第6話は、マサキの所有物件『108(ワン・オー・エイト)ビル』。一晩で改装されたその場所で、便利屋68の面々は「外の世界」の圧倒的な資本と技術の格差を突きつけられ、戦意を喪失していました。
しかし、掃除屋に停滞は許されません。 今回は、マサキによる彼女たちの実戦査定と、過酷な「生活サイクル」の提示の予定ですが…。
路地裏のゴミ捨て場、そこで震えていた「捨て猫」が、計画に少しだけ変更をもたらすことになります。
「……終わった。私の……、私の……っ、『ハードボイルドな……アウトロー人生』が……、始まる前に……終わったわ……っ」
ブラックマーケット第88地区。1階にカフェ『
「アルちゃん、まだ沈んでるの? ほら、カヨコちゃんが淹れてくれたコーヒー、冷めちゃうよ?」
「……ムツキ、私に構わないで……。私は今、自分が砂漠に撒かれた一粒の砂……。誰に気づかれることもなく、代わりなんていくらでもいる有象無象なんだって……っ、思い知らされているのよ……うぅっ」
クスクスと笑いながらマサキが「引っ越し祝い」と称して差し入れたドーナツをかじるムツキと、呆れたように雑誌を捲るカヨコ。
その時、室内に設置された環境管理用端末から、遮断不能な通知音と共にマサキの声が響いた。
『――業務連絡だ。便利屋68、直ちに1階裏口へ集合しろ。清掃作業を行う』
「嫌よ……もう動きたくない……」
『追加情報だ。今回の件は「初期研修」扱いとする。弾薬費、医療費、および清掃後の飲食費は、全て「
ガタッ、と。絶望に沈んでいたはずのアルが、バネのように跳ね起きた。
「経費……ロハ……!?」
「あ、食いついた」
「いい、二人とも! これはマサキへの『
つい数秒前までの憂鬱はどこへやら。アルは深紅のコートを翻し、愛銃を手に取った。カヨコは溜息をつき、ムツキは楽しげに爆弾のピンを弄りながら、主の後を追った。
1階、カフェ裏口。そこには、マサキが壁に背を預けて立っていた。足元には、数分前まで不法投棄を決め込んでいたであろうヘルメット団の構成員たちが数名、無造作に転がされている。
「遅い。1分20秒のロスだ。……その時間があれば、この場にいた全員の息の根を止めて、証拠を隠滅して現場を離脱できる。お前たちは敵が再編する猶予をみすみす与えたわけだ」
「うるさいわね! たった1分ちょっとじゃない。それより『清掃』ってどういうことよ。相手は?」
マサキは視線を、路地の奥へと向けた。そこには、増援として駆けつけたらしいヘルメット団のバイク集団が、数十人規模でたむろしている。
「この地区の害獣駆除だ。俺は手を出さん。お前たちの動きを見せてもらう」
アルが狙撃銃を構え、威勢よく飛び出す。ムツキが爆弾を撒き、カヨコが冷静に敵を牽制していく。
マサキはその光景を、ただ静かに見据えていた。
「……終わったわよ! どう、私たちの完璧なコンビネーションは!」アルが誇らしげに胸を張るが、マサキは視線を端末に落としたまま答えた。
「10点満点中、2点だ。チームとしての動きにまとまりがなさすぎる。これでは仕事を任せられる『同業者』には程遠いな」
「なっ……! 2点!? 完璧に追い払ったじゃない!」
「追い払っただけだ。相手には何の痛痒も与えていない。恐怖も、再起不能な損害も刻んでいない以上、しばらくしたらまた来るぞ。脅威の根を断っていない。それは『掃除』ではなくただの先送りに過ぎん。プロの仕事とは呼べないな」
「う、うぐ……っ」
「場所を変える。……ビルに入れ。詳細を詰めるぞ」
マサキに促され、アルとムツキが不服そうにしながらもビルの入り口へ向かう。だが、最後尾のカヨコだけが、路地奥に放置されたゴミ捨て場の影に視線を止めて足を止めた。
「……マサキ。あそこ、誰かいる」
廃棄された工業資材や段ボールが山積みにされた、路地のどん詰まり。カヨコの指差す先、山積みのゴミが小刻みに震えている。マサキは感情の読み取れない眼をそちらへ向け、一歩、無造作に歩み寄った。マサキがゴミ山の正面に立ち、影を覗き込もうとしたその時――。
「ひっ、ひいいぃっ! ごめんなさい、ごめんなさいっ! 私はただのゴミです、有害な廃棄物です! 決して皆様の……その、神聖な戦場を汚そうなんて大それた考えはなくてっ、ただ、日当たりが良かったので……! すみません、すぐに爆発して消えます、自爆してお詫びをぉ……っ!!」
ゴミ袋の隙間から現れたのは、泥にまみれた制服を着て、無骨なショットガンを必死に抱きしめた少女だった。彼女は聞きもしない言い訳を泣き喚きながら、地面に頭を擦りつけて激しく震えだした。
マサキは喚き散らす少女の襟首を掴み、ゴミ山から引きずり出した。
「ひっ、ひぃ……っ!? 殺される、ゴミとして粉砕処理される……っ!」
「……少し黙っていろ」
マサキの低い声に、少女は一瞬で喉を鳴らして凍りついた。
その様子を観察しながら、マサキは彼女が必死に抱きしめているショットガンに視線を落とす。
(……怯え方は異常だが、こいつが背負っていたのは誘爆しそうな廃溶剤のドラム缶と、崩れやすい資材の直下か。逃げるためではなく、いざとなれば周囲を道連れにするための配置……本能か? それとも、単に死に場所を嗅ぎ分ける天性か?)
さらに、少女が必死に抱きしめている銃の銃身(バレル)が、酷使によって焼けているのを見逃さなかった。
(……随分と荒い使い方をされている。持ち主の気性か、それとも環境のせいか。どちらにせよ、危なっかしいガキだ)
マサキはこの捨てられた子猫のような娘をどう扱うべきか、内心で思案する。
「……マサキ、女の子相手にその扱いはどうかと思うんだけど」
アルとムツキを先にビルへ送り出したカヨコが、困ったように溜息をつきながら歩み寄ってきた。
マサキは彼女に、吊り下げていた少女を預けるように降ろした。
「名前は」
「い、伊草……ハルカ、です……っ。すみません、名乗る価値もないゴミなのに……っ」
「伊草、か。……鬼方、こいつを拾っておけ。突撃と爆発物の扱いに適性があると見える」
「……拾ってって。またそんな猫みたいな言い方。でも、このまま放っておけないのは確かね」
カヨコは屈み込み、ハルカの制服についた泥を丁寧に払ってやった。
「放っておけば、このガキは遠からず誰かの都合で使い潰されて死ぬ。………おい、伊草。お前をゴミ扱いする奴を『掃除』するやり方を教えてやる。多少はこっちの『掃除』を手伝ってもらうことになるが…付いてくるか?」
「そ、掃除……私が……お役に立てるなら……っ、死ぬ気で、頑張りますぅ……!」
マサキは、縋るような視線を向けてくる伊草を観察するように見つめた。その体格に対して、全体的に不健康なほど細いのが目につく。
「中に入るぞ。……まずは飯だ。その細さでは、掃除屋の仕事以前に身体がもたん。まずは体作りからだな」
「え、あ……ごはん、ですか……?」
マサキは立ち尽くすハルカを促し、カヨコと共にビルの入り口へと歩き出した。
「今日からお前はこのビルの3階に住め。ここで自分自身の価値を、自分に証明してみせろ。鬼方、連れていけ。中で待たせている二人にも説明する」
「はいはい。……行こう、ハルカ。まずは温かいものでも食べようか」
呆然とするハルカの背を、カヨコが優しくビルの中へと促す。マサキは彼女たちと共にビルへ入り、先行していたアルとムツキが待つフロアへと向かった。
第6話をご愛読いただきありがとうございました。
サブタイトルは『漂流者、捨て猫を拾う』。第4話の「拾得物」というビジネスライクな関係から一歩踏み込み、マサキが伊草ハルカという危うい存在を、彼なりの合理性と責任感で拾う(保護する)回となりました。
次回、第7話、漂流者は、掃除屋の技術を開示する。
第7話にて、またお会いしましょう。
以下、第6話時点でのゲヘナ情報部による内部資料を公開します。
【ゲヘナ情報部 内部調査資料:108-BM-06】
■ 調査対象者 A:「マサキ」
【更新】「便利屋68」の実戦査定と傍観:第88地区路地裏において、対象は近隣のスケバン集団を本学園生徒(陸八魔アル等)に排除させた。この際、対象は一切加勢せず、後方から生徒らの挙動を終始観察していたことが確認された。その後の傍受によれば、対象は生徒らの動きを「2点」と低評価しており、現状の戦力を把握した上で、何らかの改善・強化を目論んでいるものと推測される。
【特記】中等部生徒(伊草ハルカ)の確保と囲い込み:戦闘終了直後、対象がゴミ捨て場に潜伏していた本学園中等部生徒(伊草ハルカ)を発見、身柄を確保した。対象は伊草の極端な自己否定と危うい攻撃性を否定せず、そのまま自身の管理下にあるビルへと連行した。一見すると場当たり的な人材の確保に見えるが、以前より陸八魔らに欠けていた「前衛の圧」を、伊草の突撃癖で補完する意図があるのではないかとの推測も成り立つ。保護と引き換えに「108」の業務を命じるなど、対象の持つ実利的な支配力が、中等部生徒にまで及び始めた事実は無視できない。
■ 調査対象者 B:「ウツホ」 / 調査対象者 C:「ユエ」
【更新事項なし】
[総評:更新]対象はブラックマーケットの既存勢力を生徒らの査定に利用し、その過程で発見した不安定な個体(伊草)をも迅速に組織へ統合した。拠点の本格稼働を目前に控え、対象がこれら四名の生徒を既存の枠組みから外れた独自の戦力としてどのように育成し、勢力図に影響を及ぼすか、厳重な監視が必要である。