五時だ辻は糸的な物です
天高く、馬肥ゆる秋。いや、全くと言って秋ではないのですけども。なんというか高く澄み渡った空を見るとなんとなく言いたくなってですね。語呂も良くて大変口馴染みがいいわけでつい、や、声には出ていないんですけども。難儀なことで、はい。それにしても、本当、全く素晴らしい晴天であることでしょう。こんな歴史的な調停が結ばれる日に相応しい天気といった具合で、ええ。私は直接的には条約に関わっておりませんが、いや、間接的にも関わっていませんね。私、何にもしていませんから。正しくは出来なかったですけども、ほんっとーに不本意ながら。この条約については全くの部外者といえましょう。いや、トリニティ生ではあるので全くの部外者でもないですか、あら。あれはゲヘナの生徒ですかね?こうやって目に前にするとなんだか不思議な感覚ですね。トリニティの伝統的な聖堂にゲヘナの生徒。アンバランス、とまではいきませんが。想像に容易くない。彼女らもずいぶん気が張っているようで。なんだか面白いですね。あぁ、そんなことで、まあ、これからどうなるかは不明ではありますが。おそらくは、彼女達の期待通りにはならないでしょう。まだ式典までは時間がありますし、よし。ここで座って燻っていても仕方ありませんね。私のすべきことを、ぼちぼち私も最後に、やることやりましょうか。
微睡む、意識は張る。この感覚を私は知っている。
霧のかかったような情景。焦点の行先の無い空。この場所を私は覚えている。
体を起こす。するとそれに合わせて何もかもがはっきりしてくる。視界が開けて、そして気づく。
"君は"
袖の余った制服に、金色の髪。頭の上では狐耳がゆらりと動く。
「また会ったね、先生。」
ティーパーティーの百合園セイア。その人が目の前に立っていた。
「少し、私の話を聞いてはくれないか?」
え、あ。あ、あ。はい。はい。少しでしたら少しは私の命ですか、すみません不謹慎ですかね。そうです。あ、あなたも。変わった見た目、近い。あの、方に。雰囲気というか、なんでしょう。容姿、形ですか。形ではないですね、二つの容姿。それが言葉だと思います。
「私は本来、人の作品には手を加えない主義ではあるのだが」
「それは、見るに耐えないので少し手を加えさせてもらった」
あ、そうですか。なるほど。ありがとうございます。だから、でも、どうして。元にならなかったんですか?そうじゃないのに。忘れてください。おぼえてもないですか。これは、もっとも。便利では元々。なかったものですから。無いもの。なかったです。ありがとうございます。
「しかし、長くは持たないだろうな」
「それは木でできた箱に溶けた金属を流し込むようなもの」
「私はその木箱をさらに大きな箱で覆っただけに過ぎない」
「次第に溢れ出してしまうだろう」
はい。そうで、そうですよね。そうですか。いえ、十分です。これは、元々ですから。長くはできていないんです。応急処置みたいなもので十分です。長くないですから。知っていたことです。でも、いや。なんでもないです。
「これは独り言なのだが」
「北西に向かうとようだろう」
「あそこは静かで凪いでいる」
あ。はい。はい、はい。ご忠告ありがとうございます。でも、しかし。行かなくてはいけない場所が、ある。ありまして、そこへ向かいます。すみません。聞き入れられなくて、あ。これは、本当に感謝しています。時間があれば、それ、よかったので。あ、あ。それでは。ここで。あの、本当にありがとうございます。
「ああ、それでは」
「美しい終末を」
「少し、私の話を聞いてはくれないか?」
そう言うとセイアは私の横を通り過ぎて後ろにあったテーブルの向こうに椅子を引いて腰掛けた。
「先生も座ってくれたまえ」
と、向かいの椅子をちらりと見てから私にも催促してくる。私はそれに従おうと立ち上がり椅子を引いた。椅子は全くの抵抗もなく私が座る分のスペースを広げた。そこに腰掛ける。
と、そこまでしてふとセイアの様子が前にあったときよりも随分と変わっていることに気づいた。
前はもっと憔悴していて何かを恐れている様子だった。しかし、今はどうだ。全くそんな気すらも感じさせずそこにあった。
私が座ってから若干の空白時間が流れた。その間セイアは少し上を見上げて目を瞑り何か考え事をしているように見えた。やがて、それも終わり。セイアは目を開けて私に顔を合わせ、喋り始めた。
「初めのうちは苦しかった。」
「逃げられず、封もできず、手放す事さえできない。」
「味わいたくもない悪夢を何度も繰り返した。」
それは私に語っているわけではないように思えた。目線は確かに私の目を射抜いているが、声は違う。ピントは私の向こう。あるいは、私ではない誰かに向いている。
「ただ、それだけじゃ無かった。」
「苦しみを乗り越えた先には確かな幸福があった。」
「手を伸ばした先には確かな救いが」
「全て諦めずにあがいた先には光が」
「信じることにした先には居場所が」
「確かな信念を貫いた先には幸せが」
「そしてそのすべての中心には先生がいた。」
「先生、私が見た未来では全員が幸せになれるようなハッピーエンドだったよ。」
"じゃあ、そんなハッピーエンドを掴むために私はもう起きなくちゃ"
セイアはそんな私の発言に納得したのかやわらかい笑みを浮かべた。そうしてゆっくりと閉じた目をゆっくりと開く。
「そうだね。」
「私もそろそろ起きなくてはいけない頃合いかもね」
"ハッピーエンドは生でみた方が感動もひと塩だよ"
"あ、その前に仲直りが先かな?"
「どちらも、起きてから楽しむことにしようかね。」
そうやって起きることを意識したからだろうか。ゆっくりと意識が揺らいでいく感覚がする。
"じゃあ、私は先にいくね"
「先生。」
「また、現世で会おうか」
"またね、セイア"
私の意識が現実に浮上していく。視界が真っ白になって、それで────
「先生。」
「すまないね、先生。」
「君が病む必要はないんだ。」
「振り返らずに、進んでくれ。」
歩いこともままならない。本当に困ったです。いや、しかし、よくここまで歩く、いてきましたね。私ごとです。バイタリティにおおどろ驚きを隠せません。いや、止まっている暇はないてでるかないです。歩くければないんです。ほんとうに。理由なんかないても。ただ、一つのことでいいんです。一本一歩です。場所は知る。おります。わかってる。役目に演目なんて、主役の一つでしょうから。ようやく。待ってくだしあます。いて。不良ひんでも粗あくひんです。ないすで。ないいます。あります。あなたに、一言感謝も待っていますあり。向かいます。百合ぞのさん。
「今、向かいます。」