至らぬところも多いと思いますが楽しんで行ってください。
## 第一話:始まりの産声、あるいは冒涜の蛇
その少年には、倫理の欠片も、情愛の種も、産み落とされた場所に置き忘れてきたかのようだった。
九条湊が十歳になった夏。
彼の世界は、家の中に漂う「死臭」と、湿り気を帯びた絶望で構成されていた。
病床の母は、もう長くない。
呪霊に当てられたのか、あるいはただの病か。痩せ細り、どす黒い痣が浮き出た母の肌を、湊は無感情に眺めていた。その枕元には、死の気配に誘われた下級呪霊――半透明で、不快な粘液を垂らすナメクジのような「呪いの澱み」が、無数に這いずり回っている。
「……湊、そばに……」
母が震える手を伸ばす。だが、湊はその手を取らなかった。彼の瞳に映っていたのは、愛する母の最期ではない。母の肉体から漏れ出す「未練という名の呪力」と、そこに群がる「下級呪霊」という醜悪な情報の対比だった。
「ねぇ、お母さん。お母さんはもうすぐ死ぬけど、その『命』を捨てるのはもったいないよね」
子供らしい、しかしこの世で最も冷酷な声。
湊は法界定印(ほうかいじょういん)を結び、空中に浮遊する下級呪霊の一体を、その視線で射抜いた。
**生得術式:『万生配合術(ばんせいはいごうじゅつ)』**。
本来、それは複数の情報を掛け合わせ、新たな個体を造る術式。だが、その工程には必ず「既存の形」を壊す作業が必要となる。
「**術式反転――『分解』**」
彼が指を弾くと同時に、固定された呪霊の輪郭がドロリと溶け出した。術式を反転させることで、結合の理を逆行させ、対象を最小単位の「素材」へと還元する。
さらに湊は、母の胸元に浮き出た、死の間際の最も濃い呪力の澱みへと手を伸ばした。
「嫌、湊……何を……」
「大丈夫。お母さんの魂を、もっと『長く』、僕のそばに置いてあげるから」
分解。抽出。そして――強制結合。
湊の手の中で、母の末期の命という「高純度の素材」と、分解された下級呪霊の「形なき質量」が混ざり合う。
ズル、と嫌な音がして、母の喉から漆黒の液体が逆流した。彼女の生命の灯火は、湊の術式によって強引に引き抜かれ、呪霊の泥と混ざり合い、全く新しい形へと造り替えられていく。
一瞬の静寂。
さらに、母の腕は力なく床へ落ちた。
それと同時に、湊の掌の上で、一匹の異形が鎌首をもたげた。
それは、母の髪の色と同じ漆黒の鱗を持ち、どこか母の面影を残す悲しげな瞳をした、一匹の**『蛇』**だった。
「……あはは。成功だ。お母さんの未練が、こんなに綺麗な形になった」
息絶えた母を背に、湊は産み落とされたばかりの冷たい鱗を、愛おしげに頬に寄せる。彼は、自らの影にその蛇を誘い、静かに、しかし絶対的な支配を込めてその名を呼んだ。
「君の名前は……**『黄泉(よみ)』**。お母さんのあっち側の世界と、僕のこっち側の世界を繋ぐ、最初の部品だよ」
蛇は、湊の影の中で満足げに身をくねらせた。
これが愛すらも解体し「素材」とする呪術師九条湊の産声だった。
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完全に自己満でやってますが良ければ評価やコメントくださるとモチベーションになります!