吸血幼女の食事係   作:桃羽玉箱

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1章 目が覚めると──
1話 目覚め


 

 ぽこぽことした泡が視界に入り込んだ。

 それが何か気になって、手を伸ばそうと思ったのに、体は全く言うことを聞かなかった。

 おかしい。

 そう思って、腕を見ようと思った。でも、首も言うことを聞かなかった。

 

「──────!?」

「──────────ッ!」

 

 誰か居る。話し声が聞こえた。姿が見えた。慌てているのかな、みんな走っている。

 だけど、それはおかしい。だって、ここは僕の家のはずだ。僕の家に居るのは僕と妹だけ。親は出張ばかりで帰ってこないし、ほぼ僕と妹の二人暮らしだ。

 じゃあ、あれは────いや、待て。

 おかしい。

 何もかもがありえない。

 これは……水の中に、僕は居るのか?

 

 ここは何処だ。なぜ水の中にいる。

 あれは誰だ。僕に何をしている。

 僕はどうしてこんなところに──思い出せない。

 

 ここが何処かはわからないけど、とりあえず、僕は水の中にいる。

 大きな水槽に入れられて、その水の中でぷかぷかと浮かされているらしい。

 周囲には十人ほど居る。男女比率は……良く見えないが、女の方が多いか。全員が白衣を着ていることから、研究員か何かだろうか。

 周囲には、機械やコードが大量にあって、遠くには……水槽に入れられた人間が居る。ゲームで良く見る水槽に浮かぶ実験体みたいだ。もしくは、ホルマリン漬けの死体か。多分、僕もあれと同じなのだろう。

 推定するに、何かしらの実験室であろう。それも、人間の生物実験。

 

 僕は……どうなる?

 

 一生ここにいるのか。いや、この後すぐに殺されるかもしれない。最悪、長期間に渡って酷いことをされるかも。

 そもそも僕はどうしてここにいるんだ? 誘拐? 僕はどこで誘拐されたんだ? 外なら別にいい。だが、もしも家から連れてこられてしまったのなら妹はどうなったんだ。あの子だけは絶対に守らないと駄目だ。

 いやいやいやいや待て待て待て待て……落ち着け。

 駄目だ。考えが纏まらないし記憶も曖昧だ。

 あれ、僕って直前まで何をしていたんだ? 何処に居たんだっけ。何を見ていたんだっけ。

 

 

────パリンッ。

 

 

 視界に罅が走った。

 違う、水槽だ。僕が入れられている水槽が壊れたんだ。

 罅の隙間から水が流れ出し、勢いはどんどんと強くなる。それによって罅は広がり、ミシミシとそれは止まることなく広がっていく。

 そしてついに────ビシャァン! と、水槽は崩壊し、残った水と諸共に僕の体は流れ出て、重力の支配する地面に叩きつけられた。

 

「ごほっごほっ……おえぇ……っ」

 

 胃や肺の奥にまで入り込んでいた水を吐き出し、何度も咳き込む。

 頭痛が酷い。ぐわんぐわん、と世界が歪み揺れているような感覚に凄まじい吐き気が押し上げてくる。何度も何度も水を吐き出し、それでも止まらぬ吐き気に、地面に転がったまま起き上がることもできない。

 口元、つまり目の前に広がる半透明の薄い青緑色の吐瀉物から離れようと、起きあがろうと手足に力を入れるけれど、まるで自分の体が鉄塊にでもなったように重く、非常に重く感じられて、全く起き上がれそうにない。

 

 吐き気、怠さ、次に感じたのは痛みだった。

 全身が痛い。小さな針でチクチクされるように痛い。

 硝子が刺さったのか? いや、それだけじゃない。顔や背中とかも痛い。空気? 空気が痛いのか。ずっと水の中で揺蕩っていた僕の体は空気ですら痛むほどに弱っていたのかもしれない。

 

 動けない。

 色々な不調が重なって、体を全く動かせそうになかった。

 何が起きているのかは何もわからないけれど、このままでいいのか? わからない。

 

 僕が芋虫みたいにジタバタしていると、少し離れたところから誰かが近づいてくるのがわかった。

 ピシャピシャと水を踏み抜き、カラカラと破片を蹴り退かしながら、こちらへと近づいてくる。

 なんとか首を動かして、そっちを見ようと頑張って……見えた。

 

「……!」

 

 研究所の電気は消えているみたいで、ぼんやりとした暗闇に包まれている。だけど、そこには確かに女の人がいた。

 

 長い黒髪は一つに纏められている。それは暗闇の中でも黒とわかる深い色、黒翡翠みたいに美しい。黒い瞳は仄かに煌めいていて、不思議そうに僕を見下しているようだ。

 着ているのは和服。黒服に緑の帯を巻いてあり、下は袴で剣道着みたいな印象を持った。その上には更に羽織を纏っていた。

 腰には二振りが帯刀されていて、しかし手には鉄扇を持っていた。

 

 だが、何より、何よりも僕は彼女の顔に目が惹かれた。

 凄く、凄く凄く綺麗だった。とても美人だった。

 

 それを見つめながら、僕は気絶した。

 

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