【急募】この世界で息をする方法を教えてください 作:変身スキー
☆
大学二回生の春。俺は死んだ。
心臓麻痺だったのかなんなのか。急死した側からすれば理由などさっぱり分からないけれど。
とりあえず、泡を吹いて一度目の人生が終わりを迎えたことを思い出したのは、今世でも死にかけてからだった。
なんでも交通事故だったらしい。対向車線から向かってきた車が前に座っていた父と母をぺしゃんこにして、私だけ助かったのだという。
知らない人たちに囲まれながら、茫然自失。
その感覚は一時的なものなんかではなく、ずっと私を苦しめ続けた。
まるで水中で動いているかのように、うまく心と体を動かせない。
霞がかったような感覚について、お医者さんは心因性のものかもしれないと言っていたけれど。
結局のところは原因不明の一言で片づけられてしまった。
もしくは、前世の『俺』と『私』。
二人分の人生を私、四谷セイが受け止め切れていないだけなのかもしれない。
つまるところ。
要点だけをきれいにまとめると。
四谷セイという、小心者で友達の少ない女が出来上がったというだけの話だった。
「――友達が欲しぃ」
祖父母と共に暮らしている家。その中、私に割り当てられた部屋で一人呟く。
両親がいなくなった私は祖父母の家で暮らすようになっていた。
刺さるような二人の優しさを受けながら、すくすくと中学生に至るまで育ててもらったので感謝しかない。
「セイ、そろそろ時間だよ」
「はぁい」
祖母の声に、自室の姿見の前で寝ぐせなどがないか最後に確認をする。
鏡の中に映る私はどこか自信なさげで眉が垂れていて。
どことなくぼうっとしていて覇気がない。
腰まで届く黒い髪はゆるりとウェーブがかかり、私という人間の鬱屈さを表しているようだった。
血の気の少ない白い肌が、存在感の薄っぺらさを象徴している。
「ほら、気を付けて行ってらっしゃい!」
「……うん」
お弁当を持たせて元気に送り出してくれるおばあちゃん。
彼女の四分の一くらいの血を受け継いでいるはずなのに、その元気のよさは微塵も引き継がれなかった。
通学路の途中で思わず息を吐く。
今日は中学校の始業式。
長い休みは自分がゆっくりと摩耗していくみたいで嫌いだけど、別に学校が好きという訳でもない。
しかし全くもって難儀な体。
どうせならすべて思い通りに動かず、自立駆動してくれればいいものを。
情報だけは鋭敏に脳に届けに来るのだから始末が悪い。
「おはよう、セイちゃん」
「あう、おはようござぃます」
校門を抜けると見知ったクラスメイト達の姿もちらほらと。
お愛想で挨拶をしてくれる優しい人たちにごにょごにょ、と言葉をもてあそんでその場を切り抜ける。
それでもできるかぎりしっかりと頭を下げることを何度か繰り返していると、いつの間にやら私の通う教室だ。
こんなことを、この中学に入学してから数か月は続けている。
律儀ではなく進歩がないと称するべきだ。
黙って席に着く。
隣の席の女子生徒は、なぜか一心不乱に石を磨いている。
入学してから見慣れた光景だけど、なぜそんなことをしているのかについては知らない。
聞けるわけもないし、他のクラスメイトが聞いても彼女は要領の得ない言葉を返すだけ。
こっそり聴けもしないのだ。
……正直、すごく気になる。
なんでそんなに石を集めているのか、とか。すごく聞きたい。
浮世離れしているというか、不思議な子。
でもちょっとした世間話くらいはできるので、私よりは人間ランク上位者である。
思わずちらちらとそちらの方を見てしまいそうになる自分を律しつつ。
私は自分を守るために丸くなった。
机の上で突っ伏して寝たふりを敢行したわけだ。
これをやってると、『あ、セイちゃん寝てるんだ~』で皆スルーしてくれる禁断奥義。
代償は、人間関係。けれど防御力が100倍程度には増える。
だけど、そんなことをしているから私は気づかなかったのだ。
件の石の君。
「……」
高松燈さんが、私の方を見ていることに。
☆
それが起きたのは突然だった。
「ぁ、あの」
あくる日。いつものように席についた私が、かたつむりのように教科書をゆっくりと鞄から机に移していた時。
彼女、燈ちゃんが声をかけてきたのだ。
「これ……」
そして、ことりと艶々とした丸い石が机の上に置かれた。
…………私には意味が分からない。
人生経験豊富なイケイケ女学生なら、この行為に隠された意図を読み取ってバカ受けトークを始めることが出来るのだろうか。
勿論私には無理。
とりあえず、机の上の石に手を伸ばすことにした。
最初はひんやりとした感覚を伝えていたはずなのに、いつのまにか指先にほんのりと暖かさを届けてくれた気がした。
「暖かい」
「ぉ」
思わずこぼれた言葉に燈ちゃんが僅かに反応を返す。
石にわかの私の感想なので、一瞬ぶん殴られることも覚悟したが、彼女にとってはなんだか好感触だったらしい。
「ぁ……他にもいっぱいある!」
僅かに頬を赤く染めて、自身の机の上の鞄から箱を取り出す燈ちゃん。
それが私と燈ちゃん……燈との出会いだった。
私にとっては記念すべき今世友達第一号の燈は、急に話しかけられることが苦手らしい。
その点、私はわざわざ頭の中でしゃべりたいことをまとめてから話を行うので、奇妙なテンポ感ではあるがスムーズな会話を行う事ができるようだった。
つまりは相性が良かったのだ。
それになんとなく気づいたころには、すでにお互いの名前を呼び捨てで呼んでいた。
え?早いって?わはは。そこに至るまでなんと半年ほどもかかっているのだ。
互いが互いに恐る恐る触れ合いながら構築した友人関係。
ともかく、燈は私の知らないことをよく知っていて、なによりも意外なことに行動力もあった。
でも、その分唐突に横から押されるのにはひどく弱いような子。
人生二回分、生き物にはとんと興味のなかった私だが、彼女と一緒にいるうちにいつの間にか私も多少詳しくなっていた。
これは私の要領がいいわけではなく、燈の力によるものだ。
「染み入るって、多分こういうことだ」
「ん?」
ふと、彼女の説明を聞きながらそうつぶやいた。
私の部屋で、付箋や写真。そして図鑑を広げながら過ごしていたひと時。
燈の言葉はゆっくり穏やかに。静かに深く入ってゆく。
二人で過ごす互いの感性を研いでゆくような時間は、私の霞みがかった余分な部分も少しずつそぎ落とされるようで心地が良かった。
お互いの家にこうして出入りするようになるのには、さらに一年。
二年生も半ばという時期だった。
そして、燈が私の部屋の中にあったソレを見つけたのは、私の家にきた何度目かの出来事だった。
「これ……ギター?」
布を被って、クローゼットの奥に眠っていたのを彼女が見つけたのは偶然である。
たまたま物を取り出そうとしてくれた時のことだった。
「セイ、ギター弾けるの?」
燈の純粋な疑問に首を振った。
「弾いたことはないよ。……これ母さんの形見だから」
「セイの両親……」
「うん、亡くなってるけど……何も覚えてない。物心ついてからも一緒にいたはずなのにね」
時と共に記憶は摩耗する。
つながりが絶たれ、記憶の奥からも消えた両親は。
私にとってはもう通り過ぎてしまった人である。
「ちょっと聴いてみる?」
少しだけ興味がある素振りを見せていた燈は、私の言葉に少ししてから頷いた。
長年ほったらかしにしていたから、弦を変えないといけない。
幸運なことにスペアはあったので、張り替えるだけだ。ニッパーもある。
手早く、作業をすすめる。
前世では、それなりにギターを弾いていた。
それでもかなりの時間が立っていたはずなのに、作業は恐ろしいほどスムーズに進んだ。
ペグを回して、締める。チューナーはないけど簡単にチューニングをする。
……今世でも音楽に興味がないわけじゃない。
今世でも売れ線の曲は押さえているし、前世では小さな箱のステージの上に立ったこともある。
「弾いちゃったら、辛いことを乗り越えちゃった気がするからなんとなく避けてた」
「それっていいこと、なんじゃ」
「うん。でも二の足を踏んでた」
あるいはダンゴムシのように丸まっていた。
前に倒れるようにして生きるべきなのに、転がっていたかったから。
ギターの弦を抑える。ピックと弦が触れる。
技術よりもなによりも。この体じゃあ弦を抑えるだけで精一杯。
だからメロディも不格好だ。前世の技量には遠く及ばない。
でも、ゆっくりとしたバラードならなんとか形になったから。
少し弾いてみた。
「……やっぱり、ちゃんとやんないと感じがでないね」
少しだけ。少しだけすっきりしたけれど。
ギターで遊んだ程度のもの。特に何かが変わるわけではなかった。
「どうしたら、いい?」
「燈……。ぁー……分からない、けど。でもちゃんと私が音楽をするときは燈に見てほしいかも」
「ぁ……、うん」
母のギターを握っているとなんだか力が少しだけついた気がして。
多分事故以降で、初めて言いたいことを言えたのは、多分その日だった。
そして――――。
ちょっとだけ季節がすぎて。
また私はギターを持ってここにいる。
……というよりは身を守るようにして抱いているのだけど。
「四谷セイさんですわね、お話は燈さんから聞いておりますわ」
「あぅ……」
にこにことまぶしいほどの光を感じて、思わず目を細める。
ツインテールのお嬢様。なぜ私なんかにこんなことを言ってくれているのか皆目見当もつかず。
「ぁ……」
痛いほど私の右手を握る燈に視線をやると、その親友はぱっと目を伏せた。
燈さんや。どういうことなのでしょう、これは。
思わず冷や汗が頬を伝う。
これは私が初めて息を吸う事ができたとあるバンドのお話。
暖かかった春から初夏と。
そして――――それが終わるまで。
誤字脱字の指摘があれば泣いて喜びます。
感想も同上。もっと喜びます。