり、

橋本が「もちろんどうぞ、お嬢様方」とわざとらしく手を差し出し、

石崎が「なんか安心したわ」と笑う。

一之瀬もつられて笑い、

軽井沢も「よかった、食べるんだってちょっと安心した」と肩の力を抜いた。

ほんの小さなやり取りだった。

だが、その小ささこそがよかった。

学校での惨劇からここまで、ずっと死と緊張に押し潰され続けていた彼らにとって、

こうして食べ過ぎて少し照れるという程度の人間らしい可笑しさは、

失いかけていた日常の感触そのものだったからだ。

 

仲間たちの顔に、ようやく笑みが戻る。

ほんの僅かではあるが、それでも確かに。

誰かが生き残ったことを実感できるのは、実はこういう瞬間なのかもしれなかった。

 

そんな空気の中で、綾小路はふと龍園へ視線を向けた。

 

「そういえば」

 

不意に声を掛けられた龍園が、食事の手を止める。

 

「月城たちとの戦いで腹部に被弾したんじゃなかったのか」

 

その言葉に、周囲の何人かが反応した。

たしかに、あの局面では龍園が撃たれたように見えた。

戦闘の混乱もあり、皆そこを詳しく確認する余裕などなかったが、

それでも相当危ないのではないかと感じていた者は多い。

 

龍園は鼻で笑った。

 

「そんな間抜けな真似でくたばるかよ」

 

そう言って、着込んでいた上着の一部をずらし、防弾チョッキを見せる。

そこには衝撃の痕跡がはっきり残っていた。

弾丸は確かに受けたが、致命傷には至っていない。

もちろん衝撃は相当なものだったはずだが、それでも龍園は平然と立っている。

 

「なるほど……!」

 

石崎が感心したように頷く。

アルベルトも無言で納得し、

橋本は「しぶといと思ったけど、ちゃんと理由があったわけだ」と肩をすくめた。

須藤は「いや普通に痛かっただろ、それ」と少し引いた顔をしていたが、

龍園は「痛いで済むなら安いもんだ」と笑うだけだった。

 

堀北の方も、足の状態はだいぶ回復していた。

 

完全な無傷には程遠い。

それでも高円寺が応急処置を施したことが功を奏したのか、

少なくとも歩行や簡単な戦闘動作に支障がない程度までは戻っている。

本人もその点は理解していた。

痛みが消えたわけではない。

だが、痛みがあっても動くしかない局面は、この世界ではいくらでもある。

 

「高円寺、あんたにしては役に立ったじゃない」

 

伊吹が少し意外そうに言うと、高円寺は胸を張る。

 

「にしては、は余計だね。私は常に役に立つ男だよ。

今回は特別に、君たちにもそれが理解しやすい形で示されただけだ」

「やっぱり腹立つわね……」

 

伊吹が珍しく疲れたようにそう返したが、

その声音には以前ほどの刺々しさはなかった。

多少なりとも、この男に助けられた事実があるからだろう。

 

食事が一段落すると、空気は再び現実へ引き戻される。

 

笑っていられる時間は長くない。

腹が満たされ、身体が少し回復したからこそ、

今度はこれから先の行動を決めなければならない。

休息はあくまで休息でしかなく、

ここが安全地帯ではないことを、誰も忘れてはいなかった。

 

寝具売り場の一角に円を作るようにして全員が集まり、

今後についての話し合いが始まった。

 

最初に口を開いたのは鬼龍院だった。

 

「ケヤキモールに立てこもっていた三年生たちだけどね」

 

その声音は淡々としている。

感情を乗せすぎないように意識しているのだろう。

だが、その内容の重さは隠しようがなかった。

 

「大量のゾンビの襲撃を受けて、全滅したらしい」

 

沈黙が落ちる。

 

南雲率いる三年生たちは、

以前の話の中でも比較的まとまった勢力として触れられていた。

ケヤキモールという場所自体、防衛拠点として考えれば悪くない。

食料を確保し、バリケードを築き、工具や資材で入り口を固めれば、

一定時間は持ちこたえられるはずだった。

だが、それでも駄目だった。

つまり、この都市において立てこもるという発想そのものが、

時間の問題でしかない可能性が高い。

 

坂柳が静かに続ける。

 

「その情報が事実なら、このショッピングモールもいずれは同じでしょうね。

広さがあり、物資もあり、休息には向いていますが……

安全が永続する保証にはなりません」

「だろうな」

 

龍園が短く応じる。

彼は椅子代わりに使っていた箱へ肘をつき、前かがみの姿勢で全員を見回した。

 

「今後の戦いに備えるなら、やることは決まってる。武器と弾薬の確保だ」

 

誰も否定しない。

 

「候補は警察署か、自衛隊の基地」

 

龍園はその二つを挙げた。

もっとも現実的な選択肢だった。

一般家庭や店舗から手に入る武器など限られているし、

ゾンビだけでなく鬼島側の人間ともやり合う可能性を考えるなら、

銃器と弾薬の確保は不可欠だ。

 

「たしかに、その二箇所なら武器弾薬は期待できますね」

 

橘が頷く。

学も同意するように小さく顎を引いた。

 

「ただし」

 

堀北がそこで口を挟む。

 

「鬼島総理が連れていた部隊の規模を考えると、

その種の施設は既に何らかの形で管理・監視されている可能性が高いわ」

 

坂柳もすぐに補足する。

 

「ええ。こちらが向かえば、むしろ自ら敵の本拠へ近づくことにもなりかねません。

相手は生徒ではなく、戦闘訓練を積んだ実戦のプロです。

正面からの衝突は、分が悪いどころか無謀でしょう」

 

だが龍園は鼻で笑う。

 

「包囲されるなら、その時は戦って奪い取ればいいだけだろ」

 

その言い方は荒っぽい。

だが、彼なりの理屈は通っている。

この先の世界では、危険だから手を出さないという判断だけでは、いずれ詰む。

必要なものは、危険でも奪いに行くしかない。

それが龍園という男の思考だ。

 

だが坂柳は冷静に首を振る。

 

「あなたの闘争心は否定しませんが、こちらには消耗した人員も負傷者もいます。

相手が銃撃戦に熟達した組織である以上、気合いで埋められる差ではありませんよ」

 

堀北も同調する。

 

「感情で押し切る場面ではないわ。

少なくとも、正面からの全面衝突は避けるべきよ」

 

両者の意見は真っ向からぶつかるように見えたが、実はどちらも間違ってはいない。

武器は必要だ。

だが、相手が強すぎるなら無策な突入は自滅に近い。

そこで、一之瀬が慎重に手を挙げるような仕草で口を開いた。

 

「……相手の目的って、あくまで綾小路くんの確保なんじゃないかな」

 

その一言で、全員の視線が彼女へ集まる。

 

一之瀬は少し緊張しながらも続けた。

 

「もちろん、私たちも見つかれば無事じゃ済まないかもしれない。

けど、鬼島総理があの場で明確に名前を出したのは綾小路くんだった。

だとしたら、綾小路くんさえいない場所では、

私たちがその仲間だってすぐにバレるとは限らないんじゃないかなって」

 

静かな提案だった。

だが、その発想は鋭かった。

 

鬼島の最優先目標は綾小路清隆。

それが明確なら、逆に言えば綾小路を含まない行動部隊の方が、

相対的に目立ちにくい可能性がある。

特に武器弾薬の確保のような危険任務は、

その方が成功率を上げられるかもしれない。

 

「悪くないな」

 

学が言った。

 

「相手の優先対象が明確なら、そこを基準に動きを分けるのは理にかなっている」

 

高円寺も珍しくすぐに賛同する。

 

「うむ。目立つ駒と目立たない駒を分けるのは定石だ。

しかも私のような万能人材がいるとなれば、なおさら編成の自由度は高い」

「最後の一言いらないんだよなあ……」

 

橋本が小さく苦笑するが、反論はしない。

高円寺の自意識の高さはともかく、分散行動そのものの合理性は確かにあった。

 

綾小路は少しだけ考える。

 

誰も口を挟まない。

この場で最終的な判断を下すべき人間が誰かを、全員が薄々理解しているからだ。

鬼島に狙われているのが綾小路本人である以上、

行動方針の軸もまた彼に置かざるを得ない。

 

数秒の沈黙の後、綾小路が口を開いた。

 

「二手に分かれよう」

 

その一言で、空気が固まる。

だが反対の声は出なかった。

全員がその可能性をすでに考えていたからだ。

 

「移動手段は軍用車両が二台ある。茶柱先生と学先輩、二人とも運転できる」

 

茶柱が頷き、学も当然のように肯定する。

 

「オレたちのグループは街の情報収集と脱出路の確保を担当する。

地形、封鎖状況、生存者の有無、鬼島側の動き、

どこまで街が崩壊しているか、その全体像を掴む」

 

綾小路の視線が龍園へ向く。

 

「龍園たちは警察署か自衛隊基地へ向かって、武器と弾薬の確保を試みる。

相手の目標がオレなら、そっちは比較的行動しやすい可能性がある」

 

龍園は口元を吊り上げた。

 

「いいだろう。面白くなってきたじゃねえか」

「連絡は無線機」

 

綾小路は続ける。

 

「軍用車両に備え付けてあったものを使う。一定間隔で報告。

片方が異常を察知したら、すぐに位置を共有して合流できるようにしておく」

 

学が補足する。

 

「無線は常時開放じゃなく、短く区切って使った方がいい。

拾われる可能性もある。定時連絡と緊急連絡を分けよう」

「それでいきましょう」

 

堀北も同意する。

坂柳も、少し考えたあと静かに頷いた。

一之瀬も、提案が採用されたことに少しだけ安堵したようだった。

 

編成が決まる。

 

綾小路チーム。

綾小路、堀北、坂柳、一之瀬、櫛田、伊吹、須藤、松下、学、橘。

 

龍園チーム。

龍園、高円寺、軽井沢、橋本、石崎、ひより、鬼龍院、茶柱、アルベルト。

 

人数も役割も、完全に均等ではない。

だが、それぞれの性格や能力を考えれば、意味のある分け方だった。

 

龍園チームには、突破力と対人戦での圧、

さらに高円寺やアルベルトのような純粋な戦闘力が集められている。

警察署や自衛隊基地という危険な場所に踏み込むなら、その編成は納得できる。

一方で綾小路チームには、情報処理、判断力、対話力、

バランスの良い行動力が揃えられていた。

街の探索、生存者との接触、状況判断にはこちらの方が向いている。

 

「気に入らないのは、お前と別行動ってところくらいだな」

 

龍園が綾小路へ言う。

挑発のようでもあり、半分は本音だろう。

綾小路は特に反応しない。

 

「そっちはそっちで好きに動け」

「言われなくてもそうする」

 

短いやり取り。

だが、それで十分だった。

 

別れ際、高円寺が大げさに腕を広げて見せる。

 

「では、しばしの別行動だ諸君。安心したまえ、こちらのチームには私がいる。

物資回収など、華麗な私にふさわしいミッションだ」

「……本当にこいつ、一回黙れないのか?」

 

鬼龍院が心底面倒そうに言うと、ひよりが少しだけ笑った。

その笑みは控えめだったが、昨日までの彼女を思えば、

それだけでも大きな変化だった。

 

準備が整う。

 

無線機の確認。

簡易地図の共有。

最低限の食料と水の分配。

残弾の確認。

 

全員の足取りはまだ万全ではないが、

それでも休息前とは比べものにならないほど安定していた。

 

眠ること。

食べること。

その二つが人間に与える回復は、想像以上に大きい。

さらに彼らは、モール内に残されていた衣類売り場の服や下着を使い、

それぞれ動きやすい格好へと着替えることにした。

ここまでの逃走と戦闘の連続で、全員の制服は汗と土埃にまみれ、

ところどころ破れや汚れも目立っていたため、

単純な衛生面の改善としても必要な判断だった。

 

加えて今回の作戦では、高育の生存者として目立つよりも、

可能な限り一般市民に紛れ込める外見に寄せた方が、

鬼島側やその配下に察知されにくいという利点もある。

生き延びるための準備とは、武器を整えることだけではなく、

自分たちの見え方すら計算に入れることなのだと、誰もが無言のうちに理解していた。

 

やがて、二つのチームはそれぞれ車両へ乗り込む。

 

エンジン音が館内の静けさを破る。

ショッピングモールの正面入口から外へ出れば、

そこには再び荒廃した都市が広がっている。

倒れた看板、割れた窓、煙を上げる建物、そして彷徨う影。

休息の時間がどれほど貴重でも、世界そのものは少しも優しくなってはいなかった。

 

「じゃあね、綾小路くん。無理しないで」

 

一之瀬がそう言いかけて、

自分も同じ車両に乗るのだと思い出し、少しだけ苦笑する。

一方で龍園チーム側では、橋本が「そっちも死ぬなよ」と軽く手を上げ、

石崎が「次会うときには武器山ほど持ってくからな」と笑う。

茶柱は教師らしく最後まで全体を確認し、

学は短く綾小路へ視線を送り、橘は無言で座席へ収まった。

 

二台の軍用車両が、別々の方向へ動き出す。

 

龍園たちを乗せた方は、より危険な物資確保のために。

綾小路たちを乗せた方は、街の情報と脱出路を探るために。

 

ショッピングモールの前の道路を出て少し進むと、街の空気は再び重くなる。

車窓の向こうに広がる景色には人の気配がなく、

ただ、生きていた頃の生活の痕跡だけが散らばっている。

自転車が横倒しのまま放置され、コンビニの前には買い物かごが散らばり、

オフィス街の歩道には書類が風で舞っていた。

誰も片付けない。

誰も戻ってこない。

その不在が、かえって都市の死を強調していた。

 

車内では、しばらく誰も大きな声を出さなかった。

無線機のノイズが時折小さく鳴り、学が地図を見ながらルートを確認し、

茶柱ではなく橘の運転する車両が静かに街を進んでいく。

綾小路は窓の外を見ていた。

堀北も同じように前方を見つめ、

坂柳は杖代わりの支えを傍らに置きながら静かに周囲を観察している。

櫛田は気丈に振る舞おうとしていたが、まだ緊張が抜けきっていない。

須藤は体力が戻った分だけ前向きな顔をしていたが、

表情の奥にはやはり警戒がある。

松下は冷静に周囲を見渡し、

一之瀬は誰かが崩れそうになればすぐ声を掛けられるよう気を配っていた。

伊吹だけは、どこか苛立つような視線で外を見ていた。

休めたとはいえ、危険の只中にいること自体が、

彼女の神経をずっと逆撫でしているのだろう。

 

その時だった。

 

車両の後方、壊れたバス停の陰。

さらにその先、倒れた看板と放置車両の隙間の向こう。

 

何かが動いた。

 

それは、普通のゾンビのような緩慢な動きではなかった。

もっと低く、もっと静かで、こちらを見ている動き。

一瞬だけ陽の光を受けたその輪郭は、明らかに人型ではありながら、

通常の感染者とは異質な印象を帯びていた。

 

だが、車両の中でそれに気づいた者はいない。

 

綾小路たちを乗せた軍用車両は、そのまま速度を保って前進していく。

荒れ果てた交差点を曲がり、崩れた広告塔の横を通過し、

さらに都市の深部へ入っていく。

 

そしてその背後から。

 

まるで獲物の匂いを辿る捕食者のように、音もなく、その影が動き出した。

 

ただのゾンビではない。

ただの偶然でもない。

綾小路たちの進路を、確かに追っている。

 

束の間の朝は終わった。

満たされた胃も、戻り始めた笑顔も、少しだけ軽くなった心も、

ここから先で再び試されることになる。

 

死都は、彼らに休息を与えても、見逃してはくれない。

 

そして綾小路たちはまだ知らない。

自分たちのすぐ背後に、次なる戦いの口が、静かに開き始めていることを。




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