【急募】この世界で息をする方法を教えてください 作:変身スキー
☆
「う、さぶ……」
肌を突き刺すような冬の冷気で目を覚ました。
アラームはかけていたはずだが、時刻はそれよりずっと早い。
……夢を見ていたらしい。忘れがたい初夏の記憶を。
暖房が効くまで布団の中でじっとしていてもよかったのだが、しかしそういう気分にはなんとなくならなかったので体を起こした。
はらり、と目にかかった髪を雑に横に流す。
あれから数か月。
私は祖父母の家から離れて、一人暮らしを始めていた。
とはいっても、祖父母が所有している家だ。
都心からちょっと離れているが、光熱費その他は祖父母が負担しているのでこれ以上なにかをいうのも贅沢と言う者である。
新年をもうすぐ迎える、この冬休みの時期。
高校入学よりも早くに独り暮らしを始めたのはただの私の我儘だ。
「さぶさぶ~」
寝ぼけ眼をこすって、台所に立ってお湯を沸かす。
インスタントコーヒーを取り出して、沸騰するのをただただ待つ。
台所の流しに転がっているいくつかのお皿から意識を逸らしているとお湯が出来上がったので、手早くインスタントコーヒーを作ることにする。
「……ほぅ……」
暖かいコーヒーに思わず息を漏らす。
じんわりと体の中心が温かくなっていく。
とはいえ、暖房が完全に効くまで、こうしてゆっくりとしているわけには行かない。
今日は午前中すぐに出かける予定があるのだ。
この冬休みの時期。勿論用事は学校などではない。
今日は、RiNGのサポートギターとして入る予定のバンドのライブがあるのだ。
この数か月間RiNGでギターを弾き続けているけれど、立つ箱を用意してくれるというのはいいことだ。
バイトできない身としてはお金を用意しなくてもいいのも大きい。
できれば、自分も改めてバンドを組みたいと思うけれど、そういう機会はあまり訪れない。
サポートとして入るところはすでに関係が出来上がっていたりするし、学生である身分が少し足を引っ張ったりする場合も。
まあ、後者に関しては学校に通わなければいい話だけど。
少なくとも高校は祖父母が許してくれない。
勉強に関しては前世の知識が功を奏して、すでに羽丘に進学が決まっているからこうして受験勉強ではなく音楽にうつつを抜かすことができているのだが。
……学校と言えば。
月日が巡っても燈とは冷戦状態。
高校は羽丘に行くつもりだから、彼女が心変わりしなければ一緒の高校に行くことになるだろうと思うけれど。
このまま時間が進んで、彼女の存在自体がどうでもいいものに変わってしまったら、私は泣くのだろうか。
……やめておこう。こんなこと想像すらしてはいけない。さっさと記憶からも消すべきである。
「さ、て」
すっかり温まった体で着替えることにする。
中学時代はほとんど制服で過ごしているような女。服は祖父母に任せきりでシンプルな服しかなかったので、一人暮らしの際に服は改めて買い込んだ。
自分自身のセンスで選んでいたら見事に服のレパートリーが以前と変わってしまったけれど。
手早く、暖かくした服の上に、赤く、菊のような花が刺繍されたスカジャンを着込んだらはい完成。
普通のパンツのほかに、ワイドパンツやスカートも買ったがこっちは勇気が出たとき用。
……スカジャンというのはかっこよくて、いい。
前世の影響がもしかしたらあるのかもしれないけれど、これを集めるのが趣味になってしまいそうだ。
――――そして。
「よぅし」
ギターを取り出して、ストラップをかける。
アンプにギターとヘッドフォンをつないで、そのまま音を創る。
せっかくだから今日する予定の曲を。だけれど別に本番前の練習ってわけじゃあない。
「――――♪」
ボーカルはもちろんちゃんといるグループだけれど、思わず歌詞を口ずさむ。
自作らしいので少し粗削りだけれど、アップテンポで好きなタイプの曲だ。
跳ねるようなソレがとても子気味良い。
それをしばらく続けていると、いつの間にか私の視界は晴れていた。
「ふぅ……」
今まで演奏のために扱っていたギターをケースに戻し、今度こそ出かける準備をする。
最後に。身だしなみの確認をするために姿見で自分の姿を見る。
そこには。ぼうっ、とした胡乱な雰囲気の女は行方不明に。
背筋がもう少し伸びた状態の私がいた。
「よし、もう行くか」
思った通りの言葉が出ることを確認して、玄関へ向かう。
あれから。
音楽を深めれば深めるほど。前世の自分の技術に自分が追いついていくほどに私の世界はどんどんとはっきりしていった。
そしてある日、完全に「俺」に「私」が追いついたころに完全に私は私として動けるようになったのだ。
何もしていなければ少しずつ戻っていってしまうが、今では1,2時間ほどはそのまま動くことができるようになりその時間は伸びていっている。
この変わりようは相当のものらしい。
一度だけ、この状態のまま立希と話したら、完全に他人だと思われていたし。
……いつも変なフィルターがかかっていただけで、いつもと同じようにしているだけなのだけど。
まあ、縮こまっている時と違うのは分かる。
猫背気味だったのも治って、身長もいつもより大きく見えるし。
「あ……雪。まだクリスマスにはずいぶんと早いだろうに……」
ちらちらと視界を横切る白いものにつられて、空を見上げる。
曇天の空にいい思い出はない。
思わずため息をもらせば、息は白く立ち上って。そして灰色の中に溶けて消えた。
それがなんだか可笑しくて、少しだけはにかんだ。
『RiNG』への道はそれほど遠いわけではない。
かなり大きなライブハウスでもあるそこは、メジャーを控えているようなアーティストも使っているし、もちろんそれを利用する人の数も多い。
そういえば、立希も高校からのバイトはRiNGのカフェにするって言ってたっけ。
バイトは……私はサポートギターでお金をとれるようになれればいいけど……どうなるかな。
「おはよう、セイちゃん。今日も調子よさそうだね」
受付にいくと、元気のいい言葉が私を出迎えてくれる。
ここに来たばかりのおどおどしているばかりの私を知っているから、RiNGのスタッフの人たちは私の変わりようにはもう慣れっこだ。
「お早うございます。……えーっと、今日ライブ入ってるんですけど、メンバーの人たちもう来てます?」
「ああ。もう入ってるけど……」
「ん?何かあったんですか?」
なんだろう。受付の人の歯切れが少しだけ悪い。
何かあったのだろうか。
「ううん。私からはなんとも。実際に自分の目で見たほうがいいかもね」
「はあ、まあいいですけど。じゃ入りますね」
なんかきな臭いというか、不穏な気配がしてきた。
一体、この先でなにが起きているというのだろうか。
通路を歩くスタッフさん達に軽く会釈をしながら奥の方へ進んでいく。
案内された控室はそれほど入り組んだところにあるわけじゃないから、それほど時間はかからない……んだけど。
「――――!!」
「……おいおい」
控室に近づくだけで聞こえてくる剣呑な声。
まさか本番前に喧嘩してるんじゃないだろうな。
確かに音合わせで何度か入った時にも、メンバー間に熱量の差があるとは思っていたけれど。
結成から一年ほどと聞いていたのに。
私がそんなことを一人で考えながら控室のドアに手を伸ばすと。
逆に勢いよくドアが開かれた。
「そんなに言うなら、あなた一人でやればいいんじゃない!?」
「うっさい!さっさと……出てけ!」
ドアから出てきたのは、肩を怒らせて言葉を吐き出す少女数名。
そして部屋の中からリモコンやらなんやらが廊下に飛び出してくる。
「……」
思わず言葉を失う。
その間に、バンドメンバーのほとんどは部屋から出て行ってしまい、後に残ったのは一人だけ。
私を除いて4ピースバンドだったはずのメンバーはたったの一人だけになってしまった。
「はぁ?」
そりゃそんな声もでるってもんです。
なぜならサポートギターとして呼ばれたはずなのに、そのメンバーがほとんどいなくなっているわけですから。
「……なに?」
先ほどまでモノを投げて大暴れをしていた彼女は、椅子に座り込んで三角座りをしていた。
確か彼女はドラムを担当していたはずだ。オリジナル曲の作詞作曲も……確か彼女が一人でしていたと思う。
その彼女が一番熱量があり、ちょっとだけバンド内では浮いていた。
リーダーなのであれば彼女が引っ張る立場だったのかもしれないが、このバンドの顔は歌を歌っていたボーカルの方。
取り残されたのは彼女だったというオチ、らしい。
「ああ……。サポートの。……悪いけど、見ての通りバンドは今解散したから」
「……解散したって言われてもね。それでどうするつもりなんだ?」
「どうって……。このままRiNGの人に謝って……」
涙混じりにそんなことを言う彼女に思わずため息をつく。
悔しい、苦しいという顔をしているのに、そんなことを言って。
彼女の思いを彼女自身が裏切っているのは明白だった。
「……、たしか私がいるから練習の時間や音合わせの時間があって……本番は午後の少し後だったよな?」
「そうだけど……」
そんな彼女を切って捨てられるほど、私は器用なわけではもちろんない。
所詮サポートで入ったバンドなんだから、と思うことができていれば随分と生きやすかっただろうに。
☆
わずかに涙を流す彼女の手を引いて、向かったのはRiNGのカフェ。
心配する受付の人たちには、とりあえず私に任せてほしいと伝えて私たちはここに来た。
――支払いは私が持つことにする。
中学生の懐なので、非常に寂しいけれど。こういう時くらいは見栄をはらないと。
「つまり、前々からすこし関係は怪しかったわけだ。全然気づかなかったが……」
「それは貴女がいたから。とりあえず皆表面上は取り繕ってたけど……結局逆効果だった」
私と言うサポートを入れようと提案したのは彼女らしい。もうひとりモチベーションの高い人がいれば変わると考えたらしいが。
結果はこうしてバンドの崩壊を招いてしまったという事らしい。
「だから、もういいの。これで……私のせいでバンドは終わりだから」
その言葉に、とある女の影が重なった。
……。いいや、違う。少なくともこの少女はバンドのためにと思って行動した結果だ。
彼女なりにあがいた結果そうなっただけ。
「ここでキャンセルしたら、スタッフの人たちには迷惑がかかるよな?」
「まあ……でも仕方ない」
「多分、この箱にも来づらくなるだろ。それで、もう音楽活動はやめて普通に生きるってわけだ」
「なに?喧嘩売ってんの?」
少女の眉が八の字に変わる。
ぎゅっと握りしめて、こちらをにらむ彼女の姿。いつもならこのまま震えているところだが。
あいにく。今はそれほど優しいわけじゃあない。
「一つある。このまま迷惑をかけずに。このままあんたが音楽をやる方法」
頬杖をついたまま、指を彼女に向ける。
「そんなもの……あるわけない」
もちろん、指に何か力がこもっているわけもない。
けれど、それにたじろいでしまったかのように、彼女の勢いがわずかに失速する。
「いいや。ある。答えは『二人で何とかする』だ。このままやることだよ」
「えぇ……!?そんなの無理よ」
「無理じゃない。ギターとドラムの2ピースバンドもないわけじゃないし……今日やる曲を作ったのはあんただろ?」
「ボーカルは!?」
「少なくともギターを演奏したまま歌う事ができるくらいはやれるよ。コーラスは任せることになるけど……元々やってたよな?」
「…………」
「まあ……ベースがいないのは寂しいけど」
「ほぅ?その言葉聞きましたよ!」
「え?」
今の言葉は、私の者でも目の前で涙を浮かべていた少女のものでもない。
声の方へ視線を向けてみると、そこにはゴシック色の強い服をきた少女がそこに立っていた。
バンギャみは確かにあるが、そのこなれた感はなんだか演奏する側の子じゃないようにも感じた。
「えっと?誰?」
「セイ様!私、貴女のお役に立ちたくて様子を伺っていたんです」
「なんだ貴女のファンか」
「えぇ?そうなの?」
「はい!」
どうやらそういう事らしい。
でも、固定でギターやってるわけでもないし、まだまだ専業でもないのに。
「それにしても、貴女役に立ちたいって言ってたけど。たかがファンに何ができるの?」
「もちろんバンドですよ?私もベースをそれなりに弾けるので」
ちょっと変わった子であるのも確かだが。しかし、その胆力は中々のものだ。
口から出まかせを言っているようには見えない。
「まあ、とにかく。どうするんだ?バンド。できないわけじゃないぜ?」
「……っ~!分かったわよ。やるわ!もうどうにでもなれって感じだもの!」
むしろどうにでもしてくれって感じ!と叫ぶ彼女はこちらに向かって手を伸ばす。
「改めて。神田 里美よ。よろしく」
「千代田 優希です!」
「まだ貴女と一緒にやることは、認めてないけどね」
「別に?いいですよ?私はセイ様が必要としてくれたらそれでいいので」
「…………こいつ……!」
「まあまあ!決まったんなら早く音合わせに行くぞ。余裕はあるけど、無限に時間があるわけじゃないんだから」
「分かってるわよ!」
「ちょ、ちょっと!引っ張らないでくださいよ!」
優希の首根っこを掴み、練習用のスタジオに向かう彼女を視界にいれながら、思わず笑みを浮かべた。
だがこのままじっとしてるわけにもいかない。彼女二人の後ろに私もついていく。
私も私の音楽をするために。
☆
急ピッチで、5ピース用の物を3ピースのものに調整して、一曲分をなんとか形にした私達。
その結果がどうだったかと言うと。
「やった!やった!あはは!」
嬉しそうに笑う少女。ぴょんぴょんとステージの裏で飛び上がって喜んでいる里美を見れば分かるだろう。
……たしか、彼女は私より年上の高校生だったはずなのだが。
私より身長が少し低いのもあいまって、私より年下なんじゃないかと錯覚する。
「見た!?観客席で見てたわよ、あいつら!随分と呆気に取られてたみたいだけど!」
「うわあ、性格悪いですね」
「いいの!嬉しいってときは思いっきり外に出さないと」
手元のスマホで三人の様子を取っていた彼女。優希のベースの腕が思ったよりもいいのがとてもうれしい誤算だった。
結果として、『仲の良い』学生バンドではなく、腕に覚えのあるバンドにいきなり切り替わった私達の姿は観客たちには大きなインパクトだったらしい。
空きが少し目立っていた客席も8割が埋まるほどになっていたし。
「ありがとう。貴女には助けられたわ」
「どういたしまして」
「ふむ……」
笑顔で握手に応じたのだが、そんな彼女はそんな私の顔を覗きこんでくる。
「ギターは上手いし……歌は思った以上だったし……というかそっちも普通にうまかったし……バンドの顔にもなりそうだし……」
「えっと、里美?」
「よし、決めた!」
何を決めたのか?そう聞こうとも思ったが、なんとなく彼女が言わんとするところは私にもなぜか予想がついていた。
「貴女達、私と一緒にバンド組まない?」
「い、いきなりだな」
「なによ……。まあ、サポートギターの活動もあるだろうし、無理にとは言えないけど……」
提示された選択肢を前に少しだけ考える。
その場で集まった三人だが、それぞれの技量は思いのほか高い。
問題点もあるだろうが、ありかなしかで言えば。
「いいよ」
「私ももちろんいいですとも。セイ様を私の手で大きくできるなんて私、感激です!」
「……この子はまた違う所で戦っているみたいだけど」
「でもこの三人でやるためには条件がある」
「……なに?」
ただで勧誘できるとは最初から思っていなかったのだろう。
覚悟を決めた様子で私の言葉を待つ里美。
でも別に大したものってわけじゃない。
「追い求めたのなら、逃げ出さないこと。そんなことしたら絶対に許さないからな」
「なんだそんなこと?もちろんそのつもりよ。そこのミーハーはどうだかわからないけど」
「む。私だってセイ様を置いて逃げ出しませんよ?」
「そうか。ならいい。この三人でやろう、バンド!」
「うん。……あ!ごめん私RiNGの人たちに迷惑かけたこと謝ってこないと!明日またここのカフェテリア集合ね!」
「やれやれ。貴女だけだと心配だから私もついていきますよ……あ♡セイ様♡また明日♡」
「あ、ああ。また明日……」
こうして。
私、ではなく。私達が作る音楽は年を跨ぐことすらなく再び始まった。
薄情者と笑いたければ笑うがいい。息を吸えずに生きることができるというのならば。
罰当たりものがどんな軌跡をたどるのかは誰も知りえることはないけれど。
置いていったものに恥じることのないようにはしたい、と。私は思うのだった。
☆
次の日――――。
「あ、えと……おつかれ……。結構、時間かかってたね」
「このバカが勝手に私達のSNSアカウントを作ってたから――――」
「え。ええ……そんな……顔出しとか本当にむ、むり」
「ええっと……?私達セイさんと待ち合わせしてたんだけど」
「ま。間違ってない。私が、セイだから」
「…………ああ。……………ああ?……ごめんなさい。やっぱりバンドの話はなかったことに」
「は、あぁぁえぇ?なんでぇ!?」
「いや、なんでって。ねえ、優希?…………優希?」
「…………」
「し、死んでる……」
校正前は3000文字程度だったんですが、それ以上になってしまった最終話です。
本当はオリキャラの名前まで深掘りするつもりはなかったんですが、筆がのっちゃった。
というわけでエピローグであり蛇足です。しかし、これがセイのバンドとしては一話。
冬から春になるまでのお話は、皆さんの想像の中で。
一応、この世界線が放送された時の反応集も投稿しますので、Exステージもお楽しみに。
次回はオリキャラの設定周りなど、存在しないアニメ情報についても。