吸血幼女の食事係   作:桃羽玉箱

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サブタイはとりあえずで付けてるからどっかで変わるかも


5話 

 

 + + + + + 

 

 

 屋敷のとある一室、そこにはシロが既に三日間ほどお世話になっている医務室勤めの侍女が居た。

 彼女は一枚の書類を確かめるように目を通した後、それを机上に置いた。

 対面に座っていたヒソラとミアカは食い入るようにそれを読み込む。

 

「……なるほど」

 

 読み終えたヒソラは難しそうに眉を寄せると、堪えるように口を手で覆う。しかし、すぐに何とも言えない感情の籠った声が理性を超えて漏れ出た。

 横に居るミアカもまた、喜びと迷いが混ざったような表情を浮かべていた。

 

 書類の内容──それはシロの奇妙な体質(・・・・・)と、とある人物への血液提供による結果であった。

 

「異常な再生能力、前例のない魔力特性、魔力量に対する器官の未発達さ。そして、性転換の元となった術式の痕跡は見つからなかった……なにより、お嬢様との相性は前例を全て圧倒……と」

 

 ヒソラの呟きに、侍女はなんて事のない様な顔で言った。

 

「マジで訳わかんないっすね。こいつ」

 

 半笑いなその顔に、ヒソラとミアカは揃って呆れた目を向ける。すると、侍女は誤魔化すように肩を竦めながら言葉を進めた。

 

「人と魔物の違い、引いてはヒトと魔法少女の違いっすよ。魔力器官と魔法器官を併せ持つのが魔物、魔力器官だけ持つのが魔法少女、どちらもないのがヒト。知ってますよねヒソラ様?」

 

 魔力器官──魔力を生成し、蓄え、出力する機能を持った臓器。

 魔法器官──魔力に反応し魔法という現象を引き起こす元となる臓器。

 魔法少女は前者があるから超人であり、後者を持たないが故にその身一つで魔法が使えず魔道具の補助を必須としている。魔法少女の身体能力の強化は魔力器官と繋がり全身に伸びる『仮想筋肉』という器官によって成り立っているので魔法とは別物。

 だからこそ、魔法器官を持つ人類を生み出そうという魔人計画はこの定義を揺るがしかねない大問題であった。

 

「……ええ。『幻想持ち』で一時期荒れたらしいですがね」

「それは例外」

 

 人間とは違いを恐れ、嫌い、遠ざけるもの。魔法少女というヒトよりも遥かに強い存在は昔より長く畏れられて来たのは当然の歴史。

 昔ならば、魔法少女と魔物を同一視して忌み嫌われることは珍しくなかった。魔物から身を守る為に媚を売りつつも、裏では悪口や飯に塵を混ぜるなど珍しくなかった。

 今ならば、暗夜の危険が減ったからと魔法少女を軽視して差別する者が増えてきた。平和な時代に軍隊を忌避する愚かな自称活動家が増えることのように。

 

「まず、魔法少女の条件は魔力を身に宿し扱えること。しかし、これでは魔物も魔法少女になってしまう。だからこそ、魔法少女は『魔法具』がないと魔法を使えないことに目をつけた。魔法を使う為の臓器、魔法器官の有無こそが魔物と魔法少女の区別点です」

「それで?」

「彼の体には魔法器官がない。だから定義としては魔法少女です。だけど、魔法少女や人間と言うには再生能力が異常。魔力特性も関係なさそうだし……」

 

 口篭ったヒソラにミアカが顎に指を当てながら呟く。

 

「その、お嬢様(・・・)も再生能力はありますよね?」

「あのお方は混ぜられた淫魔と吸血鬼の血から発現した変身魔法と体質で高い再生能力を獲得しているし、その魔法器官もまた体内に存在してる。だから、同じではないし、むしろ正体不明の再生力を持つこちらの方が異質なの」

 

 医務室の侍女がツッコミを入れた。

 深まる疑問は疑念を呼び、シロの素性へと移る。

 

「性転換は嘘で正体は『魔女』ってのは?」

「虚偽察知の魔法具は使ってありますので、可能性は低いかと。それに、魔法具を隠し持っていないことも確認済みでしょう」

「し、シロさんは悪い人じゃない……と、思いますよ?」

 

 二つの視線。

 片や、呆れ顔。片や、微笑み。

 

「……単なる被害者の可能性が高いとは言え、それならそれで情報がまるで見つからない存在は怪し過ぎる。今時に戸籍も捜索願もない記憶喪失の行方不明者なんて、疑わない訳にはいかないの」

「ですが、ミアカさんが言うのであればそうなのでしょう。あれで、案外しっかりしていますから」

「ひ、ヒソラ様?! あれってなんですか?!」

 

 少し場が和んだことを良い事に、口が乾き切っていたミアカは手元の水を一口で飲み込んでいく。

 その時──ヒソラのスマホが電話の通知音を鳴らした。

 彼女は「失礼します」と述べながら相手を確認──慌てて電話に出る。

 

 『ヒソラ様! お嬢様が!』

 

 この着信者をヒソラは知っている。陰ながらシロを監視兼護衛する為に配置している侍女であった。嫌な予感を感じつつ、ヒソラは努めて冷静な声で答えた。

 

「どうしました」

 『対象と接触しました!』

 

────ヒソラは部屋を飛び出した。

 

 

 + + + + + 

 

 

 幽明の住人、もしくは黄泉の鬼。はたまた、地獄の醜鬼というべきか。

 僕よりも小さな子供。しかし、痩せ衰えた醜い姿からは男女の区別すら不明。この屋敷に見合わぬ恐ろしい姿からは、一度触れれば生命を根こそぎ奪われるのではないかと死が脳裏を過ぎる。

 そんな緑色の餓鬼は冥い瞳をぼんやりと此方に向け、骨張った指を伸ばして来る。

 

「……っ」

 

 避ける? 逃げる?

 どう見てもヤバい相手だ。きっと冬前に山で熊と相対した人も同じ気持ちになるのだろう。瞳がヤバ過ぎる。理性を感じず、あるのは無機質な本能のみ。

 

 

──『◾️◾️◾️、ほら見ろ生まれたぞ! 初めまして、しなさい』

 

 

「っ(いた)……」

 

 ピキッ──鋭い痛みが頭に響く。

 

 

 + + + 

 

 

──『……どうして君が生き残ったの?』

 

──『……悪いけど、暫く帰らない。幼いけど、あの子は私に似て優秀だから、君は何もしなくてもいいよ。それが精一杯だろうしね』

 

──『……君は最悪な所が私に似たね。愚かな考えで取り返しの付かないことをするなんて。これに懲りたら、もうあの子とは関わらないで欲しい。あの子は君と居るとおかしくなるみたいだから。今回は他人だったから良いけどさ。二回も私の家族を殺さないで、わかってるよね』

 

 

 + + + 

 

 

──『……おにいちゃんは、ぼくのこと、きらい?』

 

──『……お兄ちゃんは何もしないでいい。ボクの方がずっと上手くできる。ボクの方がずっと早くできる。だから、大人しくしてて。何もしないで。ボクを愛して』

 

──『……ママ、おっぱい吸わせて?』

 

 

 + + + 

 

 

 これは……僕の、記憶……?

 なんか今なんか変なの混じてた気がするけど、朧げながら妹の顔が浮かんだような。もう一人の女性は……母? 僕は誰かを殺したのか? 覚えてない。思い出せない。ああ駄目だ……段々と今の記憶も薄れて来た。早く何かにメモしないと二度と思い出せなくなるかもしれない。せめて、妹のことだけでも書き留めたい。この世界では二度と会えないかもしれないけど、こんなにも焦がれているのだから間違いなく大切な相手のはず。絶対に記憶を取り戻して────

 

  ガシッ。

 

「────へ?」

 

 腕が掴まれた。誰に? 目の前の子供だ。

 

 ぼーっとしていた。

 突如として脳内に溢れ出した記憶のせいで、現実が疎かになっていた。その隙に枯れ枝みたいな小さい手に捕まってしまったのだ。

 

「い、痛いんだけど……?」

 

 返事はない。しかも、信じられない力強さ。掴まれた腕がピクリとも動かない。枯れ枝は枯れ枝でも、信じられない重木であったのだ。信じられなかった。体の大きさは僕の方が頭二つか三つ分は大きい。だのに、どうして僕が圧倒的に力負け──魔法少女か!

 だが、どうして突然こんなことを? しかも、こんな小さな子供が。

 いや待て、魔物って奴か? いやいや、屋敷の中に魔物が出て来るなんてありえない。ここの警備はどうなっているんだという話だ。ガバガバ!

 

 そんな混乱の最中、ふと──彼女(・・)が妹と重なって見えた。

 

 彼女? どうして僕はこの子が女の子だと思ったのか。ああ、そうか、魔法少女なのだから当たり前だ。だけど、そうじゃない。そうじゃないのだ。

 

 彼女は動かなかった。僕の腕を掴んだまま、何もせずにこちらを見つめている。

 何かを求める目で。何もかもを諦めた目で。

 赤子みたいな無垢な顔で。死支度を終えた危篤者みたいな顔で。

 

 似てる。

 何がどうしてかは、僕にもわからない。でも、彼女が妹に似て見えた。僕は彼女から妹を見出していたのだ。こうなってはもう抵抗なんてできやしない。

 自分でも頬が緩んでいるのがわかる。多分、すごく優しい表情(かお)になっている。

 

「いいよ。おいで」

 

 身を屈め、空いた片手で彼女を抱き締める。

 彼女が何を求めているのかはわからない。けれど、与えよう。妹に似たあなたへ、僕の持つ愛を。

 

 かぷっ──首元に奔る鋭い痛み。

 ちゅう──何かが吸い上げられる音。

 

 痛みと吸引。僕からは彼女の後頭部しか見えないけれど、何をやっているのかは何となくわかった。血を吸っている。吸血。血液だ。赤い生命の水を彼女は僕から啜り始めたのだ。

 血。どうしてそんなのが欲しかったのか、よく分かんない。それとも、魔法少女というのは血を食べないと死んじゃうのだろうか。案外、猟奇的な生物なのかもしれない。いや、僕も定義的には魔法少女だって言われてるけど、今のところ血液欲求は無いよな……まあいいか。

 

「逃げないから。ゆっくり、ね?」

 

 ちゅうちゅう、ごくごく、と。

 絶え間ない嚥下が耳元で響く。

 気づけば、彼女は僕の腕を離し、小さく短い腕で精一杯に僕の肩の辺りから抱きついていた。親に抱きつく猿みたいでちょっと可愛い。やっていることは吸血鬼みたいな化け物なんだけれども。

 とんとん、と。

 少し緊張しているように感じられた彼女の背を優しく撫でるように叩いて宥める。そうしていると、段々と嚥下の間隔が延びて来るのがわかる。どうやら、ちょっとは落ち着き頂けたようだ。

 

 さて、彼女はいつまで吸い続けるのだろうか。僕が死ぬまで? 死なない程度で止めてくれると嬉しいんだけど、完全に絞められた今の状態では逃げ出せない。逃げ出す気もないけど、死ぬのは困る。

 

「んぷ……ちゅぅ……ぁむ……ごく……」

 

 ああ、ちょっとマズいかもしれない。頭が痛い。気分が悪い。視界が白ばみ、揺れ始めた。完全に貧血だ。

 

──ここで終わる?

 

 そんな予感が脳裏を過った時、ドタドタと慌てた足音が──ヒソラの姿が見えた。目を見開き、いつもの冷静さを失くした彼女は普段以上に感情的で、綺麗というより可愛い様子。

 それはさておき、彼女が来たのならもう大丈夫だろう。僕の生き死には最初から彼女の手元にあったのだから、今まで殺さなかった以上は生かす理由があるはず。だから、もう大丈夫。

 重い頭を動かして、小さく幼く愛らしい怪物の耳元に口を寄せる。

 

「おやすみ」

 

 ────────────────。

 

 ────────────。

 

 ────────。

 

 ────。

 

 

 + + + 

 

 

 屋敷の一角、そこにあった光景。

 倒れ伏し首元から血を流す少女、傍に立つは恍惚とした笑みを浮かべる化け物。

 

「ひ、ヒソラさっ……なに、あれ……」

 

 頭頂部には狼のような獣の耳、背には蝙蝠のような大きく黒い膜の張った翼、臀部から生える黒く細長い尻尾は先端だけが猪目状に膨らんでいた。

 そして、両手の爪は鋭く伸び、頬を赤く染め、蕩ける様な眼差しで倒れ伏す少女──シロを見つめていた。

 

 初めて見る異形の姿にミアカが声を失う横で、ヒソラは青白い顔で安堵の息を吐いた。もう駄目かと血の気が引いたが、間に合ってよかった。そんな一心で。

 

お嬢様(・・・)

 

 童女を刺激しない様に繊細に、しかし素早くも近づいたヒソラはできる限りの優しい声音で語りかけた。そうして然りげなくシロと童女の間に入り込み、いつでも庇える様に位置を取りながら魔力を練り上げ、身体強化と同時に結界魔法を発動できる様に備える。その証拠に、魔法発動の証明たる魔力発光──その魔法具である右手の指輪とヒソラの目が仄かに光を放つ。

 

「お嬢様、耳を、翼を、尾を、収めてください」

 

 その言葉に、童女は漸くヒソラに気づいた様に目を向ける。

 悦びと狂気の瞳に微かな理性が光り、浮かべていた笑みが消え去り虚無へと変わる。

 

「……ヒソラ」

「はい。ヒソラで御座います。落ち着いて、息を吐き、吸って、吐き、吸って……気をお鎮めください」

「……うん」

 

 童女が目を瞑り、深呼吸を繰り返す。

 一度、尾が縮まる。二度、翼が縮まる。三度、尾と翼が完全になくなる。そして四度、獣耳がなくなった。

 

「失礼します」

 

 頭を下げながらヒソラは倒れていたシロを抱き上げ、回収する。さらり、と顔に掛かった髪を払い除け、頬を撫でる。だが、何も反応を示さない。ただただ青白い顔で弱々しい呼吸を繰り返すばかり。死んではいないが、死に掛けてはいたようだ。

 そんな間も、童女は常にシロへと目を向けていた。

 ヒソラはそんな童女へと目を向けると軽く全身を確認し、怪物らしい要素は消え去り、痩せ細った子供に戻っているのを見て取った。

 

「ご気分は、如何でしょうか」

「……うん」

 

 話を聞いているのかいないのか。小さな手が、シロの脱力し切った手へと伸ばされる。

 ヒソラは僅かに驚き喜びを呑み込みながら立ち上がる。今はとりあえず、この死に体のシロを医務室へ連れて行かなくてはならない。

 

「お嬢様、一緒に来られますか?」

「……うん」

「ミアカさん。貴方も一緒に」

「ぁは、はい!」

 

 ずっと呆けていたミアカは慌てて二人の背を追った。

 僅かな血の滲みと臭いだけを残し、そこからは誰も居なくなった。

 




吸血幼女。うーんこれはタイトル回収ですね間違いない。
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