【急募】この世界で息をする方法を教えてください   作:変身スキー

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そして転がるように、倒れるように

 ☆

 

CRYCHICのライブは成功した。

どうやらそよが運営してくれていたらしいSNSもフォロワーが増えてきているようで、ネットでも昨日のことが話題になっているようだった。

 

うむ。やはり大ガールズバンド時代。

一度、目の肥えた人たちに認められればそれはどんどんと波及していくらしい。

 

それにしてもこの反応。

改めて昨日のライブは本当の本当に大成功だったんだなと実感が沸く。

 

「いろいろ感想きてるよ」

 

そよの声に導かれるようにして、私もふらふらと彼女が持っているスマホをのぞき込む。

SNSの類にはとんと縁がないが、私達を評してのものだったら少し気になる。

 

そよの白い指が画面をスワイプさせて、感想をスクロールしていく。

見る限りはほとんどが好意的なもののようだ。

 

――しかし。

 

「あっ……」

 

「『ボーカル必死すぎ』!?」

 

しかし、これだけの感想が集まると否定的な意見を言う輩もいるらしい。

もちろん当人側としてはいい気はしない。

 

「ブロックしてやる」

 

「やるならミュートね」

 

鼻息荒く、スマホの操作をする立希にそよが突っ込む。

SNSの利用法については詳しくないが、とにかくそういうものらしい。

 

「……っ」

 

「まあ、人間なんて80億人以上いるんだし、ね」

 

「80億人が見ているわけじゃないけどね?」

 

いや、つまりはそれくらいのとらえ方をすればいいという話。

熱はあのライブでさんざっぱら感じられたのだから、それほど気にする必要はないということ。

 

もちろん全員に賛美されるのが最善ではあるのだけどね?

 

「前々から思ってたけど、セイって打たれ弱そうなのに全然めげないよね」

 

「そう?」

 

立希に言われるがそんな自覚はない。

こっちはステータス全部1みたいな認識なんだけど。

 

黙ってこちらを見ていた睦になんとなく視線で意見を求めるが、帰ってきたのは沈黙だった。

だけどなんとなくその瞳からは同意している気配を感じ取れる。

 

ええ?

 

「あ……」

 

そんな中、祥子が小さく声を上げる。

たまたま私達の会話の切れ目だったから、彼女に視線が集中した。

 

「……すいません。本日はこれでお暇させていただきますわ」

 

「え、ちょっと」

 

自分の手に握るスマホから顔を上げて、そんなことを言った彼女は。

立希の呼び止める声にも応じることはなく、足早に帰っていった。

 

「なんなんだ、あいつ」

 

「どうしたん、だろ。祥子」

 

「さあ?」

 

よほどの急ぎのようだったのか。

私達が理由を推察しても、真に迫れるわけなど毛頭なく。

 

まあ、次に会う時に聞けばいいかと、この場のほとんどはそう思っていた。

 

――けれど。結局その日から。しばらく祥子はバンド練習にこなかった。

皆で集まった日でも、なかなか彼女は来ず。

 

そして。

 

その日は気の重たくなるような鉛色の空だった。

いつものスタジオに着いたとたんに、空が涙をこぼす。

 

かろうじて濡れなかったけれど、少しだけ憂鬱な気分になる。

 

「今日も祥子ちゃん、来ないね」

 

「う、うん」

 

そよのその言葉に頷く。

月ノ森組の二人に聞いても、祥子は学校にもあまり来ていない様子で、その理由に検討はつかない様子。

 

そよどころか、睦にもわからないのであれば私なんかが理由を突き止めることができるわけもない。

 

これじゃあ、いつも通り指練とかで時間をつぶすことになりそうだな、と霞がかった頭で思う。

あのライブのステージ上ではあんなにはっきり見えていた世界はとうの昔に元に戻っている。

 

はやく音楽をしたい、と私の心のどこかが純粋な欲求とともに欲望を吠えたてる。

 

……。燈は相変らずノートに何かを書き込んでいる。

ここ最近はずっとそうだ。

 

形見のギターの銀線に指を這わせる。脈動するわけもないのに、勝手に震えたように感じた。

 

と、そんな時。スタジオの扉ががちゃりと開かれた。

 

「祥子ちゃん!」

 

「あ、すごいビショビショ。タ、タオル……」

 

急いでギターを下ろして、鞄からタオルを取り出す。

雨が降りそうだったから用意しておいてよかった。

 

しかし。差し出したタオルは祥子が前に出した手でわずかに押し返される。

そして彼女はわずかに伏せていた顔を上げて、私達をそれぞれ見た。

 

「本日は皆様にお伝えしたいことがあって、参りました」

 

トクトクトクトクと、心臓が早鐘を打つ。

けれどステージを前にしたときとは違う。

 

もっとじっとりとしていて、少しずつ。そして無理やり。そんな不快感を感じる。

そんな私の心なんてお構いなしで。祥子はその声に色すら乗せず。淡泊に言葉を紡いだ。

 

「私は本日限りでCRYCHICを辞めさせていただきます」

 

「え」

 

燈の短い声は、悲鳴にも近かった。

でもそれも他人事のようにも感じ取れて。

 

いつもならくみ取れるはずの彼女の全部は、既に今の私という盃には入らないらしい。

 

「ど、どうして?」

 

私のわずかに縋るような言葉が、問い詰める。

自分の行動すら嫌に客観的に見えて。そしてどうにもならない。

 

どうしようもない何かがどんどんと進んでいっているような。

そんな感覚が体のどこかが薄く延ばされてひきつっていくような感覚を私に伝える。

 

それはそれ以上なにかを言おうとしても言葉にならない喉のせいなのか。

思い通りにそれ以上踏み込めないせいなのか。

 

その両方か。

 

「でも、さきちゃんがいないと……」

 

「甘ったれたことを言わないで頂戴!」

 

祥子の鋭い言葉が燈に突き刺さる。

今まで聞いたことのないほど、突き放すような言葉で祥子はそのまま言葉を重ねる。

 

「燈は特に練習しなければいけないのに、今まで何をやってたんですの?」

 

「燈はお前を待ってたんだよ!」

 

立希が祥子の肩をつかんで、大きく声を張り上げる。

 

壊れる音が聞こえるようだった。

今まで、少しずつ積み上げたものが、どんどんとどうしようもないものに変わっていくような。

そんな取り返しがつかないものへ。

 

私も何かを言えばもしかしたら何かが変わるのかもしれないけど。

喉はけいれんして言葉は何も出てこない。

 

……おかしいな。この皆となら、それなりに話ができるようになっていたはずなんだけど。

 

「ちゃんと話し合おうよ。せっかく今まで楽しくやって来たんだから……。睦ちゃんもそう思うよね?」

 

「私は……」

 

普段はあまり口を開かない睦が声を出す。

こちらを見ていた視線は。やがて外へ向けられる。

 

何を見ているのか、私にはわからない。

 

「バンド、楽しいって思ったこと……一度もない」

 

そして。

 

そして私達というバンド。

『CRYCHIC』というものはどうしようもなく壊れてしまったのでした。

 

それはあまりにも短い。春から夏への移り変わりの思い出だった。

 

 ☆

 

ギターの鋼線に指を這わす。

私の指は音を産み出す。指先はもうあまり痛くない。

 

あの後。言葉通り祥子は来なくなった。

 

……そして。それと同時に燈も。

 

学校で行かないか誘ってみても、彼女は俯くばかりで。

もしかしたら誘う私のことをウザったらしく思ってしまったのかもしれないけど。

 

どこか距離を取られてしまって。

心を研ぐことのできるような会話も少なくなり。

 

いつの間にか私だけがしゃべるだけ。

 

燈はいつの間にか自分の世界に閉じこもってしまっていた。

……彼女の家に行くことも。彼女が私の家に来ることもほとんどなくなってしまった。

 

 

……音を産む。

 

しばらくはほかの皆もバンドにいてくれていたけど。

その次に来なくなったのは立希だった。

 

この有様ではこのバンドにいても意味はないとおもったのだろう。

それは冷たい決断のようであったけれど、彼女自身を守るためだったのかもしれないと思う。

 

 

……音を()む。

 

そよはまだバンドにいてくれている。

私とも時間を作ってくれるし、話もする。

 

けれど、私と一緒に音楽をしてくれる気配はない。

CRYCHICをつなぎとめることで必死のようだ。

 

睦も同じくバンドを抜けていない、と思う。

彼女がバンドを抜ける類の言葉を口に出したことはないし、呼べば来てくれる。

 

でもそれだけだ。

 

私には彼女の心をあの短い時間(かけがえのない時間)で理解できなかったらしい。

……彼女が何を考えているのかもうわからない。

 

祥子は言わずもがな連絡がつかない。

月ノ森ではもう彼女は見つからないらしい。一体どこへ消えてしまったのだろうか。

 

ギターを弾く手が止まる。

目から涙がこぼれ落ちる。

 

感情の波が、まとめて涙の中へと注ぎ込まれる。

 

『春日影』を一人で弾いたところで私の世界は広がらない。変わらない。

私が一番うまく音楽(呼吸)できた場所は。

 

何の理由もなく続いていくだろうと考えていた私の愚かさをまるで罰するように、現実を突き付けて手のひらから消えていった。

 

みんなと音楽ができないことが悲しい。

もうあの日が帰ってこないと思うと涙が出る。

 

背中を丸めて私も動きたくない。

 

 

 

けれど。

それでも。

 

やっぱり私はこの世界で音楽がしたい。

 

手に持っていたものがなくなっても、それでも熱病のように私の衝動は体を焼き続ける。

あるいはこれは新たなる生理現象である。

 

一度呼吸をしてしまえば、もう泡になって消えるまで呼吸をするしかないのだ。

 

でも、私に一体なにができるのかわからなくて。私は立ち止まってしまっている。

 

しばらくの間。

私がすすりなくだけの声が聞こえる部屋に、異音が混じる。

机の上に乗った、携帯がわずかに震えて、その位置を少しずつずらしていく。

 

「立希?」

 

彼女がバンドからいなくなってから初めての連絡。

ただCRYCHICのメンバートークではなく、私個人に向けてのメッセージ。

内容は簡素に、『今、時間ある?』だけだった。

 

久しぶりの連絡に思わず手を止めてメッセージを返す。

 

空いている、と伝えると。彼女から返事が返ってくる。

 

短く、簡素に『喫茶店集合』。

どこを指しているのかはすぐにわかった。

 

なんだか、消えかけていたつながりがまだ繋がっている様を幻視した。

 

急いで身支度を行って、家を飛び出す。

 

集合地点には、すでに立希の姿があった。

 

「り、立希……!」

 

「とりあえず、座ったら?」

 

私の代わりに、彼女がブラックコーヒーを頼んでくれる。

ややあって、私が息を整えるころには湯気の立ったコーヒーが置かれていた。

 

「ご飯ちゃんと食べてる?顔、青白いよ」

 

私の方に砂糖とミルクの容器を押しやって、立希が言葉をつづる。

なんとなく、彼女も距離感を図りかねているように感じた。

 

それもそうだ。彼女と二人きりになったことなど数える程度しかない。

 

「なんとか。多分、寝不足の、せいだと思う」

 

「そ。倒れないでね。燈が悲しむから。……それで本題なんだけど」

 

立希が一枚の紙を机に出して、そこに書かれていることをコツコツと指で示す。

 

「これはRiNGのチラシだけど、バンドにはたまにサポートギターってのが入ることがある」

 

「サポートギター……」

 

「要するに、ギターがいないバンドで今度のライブだけギターを弾いてくれる人。レコーディングで入ったりもするけどね」

 

バンド全体の音を整える役割を背負ったりもする。

そういうもの、らしい。

 

「中学生だからお金はもらえないけど、申請すればサポートギターが欲しいバンドとブッキングしてもらえる」

 

「……なんでこれを私に?」

 

確かにその情報は私としては興味を引く内容だが、なぜ私に。

 

「あのバンドにいたから分かる。多分我慢できなくなってるだろうなって」

 

「立希……。でも、それは自分ひとりで飛び込めってことだよね」

 

今まで、CRYCHICでもそれ以外でも。他人に任せきりだった。

知らない人たちばかり相手にしないのは不安だ。

 

「でもやりたいんでしょ」

 

「……」

 

答えはもちろんはい。に決まってる。

 

「私はまだバンドはやらないけど。やりたいならやるべきでしょ。あいつらに巻き込まれてやりたいことができなくなるなんて馬鹿みたいだし」

 

「……」

 

あいつら、が誰を指しているのかはなんとなく分かったけれど。

あえて指摘することはなかった。

 

「……うん。決めた。私、やるよ」

 

やはりこの熱が冷めることを黙って見ることはできなかった。

あの音楽を忘れられない。

 

ならば、やれるだけのことをやって私も私の音楽をする。

 

人間は倒れることの連続で歩いているのだと言う。

ならば私は倒れるように。倒れるように。前へ歩き続けよう。

 

倒れて、倒れて、倒れて。

いつか起きられなくなるまで、ずっと。ずっと。

 

 

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