All or Nothing   作:真の柿の種(偽)

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運命がカードを混ぜ、われわれが勝負する。


 

 前回のあらすじ──────「うわっ!? 前からひよりがっ!!」

 

 彼女はのうのうと宣った、「もう龍園くんの考え方には付いていけません」と。それが原因でCクラスから追い出されたとは、まあ確かに、龍園ならやりそうな気がする感はある。

 でも乃亜は思った。寝ぼけ眼に支配されそうになりながらも、必死に思考をぶん回して色々な想定と推測を織り交ぜて、それでこう思った───「んな訳あるかーい」と。

 ひより自身の演技モチベーションが云々というよりも、こればかりは絶対にあり得ない。『椎名ひより』が策を否とするのなら、『龍園翔』というリーダーはまず間違いなく一考する、つーか熟考する。乃亜だってそうする。坂柳も一之瀬も葛城も、堀北も綾小路だってそうだ、一定以上に頭が回るような連中ならば、彼女の助言を無視することなど絶対にない。

 彼女は嘘を語っている。その嘘は白日の下に晒すべきではある、何せボムだ、分かりやすい地雷を龍園からぶん投げられたのだ。集団の結束を掻き乱される前に厄介は払うのが吉だ。

 

「聞いてもいいか」

「ひ───……あー、椎名は?」

「眠っている。起きていたとしても堀北が見張っている」

 

 女子のテントから離れるようにして、乃亜と綾小路は小川の前で座り込んでいた。

 木々の隙間から覗く夜空の光を頼りにして、腕時計をちらりと覗いてみる。時刻は22時をちょうど示してる。乃亜はもう少しすれば三度目のスポット巡りへ走り出すが、高円寺が起きてくるまでの間断の瞬間を待っていたであろう綾小路を無視することはできない。

 月の虚像が揺らぎ続ける川を眺めながら、乃亜は手を振って続きを促した。

 

「どうして泳がせる」

「合理も利益もねぇよ、ただの個人的感情」

 

 ───そうだ、ひよりをDクラスの拠点から追い出さない理由は、ただそれだけだった。

 非常に厄介な刺客を送り込んできたものだ。これが石崎やほかのどうでもいい人なら、乃亜は楽しく弄り壊して情報を引き摺り出して、船へ叩き返していたというのに。

 Cクラスの罠である、スパイである、そんな事実を確定させてしまえば、きっと椎名ひよりはDクラスから敵意を向けられる。乃亜はただ、それが嫌だった、()()()()()()が野放しにしている理由だった。

 ……集団の手綱を握っている身からすればどうかなとは思うが、乃亜も人間なもので、感情が合理的行動を雁字搦めにするのだ。

 

「椎名が好きなのか?」

「ハッ! ──────お前は、どう見たの」

「佐々木も自分では分かってない、と、オレは感じた」

「そのとーり。微妙な関係性なんだよ」

「元カノか」

「さあ?」

「今カノか」

「……さあ?」

「やったのか」

「…………さ、さあ?」

「最低だな」

 

 口では吐き捨てながらも、目がらんらんと輝いていた。念願のコイバナにありつけて喜んでいた。普通のコイバナとするには些か捩くれてはいるがそれでいいのか綾小路。

 

「関係を曖昧にしてキープとは、坂柳もいるだろうに贅沢な奴だ」

「あいつは関係ねーし」

「そうか? ───オレの中にある結論を坂柳に相談するつもりだが、お前はどう思う」

「……チッ……幾らだ」

「300万」

「ボリ過ぎだろテメェ!」

 

 その後のちょっとした交渉の結果、30万ポイントで手を打ってもらったのだった。とほほ。

 

「ところで本題に入るが」

「……ぜひそうしてください」

「高円寺は6日目にリタイアするんだろう」

「ハッ! 残念ハッズレー!」

 

 無表情の綾小路が少しブレる。動揺を表に出すような人間性ではなかったからか、意外な一面を見れてちょっと嬉しい乃亜だった。

 

「お前が気が付いていないとも思えないが」

「リタイアからのリーダーすり替え。リーダー変更には正当な理由が必要であり、リーダー本人がリタイアしてしまった場合は、変更の正当な理由になり得る。茶柱からも確認済だ、『上手くやれ』とは一言貰ったけどな」

「説明された時点では確証は無かったが、やはり可能だったか。リーダーの変更自体を禁じている訳じゃない、ならリタイアの理由さえ適当にでっち上げればリーダーを的中される可能性は不可能に近くなる」

「でもそれってさ、メンバー欠けるじゃん」

 

 グレーゾーンの全力疾走は乃亜だって臨むところ。だがそれはやはり、個人で完結した戦いの中でだけだ。

 チーム戦にはチーム戦だけでしか味わえない旨味がある───らしい。それを出来るだけ味わってみたいからこそ、チームという枠組みを鑑みた動き方にしている。何分初めての経験なもので、些細な部分は大雑把かつ強引に進めてはいるが、はて、自分は今、立派に集団戦を繰り広げられているのだろうか。

 疑問を浮かべる綾小路へ、乃亜は堂々と返した。

 

「いやだからさ、みんなで勝とうって趣旨のゲームだぜ? 肝心の()()()が欠けて勝ったところで意味無いんじゃねーの」

「……やっぱり、お前は相変わらず分からない奴だ」

 

 薄く、本当に夜の森の中では目視が難しいほどに、綾小路は小さく笑った。

 

「そうかな」

「合理主義や刹那主義、快楽主義に人道主義、お前の中身は随分と散らかっているように思う」

「自分の命を楽しむための道を進んでるだけだ」

「確かにそこだけは一貫しているな」

 

 拾い上げた小石を、目の前の川へと投げ込んだ。どぷん、と鈍い、そして小気味良い音をさせて、水面に映る夜空の輝きは幾重にも歪んでいく。空が揺れているように、虚像が深く……そして徐々に元の形へと静けさを取り戻していく。

 散らかっている、とは今のような感じだろうか。

 小石一つで、こんなにも不安定になってしまうのが乃亜だろうか。どうやら名は体を表すが佐々木乃亜には適用されないらしい。この名前格好良くてお気に入りなのに。

 

「つってもチーム戦だからね、リーダー指名の確率を二分の一にしたまま放置する訳ねぇじゃん」

「どうする気なのかを聞くのは……まだお預けか?」

「教えてもいいけど……そうなるとひよ───椎名が邪魔だな」

「普通に呼べよ」

「複雑なんだよ男女ってのは」

 

 彼女の洞察力は相当なものだ。相手が綾小路だろうと、探られてしまえば策が露呈しかねない。

 ……こうなれば多少のコラテラルダメージは覚悟しておかねばなるまい。

 

「しかしそうか、お前が一目置くほどか、なら堀北とオレはあまり近づかない方が良さそうだな」

「俺の心配はしてくれねぇの?」

「面白い冗談だな、お前の壁の全てを剥がせる人間なんている訳が無いだろ」

「ハッ! 俺の全部が取り繕ってるみてぇな言い方するじゃん」

「絶対的な事実だなペルソナヤロウ」

「お前にだけは言われたくねーや!」

 

 その後の高円寺が起きてくるまでの僅かな間、2人は水切り勝負をして時間を潰していた。

 尚、乃亜の圧勝だった。……金の掛からない遊びで勝てると思うなよ温室育ちが! ペッ!

 

 

 

 

「堀北にこれ渡しといて」

「メモか、中身を見てるぞ」

「現在進行形は返事にならんのよ」

「……これはもう答えじゃないのか? オレは知らない方が良かったじゃないか、なんて事をするんだ佐々木」

「勝手に見といてクソみてぇな言い草」

 


 

 木の根を跳び上がり、小さな藪を飛び越える。

 湿った土を避けて、足を取られることなく軽やかに進む。

 踏み潰す草木を選びながら、消耗は可能なまでに軽減して走り抜く。

 それでいて乃亜の速度は、今までにない到達点に在り続けている。

 

「いいねぇ! 初日の無様な君とは打って変わってエレガントな走りだ!」

「そら三回も同じ場所走ってりゃ慣れるわ! エリートのお家出身だからってバカにしてくれやがってこんにゃろー!」

 

 置いて行かれる心配は、乃亜の中には微塵も無かった。高円寺の人外染みた跳躍起動にも付いて行けるという事実に従って、乃亜は疾走の維持を続ける。……流石に本気を出されれば見失うが、どうやら彼はこの走りながらの問答を楽しんでいる節があった、その不安も無い。

 交わされる軽口には、初回の地獄からの呼び声のような憎悪交じりではなく、親しみを含ませるだけの余裕があった。

 言葉の通り乃亜は、三度目のスポット占有Rushで、森の走り方のコツを掴んでいる。

 

「グゥッド! 素晴らしい学習速度じゃないか! それでも完璧な私には遠く及ばないがねぇ!」

「初見で何でもできる規格外(テメェ)と比べるのは良くないと思うけどねぇ!!」

 

 誇る気にはなれない、だがひよりには宣言をしているのだ、「悪魔を飼いならす」と。

 環境への適応程度、パパっと熟してなくっちゃ話にはならない。

 元より、己の肉体なんぞ意思一つでマニュアル方式に動かせる糸人形も同然だ。「こう動かせばいい」さえ知れたなら、知識に従って「そう動かす」だけ。難しい事ではない、複雑な事など無い、それが乃亜の中にある常識だった。

 

「ってかそっか木登りかぁ! いいなぁ俺も久しぶりにしたいなぁ! 飛び回るのちょー楽しそうだなぁ!」

「君なら動きを覚えるまですぐだろう、しないのかい?」

「俺にはこの後の予定もあるので! 初見の世界に突っ込んで体力使いたくないので!」

 

 夏の無人島で木々を飛び回る。何それめっちゃ楽しそう。

 とは言えクラスの指揮権を口八丁で奪い取った身としては、ある程度の責任感らしきフワフワとしたモノを抱いているような気がするけどどうだろう、何か乃亜なら土壇場でコイントスしてオジャンにしそうかも知らない。

 そうこうしている内に、最後と定めていたスポットへ辿り着く高円寺と乃亜。

 乃亜は自分のポケットに入ったキーカードを、記名された名前が外気に触れる事がないよう手で隠しながらも、雑に取り出した。

 

「ふぅーっ…………よし、早く済ませよーぜ」

「全て回るまでの時間も短くなっている。これなら賭博ボーイのペースに合わせようとも、最終日には一時間足らずで回れそうだ」

「お前1人だったら次からでも行けそうだな」

 

 足を引っ張っている乃亜は高円寺へ多少の申し訳なさを……いや覚えねぇわ、コイツに殊勝な態度は無理だ、どうせこの男はその手の話とか気にした経験すら無さそうだ。

 島の図形が頭に収まっているのはお互い様だが、いざ最短距離を進もうとすると、乃亜の身体能力がネックになる。それを加味してのルート取りを先導してもらっているのだが、ガイドとしては絶対に落第点な速度で進み続ける高円寺。乃亜が適応しなかったらどうするつもりなのか、ああどうせリタイアするんだろうな、どんだけ集団生活に向いてないのだコイツ。

 

「しっかし……見られてるなぁ」

 

 スポットの目の前に立ったその少し前の距離の時点から、周囲には人間が存在していた痕跡の色が散見していた。網を張られていた、のだろう。別段見られようとも全く困らないのだが。

 後ろに視線を向けて、人の気配がする方を注視してみる。すると人の痕跡が───踏まれた草木、その部分の風の吹き方、木の影の濃さ───乃亜に色となって存在を示している。

 

「不粋な覗き見とはね。実に凡人らしい見事な働きだとも」

「言ってやるなよ、そら白昼堂々だし気にはなるだろ」

 

 木々に隠れて乃亜達の様子を伺うのは、Aクラスで見た顔だ。……Aクラスの中でも、乃亜の知り合い度で言うならば、坂柳、葛城と続いて次に親交があると言える生徒。

 女生徒は、やはりこちらを見張って、乃亜達の動きを監視している。

 

「俺らがトチって名前でも覗けねぇかなってとこ?」

「完璧な私に期待するべきではないな」

「ハッ! ごもっともだ! だが俺は好きだぜ? ワンチャンスがありそうなら取り敢えず手を出してみるって考え方はよぉ」

 

 スポットを高円寺と共に占有しながら、そしてそれが終わってカードキーをポケットに仕舞ってから、それでも視線は途切れなかった。

 リーダーの確定自体はまあダメ元なのだろう。動向を見張るというのも分かる話だ、だが、視線の色はそれに留まったものでは無い。距離が遠くて細かいところの判別はできないが、()()の望む展開を推測するに───。

 

「───うん、興味が湧いた、思惑に乗ってくるわ」

「君に目を付けられるとは、不幸なガールだねぇ」

「じゃあまた後で。───それからひ……あー、椎名には気を付けろよ。あいつの洞察力は半端じゃない、舐めてっと情報抜かれんぞ」

「ほう、賭博プリンス直々の注意喚起ならば心しておこう。───だが私は完璧、故に美しい! 君の懸念は無用な杞憂というものさ」

「あー、うん、びゅーてぃふぉーびゅーてぃふぉー」

 

 興味が原動力なのはお互い様。個人完結の世界観を持つ2人は、仕事を終えた瞬間から互いの動向なんぞに目を向けることすら無かった。乃亜の忠告もまともには聞いていないだろうし、聞いていない事実も乃亜からすればどうでも良い。同族嫌悪が発生しないのも、結局は個人的思惑が大優先だからこそなのだろう。馬が合うのか合わないのか分からないコンビだった。

 高円寺が高笑いをしながら森の奥へと消えていく。背中を見送りもせず、乃亜は神室へと手を振った。

 

「おっすー、高円寺は帰ったよー、俺に何か用事でしょ? 葛城あたりが呼んでんじゃないの?」

「その察しの良さが気持ち悪いのよ」

「ひでぇや」

 

 ───まあ、予定通りではあるか。

 

「道案内をしていただいてー、心より感謝いたしますー」

「坂柳みたいなことを言うわね」

「とんでもなく心外だ、弱みを振り回して従順なオトモを作る性悪と同じだと……?」

「……あいつから聞いたの?」

「へぇー? じゃあやっぱお前、坂柳に何かしら───たとえばー、退学レベルの何かを握られてんだ?」

「っ…………もうあんたとは二度と会話しないから」

 

 それきり黙り込んで、ずんずんと先を進む神室。

 見えるのは憤り? いやこれは薄い。多く占めるのは()()か。

 こんなのは楽しいお喋りなのに、綾小路や坂柳は楽しんでくれるのに、悲しくなってしまった乃亜は、後ろを一度も振り向こうとしない神室を急いで追いかけるのだった。

 


 

 Aクラスの拠点は、何とも少年心をくすぐる場所にあった。

 洞窟───洞窟である! 薄暗い洞窟に! ちょっとひんやりとした洞窟に! こいつらズルすぎるのだ! ワクテカの7日サバイバルではないか! 乃亜は今からでもこのスポットをこっそりと奪ってこいつらをここから立ち退かせようかなとか考えちゃいそうになるのだ!!

 

「いいなぁ……避暑にもなるじゃん、ロマン的神秘な場所じゃん……いい場所見っけたね」

「ああ、人の手が入っている場所には前もって目星をつけていたからな」

「ふーん、やっぱいいね葛城は。ちゃんとあの『有意義な時間』を活かしてんだ」

「お前だってそうだろう?」

「いや全然? ゲームは事前情報が無い方が楽しめるからね。意味のありそうな場所からは視線を外しといたよ」

 

 呆れた視線、しかし同時に、言葉を譜面通りには信じていない色もあった。そこは慎重な葛城らしいが、乃亜はマジで大きな発見はしていない。何故なら島よりも目が釘付けになる子がいたからである。そりゃ無人島と女の子だったらどっちを取るかなどは愚問である。

 招待されたAクラスの拠点、その洞窟の中で、葛城と乃亜は向かい合っていた。

 周りには妙な動きをしないように、そしてすぐにでも抑えられるように、警戒心バリバリな男子達が遠巻きに見守っている。乃亜は興味津々に洞窟内を見回して、そのたびに過剰な反応をしてくる面々がちょっと楽しい。……おっ、戸塚いんじゃん、手ぇ振っとこ。

 

「あらら、行っちゃった……こんなにもフレンドリー乃亜クンだってのに不思議だねぇ」

「……自分のしたことを忘れたのか?」

「精神ズタボロにしたことも全部覚えてるから不思議なんだろうが」

「俺はお前が怖くなってきたぞ」

 

 へらへらと笑いながら、乃亜は前座の雑談を切り上げる。

 

「それでー? 俺はどうして招待されたの?」

「───昨日、Dクラスの生徒が来ていた」

「あー、そう」

「お前の差し金だな、男と女の2人組だ」

 

 引き上げる前に、堀北の判断で()()をしていったとか。聞いたときはもう、でかしたと、良くやったと、頭を撫でまわしたい気分だったものだ。

 おかげでこうして、リーダー的中だけに留まらない利益を得るチャンスに恵まれた。

 

「うんうん、そうだな、俺の指示であいつらには初手から偵察に行ってもらってたよ」

 

 その情報は昨夜に綾小路と堀北から共有されている。

 単に拠点の場所だけでなく、()()()()()()()も得られたとか。

 

「なら、お前は既に───知っているんだろう?」

「リーダーはお前か戸塚の二択って話?」

 

 洞窟から葛城と戸塚が出ていった、そういった情報を仕入れてきた2人。

 その後、洞窟のスポットはAクラスに占有されていた。そしてその場には、葛城と戸塚以外にAクラスの生徒はいなかった、洞窟内にも、洞窟の外にも、誰一人。

 だから二択まで絞れている、スポット占有状態が解かれる残り時間から見ても、やはり葛城or戸塚の他にスポットは触れない。この事実は揺るがない。

 

「───……そうだ」

 

 葛城は、探りを入れてきた。

 乃亜がどの段階までを把握しているのか知りたがっていた。葛城の言う「知っているんだろう?」、これが何故こうも曖昧的で抽象的な問いかけなのかはソレが答えだ。

 そして葛城は、今、()()()()。乃亜の知っている情報の深度を知って、()()は防いだと感じて、必死に顔を強張らせて隠そうとしていた内側の色を、けれど、葛城はやっぱり人間だった。人間は、情の色を隠しきることなどできない。

 綾小路と堀北の目撃した状況。

 綾小路の洞察、堀北の予想、そして乃亜の推測。

 最後の判断材料として、葛城の、この大きな大きな『安堵』。

 これにて乃亜の中の推論は、確定事項へと成り上がる。

 

「俺はその話に「()()()()

 

 光源の少ない洞窟で、乃亜はにこやかに笑いながら、葛城の目をまっすぐに見据えた。

 恐れが、奥底に見える。

 

「戸塚がリーダー確定って話?」

「…………」

「2人から聞いた話って、別にお前ら2人が洞窟から出てきたって所からじゃないんだわ。葛城と戸塚が2人で洞窟に入ってく姿を見たんだよ。しかも戸塚が先行して、やたらとはしゃいでいたらしいじゃん?」

 

 色が───乾いた唇を舐めようとする口内での動き、手の発汗を膝で静かに拭った、視線を逸らそうとしかしすぐに戻り瞼が震える、緊張による唾液の嚥下の喉の動作───見えた。

 イニシアチブは───そうだな、背骨まで掴んでおくとしよう。

 

「スポット見つけて嬉しくなっちゃったんじゃねーの? ()()()()()()()()()()、戸塚って焦ってそうだったもんね。

 ……例え話なんだけどさ───優しい葛城が名誉挽回の機会をくれて、右腕気取りクンは嬉しかった。だから張り切ってた、焦りと合わさったやる気だ、目にもの見せるぞってさ、ガンバローとしてたんかねぇ? そこで見つけた洞窟のスポット! 水源付きで気温も涼し気の場所良し! 外からの視線も防げるから隠蔽性も高し! 雨が降っても防げます! 至れり尽くせりだ! この場所を一刻でも早く確保すればAクラスの勝率は高い! ───とか先走っちゃった感じだ?」

「……弥彦が聞いていなくて良かった」

「ハッ! 黙って聞けるような度胸があるなら見どころあっけどな!」

 

 随分と認める態度を取るのが早い。

 であれば、彼の求めるのは事実確認だけではない。

 此処からの()()をどこまで緩く出来るのか、葛城の仕事は恐らくここからとなるのだろう。

 そして、乃亜はどこまで───悪辣に搾り取るのか、或いは恩を売る機会とするべきか、はたまた梯子を外すか。

 楽しいな、こういうのは、本当に。

 きっと立場が逆でも、乃亜は楽しくなるのだろうな。

 

「誤魔化すためにお前がわざわざカードを晒してたって話も聞いた。まあ……間が悪かったわな、ドンマイ葛城、話を聞いたときは流石に同情したわ」

 

 戸塚を詰めた件は思いっきり棚に上げておこう、天上にまで上げておこう、乃亜のせいではないとしておこう、GOサイン出した坂柳が悪いってことにしよう、マジかよ最低だな坂柳有栖ちゃんって子は。

 

「お前が偵察を出さなければ……いや、佐々木の手の速さに負けた結果になるのか」

「その言い方やめてね、何か、こう、とてもいやです──────さってとだ」

 

 頬をパチンと、軽く叩いて思考を切り替える。

 ───葛城は気に入ってるが、容赦はあまりしないようにしなくては。

 

「お前は俺にどうして欲しいの?」

「その前に確認を取らせてくれ、Dクラスの指揮を執っているのはお前だな?」

「正解」

「そうだろうな、お前でなくてはあのような運任せの策を実行などしないだろう」

「ハッ! 言ってくれんじゃねぇか! じゃあテメェだったら50%の二択選べるんだ? 外したら同じ額がマイナスされるのだけどー? 今回ボーナスステージも同然なのにー? もったいなくねー?」

「……その厭らしさがお前らしいと言っているんだ」

「サンキュー!!!!」

 

 皮肉へも全力で感謝は欠かさない、乃亜はこうやって生きるのが性に合っていた。

 

「───AクラスがDクラスへ求めるのは、Aのリーダー指名をしないことだ」

「対価を言えよ」

「この特別試験が終了後、次の試験の時、AクラスはDクラスへ全面的な協力をする」

「全面的ねぇ……抽象的すぎるな、それこそどうとでも言える、つか俺ならあーだこーだ難癖付けて妨害工作して自陣営の利益にする。無条件で信じて欲しいとかならもう論外なんだけど、考えはあんの?」

「佐々木と坂柳の関係性を考慮した期待をしているのは確かだ」

「まあそうだね、俺もあいつの言葉なら信じる……ような……気が……する……のかも? ……でも今の言葉は全部葛城、テメェの言葉だ、足りないなぁ。俺がお前を気に入ってんのも確かだけどさ、関係性を主軸にするならやっぱりどうしても薄いわ。縛りを俺が全部決めてもいいってんなら話は別だけど、俺は絶対にお前らのこと雁字搦めにする内容にするし、この契約一つで今後がぐちゃぐちゃになる可能性は嫌っしょ?」

 

 葛城の提案は、理解できる。Aクラスの協力というのは確かに魅力的なカードだ、だが、いやその、交渉を頑張る葛城には非常に、誠に、本当に申し訳ないのだが───Aクラスの協力とか要らんのだ。坂柳のクラスとは敵対したいのだ、バチバチに争いたくって仕方ないのだ。

 なのでそれっぽいことのオンパレードで、とにかくそれ以外の結末を目指しているのだが。

 ふと、乃亜の中には疑問が浮かび始めていた。

 

「それに()ってのが引っかかる。次の特別試験の形式も内容も傾向も不明だ、だってのに『全面的に力を貸すぜ!』ってのを信じろってのは無理あるって。モチベーション的にもきついだろ、AはDを見下してる傾向にあるだろうし、全面的ってのはちょっとなー」

「将来的な貢献以外では俺には思いつかない、それこそポイントくらいしか……」

「あー? なんだそりゃ……あー……───BかCかと契約でも結んでる?」

「ッ……」

 

 あらら、ビンゴ。

 

「ハッ! ちょっと不自然だったぜ? 今やってる試験に言及しようとしないのは流石にな! もうどこかと協力関係結んでるんだろ? 結んじまった契約に抵触する可能性があるから、立場が圧倒的に悪い今回の交渉の議題には上げたくなかった、とか?」

 

 まあ納得だった。乃亜が例えば「BクラスとCクラスへ積極的に妨害せよ!」なんて契約をさせれば、協力しているクラスとの関係は即座に切れる。それどころか不可侵にも近いものを結んでいれば、本来は負うはずの無かったペナルティすら貰う羽目になる。……おそらく乃亜はそうするだろう、一気に3陣営へ打撃を与えられるのなら美味しいすぎる。

 ───何か、もう交換条件として貰っても良いくらいの特ダネが手に入ってしまった。

 契約内容を吐かせてその契約先を陥れるのもアリだが……ふむ。

 

「あー、どうすっかなー…………それってCクラスとかだったりする?」

「さて……どうだろうな」

 

 ───あー、そうかいCかい、じゃあひよりを……Cの生徒を紛れ込ませたのは共謀か?

 

「いやー、まだ断定はできねぇか」

「……それで、どうするつもりだ」

「え? ああ、何も結ばないで終わりかな」

 

 乃亜の気の抜けた言葉は、洞窟内の空気を一息にざわつかせる。

 この交渉は締結しない。

 その結論は既に乃亜の中に確たるものとして出来上がっていた。

 

「悪いな葛城、お前という人間は嫌いじゃないが、ちと旨味が薄い」

「っ、ポイントだ! プライベートポイントで支払う!!」

「───リーダー指名で50、プライベート換算なら5000、クラスメイト全員分で125000、つまり一年で150万、9月から徴収したとして卒業までに合計387万5000ポイント、これで()()()だ。一括で払えるなら後腐れなくスパッと終われるけど、分割だとメンタルに来ない?」

「ッ、…………値下げ、を」

「だとすればこっちの立場が強すぎんだよ。額が下がるのなら条件を飲む必要がまるで無い」

 

 下手に等価値よりも下回った条件で乃亜が契約を結んでしまえば、その後の交渉時にでも舐められた態度を取られかねない。

 しかも将来を考えてみれば見るほど、50という数字はかなり大きい。値切られるのならその分の貢献や協力を、という話にはなるのだろうが───……葛城の不幸はきっと、このあまりに好戦的願望が強い乃亜が外交官だったことだろう。

 Aを味方に付ける旨味はあるのだが、突っ撥ねる理由はあまりにも個人的願望が織り込まれている。Aクラスは敵が良いという乃亜のわがままだ。理由を付け加えるのなら、絶対に坂柳は穴をついてこっちの妨害に走る、協力関係の裏でまた更に龍園と手を組んでとかやりかねない。

 時限爆弾が散見される地雷教室Dクラスである、そこへ更なるツングースカを手招くような愚行は冒せないのだ。

 

「まあ恨んでくれていい。……この試験が終わったら坂柳にも言っとくからよ、『葛城にゴチャゴチャ抜かすようなら俺がテメェを虐め尽くすぞ!』って」

 


 

 何とも後味の悪い空気から逃げるように、乃亜はCクラスの拠点の方角へと走って来ていた。

 堂々とした偵察である。あの読書好きな白ボムを届けてくれた龍園君へ挨拶に向かうのである。ついでにAクラスと結んでいるらしい契約内容の推測材料を求めて、はるばる足を運んでいた。

 喧嘩上等の怒号歓迎、一触即発も辞さない覚悟でやって来たのだが───だが、ちょっと予想外だ。

 

「ハッ! 夏を満喫してんじゃんか龍園君よぉ?」

「……来やがったか」

 

 ビーチチェアに寝そべる龍園が、乃亜の姿を見つけた瞬間に臨戦の気配を醸し始める。

 今この場には似つかわしくない、この空気を演出したがっているのは他でもない龍園だろうに、それを壊してでも乃亜への警戒を露にするとは嫌われたものである。こっちはかなり気に入っているのに。

 上半身を起こしてこちらを睨む龍園へ、乃亜は微笑みで返す。

 

「構えんなって。残念なことに今日はコインが無い、没収されちまってな……………………あっ、こ、こいん……いま、おれ、こいん……無かった……………………………ぉ、お前とのゲームはまた今度だ」

「……そうかよ」

 

 口調はぶっきらぼうな癖して、安堵した様子を感じた。……こいつとのコイントス楽しかったのに……この分じゃ相当に追い込まないと、間単には付き合ってはくれないだろうな。

 残念がる乃亜へ異常者を見る目をしながら、龍園は再びチェアへと寝そべった。

 乃亜がいないかのように振る舞う気なのか、厄介な視界情報を取り入れたくないのか、目を瞑ってしまう龍園。悲しいな。

 ───挨拶もそこそこに、乃亜は目の前に広がる光景へ、ついに言及する。

 

「ほんで? お前、今回のゲームは捨てた?」

「そうだと言ったら信じんのか?」

「この光景を見るとなぁ……」

 

 川岸でキャッキャウフフとはしゃぎまわる、Cクラスの生徒たち。

 男女混ざりながら、しかし夏のアクティビティをこれでもかと楽しみまくっていた。1週間の耐久戦という前提が立ちふさがる今回の特別試験の中では、かなり異質な、それでいて思い切りの良い方向性へと舵を切っている。

 各々が身に着ける水着、大きな浮き輪、挙句にバナナボートまでときた。マニュアルの購入品目の中には確かに存在していたが、買うところが出てくるとは教師陣も予想していなかったのではなかろうか。

 おや? どこからかバーベキューの匂いが……あ、あれはシュラスコ!? ……串焼肉……強火炭焼串焼肉……両手の指いっぱいに強火炭焼串焼肉……ま、混ざったら怒られるかしら? 今だけDからCってことにしてくれないかしら? ……堀北にバレたら人肉シュラスコにされるか。

 総じて、Cクラスは信じがたいほどにポイントを使いまくっているという印象、と言うよりも事実が此処には広がっているのだ。

 

「ハッ! そうか飴か、やっぱお前ってちゃんとリーダー出来てんのな」

「何も考えねぇ馬鹿共が多いんだよ俺のクラスは。俺の行動を一つも理解しねえで不満を貯めやがる、だからこうしたガス抜きが必要なのさ」

「ふーん……あー、はいはい、この光景見せて、他のクラスへの精神攻撃もついでにって感じだ」

「考えが回りすぎる馬鹿も厄介だな」

「無能な身内よかマシだ」

 

 Cクラスの拠点、各人数、使用しているアウトドア用具を一つ一つ眺めながら、乃亜は一番……いっっっっちばんに聞きたかった本題をぶつける。

 

「で?」

「あ?」

「椎名ひよりだよ、ひよりちゃん。アレはお前的にどうすりゃ満足?」

「……まさかてめえ、ひよりから何も聞いてねえのか?」

「情報抜かれるのが怖くて避けてる」

「…………」

「な、なんだってんだよその目ぇ!」

 

 何だってひよりの方を憐れんでんだテメェ! 俺だろうがどう考えても可哀そうなのはよ! 暫定的な指揮官だから情報抜かれるのが嫌なだけなんだよ! 本当は俺だって普通に喋ってたりしたいのに! 一緒に並んで焚火囲んで魚でも食いながらゆったりしたいのに!

 外側から俯瞰している綾小路と堀北曰く、ほわほわとした笑みを浮かべながら、乃亜の使っているテント付近をウロウロとしているらしい。めっちゃ怖い、一番情報握ってる乃亜に接触する気満々かよ、意図を隠せよ少しは。

 なんでセーフゾーンであるはずの場所でホワイトグレムリンとエンカウントしなくちゃならんのか。お陰で乃亜は、ひよりが寝静まったタイミングでなければテントの外には出られない。男子複数で雑魚寝するテントで良かった、何かの間違いで一人だけとかなら…………この思考は閉じよう。

 そんな訳で、彼女がやってきた目的が知れない乃亜は、もう親玉から話を聞こうとこの場に来た訳なのだ。

 

「付き合ってんじゃねえのか?」

「───それはともかくだ」

「おい」

「と! も! か! く! ……追い出されたってホラなんぞ信じるかよ、どう考えてもお前の差し金だろ、どうにか鎮火の方法を授けやがれ」

「───いや? 俺は今回の試験ポイントをバカンスで使い切るつもりだったんだがな、ひよりがウダウダ言うもんだからよお、邪魔だってんで追い出してやったんだよ。()()()()()()()は教えてやったがな、ここから出て行って()()()()()たまったもんじゃねえ」

「あー……───そうかよ」

 

 落としどころを見つけるどころではなかった。

 龍園が何をしたいのか、乃亜は理解した。()()()()は、乃亜からすると、結構楽しそうに思える。

 ちらりと、遊び惚けるCクラスの面々を視線の端に入れた。彼ら彼女らは、本心から楽しんでいた。心の底からのアウトドアアクティビティを満喫している。───本心だからこそ、疑惑の目は向きづらくなるだろう。虚像と実益を兼ねた、突飛だが中々に楽しい発想だ。

 龍園のやりたいことも、ひよりから告げさせるつもりだったことも予想はつく。スパイをやらせるのなら、正直ひよりは適任ではない。不自然さが勝つ、知己がいるのなら猶更だ、もっと誰も知らない生徒の方がまだ可能性はあった。

 その程度の想定は龍園だってしていたろうに───では何故ひよりに向かわせたのか。

 

「もう一つ聞くけどよ……『龍園の方針に納得のいかない追い出されたCクラスの生徒』である椎名ひよりは、どんな状況になれば機嫌が直ると思う?」

「───リーダーの正体でも見つければ落ち着くんじゃねえのか?」

「あー、心臓握り合おうってか?」

 

 いいな、()()はやっぱ楽しい奴だ。

 蜥蜴だ蜥蜴だと小さく見ていたが、少し評価を更新させなければ足元を掬われそうな気がする。

 コイントスがそうさせたのか、その後に何かあったのか、それとも単に個人での成長か。まあなんだって構いはしない。

 

「───オーケー、ひよりは今日にでも船に投げ込もうと思ってたけど延期だ」

「クク……目障りだったんじゃねえのか? えらく急な方針転換じゃねえか」

「あー? 楽しそうな展開に繋げてくれるティンカーベルなら話は別だってんだよ。……言っとくが、あくまでも延期でしかないって理解しとけよ」

「ああ、どっちに転ぼうと構わねえさ、上等だ───お前だってそうなんだろ?」

「ハッ! 気が合うね俺ら!」

「冗談抜かしてんじゃねえよ気持ち悪い」

 

 好戦的に、笑みを浮かべて睨み合う。

 悪くない、いいやとっても良い、楽しい奴だなやっぱりこいつは。

 コイツ、もしかすれば、坂柳よりも楽し──────流石に判断するにはまだ早いか。

 

「ならもうここでやることは無いかなー」

「そうかよ、ならとっとと失せろ」

「───と思ったけどちょっと石崎弄ってからでいい?」

「……ほどほどにしといてやれよ」

 

 須藤の件もあって強く言えない龍園は、控えめに乃亜を嗜めた。NOとは言ってない、なので全力である。

 そして乃亜はウキウキで、石崎の方へ勢い良く走り出す───乃亜の姿を視界に認めた瞬間、表情の形も色も全てが絶望へと染まっていくストーンモンキー野郎石崎クン。

 情けない悲鳴を聞きながら、乃亜はこれからの展開に目を輝かせていた。

 


 

 龍園との楽しい会話の後、楽しさの残る足取りのまま、乃亜は最後の拠点へと赴いていた。

 最後の拠点、それは間違いなく最後の砦とも言える。

 一之瀬との険悪な状態が健在であるまま迎えたこの特別試験、それは実質的に言えば、Bクラスと亀裂が出来たまま臨んでいるとも言える。

 オマケに島へ来る前、特別水泳施設の飛び込み台にてぶちかました大演説。

 

 ───次はそこだよ最強グラドルみてぇなビジュしてる一之瀬帆波ェ!!

 ───俺はテメェを視界に入れたくない!!

 ───他の連中も纏めて大したことなさそうで助かったわ!!

 ───ぜひ一之瀬には仲良しこよしの幼稚園運営を頑張ってほしいね!!!! 今後も引率よろしく一之瀬せんせぇぇぇ!!!!

 

 今思えばドン引きなくらいボロクソに言ってた。思い返すたびに「ええ……どうしてこんな怒涛の罵倒が出来んの……?」とか乃亜は思う。夜電話友達とも、アレはひどいよねーだとか、ちょっと言い過ぎだったよねー、とか言ったり言われたりだった、どう会話を誘導しても乃亜が悪いという結論からは梃子でも動かしてはくれなかった。

 ───はてさて、そんな乃亜は実のところ、Bクラスの生徒たちとまともに喋る機会が一度もなかった。それこそ一之瀬くらいか、それも数回に留まるが。

 

(カン)ちゃん拠点みーせて!」

「これ以上近寄るな賭博狂いのサイコパスめ!」

 

 Bクラスの拠点へスキップで向かっていた乃亜を呼び止める声、そう、神崎クンが乃亜にその先へは進ませんと、くさむらから飛び出してきたのだ。

 こうして敵意を直接ぶつけられるのは初めてだったのだ。

 

「んでだよー、俺らの仲だろ神ちゃん」

「馴れ馴れしいぞ! 俺達とお前の仲が良いなんてあり得る訳が無いに決まってるだろう! それすら理解して───いや! お前は理解した上で絡んでくる最低のサイコパスだ!!」

「うーわ的確ぅー……でもサイコパスってのは言い過ぎでは?」

 

 神崎───Bクラスを取り纏める側に立つ、一之瀬の右腕的存在である。

 彼もまた、一之瀬と険悪で、しかもBクラスを扱き下ろした乃亜を敵視する者の一人。……これから行うことを思えば白波でないだけマシか、彼女の憎悪はあの綾小路ですら向けられるのを遠慮するほどらしい。

 本来なら一之瀬本人の様子を見てちょっかいを掛けたかったのだが、まあ二次候補なだけマシと考えよう。

 彼ならば、乃亜の言葉の意味を深く考えて───結局は一之瀬へと伝えるだろう。乃亜の言葉に『意味が無い』と一蹴するのではなく、『意味があった場合の最悪』を想定できる側であると、乃亜はこれまで聞いてきた彼の実力を信じた。白波は……普通に情報を握り潰して何事も無かったような顔で過ごしていそうで怖い。

 

「オーライ、埒が明かない、そんな時にとても公平で平等かつとっても滾る解決方法が…………そうだった没収されたわ忘れてたぁぁぁぁぁ!! 俺の精神安定剤が! 俺の安心が!! 俺のっ、俺の安堵がァァァァァァァァァァ!!!!!!!」

「うわ何だコイツうるさっ! とっ、とにかくお前はダメだ! 俺達のスポットへ入ることを許可しない!」

「……そっか、ならどうしよっかなー」

 

 占有したスポットには、占有したクラス以外の生徒は許可が無くては近寄れないというルールがある。正確には『近寄れない』ではなく『使用できない』だが。拠点の水源などは基本的に自陣を使えよって事だろう。

 何にせよこれで乃亜が一之瀬との面会する線はほぼ絶たれた訳だ。こうなってくると、綾小路と堀北に作らせていたパイプが生きてくる。

 

「えー、綾小路と堀北はどうなんよー」

「あの2人は信用に値する人間だ。お前みたいなクラスメイトを見捨てる奴なんかとは違う」

「えー? 俺見捨てたっけかなー? どれのこと言ってんのぉ?」

 

 笑いながら、乃亜はそういった。……いやぶっちゃけそんな楽しい気分でもないが、これも腹芸の一つという訳だ、頑張ろう。

 乃亜は須藤暴行事件に一切関与していない、それが神崎の中の結論のようだ。綾小路と堀北はやはり信頼できる友人だった……堀北は「はあ?」とか言いそうだが友人ということにしておこう。

 Bクラスの拠点へあの2人は通れる、それだけ知れればまあ良い。

 

「……やはりそうか、須藤達を赤点から救ったのにもどうせ合理的理由などないんだろう、その方が()()()からなんてふざけた理由に決まっている」

「…………ま、まあ? 俺が()()()のが一番だしー?」

 

 理由がその通り過ぎてビックリした。よく他人の心中を言い当てる乃亜だが、逆にズバリと当てられるのはあまり無い。日本語ってすごいね、一つの単語で真反対の印象を持ち合わせるんだもの。

 

「それをお前は……───須藤のあの姿を見て、何も感じなかったのか」

「べっつに~」

「…………そうか、ならやはりお前を一之瀬と会わせる訳にはいかないな」

「? 一之瀬に会いたいって俺言ったっけ」

「それ以外に考えられん。あんなイカれた、堂々と2人で大量のスポット占有など、お前のような2分の1のギャンブルが好きそうな奴以外には考えつかない作戦だ。そして佐々木の作戦を採用するのなら、佐々木自身がクラスに於いて指揮する位置に立たなければ実行もできない、批判を封殺できるほどの指揮権をお前は持っている」

「ほーん?」

 

 ごめん一之瀬、乃亜は直接そう言いたい気分でいっぱいだった。ちょっと一之瀬帆波以外の生徒は舐め腐っていたまである。

 てっきり『一之瀬帆波が運営する風見鳥教室〜』がBクラスの実態かと思っていたが、自分の頭で考えられるのは居るようだった。しかもコイツ結構鋭い気がする、喋りながら乃亜の反応を見ている、乃亜のリアクションに応じた答え合わせをしようとしているのだ。……欲しいなコイツ、堀北ほどに成長幅があるかは分からんが、育成するのは結構楽しそう。

 クルーズ船で坂柳と話していた与太話、意外と悪くないかもしれない。

 

「現時点のDクラスのトップへ君臨しているであろうお前が他クラスのスポットへ赴く理由なんか、片手の指でも余るくらいだ。特に中心人物の様子は確認しておきたいだろうからな」

「……よく喋るやつじゃねぇか、いいね、お前みたいなのは嫌いじゃねぇよ」

「他人を暇潰しの玩具にしか考えないサイコパスに好かれるなんて悪い冗談だ」

「うんごめん、俺ってその手の敵視が結構好きだから逆効果なんだわ」

「……狂人め」

 

 いいなぁ、コイツ。龍園ほどじゃないけど張り合いがある。───ああ、気に入った。

 Bにも骨の在りそうなのはいるのだと認識できた。それだけでもこの来訪未遂は成功と言える。

 では伝言だけを残して乃亜は去ろうか。

 

「ほんじゃぁ()()()()()()()伝言を勝手に話すから、伝えるかどうかはお前で判断してね? ───お前が俺の言葉を聞かなかったことにしても、別に()()困らない」

「……」

 

 そう、意味を考えられる奴であるほど、頭が回るほど、情報を取りこぼすことの致命性を正しく理解している。

 そして、幸か不幸か、神崎は理解できる側だった。

 

「AクラスとCクラスが何かしらの契約を結んでいる。内容は───いや、やめておくか……『まだ語る時ではない』ってやつだなこれは」

「……名探偵気取りか」

「なーんかどっかの本の虫曰く、俺は教授の方らしいけど」

「納得だな」

「ひでぇや」

 

 乃亜の一言を最後に、神崎との邂逅は終わり、その場から踵を返した。

 快く───うむ、乃亜的には非常に快い会話であったと自負していた。

 


 

 安心できない白ボムが潜む我がマイホームへ戻って来た乃亜。……ひよりは留守らしい。食材探しの手伝いでもしているのだろうか。

 今の内にとあたりを見まわし、ほどなくして目的の人物を見つける。

 木に腰掛けながら、何やら乃亜の渡したメモとマニュアルとを見比べている堀北へと声を掛けた。

 

「あにしてんの」

「……龍園君のスポットへ行ってきたのよ」

「あー、入れ違いになったか」

「やっぱりお前も向かっていたんだな」

「いてっ」

 

 乃亜の背中へ声を掛けながら、綾小路が肩パンを喰らわせてくる。……よかった、殺人的なスクリューナックルじゃなかった、彼も成長したのね。

 さて、今はひよりもいない訳だし───色々喋ってしまおうか。

 

「俺からパパっと報告すっぞ」

 

 そう言うと、堀北はマニュアルにメモ用紙を付箋代わりに挟んで、聞く体制を取る。

 綾小路は聞く意識をこちらへ向けながら、視線はあたりへと巡らせてひより警報の役割を取るつもりらしい。すごい助かる、お前何でもできるなぁ。

 

「状況証拠での推論でしかなかったAクラスのリーダーは確定した。実際に交渉の段階までいってたからな、まず間違いない」

「そう。葛城君のことはあまり知らないけれど……少し気の毒ね」

 

 とどめを刺すに至った原因の張本人が何か言ってる。堀北が機転を利かせて葛城たちへ存在を知らしめなければ、交渉という土台は作られなかったのだ。そうなっていれば、AとCとの繋がりにも気が付かなかったかもしれない。堀北、ぶっちゃけ君は現時点でも今試験のMVP候補である。船に戻ったらお小遣いを渡しておこう。

 

「あれは絶対に佐々木のせいだ、船での精神攻撃のせいだ、坂柳に散々言ってはいるが佐々木も負けていないと思う」

「……なん……だと……? ───お、ぉお、おかげで大きなリードに繋がってんだ、せ、ぇせせ戦略的とととと言ええ」

「動揺するだけの権利はお前に無いぞ」

 

 ええいうるさい綾小路である。

 

「…………交渉時に、AとCが繋がってるって反応が見て取れた」

「繋がりか……具体的な中身は計れなかったか?」

「うーん……葛城は……そうだな……ポイントでの解決も渋ってた感じはあったな。もしかしたら龍園との間で───ああ、そうだ、多分龍園が葛城にポイント売ったんじゃねぇの?」

「売った、か」

「───その話に口を挟んでもいいかしら」

 

 無言で聞いていた堀北が、先ほど閉じていた筈のマニュアルを開きながら言った。

 付箋として挟んでいたメモも同時に見せながら、である。

 

「メモ……───ハッ! テメェマジか!? あそこの全部を数えてやがったとはよ!!」

「ここに書かれているのは、Cクラスが使っていた購入品のリストよ」

 

 乃亜はざっくりと記憶していた程度だったが、堀北の書き込んでいたリストを眺めていると───大きく分かりやすい物は当然のように、そして水着のような紛れてしまいかねない小さな物まで、個数までもが記入されていた。

 まさか龍園の目の前で書き込むようなアホな真似はしていないだろう、だとしたら記憶していたのか、観察しながら、どれが幾つあるのか、食料や水といった物ですら!

 

「飲食物は空のペットボトルや包装のゴミから算出しているわ。……他もそうだけど、流石に正確無比とは言い切れない、隠している物資がある可能性もあるからそのつもりでいて」

「いやいや期待以上じゃねぇか!! これでCクラスがどの程度使ってるかってのが大体わかる!! これ全部お前1人で───あー? そうかい綾小路も使ったのか!!」

「人使いの荒い堀北だったな……水底の砂利の隙間も見ろとか無茶苦茶を言ってたぞ」

「龍園君の策を見破る手掛かりのためよ、文句は受け付けないわ」

 

 記憶力の保管に人を使う、単純だがとても良い。そも物品を全て記録しておこうなど、以前の堀北ではまず考えつかないであろう突拍子も無い考えだ。

 いいな、とっても良い、分かりやすい成長の証に乃亜はとても楽しくなってしまう。

 

「ザックリとしたものだけど……見て分かる通り、Cクラスがあれだけ豪遊しても100ポイントに届いていないの」

「あー、確かに……残高は200ちょいある筈だな」

「ええ、このまま明日明後日と遊んでいるだけなら龍園君の言葉は真実なのでしょうね。けれど───明日にでも大勢がリタイアしていたのなら……」

 

 この試験中は、理由を問わずリタイアした時点で30ポイントのマイナスだ。

 使い切ることも無く大勢がリタイアなどもったいないなんて話じゃない、もはや考えられない、或いは『あり得ない』だ。

 だが、もしも、その『あり得ない』が起こったのなら。

 

「残った200は他のことに使っている、か。そして佐々木の『売った』という推測」

「そこは裏取れてないんだよな……結局交渉も決裂して終わったし」

「お前がか? それほどに手強い相手か、葛城というやつは」

「というか交渉するほどの旨味を出せて無かったな、俺らで50当ててクラスポイント上げる方がよっぽど良かった。……プライベートポイントと引き換えも一応提案したけど値切ろうとしてきたんだ。龍園が200余らせて終わらせようとしてんなら、Aクラスがポイントを値切ろうとしてきた理由も分かる気がする」

「Aクラスは、Cクラスのポイントを既に買っている。……その可能性があると覚えておきましょう」

「堀北の言う通りだ、これ以上発想を広げてもしょうがないだろう」

 

 龍園の『提案』、ひよりとの『お話』、この二つはまだ不確定が多い。共有するにしてももう少し整理してからだろうか。

 ───乃亜の好きなように、楽しい方向へ持って行きたいし。

 

「じゃあ次はBか。俺は神崎に門前払い喰らったわ」

「だろうな」「でしょうね」

「仲良し共を仲良くぶっ飛ばそうかな」

 

 拳が唸りそうになるが、ワクワクしているアホノ小路を見つけてしまったので止む無く鎮めた。……シュンとすんな戦闘民族か貴様は。

 

「Bクラスへは私たちが先に着いていたようね」

「マジ? 神崎そんなん言って……くれねぇかそりゃ」

「佐々木乃亜の名前を出したらすごいことになっていたわ」

「すごいことに」

「オレが一之瀬に佐々木との関係性を聞いたんだ、面白そうだったから」

「なんでそんな挑発的なの」

 

 国を挙げての怨敵の名前とかそんな扱いなのだとしたら、この無表情の綾小路、中々にスリルを楽しめる素質を持っている逸材なのかもしれない。

 

「聞いた瞬間にはスポット中の敵視を独り占めだ、下手なホラー映画よりも怖いと思うぞ」

「ドヤ顔するような話とは違うと思う」

「……一之瀬さんには私が話をしておいたわ。前日のこともあったし、スムーズに進んだわね」

「ふーん、じゃあまあいいか」

「Bクラスの様子は聞かないのか?」

「どうせ当たり障りない守りの姿勢でしょ?」

「自分たちからは動かない、節約しながらのキャンプ体験を楽しもうという方針かしら」

 

 現状2位、初回の特別試験、様子見に徹する構えは間違ってはいない優等生的発想だ。

 

「───そして、Cクラスの生徒が一人いた」

「あー、やっぱりか」

「佐々木君の予想が当たったわね。()()()あのメモも渡しておいたわ」

 

 そして、一息つく。

 現状の共有はこんなところだろうか。

 

「オッケーオッケー、いや良いね、特に不確定要素が多々あるのがとってもいい」

「仮のリーダーになったのに、責任感の無い発言は相変わらずね」

()か」

「ええ、私が成り替わるまでの暫定に決まっているでしょう」

「ハッ! 言うじゃねぇの未熟者が!」

 

 特に、堀北が想像以上で、とても良い。

 やはり最高のゲームだ、この特別試験は。

 


 

 高円寺との日課となったスポット占有Rushを終えて、夜月を見上げる時刻。

 焚火を眺めながら、乃亜とその左隣には、ひよりが並んで座り込んでいる。

 木材が燃えていく厳かな音が響く中で、ぱきりと、火の中の薪木が割れた音がした時、乃亜は切り出した。

 

「目的は?」

 

 自分たち以外には誰もいない、高円寺や綾小路が気配を消していれば流石に断言はできなくなるが、少なくとも話を聞かせてはならない者は全員眠っている。

 乃亜が切り出してきた意味と背景すら察したひよりは、炎に照らされた頬をほころばせながら口を開いた。

 

「乃亜くんは、何を目的としているのか分かりますか?」

「カードキー」

「はい、正解です」

 

 嬉しそうに、彼女は答える。

 何が楽しいのか、乃亜には分からなかったけれど。

 

「すんなりと認めんだな」

「乃亜くんが相手では、面と向かって聞かれた時点で露呈してしまいますから」

 

 困ったように、また笑った。

 

「口頭で満足できんの?」

「龍園くんは用心深い人です」

「記録媒体を持ってるのか」

「はい、正解です。デジタルカメラですね」

 

 ポイントで購入したものか。となれば龍園の本来の策の全貌も見えてくる。輪郭は殆ど掴んではいるが、やはり鮮明にさせるのなら、明日のCクラスの様子を伺わないことにはままならない。

 ひよりはカメラをポケットから取り出す素振りも無かった、となれば離れた場所に隠しているのだろう。

 

「ん」

 

 乃亜は、自分のポケットに仕舞っていたカードキーを、ひよりの手の中へ無理やり押し込めた。

 

「えっと……いいんですか?」

「写真撮るまで居座るつもりなんだろ。目障りだから、早めに撮って早めに帰ってくれ」

「……私、少しは乃亜くんと仲が良いと自負していますけど」

「あー……ごめん、ちょっと態度がフランクになってるかも」

「雑な扱いって言うんですよ、それ」

 

 頬を膨らませたしかめ面で、乃亜を子供のように睨みつける。

 白い肌が膨らんで、白い髪を押し上げて、焚火の明かりが淡く照らす……餅が焼けてるみたいで可愛かった。

 

「ひよりが居座ってたとしても、俺は偶然を装ってカードを見せてる。その意図もひよりなら理解されちまうだろうから、ならもういっそ見せちまった方が早いだろ」

「こういった駆け引きは乃亜くんの楽しむところだと思っていました」

「既定路線が見えてんなら端折りたい性格だよ、俺は」

 

 だからこそ先の見えない交渉なんかが楽しいし、或いは決まった道筋だとしてもテンポよく進んでいく会話も楽しい。

 ひよりのような頭が回る者との会話は、やっぱり楽しいのだ。

 

「ふふっ、これでまた一つ、新しい乃亜くんを知れたんですね。立候補してまで来た甲斐がありました」

「その為だけにここに? ……もの好きめ」

「乃亜くんがどんなシナリオを描いているのか見てみたかったんです。全てをアドリブで楽しむつもりかとも考えていましたけど…………いえ、ですが、だとすれば腑に落ちない点がいくつかありますね」

「その辺諸々龍園に報告すんの? 別にいいけど」

 

 薪へと小さな枝を戯れに放り投げながら、本音を誰にも憚らず紡ぐ。

 多分だが、どうあってもこの戦いは勝ちが確定している。あとは過程をどれだけエキサイティングに楽しむか、そこに注視していればきっと勝てる。

 何故なら、乃亜の『楽しむ』とは勝利への尽力とイコールだ。勝つための行動が楽しくてしかない。

 楽しめば楽しむほど、勝率はどんどんと完璧へと近づいていく。

 佐々木乃亜とは、そういうイキモノだ。

 

「どうしましょうか……伝えるべきですけど……困っちゃいますね」

「何に」

「依怙贔屓をしようかどうか、です」

 

 膝の上に置いていた左手の甲に、ひより白磁の指先が優しく触れる。

 熱い、これは……焚火に熱された? それとも…………甘い予感が頭をよぎった瞬間、見計らったように、ひよりは指を乃亜の甲に絡めてくる。指先が隙間を通り抜けて、乃亜の手相へとかすかに触れる。

 くすぐったさに身をよじりそうになるが、頑張って耐える佐々木乃亜高校一年生だった。

 

「あー……───()()()()?」

「Dクラスのリーダーの正体を? それとも……自分からリーダーカードを見せたこと?」

「両方で構わない、手の内バレる危険性の方が楽しそう。……全部纏めて踏み砕くから、安心しとけって伝えとけ」

「龍園くんが怖がっちゃいますね」

「だってしょうがないじゃん、龍園と遊ぶのはけっこう楽しいもん」

 

 結局は───こうなるのだ。

 チームとして動くのなら、悪手の選択肢を乃亜は今とった。教えるなんて馬鹿な事をしたものだ。だが、でも、乃亜はやはり己の楽しみを追求したくなってしまう。

 ひよりが傍にいると、我慢が効きずらくなる。

 中身を乱される、なんて女だと恨みを込めて睨めば、聖母のような面持ちをしてほほ笑んだ。

 

「ぁ──────それで?」

 

 頭を振って、思考を切り替える。

 見惚れているような時間ではないはずだ。

 

「……やっぱり乃亜くんに隠し事は難しいですね」

「ハッ! 食えない女だな。俺が何にも言わなかったらどうなってたことやら」

 

 乃亜の言葉と動作を見て、残念そうにひよりは言う。

 

「互いの首根っこを掴む為にリーダーを把握し合う必要があったんだろ? ひよりを選んだのはメッセンジャーであり交渉人、俺がCクラスのスポットを視察することを予想して、龍園の作戦の概要を高い精度で予測することすら予想通りってか? 回りくどい真似しやがって」

「その割には、とっても楽しそうですね」

「交渉相手がお前で良かったよ、他の連中じゃ情報抜いて捨ててただろうし。……んで? 龍園の目的はなんだ」

 

 一際大きく薪が割れる。

 火の粉が少しだけ派手に散っていく。

 除ける素振りも無く、白い少女は炎の塵に包まれて、そして微笑みながら言った。

 

「AクラスとBクラスの蹂躙、だそうです」

 

 ハッ────────────あはぁ。

 

「蹂躙! 蹂躙ときたかよあのリザードマンはァ!」

「あら、トカゲさんからランクアップしてたんですね」

「なるほど、そうか、しかしひでぇな人の心ってのが不足してんなあいつはよォ! Aクラスと結んだ契約はいいのかよォ! ───ハッ! だからDクラスを使おうって魂胆かァ!!?

 そんでBには俺はアプローチを掛けられない!! 何せ門前払いだ、小細工も仕掛けようがねェ! だからDクラスがCクラスを使って、Bクラスを潰す!!

 成程ねェ……ハッ! 悪くねェ! おいめちゃくちゃ楽しそうな提案じゃねぇかよ!!!!」

 

 龍園の提案とは、平たく言えば停戦協定だ。

 少なくともこの試験では、互いに潰し合うことはしない、と。

 その他を潰すのなら、互いの力と情報を利用しよう、と。

 停戦の証として、互いのリーダーの正体を掴み合おう、と。

 

「決断はできましたか?」

「ハッ! ──────あったりまえだろ」

 

 答えは、すぐに出た。

 

「俺は────────────

 

 答えは、焚火が薪を割る音に紛れて、よく聞こえなかったかもしれない。

 けれど、ひよりには、確かに届いていた。

 だって彼女は、乃亜を見て、これ以上ないほど愛らしく微笑んでくれていたから。

 


 

 次の日。

 高円寺とのスポット占有を終えて、Dクラスのスポットへ戻ってきた乃亜は、全員を集めた。

 

「あれ? そういえば椎名さんいなくね?」

「昨日の内に船に帰した」

 

 山内の疑問に即答で返す乃亜。

 乃亜へと文句を垂れる男子が多数いたが、それを白んだ目で睨む女子も多数いたが、そんなのはどうでも良かった。

 ()()()()()()()()()()、それだけで乃亜は胸がいっぱいだった。

 彼女はきっと、龍園へ伝えるべき事を伝えたはずだ。

 龍園はそれを聞いて───笑っているのなら、いいな。

 

「みんな、聞け」

 

 焚火に照らされた密談の答えを、今、乃亜はDクラスへと明かす。

 

「俺達は、この無人島特別試験で─────────」

 


 

『俺は────────────龍園とは組まない』

「フラれちゃいました」

 

 少しだけ不満な少女は、船に用意されている自室のベットで、転がり回って機嫌を正そうとしていた。

 だが、無駄な行為だった。

 他ならぬ少女自身分かっているのだ。

 自分の誘いを袖にされたこと以上に、佐々木乃亜の『しでかし』の顛末へ期待が膨らんでいる事を。

 

「今回は、悪魔さんの出番は無いんですね」

 

 それだけがちょっぴり残念だが、でも。

 焚火に照らされた、自信に満ちたあの横顔は、何とも言い難い価値が有るように思える。

 結局顔はにやけ始めて、けれど思い出したように不機嫌を装う。でもまたにやけ始める。

 その日は一日中、本を読む時間は無かった。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年は、楽しそうに笑ってこう言った。

 

「─────────Bクラス(一之瀬)と同盟を組む!!」

 


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