クルーズ船から降ろされた一年生たちへ課せられた、1週間の無人島生活。テレビ番組でそんなのがあったような気がする。生蛸を油に直接ぶち込んでいたあの番組は、今のご時世じゃもう2度とお目に掛かれないんだろうな。
───無論、ただ何事もなくエンジョイしろという話な訳もなく。
これは試験だった。クラスポイントを大きく変化させる、最初の特別試験。
所持品は全部を没収、これは高育の生徒なら必需品であろう携帯端末でさえ例外ではなかった。代わりに配布されたのは、何やらデジタルチックな腕時計。これは常に付けろとのお達しを喰らってしまった。意図して外した場合はペナルティだとか。
「(これどっかに抜け穴ねぇかな───見つけりゃ大分悪さできそうだけど)」
ラバー生地が全体を包んでいる点から、防水機能なんかもありそうだが。……とはいえ、この腕時計には安全面を考慮した機能が詰まっているとのこと。体温に脈拍、動体センサー、緊急時には押せとか言われているボタンもあるし、GPS情報も発信しているとも言うし、危険管理の面での代物なら弄り過ぎても罪悪感が生まれそうだ。
何よりも、それがルールに規定されているのなら、大人しく諦めよう。
「(初期テントだけじゃ足りねぇ、トイレも災害時の緊急式じゃ不満続出、『テント』と『トイレ』、これは追加で買わなきゃ無理だな。食料と水は……難しいな、島に自生してる果物やらでどうにかできそうなら助かる。つーかそうか、生理用品は無限に頼めば貰えるのか、そうか……無限かぁ……ナプキンとか貰いまくって、テントの下の地面に敷いときゃ睡眠環境が快適に…………やめとこう、過剰な合理思考だなこりゃ)」
初期支給された物品と今後とのすり合わせをしながら、ゆっくりと茶柱の方へと乃亜は一人で歩いていく。Dクラスは方針についてあーだこーだと言い争っている。議論のポイントは大まかにはトイレだった、じゃあ購入確定よね。
櫛田と平田は、みんなを宥めながらも、乃亜の動向を伺っていた。乃亜がどうするのか、それ次第では事前に頼んでいた『指揮権を寄越せ』を実行してくれるのだろう。
「(ポイントかぁ……ぶっちゃけこの試験、ポイント保持ってより、取りに行った方がリスクよりリターンが勝ると思うんだけど……綾小路にも話聞いてみるか)」
リーダー的中の報酬があまりにも美味しいのだ、狙わない理由が無い。
───この試験中は携帯端末が取り上げられている、すなわちこの試験では、乃亜の莫大なポイントを使った立ち回りは封じられている。乃亜だけではない、他の生徒も同様にだ。
その代わりとなるのが、試験専用に用意された300ポイント。使い道は主に購入となるのだろう。テントや仮設トイレといった設備類、食料、水、その他アメニティ、果てに浮き輪やらBBQセットやらと、多分、アウトドアを楽しむ為のブツなら何でも買える。
『ポイントで様々なモノが買える』という常識は、この無人島に於いても例外ではないということだ。
だがこの300ポイント、試験終了後には残高がそのままクラスポイントへとぶち込まれるらしい。故に節約して、残しておこうという考え方もあるだろう。堅実だ、悪くは無い考え方だ、実際クラスポイントで大きなリードを取っているAとBからすれば実に有効な戦術だ。葛城なんかは実行に移すのではなかろうか。
「(リスクゼロで一定の場所に陣を構え続けるか……リーダーの正体が露見するリスクを取って動くか……もちろん俺は後者以外にはあり得んが……ふむ、じゃあどうやってリーダーが露見するのを防ぐのか───腕の見せ所はここだ。……やっぱ相当に楽しいなこの試験)」
ここで乃亜が滾る要素として、追加の
スポットとやらが無人島内には点在しているようで、こいつを『占有』すると1ポイントゲッツできる。このポイントは無人島内で使用することは適わないが、試験終了後に追加で───ああ、そうだ、つまるところ後乗せである。
スポット占有は8時間に1回、8時間の占有中は他クラスが触れることも能わない。文字通りの『占有』という訳だ。そして8時間が経過すれば、再度の『占有』が可能となる。
スポット占有に必要なのは、専用のキーカードであり、それを使用できるのはリーダーとして選ばれた生徒オンリーだ。───これが、乃亜の滾る
試験最終日、他クラスのリーダー的中チャンスが訪れる。
ここで当てれば、50ポイントBONUS
ここで外せば、50ポイントのマイナスペナルティの発生。
50ポイントだ、プライベートポイント換算で5000ポイントだ。
クラス全員の人数も込みで計上すれば、125000ポイントだ。
とんでもなBIGBONUSだった。
乃亜は──────一撃台がとても好きだった。
「(スポット占有に動けばリーダー発覚リスクは上がる、だが、もしも、リーダーを隠し通したままスポットを自由に占有しまくれたのなら?)」
ペナルティもいくつかあるが、最低限のモラルを遵守すれば防げるようなものばかり。……定刻に行われる点呼に不在でマイナスという項目、これだけがうざったいが。
───ゆっくりとした歩みを止める。
「フッ……どうした佐々木、さっそく
「ひでーっすね、まるで問題児扱いだ」
乃亜の前に立つ茶柱が、乃亜の来訪を歓迎する色を放っていた。
他の担任の先生方も、乃亜を見ていた。……そんな目を付けられるような事はまだ何もしてないのだが。
そして乃亜は、けれど、どれだけの視線に晒されようとも普段どおり、ルールの穴を笑って手探るだけだ。
「ちょっと、買いたいモノがありまして」
この確認次第では、Dクラスは、BONUS確定画面までいくのだ。
……そして、期待通りの返答を貰った乃亜は、クラスメイトの集団へと戻っていくのだった。
「待て佐々木、コインは没収だ、寄越せ」
「えっ、は、はぁっ!? 何でバレたっっ、て、ぉ、おいちょっと待てぇ! こんなん別に情勢左右しねぇだろ! ほら女子だって髪紐とかさぁ、シュシュとかしてんじゃん! 俺のもそれと同じだっての!!」
「お前は悪用の手段を思いつく、絶対にな」
「…………ま、まっさかそんなー───あーっ! やめて離してえっちぃ!! やっ、やめっ、やめろぉっ!! 俺からそれを取り上げるなぁァァァァァァ!!!!」
サインとか、裏面表面に紐づけて簡単な指示とかに使えそうだなとか、思わせ振りに置いて無駄に思考回させたりとか、思ったりはしたけれども、したけれども! 悪用って酷すぎる! あんまりにもあんまりな認識をされている気がする!
抵抗空しく、乃亜の安堵の象徴は持って行かれてしまった。
せめて船内待機の坂柳へ預けておいてねと言い含めておいたのだ。
今、乃亜は、Dクラス全体からの不満を一極集中に受け取っていた。……ちょっとたのしい。
「日差しあっちぃ……あー、いいね、ペンと紙もポイントで買えんのか」
「そんなものが必要とは思えないがな」
幸村からのチクチク言葉を喰らいながら、乃亜はマニュアルを読んだまま、砂浜に集まっていたDクラスを一瞥する。
軽井沢からの視線がすんごい。でも何も言ってはこないのは、平田が乃亜を認めるようなスタンスを取っている影響だろう。他の面子も言いたいことは大なり小なりあるだろうに、その辺りも櫛田の鶴の一声で無理に押し込めているのが現状だった。
───高円寺をこっそり無断でリーダーにした乃亜は、櫛田と平田へ、ついに時が来たと伝えたのだ。
全員へ呼びかけた2人の前に出た乃亜は、クラスメイト達を見回して、周囲に他クラスの生徒がいないことを確認してから、こう宣言した。
『高円寺をリーダーにしちゃったぜ』
『『『『『!!!???』』』』』
『そして今回の試験! 俺が指揮を執らせてもらうぜ! なあそうだろう平田! 櫛田!』
『え……──────ぁ、ああ、うん、僕は、いいんだけど、ね』
『さ、佐々木くん、いきなりの展開すぎるよ……!』
場の空気間を一気に支配した乃亜は、これで一定の発言力を得た訳だ。───とはいえども、言葉の揚げ足取りを虎視眈々と狙われるようなマイナス的側面も多いが、そこはそれ、粗探しをしてくれるのは、よく話を聞いてくれるという証拠でもある訳だ。なので一先ずは無問題。
乃亜が今読んでいるのは、この試験にあたって配布されたマニュアルだ。簡単なサバイバル手段や試験の上でのルールに、ポイントで購入できるカタログも兼ねた超重要な一冊だ。隅々まで読み込んでも損は無いだろう。
うむ、うむ、なるほど、こりゃやっぱり楽しそうなゲームになりそうな予感。
「ハッ! 必須レベルだろうがこんな使い勝手の良いもんはよ! ───っつー訳で茶柱先生ー! 早速ポイント使っての買い物をしたいでーす!」
「「「「!?」」」」
即断即決の乃亜に、Dクラス全員の驚愕の気配がした。綾小路と堀北は「またか」みたいな感じだった、何だその呆れた色は、喧嘩売ってんのかコラ。
筆記媒体はとても重要だ、特に連絡手段が限定されるような今の状況ならば尚更に。情報を残す、情報を渡す、情報を整理する、単純な3つの使い道だけでも非常に有用。戦いに於いて一番に抑えるべきは情報だ。───トランシーバーも見つけたがちょっと高いな、流石に猛烈批判を喰らいそうな額だ。今は控えよう。
批判覚悟で今の立場へ強引に居座っているのが現状だ。暴れるにせよ、やらかすにせよ、タイミングは見ておかないとダメだ。……勝手な買い物? これはやらかしには入りません、必要なモノですので。
「まっ、待「待ちませぇん!! 絶対買うんだもん!! 必須だもんね!! 不可欠だったりするでしょうが!! これさえあれば勝率9割越え違いなく!! 茶柱早くぅ!! 早く持ってきちゃえ!! そいつが切り札だッつってんだろ!!」
「隙あらば呼び捨てにするな」
チョップを脳天へ差し込まれる乃亜だが、気にすることなく茶柱の手の中から百均クオリティなメモ帳と、これまた百均クオリティなペン3本をひったくる。
「───まあ? メモ帳とペン3本で3ポイント、割高ってのは否定しねぇけどな」
今回の特別試験は、正直ボーナスステージだった。各クラスが分かりやすくポイント獲得の機会を得られる、忍耐次第では200ポイントは硬いと考える者も出るだろう。
この試験で各クラスへ配られた300の暫定ポイント。これは試験終了後には、残数がそのままクラスポイントへ加算される。節約すればするほど美味しい、と、そう思わされるルールだ。
1クラスポイント=100プライベートポイント。そしてそれがクラス全員分に配られるのなら、試験限定100pp×25人分=2500ポイントとなる訳だが。
だとすればカタログに記載されていた『ペンとメモ帳』は7500ポイントとなるのだ。どんだけ足元を見られ過ぎているのだ、あれか、学校外じゃ石油が高騰しまくってんのか、だからプラスチックのペンがこんな高いのか?
「それで……佐々木の作戦とやらはいつ話すんだ」
「まあまあ落ち着きたまえよユキたん」
「誰がユキたんだ!」
夏の熱気も相まって、乃亜の態度へ苛立っている様子の幸村。
そんな彼への対応もおざなりに、乃亜はメモ帳へと今後のプランの方針と、
簡単な指示は出しておこう。やるべきことがあると、人間というのは作業の中で不満を勝手に解消してくれる生き物だ。だから人類には労働が必須だ、遊んでばかりでは精神が腐る、たまには疲れるのが楽しい人生のコツという訳だ。
「……あー、まずは腰を据える、テントやらを置いて、んでもってそれからだ」
メモ帳を十枚、内の三枚には指示と情報を、そして残りの七枚は使うための空白。それらを千切って折りたたみ。
それを───
「堀北と綾小路は俺の小間使いとして働いてもらうから、別行動ね」
「……みんなとはぐれてしまうけれど、構わないのかしら?」
「そん時はこの砂浜に来い、先生に聞けば、腕時計のGPS情報教えてもらって合流できる」
流石に他クラスの居場所は教えてくれないだろうが、自分のクラスの大まかな位置くらいなら教えてくれるだろう。
───よし、カタログ、マニュアル、ルールの内容も把握した。
指示を出していこう。思考する段階を過ぎたのなら、迅速な行動こそが正義である。
「綾小路と堀北は別働隊、高円寺は俺と行動。他の面子はベースキャンプ設営だ、池を中心にして場所を見繕っていってくれ……あー? たしか池だよな、アウトドア好きっつってたの」
「お、おう……覚えてたのか?」
「前にポロっと言ってたろ、忘れねぇわ」
いつかのバカ話で漏らしていた筈だ。有用だろうと不要だろうとカードであるのなら、乃亜が聞き逃したり見逃したりはしない。
「───2人だけじゃ危なくないかな? 私も何かお手伝いができるかも!」
「2人が最大人数だ、大人数は困る。ベースキャンプの方にも人数を割きたい」
少し不安そうな顔を造りながらの櫛田の提案を、多少強引にでも乃亜は突っ撥ねた。堀北の足を引っ張られては困る、コイツは今回のゲームの裏の要でもあるのだ。
平田が先導する集団を見送って、初期位置の砂浜に立っているのは、教師陣を除けば、乃亜と綾小路と堀北と、そして不敵に笑って状況を眺める高円寺のみ。……こいつ笑うの好きだな。
「んで、お前らにはちと足を使ってもらう」
「めんどくせー」
「お前絶対にいつかぶん殴るからな」
「クロスカウンターの用意はいつでも出来ているぞ」
何で最近のコイツは妙に好戦的なのかしら。少年漫画ばっかり読ませてるからか。
「まあ……俺と高円寺に比べりゃ遥かに楽だろうぜ」
「全力疾走をする訳でもないだろう」
「え、うん、走るけど俺ら」
「まさか……正気かしら、そんなことすればリーダーを当てられる確率、が…………そういうことね、佐々木君らしいけれど……呆れたわ」
乃亜の考えをバッチリ当ててくる堀北。人読みもあるだろうが、説明の手間が省けるのはとても良い。綾小路ですら呆れた視線をぶつけてきた。いいだろうが、コイントスは最高なんだぞ。
溜息を一つ吐いた堀北は、話を先へと促してくれた。
「私と綾小路君には何をしろと言うの?」
「各クラスの偵察。場所が手探りにはなるが、それでも必要だと思う」
「まだ早くないか? どこもテントすら張れていないだろうに」
「だからこそだ」
堀北へ、もう一枚の、
「ほら綾小路も、高円寺も、これ見ろ───楽しそうな予感がするだろ?」
「これは……あ、貴方……──────いつから、こんな……?」
「……お前、マジか」
「ハッ! マジもマジマジ! 大マジメな乃亜クン様よぉ!!」
「いいねぇ賭博ボーイ、君はやはり実にユニークな存在のようだ」
色が見える、乃亜には、3人が浮かべている情が分かる。
懐疑、不安、疑問───全てを押し退けるように、期待していた。
ワクワクするだろう? 楽しそうだろう? 向かう先がどうなるのか気になるだろう?
なら楽しもう、このゲームを。
「上手くやれよ堀北、あのクラスとのお話の内容はお前に一任すっからよ」
ついでに堀北のレベリングもできてしまう、なんて素敵で最高なゲームかな。
景色が勢いよく流れていく。
草木を、己が足で力強く踏み締めた。生きた緑を潰した際に香る特有の青臭さは……けれど鼻へその風がたどり着く前に、乃亜は既に道なき道を突き進んでいた。
「高円寺テメェェェェェェ!!!!!」
全速力の勢いに任せて叫ぶ乃亜。夜中に出会ったら泣き出せるくらいの形相はしていたように思う。
乃亜はもっとローペースで回るつもりだったのに、どうなっているのだあの金髪。協調性皆無か、みんなで並んでゴールとかの選択肢が無い人か、そりゃ無さそうだ。
怨嗟の如き叫びを震わせる乃亜へと、上方から───木々の上から高慢ちきな声が聞こえる。
「遅い遅い遅いねぇ!! 君の実力はそんなものかい賭博ボーイ!!!!」
海外の野生の猿の動画で見たことがあるような、人間とは思い難い身体能力で、すいすいと森の木を飛び跳ねて進んでいく高円寺。
凄まじかった、何せ彼の進み方には迷いが無い。見慣れた場所ならともなく、初見だ、それも森だ、枝や葉が入り組んだ上方だ、だというのに最適解を進んでいく、最も適して最も早いルートを選び抜いては進んでいく。
───これは乃亜の計算違いだった、もうちょっと常識に近い身体能力だと思ったのだ。
「一般人の出ぇなんですぅー!! エリートの血筋とかは皆無なんですぅー!!!!」
「ふむ、それにしては速い───私に比べれば月とスッポンだろうけどねぇ!!」
「ジョッキー目指して足腰鍛えてんだよ舐めんなぁぁぁぁ!!!!!」
一般ピーポーの意地を発揮していくも、差は縮まらない。
「クッソが……! AT中だぞ!! お前も必死に地面を走るのがお約束だろうが!!!!」
「何を言っているのかな?」
乃亜は、森の中を歩いたことが無い、走ったことが無い、知らないからできない。
「はぁっ───くッ……のっ、……!! ──────高円っ、寺!!!! 見つっ、け、たぁぁぁ!!!!!」
「おっと」
人工物の色を視界に取り入れた乃亜は、やっと休憩が出来るという救いを見つけて一目散に叫ぶ。
人体構造からすればあり得ない、というか物理現象としてどうなのかと問いたくなるような挙動をしながら空中で急停止した鏡は……訂正、高円寺は落ち葉のような優雅さで降りてくる。何でこんな元気なのコイツ。
膝に手をついて、肩で必死に息をしながら、乃亜は致命的失敗を悟っていた。……酸素が足りない頭がガンガンする、倒れてもおかしくないぞこれ、綾小路に押し付ければよかった……!
「す、ぽっとぉ……これ、でぇ、いくっ、つ、だっけ……?」
「9か所目だよ。では次を探すとしようか!」
「ぇ、ぁ、ちょっ待っ───テメェ覚えとけよゴラァァァァァァ!!!!!!」
こちらを唖然とした様子で
ATでもARTでも長く続くと疲れるもんね! 嬉しい悲鳴だね! 絶対このアメリカン番長だけは近い将来ポーカーで服まで毟り取ってやるもんね!!
昼を過ぎておやつの時間、もう十分であろうとスポット占有Rushを切り上げた乃亜と高円寺。
「し、ぬ……しんじゃう……いのちが、とも、しびが……コイントスで、ほきゅうしないと」
高円寺に肩を貸してもらいながら、Dが拠点としようとしている場所まで戻って来た乃亜。
島中を走り回った結果の副次効果として、かなり精密な地形情報が勝手に叩きこまれていた。ダッシュの途中で見かけた各クラスの顔ぶれの分布も掛け合わせると、どのクラスがどの場所を拠点としているのかも分かりそうなものだ。……今日はもう頭を使いたくないけど。
Dクラスの顔を見かけた位置、それでいて他のクラスを見かけなかった方角、すなわちその方向に拠点を作っていると思われるが。
「存外余裕がありそうじゃないか」
「おまえ、だまれ、ぶっとばすぞ」
「おお怖い怖い」
笑みを崩さないこの男、憎たらしいったらありゃしない。
スポット占有のために走り回ってはいたが、流石の高円寺と言えども1週間ぶっ続けで走らせる訳にはいかない。いやもしかしたら彼なら可能性はあるが、それに付き合う乃亜はまず間違いなく脱落するだろう。
乃亜の方針の大まかな計画は、ざっくりとメモして平田へと渡してある。
さて……上手く事が進んでいるのなら、乃亜と高円寺が休む為のテントは既に用意されている筈だが。
「……まあちょうどいいか、都合よく気絶できそうだし」
「なら明日はもう5つくらい増やしてみるかい?」
「その触覚嚙み千切るぞ」
犬歯を力なく唸らせていると、焚火の明かりが見えてくる。
Dクラスの顔ぶれが見えてきた。……何か、警戒のようなものも浮かんでいるようだ。
「あー……何かあったか?」
「ここまでで充分だろう」
「ん、貸してくれてサンキュー」
自立できるくらいには回復してきた乃亜は、高円寺に貸してもらっていた肩から手を離した。
乃亜の感謝の言葉には無言で、されど背中を見せつけながら、ビシッと手を天に掲げてキャンプの方へ消えていくアメリカン番長。森という神秘的背景も相まって絵になるな、ムカつくが。
自立できるとは言え既に体力は空っぽである。ゾンビのような足取りで、乃亜もキャンプ地へと入り込んだ。
「おい」
「え? ───あ! 佐々木!」
とりあえずで、手ごろな背中へ声を掛ければ、須藤だった。やたらとデケーと思ってたがお前かい。
須藤の声で、乃亜の帰還の情報が空気間となって集団全体へと広がっていく。
「お前何やってたんだよ!」
「スポット占有」
「いやだからっ、ああもう! とりあえず平田達呼んでくるから待ってろ!」
「助かるぜバスケマン」
もう疲れた、動きたくない、コイントスがしたい。
近くにあった木の根に腰掛けた瞬間、疲労が重たさとなって、うなだれるように顔が地面を向く。
このままもう寝るかなとか考えていると、足音が乃亜の目の前で止まった。2人分だ。
「貴方達、一体何か所回ったの?」
「15。ここ含めりゃ16」
「なあ堀北、コイツは多分バカというやつなんだとは思う」
「無理だぞ、軽口のための脳みそに酸素回したくない」
堀北と綾小路だった。顔を見上げると───達成感が見える。どうやら堀北は、乃亜からの指令を見事にこなしたようだ。
綾小路を伺っても同様の、いやそれ以上の感動に似たものが見える。なるほど、期待以上の成果を成し遂げたということか。これはおちおち寝ている場合でもないか?
「平田達との後でいいか?」
「ええ。……いえ、やっぱり貴方が起きてからにしましょう。彼らとの話の後はすぐに休むのでしょう?」
「そりゃ助かるけど……どうしてそんな気遣いを」
「貴方の不調の酷さを知っているもの」
「ハッ! ご理解いただきありがてぇな」
───起きてからって、どうやって? 2人が寝ている時間帯の可能性もあるだろうに。
「綾小路君が起きててくれるそうよ」
「マジ? 助かるわ。ついでに目覚ましの役割も頼む」
「? いつの間にそうなったんだ?」
「? 綾小路君は雑用でしょう?」
「? 何でお前らって意見纏めるってことが出来ねぇの?」
不思議なトライアングルが形成されていた。三竦み、とも言えるか。
堀北は綾小路に強く、綾小路は乃亜に強く、乃亜は堀北に強く……強いか? これ本当に竦んでいるのか? 何なら首絞めた後でも、睨み返しながら宣戦布告されたくらいには堂々としている女なのだが。
3人で仲良く首を傾げていると、須藤の元気の良い足音が聞こえた。……腕は問題がなさそうだ、ほっと胸をこっそり撫でおろす乃亜である。
「連れてきたぞ」
「うい、サンキュ」
「お疲れだね、佐々木君」
平田が声を掛けてくれた。隣には櫛田もいる。周囲は聞き耳を立てようとしているが、大きな声すら面倒な乃亜は手間をとにかく省こうとしていた。
「悪いんだけど、この話は平田と櫛田を通してみんなに喋ってほしい、俺は、正直、もう眠い」
「……本当に疲れてそうだね」
「高円寺くんと一緒だったんだよね? その……2人が堂々とスポットを占有して回っていたって、色んな目撃情報があったんだけど……」
「大正解。俺と高円寺は走り回って、今で15カ所のスポットを占有している」
15時へ入り込んでいる時間帯だ。その間走りっぱなしだ、アホかな。
「どうして……そんなことを」
「この方法でなら、多くのスポットポイントを取りながらも、他の連中に2分の1の選択肢を迫れるからだ」
「……だが、他のクラスから見れば、リーダーが佐々木君か高円寺君かの二択になってしまった」
「
「はあ? 意味分かんないんだけど」
軽井沢からの口撃! マジで理解できないのもあるのだろうが、平田に突っかかっているように見えているから、気に入らないと言ったところか。しかし刺々しい視線だって寄越してくれる軽井沢、カースト最上位の彼氏ではなく、カースト底辺気味の乃亜が指揮権を握ってる事実を気に入ってないようだ。
───いい眼で見てくれんじゃん、乃亜クンその手の敵愾心大好き。
張り合いがある空気へと変わってきたのを察して、乃亜は眠気のスイッチを全切りした。
さて、ペラ回しの時間だ。
「ハッ! そりゃ50%だ、俺達Dクラスの立場からすれば、『当てられる可能性』ってのがどうしても頭に浮かんで怖くなる。何せ5割、コイントスだぜ? さいっこ…………───だがどうだ? それは、他のクラスから見ても同じ考え方になるんじゃないのか」
綾小路と堀北は当然のように乃亜の策を理解していた。だってほら、悪ガキを見る近所のジジババみたいな視線してるもの。懐かしいなその感じ、よく腹が減ったら庭の木から柿とか盗んでたっけ。
……平田と櫛田は、この時点で乃亜の言わんとするところを飲み込み始めていた。というか9割飲み込んでない? 優秀だなぁ、何でこいつらDなの?
「Aクラスを今回纏めてるであろう葛城は慎重なスキンヘッド、Bの一之瀬も頭が回る幼稚園の先生、Cの龍園だって機転を利かせられる蜥蜴クン。
そして優秀な奴に当て嵌まる条件、その内の一つに『最悪を想定できる奴』ってのがあるんだよ。現状で言うなら、平田や櫛田、その他にもリーダーが特定された場合の
リーダーを特定した場合、色々と悪さが出来そうだ。
例えば、リーダー指名しないといった交換条件でスポットの使用権をぶんどる。契約を結ぶ時期にもよるが、50ポイント分を賄うのは難しい話じゃない気もする。
その上で契約書に穴を作って、リーダー指名もしちゃったり。後々の関係性が決定的になるので、やるならAクラスだろうか。どうせあそことは敵対以外の道を選びたくないし。
「頭が回る、色々と考えられる、
明日あたりか、スポット周回のついでに各クラスへの単独偵察に行って、リーダー指名について探ってこよう。
Bは……門前払いされそうだ。一之瀬はその辺の線引きを徹底しそうだ、白波もこわいし。
「平田、お前ならどうだ。選べるか?」
「どうだろう……」
「これが『自らの頭で導き出した50%』なら信じられるかもしれない、導き出せた昂揚と達成感で勢い良く賭けに出れるかもしれない。───じゃあ、『敵が差し出した50%』なら?」
平田は既に、自分を通して周りを納得させる方針なようだ、そんな色がした。
気が利く平田に続いて、櫛田からもそういった様子が見受けられる。
「敵からの差し入れだ、んなもんは優秀な奴ほど
「私は……Dクラスを指名するのが怖くなるかな」
「そうか、じゃあもう一つ。例えば個人で完結する戦いなら賭けに出れるかもしれない、だが」
「…………この特別試験の結果はクラスポイントに直結するから、指名しないことを選ぶかもしれないね」
誰もが言葉を挟まず、乃亜の演説に耳を傾けている。……正直な話、穴はある、突かれたらめんどくせーなとか思っていた部分もぽつぽつと。だが、あるにはあるが、些細な穴もアドリブでカバーがしやすいように雑な一手を取っているのだ。しかも保険だってある。
これにて、今回のDクラスの方針はほぼ確定していた。
Cクラスへの仕込みの結果は堀北に聞くが、様子からして問題なく機能したのだろう。
乃亜だけが知っている仕掛けも───現在の状況を繋げていくと、どうやら機能するらしい。いや本当に良かった、そこに関しては乃亜が直接確認する訳にもいかない部分だ。
「この作戦のミソは、対策が取りようもないことだ。だって俺と高円寺、2人で仲良くカードを手で隠しながらスポットにタッチしてるし。カードの記名さえ見られなけりゃ結構盤石かもね」
とても気持ちの悪い絵面だった。年頃の男子が、仲良くケーキ入刀かの如く『ピッ』だ。なんか肌すべすべだったのがまた嫌だった、いやスキンケアとかしてそうだけどさ。
「オマケに多くのスポットはDが既に独占してる。これからは時間切れのタイミングで更新を繰り返していくつもりだ。そうなりゃ他のクラスが同じ手を使おうとしても、スポットの数自体が不足して半端な結果に終わる。
スポットの正確な数は知らねぇが、まあ、15も取ってんだし、島中走り回った実感としては面積的に過半数は取れてんじゃねぇかな」
しかし雑だ、我ながら大雑把な作戦だった。
だけど大雑把なパワーゲームというのは、複雑に糸を絡めたがる輩にこそ良く通る。
「以上、佐々木乃亜の演説お終い。質問コーナー、やる?」
『俺はこれから寝る。3時間後くらいになったら起きて、またスポット回ってくる』
それだけを告げて、用意してくれていたテントへとみんなよりも先に向かった乃亜。
ゴロリと寝転がった乃亜、だが、これは。
現代の生温い衣食住に染まり切った乃亜に、このテントの寝床はあまりにも───
「……ぐぅ……」
───問題が無かった。
床で寝る経験が生きた、やっぱり何事も経験である、乃亜はそう締め括りながら眠りへと落ちていく。
レム睡眠の彼方へ連れ去られるまで10分足らず。……その5分後だった。
テントの前で、人が喋っている気配がした。聞き覚えがありそうなその声が、睡魔を遮ってしまう。
少しすればどこかへ行くだろうと瞼を閉じていたのだが、一向にその気配は無い。
……何かしらの異常事態でもあったのか、そういえばDクラスの全体の雰囲気からして警戒は見えていた。その原因が面倒ごとでも起こしているのだろうか。
生ける屍のように起き上がる乃亜は、眠気のままに、少々乱雑な勢いでテントの入り口を開いた。
「あっ、ごめんなさい乃亜くん、起こしちゃいましたね」
テントを締めた。
なんか、白いのがいた。
なんか白いのが、ジャージ姿で白々しい台詞を吐いていた、初めて見たなこいつのジャージ。
もう一度開く。
「どうしました?」
やっぱり白いのがいた。
「──────でっ、でりばりー、的な……? えっ、いや、は? ……どゆこと?」
「あはは……えっと、彼女はね……」
白いのの隣にいる平田が苦い笑みを浮かべながら、この訳わからん状況を説明してくれようとしていた。
テントからではにっちもさっちもいかないと判じた乃亜は、テントの外へと出る。すると───ああ、うん、Dクラスじゃない生徒がそこにはいた。幻覚じゃなかった良かった、幻の類だったらそうとう毒されていたのだろうが。いや本当に良かった。
勝手に安堵していると、やけにキリッとした顔つきの山内が……なんか、こう、男子だなぁ……って感じの色を浮かべながら、乃亜の肩に肘を掛けてきながら説明してくれる。そういやさっきの話の時にお前いなかったね。ああそうか、食材探しでも手伝ってたのか、この白いのは。
「Cクラスの方針に従えなくて、追い出されちゃったんだってよ」
「もう龍園くんの考え方には付いていけません」
「すんごいダウト」
椎名ひよりが、憤りを繕う努力をして、Dクラスの中に溶け込んでいた。