母の葬儀が終わってから、湊の周囲からは急速に色が失われていった。
親族たちは、母の遺体の前で一度も涙を流さず、ただ自分の「影」を見つめていた不気味な少年を気味悪がり、早々に施設へと押し付けた。
だが、湊にとってそれは好都合だった。
施設の薄暗い倉庫、湿った裏山。そこには「素材」が溢れていた。
十歳で産み出した蛇の呪霊『黄泉』は、周囲の呪霊を喰らい、湊の配合によって人知れず進化を続けていた。ある時は野犬の筋組織を混ぜ、ある時は水子の呪霊の執着を混ぜ、その肉体はもはや一軒の民家を丸ごと呑み込めるほどの**「大蛇(オロチ)」**へと成育していた。
十五歳になったある日の放課後。
湊が誰もいない理科室で、低級呪霊をどう「配合」すべきか思案していた時のことだ。
「……君さ、それ、一歩間違えたらこの街ごと『異形』に変えちゃうよ?」
背後からかけられた、あまりに軽い声。
湊は法界定印を結びかけたまま、ゆっくりと振り返った。
そこにいたのは、季節外れの黒い上着に身を包み、目隠しをした長身の男。
男は鼻歌でも歌うような気楽さで、湊の「影」――今まさに特級への変異を始めようとしていた、大蛇の歪な呪力の胎動を覗き込んでいた。
「誰……? 今、いいところなんだけど」
「僕は五条悟。君みたいな『ヤバい才能』を、上層部のジジイたちに見つかる前にスカウトしに来た、親切な先生さ」
五条は目隠しの奥の「六眼」で、湊を、そして湊の魂のカタチをスキャンする。
驚愕。
それが、最強の男が抱いた最初の感想だった。
少年の呪力は、循環していない。すべてが一点の「核」に向かって収束し、自分自身さえも『素材』として再定義し続けている。
「君の術式……**『万生配合術』**か。へぇ、呪霊をただ祓うんじゃなくて、パズルみたいに組み替えてるんだ。おまけに、その『大蛇』……元は人間(母親)の魂だね?」
湊の瞳が、わずかに細まった。
初対面で自分の本質を見抜いた男。だが、湊に恐怖はなかった。
代わりに湧き上がったのは、抑えきれない好奇心だ。
「……先生のその『眼』。すごく綺麗な青だね。……何が混ざったら、そんな色になるの?」
「おっと、怖いね。初対面で僕を『解体』しようとする生徒は初めてだよ」
五条は笑いながら、湊の頭にポンと手を置いた。
瞬間、湊は理解した。
自分の**『術式反転・分解』**の力が、この男に触れることすらできない。無限の距離が、自分と男の間に横たわっている。
「……混ぜられない。分解も届かない。……完璧な素材だ」
湊の口元が、狂気じみた愉悦に歪む。
五条はその危うい微笑みを見て、確信した。この少年は、放っておけばいつか世界を平らげる。ならば、自分の手の届く場所で、その『配合』を見守るべきだと。
「決まりだ。明日から東京に来な。
東京都立呪術高等専門学校。そこには君が一生かかっても混ぜきれないほどの『呪い』と『絶望』、そして君を飽きさせない仲間たちが待ってるよ」
湊は、自分の影の中で蠢く大蛇の、重厚な鱗が擦れる音を聞きながら、五条の青い瞳を見つめ返した。
「いいよ。……その『無限』、いつか僕の配合皿に載せてあげる」
最強の術師と、全てを素材と見做す少年。
九条湊の舞台は、呪術界の中心地へと移り変わる。