キヴォトスの残響-とある漂流者の活動記録ー   作:わたぬき※

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お読みいただきありがとうございます。
第8話は、『神秘』というキヴォトス独自エネルギーについての話になります。

昨日までの「便利屋」としての常識は、地下訓練場の冷たい空気の中で霧散していた。マサキが提示したのは、洗練された技術でも、華々しい戦術でもない。キヴォトスの生徒たちが無意識に享受し、垂れ流してきた「神秘」という名のエネルギー。その輪郭を暴き、強制的に自覚させるという、残酷なまでの自己対峙だった。「天才」ではない凡人が、規格外の怪物たちに追いつくための唯一の道。それは、自らの内側に存在する力を、正しく「認識」し、「制御」すること。一歩間違えれば都市の戦場ルールが瓦解する劇薬。その引き金を引くための、第一歩が始まる。


第8話:無法者は理に触れる

翌日。昨日マサキから「訓練を始める」と告げられ、地下訓練場に集まった便利屋68の面々は、各々の武器を携えて身構えていた。だが、マサキが彼女たちに命じたのは、射撃レーンに立つことではなく、部屋の隅に並べられた机に着くことだった。

 

「(……あれ? 射撃訓練じゃないのかしら?)」

「(とりあえず、まずは座学からってことね……)」

 

アルやカヨコが顔を見合わせ、戸惑いながらも椅子に腰を下ろす。だが、その机の上には、ノートも筆記用具も、情報端末の一台すら用意されていない。

 

「……あの、マサキ。一応、メモの用意とかした方がいいかしら? 講習か何かを受けるなら、ノートとか必要だと思って持ってきたんだけど」

 

根が真面目なアルが、鞄から取り出しかけたノートを手にしながら尋ねる。しかし、マサキは表情を変えずに短く断じた。

 

「不要だ。これから教える内容は、一切の書面化を禁止する。録音、撮影はもちろん、メモを取ることも許さん。すべて口頭のみで進める。」

 

マサキの有無を言わさぬ宣告に、アルは面食らったように声を漏らした。

 

「……メモもダメ? 覚えることがたくさんあるなら、後で見返せたほうが効率的だと思うんだけど」

「技術情報の漏洩防止対策だ。加えて、ここで覚えた単語、用語、使用方法などが連想できる文面を口に出すことも禁止する。要は、この場所以外でこれから教えることは一切口にするなということだ。」

 

マサキは淡々と、勘違いや解釈の余地が生まないように機密情報保持の意識が高くないであろう目の前の少女たちに向け、本人としてはわかりやすいと思う言葉を継いだ。

 

「情報漏洩のよくあるパターンは、破棄した手書きのメモや関係者がこぼした機密情報の含まれた会話の断片を繋ぎ合わせ、物事の輪郭を捉えられることだ。断片からでも、執念深く追えば核心に迫ることができる。この中だと…ぶっちゃけカヨコ以外は怪しい、陸八魔は普通にボケて情報こぼしそうだし。浅黄は陸八魔を煽るときに情報を出しそうだ。伊草は言わずもがな、テンパると言葉なんて選んでられないだろ…。もう気が付いていると思うが、うちはゲヘナ情報部に常に監視されているからな。」

 

名指しで懸念を突きつけられ、アルは絶句し、ハルカは申し訳なさそうに身を縮めた。ムツキだけが「あはは、バレてるー」と悪びれずに笑っている。

 

「ここからは昨日の話の焼き増しになるようにも感じるだろうが、特殊弾について、最初に危機感持たせるために脅すにしても、雑に説明しすぎたと思ってな……。まず最悪の場合と言ったことの補足しておこう。質は悪くとも中身の入っていない外形(ガワ)だけなら、今のこの街の技術でも用意はできる。というのは昨日話した通りなんだが……中身(『神秘』)の込め方がわからない状態で止まってしまう。その技術はこの世界では確立されていないからな」

 

マサキは四人を見据え言葉を続ける。

 

「だが……キヴォトス人の中にも感覚的に『神秘』を運用できてしまう、いわゆる『天才』(バグキャラ)と呼ばれる人間は何人か存在する。お前たちも覚えがあるだろう?所持する武器に比べて異常に強い攻撃力を有するヤツや、こちらの攻撃は命中したにも関わらす平気な顔をして反撃してくる異常に硬いヤツとか、異常に回復の早いヤツとか…。最悪の場合とは……その天才が、さっきの中身のない複製品を手にしたとしたら?」

 

マサキの問いかけに、カヨコが短く息を呑んだ。言葉の先にある最悪の状況に思い至ったのだろう。

その様子にマサキが満足気に軽く頷きを返す。 

 

「そいつらは技術も理論も理解しちゃいない。だが、本能がその弾丸をどう扱わせようとするかを理解してしまう。そして無意識のうちに、特殊弾として成立させるための『神秘』を自前で込めてしまうだろう。本来、確立されていないはずの技術が、その瞬間に再現(コピー)されるわけだ。だからこそ、こういった細かい配慮が必要なんだ……。じゃあ、本題に入ろうか」

 

 

 

「……それじゃあ、講義の内容についてだけど。まずは私たちの得意な戦い方に合わせた、具体的な技術指導から始まるのかしら?」

 

アルが期待を込めて尋ねるが、マサキは即座に首を振った。

 

「いや。そんなものは応用以上の発展段階の話だ。お前たちは今、自分が使っている弾丸や防護幕のエネルギー――『神秘』の正体を正しく把握できていない。ただ本能で出力しているだけの、道具を持っただけの猿と変わらん」

 

マサキは淡々と、自身の分析を口にする。

 

「お前たちが当たり前に使っている『神秘』の運用。これは俺の知る技術体系に照らせば、要は生命エネルギーの一種だ。キヴォトスにおけるそれは『正の感情』が由来したものと見られている。なぜ正の感情と限定したか? 今キヴォトスに存在する外の勢力の情報に、『負の感情』である『恐怖』という『神秘』対属性的なものがあるらしいからだ」

 

四人の反応を待たずに言葉を継ぐ。

 

「コインの表裏のような関係性だ。根源は同じでありながら、指向性が異なるだけのものとして、一側面だけを捉えているに過ぎない。……個人的な意見になるが、感情由来で分類されているのを見るに、おそらく『恐怖』の方が単純な強度は『神秘』より高いだろうな……まだ実物は見た事ないから予想の域はでないが。」

 

唐突なマサキの分析に、カヨコが眉をひそめて問い返した。

 

「それは、なんで?」

「まあ、印象の話になるが……『正の感情』は薄く広くといった感じだ。対して『負の感情』は濃く、局所的にといったイメージがある。慈愛や博愛よりも、怨みや恐怖の方が根が深いというだろう?」

 

マサキの言葉に、カヨコは納得したように短く頷いた。確かに、キヴォトスにおける「神秘」が穏やかな日常を支える平穏な力であるのに対し、マサキが口にした「恐怖」という概念は、より鋭く、破壊的な出力を連想させるに十分な説得力があった。

 

「あくまで根拠のない感想だから、まともに取り合うことでもないぞ?………お前たちはこれまで、戦いの中で気分が高揚した時に『なんとなく』出力が上がるという受動的な使い方しかしてこなかった。だが、これからは違う」

 

マサキは四人に、最初の課題を突きつける。

 

「まずは身の内に流れる『神秘』を、自発的にエネルギーとして認識可能になることだ。無意識の垂れ流しではなく、明確な力として自らの意思で運用をする。まずはそれを覚えてもらう」

 

 

 

 

『神秘』を自らの意思で運用するとと言われても、これまで無自覚に力を使っていた彼女たちには、実感が湧かない。マサキは一番近くに座るアルの正面に立ち、じっとその顔を見つめた。

 

「な、なによ……」

 

至近距離で見据えられ、アルがドギマギし始める。マサキは構わず「じっとしてろ」と短く告げ、さらにもう一歩踏み込んだ。アルは真っ赤になりながらも、至近距離での無機質な視線に圧され、思わず覚悟を決めたようにぎゅっと目を閉じる。だが、直後に響いたのは、「トン」という軽い衝撃だった。マサキは人差し指でアルの額を軽く突くと、そのまま何事もなかったかのようにカヨコの方へと歩き出す。

 

「へ?」

 

きょとん顔で固まるアル。その横ではムツキが「あはは、今のアルちゃん最高!」とニヤつき、カヨコは「……呆れた」と言わんばかりに溜息をつく。ハルカだけはアルと同じ思考に至っていたのか、顔を真っ赤にしてわなわなと震えていた。マサキは全員に同じ動作を繰り返して元の位置に戻り、何事もなかったように答えた。

 

「『精神感応(エンパシー)』をおまえらに掛けた。俺の捉えている世界をお前たちの視界に反映する。直接触れた方が接続が幾分か楽になるだけだが……まず自分たちの身体を見てみろ」

 

そんなこともできるのかと驚く便利屋の四人は、マサキの干渉により視界が変質した瞬間、息を呑んだ。

自分たちの体から、微かな光を帯びた白い靄(もや)が溢れ出し、頭上へと立ち上っているのがはっきりと見えたからだ。

 

「えっ……なにこれ!? 私から何か出てるわよ!」

「あはは、面白い! アルちゃんのが一番もこもこしてるねー」

 

ムツキの指摘通り、アルを覆う靄の量は頭一つ抜けて多かった。アルは先ほどの恥ずかしさも忘れ、「さすがは私、リーダーとしての器が違うわね!」と内心で一喜一憂する。

カヨコ、ムツキ、ハルカの三人はほぼ横並びといったところだった。だが、マサキの方へ目を向けた彼女たちは、その異質な光景に言葉を失った。マサキの体表を覆う靄は、アルに比べれば量こそ少ない。しかし、彼女たちのように霧散することなく、体表で停滞し、高密度に凝縮されていた。アルの靄が絶えず揺らいでいるのに対し、マサキのそれは湖面のように静まり返っている。

 

「お前たちが今見て、感じた違いこそが、生まれた力をただ垂れ流している状態と、意図して(まと)うということの明確な差だ」

 

マサキの声が、静寂の中に響く。

 

「アルはそもそも持っている量が多いから、こうして霧散しても身を覆う量が多く残る。だが、最終的には俺のように無駄なく纏えるようになるのが理想だ。今は俺の能力で視覚化を補助しているが、今後は自分の意思だけで『神秘』を視認できるようになってもらう」

 

だが、視覚的にエネルギーの存在を知ったとしても、それを自分の肉体でどう「知覚」し、動かせばいいのかが分からない。立ち尽くす四人に対し、マサキは体感を得るための二つの道を提示した。

 

「ここから先は二択だ。時間をかけて、ゆっくりと自力で『神秘』を認識していくか。あるいは、外から刺激で強制的に揺り動かし、無理やり認識できるようになるか。」

 

マサキは四人を一瞥し、後者のリスクを淡々と付け加える。

 

「後者を選べば、まず俺が『神秘』をお前たちに注ぐ。その反動で一時的に出力を引き上げ、エネルギーを嫌でも知覚しやすくなる。……ただし、引き換えに激しい『神秘』の放出による消費で枯渇に陥るリスクがある。もちろん『神秘』の枯渇は、お前たちの命が危険になると同じものと考えていい。」

 

その問いは、単なる修行の選択ではなく、彼女たちが自身の力とどう向き合うかの覚悟を問うものだった。

 

「……陸八魔、お前ならどちらを選ぶ?」

 

突然指名され、アルは自分の体から立ち上る膨大な靄を見つめ、ごくりと唾を飲み込んだ。




第8話をご愛読いただきありがとうございました。 

「神秘」という曖昧な概念を、視覚化によって認識する回となりました。マサキが提示したのは、天性の才能に頼るキヴォトスの常識を否定し、自らの意思で力を制御する「技術」の入り口です。自らの内側に眠る深淵を覗き込み、過酷な選択を突きつけられた便利屋の面々。果たして彼女たちは、マサキの説く「術理」を会得することで、凡人として天才に抗う牙を研ぎ澄ますことができるのか。物語はいよいよ、肉体と感覚を磨く実践へと移り変わります。


次回、第9話、「覚悟」の先にあるモノ。

第9話にて、またお会いしましょう。





【蛇足:精神感応(エンパシー)は何で使えるの?】
「ねえ、『精神感応』って、視界にマサキ君の見た情報を反映させるなんてよくできたね?マサキ君の専門外の分野じゃない?」
「ああ。俺のいた世界に、精神感応において世界最高峰の出力を持つ知人がいたんだ。その能力の一部を再現した形だな…」
「なるほど、マサキ。専門外とはいえ、世界最高峰の技術を部分的にでも再現してキヴォトスの環境に適応させてしまうのは、流石に器用すぎませんか?」
「……本人が感覚でやっていることを、術だのなんだのを使って感覚を繋げてやっとできる模倣だ。本来の『精神感応』は、対象の五感だけでなく精神の底まで完全に同調させる。本物なんて室内にいたのにいきなり密林のジャングルの中に迷い込んだ幻覚を五感で感じる体感込みで再現するものだったんだ。俺ができるのは、自分の捉えている視界を相手に一時的に共有する程度に過ぎん。直接触れなければ接続できないのも劣化コピーだからだ、身内での情報共有程度にしか使えんよ」
「あはは、劣化コピーって言っても、あの子たちからすれば神業みたいなものだけどねー。自分の『神秘』の形をハッキリ見せられたんだから」
「ええ。視覚的に納得させるには十分な効果でした。……あれ?わたし『神秘』の運用を習うときにそんなことされませんでしたが…ウツホ先輩はどうでした?」
「…そういえば、わたしもそんな事されてない…。」
「「これはどういう事ですか?」」
「……いや。お前たちは、そこまでしなくても自力で感覚を掴める素養があっただろう。」
「そんな適当な理由で納得すると思っていると? アルちゃんには、あんなに見つめあって、指まで触れて……。マサキ、まさかあっちの方が教えがいがあるとか思ってます?」
「あーあ。マサキ君、これは『ひいき』って言われても仕方ないよねー。私たち、もっとスパルタだった気がするし」
「……あ、客だ。お前たちも油打ってないで仕事しろ。」
「「あ! 逃げた!!」」





【ゲヘナ情報部 内部調査資料:108-BM-08】
■ 調査対象者 A:「マサキ」
【更新】地下区画の完全遮断と教育の進展:拠点「108」地下階層は依然として完全なブラックボックス状態にあり、外部からの観測・盗聴は一切不可能。断続的に微弱な高周波の変動が記録されているが、用途は不明。内部では陸八魔アル以下4名に対し、既存の学園教育とは根本的に異なる「何らかの変質」を促す教育が施されているものと推測される。

【特記】後方基盤の整備:構成員(鬼方カヨコ)による運転免許取得の動き、およびブラックマーケット周辺での食品営業許可申請の進捗を確認。対象は即時の武力衝突を避け、法的な偽装と機動力を確保するための「地固め」を優先している。これら準備期間が終了した際、構成員らの戦闘練度がどの程度変貌しているか、重大な懸念材料である。

■ 調査対象者 B:「ウツホ」 / 調査対象者 C:「ユエ」
【更新事項なし】

[総評:更新]対象は物理的拠点の構築と並行して、生徒らの「認識」を書き換える作業に入った模様。目に見える派手な動きがないことこそが、組織としての完成度を高めている証左であり、明日の本格稼働以降、警戒レベルを最大に引き上げ監視を続行する。
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