All or Nothing   作:真の柿の種(偽)

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勝利は、もっとも忍耐強い人にもたらされる

「俺達は─────────Bクラスと同盟を組む!!」

 

 唖然とした顔がいくつも見える、口を開けて乃亜の発言の意図を精一杯汲み取ろうと努力している顔がたくさん、しかし言葉の意味を嚙み砕けた者は少ない。

 そうして数分のフリーズした世界を我先に脱したのは、やはり平田や櫛田、幸村のような存在。

 だが口々に出てくる言葉の速度は、中身も無く喋るという現代学生らしさが染み付いている他の生徒に軍配が上がった。特に、好き勝手自由にクラスを支配しつつある乃亜が気に食わない軽井沢は、真っ先に乃亜を責め立てようとしていた。

 なので、乃亜はその口が開かれる前に、追加の特大決定済事項を叩き込むのだ。

 

「実はもう一之瀬との話は俺が付けてちゃってたりする!!」

「「「「「!!??!?」」」」」

 

 いつの間に、どうやって、よりにもよって佐々木乃亜が、多くの疑問が浮かぶだろう。しかし指摘させるような隙を乃亜は晒さない。

 例外の数人を除き、その宣言の嵐について行けている者は居ない。

 好機を見逃さない本能こそがギャンブラーの───投資家としての本懐。故にこそ、乃亜のゲームメイクは更なる加速を見せる……!

 

「後は実行のタイミングだな、そこをトチれば形勢は一気に変わっちまう。……だぁがしかぁーし! 逆に言えばタイミングさえ間違えなけりゃぁまず間違いなく今回のゲームは大勝ちワッショイピーポーって訳だぁ!!」

「何勝手なこと言ってんの!? 無理に決まってんじゃん!」

 

 皆の意志を代弁した叫びが、女性らしい高音でクラス内へと響き渡っていく。

 そう、乃亜と一之瀬の確執は既に学年全体へと知れ渡っている。やれ乃亜が一之瀬を慰み者にしただとか、ポーカーで裸にしたとか、遊ぶだけ遊んで捨てたとか、根も葉もない悪辣な風評が蔓延していることなど百も承知。それを肝心の本人たちが否定もしていない、それも三か月間もだ、経過した時間が噂の信憑性をほのかに上げ続けているのも知っている。

 一之瀬は乃亜が視界に入れば、過剰なほどに睨みつける。

 乃亜は一之瀬が視界に入れば、情の宿さない顔をして存在していないかのように振る舞う。

 険悪である、ただそれだけが一年生の間で形成された事実。

 ()()()()()使()()()と乃亜は踏んで、スピーチの熱は更にボルテージを上げていく。

 

「ハッ! 異論を言いたくってうずうずしてやがる奴ら特にそこの軽井沢とか軽井沢とか軽井沢ぁ! 悪いがこの作戦は一之瀬と協力して現在進行形で動いている!! これを途中下車するってこたぁ一之瀬との協力関係もこっちの都合だけでぶっち切るってことにも繋がるって訳でぇっっす!! 

 そして俺は昨日Cクラスにドデカイ喧嘩を売ってきたぜ!! Aクラスの弱みを背骨ごと掴んで情報カツアゲもしてきたぜ!! そんな中でBクラスとの亀裂が決定的になっちまったらどうなるのってぇ!? そりゃ四面楚歌確定ですね!! とってもとってもとぉぉぉっても楽しそうな展開になっちまうんだよね!!!! ……………………───あはぁ」

「何をしているのバカノ小路君、貴方の同類でしょう何とかしなさい、早く止めないとアレは本来起こり得なかった筈の大災害を引き起こしてしまうわ」

「あんな特大のバカと一緒くたにされるのは人権の侵害だと言えるぞ、むしろお前がいずれ討ち倒すんだろ今からでもやっちまえよ、間に合わなくなっても知らんぞ」

 

 好き放題言いまくる友人の声は聞こえない、そういうことにしておいた乃亜だった。

 

「──────残念でしたDクラスのみなさぁん!! 俺が気に食わないだろうと従わなくっちゃいけない段階にまで入ってんだよ既にねぇ!!!!」

 

 不満の顔すら出てこない、どうすればいいのか、どう舵を切るのが正解なのかを誰も分かっていないのだ。「なんか突然クラスの指揮権ぶん捕った奴が無茶苦茶やり続けてる」、文字に起こせばこれだ、正しい道筋など誰も理解出来やしない。

 他ならぬ乃亜が、誰にも理解させることの無いように、それでいて従わざるを得ないように。

 パフォーマンスこそ派手ではあるが、こんなものは傀儡政治と何ら変わらなかった。或いは独裁支配だ。

 

「不満上等!! 平和主義の奴らにゃ悪ぃが、軋轢を孕んだままでも俺の指示に従ってもらうぞ!! おらぁキリキリ働け軍隊蟻共!!!!」

 

 そして独裁政権とは、有能さを示し続ければ、意外と人々は従うのだ。生半可な意見は封殺できるという自信もあり、乃亜はいっそ堂々と「お前ら奴隷な」と宣い続けるのだ。

 

「あー、そうそう、もうAクラスのリーダーは見つけてるから」

「「「「「!!!???」」」」」

「Cクラスも2人くらいまでには絞れてっから、これからの詰めはみんなでテキパキ頑張ろー」

 

 衝撃的かつ不意打ち気味で、そして実に有益な情報を、断片的に共有していくこと。

 人の心理へストンと入り込むように、乃亜の発言力の上昇は留まることを知らない夏だった。

 


 

 無人島特別試験、3日目の午後。

 高円寺との日課のスポット占有Rushを終えた乃亜は、高円寺と別れ、Aクラスのスポットの方角へと向けてのんびりと歩いていた。

 額の汗を拭い、木漏れ日を溢しながら風にそよぐ、青々しい木々の空を見上げる。

 天気は悪くない、快晴とはやはり気分が良かった。森の葉が作り出す天然の遮光も、なんだか心を落ち着かせる柔らかさに満ちている。ネイチャーセラピーというものか、コンクリートジャングルの中で育ってきた乃亜としては、大自然に身をゆだねるという経験は新鮮で、中々に楽しい。

 ───きっと、これから始まる人との対話の方が楽しいだろうけど。

 どんな手札の出し方を見せてくれるのかを期待しながら歩いていると、草木が開けた空間に、見覚えのある黄色ポニーテールを発見する。

 無視するのも不自然であると判じた乃亜は、親しみを込めて彼女を呼んだ。

 

「何だよ、奇遇じゃねぇか別荘女」

「もしかして今……私のことを呼んだとか言わないよね?」

 

 不躾な声に眉をひそめながら、乃亜の進行方向に見つけた女生徒が振り返る。

 

「ご不満かよ、別荘地と言えばだろ、大層立派なお名前じゃねぇか」

「……軽井沢だからってこと? わっっかりづらい上につまんなすぎ。何なの? 自分は頭の回転が速いですアピール? そういうのウザいんだけど」

「オツムの出来も洞察力も、何から何までお前の上位互換と自負しておりますれば!」

「これだらからやだねー、友達の少ないコミュ障って、勉強できるのが一番とか思いこんじゃってさ。堀北さんともお似合いなのも納得だよねー」

「お前の周りにいるのが本当の友達ならなぁ~、説得力もあるんだけどなぁ~、ちーっとばかしお前の言葉は薄っぺれぇんだよなぁ~……───なんでだろうね不思議だねっ!」

「っ……本気でムカつくんだけど」

 

 人を食った笑顔で平然とする乃亜と、自分の内側へ土足で踏み込まれかねない気配を察してか、警戒の目つきをいからせて乃亜を睨む軽井沢。

 乃亜との会話を続けるほど、彼女の苛立ちの段階が徐々に上がっていく。変に雑談で間を潰そうとしていれば、このままでは怒ってどこかへ消えてしまいかねない。……いけないけない、張り合いのある会話が楽しくって、ついからかってしまいたくなる。打てば響くというやつか、単細胞にほど近いからこその会話のテンポの良さを、乃亜は少し気に入っているのかもしれない。

 シンプルに煽り合うのが好きな説は置いておこう、佐々木乃亜の性格が悪い、それはちょっと考えないことにしておく。

 個人的な楽しみはまた今度にして、乃亜は状況を進めるための茶番を再開させた。

 

「んで、どうしてここに」

「別に何だっていいでしょ、あんたに一々報告しないといけない訳?」

 

 にべもない態度で一蹴される乃亜。

 軽井沢の中にある敵意は本物だ、それでいて良い感じにボルテージも上がっている、頃合いであると判断した乃亜は、背後の木の陰に隠れていた男生徒へ喋りかけた。

 

「───そんでぇ!? Aクラスじゃ隠れんぼが流行ってるらしいなぁ!! ええ!? どうなんだよジャスティス・ハシモトくぅん!」

 

 張り上げた声は、森に吸い込まれてしまわないように。そして嘲笑うような視線を、一方向へ向けたまま固定させる。

 沈黙はあった、やり過ごせるのかもしれないという期待も、一分ほどの沈黙に軽井沢が思わず乃亜に「頭おかしいの?」とか言い出しちゃったりもしたが、乃亜の確信は揺るがない。

 何も言わずに笑い続ける乃亜に観念したのか、藪を踏み潰しながら、金髪の男子が木陰から出てきてくれた。……引き気味に笑いながらなのは失礼だと思う乃亜だった。

 

「怖すぎるだろ、何で分かんだよ」

「雰囲気、直感、状況、違和感、何となく」

「……聞いたところで何一つ感想が変わらないな」

 

 大声を出さずとも会話ができる距離へと近づいた橋本には、極度の恐怖と警戒心、同様の規模での()()()の色が見える。

 即座に判断材料を述べていく乃亜へ、坂柳の忠実?な下僕である橋本は、引き笑いを更なる歪な形へと進化させてしまったが。……綾小路だってこれくらいできるのだ、アレがもしも仮に億が一の可能性で、本人が自称しているように『普通』なのだとすれば、乃亜だって普通の高校生である筈だ、多分そうだ、きっとそうさ、めいびー。

 与太な思考をしながら、ふとした疑問を橋本へと渡してみた。

 

「神室チャンネーじゃねーのか」

「佐々木とは顔を合わせるのも嫌だってよ」

「『坂柳に迷惑させられてます同盟』なのに!?」

「少なくとも佐々木はそこに属せるとは思えないけどな」

 

 橋本は軽く笑って、人の緊張をほぐすような雰囲気を浮かべながら肩をすくめた。

 失敬な男である、まるで乃亜もどっこいどっこいで迷惑を掛けているとでも言いたげな! そんな色をしている! そんなこと考えるようなら乃亜だって怒っちゃうぞ! 橋本クンの隠してそうな忌まわしいであろう過去を、全クラスが見ている前で自ら曝け出さざるを得ない状況も作っちゃうのだが! 本気出すのも辞さないのだが!

 

「……っ? 何か、絶望的な悪寒が……するような」

「そっか風邪か、水分多めに採れよー」

 

 謎の予感に襲われている橋本だったが、乃亜からすれば知ったこっちゃない。

 早いところ本題を済ませたい。

 

「葛城が呼んでんだろ、案内よろしく」

「そうなんだが……折角だしどうだ? そっちの子も一緒にさ」

 

 橋本は、若干の疎外感を感じていたであろう軽井沢へ、そう提案した。

 この時点でAクラスが今回どのような材料を持っているのか、候補は大きく絞り込めた。

 前回のようにAクラスが一方的に不利な内容なら、相手の人数を増やそうとはしない。場所も場所だ、アウェーの空気を少しでも和らげるような選択はしたがらないのが人間の常道だ、そして葛城はそういったセオリーを遂行するのが得意な人種と乃亜は推測している。

 Dクラスのギャラリーを増やす理由、大きくあるとすれば動揺の拡大が主か。

 乃亜が不利な情報を自分の内だけで処理することをさせないように、集団にとっての不都合な情報が軽井沢の口を通して広がっていくことを期待している。無論ながら、木偶の坊を増やして脆弱な部分を突きやすくする、そういった意図も多分に含まれていそうだ。

 既定路線は見えてはいるが、取り敢えずのダメ元の風を装いながら、橋本の声を遮るように乃亜は告げた。

 

「連れてく意味が特にねぇな」

「まあまあそう言わずに、な? アウェーな空気も多少はマシになるだろうし」

「分かってねぇな、針の筵でのブレイクダンスこそが最高に楽しいんだろうが」

 

 おいこら、異常者を見る目はやめんか。

 

「さっきから何の話をしてんの」

「Aクラスとの交渉にお前を参加させるか否か」

 

 軽井沢へ、気が乗らない顔を演じながら、渋々と答えた。

 すると彼女も、少し考えるような()()()()()()()、乃亜を睨みながら決断の意を示す。 

 

「私も出る。あんたに知らないところで好き勝手されるのは気に入らないし」

「あー…………いいか」

 

 悪くない、9割以上がアドリブでいいだろと考えていたが、期待通りには合わせてくれる軽井沢へ心の中でグッドボタンを秘かに押す乃亜だった。苛立ちはマジだろうが、それがむしろ良い塩梅になっていると軽井沢本人も理解している、そんな色があった。

 きっと自分や綾小路や坂柳基準で考えているから悪いのだろう、だからこの無人島に来るまで、軽井沢の有用性と適正について気が付かなかったのだ。……いや中身スカスカ骨粗鬆症メンタルなのは変わらずのようだが。

「仕方なし」と言いたげな様子の乃亜を見て、満足そうに橋本は頷いていた。

 

「決まりだな」

 

 そうして先導する橋本の後ろを、乃亜と軽井沢がついて行くという、何とも珍しい組み合わせで森を抜けていく即席一味。

 一応のダメ押しとして、道中も、ほんのかるーい口喧嘩は欠かさないのだ。

 

「軽井沢、お前は一切口を開くなよ。何なら表情も出すな。ああ、耳も塞いだほうがいいな。視線の動きも怖いから目ぇ閉じてろ。全身の動きは……5ミリくらいの動作ならまあ許可してやるか。そんで交渉が始まった瞬間に洞窟から出てけ、そして鼻息も止めて、最後に意識も閉じて心臓も停めれば来世で花丸マークをやるよ」

「どれだけ参加させたくないの!? もうあったまきた! 絶対参加してやるから!」

 

 かるーい口喧嘩にも関わらず、演技も忘れてマジ切れしていた軽井沢がそこにはいた。……そうかこの女、自らを構成するキャラクター性のせいで、自分を低く見積もるような発言には本気で憤らなくてはならないのか。生きづらそうでかわいそうだね。

 

「うぇー、マジかよお荷物背負って交渉とかきちー」

「女の子にそんな酷いこと言うもんじゃないぜプリンス様」

 

 内心ほくそ笑んでるヤツが何か言っていた。

 

「女の子ぉ〜? ハッ! ヤマアラシ(ヒストリクス)モドキなんぞに性を感じるものかよ! 俺は『善性に満ちた』『胸の大きい』『に・ん・げ・ん・の』『女の子』に惹かれるのでね!」

「バカにされてるのくらいは分かるんだけど」

「おおっとぉ〜、こいつは驚きだぁぜぇ〜ぃ、齧歯類ちゃんにもぉ〜、霊長類サマの意図が伝わるとはぁ〜、思わなんだぁ〜?」

「こいつっ……!!」

 

 舌を出して、両手を顔の横でひらめかせながら、目は思いっきり笑わせるのだ。直情型にはこの手に限る。

 そうして軽井沢で遊びながら歩いていると、橋本クンがとっても不思議な事を言いやがってくれましたのです。

 

「煽り方が姫さんとそっくりだなー」

「ハッ! 随分と楽しい冗談を抜かすね橋本正義ィ──────撤回と不審死、どっちだァ」

「撤回だ撤回、超撤回する」

 

 いやはや危なかった、腕時計のシグナルが1人分消えるところだった、あぶないあぶない。無人島、故に返り血を浴びずに済ませる手段は結構思いつく。軽率な発言には気を付けて欲しい。

「貴方って実は非人間ですよ!」と言われてしまえば、そりゃ怒りの一つや二つは湧くのだ。

 


 

 2度目の対面、場所はAクラス占有のスポットである洞窟内。

 薄暗く、密室、その上敵対クラスの生徒に囲まれているという状況に、臨時オトモの軽井沢は怯えを覚えているようだった。目の前に立つ葛城の見た目の厳つさもあるのだろう、ガタイは良し、目つき鋭し、オマケにスキンヘッドだ、そこいらの普通の学生なら怯えてしかるべき見た目だ。……臆した様子は表に出すまいと、少しだけ過剰に胸を張る姿。

 頭を搔きながら、乃亜は少し思案する。

 そして、乃亜を真正面から睨み、その横に侍る軽井沢を一瞥した葛城は、話を切り出した。

 ──────その前にちょっとだけ!

 

「やっべぇやらかしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

「「「「「!!???!」」」」」

 

 わお、すっごいね、洞窟内というのも相まって大反響。

 全ての視線を独り占め! 緊張感も一気にぶっ壊れ! そうそう、佐々木乃亜クンだけに注目してくださいな! 敵視なんざあればあるほどいいんだから!

 前ぶりも無い唐突な雄叫びに、驚きよりも心配の方が勝っていた葛城。その人の良さにはちょっぴりとだけ罪悪感。

 

「さ、佐々木? その、大丈夫か……?」

「寮の冷房つけっぱだったかもしれんと思い出したんだよねー」

 

 後ろを見る───軽井沢が、呆れ100%の視線をくれていた。

 何にせよ、これでこっちの用意は整ったと言えるだろう。

 顎で促せば、納得がいかない様子の葛城が、溜息を吐いて意識を切り替える。

 

「───まずは再度の交渉の席についてもらい、感謝する」

 

 何とも彼らしいと言えば彼らしい始まりが、幕開けの鐘だった。

 

「あー、いいって気にすんなよ。どうせ()()()()()()()でも見っけたんだろ? そっちの立場が無駄に低くなるだけだから簡単に謝意とか述べんなよ」

「やはり……お前は一筋縄ではいかなそうだな」

 

 乃亜の口から言外に告げられる、「手札が丸透けだぞ」と。

 だが葛城は、乃亜の言葉を聞いても薄く笑っていた。……見透かされようとも笑って返すだけの余裕があるのなら、余程決定的な何かを手に入れたのだろう。

 というよりも、この時点で確定した。

 Dクラスのリーダーの正体は、Bクラスを除いた全てのクラスが知るところになったと。

 

「(龍園、手ぇ回すの早ぇな……これならこっちも早めに動いておいてよかったかも)……で? 呼んだ理由は何よ」

「前とは変わらないがな───Aクラスのリーダーを指名するな、これが俺達の求めるものだ」

()()()、ね」

 

 前回はどうだったか───そう、「指名しないこと」とか言っていた。

 命令系で来るとは、何て強気なことか、乃亜はワクワクしてきた。

 

「それに関しちゃ話はついてただろ。Dクラスがそれを呑むに値するだけのメリットの提示が出来てない、まさか一朝一夜でメリットが湧いてきたなんざ美味しい話もねぇだろうに」

「湧いてきたのなら、お前達はどうする」

「ハッ! プライベートポイントでの解決も渋ってたようなカツカツな奴らがぁ?」

 

 嘲る態度を崩さず、葛城へノータイムで返す。

 そんな乃亜の余裕へ差し込むように、スキンヘッドの偉丈夫は、今回に於ける核心を述べた。

 

「お前たちのリーダーは高円寺だ」

()()()

「っ!? ……」

 

 葛城の指摘した『真実』、乃亜の飄々とした『余裕』。

 軽井沢は揺れるような気配を表に出しかけたが、しかしすぐさま堪えて見せた。───それを見逃さなかった葛城は、橋本が軽井沢を連れてきた意義を、使う。

 Ⅾクラスが執って来た作戦概要を説明するように───それはつまり、お前たちの努力が泡に消えると、そういう意味合いでもあった。

 

「お前たちのリーダーを既に知っている、これはDクラスからすれば何よりも痛手だろう。何せ的中確率を2分の1にまで狭めてでもスポット占有によるボーナスポイントを稼いでいたというのに、それが全て意味をなさなくなる。佐々木がクラスメイトを無視して強行した策が全てだ。その情報を俺達は握っている」

「───だからボクタチは実質Ⅾクラスの実権を握っていますよとでも言いたげだねぇ」

「違うのか?」

「あー? 自分で考えられる脳みそはあんだろ?」

 

 好戦的に笑い続ける乃亜に、だが不安を覚えないはずの軽井沢が、誰からも見えない角度で、乃亜のジャージの裾を2、3度引っ張った。

 だが、問題は無い。

 そう示すための笑みを、背後へ向けてちらりとこぼす。

 ───コイントスの状態からボーナス確定画面まで追い込まれた? いいや違うね、まだだ、葛城は決定的というがそれは違う、人が人である限り捨て去ることが出来ないモノは、いついかなる時でも惑わすための材料として使えるのだ。

 人の心は、人の情は、人の持つサガとは、時として、揺るがぬ証拠すらも霞ませて覆い隠してしまう。

 それを教えてやろう。

 

「てなると、やっぱ出所は龍園か」

「───さてな」

「おっ、いいね、強気に出れると人間ってやっぱ演技に対する度胸っての? 強まるんだね」

「もう一度言うぞ、俺達のクラスと契約を結べ」

「条件は?」

「……真偽を確かめないとは、お前らしくもない」

「そう? だって龍園からってんなら信憑性は、まあ、そこそこ? くらいはあるよねって納得できるし。あー、でもあれかー───ワンチャンあいつなら、その情報自体に猛毒垂らしてる可能性もあるよねー」

「……」

 

 一瞬、ほんの一瞬だったが、葛城にもその考えはよぎっていたらしい。

 須藤をリンチした一件は学年中に回っていた、これはまあ順当だろう、乃亜達とて隠すように行動していた訳でもない。坂柳からも龍園は警戒しろ、くらいには言い含まれていそうだ。加えてAクラスとCクラスとの間に結ばれているであろう『契約』もある、乃亜達の推論に沿った事実があるのなら、龍園のことだ、200クラスポイント分をキッチリ卒業まで搾り取るような内容での契約書でも作っていたのではないのか。

 龍園翔という生徒は、纏めてしまえば『油断してはならない』生徒。ミソとなるのは、『油断できない』ではなく、『油断しては()()()()』、この部分。

 裏を考えなくては()()()()

 疑惑を抱いておかねば()()()()

 騙し打たれる可能性を考慮しなくては()()()()

 真面目な人ってのは大変だ、だって乃亜のような人種からすれば楽しんで行う娯楽を、いちいち苦労しながらも行うタスクとして、必死こいて考えなくてはならない。

 それは義務感に近いモノ。消化しなくてはならない仕事のようなモノ。

 だから、種を一つ提示するだけでよかった。

 

「お前たちが占有しているスポットの全てをAクラスへ譲ること、その上で互いにリーダー指名をしない、この二点だ」

「ふーん」

 

 大分吹っ掛けやがる葛城だが、順当に話が進めばスポット占有権は、7割をAクラスへ譲渡するくらいの割合で畳まれるのだろう。

 ───Dクラス以外には警戒していない、それはつまり……こうやって読み取る情報って美味しいのである、甘味である。

 

「もちろん契約内容については、お互いが納得できるよう、クラスを交えて全員で取り組むつもりだ」

「へーえ」

 

 葛城らしからぬ陰湿な事を言うものだ。……ああ、坂柳が何か助言でもしてやがったか。

 乃亜の独断専行、そしてその失敗をクラス中へ確実に広めてやろうという算段。軽井沢という証人もある、確かにそれをされてしまえば、まだ有能独裁者になり切れてすらいない乃亜の発言力は一気に奪われる。そして残るのは、佐々木乃亜が暴れ回った後始末を任されるであろう未来のDクラスリーダー堀北というお可哀そうな代替わりとなってしまう。

 旗色が悪い、形勢は不利、明確な劣勢、しかし生返事しかしない乃亜に、危機感を覚えっぱなしの軽井沢が、ジャージの肩袖を掴んで数度振る。

 彼女が前言していた割に口を挟まないのは、想像以上の最悪な展開だったからだ。悲惨すぎる現場を見れば、人はみな、口を噤んでしまうのだろうが。

 どうしようもないのだ───あー、ちょー、楽しい。

 

「それからBクラスについてだが、知っている情報があれば共有したい。俺達はこの洞窟から積極的に動いている訳じゃないのはお前も知っているだろう、()()()()本来得られていた筈の50ポイントを他から捻出するのも悪くない。……何より、お前と一之瀬の仲の悪さはAクラスにも届いている、気に入らない相手ならうってつけの提案だと思うが」

「ほーう」

「さっきから聞いているのか?」

 

 まともな返答をする気配の無い様子に、葛城は真面目だから、乃亜の態度を正そうとした。

 心を、理性から、感情へと、ほんの僅かだが、自らの意志で傾かせた。

 ───肩を揺らしている華奢な手を、痛みが奔らないように、けれど勢い良く叩いて示す。

 反撃の糸口は、この瞬間であると。

 

「俺ってキーカードを()()()()見せたんだよね」

「……───それがどうした」

 

 疑念の種蒔き完了。

 あとは、心という土壌へ水を与えるだけ(心を抉って疑心を育てるだけ)

 

「龍園は何て言ってた? 多分だけどさぁ、『椎名ひよりと佐々木乃亜は仲が良いから、写真を撮るタイミングはいくらでもあった』とか──────ハッ! やっぱそう言ってやがったかよ!」

「……」

 

 思案しているのだろう、悩ましいのだろう、考えているのだろう、『自分の持っていたワイルドカードがただのカス数字かもしれない』という疑念はどうしても拭いたくなる。そうだよね、Aクラスのリーダーを早めに特定されてクラスの雰囲気も落ちていそうだものね、友達思いな葛城は戸塚の失敗の尻拭いもしてやりたいよね、そんな中で手に入れた盤上を覆しうるカードだもんね───大事にしたいよね、その切り札を無駄にしたくないよね

 初日の堀北の()()から今日まで抱いていた焦燥、それらを覆すためにクラス一丸となって手立てを探した努力、敗北の恐怖を押し殺して行動を続けた勇気、とか諸々? 自分たちのこれまでの全てに意味が無かったなんて、マトモな人間なら考えたくない。 

 だから探る、必死になって、そのカードに綻びが無いかどうか。……でも気づいているのだろうか、葛城は知っているのだろうか。

 手で触れれば触れるほど、トランプのカードは脆くなっていくように。

 一度植えた種は、芽が出るまで水を与える以外に、土の中からその手で掘り当てるのが困難なように。

 

「どうして龍園は、その情報を隠してたんだろうかねぇ」

 

 そして、乃亜は、雨を降らせる。

 手遅れになるほど、育たせる、札を濡らす。

 

「もしかして、うーむ、何だろうな……俺には全く? いやはやこれっぽっちも龍園の考えなんざ分からんのだけど……───俺だったら、中身空っぽの贈り物でもして、自滅させるかもねー」

「揺さぶりか……だが無駄だな。───お前も言ったはずだ、写真があると。俺もこの目で見た。Dクラスのリーダーは高円寺だと、確かにキーカードには書かれていた」

「かもしれない」

 

 もう遅い。

 葛城は既に考えを回して、2つの仮説を成り立たせた。

 成立()()()()だけでいい、無視できないほどに疑いが育ったのなら、後は勝手に悩む。

 

「それって、俺と龍園が結託してたらどうすんの」

「───っ゛」

「今お前の中にあんのは二通りか? 俺と龍園共闘パターンと、龍園が単独でAクラスを出し抜こうとしているパターン。後者だと俺は龍園の状況を利用してこの場を乗り切ろうとしている訳だが……さーてさてさて、楽しいね! いいねこれ、まさしくコイントスだ!!」

「……悪いがこちらの確信は揺るがない、軽井沢の反応から見ても、高円寺がリーダーであるのは間違いない」

「でもこれが全部が覆る話が合ってさ、俺、高円寺以外にカード見せてないんだよね。なぁ軽井沢ぁ、俺はお前らに高円寺がリーダーだと伝えただけだったよなぁ」

「えっ? ……あっ、そういえば」

 

 突然に話を振られて、素の声で思い返す軽井沢。

 

「ウチのクラスの連中って口も頭も軽いのばっかなんだよね。滑らされるのも怖いから、実際に書かれているのを見ているのは俺と高円寺の2人だけに制限してたんだわ」

「私も入ってるとか言わないよね」

「入ってたけど、今日で訂正する、お前はそこそこ頭が回るやつだ」

「……あっそ」

「でも口は軽そう」

「一言余計なんだけど!」

 

 乃亜と軽井沢のやり取りを見て、葛城の中の疑念は増していく。───もはや関係が無いのだ、ここまでくれば、真偽などには。

 龍園ならやりかねない。

 乃亜ならやりかねない。

 可能性はよぎる、だが、取捨選択をするだけの余裕は、きっと無かった。

 前回の交渉の敗北感、それが葛城の選択を制限している。

 より多くの可能性を、その全てを贅沢に吟味しようとして───抱えきれず、埋もれていく。

 

「ぶっちゃけキーカードの偽造もできそうじゃね? デジカメの画質なんざ知らんけど、色は果物潰して塗って、カードはメモ帳とか買って畳んでとかさー?」

「……っ! 墓穴を掘ったようだな……! 今のお前の発言は「───その通り! あからさまな言い訳だ! 苦しい発言だよなー、何だよ偽造ってさ! んなことできるくらいならみんなやるわ! そんなバカバカしい真似を誰が実行に移すんだーい! ……そんでさ、お前はどう思う?」

 

 葛城が、まさか、と。

 色を読むまでも無かった。

 

「まさか俺が、そんなバカバカしい真似をしたがる奴には見えないよなぁ?」

「見える」

「テメェじゃねぇだろ黙ってろ地雷女」

 

 葛城の顔に書かれていたのだ、「このバカなら或いは」と。

 

「ハッ! 残念でした葛城くん! お前のその疑念は、最後の答え合わせまで一生拭えませーん! お前は真実の在処を龍園からの情報ではなく、俺の立ち振る舞いから判断しようとしている時点でもう話は既決してましたー! 自縄自縛お疲れSummer! 夏だけにね(激熱ギャグ)!!!!」

「吐き気がするほどつまんない」

「吐くほどつまれよ」

 

 コントを挟みつつ、最後に乃亜は、こう締めくくった。

 

「コイントスっ! まだまだ継続ぅ!! 楽しい時間はまだ続くよ!!!!」

 

 状況証拠ではなく、己の情がそうさせる。

 乃亜を信じてリーダーを指名しないのか、龍園を信じてリーダーを指名するのか。

 当たるか当たるまいか、50%の分帰路は、未だにAクラスの眼前で存在を主張していた。

 


 

 Dクラススポットへの帰り、その道すがら。

 交渉が終わってから無言で帰る乃亜の背中へ、意を決するような色をさせた軽井沢が、声を掛けた。

 

「……すごかった」

「あー?」

 

 要領を得ない軽井沢の言葉へ、若干喧嘩越しに言葉を返す。

 テンポの良い荒々しい会話を望んでいた乃亜だが、しかし軽井沢は、落ち着いた声色でぽつぽつと語り出した。

 

「普段から何かよく喋るやつって感じだったけど……今日のは、すごかった」

「ハッ! あんなんは嘘八百を丁寧に並べ立てただけだ、勝手に深みに嵌って勝手に悩む、そんで勝手に負ける、ポーカーの……いや、心理戦じゃ使い古された常套手段だわな」

 

 前日、ズタボロにしてやったという経歴が無ければ、こうも上手くは嵌らなかっただろう。

 乃亜からすれば特別なことはしていない、ただ不利をひっくり返していく感覚が楽しくて、楽しいからこそ自然と一生懸命に頭が普段以上に回っていただけだ。テレビゲームへ夢中になる子供と何ら変わりない。

 だが少なくとも軽井沢には、あのハッタリ勝負に思う所があったようだ。

 

「噓しか言ってないのに、中身なんてないのに……何であんなに堂々とできるの」

「お前じゃ参考にはできねぇぞ」

 

 彼女の望みを言い当てながら、乃亜はバッサリと否定する。

 顔は見えない。見る気も無い。今から乃亜は軽井沢の内側を少しまさぐる、どうせ良い顔なんざしないのは百も承知だから。

 

「俺とお前とじゃ被ってる仮面の種別が違いすぎる。敵が多い方が楽しい、敵が強い方が楽しい、劣勢に立たされた方が楽しい、自分が圧倒的なのはつまらない、佐々木乃亜ってイキモノはそういうものだぜ」

「……頭おかしいんじゃないの」

「かもな。だから真逆と言えるお前はまともなんだろうよ」

 

 草を踏み潰す音が、一人分、少し遅くなった。

 だが置いて行かれないように、また元の速度へと戻していく。……今ので解散でも良かったというのに、強がりはやはり人間の特権か。

 

「良くも悪くも、俺はお前みたいに集団に身を置く事の苦しみを知らん、友達もこの学校に来るまでは1人も居なかったし」

「……1人も?」

「1人も」

 

 小学生時代は、周囲との会話が合わなさ過ぎたのが原因だった。担任くらいか、趣味で気が合ったのは。

 中学時代は、校舎の窓ガラスをまったく楽しくない思いのまま、しかし大爆笑しながら叩き割りまくった札付きの不良と化している。停学処分を喰らってもガン無視して、注意を受けようとも無言で教室に着席している、まさに気味の悪い学生だった。

 少し振り返ってみたが、何だこの可愛げのないガキは。友達なんざ出来るわけが無かった。

 

「姉弟って感じの相手はいたが……家族絡みの付き合いってのもあってさ、やっぱ兄妹って言いたい間柄なんだよ。だから綾小路みたいな対等な友達は一人もいなかったな」

 

 だから綾小路とこの学校で再会した時、乃亜は本当にうれしかった。

 自分史上一番ヤバい時期の自分の予想を外して、綾小路と再会できた。それがどれほど、佐々木乃亜という少年の心を震わせたのか───知る者は、誰もいないだろうが。

 

「ぶっちゃけ孤独でも生きてけるし、賭け事さえあれば」

「マジでギャンブル中毒じゃん」

「おうよ!」

「誇らしげにすることじゃなくない?」

「ほらな、俺とお前の違いをもう見っけた」

 

 誹謗中傷なんて奮起の材料。

 いくところまでいけば、大切な存在との信頼関係ですら昂揚の材料にして、笑いながらBET。

 ()()は違う、それを乃亜は既に知っている、自分はもう『普通』には生きられない。

 

「お前の騙る強さとは違うんだよ。『普通』のカテゴリーにはどうしても入れない、『普通』のカテゴリーにはどうあっても適さない。だから普通の女の子のお前じゃ、俺の在り方を騙ったところで無駄に敵を作るだけ。よって俺から学べることなんざ何もありません、と」

「……そうなんだ」

 

 名残惜しそうな呟きだった。

 そんな弱った様子の女の子に、乃亜は───苛ついちゃった。

 

「チッ」

「えっ」

 

 まさか舌を打たれるとも思い掛けなかった軽井沢は、きっと乃亜の後頭部をまじまじと見ていたのではなかろうか。

 見るからに落ち込んでいる様子の女子に向かって、優しい言葉でも気を遣うでもなく、乃亜が選んだのは───やはり、もう一度。

 

「チッ、めんどくせぇなお前」

「……」

 

 禁断の舌打ち二度打ちには、さしもの軽井沢とて言葉が出ていなかった。どうせ「コイツマジか」とか考えているのだろうな。ああ、マジだが。

 表情を確認するつもりも無かった乃亜は、大きなため息を吐きながら語り出した。

 

「はぁ──────Dクラスの連中はアホばかりだけどさ、それでもクラスメイトだ、味方になってやりたいし、助けられるならすぐに力になる、赤点回避の一件もそう言った理由」

「堀北さんと一緒にやってたって、本当だったんだね」

「でも本当は面倒なんだよ、いやマジで困る、身内にメス入れんのはクソ怠いんだ、外敵とだけ楽しく遊んでたい、俺はただ坂柳と龍園と一之瀬で楽しく大乱闘がしたいだけなんだ」

「……」

()()()俺は、クラスメイトが致命的な位置まで追い込まれる前に、手を貸す」

 

 その方が効率的で、とてもいい。

 結果的に長く遊べる。それから乃亜の心の平穏も保てる。だからクラスメイトへ手を貸すことに躊躇はしない、今までも、これからも。

 

「折れるくらいなら俺に──────平田を交えて相談しよう、うん、それがいい。外部協力者を作れるってのは、人間として立派な強さの一つだからな」

「何それ、平田くん頼りってだけじゃん」

「地雷女抱えるお人好しだ、頼り甲斐しかない男だよ彼は」

「……あんたって、性格終わってるってよく言われるでしょ」

「そんな話は一度だって耳に入れないよう頑張ってる」

 

 地雷だ、面倒な女だ、だが軽井沢恵とは人間であり、そしてクラスメイトだ。問題が立ち塞がるのなら、解決の一助となることを躊躇いはしないだろう、不本意だが。

 軽井沢が()()()()()()()を提示して、乃亜はそれきり黙り込んだ。

 願わくば最終宿主として選ばれることがありませんようにと、神へ祈りを捧げながら、2人はDクラスのスポットへ帰った。……綾小路、あいつ有能だよね! 強者だよね! 頼り甲斐溢れる流石のマイフレンドだよね! 生贄は君に決めた!

 

 

 

 

 

「それで、さ……Aクラスとの交渉の時……最初のって」

「あー? 何の話だよ」

「その……あ……あり、がとう」

「うっせーバーカ意味不明なんだよ地雷女くたばれアホ」

「───このノンデリ男っ!」

「いってぇ!?」

 

 膝裏を蹴られた、いたかったです。

 


 

 4日、5日と、無人島での時は過ぎていく。

 綾小路を「ヨロピクミン」と見送ったり。

 今後の展開の的中予想を堀北にさせたり。

 櫛田をメガホンにしてDクラス(アホ集団)を操ったり。

 平田を通して労働力共(クラスメイト)には黙って働いてもらったり。

 軽井沢をボロクソに扱き下ろしたり。

 幸村からの文句を論破しまくってみたり。

 須藤からの恋愛相談に乗ってみたり。

 調子に乗ってスポット占有Rushの速度を上げていった高円寺へ中指を立てたり。

 色々とあったなあと思う日々、しかし無人島という特殊な環境にもかかわらず何事もなく、思った以上に平和に過ぎていったと───乃亜は、そう感じていた。

 

「……あー、マジかこれ」

 

 6日目の夜、最後のスポット巡りを終えて戻って、きた、のだが。

 降りしきる雨の中で、閑散としたその場所が乃亜の目には映っている。人がいた痕跡、ペグを打ち込んだ痕跡、焚火の燃えカスの痕跡、人が何人も歩いていたような草の倒れ方。───そこには確かに、人間がいた筈の色が残っていたのに。

 Dクラスが占有していたスポットには、()()無かった。

 堀北を除いた他の全員、平田や櫛田すら、誰もがその場にはいなかった。荷物も、最低限のテントが2つあるだけで、他にはどこにも。

 

「……えっと……どうしよっか、なー……」

「……ごめんなさい、私では止めることが出来なかったわ」

「堀北が謝ることじゃないんだけど……さ……───やっぱ俺、個人戦専門らしいなぁ」

 

 堀北の謝罪には意味が無い、何故ならこの惨状は、他ならぬ乃亜が原因となって引き起こされた事態だからだ。

 テントが2つ、残されたものはたった()()()()だった。

 

「これはこれは、流石の賭博ボーイと言えども言葉が出なくなってしまったようだ」

「……………………いやー、マジかー」

「……本当に何も言えないのね」

 

 高円寺の挑発に口を動かそうとするも、気の利いた返しが出てこない。

 これからどうしようか、ただ雨で冷えていく乃亜の思考は、ここからの展開の雲行きを占っていた。

 

「……………………いや、やれること、やるだけだな」

 

 佐々木乃亜、高円寺六助、堀北鈴音、以上の3名だけが、Dクラススポットに残されたメンバーだった。

 他の者たちは──────乃亜の直接の指示は聞かず、きっと、もう。

 

「まずは現状整理だ、うん、大丈夫、乃亜は落ち着いてるよ、えーっっと俺ら以外は全員リタイア、ならポイントは───現時点で0……ってコト????? あれだけ稼いだのに!? 佐々木乃亜くんの奔走も無駄!? アメリカン番長に煽られながら走ったあの日々はいずこへ消えたのよぉ!!?」

「落ち着いているようには見えないわ」

「ちくしょう……点呼の関係で明日の朝にスポット回ってもだしなぁ……あれ? もしかしてもうやること無くなっちゃった感じっぽい? …………うっそだぁ!」

「明日に私達で16カ所のスポットを回ろうとも、点呼時の欠員扱いとなって───残るのは6ポイントだねぇ」

「──────そうだぁ!! いいこと思いついた!! お前ら今すぐ寝るぞ!!」

 

 雨に打たれて体力を消耗してもしょうがない、途方に暮れるよりも圧倒的にその方がマシだった。

 

「ほう、何かエレガントな策でも閃いたかい?」

「一発逆転のコイントスぅ!!!!」

「絶対に禄でもないことだけは理解できるわ」

 

 人の気配が一瞬にして消えた心の寂しさを埋めるように、乃亜は、わざとらしく騒ぎ立てながら、テントへと潜り込んだ。

 本当は、分かっていたのに──────一発逆転なんか無い。

 勝負の行方がどこへ向かっていくのか、もう、この時点で残された3人は理解していたのに。

 乃亜の様子のおかしさには触れることなく、乃亜へ続くように、高円寺と堀北も眠りについた。

 


 

 夜は明ける──────7日目の朝は、ついにやってくる。

 

「朝じゃああああああああああああああ!!!!」

 

 起床してからすぐに、乃亜は雄叫びを上げていた。

 あまりの喧しさに心地よい睡魔を追い払われたらしい、テントの中から「お前を殺す」と物語る視線をさせながら、堀北は外気に姿を現した。

 うるさいとでも言ってきそうな色をしていた。

 

「うるさい」

「昨夜言ったろ、一発逆転ってよ」

「……すこし、まってて」

 

 高円寺は既に起床して、偉そうに木へと体を預けている。

 後は自分だけという状況を理解した堀北は、寝起きの身体をふらつかせながら、顔を洗うために川へと向かっていた。

 そして───3人、25人が3人である、圧倒的悲しさを纏ったDクラスだった。

 だがまだやれることはある、きっとある筈だ、勝機へ前進し続けるのが乃亜だからこそ止まっている訳にはいられなかった。

 乃亜の頭の中に在る最後の一手、それを機能させるためには、点呼の時間までが勝負だった。

 

「よし! 行くぞついてこい2人とも!! 佐々木乃亜のコイントスの始まりじゃぁぁぁい!!!!! …………こっ、こいん、あっ、ぁっぁう、こ、いっぃぃ、こいん……ない、ない、っの、ない、なぃない、こいん、ないよぉ…………」

「それは違うね、君たちの方こそが、この完璧な私の美しさについてきてしまうのだよ!」

「朝の起き抜けにこの2人は胃もたれがする……」

 

 賭博とナルシストの妖怪が1匹ずつ。

 謎のオトモを連れて、堀北は溜息を吐きながら、最後の足掻きへと進んでいった。

 


 

「あー……やっぱ残ってやがったかよ龍園くぅん」

「最後の足掻きとは、精が出るね賭博プリンスサマよお」

「俺は──────投資プリンスだ」

「ああ、あれか……どうせ読みそうだからな、てめえは」

「お前が知ってるのは意外なんだが」

 

 髭が生え、土汚れに塗れたジャージを着こなす龍園。トレードマークでもあった長髪は乱れ、汗で張り付くのを嫌っていたのか後ろへと掻きあげている。ワイルドだ、なんかムカつくな、カッコいいではないか。

 乃亜は最後の足掻きを果たしたのだ、日課だったスポット占有Rushロードを走り抜き、終了後の砂浜へと向かう途中だった。

 道なき道を進む最中、龍園とCクラスの担任である坂上を見つけたのだ。

 楽しそうな予感がした乃亜は、龍園と共に終わりを迎えるのも悪くは無いと、そう思った。

 

「んで、それ、もう書いた?」

「お前が指名を放棄した分も込めてな、ちょうど高円寺の名前を書いたところだ」

「指名ねぇ……指名しようにも、し辛い理由満載だった俺にわざわざそれ言う? 性格悪いねぇ」

「ククク……だとすりゃお互い様だろうな───だが、お前に言われるのは心外ってやつだな」

「あー? 何が言いてぇ」

「裸の王様の方が相応しいんじゃねえかってことだ、3人きりのキャンプは寂しかっただろうよ」

「ハッ! ───言ってくれるぜ」

 

 坂上の様子を、視線を動かさずに視界に入れたまま伺う乃亜。

 龍園と無言で笑い合っていると、やがて坂上は諦めたように、リーダー指名の用紙を持って行った。その背中を、龍園と乃亜は共に、笑いながら見送った。

 さて……どうなるのか。

 

「楽しい結果発表になりそうだなあ」

「……ああ、それには本当に、心の底から同意するよ」

 

 乃亜は使ったテント等の後片づけのため、Dクラスのスポットの方へと歩いていく。

 そんな乃亜へと向けて、厭らしく、そして勝ち誇ったような声が届けられた。

 

「大人しく組んどきゃよかったんだ、お前は判断を間違えたんだぜ」

「はしゃぐにはまだ早いんじゃないの? まだリザルト画面ですらない、復活演出の可能性だってある」

「ククク……最後にあんだけスポットを駆け巡っておいて、よくもまあそう余裕ぶっていられるなあ? 汗だくになった甲斐はあったかよ?」

「そのセリフ、()()()()()

 

 後はもう、言葉はなく。

 勝者が誰となるのか、答えの時はもうすぐだった。

 


 

「では、現時刻を以て、特別試験の終了を宣言する!」

 

 真嶋の声が砂浜に響き渡る。だがちょっと待ってほしい、全生徒揃ってないのですが、乃亜と龍園は置いてけぼりですか!?

 

「まてまてまてーい! ───トウっ!!」

 

 真嶋に負けない声を溌溂とさせながら、乃亜は森から飛び出すように砂浜へと着地した。

 

「全くだぜ、俺達は除け者かよ」

 

 キザを気取って物々しく、しかし余裕を抱いた物腰で歩いて登場したのは、ワイルド仕様に姿を変えた龍園。

 恐らくはこれで全員集合だと思われる。

 浜辺には既に、各クラスのメンバーが整列していた。1カ所だけ物悲しくスペースが開いている場所もあるが、あれがCクラスだろう。乃亜のDクラスは……うん、よし。

 ()()()()()()()()()()に集合してくれていたようだ。

 

「………………あ?」

 

 呆けた声をさせた龍園は、狐にでも包まれた顔もしていた。

 信じ難い? 何が起こったのか、どうやったのか、思案する全てが何一つも現状と結びつかず、掠りもしない想像が幾度も脳裏をよぎっているのだろう。

 龍園自身の目で確認したはずだ、Dクラスのスポットには、乃亜と高円寺と堀北の3人だけしかいなかったと。……ああ、お前なら、用心深いお前だからこそ、一度は状況を眼に収めると思った、確認できるだけの状況も整っていたのだろう、本来なら。

 龍園の作戦は───龍園とひよりの立てた作戦は、とても良かった。

 

「おら、結果発表聞きに行こうぜ」

「…………待て──────佐々木てめえ、どんな手品を使いやがった」

 

 Cクラスの立てた、とても良い作戦は。

 けれど、その全てをDクラスは欺いて見せた、結論はこれでしかない。

 乃亜達の仕込みを、それも乃亜しか把握していないソレを知らない限り、絶対に思い至らない。

 だから乃亜は、1日目に確信したのだ。

 ───『勝った』と。

 

「えー? 知りたいー? じゃあいいよ、時間ももったいないし、一目で理解できるように一回で済ませよっかな」

 

 乃亜は、おもむろに、進む。

 迷いなく、歩く。

 目的の人物と目が合って、やりたいことを理解してくれた、そんな色がしていた。

 周囲の生徒達が固唾を飲んで見守っている、Aクラス、Bクラス、果てはDクラスの面子でさえ乃亜の行動を見逃すまいと注目していた。教師陣も同様に、この一瞬の乃亜の行動をお目こぼししてくれるようだ。

 では──────派手に鳴らして見せようか。

 

「ナイスだぜ一之瀬!」

「えっへへ! 佐々木くんの企み大成功だねっ!」

 

 さざ波すら掻き消すほど、心地よく鳴り渡る、右手と右手が勢い良く重なり合う音。

 一之瀬帆波は、心からの笑顔で。

 佐々木乃亜も、心からの笑顔で。

 嫌忌の気配など、嫌厭の噂など、嫌疑の関係性など、全てがまるで()のよう。

 軽やかに交わったハイタッチが、2人の真実を爽やかに語っていた。

 


 

「破れかぶれの賭けに出るぅ? ハッ! 龍園がぁ!? 違和感しかねぇなおい!」

 

 3日目、ひよりを追い出した次の日。

 一之瀬と既に組んでいる宣言を成した後、乃亜は堀北と綾小路を集めて、昨夜に起こったこと、そして得られた情報の整理を行ったのだ。

 ───全員リタイアと思わせて各クラスにスパイ潜入、龍園は島に潜伏してスパイからの報告待ち、リーダー情報を奪って、最後にはエンディングボーナス獲得。

 Cクラスの作戦の基本骨子となっているのは、恐らくこれだ。乃亜もこの線なのだろうなとは考えていたが、それにしてはあまりにもひよりがノイズだった。

 だが、ひよりを通した龍園からの提案、それを聞いた瞬間に乃亜は察したのだ。

 手を組むのを断った瞬間にはもう、リーダー情報という心臓は互いの手の中に在った……それはお互いに思い込んでいるだけでしかない。既に握らせた『リーダーの正体』という情報そのものからして、戦いは始まっていた。

 乃亜は()()()()()()()()()()()を通して。

 龍園は乃亜の性格を利用した上でひよりを通して。

 こうなってくれば始まるのは、「どうやってリーダー指名を外させるか」という戦いだ。

 ひよりからの是非を聞いた時には、残りポイントなどは底を尽きていただろう。だから龍園は賭けた───Bクラスへ潜入させた金田か、島に潜伏している自分か、()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()ならば、間違いなく佐々木乃亜はCクラスのリーダー指名を行う。指名をしないなどという日和った択を選ぶことは無い───ある意味では、信頼がそこにはあった。

 

「大きな賭けに出るのは、出られる状況に在ると踏んだからに決まってら」

 

 逆もまた然り、龍園が乃亜の好戦的な性格を信じるように───乃亜もまた、龍園の用心深さを信じていた。

 

「じゃあそのファクターとなるのは何か? ……ここで出てくるのがAクラスね」

「BクラスとはDクラスが……正確には、一之瀬と佐々木が先んじて接触している。仮に龍園が取引でも持ち掛けようものなら、一之瀬はオレ達を通して佐々木に伝えているだろう。……これはもう消去法だな」

 

 この時点で既に、情報戦の上では乃亜達に分があった。

 何せ乃亜がスポットへ立ち入れないだけだ、綾小路と堀北を通じてならば余裕で連絡くらいは取れる。そのための一助として堀北には、ペンを一本多めに持たせ、空白のメモも複数渡したのだ。

 金田にも悟られないよう、3日目以降は、神崎を通しての文通を行っていた。

 乃亜が受け取る訳にはいかなかったため、代わりに堀北と綾小路に交流していてもらったのだが、どうしても中々に信じ切れていなかったらしい。

 まさか佐々木乃亜と一之瀬帆波が、険悪とか全然そんなこと無くて、何なら夜遅くまで電話して仲良く寝落ち()()()()をかますくらいには仲が良いなんて!

 

「葛城と一体どんな内容の契約を結んでんのかなんぞ知らんが、龍園が堂々と俺に喧嘩売れるくらいの利確はしてんだろ。だから賭けに出るだけの遊びの余裕ができた、賭けに負けても安定収入、賭けに勝てりゃ思い掛けないボーナスゲッチュ。断言しても良い、龍園はギャンブル向いてねぇ」

 

 並び打ちには行きたくない奴だ。利益出た瞬間に退席して帰るもんアイツ絶対。利益出る台しか触らないもんあいつは。ハイエナとかは嬉々としてやってそう。

 

「……でもこのシナリオさぁ、龍園がリーダーじゃないって知ってる俺らからすれば笑える茶番だよな」

 

 リーダーは最初、()()()()()()()()()。当初の予定なら龍園でよかったのだろうが、恐らくはここでひよりの梃入れが入ったと乃亜は推測する。こればかりは乃亜達は知り得ず、事前の仕込みが無ければ知る手段も乏しかっただろう。

 仕込み───それは須藤暴行事件の折、石崎と結ばせた不平等条約も真っ青な契約内容。

 大まかに並べれば内容は3つだ。

『佐々木乃亜、堀北鈴音、綾小路清隆、以下三名が石崎大地へ質問した際、絶対の権利を持つ』

『後に石崎大地が嘘の回答をしていたと発覚した際、退学阻止の手段があろうとも、全てを破却して即日退学とする』

『この絶対の権利を持つ質問の回数は、三名で合わせて3回までとする』

 この権利を行使して、2日目に乃亜がCクラスへ遊びに行った際、石崎を虐めるついでに聞いておいたのだ。

 


 

「おい、イエスかノーかで答えろ、さもなくばこの砂利をたらふく食え。龍園はリーダーか?」

「のっ、のー、だっ」

「ひ───椎名はリーダーか?」

「のー、っ、だ」

「リーダーはスパイの中にいる?」

「ぃ、ぃぃいっ、いえ、す……です」

「オーライなるほどねぇ───ほんじゃあ俺と遊ぼっかァ!? 大丈夫! きっと石くらいは消化できるって! 石崎だしお前! 苗字にあやかって胃の中まで石で染めよっかァ!!!!」

「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!」

 


 

 この時点で、AクラスかBクラスのどちらか、或いは両方へとスパイが潜んでいるという事実。そしてその中にリーダーが存在している、そこまでを掴むに至ったのだ。

 

「島に残っているのは最低限までの人数でしょうね、変に増やして存在が露見してもリスクしかないもの」

「各クラスに送ったスパイ、そして龍園。Aクラスに手を伸ばしているかまでは知らんが、少なくともBにはいる。ひよりに関しちゃ体力皆無の本の虫だからな、実は隠れ潜んで耐久してましたなんて話も無い、つーかそんな事してたら龍園をぶっ飛ばしてやらぁ。

 ……あー、明日以降、この島に滞在しているCクラスは多くて3人。そして、最終的な数は2人以下に減る訳だ」

「龍園が他に任せてリタイアするとも思えない。となれば……鍵はプラスアルファのもう1人となるか」

「Bクラスのとこにいるのは金田だっけ? ……多分明日か明後日にでも消えるんだろうけどよ」

「Bクラスへ送るのは、佐々木の目からも逃れる事ができる格好の一手だ」

「本来なら、な」

 

 その前提が崩れている事実を知るのは、1日目の砂浜で、とっておきのメモを見た4人だけだ。

 

「元々の龍園の計画は仮のゴールに改良。そうして龍園という偽りのリーダーへ目が向いている間に、Bクラスの中へ隠していたリーダーを完全に森の中へと隠蔽する……こうなると、確証が必要となりそうだな」

 

 知恵者が2人存在しているCクラスだ、ただでさえ残ポイントに気を遣わないという作戦を取っているのだ、リタイアによるリーダーすり替えの可能性が思い当たらないとは考えづらい。少なくとも乃亜達には考えついている、ならば相手も『もしかしたら』、この可能性は探るべきだ。

 だから確定させる必要がある、金田がリーダーか否か。

 

「別に俺は金田がリタイアしているしていないかのコイントスしてもいいんだけどねー」

「金田君の存在を怪しんでいたとしても、クラスが違う私達には、彼が離脱したタイミングを知りようが無い。……良く出来ているわ、正直一之瀬さんと内通していなければ、単独での勝ち逃げをされていたでしょうね」

「ハッ! どうせその辺も話は済んでんだろ? 堀北は……俺といないと怪しまれるか」

「なら隠密実働は綾小路君一択でしょう」

「その後の買い物もよろしく頼む」

「……確かにオレ以外には無理か」

 

 どうすれば離脱タイミングを抑えて、尚且つリタイアするか否かを調べるのー?

 答えは簡単だ、Dクラスの生徒を誰か、Bクラスへこっそりと泊まらせればいい。点呼のタイミングでだけダッシュで戻ってきてもらい、その間は一之瀬協力の元で金田を足止めして、絶対にDクラスの生徒がいないタイミングでは消えないようにする。

 そして金田が消えた時、気取られることなく尾行し、砂浜へ向かうか、森の奥底へ向かうかを見届ける。そんなことが出来るのは、Dクラスの中では高円寺のような超人を除けば、乃亜は一人しか知らない。

 

「この話を終えた後にでもすぐ向かうつもりだ」

「金田君がBから離れた後、船に戻るかどうかだけを知れれば───勝ちね」

 

 Aクラスへの間者の線は薄いだろうが、どうせ3日目のこの日に向かう予定ではあったのだ。

 龍園繋がりで揺さぶるついでに、余所者へ視線を巡らすような警戒の色があるかどうかを確認すれば良い。

 

「ヨロピクミンだぜマイフレンド」

「任せろマイフレンド」

 

 拳を打ち鳴らし、綾小路は颯爽と旅立ったのである。

 後日聞いたら、無人島でスニーキングという初の体験が楽しくて、わざと石を投げたりしてビビらせていたらしい。余計なリスクを楽しみやがって、ふざけんなズルいぞ。

 


 

「まあ? 大体こんなとこか? あとは軽井沢をAクラスとの交渉に連れてって、Dクラス全体が俺との仲が悪いって誤認(誤認か?)させる訳よ! そうすりゃ『佐々木乃亜を見限ってリタイアしていった』ってアホみたいな状況にも説得力が出る!」

 

 BクラスのスポットへDクラスの殆ど全員を紛れ込ませる、文字にすればとんでもなくアホっぽかった。

 アホの極みみたいな作戦だ、だが、しかし、だからこそどうあっても考えつかないのだ。前提となる一之瀬のとの不仲の噂、ダメ押しとして用意した軽井沢による佐々木乃亜求心力不足説、机上の空論を成立させるため、やれることはすべてやるのだ。

 最終日、朝早くに起きて大声をあげて、スポット占有をしたフリも、遠巻きにでも見張っていると思われる龍園へ存在を知らしめて、あの場所から急いで龍園を引き剝がしたかったからだ。点呼による人数不足のペナルティの存在もあって、あの瞬間ばかりは本当に焦っていた。1分でも遅れていれば、22人×5ポイントである、やむなしで喰らうには痛手過ぎる。

 

「……Bクラスへ逃がしたってのは分かった、だがそこに意味なんざねぇ。何でだ、金田の跡をつけるだけなら一人でよかったはずだ、それなのに全員を隠す理由だと……?」

「答え合わせ、仲良く聞こうぜ龍園ちゃんよぉ?」

 

 乃亜が笑顔で手で指し示した先にあるのは、真嶋センセー……が手に持ったポイントリザルト表。

 この時点で、龍園は流石だった、全てを理解したらしい。

 信じ難いモノを見るような眼をして、ゆっくりと、勝者がどこなのかを噛み締めるように、Cクラスの列とされた空白の場所へ歩いていく。

 龍園が待機場所で止まり、乃亜がウキウキでDクラスの最後尾へ合流する。

 乃亜を迎えたのは、斥候としての役目を立派に果たしたマイフレンド綾小路であった。

 

「随分と遅かったな」

「龍園に因縁付けられちまってね」

「来るまでの間に、森で何かを話していたな?」

「───悪い、お前にもまだ言えないや」

「そうか、なら楽しみにしておくぞ」

 

 真嶋は重苦しい声をして、ようやく今回の特別試験における結果を読み上げていく。

 

「最下位は……Cクラス、0ポイント」

 

 これは龍園の予想通り、だったらしい。もっとも、数分前までの予想とは、文字通り天と地ほどの差があるだろうが。元よりリーダー指名のポイント加算をメインにしていた戦法なだけあって、金田の行方を確定された時点で、Cクラスのリーダーは確定される、ボーナスポイントは失ったのと同義だ。

 だがまだだ、もっと楽しい結果はここからだ。

 真嶋は───自分のクラスだからか、表情には出さないようにしているが、悔しさを滲ませるような色をしていた。けれど立派に、声色を保って、銅メダルの皆様方を読み上げた。

 

「3位は……Aクラス、20ポイント」

「──────何、だと……?」

 

 葛城の驚愕の色が、どんどんとAクラス中へ広がっていく。最悪を予想していたよりも、ちょうど150ポイント分くらいは引かれていそうな顔つきではないか。Bクラスへ指名していた筈なのに、プラスどころか50のマイナス。それどころかBクラスから逆に指名されて的中しているのがまた何とも───ねぇ。

 ……当然と言えば当然だが、龍園がちゃんとAクラスのリーダーを指名していた事実が、これまた哀愁を誘う。

 

「ちゃんと堀北に指名させた?」

「ああ、他のやつからも見えるように書かせたぞ」

「サンキュ。悪ぃな、今回は結構2人を顎で使ってたかも」

「オレは面白い体験もできたからな、中々に満足している。堀北は……しらん」

「ハッ! 船でチクチク言われんのかねぇ」

 

 こちらへと焦燥の視線を向ける葛城へ微笑みながら、乃亜は、Aクラスの内訳をザックリと計算してみた。Aクラスは実に計算がしやすいので助かるのだ。

 坂柳の不参加───マイナス30ポイント。

 スポット占有───0ポイント。リーダー指名の的中───0ポイント。

 リーダー指名の誤答───マイナス100ポイント。

 リーダーを当てられた───マイナス150ポイント。

 合計のマイナス数は280だ、やべーエグい、葛城くんてばかわいそうだね。

 そして龍園からなんらかの形で買った200ポイントは、全てを生活に使って、元々の自分達のポイントを丸々残していた?

 だから、初期値300-280=20、と───これで計算は合っているのだろう。

 ざわつく生徒を抑えるように、真嶋は矢継ぎ早に次いでのクラスを読み上げた。

 

「2位は、Bクラス……275ポイント」

 

 順位が確定した途端、一之瀬がこちらへと振り向いて手を振ってくる。何とも分かりやすく嬉しそうだ、そういった青臭いのは全然嫌いじゃない乃亜も同じく振り返した。……うむ、善き笑顔です、悪き笑顔のヤツとはモノが違うな。

 Bクラスからは一斉に歓声が上がっていく、プライベートポイント換算で約68万だ、これでもっとBクラスの偶像たる一之瀬へ貢げる! とかだろうか───白波ってこう、怖いなぁ。さっきのハイタッチもめっちゃ睨んでたし、大丈夫ですよ、一之瀬と佐々木には何もないからね……こっちへ振り向くなよ怖いなぁ!

 AクラスとCクラスへの指名が的中、これによってプラスの100ポイント。

 後の内訳は、生活への必要経費、スポット占有、それから───他クラスからの指名対策か。

 

「どうやらBクラスは上手くいったようだな」

「ってことは当然俺らも───」

 

 さて、一番初めの大声は乃亜が貰おうかな。

 

「1位は───Dクラス、459ポイント」

「───いぃぃぃよっっっしゃああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 誰よりも大きく、何者よりも早く、乃亜は心の限りに飛び上がって叫びつくす。

 生活への使用後残高───150ポイント。

 スポット占有───274ポイント。

 リーダー指名───100ポイント。

 点呼時の欠員───マイナス15ポイント。

 そして──────

 


 

 1日目、砂浜で茶柱と交わした会話を思い出す。

 

「ちょっと、買いたいモノがありまして」

「言ってみろ」

「リーダー変更の権利の値段っていくらっすか? マニュアルにもどうにも載ってなくてぇー、記載抜けてんじゃないっすかぁー? ──────リタイアの30と同額とか、どうっすか?」

 

 交渉の末、その一手が是であると許可が出た瞬間、乃亜は勝ちを確信したのだ。

 


 

 ()()()()()()()()()()()()()()───マイナス50ポイント。

 高円寺と乃亜以外の殆どを隠したかった理由は、ここにあった。

 AクラスとCクラスの視点から見て、間違いなく『佐々木乃亜or高円寺六助』の二者択一であると誤った確信をさせたかった。

 

「流石に割高設定にされちまったが、まあ、だからこそ大抵はリタイアを利用するよねー」

「そうだな、まさか『全員でゴール』を実現させようと躍起になっているバカがいるなど、誰一人も予想していないだろうからな」

「全員リタイア無し。それでいて確実に、リーダーの正体を誰にも探られることのない『安置』の人間にしておく。リタイアと思わせときゃ、自然とリーダー候補から外してくれるって訳だ」

 

 合計のマイナス数、65ポイント。

 獲得ポイント数、524ポイント。

 合算で、459ポイント。──────クラス全員分のプライベートポイント換算で、約114万相当のポイントを手にした訳だ。

 

「人間の死角を狙うのは得意なんよねー」

「うー、うわぁー、あ、あごがー、おさないころのー、ふるきずがー」

「あんだけぶち込んでも生きてたガキが何言ってんだろう」

 

 ともあれ、勝利は決まった。

 勝利したのはどのクラスなのか、敗者が誰なのか───放心状態の龍園くんへ詳しく聞きに行ってみようかなぁ、楽しいなぁ。

 

「よう龍園! あの言葉をよぉ? 覚えてるよなぁテメェならよぉ?」

 

 駆け寄って、肩に腕を回す。

 親し気に、笑いながら、楽しそうな声で龍園へと語り掛ける。

 

 ───最後にあんだけスポットを駆け巡っておいて、よくもまあそう余裕ぶっていられるなあ?

「必死に森の中で這い蹲っておいてぇ、よくもまぁ、あんなにも余裕ぶっていられたなぁ?」

 

 歯の軋む音がよく聞こえる───うーむ素晴らしい! 敗者の旋律が聞こえるよー!

 

「汗だくになった甲斐はあったかよ? りゅーえーん!!!!」

「……次は、潰す」

「えぇ~? 聞っこえないなぁ~? 何々ぃ~? 必死に地べた這い蹲って泥に汚れて髭ボーボーで自慢のロン毛もボッサボサで大敗北しちゃった龍園くぅん!! 偉そうに格好つけて喧嘩売って来たくせに結果発表の前に勝ちを確信する小物ムーブ晒して超敗北しちゃった龍園くぅん!! 毛むくじゃら龍園くぅんよぉ~、体毛で声帯が塞がれて何にも聞こえねぇ~わぁ~! こっこれがぁ! これが敗者の遠吠えってやつなのかぁ~!!!! ──────ぷふーっ! だめだ笑えるぅ! なっ、情けねぇゃ!! ポーカーから始まって! さっ、3連敗! ぶわははははだっせぇ!!!」

「次は潰してやるつってんだよ佐々木ィッッ!!!!」

 

 掴みかかる龍園と、掴まれようとも構わず煽り続ける乃亜。今にも殴り掛からんとする様子に担任の先生方は間に入ろうと必死だった。周りはドン引きしていた、きっと龍園の剣幕に怖がっちゃったんだと思うの、乃亜クンは何も悪くないと思うの。

 ガンを飛ばす龍園と、それを肴に笑い転げる乃亜。

 そんな滅茶苦茶な空気のままに船へと乗り込んでいく、その前に。

 島を一瞥してみた。中々どうして濃い1週間だった。

 投資プリンスの名は、これでおしまい。──────このゲームは、DクラスとBクラス(乃亜たち)の大勝利だ。

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