ようこそスタイリッシュ至上主義の教室へ   作:GC

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第33話「スタイリッシュ・エアリアル・ティータイム」

平田の声がグラウンドに響く。

 

「それでは、本日のメインとなる男子種目『騎馬戦』の練習を始めるよ。あくまで本番を見据えたフォーメーションの確認だから、怪我のないようにね」

 

騎馬戦。それは体育祭において最も激しく、肉体がぶつかり合う花形競技である。四人で一つの騎馬を組み、上に乗る騎手の帽子あるいは鉢巻きを奪い合う。

たとえ練習であろうと、各クラスの戦力差や作戦を測る重要な場であることに変わりはない。

 

オレたち新Cクラスの男子も、それぞれの体格に合わせて騎馬を組んでいく。オレは目立たないように後方の騎馬の土台を務めることになった。

だが、グラウンドの中央に位置するある騎馬の異様さが、全生徒の視線を釘付けにしていた。

 

「アニキ!俺たちの背中、存分に使ってくだせえ!」

 

「大地の息吹を感じるぜ……この足の裏から伝わるエネルギーを、すべてアニキの玉座へと捧げるっ!」

 

「さあ、乗ってくださいアニキ!俺たちのこの肉体は、あなたを天空へと運ぶための神輿っすよ!」

 

須藤、池、山内の三人が、顔を真っ赤にして興奮状態のまま強固な土台を組んでいた。彼らは不良生徒の面影を完全に消し去り、どこかの修験者のようなオーラを放っている。 そして、その三人が組み上げた人間の土台の上に、純白の体操着を纏った坂本が、まるで羽毛のように音もなく飛び乗った。

 

通常、騎馬の騎手はバランスを取るために前傾姿勢になり、土台の肩や頭を強く掴むものだ。

 

しかし、坂本は違った。 彼は須藤たちの肩に足を乗せると、背筋をピンと伸ばし、完全なる直立不動の姿勢をとったのだ。さらに右手を胸に当て、左手を背中に回すという、中世ヨーロッパの執事のような完璧な礼のポーズで静止している。

 

「騎馬とは、四つの魂が一つに重なり合う神聖なる乗り物。皆さんの熱き鼓動、確かにこの足元から感じ取っていますよ」

 

坂本が涼やかな声でそう告げると、土台の三人は感涙にむせびながら、謎のオーラをさらに増幅させていった。

 

(……どうやってバランスを取っているんだ、あいつは)

 

オレの内心のツッコミなど意に介さず、坂本の乗る騎馬は、一切の揺れを見せることなくグラウンドの中央で静かに待機している。 そこへ、地響きを立てるようにしてAクラスの屈強な騎馬軍団が接近してきた。先頭に立つのは、Aクラスを束ねる葛城康平を騎手とした超重量級の騎馬である。

 

「坂本……!障害物競走でのあのおふざけ、騎馬戦の練習でも通用すると思ったら大間違いだ!本番前に、貴様らの士気を完全に粉砕してやる!」

 

葛城が吠える。だが、その声には以前のような絶対的な自信はなく、どこか悲痛な響きが混じっていた。彼は平均台での坂本のピルエットを目撃しており、すでに論理的戦術の崩壊というトラウマに苛まれているのだ。

 

「力とは、他者をねじ伏せるためのものではありませんよ、葛城くん。それは、他者を優しく包み込むために存在すべきものです」

 

坂本は直立不動のまま、優雅に微笑み返した。

 

「ええい、問答無用!行くぞ、総員突撃だ!」

 

葛城の号令とともに、Aクラスの騎馬が一斉に坂本の騎馬へと襲いかかる。四方八方からの包囲攻撃。練習とはいえ、容赦のない突進だ。 だが、坂本は微塵も動揺しなかった。

 

「須藤くん、池くん、山内くん。東へ三歩、そして……ワルツのステップを」

 

「了解ッス、アニキ!」

 

坂本の静かな指示に応じ、三人の土台が完璧なシンクロニシティで動き出した。彼らの足取りは、もはや騎馬戦の荒々しいステップではない。

 

それは社交ダンスのフロアを滑るような、流麗にして軽やかなワルツの軌道であった。

 

三人の土台が回転しながら移動するたび、上に立つ坂本の身体もまた、コマのように滑らかに回転する。Aクラスの生徒たちが伸ばした手は、ことごとく空を切り、坂本の体操着の裾すら掠めることができない。

 

【秘技:天空の円舞曲(エアリアル・ワルツ)】

 

「な、なんだこの動きは!?土台と騎手が完全に同化しているだと!?」

 

葛城が驚愕の声を上げる。

 

「すごい……!騎馬戦の最中で、あんなに優雅なステップを踏むなんて……」

 

Bクラスの一之瀬帆波が、コートの外からうっとりとため息を漏らす。

 

彼女もまた、坂本の圧倒的なスタイリッシュさに完全に魅了され、練習の戦意を喪失しつつあった。

 

一方、Dクラスの陣地では、

 

「争いは何も生まない。このクローバーの冠こそが、真の勝者にふさわしい王冠だろうが」

 

龍園翔が、騎馬の練習に参加することすら拒否し、グラウンドの隅に座り込んでせっせとシロツメクサの花冠を編んでいた。かつての暴君の面影は一切なく、その姿は完全に平和を愛する聖母であった。

 

「りゅ、龍園さん……俺たち、一応練習に参加しないと本番で動けなく……」

 

石崎が涙声で訴えるが、龍園は穏やかな微笑みを崩さずに花冠を石崎の頭にそっと乗せた。

 

「似合っているぞ、石崎。お前も愛の伝道師として、世界に平和を振り撒いてこい」

 

「う、うおおおおん!龍園さんが優しすぎるッ!」

 

もはや競技の練習として成立していない。学園の競争という概念そのものが、坂本という存在によって書き換えられている。オレは胃の痛みを堪えながら、この時間が早く終わることだけを願っていた。 だが、その時だった。

 

 

 

 

「ごきげんよう、坂本くん。少し、私とお茶をご一緒しませんか?」

 

凛とした、しかしどこか楽しげな少女の声が響いた。 見ると、Aクラスの陣地から、一つの騎馬が進み出てきていた。屈強な男子生徒三人を土台にし、その上に君臨しているのは、他でもない坂柳有栖であった。

 

彼女は普段杖をついているため、このような激しい競技に参加することはあり得ない。だが、今は三人の男子生徒が作り上げた特別な神輿のような土台の上に、日傘をさして優雅に腰掛けていた。

 

「坂柳……練習の場にわざわざ出てくるとはな」

 

オレは目を細めた。彼女は坂本を極上の娯楽としてロックオンしている。彼を屈服させるのではなく、彼のもてなしを引き出し、自らも最高の淑女としてその遊戯を楽しむというアプローチだ。

 

「秋の空の下、このような高い場所からの景色もまた一興ですね。ですが、少々喉が渇いてしまいました」

 

坂柳はクスリと笑いながら、坂本の騎馬へとゆっくりと接近していく。

 

「おや、それは申し訳ありません。レディに渇きを覚えさせるとは、紳士として痛恨の極み」

 

坂本は直立不動の姿勢を崩さず、体操着のポケットからおもむろに何かを取り出した。

 

(……またか。今度は何が出てくるんだ)

 

オレの予想通り、坂本の手には、純銀製の保温水筒と、どこから調達したのか、美しい装飾が施された陶器のティーカップとソーサーが握られていた。

 

「このようなこともあろうかと、極上のアールグレイを用意しておりました。ベルガモットの香りが、戦いの熱気を優しく冷ましてくれることでしょう」

 

坂本はそう言うと、自身の騎馬を坂柳の騎馬へと限界まで接近させた。 二つの騎馬が、グラウンドの中央で至近距離で対峙する。周囲の生徒たちは、騎馬戦の練習中であることを完全に忘れ、空中で展開される異様な光景に息を呑んだ。

 

「須藤くん。少しだけ、安定を」

 

「合点承知です、アニキ!」

 

坂本は、揺れ動く人間の土台の上に立ちながら、水筒の蓋を開けた。そして、右手に持ったティーカップに向かって、左手の水筒から紅茶を注ぎ始めたのだ。

 

上下左右に揺れる騎馬の上。少しでもバランスを崩せば、熱い紅茶が周囲に降り注ぐ大惨事になる。 だが、坂本の腕は、まるで空間に固定されたかのように微動だにしなかった。船上特別試験のVIPラウンジで披露したあの技だ。

 

【秘技:絶対水平注ぎ(ジャイロ・スタビライズ・ポアリング)】

 

琥珀色の液体が、美しい放物線を描いてティーカップへと注がれていく。一滴の飛沫すら上げることはない。完璧な静寂と、芳醇な紅茶の香りがグラウンドを包み込んだ。

 

「どうぞ、坂柳さん。秋の風と共にお召し上がりください」

 

坂本は完成した紅茶を、腕を一杯に伸ばして坂柳へと差し出した。 坂柳は日傘を傾け、そのティーカップを優雅に受け取る。

 

「ふふっ。ありがとうございます、坂本くん。……ええ、とても素晴らしい香りです」

 

彼女は一口紅茶を含み、満足そうに微笑んだ。 騎馬戦の練習という名の泥臭い時間が、二人の存在によって、完全に天空のティーサロンへと書き換えられてしまった瞬間だった。

 

「なっ……騎馬戦の練習中にお茶会だと……!?ふざけるな、ここは本番を想定した戦場だぞ!」

 

葛城が顔を真っ赤にして叫び、再び自身の騎馬を突撃させようとする。 だが、坂柳がそれを冷たい視線で制した。

 

「無粋ですね、葛城くん。淑女のティータイムを邪魔するなど、Aクラスの恥です。あなたたちは少し下がっていなさい」

 

「なっ……しかし!」

 

「これは、私と坂本くんの『遊戯』なのですから。練習だからこそ、粋な振る舞いが求められるというものです」

 

坂柳の絶対的な命令の前に、葛城はギリッと歯を噛み締めながら後退するしかなかった。彼は論理も力も通用しないこの空間で、完全に居場所を失っていた。

 

「素晴らしいホスピタリティでした、坂本くん。ですが、ただもてなされるだけでは淑女の名が廃るというもの」

 

坂柳はティーカップを空にすると、それを坂本へと返却した。そして、彼女の目が悪戯っぽく細められる。

 

「次は、私からのお返しです」

 

坂柳が指を鳴らすと、彼女の騎馬の土台を務めていた男子生徒の一人が、懐から何かを取り出した。 それは、真っ赤なバラの花だった。

 

「騎馬戦のルールは、相手の帽子を奪うこと。ですが、それはあまりにも野蛮。ですから、この練習試合に限り、このバラをあなたの胸元に飾ることができたら、私の勝ち。あなたがそれを防ぎ、私の帽子に触れることができたら、あなたの勝ち。……いかがですか?」

 

坂柳は、完全に独自のルールをこの空間に上書きしようとしていた。学校側が用意した練習の目的を無視し、自分たちだけの美学で勝敗を決めるという遊戯。

 

「美しい提案ですね。喜んでお受けしましょう」

 

坂本は恭しく一礼し、挑戦を受けて立った。

 

「では、参りますよ!」

 

坂柳の号令とともに、彼女の騎馬が猛スピードで坂本へと肉薄する。彼女の手には赤いバラが握られており、それを坂本の胸元へと突き出そうとする。 対する坂本は、直立不動のまま、わずかな身のこなしだけでそれを躱していく。

 

「須藤くん、右へ」

 

「はいっ、アニキ!」

 

「素晴らしいステップですね。では、こちらはどうですか?」

 

二つの騎馬が、グラウンドの中央で激しく交差する。それは闘争ではなく、完全に二人のためだけの舞踏会であった。赤いバラと純白の体操着が、秋の陽射しを浴びて万華鏡のように交錯する。

 

オレは、その光景を遠くから見つめながら、ついに本日四錠目の胃薬を水なしで飲み込んだ。

もう、誰もこの二人を止めることはできない。実力至上主義というルールは影を潜め、新たな階層が形成されつつある。

 

「争いは虚しい……」

 

グラウンドの端では、龍園が完成した花冠を自分の頭に乗せ、恍惚とした表情で空を見上げている。

 

「アニキ、美しいぜ……!」

 

「俺たちの神輿が、世界で一番輝いてるッス!」

 

須藤たちが感涙を流しながらステップを踏み続ける。 体育祭の騎馬戦練習は、こうして誰一人として帽子を奪い合うことなく、極上のティータイムと優雅な舞踏会として幕を閉じた。

 

勝敗の行方など、もはや誰も気にしてはいなかった。ただ一つ確かなことは、坂本という男が存在する限り、この学園に普通の日常など永遠に訪れないということだけだ。

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