少年院を包んでいた帳が剥がれ落ちる。
だが、その静寂は救いではなかった。
伏黒が外で待機する中、意識を失った湊の傍らで、虎杖悠仁の肉体は変質していた。現れたのは、呪いの王――**両面宿儺**。
「……ケヒッ。ようやく代わったか。さて、まずはどこから――」
宿儺の言葉が止まる。その四つの瞳が、湊の影から立ち昇る「異質」を捉えたからだ。
そこには、脳を焼き切られ膝をつく湊を守るように、漆黒の龍が鎮座していた。宿儺の指を取り込み、特級呪霊を素材として羽化したばかりの合成特級呪霊。
「ほう。これは驚いた。人間が、俺の『欠片』をこれほどまで醜く、そして貪欲に捏ねくり回したか」
宿儺は愉悦に口角を吊り上げ、龍を見下ろした。
龍――『黄泉』は、宿儺という絶対的な強者を前に、本能的な咆哮を上げる。同時に、龍の周囲の空間が、まるで見えない刃で刻まれるように細かく震え、触れた地面や大気が次々と砂のように崩れ去っていった。
「(……この龍、触れるものすべてを『分解』しているのか。九条湊の術式特性を、そのまま生命として体現したというわけだ)」
宿儺は龍が持つ、その**「強制解体」**の権能に興味を惹かれた。
「……あ、あはは……。起きてたんだ、王様」
血を吐きながら、湊が薄く目を開ける。脳への過負荷で焦点は定まっていないが、その瞳には依然として、素材を求める飢餓感が宿っていた。
「小僧。これが貴様の術式か。情報の継ぎ接ぎ。吐き気がするほどに不純だが、その執着だけは評価してやろう」
「……不純、かな。……全部混ぜれば、最後には……『純粋な一(ひとつ)』になるんだよ」
宿儺が嘲笑い、一瞬で間を詰め、湊の喉を掴もうと手を伸ばす。
だが、その指先が龍の鱗に触れる寸前、宿儺の呪力が目に見えて「解体」され、霧散した。
「ほう……。俺の呪力を『素材』としてバラバラにするか」
「**術式反転――『分解』**」
湊の呟きに合わせ、龍が呼応する。龍の尾が宿儺を薙ぎ払うが、その一撃は打撃ではなく、触れた部分の存在を消滅させる「分解の波動」だった。宿儺はそれを紙一重でかわし、空中に「解(カイ)」を放つ。
龍の鱗が斬撃を喰らい、火花を散らす。
「ハハッ! 良い、殺してやろう!」
宿儺の斬撃と、龍の分解が正面から激突する。
爆煙の中、湊は確信していた。今はまだ、この男を素材にすることはできない。だが、一度その牙に触れたことで、湊の「配合皿」には、呪いの王という史上最高の情報の残滓(データ)が刻み込まれた。
最強の毒をその身に宿したまま、湊の意識は再び混濁していく。
それは、世界を混ぜ合わせる術師が、真の覚醒を遂げるための深い、深い眠りだった。