「これ……僕、っていうか……関係者以外が聞いても、良い話なの、かな?」
「駄目ですね」
「あ……」
「はい」
もう助からないぞ♡
不安に顔を凍らせる僕を他所にヒソラさんは話を続けやがる。
「……お嬢様が『風枝大和』だと知った分家の者たちの多くは隠蔽しようとしました。だからと言って、殺すこともできず取り扱いには困っていたようでしたが……その隙に、春山という分家の者から私の方へ情報が流されました。それをきっかけに『魔人計画』も露呈。お嬢様を回収した私は、少しでも情報を集める為に、施設を探し、見つけ次第潰していました。今のところ発見済みの施設は全て壊滅させましたが、潰した内の最後の施設で見つかったのが貴方です」
逃げるようにヒソラさんから目を逸らす。
「……最初の日の約束を覚えていますか?」
「最初のって……」
──『下手なことを言えば、脅しや洗脳になりかねないですね。少し、時間を置いてみましょう。三日ほどあれば、何かきっかけがあるかもしれません』
あ、忘れてた。
「記憶は戻らなかったようですが、約束は約束です。それに、お嬢様と出会ってしまわれたのなら話は変わりました……選んでもらいましょう」
「……選ぶ?」
「頼みたいことがある、と私は言いましたね。それに、貴方も今の宙に浮いたような状態が続くのは嫌でしょう?」
「まあ、それはそうだね」
今の好待遇がずっと続くと言うのも薄気味悪いとは思っていた。裏があるだろうとも。最初から知りたいとは思っていのだ。相手が自分から事情を話してくれるのであれば聞かない理由がない。
「身を以て知ったと思いますが、お嬢様は生きるのに血液が必要です。ですが、何でも誰でも良い訳ではありません。他の動物より人間、人間より魔法少女、魔法少女であっても魔力の違いがありますから。そして、相性が良くなければ体が上手く受けつけないのです」
魔法少女の血……初日から気になっていたことではあるが、ヒソラさんもミアカも妙に窶れていたのは、もしかしてお嬢様に血を与えていたからだろうか。
「最も相性が良かった私の血でも失血死ギリギリまで抜いて、まる一日保つかどうか。私以外では、十人分以上を絞り尽くす量が必要です」
思わずお嬢様へと目を遣る。とても小さく、痩せ細った童女。
「じゅ、十人って……そんなに飲めるの? 物理的に」
「無理です。やろうとすればお腹一杯なのに餓死寸前になります。ですので、ある程度は私のも飲ませて……それで、辛うじて命を繋いできたのです」
信じ難いが、お嬢様の体は正しく餓死寸前の子供。おそらく本当なのだろう。幼い子供が経験するには壮絶過ぎる人生。食わないと死ぬ。でも、食べても死ぬ。考えたくもない地獄そのもの。
「しかし、貴方が現れて事情が変わった」
「……僕?」
「ええ。貴方の血であれば、私の血の何倍も効率よくお嬢様は取り込めるのです。具体的には、毎日貴方が提供していた量で、私の体内の血液量全てに相当するでしょう」
「え、あれだけで……?」
「あれだけで、です」
検査と称して僕が抜かれた血の量は一リットルにだって到底満たない量だ。それこそ、ちゃんとした病院で行う献血くらいのはず。それで……いや、人体に何リットルあるのかなんて知らないけど……ヒソラさんの、全てに匹敵するのか。
そりゃあ……頼みたいことの一つや二つ、あるよな。
「風枝家の者として、『風枝大和』の存在は絶対。生かす為には全力を尽くす義務が私にはあります……そして、私は私の目的のためにも、お嬢様を手中に収めたい」
「いきなりヤバいこと言うじゃん」
お嬢様──もとい『風枝大和』ってのは、風枝家の象徴なのだろう。それを手にいれると言うことは即ち、風枝家を手に入れたも同然だと思われる。こんな小さい子供なのだ。道理もわからぬ幼児を操るなど、ヒソラさんにとっては容易であろう。摂関政治というか……間接的に、実権を握りたいと暗に、いや、もはやドストレートに告げてきたのだ。びっくり。
権力闘争の悪役みたいなこと言うじゃんね。
「その為に、シロさん。貴方が欲しい。貴方が居ればお嬢様の食料問題は解決するのです」
わぁお、熱烈な告白。ヒソラさん、顔が良いからね。胸がドキドキしちゃう。
向けられた美しく真っ直ぐな瞳。何処までも澄んでいて、アホ毛を垂らす僕の姿が見えてきそうだった。
「なる、ほど……ね」
これで全部話してくれた……と、思って良いのかな。とりあえず、何で僕をこうも良く扱ってくれたのかはわかった。高く売れる家畜にストレスの無い環境を与えるようなものだ。そうした方が、美味しく育つから。
「……最初から、監禁して無理やりとか思わなかったの?」
「少しだけ。ですが、私がしたくなかったのでやめました。人は自分の意志で生きるべき──信条に反するので」
「お嬢様を操ろうとしてるのに?」
「そこは私のやりたいことを優先しました。それに、現在の風枝家であれば私の所が一番マシだと思いましたので」
ダブスタかよ。しかも、腐敗権力の臭いが……?
「ですが、願いが叶った後には、私の全てをお嬢様に捧げる覚悟です」
「……一応聞くけど、断ったら? 化け物の餌になるのはごめんだーって」
挑発混じりの僕の言葉に、ヒソラさんは目を細め……おそらく、ミアカを見た。
「貴方抜きで頑張りますよ。私は、一人で生きてきたのではありませんから」
「あははっ……仲間が居るよって? 惚気られちゃったね」
まあ──。
「断る気はないけど。僕も仲間に入れてくれよ、なんてね」
「……それは有難いですが。せっかくですし、理由を聞いても?」
「その子を見たとき、少しだけ記憶が戻ったんだ。偶然かもだけど、きっかけにはなるかもしれないから。深く関われるんなら、むしろこちらから近づきたいくらいだったんだよ」
それに、この子は何処か妹に似ている。初めて会った人に、殆ど憶えていない人を重ねるというのも変な話だけど、それがむしろ運命を僕に感じさせていた。
ちらり、とミアカを見てみると、ヒソラさんを見て何処となく嬉しそうな顔。僕もヒソラさんを見るけど、真顔というか難しそうな顔というか。感情の機微は読み取れない。でも、ミアカからは違って見えるのだろうか。ミアカは満足げな顔だし、ヒソラさんもきっと悪くはない印象だと思われる。
「記憶ですか……ご協力の見返りに、何か少しでも取っ掛かりが浮かべば取り寄せたり、赴く準備くらいなら致しますが……ございますか?」
「あー、全然。また今度頼むよ」
小さく息を呑む。
「じゃあ……これから、よろしく」
「はい、こちらこそ。よろしくお願いします」
今、僕はようやくこの世界で地に足がついたような気がした。この世界で生きる意味、生きる目的が、きっと明確になった。
この屋敷で僕はヒソラさんに協力する。具体的には、お嬢様に僕の血を提供する形で。
そうしていれば衣食住は担保されるだろうし、その間にもっと知識や常識を身に付けて行けばいつかお役御免になったとしても、独りで生きていける。
記憶を取り戻す。その為に、何か運命を感じるお嬢様とできるだけ関わる。それ以外にも、ヒントがありそうならヒソラさんに協力してもらう。
この世界で、頑張る。その頑張りの方向性は固まった。あとは、なるようになるだけだ。
「とは言って、僕ってこれから何か変わるの? 血液も身体検査も、前からやってたけど……」
「特には。強いて言えば、もしかしたらお嬢様に直で飲んでもらうかもしれません。効率の違いも見ておきたいので」
「まー、それくらいなら別に」
「…………」
「え、なに」
「怖くないのですか。先ほど、死にかけたのですよ」
「怖くなくはないけど……僕が死んだらヒソラさんたちも困るでしょ? なら、何とかしてくれるかなって……守ってくれるよね?!」
ヒソラさんは小さく間を置いて、深く頷いた。
「はい。必ず」
ならばヨシ。なんなら、むしろ直吸いさせたいというか。
お嬢様を抱いている時はちょっと安心したというか、良い匂いがしたというか……。そうじゃなくて。やっぱり、妹に似ているからだろうか。家族を抱きしめてる感があって、すごく良い気分になれた。抱き枕にしたい。食い殺されそうだからしないけど。
「あ、よかったらで良いんだけどさ……」
そうだ。せっかくだし、もう一踏ん張りおねだりをしてみよう。
「従業員的な? 召使的な? 雇って貰えたり? お金、欲しーなー、なんて……?」
「……宜しければ、お嬢様付きの侍女として雇いましょうか。血の提供以外にも、少しばかり仕事をしていただければ、衣食住以外にも給金も出しますが」
「やります!」
定職ゲッツ!
今の金銭の価値とかよくわかんないけど、無いよりもあった方が遥かに良い代物なのは間違いないだろう。
「あ、後出しで悪いんだけど、僕ってば礼儀作法とか家事とか……あんまり自信がないんだけど……平気です?」
「風枝家の侍女であるならば、一通りのことは必須ですね」
「即日解雇!」
「いえ、記憶喪失のあなたに期待していませんでしたので」
なんか後半の言い方ちょっと辛辣だね。蔑みの視線があれば完璧だ。
「基本的には、血の提供を。技術的な部分、おいおい学んで出来るようになってくだされば問題ありません」
「まあ、結局は血が大事だもんね。言い方はあれだけど、僕の体が目的な訳だし」
「シロさん」
ミアカが微笑みながら言った。
「こう考えてみましょう──食事係、と」
「食事、係? 僕、料理できるかわかんないけど……」
あ。
「そゆこと?」
「ええ、食事はシロさん本人ですから!」
『食事を準備する係』、ではなく『食事として食べられる係』。食事(本人)係とは……役職なのかな、これ。豚とか牛に、お肉と名付けるようなものではないか。
なんか、あれだ。
邪神に捧げられる生贄を巫女と呼ぶみたいな雰囲気を感じる。将来国家を揺るがせるように成る最強の幼女なんて、ほぼ邪神みたいなものだろうし。いやん、捧げられちゃう。
「ヒソラ様、食事係でいいですよね?」
「おいおい、ミアカが勝手に決めていいのかい、それ」
「侍女にも持ち場というのはありますから。そうですね、ミアカさんの言う通りにしておきましょうか」
本格的に食事係に任命されるようだ。
妹よ、お兄ちゃんは未来で高貴なお方の食事係に成るよ。保険に衛生関連、調理師とかの免許なんて一つも持ってないのに。
つまり、なんだ。僕は、実験体とか侍女とかではなく……。
僕は吸血幼女の食事係になったようだ。