黒龍は白に溶ける。   作:dai1228

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## 第四話:黒龍呪装、あるいは無為転変の終焉

 地下鉄のホームに、肉が捩れる不快な音が反響する。

 真人の放つ「無為転変」による魂の波状攻撃。それは変幻自在に形を変え、全方位から湊を侵食しようと蠢いていた。ある時は鋭利な刃として、ある時は逃げ場のない無数の掌として、湊の魂という「核」を捉えようと殺到する。

 しかし、湊は一歩も引かない。真人が魂を子供の粘土細工のように「弄ぶ」というのなら、今の湊はそれをあるべき姿へと「律する」のみ。

 

「あはは! 硬いね、君! でも、いくらガードが硬くても、僕の手が掠れば終わりだよ。魂の形が変わっちゃえば、君っていう存在そのものが壊れちゃうんだからさぁ!」

 

 真人が愉悦に顔を歪め、「遍殺即霊体」へと変態を遂げようと、その呪力を爆発的に膨れ上がらせた瞬間。湊は喧騒の中で静かに目を閉じ、足元の影に沈んでいた黒龍に語りかけた。それはかつての支配的な命令ではなく、長年寄り添った半身への、静かな信頼の吐露だった。

 

「……黄泉。以前のように、無理やり君を飲み込むことはしない。……君の力を借りて、僕は『人の枠』を完成させる」

 

 湊が結ぶのは、既存の呪術体系には存在しない独自の印。自身の胸元で龍の顎(あぎと)を模したその構えに合わせ、影が生き物のように脈動を始める。

 

「**術式精錬・再配合――『黒龍呪装(こくりゅうじゅそう)・黄泉』**」

 

 影から溢れ出した漆黒の霧が、湊の四肢に絡みつく。それは第一部の「人龍一体」のような、肉体を異形に変え、人間性を削り取る暴挙ではない。

 黒龍の鱗は薄く硬質な漆黒の甲冑となり、龍の巨大な翼は、重厚な外套(コート)のように湊の背を優雅に覆う。そして、龍の三対の眼は、湊の額に浮かぶ青白い呪紋へと集約され、世界を「結合」と「分解」の視点で捉える高精度な補助機関へと変貌を遂げた。

 

 **「人の形を保ったまま、特級の力を纏う」**

 

 これこそが、幽閉期間という絶対的な孤独の中で湊が出した「調律師」としての答え。自らという旋律を崩さず、黒龍という強大な音色を完全に調和(ハーモニー)させた姿だ。

 

「……何だい、それ。ただの着せ替えかい? 見た目を変えたところで、中身が人間なら僕の餌食だよ!」

 

 真人が嘲笑いながら、呪力で金剛石並みに硬化した拳を湊の顔面へ叩きつける。

 だが、その拳が湊の「呪装」に触れた瞬間――衝撃波すら発生せず、真人の腕の一部が砂細工のように崩れ落ちた。

 

「……っ!? 触れただけで、僕の存在を『分解』した……!?」

 

「これは盾じゃない。この鎧を構成する波動そのものが、触れる不純物を即座に解体し、呪力へと還元する『境界線』なんだ」

 

 湊が静かに一歩、踏み出す。

 呪装を纏った湊の動きは、物理的な質量を感じさせないほどに鋭く、かつ一太刀が世界の理を削るほどに重い。真人が焦燥と共に放つ「多重拒絶」の壁も、湊がその漆黒の鉤爪で一撫ですれば、瞬時に情報がバラバラに解体され、ただの霧となって背後へと流れていく。

 

「君がこれまで弄んできた魂は、もう誰にも救えない。……だから、僕が責任を持って、最小単位まで分解してあげる。君というノイズを、世界から消し去るために」

 

 湊の右手が、スローモーションのように真人の胸元に伸びる。それは暴力的な破壊の一撃ではなく、複雑に絡まった糸の結び目を優しく解くような、慈悲深い「調律」の動作だった。

 

「**『純化解体』――全出力**」

 

 漆黒の閃光が地下ホームを一直線に走り、真人の「剥き出しの魂」を真っ向から貫いた。逃げ場のない分解の波動が、真人の核を構成する情報を一つ残らず消し飛ばしていく。

 

「あ、……ぁ…………最悪だ、君……。僕を『素材』にすら、してくれないんだね……」

 

 真人の存在を維持していた輪郭が、分子レベルでほどけ、虚空を掴んだまま砂のように崩れ去っていく。呪霊の悲鳴すら、分解の旋律に飲み込まれて消えた。

 

 静寂が戻ったはずのホーム。だが、湊は『黒龍呪装』を解かなかった。額の呪紋が弾けるような音を立て、視界の端に映る呪力の流れが、さらなる異常なまでの「不純物」を検知したからだ。

 

 コツ、コツ、と。

 崩れ去った真人の残骸、その背後の闇から、場違いなほど軽やかな足音が響く。

 そこに立っていたのは、袈裟を纏った一人の男。かつて五条悟の手によって葬られたはずの親友――夏油傑の肉体を持った、正体不明の「歪み」だった。

 

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