All or Nothing   作:真の柿の種(偽)

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クルーザー準備期間

 この夏、佐々木乃亜は試されている。

 

「佐々木───……ッッ」←憎悪で睨んでくる龍園

「佐々木ぃ……」←涙目で助けを乞いてくる須藤

「佐々木乃亜か……」←謎のダイナミック着地を決めた生徒会長

「乃亜君、その人が坂柳さんですか」←笑顔で何か言ってるひより

「乃亜君……あの方はどなたでしょうか?」←不安そうに乃亜の腕を掴んでいる坂柳

「ハッ! この面子でポーカーしたらクソ楽しそうじゃね!?」←もはや楽しくなってきた乃亜

 

 修羅場にしたいのかコントをやらせたいのか、どっちかにしてくれと神へ切に願っていた。

 


 

 それは、どうやら大量のポイントが入り用となる未来が見えそうな気がして、3年の先輩からポーカーで搾り取る作業の最中だった。

 

『佐々木、お前の力が必要なんだ』

「へぇ? 続けろよ。……あー、それカード積み込みっすよね、袖の中膨らんでるっす……あー? へー、そういうこと言っちゃうんだ? ──────黙って袖捲れよ」

 

 乃亜は、先輩のイカサマを指摘しながら、藪から棒にそう告げた声の第二声を待っていた。

 事の始まりを告げるのは、マイフレンド綾小路からの一本の電話だったのかもしれない。

 

『オレと一緒に盗撮をしないか』

「くたばれアホ」

 

 即切りしてから空を見上げる。対戦相手の先輩はイカサマの布石かと警戒しているようだが、残念無念、乃亜はただ、初めての友の今後の行く末を不安視しているだけだ。

 視線を真上に移そうとも人工のコンクリ天井しか無い、だが、この胸の無情を吐き出すためには、人は時として天を仰がなくてはならないのだ。……無表情で、けれどキラッキラさせた目で言ってたのかなあ、アイツ青春とかその手の響きに憧れが在りそうだもの。

 綾小路の反面教師としての役割を、佐々木乃亜は立派に果たせなかったようだ。悲しい。

 

「俺、性犯罪には手を染めた覚え無ぇんだけどなぁ……おっと、レイズで」

 

 チップをテーブルへ投げながら、しかしそれにしても楽しそうな声をしていた綾小路を思い返してみる。

 乃亜の素行の悪さが移ったのなら賭け事だろう、どうしてよりにもよってソッチなのよ、ジャグペカの感動とかならいくらでも教えられるのに。そういえば最近は山内や池とよく遊んでいるとは聞く。悪影響の源は乃亜ではないのかもしれない。もしかしたら綾小路には友達運が不足しているのかもしれない。

『いつかはやると思ってました』か『まさかアイツが……そんな……』か、来たるインタビューに備えるべきはどのパターンかを模索していると、再度電話が掛かってくる。

 相手の名は───悲しみのマイフレンドだ。

 

「なに」

『聞いて欲しい』

「俺、性犯罪系統は色々あって大嫌いだから、一片たりとも手ぇ貸さねぇぞ」

『……どれくらい嫌いだ』

「あー……2400枚制限くらい嫌い」

『もはや殺意だな』

 

 2400という数字、これは日本のギャンブラーにとっては大きな意味を持つ。

 始めに祝福の春風として在り、憎悪すべき呪われし冬の時代を示す忌数で在り、そして新世代の英雄達を生み出すに至った黎明の灯でも在る。

 夏休み突入前に力説した乃亜の熱さを間近で見ていた綾小路は、その意味をふんわりと理解してくれているようだ。

 ───『無双』の名を騙るに相応しい、時代に抗った2400発/80%ST機の最後の老兵!

 ───業界の困窮の狭間で生まれた、ライトに圧倒的な出玉を誇る一種二種混機新世代の歌姫!

 ───冥王、絆、魔法少女と数多の英傑の屍が増える中、一撃のデカさで勝負したRe,零世代!

 ───貫きスペックを謳って出玉量を増やそうという、涙ぐましくも熱を感じる企業努力!

 戦場がコンプリート機能という無粋極まる場所へ移りこそすれ、悲壮と奮起に塗れた、未だに続く険しき道なのだ。

 

「悪いが参加はできん、遠回しな協力もしたくない」

『そうか……すまない、無神経なことを聞いたな』

「いいよ、むしろノリ悪くてごめん。しかし───ハッ! そうかよ、上手く舵取りしとけな?」

『フッ、当然だ、今のオレは夏のプリンスだか「キモ」

 

 変質者を率先的に名乗る友人がいたので、反射的に通話を切った。

 ……賭博プリンスに憧れでもしたのか? 流石に自称するのは相当ヤベーとはおもうが。

 

「あー、先輩ちょっと起立してもらっていっすか? 天井に仕掛けてあるカメラと繋がってるモニターとかさぁ、椅子んところにさぁ、あるっしょ?」

「!?」

 

 乃亜はこの日、合計で50万を稼いでいた。

 


 

『乃亜君、私のように美しくも儚い粉雪のような淡い存在には避暑が必要です』

「だから今稼いでんだろうが」

 

 金髪の先輩に許可を貰い、携帯を肩に挟みながら盤面をザックリと確認する。

 白と黒が乱雑に置かれて、黒の駒は、乃亜が選ぶ次の一手を待っていた。……下手に長引かせても顰蹙を買う、かと言って瞬殺気味に終わらせても、もしかしたら恨みを買う可能性が怖い。調整が実に難しい。坂柳や綾小路が相手なら何も気にせず打てるのだが。

 この金髪の先輩、敵を墜とすために周囲の大切な存在にも簡単に手を出すタイプと見た。龍園のようなタイプなら挑発すれば面と向かってくれるが。この男は……どうだろう、いざとなったら勝負の盤面を捨ててまで()()()()()()()()()危うさを感じる。

 金策にはちょうど良いカモだが、ちょっと面倒なのに目を付けられたかもしれない。コイントスかなぁ、最初のコイントスで弾けすぎたかなぁ、でもなぁ、200万のコイントスなんて涎垂れるからなぁ、そりゃしょうがないと思う乃亜なのだなぁ。

 

『……もしかして、私のために?』

「じゃなきゃコイントスとかの運ゲーで遊んでるわ」

 

 知能戦では負けなしと自負している。だからこそチェスやポーカーは確実な金策なのだ。……中学生時代を思い出す、ディスクをアップさせたり、ハナビを打ち上げたり、ひぐらしを鳴かせたりと、技術介入させて無心で稼いでいたあの日々を。

 ビタ押しに疲れすぎて坂柳に泣きついたら、彼女は自分のお小遣いを少し分けてくれていた。後日それが坂柳夫妻にバレて2人仲良く怒られた。あれ以来、貰った後には満額を返して足を着かないようにする癖もついたものだ。

 

「流石に1000万で足りるだろ」

『明らかに過剰ですよ。ちなみに今は……』

「900」

『えぇ……極端すぎませんか?』

 

 最後の100万ポイントを賭けての戦いの最中だ、だっていうのに戦意を削ぐような声を出すのはやめていただきたい。

 

「高級クルーザーだぜ? 2~3週間で1人……いくらだ」

『少なくとも300万もいかないと思いますけれど』

「だとしても、だ。この学校で『権利を買う』って行為は概ねが割高だ。テストの点数を買えるか茶柱に聞いた時は、ヤニの吸いすぎで脳細胞が灰色になってんのかと思ったぜ」

 

 茶柱に興味半分実用半分で、期末や中間テストの点数を買えるのか聞いてみれば、「1点で30万だな」とか抜かしていた。乃亜はその嘲るような顔を見た瞬間、この女が乃亜の財布の中身を想定して相場以上を答えたと確信している。……教師の意思である程度の変動はあるらしいのがまた、この学校の楽しいところなのだろう。

 ───城砦を冠する駒を少し大胆に動かし、先輩の動揺を誘う。

 

「ポイントなんざ有って困るもんでもなし、こういう機会に稼いどかねぇと後々めんどい」

『まあいいでしょう、手段は気に食わないですが、私のためにしてくれているという事実はとてもいいです』

「旅行なんざ久しぶりだかんな、一番仲いい奴と一緒に楽しみたいでしょ?」

『……………………と、ところで』

 

 こほんと咳払いをする気配が、電波の先から感じられる。冷房強すぎたりしないかしら、乃亜は田舎のおばあちゃんのような気持ちになっていた。祖母とか見たこと無いけど。

 

『明日、お買い物に付き合ってほしいんです』

「え、いや明日も南雲先輩とポーカーするから無理」

「さてはバカだなお前? そこは付き合ってやれよ」

 

 チャラチャラとした風貌の先輩が、意外とまともな助言を乃亜へと授ける。

 

「女の機嫌は維持しておくと都合が良いぞ」

「カスみてぇな発言っすね」

 

 チャラ男然とした見た目通りの一言に呆れてしまう。これで普段は擬態してるってマジ?

 しかしこの厄介そうな先輩をあまり敵に回したくはない乃亜としては、渋々と坂柳の予定へ付き合うことにした。……カモを貪る機会が失われてしまった!

 

「む……すんません先輩、また電話良いっすか?」

「ああ、構わねえよ」

「うっす。……何、どったのひより」

「スゲーなお前、10秒後には別の女かよ」

「シャラップチャラ男パイセン。……うん? いや、別の女って違うよ、全然そういうんじゃないよ? うんうん、そう、ただの友達、俺を信じて欲しい」

「手本みたいな語録が飛び出してきやがるな」

 


 

 オレの名は普通の高校生綾小路清隆。

 頼れるマイフレンド佐々木の協力を取り付けるのに失敗したオレは、少々頼りがいに欠ける面子で女子更衣室盗撮の儀に臨む他なかった。

 堀北を始めとした櫛田、佐倉、そして男子は池、山内、須藤、そこにオレを含めた7人で特別水泳施設という戦場へ向かっていた。須藤はギプスに防水カバーを付けてでも参加していた……バイタリティ凄いな、オレもかくありたいものだ。

 狙いは一つ、女子の麗しき肢体を───ではもちろんなく、男子達が暴走して謹慎でも退学でも何かしらの処分を喰らうことが無いよう、事態を静かに収束させることにあった。女子更衣室の盗撮という響きにはまったく惹かれない、ああ、オレは全然興味ないね、本当に。

 実働部隊の4人、そしてGHQたる外村の指揮の元、作戦は速やかに決行された。

 

「はぁ……どうして私がこんな事を……」

 

 内部協力者となった堀北が、誰にも届かないように愚痴を零した。

 今、オレ達は一之瀬率いるBクラスとのビーチバレーの真っ最中だった。……佐々木が恨みを買っている影響か、一之瀬以外の面子の鬼気迫る迫力に、佐倉は怯えて櫛田すらたたらを踏んでいる。

 

「仕方がないだろう、佐々木がいない今、自由かつ警戒されずに動かせる人材はお前しかいないんだ」

「いっそ退学させた方が良かったんじゃ……───ダメね、こんな考え方じゃ」

 

 切り捨てるという思考が一瞬彼女の中でよぎったのだろう、だがすぐにかぶりを振って捨て去った。……正直今のあいつらの様子を見ていれば、その結論に至るのは無理もないと思うが。

 Cクラスとの暴行事件以降、堀北には精神を大きく変化させる何かがあったらしい。

 ───佐々木と喋る際の態度を見れば、影響を与えたのが誰なのかはすぐに分かる。内容こそ教えてはくれなかったものの、堀北のAクラスへ上がるという決意は以前にも増していた。

 掛かりすぎも良くは無い、だが佐々木は今の勢いがある堀北の様子を楽しそうに見守っている。オレも同様に、今の堀北がどこまでできるのか興味があった。しかしこの一件を試金石とするのは、あまりにも堀北が気の毒ではある。

 

「須藤君も良くやるわね。……痛みはないのかしら」

「負担の少ない見張り役だ、そこは抜かりない」

「そう」

 

 心底呆れた返事だった。

 と、オレの視界に、太陽光がキラリと重なった。外村からの光シグナルだ。

 GHQの方を向けば、手旗信号で何事かを伝えてくる。……オレに直接指令を与えるということは、何事かの緊急事態が起こったのだろう。

 大方見張りである須藤をカバーせよ、あたりだろうが。

 

『龍園 C クラス が きてる』

 

 ここまではまあ、そこまでだった。状況こそ圧されてはいるが、しかし綾小路はクールな男。焦りはしない、冷静だった。予想通りの内の一つですらあった。夏のプリンスが誇る、この高性能な頭脳を回していれば状況の打開などは容易───

 

『坂柳 が 佐々木 と いる』

 

 ───全然容易くなかった、綾小路はガンガンに焦っていた、無表情のまま冷汗が止まらない。

 思い返すのは、夏休み前に熱弁された雑談の締めの一言。

 

『俺、流れ星を見るたびに、2400枚制限を考えた奴を思い浮かべるんだ』

 

 きっとロマンチックな願いなどではなく、血みどろ怨嗟の光景を3回願っているのだろう。

 シャレにならない目つきで総括していた。実行に移す手段もいくつか見繕っていそうな横顔だった。マジのマジで憎悪していた。「名機も迷機も全てはあの制限が殺したんだ!」とか、まるで滅ぼされた村の生き残りのようなセリフを大真面目に叫んでいた。

 それと同等なほどに嫌う行為が、性犯罪に連なる行為であるのなら──────クラスメイトの命が危ぶまれている。そして綾小路も危ないかもしれない。ついでの八つ当たりの伝播は堀北までをも襲うかもしれない。

 オマケに坂柳だ───佐々木乃亜が特別扱いをしている坂柳有栖も一緒にいる。佐々木本人は積極的な肯定こそしないものの、明らかに他とは態度が違っている存在だ。これが兄妹なのだろうかと想像してしまうくらいの距離間だった。

 そんな坂柳のセクシーショットが、何かの間違いで出回った日には。

 

 ───あー、許す許す、だから俺とポーカーしようぜェ! 負けたら指一本! 手がドラえもんみてぇになったら足の指! 指がなくなったら肋骨を数えて続けよっかァ!! 大丈夫! 俺も同じ条件背負ってっからきっと楽しいよォ!! それに指が無くたって口でカードは咥えられっからさァァァァァ!!!???

「…………有り得る」

 

 綾小路の想像の中では、イカサマしまくりのポーカーで、池達の生体部品をバラバラにしていく笑顔の悪魔がいた。

 本人が聞けば速攻否定するだろう。「するかよアホ。……しないよね?」と、自信なさげに。

 だが綾小路は既に己の中の友人像を疑わなかった。

 この瞬間、ホワイトルームの最高傑作とも称された綾小路清隆は、己の実力を余すところなく発揮する決意をしていた。

 


 

 何だか不思議な巡り会わせと言うべきか。

 更衣室前で、坂柳率いるAクラスと、龍園率いるCクラスが睨み合っていた。

 ……何故かDクラスなはずの乃亜を含めて。

 バチバチチクチクしゃべくっている奴らは無視して、乃亜は疑問を口に出してみる。相手は、何故か更衣室前で人の出入りを封鎖している須藤。……何してんだコイツ、腕に防水カバーまで付けて? 安静にしてないとかアホかな。

 

「あー、清掃中って、須藤がやってんの?」

「そっ、そうだ! だから入っちゃダメなんだよ!!」

 

 腕を怪我しているのに、である。命令した奴がよほどドの付くSでなければ、良心が邪魔してそんなことは命じれないと思う。

 とはいえ材料自体を、既に乃亜は持っている。

 自称夏のプリンスサマの言っていたアレか。

 

「……あの、乃亜君、少しいいですか」

「なに」

「あちらの方はお知合いですか?」

 

 乃亜の右腕に捕まっている坂柳が、戸惑った声で聴いてくる。

 龍園かな? いやでもどうせ坂柳なら龍園の顔くらいは把握しているだろう。じゃあ隣の高校生には見えないガタイの……ベロベルト? アルビオン? アンドロイド? ……確か山本アンドロメダかな? そうですね違いますね。

 顔がちらりと見えた瞬間乃亜は一切その方を見ていなかった。極力見ないようにしていた。だが、そうか、()()()はこっちを見ているらしい。意図を載せて、少なくとも乃亜との知己である事実は隠すつもりが無い。……そりゃそうか、隠す意味は無いのだ。勝手に困っているのは乃亜だけだもの。わーいけっこうぴんちなよかーん。

 

「こんにちは乃亜君、一昨日ぶりです」

「ソウダネー」

 

 手を小さく振って、淑やかな笑顔で挨拶をくれるひより。

 一昨日と言えば、ああ、水着選んでましたね。

 壊れた感じは鳴りを潜めて、きっとこれが素なんだろうなと思えるようないじらしさで、なんだか乃亜は、ちょっとドキドキした1日だった。……一日、だった。

 

「お友達ですか…………名前で呼ばせるくらいには仲が良いんですね」

「こんなん普通だ。うん、普通の高校生だからな俺は」

「何を言っているんですか」

 

 坂柳の怪訝な目レベルがどんどん増していく。このままでは馴れ初めから根掘り葉掘り吐かされ、ついには図書館での出来事にまで行きつきかねない。

 普段であれば、焦った時でも口八丁。ハッタリ虚言は空蝉の如く、されど見事に煙に巻いてきた人生だった。

 だが──────坂柳、ひより、オマケに口を挟んできそうな龍園、この3人を相手に全てをデマで立ち回れるとも思えない。これがポーカーなら話は別だが、残念! チップがねぇ! カードがねぇ! ブラフの材料どこにもねぇ!

 

「分かるぜ俺には」

 

 すると坂柳に付き従っていた橋本が、こっそりと、坂柳と乃亜に耳打ちをする。

 これだ、この瞬間を見逃しはしない、きっと橋本クンに続いてみせる!

 乃亜は彼の動きに、一縷の望みを抱いている──────!!

 

「───浮気、だな?」

「……最低ね」

「いつか除草剤飲ませて入院させるからな」

 

 神室の援護射撃も相まって、坂柳からの無言の視線圧はケタ違いに増していた。

 ザッケンナコラー! 余計なことしか抜かさない金髪は要らねぇ! チャラ男先輩や、ウチのクラスのアメリカン番長を見習え! アレくらい有能になって帰ってこい!

 だが、乃亜は突如として思い至る。

 浮、気? ──────ちょっと待った。

 

「別に、俺、誰とも付き合ってねぇし」

「姫さんはキープ?」

「下顎砕くぞ」

 

 もうやっちゃおうかしら。ここ最近はヴァイオレンスな乃亜君が続いたのもあって、全然加減とかできないのよ?

 

「……キープ、なのでしょうか?」

「ほらぁ! ウチの坂柳ちゃんが本気にしちゃうんだってば!!」

 

 何だ、どういう状況なのか、乃亜にはてんで理解が出来ていなかった。龍園を見ろ、微妙な顔して立ってるぞ。話題からハブられる物悲しみを感じるではないか。

 不思議なシンパシーを感じていると、二階の踊り場から、強者の気配がした。

 

「ハッ! ───上から目線たぁ良いご身分だな会長さんよぉ!」

「ほう、気配で感づいたか? ……南雲が目を掛けるだけはある───トゥッ!」

 

 勢いのある掛け声とともに、人影が、睨み合うちょうど中間地点へと着地する。

 立ち上がり、指の腹で眼鏡を押し上げるその動作───生徒会長堀北学! 海パン一丁で何してんだ生徒会長! カッコいいと思ってんのか生徒会長! 夏がそうさせたのか生徒会長!!

 

「夏休みとは言えど、このような騒ぎは見過ごせんのでな」

「もしかして生徒会ってアホの集団だな?」

「相も変わらず失礼な奴だな」

 

 南雲先輩のドブカスな中身を思い浮かべながら、乃亜はそう思った。

 ……可哀そうに、好戦的な坂柳と龍園はまだしも、須藤は完全に会長の発する変人───実力者たるオーラに飲まれて怯えてしまっている。もう半泣きだった。

 そうか、事ここに来て、乃亜はようやく悟った。

 この夏───佐々木乃亜は試されている。

 

「佐々木───……ッッ」←憎悪で睨んでくる龍園

「佐々木ぃ……」←涙目で助けを乞いてくる須藤

「佐々木乃亜か……」←謎のダイナミック着地を決めた生徒会長

「乃亜君、その人が坂柳さんですか」←笑顔で何か言ってるひより

「乃亜君……あの方はどなたでしょうか?」←不安そうに乃亜の腕を掴んでいる坂柳

「ハッ! この面子でポーカーしたらクソ楽しそうじゃね!?」←楽しくなってきた乃亜

 

 修羅場にしたいのかコントをやらせたいのか、どっちかにしてくれと神へ切に願っていた。

 ───真面目な話をすれば、須藤はぶっちゃけ邪魔だ。坂柳に連れられて遊びに来たというのに、盗撮などという下らん催しに巻き込まれて無駄に時間を食う羽目になっている。

 どうせ今現在、女子更衣室の中で絶賛作業中なのだろう。……であれば、坂柳を此処で着替えさせるわけにもいかない。或いは撮られる前提で着替えさせる? ハッ! ───いや殺すが。クラスメイトだろうが知らんが。絶対に命だけは諦めてもらうが。

 撮影機材のデータを後から抜けば済む話だろうが、如何せん乃亜が失敗した点としては、綾小路のスタンスを確定させていなかった点だ。せめて明言させればよかったのに、乃亜はそれを怠ってしまった。だから現時点での乃亜視点、綾小路は()()()なのかが分からない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がよぎる以上、みんなを、最低でも坂柳だけは別の場所で着替えさせなくては、乃亜がキレる。

 

「あー、どうすっかなこれ」

「……時間がもったいないですね。神室さん、行きましょうか」

「───同感だな。テメェら相手に無駄な時間を使ってもしょうがねぇ」

「待って───いや他は最悪良いけど、坂柳はやだ」

 

 進もうとする坂柳を、抱き寄せて無理やり動きを止める。ビクリと肩を震わせる坂柳だったが、すぐに大人しく腕の中に納まった。なんなら自分から小さく体を丸めて縮こまっていた。暑いからやめてね。

 もう夏のプリンスがどうにかしてくれないかなと考えていれば───マイフレンドはやりやがった。

 

「おい! 飛び込み台の方で何か始まるらしいぞ!!」

「賭博プリンスが演説するってよ!」

 

 外から声が聞こえる。野次馬根性全開の声だ、やたらと嬉しそうに走り出しているのだろう。

 ……あまり自称もしたくはない称号だが、賭博プリンスって確か乃亜を指すのではなかった?

 

「……だそうだが、どうなってんだプリンスサマよぉ」

「っ……の、乃亜、君は……こほんっ……これから演説を行うのでしょうか?」

「俺が二代目とかで、演説するのは初代とかじゃね?」

「少なくとも俺が在籍している間は、お前以外に賭博プリンスなぞ存在していなかった」

「へー。……じゃあ、あの演説って誰だ」

 

 ───いやまあ、視線誘導しろってことなんだろうが、こうも体良く使われるのは癪だ。一度協力を断った手前もある、それにやはり、データを抜けば終わりとは言えども、一回でさえ写されるのはちょっとなー。

 とか、動きを決めかねていれば──────意外な人物が来た。

 

「──────()()()()()()、佐々木君」

「あー……オーケー、把握した」

「……鈴音か、この場へ何をしに来た」

「兄さん……っ……佐々木君を探していました。今騒ぎになっている通り、佐々木君の口から色んな人へ伝えて欲しいことがありましたから」

 

 ()()()()の表情を見て、綾小路の企みを看破した乃亜。

 乃亜がこの場所にいると知っているのは、更衣室へ向かう者を監視している側の存在しかありえない。同時に、堀北がこの行為へ加担するとも思えない。

 つまり、綾小路を通した内通者が堀北。

 彼女がこの場に来たのは、盗撮の行為そのものを中止させるという意思表示───誰に対する? なんて、乃亜以外にはいない。……まあ、撮られないのなら大人しく乗ってやろうか。

 

「よっし、楽しい見世物になってくるわ」

「ええ、しっかりと叫んできなさい」

「おうよ」

「須藤君も……はあ……もう行きなさい。清掃の手伝いはもう十分だって、綾小路君と()()()が言ってたわ」

「!? そ、そと、村までが……そ、そうか…………くぅっ」

 

 須藤は観念したように、飛び込み台へ向けて歩いていく。

 敗北者の気配があふれる背中である。大型イベントの日に台すら座れず帰っていくような雰囲気だ、乃亜君大爆笑。

 堀北は迷わず女子更衣室へと入っていく。誰かしらが作業しているところを捕まえて説教だろうな。堀北もお疲れ様である。

 

「ハッ! ───てな訳だ俺以下の雑魚共」

「あ゛ぁ!?」

「ふふふ、ほざくのが得意な駄犬ですね」

「フッ──────言ってくれる」

 

 おーおー釣れる釣れる、たった一言で集団全ての意思を統一した乃亜。ピクミン……にしては、オリマーに噛み付いて下剋上を叩きつけて尊厳もついでにグチャグチャにしそうな個性的なのが3匹いるが。

 

「今から俺がありがたーい演説かましてやっから付いてこい」

 

 まあ、こんな夏も、まあまあ悪くは無い。

 


 

「───えー、テステステース! この叫びは聞こえてるかーい!! どうもー! 誠に遺憾ながら賭博プリンスって呼ばれてる者でーす!!」

 

 やたらと大きな声で、誰もが足を止めたくなるような抑揚で、佐々木は叫んでいた。

 飛び込み台を登っていく様子はやる気0だったが、いざその瞬間になればテンションが上がってきたらしい。単純な奴だ。

 

「まず初めに!! 俺は──────CクラスもBクラスもAクラスもぜぇぇぇーーんぶ雑魚しかいねーなーって思ってまぁぁぁぁぁす!!!!」

 

 挨拶もそこそこに、宣戦布告を四方八方へばら撒く佐々木。

 ……大丈夫だろうか、煽りすぎてこれからDクラスが集中砲火を受けてしまう可能性は───否定できなかった。

 

「ハッ! へいへいそこの苦虫噛み潰し顔の龍園君よォ!! 何だか意味不明なちょっかい出してきやがったけどよォ!! テメェが得られたのは決定的な敗北感だけだったんじゃぁねぇのー!? なーにが龍だよアホくせー!! 次舐めた真似したらこっちも盤外で潰すっかんな!!!???」

 

 演技だろうかと思いきや、佐々木はかなり本気で怒っている様子だった。龍園も心当たりがあるのか、忌々しそうに空を睨みつけている。

 しかし分からない、佐々木を知れば知るほど彼が分からなくなっていく。どうやったら()()()()に、友を気遣うという善性が芽生えるのだろうか。

 ギャンブルを除けば人間が出来ている佐々木乃亜、やはり不思議な男だった。

 

「次はそこだよ最強グラドルみてぇなビジュしてる一之瀬帆波ェ!! 俺はテメェを視界に入れたくない!! 他の連中も纏めて大したことなさそうで助かったわ!! ぜひ一之瀬には仲良しこよしの幼稚園運営を頑張ってほしいね!!!! 今後も引率よろしく一之瀬せんせぇぇぇ!!!!」

 

 一之瀬は悔し気に空を仰いでいる。───最強グラドルという、貶しているのか褒めているのか分からない形容には、ちょっと恥ずかしそうにしていた。

 突然に名指しされた一之瀬は、クラス纏めて何だか可哀そうなくらいにボロクソに言われていた。先ほどまで共に遊んでいた身からすれば非常にやめて欲しかった。……神崎が、視線で殺さんほどに佐々木を睨みつけている。

 白波はもう……すごいな、俺があの殺気を受けていたら、もう……すごいな。

 

「んで坂柳ィ!! お前はァ! …………うーん、いつも言いたいこと言ってるし、ううむそうだな─────────特に無ァし!!!!!! 眼中に在りません!!!!!!」

 

 坂柳に関しては────────────何も言うまい。

 今日か明日か……佐々木の部屋へ個人的な話をしに行くことだろう。

 

「んでもってアホの集合体Dクラス共!! お前ら流石にもうちょいちゃんとしろやァァァァ!!!! 何だよ0ポイントスタートって!! ギャグじゃん!!!!

 ───でも底辺スタートだからこそ! 上がっていく楽しみを一番に得られるんだよ俺達は!!

 蜥蜴(Cクラス)を潰して! 幼稚園(Bクラス)のお遊戯会を潰して! ついでに幼女体型とスキンヘッド(Aクラス)も潰して! 俺たちゃてっぺんへたどり着く!! 不可能じゃない!! この世に不可能なんざねぇ!! 1%でも可能性は可能性だ!!!! そんでもって努力次第で可能性は上がってく!!!!!」

 

 叫んでいる途中で楽しみ始めている。何事も、どんな状況も、きっと佐々木なら、取り組んでいる最中で自分が楽しくなるように物事を導こうと尽力するのだろう。そして、楽しむ。

 そんな佐々木なら───坂柳を盗撮しかけたオレ達を許してくれるだろう。

 

「情けなかろうが! 恥知らずだろうが! それでもって叫んでみせろよテメェら!! 俺たちゃ不良品らしいけどよォ!! だとしても!! 勝つのは俺達だってよォッッ!!!!!!!!」

 

 あ、ダメか、佐々木がとんでもなくオレを睨んでいる。

 やはり坂柳を巻き込んだ結果になったのが気に入らないんだろうな。あいつどれだけ()()()()なんだ。それでどうして『俺は別に坂柳なんかどうでもいいが』みたいな顔をして生きていけるのだ。

 

「あと生徒会長!!!! 俺と!! 生徒会長の座を賭けたコイントスゥ!! しませんかァァ!!??!? 1000万ポイント出しますからァァ!!!!!!」

「──────断る!」

「ちっくしょぉぉぉぉーー!!!!!!!!!」

「あっ、あれ……私のためにって、ぃ、いっせんまん……あれっ……?」

 

 坂柳の困惑など知らぬ顔。

 賭けの誘いを断られた悲しみに暮れて、佐々木はそのままプールへ飛び込んだ。

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