【急募】この世界で息をする方法を教えてください 作:変身スキー
☆
世はガールズバンド時代。
いや、誇張などではなく。
音楽の話というと、基本ガールズバンドについて。
CDショップの表には、人気のガールズバンドのPVが流れているし。
学生間でバンドを組むなんてことは珍しくもない。
前世の経験曰く、男女の比率さえなんだか違うこの世界が【Bang Dream!】というゲームの世界ということは知っていた。
けれど、正直アプリでカバー曲を少しだけ遊んだことのある程度の知識しかなかったので、特に私の情動に影響を与えることなどなく。
今日にいたるまで別の世界の話としてのうのうと生きてきたわけ、なのだが。
中学三年生。
紹介したい人がいると、燈がその少女を紹介してくれたのは中学の最終学年に上がって少し経ったころ。
そして何よりも燈との友人の数にさらに差が開いた記念すべき日でもあった。しくしく。
「豊川祥子と申します。月ノ森中学の三年生ですわ」
燈の部屋で正座をしたまま、丁寧に頭を下げられる。
なるほど、月ノ森中学はお嬢様学校だ。どうりで物腰が丁寧な人だと思った。
燈の家の裏がすぐ月ノ森だから、燈の家の近くで「ごきげんよう」なんて挨拶をしているのを聞いたのは一度や二度の事ではない。
「燈さんからお話は聞いております。燈さんのご親友だと」
「え、えへ。まあそう、中一の時からずっと」
こくり、と燈も頷いて肯定する。
しかしお嬢様が燈と仲良くなったのは分かる。
ではなぜ私に声をかけるなどということになったのだろう。
「実は、私達バンドを組むことにしましたの」
「はぇ?」
「うん」
「へぁぇ、ええ!?」
私にしては本当に珍しいことに。
とんでもなく大きな声が口から出た。
でも、燈が肯定しているから事実だ。騙されているという訳でもない。
まさかバンドという意味を知らないはずもないのだから。
「そ、そうなんだ」
「はい!燈さんが書いた歌詞にいたく感動しまして……」
「歌詞……あぁー」
ちらり、と祥子さんの視線の先には燈が書き溜めた学習帳の束が。
あれには燈が書き溜めた詩が入っている。
交換日記代わりにもしているけれど、歌うものではない。
けれど歌詞も……まあ詩の一種ではある。
燈の詩は、言葉以上にいい意味で心に刺さる。
人間の心の何かしらのとっかかり。あるいはささくれに引っかかるのだ。
「豊川さんは作曲、も。できるんだ」
「は、はい。まだ嗜む程度ですが」
照れくさそうに豊川さんは笑う。
なるほど。学生でそれはすごい。さすがはガールズバンド最盛期と言ったところか。
「それで……燈さんがもしバンドをするのならば貴女もぜひ、と」
「そ、そうなの?」
「うん」
「セイさんはギターの経験があるとのことですが……今少しだけ弾いていただくことはできますか?」
「あー……」
ちらり、と豊川さんが私のギターを見て言葉を作る。
燈に持ってきて欲しいと言われて持ちだしたギター。
あれからたまにメンテナンスをしているので、今回は弦まで張り替えるようなマネはしなくていいけれど。
……正直に言えば。断ろうかと思っていた。
私なんかが入ったら迷惑になるだろうと。
でも、燈の不安げな瞳に移る私の姿をみると、不思議と私を包んでいた停滞の意思がほんの少し和らいだような気がした。
「最近の曲なら少しだけ……耳コピだからいい加減だけど」
「本当ですの!?ぜひお聞かせください」
「あ、多分。上手なわけではないと思うんだけど」
光のような笑顔に焼かれる。
純粋に喜んでいるところ申し訳ないけれど、燈の歌詞と並ぶようなものを期待しているのなら期待外れに終わると思う。
「でしたらさっそくスタジオを……」
「え。い、いや、音を聞くぐらいなら私の家でいい、よ」
燈の加護のおかげか、いつもより言う事のきく口で祥子さんにそう言うと、彼女は再び目を輝かせた。
……実は燈にいいかっこをしたくて、こっそり練習用のアンプを買っていたりする。
そして。その同日。
私の家は、史上二人目の友人を迎え入れることになったのだった。
「あら、防音材」
「元々、お母さんの部屋だったらしいから、張ったままなの」
まあそれでも多少音は漏れるかもしれないけど、戸建てだから大目に見てほしい。
ギターとアンプを繋ぐ。
僅かに触れた弦がキュイ、と音を残した。
「あ、じゃあ。Poppin' Partyの『ティアドロップス』を」
二人に見られている。
それだけで、いつもなら身も心もガチガチになって動けなくなるのに。
心臓がどくどくと鼓動すると、全身に血が勢いよく流れる。
そんな当たり前なことが、はっきりと自覚できる。
音を、刻む。
危惧していたことだけど、指の練習もほとんど何もしていないからコードを抑える手は震え、もつれていく。
だけど、それでも何かに身をゆだねるような。
何かが背を支えるような。不思議な感覚が目の前から少しずつ霧を払っていく。
そうして気づいたときには二人の拍手が聞こえていて。
じっとりと汗を背にかいたまま、私の手は演奏を終えていた。
「……どうかな。多分期待しているほどじゃあなかっただろうけど」
「でも、弾けていますわ」
さぞかしがっかりしただろうと思ったが、彼女はギターのネックを支えていた左手を両手で包んでそう言った。
「あ」
「やりましょう、バンド!」
「う、うん」
勢いよく言われたものだから、私も思わず頷いてしまった。
だけど、流されてしまった後悔はなかった。
たぶんそうではなく。おそらく引き上げられたのだ。
それからは三人で少しだけ他愛のない話をした。
好きな事とか、苦手な事とか。
燈のこととか、祥子さんとのこととか、私のこととか。
まあ、両親の話はさすがに伏せておいたけど。
言わなくても彼女ならいつか気づくかもしれないが。
そして祥子さんはまた連絡することを伝えて、上機嫌で帰っていった。
――なんだか、台風のような人だったな。
頭の中で、「ですわー」と言いながら駆け抜けていく祥子台風を想像する。
「そういえば。燈はなんで祥子さんに私の事を話したの?」
「あ……。ごめん……」
「え、あ。いや……。怒ってないよ?全然」
しゅん、とした表情をしてしまった燈の誤解を解く。
何の考えもなく私のことを話すわけがない、というある種の信頼もあった。
「まえ、セイの話を聞いて……。それと祥子ちゃんの話を聞いて。それで、祥子ちゃんならセイの背中をおせるだろうな、って」
初めてギターを見せた時に零した言葉。
それを彼女なりにずっと考えていてくれていたらしい。
もしかしたら彼女にとっては心の叫びのように聞こえたのかもしれない。
そして。自分自身自覚はなかったけれど、事実そうだったのだろう。
「燈。ありがとう……。――――バンド、一緒にやろう」
「ん、うん」
少し泣きそうになったから、燈に顔を見られないように彼女の事を抱きしめた。
彼女より上背が少し大きいので、そうすれば彼女にバレることはない。
ずっと私は息をする方法すら知らないまま、きっと生きていた。
息をするためのものは、今私が握っている。
☆
それほど日を置かずに、祥子さんの連絡は来た。
どうやら最初は、バンドメンバー同士の顔合わせを行うらしい。
考えてみれば、バンドをするのであれば私達三人だけでないのは当たり前の話。
ある程度予測はしてたことである。
彼女が呼んだメンバーは三人。
うち二人は祥子さんと同じ月ノ森中学の学生らしいが、もう一人は違うらしい。
「改めまして。豊川祥子と申します」
みんな揃って集まった喫茶店。
そこで、青色のツインテールを揺らして祥子さんが自己紹介を行った。
しかしいつ見ても、凛と張ったような表情が似合う人だ。
「そして。こちらが若葉睦です」
「……」
ぺこり、と苗字の如く若葉色の頭がわずかに下を向く。
顔のパーツが動く気配はない。鉄面皮というのはこのことだ。
おたおたしがちな私もあれくらいの落ち着きがあれば、とも思う。
それに、彼女からは燈に負けず劣らずの不思議系オーラを感じる。
ちょっと系統が違って、何をするのか予測がつかない、とかそういう感じ。
祥子さん曰く、小さなころからギターをやっていたらしい。
前世では軽く流す程度しかやってない『俺』と比べてもおそらく腕前は上だと思う。
あと、有名人の娘らしい。私にはぴんとこなかったので、間抜けな声を漏らすしかできなかった。
こんどちゃんと予習するから許してほしい。
「そして長崎そよさん」
「長崎そよで~す」
茶発の髪が緩くウェーブしている。
私みたいに取っ散らかってなくてふんわりしている彼女もまたお嬢様という感じの子だ。
おっとりとしていて優しそうな人。
吹奏楽部でコンクール経験もあるのだとか。
そこでの弦楽器での経験から、祥子さんがスカウトしたのだそう。
「そして……椎名立希さんです。私も会うのは今日が初めてですので……立希さん。皆様にご挨拶を」
「椎名立希。羽丘中学」
ほかの皆に比べると、どこかつっけんどんな返しをした彼女は、お姉さんが月ノ森中学の生徒らしい。
その縁で声をかけたらしいが、本人はあまりお姉さんのことには触れたくないらしい。
わざわざ地雷を踏む度胸もないので、大人しくこの件には立ち入らないようにしよう。
ただでさえ気が強そうで、触れるだけで蒸発しそうだけどお嬢様達の後に彼女を見るとどこか安心する。
「――なに?」
「ぁ、いや。ナンデモナイデス」
じっと彼女を見ていたのがばれて威嚇されてしまったので、目を逸らして誤魔化す。
危ない。消滅するところだった。
「皆さん。本日はお集まりくださってありがとうございます。皆さんとお会いすること大変楽しみにしておりました。これからわたくしたちはバンド……共に音楽を奏でる運命共同体となるのです」
運命共同体。前世では果たしてそんなことを考えながらバンドを組んでいただろうか。
あくまでも音楽を共有できる集合体としか認識していなかった気がする。
「運命共同体か~」
「どんな音楽を奏でるの?」
睦さんがぽつりと疑問を返し、埋没しかけた思考が再び浮かび上がる。
いけない。皆がいるのに勝手に自分の世界に入り込むところだった。
「皆さんは『Morfonica』というバンドを知っていますか?」
「知らない」
立希さんと同じく、私も知らない。
燈も同じく知らないようだったが、月ノ森の三人は知っているようだった。
祥子さん曰く、月ノ森の学生で組んでいるバンドなのだとか。
その話をしている時の彼女の目は、燈の話をしている時に負けず劣らずキラキラとしていたので、かなり『Morfonica』には影響を受けているらしい。
始動としては、その『Molfonica』のコピーバンドになるのだろうか。
「ゆくゆくは私たち独自の楽曲も合奏したいと考えております」
「独自って……できるの?」
「作曲については嗜んでおりますし、こちらの燈さんが作詞の天才ですので……」
「ぇ」
「件のノート見せてくださる?」
祥子さんに言われて、ちょっとだけ抵抗をしたが燈が勝てるわけもなかった。
無言で助けを求める気配もあったけど、今の私はただの壁。
行き場のない彼女の手を握ってやることしかできません。
そよさん達は、そのノートに書かれているいくつかの詩へ目を通している。
あのノートには私の感想というか。そういったところも書いているので少しだけ恥ずかしい。
でも、詩を見られている燈のほうがもっと耐え難いはずなので大人しく我慢する。
「へぇ……こういう感じなんだ……」
「歌詞を書けるだけすごいよ」
「うん」
「ほっ……」
少なくとも否定はされなかったことで、燈の緊張は多少溶けたようである。
しかしつないだ手の握る強さは変わっていない。
「曲はピアノで弾いたものがありますから、後ほどスタジオで披露しますわ」
「ス、スタジオ……!」
「?」
いよいよ皆で合わせる機会が近づいてきているのだと、私の心臓がわずかに早鐘をうつ。
怖がっているのか、それとも楽しみにしているのか。
自分自身を俯瞰で見るのは得意じゃないので、分からない。
今のところは、口に含むコーヒーの味だけが確かなものだった。
そよさんが借りてくれたスタジオは、皆でいた喫茶店からそれほど遠くないところにあった。
これならここを使う時はあの喫茶店にも行きやすそうだ。羽沢ブレンド美味しかったし。
「『CiRCLE』だったら『Molfonica』さん達とも会えたかもしれないのにね」
「な……ふ、不純ですわ……」
「祥子ちゃんなら会いたいかなって思ったんだけどな~」
皆の話がどこか遠い所で聞こえる気がする。
鏡が張られた壁と、手入れされた楽器たちと見知らぬ空間が生み出す匂いのせいで、自分が迷い込んでしまったような気分にさせられる。
ふらふら、と誘い込まれるように中に入ってギターを取り出す。
「燈さんは、真ん中に来てくださる?」
「え?」
「燈さんはボーカルですから!」
「え?」
そういえば。このところずっとふわふわした気分だからあまり気が回らなかったけれど。
燈のバンドでの担当パートについては、彼女と話すこともなかった。
「わ、私が歌うの?」
☆
結局、燈はついぞまともに声を出すことはできなかった。
そうなると本格的な練習をできるはずもないので、その場では簡単に音合わせをするだけで取り合えず今日の練習はお開きになった。
ちなみに、私は燈のことを慰めていると、『人の心配をするよりもっと練習しろ(意訳なし)』というありがたい言葉をいただいた。
誰が言ったかおわかりですよね?
はい、おっしゃる通りです。セイ、練習します。
しかし少し併せてみて分かったことだが、全員すごく上手だ。
たいして存在しない前世分の貯金……仮に私の指が十全に動けたとしても、なお彼女たちの方が上手だと思う。
特にギター担当故、ことさらにわかったことだが睦さんがすごい。
七弦ギターなんか持ったこともないよ……。
でも皆で音を作るという経験はとても楽しかった。
少なくとも経験したことがないくらいには。
「セイちゃんって、いつからギター始めたの?」
「え、あぁ……大体半年前、くらい?」
「それであれだけ引けたんだ、凄いね!」
併せが終わった後、私はそよさんに捕まっていた。
本当のところは、意気消沈した燈について行ってあげたかったけど……祥子さんが一緒について行っていたから大丈夫、かな。
「んぅ、でもみんな上手だから」
睦さんの方を見て、思わず私は言葉を漏らした。
「睦ちゃんは小さなときからギターしてたって祥子ちゃんも言ってたし……。あ!睦ちゃんも昔練習してた本とか見せてあげたら?」
「……うん、いいよ」
「あ、ありがとう睦さん」
「まあ、本があったところで練習しなきゃ意味ないけどね……じゃあ、お疲れ」
「あ、お、お疲れ様……」
「もう、立希ちゃんったら……」
「大丈夫、わたし頑張るから」
「……あんまり無理しないでね?」
そよさんが私ににこりと微笑みかけてくれる。
や、やさしい。
でも、無理をしないというのは約束が難しい。
少しでも長く
ひいては、それが最も自分が自由になることにつながるのだから。