ようこそスタイリッシュ至上主義の教室へ   作:GC

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第11話「スタイリッシュなおもてなし」

【修正後のテキスト全文】

 

翌朝。無人島サバイバル特別試験、二日目。

 

 オレは、鳥たちの穏やかなさえずりと、微かに漂う芳醇な香りで目を覚ました。

 

 そこが過酷なジャングルの中であることを忘れさせるほど、坂本が流木と竹とシダの葉で構築した南国風ヴィラの朝は快適だった。計算し尽くされた通気口からは、不快な湿気を帯びていない純粋な海風だけが入り込み、編み込まれたツルのベッドは高級ホテルのスプリングにも劣らない反発力でオレたちの身体を支えていた。

 

「ふわぁ……よく寝た……って、おおっ!?」

 

隣で寝ていた池が跳ね起きた。続いて須藤、山内も目を擦りながら身を起こし、目の前の光景に絶句する。

 

 ヴィラの開口部、朝の柔らかな日差しが差し込む木漏れ日の下で、坂本が静かに佇んでいた。

 彼の制服は、昨日ジャングルを切り拓き、海に入って魚を捕らえたにも関わらず、なぜか新品同様の折り目正しさを保っている。汚れ一つないスラックス、完璧に結ばれたネクタイ。そして彼の手には、半分に割ったココナッツの殻が握られており、中からは湯気が立ち上っていた。

 

「おはようございます、皆さん。小鳥たちのモーニングコールはいかがでしたか? 朝露を集め、自生するハイビスカスと数種のハーブをブレンドした、モーニング・ティーです。寝起きの胃腸を優しく温めてくれるでしょう」

 

「ア、アニキィ……!」

 

「俺たち、もしかして天国にいるんじゃねえか……?」

 

 さんばかトリオは、もはや涙を流すことすら日常のルーティンとなりつつある様子で、坂本から恭しくココナッツの殻を受け取った。彼らは坂本を神として崇める信者と化している。

 

 オレも無言で受け取り、一口啜る。

 ……美味い。ほのかな酸味と甘みが、胃薬で荒れた粘膜にじんわりと染み渡る。これがポイント消費ゼロ、完全無課金で提供されているという事実が、この高度育成高等学校が設けた実力至上主義という資本主義の箱庭を根底から嘲笑っているかのようだった。

 

「さて、僕は少々、朝の散策に出掛けてまいります。朝食には、昨日残しておいた白身魚をヤシの葉で包み、地熱を利用して低温調理したものを準備しておりますので、皆様でお召し上がりください」

 

坂本は黒縁メガネのブリッジを中指で優雅に押し上げると、手製の竹のステッキを片手に、ジャングルの奥へと静かに消えていった。

 

「……彼、本当に何者なの?」

 

 ヴィラの奥から、寝癖一つない完璧な状態の堀北が歩み出てきた。彼女の顔には、安堵と強烈な不条理感が入り混じった複雑な表情が浮かんでいる。坂本の行動を理解不能な災害とし、脳を守るため現実逃避を継続中の彼女にとっても、この圧倒的な快適さは無視できないレベルに達していた。

 

「さあな。だが、彼が常にクール、クーラー、クーレストな日常を体現することを目的としている限り、オレたちはただそれに便乗するしかないだろう」

 

「……認めたくはないけれど、現状、私たちは300ポイントを一切消費せずに維持できているわ。他クラスがポイントを削って物資を買っている中、この圧倒的なアドバンテージは計り知れない」

 

 堀北の言う通りだ。ポイントという人工的な通貨に依存しなければ生きられない凡人たちを尻目に、坂本は無人島の過酷な環境すらも大自然からの親切なもてなしと変換し、インフラ整備と食料調達を完璧にこなして見せた。

 

一方、そんなDクラスの規格外の平穏を、絶対に許せない男がいた。

 ヴィラから数百メートル離れたジャングルの斜面。鬱蒼と茂るシダ植物の陰から、血走った目でDクラスの拠点を睨みつける男——Cクラスのリーダー、龍園翔である。

 

「……ふざけやがって。どこの五つ星リゾートだ、あれは」

 

 龍園はギリッと奥歯を噛み鳴らした。昨晩からDクラス(特に坂本)の異常なリゾート生活を双眼鏡で確認し、怒りと恐怖が入り混じった認知不協和に陥っている。彼のCクラスはポイントを全額使い切り、他クラスを出し抜く作戦に出ている。当然、Dクラスは飢えと渇きで自滅するはずだった。

 だが現実には、彼らは野草を真空スチーム蒸しで高級料理に昇華させ、手作りの水洗式エコ・トイレまで完備しているのだ。

 

「龍園、どうするのよ。あのメガネ、一人でどこかへ向かっていったわよ」

 

龍園の背後で、退屈そうに木に寄りかかっていた伊吹澪が口を開いた。彼女もまた、龍園の指示で偵察に同行させられていた。

 

「決まってんだろ。あいつが離れた隙に、あのふざけた拠点のインフラをぶっ壊す。特にあの竹で作った浄水システムだ。あれを破壊すれば、連中は泥水をすするしかなくなる」

 

「……悪趣味ね。まあいいけど」

 

 龍園と伊吹は、息を殺してDクラスの拠点へと接近した。

 彼らが狙いを定めたのは、ヴィラの裏手にある「秘技:竹林の清流(バンブー・ウォーター・ガーデン)」——崖の沢から竹を伝って水を引いている、生命線とも言える装置だ。

 

「これだな……ククッ、随分と手の込んだ細工だ。だが、物理的にぶっ壊れりゃただのゴミだ」

 

龍園は悪辣な笑みを浮かべ、連結された竹のパイプに向かって、容赦のない蹴りを放とうと右足を大きく振り上げた。

 

 その時である。

 

「——おはようございます。早朝から随分と、情熱的なストレッチですね」

 

凛とした、そしてあまりにも透き通った声が、頭上から降ってきた。

 龍園と伊吹が弾かれたように上を見上げると、巨大なガジュマルの木の枝、地上からおよそ十メートルの高さに、坂本がいた。

 

 彼は枝に逆さにぶら下がりながら、空中で静かに座禅を組んでいた。重力という概念を完全に無視したその姿は、まるで森の妖精か、あるいは理解不能なバグそのものだった。

 

「てめぇ……! いつからそこに……!」

 

龍園が蹴りの体勢を崩し、後ずさる。

 

「つい先程からです。朝の新鮮な空気を全身で味わうには、この『天地逆転のポーズ』が最適でして」

 

坂本は逆さまのまま、スッ……と眼鏡のブリッジを押し上げた。

 

 そして、ふわりと。まるで一枚の羽根が舞い落ちるかのように、十メートルの高さから音もなく着地した。膝のクッションやパラシュートロールすら使わず、ただ姿勢良く着地したのだ。物理法則が彼の前でひれ伏しているかのようだった。

 

「てめぇのその澄ましたツラ、ここで剥ぎ取ってやるよ!」

 

恐怖を怒りで上書きした龍園が、坂本に向かって突進した。彼の拳は喧嘩慣れした鋭い軌道を描き、坂本の顔面を正確に捉えようとしていた。

 

 しかし、坂本は避けない。防御の構えすら見せない。

 

 ただ、足元に落ちていた一枚の巨大なバナナの葉を、足の甲でフワリと跳ね上げた。

 

――秘技:緑の闘牛士(マタドール・オブ・ジャングル)。

 

跳ね上がったバナナの葉が、龍園の視界を一瞬だけ遮る。そのコンマ数秒の間に、坂本は龍園の突進のベクトルに完全に同調し、横へスライドした。

 

「なっ……!?」

 

 全力の拳が空を切り、体勢を崩した龍園の身体が、勢い余って前方に倒れ込む。

 その先には、彼が先程破壊しようとしていた竹の浄水パイプがあった。

 

「危ない」

 

 坂本が、優雅な声で囁いた。

 彼は龍園の背中にそっと手を添えると、その倒れ込む勢いを殺すことなく、流れるような円運動へと変換した。合気道の極致のようなその動きによって、龍園の身体は空中で美しい弧を描き、そのまま水洗式エコ・トイレの横に設置された手洗い用の竹のベンチへと、一切のダメージなく着席させられた。

 

「……は?」

 

何が起きたのか理解できず、龍園はベンチの上で間抜けな声を漏らした。

 

「お客様、朝の運動で少々汗をかかれたようですね。どうぞ、当リゾート自慢の『森の恵み・デトックスウォーター』で喉をお潤しください」

 

坂本は、浄水システムから竹のコップに冷たい水を汲むと、それに自生するミントの葉を一枚浮かべ、龍園の目の前にうやうやしく差し出した。

 

「ふざけ……! 俺はてめぇを……!」

 

「遠慮なさらず。この島を訪れたすべての生命に対する、ささやかな『もてなし』です」

 

坂本の瞳には、一点の曇りもない無垢なる親切心だけが宿っていた。

 龍園は、その完璧な善意のプレッシャーに圧倒され、無意識のうちに竹のコップを受け取ってしまった。

 

 そして、信じられないことに、一口飲んでしまったのだ。

 

「……っ!」

 

美味い。

 完璧に濾過され、竹のほのかな香りとミントの清涼感が移ったその水は、龍園がこれまで飲んできたどんな高級ミネラルウォーターよりも澄み切っていた。怒りで熱くなっていた彼の脳が、物理的な冷たさと美味しさによって強制的にクールダウンさせられていく。

 

「……なんなのよ、あんた」

 

一部始終を見ていた伊吹が、ドン引きしたような顔で坂本を睨みつけた。彼女は武闘派であり、力でねじ伏せることしか知らない龍園のやり方に従ってきたが、目の前の光景は彼女の理解の範疇を超えていた。

 

「おや、お連れ様も喉が渇いていらっしゃいましたか。失礼いたしました。すぐに……」

 

「いらない! あんたに借りを作るつもりはないわ!」

 

伊吹は警戒心を剥き出しにして一歩下がった。しかし、昨日からポイント節約のためにろくなものを食べていない彼女の腹が、この静寂のジャングルの中で、極めて無遠慮な音を鳴らした。

 

きゅるるるぅ……。

 

「……っ!!」

 

 伊吹の顔が、一瞬にして朱に染まる。

 

「……なるほど。喉の渇きではなく、大地の鼓動を感じていらっしゃったのですね」

 

「ち、違うわよ! これは……!」

 

坂本は伊吹の言葉を遮るように、再び「秘技:天使の微笑み(エンジェル・スマイル)」を向けた。

 

「昨晩の魚のスープの残りを、ちょうど温め直していたところです。よろしければ、味見をしていただけませんか? 僕一人では、この豊かな海の恵みを消費しきれず、困っていたのです」

 

困っていた。

 

 つまり、これは施しではなく、彼女に処分を手伝ってもらうという建前を完璧に構築した上での提案だった。伊吹のちっぽけなプライドを傷つけず、かつ満腹にさせるという、あまりにも洗練された気配り。

 

「……一口だけだからね。あんたがどうしてもって言うなら、食べてあげなくもないわ」

 

「ええ、助かります」

 

敗北。完全なる敗北であった。

 龍園は竹のベンチで虚無の表情で水を飲み、伊吹はヴィラの縁側で極上の海鮮スープに舌鼓を打つ。Cクラスの冷酷なるリーダーと副官が、Dクラスの拠点で至れり尽くせりの接待を受けているという異常事態。

 

その光景を、草葉の陰から見ていたオレは、再び胃薬の瓶に手を伸ばした。

 

(……龍園、お前の気持ちは痛いほどわかるぞ。この男の善意は、いかなる暴力よりも精神を破壊する)

 

「おい、お前たち。朝の点呼を……」

 

そこへ、ジャングルの茂みを掻き分けて、Dクラス担任の茶柱先生が姿を現した。彼女は日課の健康確認とロールコールをしに来たのだ。

 しかし、彼女の視界に飛び込んできたのは、飢えと渇きに苦しむDクラスの姿ではない。

 

 美しいヴィラ。快適な水回り。

 そして何より、敵対しているはずのCクラスの龍園と伊吹が、坂本の手によって優雅に朝食のサービスを受けている光景だった。

 

「…………」

 

 茶柱先生は、無言で持っていたバインダーを下ろした。

 彼女の冷徹な仮面はすでにひび割れ、その奥底にある実力至上主義のシステムが通用しないイレギュラーへの深い疲労感が、もはや隠しきれないほどに表出していた。

 

「……坂本」

 

「はい、茶柱先生。先生もモーニング・ティーはいかがですか? 今朝のブレンドは自信作です」

 

「……いや、いい。……お前たちが生きてさえいれば、それでいい。私はもう、何も見なかったことにする」

 

茶柱先生は踵を返し、来た時よりも遥かに重い足取りでジャングルへと消えていった。教師としての職務放棄。いや、自己防衛の本能がそうさせたのだろう。

 

「……クソが」

 

 スープを飲み終えた伊吹と、水を飲み干した龍園が、立ち上がった。

 龍園の目は、未だ坂本に対する異常な執着心の炎を燃やしていたが、その炎の奥には明らかな恐怖が揺らめいていた。彼は理解してしまったのだ。自分がどれだけ緻密な罠を仕掛け、暴力を振るおうとも、この男の「スタイリッシュな日常」という強固なフィルターを通した瞬間、すべてが無効化されるという理不尽を。

 

「行くぞ、伊吹。……覚えておけ、坂本。この借りは、必ず悪夢で返してやる」

 

「お待ちしております。次回はぜひ、夕食の時間にいらしてください。極上のサンセットと共に、最高のフルコースをご用意しておきますので」

 

龍園は悪態をつきながら、伊吹を連れて逃げるようにジャングルへと消えていった。

 

「やれやれ。騒がしい朝でしたね」

 

坂本は何事もなかったかのように竹のコップを回収し、ヴィラの清掃を再開した。

 

 オレは深くため息をつき、空を見上げた。

 特別試験はまだ二日目。

 しかし、この無人島においてサバイバルという概念はすでに死滅し、残っているのは坂本によるスタイリッシュなリゾート経営という狂気だけだった。

 

「……オレの平穏な生活は、果たしていつになったら戻ってくるのだろうか」

 

その問いに対する答えは、誰にもわからない。ただ一つ確かなのは、オレの胃薬の消費量だけが、確実に増え続けているという事実だけだった。

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