検査する、ということで僕は専用の部屋へと向かうことになった。だが、ヒソラさんは仕事があるから、と部屋を出て代わりに別の侍女がやって来た。
相変わらず立てなかった僕は申し訳ないことに彼女に車椅子で廊下を押し進められて移動していた。
「そういえば……ここって病院じゃないですよね。何か理由でもあるんですか?」
長い廊下。木の壁や床からは和の趣を感じる。
窓から外を見れば、明るい日差しに照らされた広い庭に木や花や石畳の道が見える。施設が幾つかあるようで、今僕が居る物の他にも此処からだけでも二つは見えた。それぞれも木製らしく見えた。
それらをジッと見ていると、和風は和風でも少し西洋も感じられる。武家屋敷と洋風が混じったような印象を覚えた。
「ええ。風枝の別邸の一つです。ヒソラ様から許可が降りているのでお話ししますね」
許可がなかったら駄目なんだ。
やっぱり、意図的に情報の制限ってされてるのだろうか。
「まず、魔人計画の被害者ということです。魔法少女は先天的に魔力の影響で人一倍感情の上下が激しいですからね。大きな事件に巻き込まれた方はいつ精神に不調を来たすかわかりませんし、魔法少女の身体能力で暴れてしまえば病院諸共患者にまで被害を出しかねません。なので、最初から病院は無理、魔法少女用の施設じゃないといけなかったんです」
「ああ……」
いや待って。
「僕、魔法少女なの?」
「あれ、知らなかったんですか? ヒソラ様から許可があったのでてっきりご存知かと」
お、女の子になってるどころか魔法少女に……?
実感はない。魔力とか魔法とか、どうやって使うのやら見当もつかない。詠唱とかあるのか。いや、ヒソラさんはそんなのしていなかった。道具でも必要なのか?
「それから……もう一人、少し前に魔人計画の……被害者が居られまして」
何処か言い辛そうに彼女は続けた。
「その御方の治療の為に、同じく魔人計画の影響を受けた可能性が高い貴方から話を聞ければ何か得られる物があるのでは……と、ヒソラ様のご意向による部分もあるのでしょうね」
「へー、僕の仲間みたいなのが居るんだ。会えたりします?」
「申し訳ございません。それはヒソラ様にしか」
「どうしても、無理ですか? 僕の記憶のこととか、何かきっかけになるかもしれないんです」
「申し訳ございません。少し、事情がありますので」
「……あはは、ならしょうがないか」
同じく魔人計画の被害者。それなら、もしかしたら僕みたいな人間という可能性がある。
魔法も魔力も知らないし、魔物なんて当然。このよくわからない世界で、一人くらいは信じられる人が欲しかった。
何としてでも会ってみたいが、残念なことに無理そうだ。『申し訳ない』なんて言いながら、全く譲る気配は感じられないし、無理に迫れば印象が悪くなる。引き時だ。
「そう言えば、貴女のお名前って聞いてもいいですか? こうして押してもらってるんだし、名前くらい知っておきたいんですけど」
「私ですか?
「ミアカさんね。車椅子、ありがとうございます。重いでしょ?」
「いえいえ。私も、魔法少女ですから。人間一人くらい、片手だって楽勝ですよ!」
また魔法少女だ。既に、僕含め三人。あの田中さんというのを除けば、僕が名前をちゃんと教えてもらった人は全員魔法少女である。遭遇率驚きの十割だ。もしかしなくても、魔法少女ってそこまで珍しくなかったりするのだろうか。
「あはは、そりゃ頼りになりますね」
「私なんてとても。ここにはヒソラ様がいらっしゃいますから」
「ヒソラさんって、やっぱり凄い人なの?」
「ええ。お嬢様がお生まれになられる前は風枝でも最強と呼ばれ、次の代理当主筆頭で在らせられましたから!」
代理当主というのはよくわからないが、まぁとにかく偉い人なのだろう。
そして何より、最強。なんて心踊る単語であろうか。研究所の時に武装した姿は見たけれど、どうやらかなりの武闘派なのであろう。美しくて強くて、それで頭だって良さそうだし。無敵かな。
加えて、やはり魔法少女なる存在は戦うらしい。この世界で言うところの軍人にでも当たるのだろうか。ファンシーな名称ですね。
それはそうと──。
「お嬢様って?」
考えてみれば、ここは屋敷。つまり、主人が居て然るべきだ。てっきり、ヒソラさんがそうなのかと思ったのだが、先ほどの物言いからして別人なのは間違いない。
そんな僕の質問に、ミアカはガクッと表情を固くした。
「………………なんでもないです」
嘘つけ。何だその間は。
振り返って車椅子を押す彼女を見てみれば、
「……その、ここで一番偉い人だってんなら、僕はお邪魔してる立場だしさ、挨拶くらいしといた方がいいんじゃないかなぁ……なんて」
「……いえ、ここの責任者はヒソラ様というか、そ、その、風枝の分家の御息女を一人、この屋敷にて預かっておりまして……気難しい方なのですよ。はい」
「……僕は優しいので、これ以上は突っ込まないであげます」
「……はい。ありがとうございます」
──『その御方の治療の為に、同じく魔人計画の影響を受けた可能性が高い貴方から話を聞ければ何か得られる物があるのでは』
──『へー、僕の仲間みたいなのが居るんだ。会えたりします?』
──『申し訳ございません。それはヒソラ様にしか』
お嬢様=魔人計画の被害者?
いや、でも……こんな立派な屋敷の娘さんが大きな事件の被害者になっているとしたら、それは大事だ。もしも、外野に知られたくなくて秘密にしているのだったら、もっと上手く隠すはず。少なくとも、記憶喪失とかでマトモじゃない今の僕なんかに察せられるほど迂闊な言動をするはずがない。
え……ありえるのか?
ちょっと……いや……えぇ……。
もしも合っているとしたら、口が軽いなんてもんじゃない。風船が付いているのかと思う。
「あ、ああそうだ! 貴方のお名前は何ですか?!」
「いやだから記憶喪失だって……ヒソラさんから聞いてない?」
「っき、聞いていますけど?!」
風船付いてるかもしれない。
いやいや、僕を騙す為の演技……する意味、あるのかもわからないけど。
ちょっと疑心暗鬼が過ぎるだろうか?
「で、ですけど、ずっと『貴方』とか、『お客様』とかじゃあやりづらいでしょう? 思い出すまでの仮の名前くらいは考えておいた方がいいんじゃないでしょうか?」
先ほど引いた手前、不審には思いつつも突っつくのは避け、相槌を打つ。
「あー……確かに」
「でしょう!」
名前、名前か。
あ……安藤? 井上? 上田?
か、さ、た、な……は、な……うーん、どうしたものか。
「綺麗な白い髪をしているんですから、見た目から取るのなら『白』を付けるとかどうですか?」
「白……白神、白井とか?」
「苗字に付けるんですね。てっきり下の名前かと」
「下で白って難しくない?」
「金太郎みたいに、白太郎とか。あ、女の子に太郎はないですよね。すいません」
「あれ、言ってなかった……言ってなかったか」
そう言えば、ヒソラさんにも僕が元男だと言ってなかったか。伝えるタイミングがなかったし。
研究所からの押収資料とかで知っている可能性があるかも、なんて思ったけど、この様子だと知らないようだ。
「僕、元々は男だよ」
「……え?」
「今は女の子になってるけど。魔人計画って怖いよねー」
いやはや、性転換手術と言えど、縫合痕とかも一切残らずにやり遂げるとは。犯罪者ながらご立派な腕前というべきか、もっと別のことにこの技術は使って欲しいものだ。
「す、すいません! 少しヒソラ様に連絡させて頂きますね」
「はぁ……?」
慌てた様子のミアカが手早くスマホを取り出すと、メッセージでも飛ばしたのか数秒で「お待たせしました」とそれを仕舞い込んだ。
「……嘘じゃないんですよね?」
「僕の記憶が正しければ?」
「で、ですよね……えぇ……男……?」
訝しんでいるのがありありと感じられる。
僕としても、数少ない残った記憶に男としてのそれがあるせいで、今現在の肉体と精神の在り方に矛盾が発生して自分で自分を訝しみたいくらいだ。
そのせいか、自分のおっぱいを揉んでも、他人の女の子のおっぱいを揉めているような気分になれるからお得である。どんな時でも都合の良いように考えること。それが楽しく生きるのには肝要だよね!
「その……どちらで扱った方がよろしいでしょうか?」
「男としてか、女としてかって?」
「……はい」
ミアカは心配そうな顔で僕を見る。瞳にはぼんやりと自分の顔が映っているのだろう。僕からは白いシルエットにしか見えないけど。
彼女の顔からは哀れみが感じられた。
彼女からすれば、僕は事件に巻き込まれた被害者で記憶喪失な上に生来の肉体を弄ばれ、心身共に後遺症がある憐れな被害者そのもの、哀れむのも無理はない。
人によっては、こうやって同情されることさえ耐えきれない苦痛なのかもしれない。でも、不思議と僕には何も感じられなかった。
無関心? いや、無頓着?
記憶喪失と同様に、魔人計画によって得た精神異常なのだろうか。
自分の体を改造されるなんて一生の怨に成って然るべき現状に、僕は憤りを覚えていない。それをミアカの言動から、今になって僕は気付かされた。
そんな気づきによって、自分の男女の違いにもまた僕は大して感情を抱いていないことに改めて気づいた。
「気分的には男だけど……まー、別にどっちでもいいというか……性別に拘りなんてないというか」
相棒が消滅したことは惜しいが。
「女として生き続けたら精神的にも女性に近づくことはあるかもしれないけど、男として扱ってくれたからって僕が男に戻れる保証もないし」
「…………」
「そもそも、性別ってのは差別するものじゃなくて区別される物じゃん。あくまで肉体由来の物。体が男でも心が女だからって女子トイレを使ったら他の女の人がびっくりするし、キモって思うじゃんね? 逆に、体が女でも心が男だからって身体能力が男と同等の出力な訳じゃない。在るべき場所、向き不向き、性別の区別はそれが大事だと思うんだよ。そう言う意味では、生物的には女の僕は女とした方が色々と利便性は高いんじゃない?」
「では、女性と?」
「効率だけ見ればね。でも、僕がエロい目で見るのは女の子だから。そう言う意味では、男として扱ってくれた方がそちらはやりやすいんじゃないかな」
赤面したミアカは睨むように僕を見る。
可愛いね♡
「じゃあどっちにすればいいんですか?」
「ご自由に。使って良いトイレとかの施設に決まりとか教えてくれれば僕はそれに則った上で自由に動くし、そっちも自由に接してくれていいよ。僕もどっちでもいい……てか、ぶっちゃけどーでもいいし。人からどっちで思われるとか興味ないんだよね」
創作でよく見る『ぼ、ぼくが女の子にぃ?!』とか言うのは僕に難しいようだ。
自分の胸や性器にドギマギする気持ちが無いこともないが、僕のそれは単純に性欲由来のもの。別に自分の体なんだし自由に遊んで良くない? そう思ってしまうのだ。あとでオナニーはする。
「……わかりました」
「で、ミアカはどっちなの? 僕は男? 女?」
「う、そ、それは……その……」
ミアカは目を泳がせながる。車椅子を押す速度が誤魔化すように気持ち早くなった。
僕は首だけで振り返って、彼女をニヤニヤをと見つめる。すると、彼女は先ほどの僕の言葉を思い出したのか、恥ずかしそうに片手で胸を隠した。ただでさえ露出の少ない和服を着ているのだから意味のない行為であるが、初心で純粋な女の子らしさが感じられて非常に可愛らしい。
それはそうと、片手で車椅子を押しているというのに全く傾いたりしないのには驚かされた。
「ほ、保留……いやっ、どっちでも良いって言ったのは貴方じゃないですか! なら、私は男として扱います! 変態の!」
「変態は性別じゃないでしょ。否定はしないけどさ」
「じゃあいいじゃないですか。それと、名前はどうするんですか?」
そう言われて改めて考えてみるが、良案は浮かばない。僕にネーミングセンスはないらしい。
白太郎は流石に古臭いと言うかダサく感じてしまうし、だからと言って余り格好良過ぎるのも厨二病感が出て来て後悔しそうだ。
「もう、髪が白いんですし、シロとかで良いんじゃないですか。ペットみたいで変態にはお似合いですよ」
しろ……シロか。
「苗字って必須かな」
「さあ、私はあまり詳しくないので。でも、必要になったらなったでヒソラ様がご用意されると思いますが」
「じゃあ名前、シロでいいや」
「軽っ。名前ですよ? もっと大切にした方が……」
「いや、なんか……まあいいかなって」
正直、考えるのが面倒になった。
とんでもないピッカピカネームならともかく、『シロ』くらいならいいかな、と。
「面倒になったんですね……」
「バレた?」
「貴方が良いなら私からは何も言いませんけど……」
「まー、記憶さえ戻れば不要になる名前だからね。適当でしょ」
もっとも、本当の名前が『†堕天使†』とか『右衛門』とかだったら『シロ』が続投されることになるかもしれないが。そうでない限り、そう長い付き合いにもならないだろう。短くて語感も悪くない。十分じゃないだろうか。
「……信じてるんですか? 記憶が戻るのを」
「え、なに、怖いこと言わないでよ。やっぱりこの屋敷って悪の組織だったの?」
「違います……記憶がなくて、体もおかしくなっていて……どうしてそんなに元気なんですか? 未来を信じられるんですか?」
ミアカは不安そうな顔を浮かべていた。
情緒の安定しない奴だ……なんて茶化そうとして、やめる。僕の躊躇いと同時に、彼女の足も止まっていた。
彼女は本気だった。何か嫌なことでもあったのだろう。僕なんかに八つ当たりをしてしまうほどに。
僕だって色々と雪崩れ込んで来る情報を必死に受け止め続けてて元気満々って訳じゃないんだから、こんな人生相談みたいな話はしたくないんだけどな。変なテンションで変なことを言ってしまいそうだ。
「……怖いよ。実は君たちが悪い奴で僕を騙そうとしてるんじゃないかって疑ってるし、僕の家族は何処にいるんだって、僕はどうなるんだって不安でいっぱいだ。魔法とか魔物とか、何言ってんのかよくわかんないし。みんなが頭おかしいのか、僕が狂ってるのかもわからないもん」
「……じゃあ、どうして?」
「どうして……」
僕が僕を信じられる理由? 僕が元気な理由?
ミアカの『どうして』にはきっと色々な意味と気持ちが籠っていた。
でも、そんなのとは逆に、僕の理由は至極単純。
「僕が僕を信じてるから。理由も根拠もないけど、何とかなるんだって思ってるし、何とかできるって思ってる。楽観主義と言えばそうかもね」
きっと記憶を失う前の僕は人類最高クラスの楽観主義者だったのだろう。恒常性バイアスが効き過ぎている愚か者とも言えるかもしれない。
「共感性の欠如は自覚してるし、理解して欲しいとも思わない。でも、これが僕だ。僕は僕を信じてる。どんな時だって何とかなるってね。だから、現状の不安だって解決できるって信じてるんだ」
ミアカはどこか儚げに笑った。
「……強いですね。貴方は……シロさんは、本当に記憶喪失なんですか?」
「むしろ、何もないからこその強さかもね。トラウマとか後悔も記憶と一緒に吹き飛んでるし!」
ケラケラと笑ってやると、ミアカも少しだけ微笑んでくれる。自然と、彼女の足も動き出していた。
「今の、笑所なんですか?」
「笑顔ってのは他の動物で言う威嚇だって話、聞いたことない?」
「ありますけど、それが?」
「負けないぞーって、運命への威嚇。ガオー! ってね」
「ふふっ」
笑みを零した
ミアカの顔を改めて見ると、思ったより若い様に感じられた。さっきまでは二十歳過ぎくらいに見えていたのに、今は十代中頃に見える。その
だからこそ、年相応な笑顔がより印象的だった。
そんな頑張っている女の子だからこそ、「がおー」と小さく聞こえたのは暫く忘れられそうになかった。
「ミアカも、頑張ってね」
「……何にですか?」
「いや。色々とね。うん、色々と」
幼女どこ……?
そろそろ出そうで中々かなかな出てこない……
次か、その次くらいには必ず