ようこそスタイリッシュ至上主義の教室へ   作:GC

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第3幕「捻じ曲がる世界」

全学年によるすべてのプログラムが終了し、グラウンドは西日に照らされていた。

 

閉会式のために整列した生徒たちの顔には本来この学園の行事後に見られるはずの陰惨な疲労や他クラスへの憎悪は微塵も存在していない。

彼らの表情を支配しているのは極上の演舞を最後まで鑑賞し終えた特等席の観客特有の穏やかな余韻だけだった。

 

オレは列の最後尾付近に立ち、壇上へと進み出る教員たちの様子を静かに観察していた。

マイクの前に立ったのは一年生の担任を統括する立場にもある茶柱だったが、その表情にはかつてないほどの困惑と疲労が色濃く表れていた。

 

彼女の手には各競技の集計結果が記されたバインダーが握られているはずだが、それをめくる指先は微かに震えているように見える。

 

「……これより、一年生の体育祭総合結果および、それに伴うクラスポイントの変動を発表する」

 

スピーカーから響く茶柱の声はいつもの冷徹さを欠き、どこか現実を疑うような響きを帯びていた。

 

当然だろう。

学校側が用意した厳密な加点減点方式の評価システムは、午後の部の競技において完全にその前提となる意味を成さなくなっていたのだから。

審判を務めていた教員たちでさえ坂本の創り出す芸術的な空間に呑まれ、各クラスの勝敗を判定することすら忘れて見入っていたのだ。

厳密な順位付けなど物理的に不可能だった。

 

「発表に先立ち、学校側から特例措置に関する説明を行う」

 

茶柱がふう、と深い溜息をついて言葉を継ぐ。

 

「午後の主要団体競技において、競技規定を著しく逸脱する事態が連続して発生した。本来であれば参加者全員を失格とし、該当競技のポイントを無効とするのが本校のルールだ」

 

グラウンドに緊張が走る。

ルール違反による無効試合となれば、午前中のわずかな点差だけで勝敗が決することになり、下位クラスは逆転の芽を完全に摘まれることになる。

 

「だが……」

 

茶柱はバインダーをパタンと閉じ、まっすぐに生徒たちを見据えた。

 

「理事長および運営委員会の緊急協議の結果、あの場において発生した事象は『全クラスの生徒が敵対関係を乗り越え、高度な連帯感をもって一つの芸術的表現を完成させた』と解釈された。よって午後の主要団体競技に関しては全クラス同着一位の扱いとし、規定の順位ポイントを等分して各クラスの翌月のクラスポイントに加算する」

 

その瞬間、一年生の陣形からどよめきが起こった。

 

クラスポイントは本来、他者を蹴落としてでも奪い取るべきものである。

全クラス同着一位などという生ぬるい裁定は、実力至上主義を掲げるこの高度育成高等学校の歴史において前代未聞の出来事だった。

だが、オレの隣で話を聞いていた須藤は安堵の息を吐くどころか、誇らしげに胸を張っていた。

 

「当然ッスよね。アニキのあの美しい跳躍を失格にするなんて、教育者として間違ってるッスよ」

 

平田も深く頷き、周囲の生徒たちも茶柱の発表に対して不満を漏らす者は一人もいなかった。

 

他クラスの様子を見ても同じだ。

Aクラスの坂柳は杖に両手を重ねて満足そうに微笑み、Bクラスの一之瀬は感動の涙を拭い、龍園に至っては配下の者が結んでもらったリボンを優しく撫でている。

 

誰もがポイントの増減よりも、坂本の創り出したあの時間が学校側に公的に認められた事実そのものを喜んでいるのだ。

 

オレは一人、この異常な光景を前に冷徹に状況を整理していた。

全クラス同着の加算措置が取られたことで、オレたちCクラスが被るはずだったペナルティや失点は完全に相殺された。

 

オレが手の中に隠し持ち、競技中に使うことなくゴミ箱へと破棄した細工道具の出番など最初から必要なかったのだ。

坂本はただ己の美学に従って動いただけだろうが、結果として最も平和的かつ誰も傷つかない形でこの体育祭を乗り切るための完璧な解を導き出していた。

 

「静かにしろ。最後に、本大会における個人表彰を行う」

 

茶柱の声で再びグラウンドが静寂に包まれる。

 

「一年生部門、最優秀個人賞……Cクラス、坂本。前へ出なさい」

 

名前を呼ばれた瞬間、グラウンド中の視線が列の最後尾へと集まった。

 

坂本は静かに歩みを進める。

 

その足取りは砂埃舞うグラウンドの上を歩いているとは到底思えないほど滑らかで、まるでレッドカーペットの上を進む洗練された風格を漂わせていた。

 

彼が壇上へと続く階段を上り、茶柱の前に立つ。

 

「お前のパフォーマンスは……色々と規格外だった。学校側もお前の行動をどう評価すべきか頭を抱えていたが、結果として全生徒に多大な影響を与え、大会をある意味で大成功に導いた功績は無視できない」

 

茶柱はそう言うと、用意されていた賞状と副賞の目録を坂本へと差し出した。

 

「最優秀個人賞の副賞として、十万プライベートポイントが個人的に付与される。好きに使うといい」

 

クラスポイントは個人の買い物には使えないが、個別に付与されるプライベートポイントは別だ。

十万という数字は学生にとっては大金であり、学園内での生活を圧倒的に豊かにする力を持っている。

 

だが、坂本は差し出された目録を受け取ろうとはしなかった。

 

「お気遣い痛み入ります、茶柱先生」

 

坂本は美しい所作で一礼すると、眼鏡のブリッジを中指で静かに押し上げた。

 

「ですが、僕にとっての最高の報酬は、秋の風に乗って皆様と共に空高く舞い上がれたあの瞬間にすでに受け取っております」

 

「……なに?」

 

「この目録という名の数字は、どうかグラウンドの隅で冬の訪れに震える野鳥たちのために、上質なひまわりの種を購入する資金として学校側でご活用ください」

 

茶柱は絶句し、マイクを持ったまま完全に硬直した。

 

十万ものプライベートポイントを鳥の餌代として寄付する。

そんな馬鹿げた申し出を真顔で、かつこれ以上ないほどエレガントに提案する生徒など前代未聞だろう。

 

だが、グラウンドの生徒たちの反応は違った。

 

「さ、坂本……なんて慈愛に満ちた精神なんだ……!」

 

「鳥たちにまで配慮を……ああっ、どこまでも高貴な人……!」

 

先陣を切って感涙にむせんだのは、あろうことかAクラスの葛城だった。

彼の厳つい顔から滝のような涙が流れ落ち、それに呼応するように各クラスの生徒たちから割れんばかりの拍手が巻き起こる。

 

もはや茶柱に口を挟む余地はなかった。

彼女は頭痛を堪えるように額を押さえながら、無言で目録を引き下げるしかなかったのだ。

 

閉会式はかつてないほどの温かな拍手と歓声に包まれたまま幕を閉じた。

生徒たちが解散し、三々五々と寮への帰路につく中、オレは一人グラウンドに残って夕日に照らされるトラックを見つめていた。

 

実力と権謀術数がすべてを支配するはずの高度育成高等学校。

だが、その前提条件は坂本という男の存在によって根底から覆されようとしている。

 

どれほど緻密な罠を張り巡らせようとも、どれほど冷酷な戦略を立てようとも、彼が一度舞い踊ればすべては美しい喜劇の小道具へと成り下がってしまう。

オレはポケットから手を出し、秋の冷たい風を手のひらに感じた。

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