キヴォトスの残響-とある漂流者の活動記録ー   作:わたぬき※

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お読みいただきありがとうございます。
第9話は、『神秘』を運用するための前段階の話になります。

今回から物語は一段階、深い場所へと潜ります。 
キヴォトスの生徒たちが「当たり前」に持っている強靭な肉体と神秘。
それをマサキの視点から解体し、技術として再定義する本格的な修行編の開始です。アルたちが「便利屋」として、そして「アウトロー」として【怪異】と対峙して生き残るために避けては通れない、死の淵を覗く「覚悟」の物語。


第9話:覚悟の先にあるモノ

地下訓練場。焦燥と興奮が入り混じる空気の中、アルが意を決して「無理やり起こす」と言いかけようとした、その瞬間。 マサキが短く息を吐き、視線を切った。

 

「はい、時間切れ。全員そこへ正座しろ」 

 

マサキの冷淡な声が響く。アルは毒気を抜かれたように言葉を失い、ムツキたちは顔を見合わせた。

 

「え、ちょっと……待ってよ! 今、ちょうど選ぼうとしたのに!」

「遅い。あんな安い煽りに乗って、正常な判断ができない状態で、自分どころか仲間の命まで危険に晒す方を選ばせられるか。お前たちのコースは強制的に『ゆっくり起こす』にご案内だ、ボケが」 

 

マサキの容赦ない一喝に、四人は這いつくばるように正座をさせられた。

 

「リーダーなら、煽られた時こそ一番冷めてろ。いいから目を閉じろ。まずは瞑想だ自身の内側に意識を向けろ。お前らが普段無意識に使っている『神秘』――その概念的な力の流れが、今体のどこをどう通っているのかを見つけるんだ」 

 

そうして始まった瞑想が、小一時間を過ぎた頃。

 

「……ねえ、マサキ。これ、いつまで続けるのかしら?」 

 

真っ先に音を上げたのは、脚の痺れに耐えかねたアルだった。

マサキは壁に背を預けたまま、事も無げに答える。

 

「お前らが『神秘』を知覚できるようになるまでだが?」

「それって……いつまでかかるものなのかしら?」

「素質のある奴で一月、天賦の才で一週間、野生児ならその日のうち、ってところだ」

「……その中で、私たちの位置はどれなのかしら?」

「素質のある奴、じゃないか?」 

 

忖度のない評価に、ムツキが頬を膨らませた。

 

「えー、一月もかかるの? もうちょっと面白くできないのー?」

「早くではなく、面白くと来たか、まー、面白く感じるかは本人次第だが。やってみるか?」

「じゃあアルちゃんやってみよっか!」

「え!? 私!?」

「じゃあ陸八魔からな」 

 

マサキは正座したアルに歩み寄り、その額に手を近づけた。アルは反射的に目を閉じ、身構えた。 

 

――ベシッ!!

 

「フギャッ!?」 

 

デコピンと思われる衝撃が額に走り、あまりの威力に上半身が後ろに吹き飛んだ。

 

「な、なんてことするのよ!?」 

 

アルは怒りをあらわに目を開けたが、そこには奇妙な光景があった。 自分の目の前で、ぐったりと項垂れて座り込んでいる「自分」と、それを支えているマサキ。

 

「……え、私、あそこに……え?」

「うまくいったな。今、お前は霊体と呼ばれる状態になってる。要は、臨死体験をしてるってことだ」 

 

マサキが他三人の額に軽く触れ、視覚共有をかける。

 

「あっはー! アルちゃん幽霊になってんじゃん!」

「……みんな、反応がおかしくない!? 私、死んでるの!?」

「安心しろ、まだ肉体と魂は繋がってる。だが肉体というフィルターがない今の状態なら、自分の『神秘』が剥き出しで見えるはずだ。ほら、自分の周りを見てみろ」

「ええ……。なんだか、ぬるま湯にでも浸かっているような感じね」

「イメージとしては『木』だ。根から吸い上げた水を、枝葉の隅々まで行き渡らせる。だがお前らは今まで、葉まで届いた先からそのまま外へ蒸発させて捨てちまってた。その、漏れ出るはずの蒸気を、お前の肌のすぐ外側、体表面のギリギリで食い止めろ。そこに留めておくんだ」

 

 

 

 

アルは、自身の輪郭から逃げ出そうとしていた神秘を、必死に境界線の上で押し留めようと意識を集中させた。肉体という物理的な重石がない今、それは純粋な意志だけで行われる。

 

「……あ、逃げていかない。力が、ずっとここにあるわ」

「よかったよかった、このまま放出を続けてたら、陸八魔は死んでたからな……」

「……は?」 

 

達成感に浸っていたアルの思考が、一瞬で凍りついた。マサキは至極当然のことを言うように、淡々と続ける。

 

「当然だろ。幽霊の状態で肉体とは繋がっているとはいえ、今は仮死状態だ。エネルギーの生成は止まってるのに放出だけが止まらない。そのまま枯渇したら、待ってるのは本当の死だぞ」

「なんですってえええええ!?」 

 

パニックを起こして霧散しそうになるアルの霊体を、マサキは手で制した。

 

「まあ、今は力を留めて置けてるから安心しろ。……ほら、さっさと体に戻してやる」 

 

マサキは霊体のアルを掴むと、床に横たわる彼女の肉体へと押し込むように重ね合わせた。アルの視界が歪み、抗う間もなく自分の肉体へと吸い込まれていく。

 

「――んっ……! ……あれ、私、さっき……」 

 

重い。全身に鉛を流し込まれたような、圧倒的な重量感。 アルは荒い呼吸をしながら上体を起こすと、目の前でやれやれと肩を竦めているマサキを指差した。

 

「……ッ、マサキ、あなたねえ! そういうことは事前に言いなさいよ! 死ぬところだったじゃない!」

「言ったらお前、ビビって力を留めるどころじゃなかっただろ。だが、そのおかげで感覚は掴めたはずだ」 

 

マサキは憤慨するアルを冷めた一瞥で黙らせると、残りの三人に聞こえるように話し始めた。

 

「今のお前は、外へ逃げていくはずだった『神秘』を体表面で食い止めている状態だ。だが、必死に意識して留めているうちは、実戦の最中に敵の動きに気を取られた瞬間に意識が逸れて、一瞬でその膜が解ける。まずはその状態を、息をするのと同じレベルで、無意識に維持できるようになれ」

「無意識に……? これをずっと続けていろってこと?」

「ああ。座ってようが歩いてようが、最終的には寝ていようがその状態を維持できるようになってもらう。それが当たり前になれば、どんな状況でも生きては帰ってこれるからな。普段から無意識に外へ逃がしていた分を、自分の中に留めておく。これが全ての基礎だ」 

 

マサキは、アルの肩を軽く指差した。

 

「わざわざ意識を割かなければ維持できないうちは、まだ訓練以前の問題だ。……よし、感覚は掴めているな。そのまま崩すなよ。」 

 

マサキはそう告げると、マサキが再びデコピンの構えを作ると、残されたムツキ、カヨコ、ハルカの三人に視線を向けた。 死の淵から戻ったばかりで、今もなお「重さ」に喘いでいるアルの姿は、この手法の凄惨さを物語っている。マサキは冷めた双眸で彼女たちを射抜き、短く問う。

 

「……で。お前らはどうする?」 

 

一瞬の沈黙。恐怖がないわけではない。だが、アルの体表で静かに、しかし力強く留まっている神秘の「衣」を目の当たりにし、三人の腹は決まった。

 

「あはは……一月も待ってられないもんね。お願い、マサキ」

「……最短ルートがあるなら、乗るしかないわね」

「ア、アル様に……置いていかれたくないですっ……!」 

 

三人は逃げ場のない圧に気圧されながらも、自らの意志で一歩踏み出し、マサキの前に額を差し出した。 

 

 

地下訓練場。、自ら「覚悟」を差し出した彼女たちは、死の恐怖と共に、最短で「神秘」を知覚するに至った。




第9話をお読みいただき、ありがとうございました。 

今回は「神秘の知覚」という、本作における戦闘理論の根幹を描きました。
マサキにとっては「死なせないため」の最短ルートであり、彼なりの不器用な誠実さの結果でもあります。 ようやく自分の力を「意志」で扱えるようになった彼女たち。これでようやく、ブラックマーケットという日陰から、表の世界へと打って出る準備が整いました。地味な型稽古の先に、彼女たちがどのような成長を見せるのか。 

次回、第10話は「無法者の表側」。 

いよいよゲヘナ、トリニティといった各学園の自治組織との交渉が始まります。
マサキがどのように「掃除屋」の顔を使い分け、彼女たちの居場所を勝ち取っていくのか。 第10話にて、またお会いしましょう。



【蛇足:デコピンで幽体離脱って可能なの?】
「……デコピンって……」
「……マサキの参加するゲームに下手に罰ゲームとか組み込めなくなりますね。魂抜かれてもたまりませんから」
「デコピンで無条件で幽体離脱が成立するわけではないが?」
「そうなの?」
「そうなんですか?」
「そもそも俺のいたところでも幽体離脱にはそれ相応の道具を使っていたしな」
「へーそれってどんな?」
「金属バット」
「……へ? 聞き違いかな? もう一回言ってもらえる?」
「金属バット」
「ん??」
「ウツホ先輩、聞き違いじゃないですよ? マサキは『金属バット』と言っています」
「……でもでもそれじゃ、金属バットで殴りつけるって事でしょ? それはただの撲殺事件の現場じゃない!?」
「まーそうとも取れますね、ヴィジュアルだけ見れば」
「……まあオーバーキルにならない程度に、意識を刈り取る道具と言ったら、ソレになっ
たんだろうよ」


【ゲヘナ情報部 内部調査資料:108-BM-09】
■ 調査対象者 A:「マサキ」
【更新】依然として地下階層の監視は不可能。しかし、店舗に現れた陸八魔アル以下4名の放つ空気が、前回調査時とは根本的に異なっている。以前は良くも悪くも「ただの学生」としての気配であったが、現在はただそこに立っているだけで周囲を沈黙させるような、異様なまでの「存在感」の増大を確認。
【特記】特筆すべきは、彼女たちの周囲に漂う正体不明のプレッシャーである。マサキの傍らに控える彼女たちの佇まいは、もはや単なる店員や居候のそれではない。不用意な接触を本能的に躊躇わせるような、研ぎ澄まされた刃物にも似た冷徹な威圧感が備わっている。地下での「教育」が、彼女たちの内面にどのような変化をもたらしたのかは不明だが、その在り方は以前よりも遥かに力強く、かつ不気味なほどに落ち着いている。

■ 調査対象者 B:「ウツホ」 / 調査対象者 C:「ユエ」
【更新事項なし】

[総評:更新]「地固め」は完了したと見るべき。構成員らがまとう雰囲気は、もはや「ただの便利屋」として扱えるレベルではない。明日、予定されている「営業許可申請」の場において、彼女たちは周囲の予想を大きく上回る存在として振る舞うことになるだろう。ゲヘナ学園、特に「万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)」周辺での接触には最大限の警戒を要する。

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