「雨宮君、来ないなぁ……」
私、姉崎莉奈は頬杖をつきながら呟く。
最近、雨宮君が学校に来ていない。体調が優れないらしいのだが、私が進めたバイトのせい、なのかな?
放課後の教室で、1人でそんな事を考えていると。
「お待たせ」
爆炎君がやって来た。彼とはここで、カードバトルをする約束をしていたんだ。
「それじゃ、始めよ」
私がそう言うと、爆炎君はニカッと笑って答える。
「ああ、バトルしようぜ」
「爆裂トカゲで見習い魔法少女マナを破壊。破壊時効果でパワーアップ。これでパワー10000だ!」
「マジカルアロー発動。コストが3以下の爆裂トカゲを破壊するね」
「パワフル紅蓮ドラゴンを召喚。ターン終了時効果でパワーアップ。これでパワー10000OVERだぜ!」
「なら、マジックバインドを発動。次のターンの攻撃を禁止するよ」
「レインボードラゴンを召喚!」
「対魔の光を発動。敵モンスター全てにダメージ。更にマジックファイア発動。レインボードラゴンを破壊………………そして、ホムンクルス錬成を発動するよ。ホムンクルスを5体召喚!」
「……俺の、負けだ。……凄ぇ強えな、姉崎。完敗だぜ」
爆炎君が、少し悔しそうな表情をしながら言う。
「ありがとう」
私は素直にお礼を言う。
「雨宮も、姉崎も本当に強いぜ。俺、もっと強くならなきゃな」
「……そっか。やっぱり強くなるのは大事だよね」
強くなければ、大切な人を守れない。だから、私は強くなるために頑張ってきたんだ。
「ねえ、爆炎君。私のデッキに足りない物って分かる?」
爆炎君に、私のデッキの相談をする。雨宮君を倒したことのある爆炎君からなら、有用なアドバイスが貰えるかも知れない。
「そうだな、序盤の圧力が足りてないかな? でも、デッキコンセプト的にそういうのは必要ないのかもしれない。……うーん、難しいな」
「そっか、そうだよね……」
返って来た答えは、曖昧な物だった。
「……俺のデッキにはなにが足りないと思う?」
今度は逆に、爆炎君が質問をしてくる。
「そうだね……。アグロ対策が足りてないかな?」
彼のデッキは、モンスターのパワーを高めて攻めていくタイプ。序盤から数で攻めてくるデッキには、少し弱め。
「そうか、確かにそうかもしれないな。アグロ対策、アグロ対策」
「コストの低い、ガードや全体攻撃を入れるといいかもね」
具体的なアドバイスを伝える。
「あ、でもさ。それで姉崎に勝てるようになるのか?」
爆炎君からの疑問。それに対して私は……
「うーん。アグロ対策した場合、私相手だと逆に勝率が下がっちゃうかな」
「だよな。……このままじゃ、姉崎に勝てるイメージが湧かないぜ」
がっくしと肩を落とす爆炎君。……流石にこの答えは酷だったかな?
「……雨宮がいれば、いい感じのアドバイスをくれたのかな?」
爆炎君が、ふとそんな事を呟く。
確かに、3人そろえばもっといいアイデアを出すことが出来たかも知れない。
「雨宮君……」
雨宮君、今何してるのかな?
「雨宮は今、どうしてるんだろうな」
爆炎君の言葉も、私の心の声と同じだった。……彼もまた、雨宮君を気にしている
「もしかして、新しいバイトを探しているのかな?」
私はふと思ったことを口にする。彼は今、高額カードを狙っている。だから、お金が欲しいはず。
「良いバイトが見つかると良いな。……俺もバイト探そうかな?」
爆炎君がそんな事を呟く。
「それは良いかもね。どんなバイトを探しているの?」
「当然、パワフルな時給のバイトだぜ。高いカードを買うのにお金が欲しいからな」
「……怪しいバイトに引っかからないようにね」
軽く釘を刺しておく。無いとは思うけれど、万が一悪いバイトに引っ掛かったら大変。
「分かってるぜ、姉崎。そんな危険な仕事はしないから大丈夫だ」
そう言って爆炎君は笑う。……うーん、大丈夫かな?
……よく考えたら、爆炎君だけじゃなくて、雨宮君の方も心配だ。
「雨宮君、大丈夫かな?」
「大丈夫だぜ。あいつは変なバイトに引っかかるような奴じゃないだろ」
私の心配に対して、爆炎君が即答する。
「……そっか、そうだよね。彼ならきっと大丈夫だよね。闇払人が闇バイターになるなんて、そんなおかしな話はないよね」
「闇払人?」
私の言葉を聞いた爆炎君が首を傾げる。
「あ、そうか。爆炎君は聞いてなかったんだね。闇払人っていうのはね……」
私は、闇払人について説明する。
「……おおっ、凄ぇぜ雨宮は。通りでなんか凄いオーラを放ってる訳だぜ」
「凄いオーラ?」
「ああ、なんかこう……『只者じゃない!』って感じの奴だぜ」
爆炎君が目を輝かせながら言う。……雨宮君は只者じゃない、か。確かに私もそう思う。
「それに、雨宮と戦っていた時に感じたんだ。なんか言葉には出来ないけどよ、最高に熱いなにかを」
「……私も、雨宮君と戦っている時何かを感じたよ」
彼の言葉に、私も賛同する。言葉には出来ない、何かのエネルギーを感じた。
「熱い気持ちにさせてくれるほどの良いバトルが出来る。だからこそ、雨宮は闇払人になったのかもしれないな」
爆炎君が呟く。……確かにそうかも知れない。
「雨宮君、早く元気になってくれると良いな」
「……ああ」
「元気になって、健全なバイトて精を出せるようになるといいね」
私と爆炎君は、そんな事を話して、少し笑いあった。
「ただいま、お姉ちゃん」
「お帰りなさい。……うひ、うひひひひっ」
帰宅した私を待ち受けていたのは、不気味な笑い声を上げるお姉ちゃんだった。
「……お姉ちゃん、どうしたの?」
お姉ちゃんの部屋に入り、彼女の様子を確認する。……一体何があったんだろう?
「ふふふ、遂に見つけたの」
「何を!?」
挙動不審なお姉ちゃんに、私は少し恐怖しながら聞き返す。
「遂に見つけたの。私の理想を」
「……え?」
お姉ちゃんの言葉に、思わず驚く。……お姉ちゃんの理想って?
「アリスちゃん、アリスちゃん!!」
興奮しながら、枕を抱きしめるお姉ちゃん。その様子はどこか狂気的だった。
「お姉ちゃん、何だか変だよ。……やっばり完全に立ち直れていないんだね」
私はお姉ちゃんの肩に手を置きながら言う。
……あの時から、お姉ちゃんの様子はおかしくなった。雨宮君のお陰で外には出られるようになったものの、それでも様子のおかしさは変わらない。
……やはり、あいつを倒さなければ。私達の幸せは取り戻せない。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。私が絶対にあいつを倒すから」
私は決意を固める。……絶対に倒して見せるよ。
「……ありがとう」
小さな声で、お姉ちゃんが呟く。
「……ところで、結局何を見つけたの?」
私は先ほどの不気味な笑いの元凶についてお姉ちゃんに聞いてみる。
……すると、彼女は枕から手を離してこう言った。
「アリスちゃんASMRよ!」
彼女が口にした、聞き慣れない単語に私は首を傾げる。アリスちゃんASMR?
お姉ちゃんは、枕から手を離したかと思うと今度は私の手を握りながら解説を始めた。
「アリスちゃんASMRっていうのはね、アリスちゃんが優しく語りかけながら、耳かきをしたり、お昼寝したり……とにかくアリスちゃんが色々な癒しを届けてくれる音声のことなの」
「ふーん。なんだか面白そう」
説明を受けた私は、少し興味を持つ。音声で癒しを届けるなんて、なんか面白そうだ。
「気になる? ふふ、なら聞かせてあげるね」
そう言ってお姉ちゃんはスマホを取り出し、配信サイトで無料公開されている動画を再生した。
「アリスちゃんASMR、配信開始。……ふぅ、仕方ないわね。今日もたくさん癒すから』」
動画の開始と共に、気の強そうな女の子の声が聞こえた。
「ア、アリスちゃ~ん!!」
お姉ちゃんがテンション高く声を上げる。とても楽しそう。
「……今日だけは、優しくしてあげる。……ほら、こっち来て」
「今から行くよ、アリスちゃん!」
アリスちゃんの声に反応して、お姉ちゃんが嬉しそうにベッドへと倒れ込む。……何をやっているのだろうか、お姉ちゃんは。
……その後もアリスちゃんは色々なことをして、お姉ちゃんはその度に騒いでいた。
「はぁ、やっぱりアリスちゃんは最高ね」
動画を見終えたお姉ちゃんが、満足そうに言う。……相変わらず楽しそうだ。
「あれ、このチャンネル動画一つしか無いよ?」
私は気になった事を口にする。再生回数が多いのにも関わらず動画はたったの1つしか無い。
「それはね、このチャンネルは始まったばかりなの。投稿日を見てみてね」
「……確かにこれは数日前の動画だ」
お姉ちゃんの言葉に納得する。これは、生まれたてのチャンネルみたいだね。
「もうちょっと待てば、このチャンネルにも他のサンプル動画が増えるはずよ」
「そっか。……って、サンプル動画?」
お姉ちゃんの言葉に反応する。サンプル動画って、なんの事だろう?
「ふふ、これを見てみて」
そう言って、お姉ちゃんがスマホを操作して一つのサイトを私に見せてくる。……なんだろう?
「……アリスちゃん有料ボイス販売サイト?」
サイトの概要を読んでみる。……どうやら、アリスちゃんのASMR音声をダウンロード出来るらしい。
「そう、さっきの動画は有料ボイスの宣伝をするためのサンプル動画だったのよ」
お姉ちゃんがふふんと少し誇らしげに言う。……なるほど、主戦場は販売サイトということか。
「お姉ちゃんは有料ボイス買ったの?」
「勿論だよ。耳かきシチュに、お昼寝お助けボイス、添い寝シチュにアリスちゃんと膝枕体験。ありとあらゆるシチュエーションを網羅しているわ」
私が尋ねると、お姉ちゃんが熱量多めの返答をしてくる。……一体どれだけ買ったんだろう?
「ぐへへ、これは素晴らしい買い物だったよ」
そんな事を言いながら涎を垂らしている。ちょっと怖い。ヤバい買い物の間違いではないだろうか。
「一体いくら使ったの?」
「全部で5万程よ。アリスちゃんの為ならいくらでも出せるわ!」
お姉ちゃんが高らかと宣言する。……うわぁ、5万だって。
「……ちょっと高すぎない?」
「アリスちゃんの作品はちょっと高いの。でもその分、愛でる価値があるのよ」
そう言ってお姉ちゃんはうっとりした表情で虚空を見つめてる。……大丈夫かな?
「でも、大丈夫なの? 5万円って。お姉ちゃん今働いてないよね?」
「……あ、アリスちゃんの為なら……」
「お、お姉ちゃん……」
私はお姉ちゃんが心配になる。……もしかしたら、もう手遅れかも知れない。
このままじゃお姉ちゃん、アリスちゃんに絞り尽くされてしまうよ。このままじゃ、お姉ちゃんのお金が全部アリスちゃんに回収されちゃう。
あれ? ……お金を回収しようとするアリスちゃん?
私はふと、一つの考えに至る。
たしか、アリスちゃんのチャンネルはつい最近だったはず。雨宮君がお金を欲しがったのもつい最近だ。これは、雨宮君が学校を休むようになった時期と一致する。
……まさか!