【急募】この世界で息をする方法を教えてください 作:変身スキー
あれから日は変わり、二度目のバンド練習。
燈は相変わらず歌う事は出来なかったものの、詩を朗読することまではできるようになった。
それだけでもすごい進歩ではあるのだが、そもそもバンドをするためにはそれだけではだめなわけで……。
それで皆で話しあってみた。
「歩道橋の上では、出来ましたのに……」
「歩道橋?」
なんでも発声練習のようなものを、歩道橋の上でやったのだとか。
たしかに車やらなんやらで声を出すことの忌避感は薄れるだろうけど……。
「うーん……じゃあちょっと他の音とかがある場所がいいのかも……例えば……」
そして。
その解決方法としてそよさんが解決策が『カラオケ』だった。
どうやら親睦会もかねての提案だらしい。
「あんたはこういうとこ初めてじゃないの?」
ドリンクバーではしゃぐ、燈と祥子、睦を見ながら立希さんが私に話しかけてくれる。
「ううん、初めてだけど……」
もちろん、今世ではというおまけがつく。
流石に前世では一度や二度友人と行ったことがあるのだ。
「そうなの?わかんない奴だな……」
「?」
「おまたせ、みんな行くよ~。そこの三人も遊ばないでくださーい」
受付を済ませてくれたそよさんに続いて部屋へと入る。
ところで。カラオケにきたはいいものの、私がみんなの前で歌えるとお思いでしょうか。
答えはNo。いいのです。私は燈が歌っているのに合わせてマラカスでも振っているので。
そんなことを思っていると
「じゃあ、みんなも歌おっか?」
「ええ!?」
複数あるデンモクのうち一つが私の目の前に置かれて、思わず仰天した声を漏らす。
そよさん!?名目上は燈の特訓のためではありませんでした!?
「わ、私たちも歌うの?」
「だっていきなりは燈ちゃんも歌いにくいだろうし」
「……一理ありますわね」
そよさんもその言葉に道理を感じ取ったらしい。
頭に?マークを浮かべながら、デンモクを触り始めた。
ぐむむ……なんとか交渉をしなければ……。
「で、でも祥子さん」
「そろそろ、さん付けはやめましょう。私たちは一蓮托生なのですから他人行儀のままではいけませんわ」
すごくいい笑顔でよく言ってのけることができるものだ。
でも、だとすればどう呼ぶべきか……。
「え、えっと……じゃあ。祥子ちゃん、睦ちゃん、そよちゃん、立希ちゃん……」
そして、隅のほうで縮み上がっている燈に目を向ける。
…………。
「燈ちゃん?」
「……」
「なぜ距離が遠くなりましたの!?」
ずーん、と音が聞こえてくるかのような勢いで落ち込む燈の悲しそうな顔と、戸惑ったような祥子ちゃんの声が私の心に突き刺さる。
えっと、えっと。じゃあ、ちょっと待てよ……。
「じゃ、じゃあ。燈、祥子、睦、そよ、立希……」
「はぁ?」
「そっちに合わせるんだ~」
「だ、だって。一蓮托生なら。そうするべきだと、思ったし……」
一人ひとりに合わせて態度を変えるなんて器用な真似はできないわけで。
だったらあまねく平等に扱った方がいいのではと思っただけなんだけど。
「いいですわね!では、私もそれに倣います。それで……セイ。これはどのように?」
「ええと……」
曲の入れ方を聞いてくる祥子に操作方法を教えていると、誰かが曲を入れたらしく室内が音楽で満たされる。
そして、すくりと睦がマイクを持って立ち上がった。
彼女が口を開くと出てきたのは、透明感のある歌声。
「歌った……」
立希に同感。
君はこっち側だと思っていたよ睦。
し、しかも上手いなんて。このままじゃどんどんとハードルが上がっていってしまう。
しかし。この時の私の心配はちょっとした杞憂だった。
要するにギターを弾いている時と同じだ。
マイクを持って歌いだせば、多少のひっかかりはあれどいつもに比べるとずっと口は回りだした。
どうやら、私の体は音楽をしている時だけある程度自由になるらしい。
理屈は分からないけど。
……今は一人で完結しているカラオケだったからこの程度だが、みんなでバンドとして演奏をしたとき、私はどうなるのか。
それを知るためにも私はこのバンドで頑張りたい。
「ふふっ……」
マラカスを振ってはしゃいでいる祥子を見て、睦が笑う。
それも意外というかなんというか。
「笑った……」
「睦ちゃんが笑ってるー!」
「睦は笑いますわよ」
「え。へへへ」
その様子に、思わず燈も笑い声が漏れたように笑った。
できるのなら。このみんなとのバンドが上手くいきますように。
そう思うには十分すぎるくらいの思い出。
そして。私たちのバンド。『CRYCHIC』は始まったのである。
☆
CRYCHIC。
それは、洗練された心の叫びを届けたい。
祥子のそんな思いを込めたバンド名である。
あのカラオケで皆で歌った日から少しずつ少しずつ。
燈は歌として、自身を表現できるようになっていった。
今は、詩ではなく歌詞としてのものを作ろうとしているらしい。
改めて、燈は自分自身の思いをもっと伝えることができるように。
そして私は深く。より深く音楽(呼吸)ができるように。
「っ、いてて……」
わずかに血のにじむ指先を思わずにらんだ。
すでに指先にはいくつもの絆創膏や短く切られた湿布が巻かれている。
今まで大した苦労のしていなかった私の指は、ギターの鉄線に簡単に負けてしまうらしい。
既に傷だらけになっていた。
つくづく思い通りにならない体が恨めしい。
こんなもの捨て去ってしまえと思うけれど、体がないとそもそも音楽ができない。
ううん、難しい。
「っ、大丈夫?」
その様子を見て燈が絆創膏をカバンから取り出してくれるが、丁重に断る。
彼女とおそろいの絆創膏は私もすでに常備しているものだ。
これでも合わせを中断しなくなる程度には耐性もついてきているのだ。
初めて指の皮がむけてしまったときは、もう何もできないくらいに痛かったけれど。
指の皮は少しずつ厚くなって、私が音楽をすることができる時間はどんどんと増えてきている。
「少し休憩する?」
「ううん、大丈夫。……それよりも祥子、ここ、なんだけど」
そよの提案を丁重に断る。
まだ、音楽をしたい気持ちは消えていない。
睦ちゃんからもらったお古の練習本なんかを使って音楽をしていると、やはりどんどん鈍くなっていたところが削れて、鋭敏になっていくような気分になる。
それは燈と話している時間とも似たような感覚で……。
そして上達すればするほど祥子と話す時間も増えていった。
作曲をしている祥子に、リズムとか。音の入りとか、そういう細かな確認。
まるで魔法がかかっているかのよう。
音楽をしている間は自分の言いたいことを少しずつ言えるようになってきている。
とはいえ、ギターを放してしまうといつも通りの私に戻ってしまうのですが。
……祥子曰く。私は感覚が鋭敏なんだという。
音に対する感覚のようなものが鋭く、色々と気づくことができるのだとか。
「作曲について学んでみます?」と、祥子にも言われたもののその時の私は首を横に振った。
今は燈と祥子によって作られた曲の中で揺蕩うように演奏しているのが気持ちいい。
それに、私たちにはまだ時間があるのだから、気が向いたときに手を出せばいいのだ。
「セイ。ちゃんとハンドクリームは塗った?」
「塗った塗った」
「……そ。ならいいけど」
あと、変わったと言えば立希も変わった。
最初のころはみんなともぎくしゃくしていたけど、少しすれば慣れた様子。
それに、私に対しても少しだけ優しくなった。それに悪い所をちゃんと指摘してくれる立希のような人は私にとっても必要だ。
まあ、面倒見が良くなった一番の原因はケガをした私がなんのケアもせずに次の日もギターに触ろうとしていたからだろう。
あの時の立希はいつにも増して怖かった。今思い出しても震えるもの。
「それじゃあ、また再開しましょう」
祥子の言葉で再びギターを手に取る。
私の立ち位置はそよの少し後ろ。
ギターパートには大まかに二種類あって、リードギターとリズムギターがある。
私はリズムのほう。最近は区切らないことも多いらしいけど。
曲を引っ張るリードギターは私よりもうまい睦がやってくれている。
……実は誰にも言っていない目標があって、睦よりもギターが上手くなるというのがある。
もちろん今のままでは夢物語なのは分かっているけれど、無理なことだと断じてしまうのもつまらない。
だって、私もいつかリードギターしてみたいもんね。
そして。その日の練習が終わったころ。
珍しく燈からの提案で近くの喫茶店に行くことになった私たち。
「初めて……歌詞書いた」
そう言って机の上に置かれた学習帳には全く新しいものが増えていた。
今までは私くらいしか見る人がいなかった詩。
それを共有できるようになったバンドメンバーが増えたことがなんだか嬉しい。
「これは……うぅ……」
「大丈夫!?祥子ちゃん」
「はい……」
その歌詞を見て思わず涙を流した祥子を見て、そよが思わず心配の声を上げる。
涙を拭い、灌漑深そうに祥子はその歌詞を見つめる。
「……この『春日影』は私たちの曲ですのね……」
「早く、皆で合わせてみたいね?」
「ん、うん!」
そよの言葉に勢いよく頷く。
燈が曲のために考えてくれた音楽を皆でやることを考えると心臓が思わず跳ね上がりそうになる。
「いい曲にしてよ?」
「もちろん。任せてください」
☆
「……緊張してる?」
「え。…………うん」
抱え込むようにペットボトルの水を持った燈は、そう言葉をこぼした。
本番当日の控室。少しだけ皆が浮足立っている。
もちろんそれは私も同じ。
そこに例外なんてない。あるわけない。
「私もすごく、緊張してる。普通なら私も人前で話すの絶対無理、だけど」
そう普通ならできるわけがない。
例えばこれがスピーチだったのなら、おそらく私は気絶してしまっていると思う。
今も私の心臓は早鐘を打っている。破裂しそうなほど。
けれどそれを動かすエネルギーにネガティブなものは入ってはいない。
「大丈夫。燈が伝えたいことを伝えるだけだから」
……あとは、私たち。みんなで作った音楽が。積み重ねた時間が。
燈や私。そしてCRYCHICの皆の背中を押してくれるはずだから。
「……セイはすごい」
「え?」
「なんだか、すっと芯が通ってて安心できる」
「そう、かな?」
言われてみても自分ではよくわからない。
そもそも、私の根底は音楽をしたいだけなのだから。
「でも。燈もすごいし。皆すごい、から。私達なら……うん、うまく言えないから、後は祥子任せた」
「わ、わたくしですか!?」
「うん。本番前に、いい感じの欲しい」
彼女は戸惑った表情を浮かべたが、それも一瞬の事。
すぐに切り替えた様子で、咳をこほんと一つしてバンドメンバーの皆の顔を一人一人見つめた。
バンドを組んでから、彼女がこういうことを得意なのを私は知っている。
今のような軽口を言える程度には私も進歩したという事だ。
「皆様。私たちが成してきたものを披露するときです。私達のただただ全てを……出し尽くしましょう」
彼女の言葉に背中を押される。
今日。私達みんなで進んだCRYCHICはひとつの区切りを迎えるのだ。
CAさんが私達を呼びに来てくれて、ステージに上がる。
上がってみて、自分たちを見つめる目の数を感じる。
――――多い。予想していたよりもずっと。
わずかに乾いた唇を舌で湿らせて、それぞれがいれる音を確認してもらう。
音出しのわずかな間で思わず私たちが今までたどってきたことに浸りそうになるが、それを必死に押しとどめる。
まだだ。まだ終わっていない。
爆発させるのなら本番の中で。この熱が少しでも冷めるようなことをしてはいけない。
音が入る。それぞれの違う音が。けれどそれが一つになり、燈の歌でまとめられる。
『春日影』はまさに心の叫びだ。
そしてそれを私達の叫びにするのだ。
ギターを弾く指は軽い。――多分、今までで一番。
そして、気づけば。音の流れのなかで、いつの間にか私は呼吸をしていた。
やはりそうだった。
やはり今までの私は呼吸をしていないようなものだったのだ。
音楽を取り込み、音楽を吐き出しているこの瞬間こそが私がいる場所なのだと感じる。
ここしか私がいる場所はないのだ、とも。
視界の端に暗がりはなく。色もぼやけず。深海にいるような圧迫感もない。
あるがまま。すべてを私達の音楽を通して私に伝えてくる。
……その光景に思わず感動した。
その時間は実際はずっと短かったと思う。
春日影。その他のカバー曲をふくめても。時間はそれほど長くはない。
それでもずっとずっと永遠に続くように感じられて。
そして観客たちの黄色い声援で現実に引き戻された。
彼らの声は茫洋とした世界に戻すには十分なほどだったらしい。
それでも、挨拶をしてステージを下りてもどきどきが止まらない。
少しずつ少しずつ鈍くなっていく体には目を背けて、今はこの感覚に浸っていたかった。
私達、CRYCHICの初めてのライブは成功を収めて終わった。
思わず泣いて、一番近くにいた立希に抱き着いてしまったりもしたけど許してほしい。許してくれた。
でも、ここからなのだ。
私は、私達はこの時間を共有して、みんなで音楽を――――。
「私はCRYCHICを辞めさせていただきます」
鉛色の空が広がる中。
重苦しい空気を閉じ込めた、そんな部屋の中で。
祥子のその言葉をきっかけに。私達の全てが終わった。