東京都立呪術高等専門学校。
結界に守られたその山懐へ足を踏み入れた湊は、周囲に立ち込める「蓄積された呪い」の芳醇な匂いに、かつてない高揚感を覚えていた。
「ここ、すごいね。何百年前の残穢まで層になって重なってる」
「趣味の悪いソムリエみたいな感想はやめてよね」
五条に連れられ、湊が向かった先。そこには、二人の先客がいた。
一人は、重い宿命を背負ったような冷徹な瞳の少年、伏黒恵。
そしてもう一人は、快活な笑みを浮かべ、その腹の中に「呪いの王」を飼う少年、虎杖悠仁。
湊の視線は、一瞬で虎杖に固定された。
正確には、虎杖という「肉体の檻」の中に閉じ込められた、あまりに苛烈で、あまりに濃密な**両面宿儺の魂**へと。
「(……あぁ、なんて美しい。千年もかけて熟成された、最上の『猛毒』)」
湊の指先が、無意識に法界定印を結ぼうと動く。その配合師としての本能が、虎杖を解体し、その毒を自らの大蛇に注ぎ込みたいと叫んでいた。
「……おい、お前。何見てんだよ」
「あ、ごめん。……君、いい匂いがするから」
湊の言葉に、虎杖は怪訝そうに首を傾げたが、隣にいた伏黒は即座に術式を構えた。
伏黒の「十種影法術」が、湊の影から漏れ出す「異質すぎる気配」に激しく反応していたからだ。
「五条先生、この男……影の中に何を隠しているんですか。俺の玉犬がこれほど怯えるのは、宿儺以来だ」
「おっと、恵。初日から喧嘩はなしだよ。彼は九条湊。……ちょっとばかり『混ぜる』のが得意な、僕の秘蔵っ子だ」
五条が軽く場をなだめた瞬間、湊の背後の影が大きくうねり、巨大な質量が床を叩いた。
それは、母の命から始まり、数多の呪いを喰らって進化した漆黒の大蛇。**『黄泉』**。
かつての蛇の面影はなく、その巨躯は理科室を埋め尽くさんばかりの威圧感を放ち、虎杖に向かって鎌首をもたげた。
「『黄泉』、ダメだよ。挨拶は丁寧にしなきゃ」
湊がそう嗜めると、大蛇は不満げに鼻を鳴らし、再び湊の影へと溶け込んでいく。
その一連の動作を見た五条は、目隠しの下で口角を上げた。
「湊、今日から君の任務は彼らと一緒だ。
悠仁、恵。湊の術式は便利だけど、絶対に背中は見せないように。
気づいたら君たちの腕と呪霊の首が**『万生配合術』**で繋がってるかもしれないからね」
冗談とも本気ともつかない五条の言葉に、高専の空気が一気に張り詰める。
湊は、自分の白い掌を見つめた。
宿儺の指、伏黒の式神。この学校には、素晴らしい素材が溢れている。
「……先生、楽しみだよ。この学校のすべてを使い切れば、僕は……」
神にさえ届くかもしれない。
湊は言葉を飲み込み、虎杖に右手を差し出した。
「よろしく、悠仁。……いつか、君の中にある『毒』、少しだけ分けてね」