「頭を冷やせ、か」
道場からの帰り道。茜色に染まった坂道を歩きながら、オレはため息交じりに呟いた。
「頭を冷やすっつっても、どうすれば……って、あっ!」
悩みながら歩いていると、うっかりと道に落ちてたペットボトルを蹴飛ばしてしまった。
確認してみると、中身は水だった。温泉水とか書かれたラベルが貼ってある。
そういえば、この付近は温泉が湧くことで有名だったな。
温泉か……頭を冷やすには丁度良いかも知れない。丁度明日は学校休みだし。
「混浴、か」
オレが見つけた温泉は、どうやら混浴だったらしい。
……でもま、そんなに気にしなくてもいいか。どうせおじいちゃんやおばあちゃんばかりだろうし。
「温泉なんて、久しぶりだな」
ちゃぽーん、とお湯の滴る音を聞きながらお湯に浸かる。
さすがに混浴に抵抗がある人が多いのか、結構空いてるなぁ……。まぁ、オレとしては好都合だけど。
「ふぅ……」
肩までお湯に浸かり、大きく息を吐いた。
……確かにこれは良いな。悩みとかどうでも良くなるくらい気持ちいいや。
「ん?」
そんな時、誰かが温泉に入ってくる足音が聞こえた。
見ると、体にタオルを巻いた少女が入ってくるところだった。
肩の辺りまで伸びる黒髪に、均整の取れた身体。タオルからはみ出しそうな胸に、細くてしなやかな手足。その姿はとても……
って、なんかどっかで見たことあるような?
「あ」
「え?」
向こうもオレのことに気付いたのか、目を大きく見開いてこっちを見てくる。そして数秒後。
「あっ、雨宮君! こんなところで出会うなんて奇遇だね!」
「姉崎さん!? なんでこんな所に……」
温泉で偶然クラスメイトと遭遇。しかも女子。うん、中々レアな体験だな。……って、感動している場合じゃない! 早く目線をそらさないと。
「どうして雨宮君がこんなところにいるの?」
「ちょっと頭を冷やす為にな」
そう言いながら、オレは姉崎さんから目線をそらした。
「あ、やっぱり。カードバトルには冷静さが必要だもんね。……って、なんで顔をそらすの? お話し中なのに」
「いや、その……。姉崎さん、タオル一枚しか身に着けてないし……」
「あっそっか。……その、ごめんね。変なもの見せちゃって」
「いや、別に気にしてないよ」
何故か申し訳なさそうに謝る姉崎さん。……なにか、根本的におかしい。普通ならもっとオレを警戒
するよな? というか、そもそもその年で混浴の温泉なんかには入らないはず……。
……ああ、分からない。でもなんか、深い闇がありそうな気がする。
「えっと、雨宮君。隣、いいかな?」
「え? あ、ああ」
オレがそんなことを考えていると、姉崎さんが遠慮がちに聞いてきた。
「じゃあ失礼するね」
そう言って姉崎さんはオレのすぐ隣に座った。
……近いな。肩が触れ合いそうだ。というか、なんか良い匂いもするし……
……って、いかん。この状況はさすがに良くない。
「ちょっと近すぎないか?」
「あっ、ごめん。少し離れるね」
指摘され、姉崎さんは慌てた様子でオレから距離を取った。
……やっぱり様子がおかしい。
「ごめんね。雨宮君に対しては
、ついこんな調子になっちゃって」
「……どうしてだ?」
恐る恐る聞いてみる。すると姉崎さんは、少しの間黙り込んでから口を開いた。
「私と似ているんだよね、雨宮君は」
「オレと姉崎さんが、似ている?どういう意味だ?」
意味深な発言に、思わず聞き返した。
「雨宮君は、どうしても倒したい敵がいて、勝つために強くなりたいと思っている。……実はね、私もそうなの」
姉崎さんはそう言って、オレの目を見つめた。
……姉崎さんに、倒したい敵?
「姉崎さんにも、倒したい敵がいるのか?」
「いるよ。……絶対に倒さなければいけない、最悪の敵がね」
そう言った姉崎さんの目は、どこか遠くを見つめているようだった。
……一体どんな奴なんだ? 最悪の敵とか言う奴は。
「とにかく、雨宮君は私と似ているんだよ。カードバトルに対する姿勢とか。だから、警戒心が薄くなって、ついこんな距離感になっちゃうんだと思う。……不快だったら謝るよ」
「別に、不快じゃないけど……」
「良かったぁ」
姉崎さんは安心したように息を吐いた。そして、少し間を空けてから再び口を開いた。
「…………あいつを倒して、私たちの幸せを取り戻すんだ」
「ん? なにか言った?」
「ううん。なんでもないよ」
「そうか?」
姉崎さんはそう言って、オレに微笑んだ。その笑顔にはどこか悲しげな感情が見え隠れしているように感じた。
……やはり、強さが必要だ。強さがなければ、何も守れない。他人どころか、自分を守る事すら。
「姉崎さん」
「なに?」
「オレたちは強くならないといけないようだ。……一緒に強くなろうぜ」
「うん!」
姉崎さんは嬉しそうに大きく頷いた。オレ達は、仲間だ。
「でも、どうやって強くなればいいのかな?」
「……確かに」
姉崎さんの言葉に、俺は同意する。実際問題、オレの目の前には大きな壁がある。どう頑張っても、手も足も出ない。そんな壁が。
その壁を目の前にして、心の中でオレは自分を責めていた。……自分は無力だと。
だから焦った。そして、その焦りはやがてオレを蝕むことになった。
……でも、姉崎さんの話を聞いてオレは気づいた。壁を目の前にして無力を感じているのは自分だけではないと。姉崎さんも同じなのだと。……そして、きっとほかの人も同じなのだ。誰だってみんな、壁を乗り越えるために戦っているって。
だとしたら、オレはどうする? ……決まってる。乗り越えるんだ。焦らず、それでいて着実に成長して、強くなってみせる。
その為には、気づきが必要なんだ。人から直接教えてもらうのではなく、自分の力で見つけなければならない。……きっと、それが本当の意味で強くなるために一番大事な事だから。
ようやく、このことに気づくことが出来た。成長する事が出来たんだ。……オレは、思わず立ち上がった。
「……よし!」
「雨宮君?」
立ち上がったオレを姉崎さんが不思議そうに見上げてきた。オレはそんな姉崎さんの肩に手を置いて、まっすぐに目を見た。そして一言。
「姉崎さんのおかげで、オレは一皮剥けることが出来たよ!」
「えっ?」
訳が分からないといった表情を浮かべる姉崎さんを余所に、オレは心の中で決意を固める。本当の意味で強くなるんだと。
「一皮剥けたオレは、これからどんどん強くなるんだ!」
オレの、決意を込めた言葉が放たれる。……だが、それに対する姉崎さんの反応はあまり良くなかった。
「……一皮、剥けてないんじゃないかな……」
どこか呆れた様な声音で、姉崎さんが呟く。まさかの、塩対応。悲しみのあまり、視線が自然と下を向いてしまう。
裸なのを忘れて、つい立ち上がってしまった。しかも、姉崎さんの肩に手を置いた状態で……。
「えっと……」
「……」
気まずい沈黙が流れる。
「……この、変態!」
「がはっ!」
その沈黙を破るかの様に、姉崎さんの鋭い平手打ちがオレの頬にクリーンヒットした。
「もう、信じられない!」
彼女は顔を真っ赤にして怒りを露にする。……ヒリヒリとした痛みが、頬に走る。
このことがきっかけなのか、姉崎さんはこの場から立ち去ってしまった。
……やはり、風呂は男女別が一番だ。混浴はいろんな意味で衝撃が強すぎた。
まさに、混ぜるな危険。合わさった瞬間に、思いもよらない化学反応を起こして大惨事を起こす。交わらないのが一番……
いや、待てよ?
確かに交わることで大惨事を引き起こしてしまった。
……でも、交わらなければ姉崎さんのことを知ることが出来なかったし、大切なことに気付くことも出来なかった。
あり得ない組み合わせが奇跡を生んで、新しい何かを生み出す。
……きっと、そういうことなんだ。
交わるはずのない男女、同じ共通の目標、鋭い一撃……
今日の出来事が、オレにデッキづくりのアイディアを与えてくれた