All or Nothing   作:真の柿の種(偽)

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ひっそりと25人から40人に増えていた……これが二次創作か。


傷を隠してはいけない。その傷があなたの強さを証明するのだから

《高度育成高等学校データベース 7/1時点》

 氏名  佐々木乃亜

 部活動 無所属

 誕生日 3月12日

 身長  175㎝

 

《評価》

 学力    A-

 知性    A

 判断力   A

 身体能力  B

 協調性   E-

 

 ──面接官からのコメント──

 非常に優れた洞察力と思考速度を持ち、頭脳面では同学年の中でもトップクラス。加えて運動能力も高水準と、まさに文武両道を体現したかのような生徒です。

 しかし快楽主義に偏った好戦的な性格から、言動には極めて大きな問題が見受けられました。

 小学校を卒業する寸前の事件、中学校へ入学した直後に起こした事件、それ以前からの賭博場への入り浸り等の問題行動から、Dクラスへの配属とします。

 

 ──担任メモ──

 本人なりに集団行動へ準じようとする姿勢は見られることから、このまま人間的な成長に期待します。

 


 

 楕円状の円卓に並べられた、14の椅子。

 お誕生日席と呼ばれる位置には、一之瀬を始めとしたBクラスの生徒が3人。

 真反対の角には、坂柳を始めとしたAクラスの生徒が3人。

 間延びした机の辺にあたる部分へ座るのは、ひよりを始めとしたCクラスの生徒が4人。

 席に関しての指示は特に存在しない、というよりも、学校側から用意されたこのディスカッションの時間は基本的には自由だ。お喋りをしても、携帯をいじっても、何なら賭け……ではなくトランプなんかの遊びに興じても良いとか。

 とはいえ順当と言うべきか、初日の今日はクラスごとに纏まる席順となったようだ。

 乃亜達Dクラスの面々も、その空気間に従って、空席へと座ろうとした。

 

「さあさあ乃亜君、こちらの席が空いていますよ」

 

 満面の笑みで、左隣の席をポンポンと柔らかく叩いて主張する、銀髪の小っこいの。彼女の右に座っている神室は、さも嫌そうな顔を隠すことなく乃亜を睨んですらいた。

 だが坂柳の提案の一切に耳を貸さず、いっそ清々しいほどにガン無視を決め込んでいる乃亜は、上機嫌のスキップを披露しながら小っこいのから離れていく。

 

「いっちのせぇー! まさかいきなり一緒の試験をやれるとはなぁ!」

「えっと、坂柳さんが呼んでるような……」

「気のせいだろ」

「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 

 対面の席の側から何か聞こえるが、まあどうでもいい。

 一之瀬の座る席へ近付いて、椅子に座ることなく、笑顔の乃亜は立ったまま喋り掛けた。……クソ、Bクラスの他の連中が邪魔すぎるな、その席を佐々木乃亜へ寄越してはくれないだろうか、100万は払うぞ?

 坂柳とはこのすぐ後にでもお楽しみが待っているのだ、今の優先順位はまず間違いなく一之瀬帆波への挨拶に決まっているだろうに。この女、己の価値の高さへ無頓着気味と見たが、でも高慢ちきな一之瀬もそれはそれでちょっと気になる。どれだけ乃亜の興味心を惹けば気が済むのか、そうかこれが魔性なのか。

 

「それよりも今回の試験はどう思うよ、俺ぁちょびーっとだけ自信が無いかもなぁ」

「まったくもう、佐々木くんってば嘘つきさんだねー、佐々木くんの本領発揮なのにそんなことあるの? ……あーあ、一方的な試験になっちゃったらどうしようかなぁ」

「ハッ! 簡単に喰われる気が一切ねぇくせしてよく言うぜ! テメェの飄々としてる態度の方がよっぽど怖くてたまんねぇなぁ!」

「にゃはは、バレちゃった?」

 

 機関銃の如く話しかける乃亜と、慣れた様子で朗らかに対話へと応じる一之瀬。あまりにも見慣れなさ過ぎたその光景に、Bクラスの男子生徒の心中には戸惑いだけがあった。まだ険悪だった頃の空気間が抜けていないのだろう、乃亜への対応はどうするのが正解なのかを決めかねている色をしていた。

 周囲からの注目も無視して、一之瀬から受け取るぽわぽわとした視線に、乃亜のテンションは更にガンガンと上がっていく。うーむ、やっぱりこの子がしゅきだ、付き合ってはくれまいか。

 佐々木乃亜謹製ラブリー投げキッスをお見舞いすると、照れた様子で手をわちゃわちゃさせて苦笑いを見せる一之瀬。仄かに頬を朱に染めて、あらぬ方向へ逃がした視線には幾ばくかの湿度を感じた。……あれ、これなんか、意外と手応えが……あるような……わ、ワンチャンスの予感の色が…………よし、逃げるか。

 

「───試験も始まるだろうし、大人しくしとくわ」

「ぁ……」

 

 名残惜しそうな甘い声が、更に乃亜の焦燥を掻き立てる。細やかな冗談が冗談ではなくなる予感がして、チキンボーイ乃亜はすごすごと綾小路の横の席目掛けて早足で近づいていくのだった。

 坂柳からの熱視線? 無視です。いつものことである。

 坂柳の微笑み(地獄)を意図して無視しながら、乃亜は誰も座りたがらない最後の空席へと座り込んだ。円卓で一番危険な席に座っちゃった、じゃあ乃亜の末路は天に召されるじゃんか。

 

「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

「なんかさっきからうるせぇな、おい()()、テメェのことだぞ」

「───────────────日が暮れる前に毒殺します」

「ごめん」

 

 一気に無表情へと切り替わった隣の席のお姫様が、表情を伺うことすらできない濃厚な闇を纏い、物騒を呟いた。手段と時間帯は自白したぞ、後は場所さえ押さえれば現行犯だ、でも彼女なら完全犯罪やらかせるポテンシャルがあるだろうから、きっと迷宮入り間違いなしだ。

 「ごめんなさい」の姿勢で機嫌を取っていれば、横のマイフレンドが突然に閃きの色を醸し出す。

 

「! いいことを思いついたぞ、ジャンケンで負けた奴が佐々木の席に座ってみるか」

「綾小路……真顔で恐ろしい冗談を言うのはやめろ」

「面白そうなのに」

「まさか……本気で言ってたの?」

「面白そうだからな」

「負けた奴はディスカッション中()()をおちょくり続けるってのはどうよ」

「「やらない」」

 

 ドヤ顔で提案した綾小路と、悪質な追加条件を設ける乃亜、そんな小僧2匹へ戦慄した表情を隠せない幸村と軽井沢。この2人が阿鼻叫喚へ陥っていく様子を見る分には楽しそうだ。

 

「絶対にこいつからの悪影響を受けているぞ」

「ったくホントだよな軽井沢はさぁ、綾小路に悪影響だから言動を今すぐ改めてくんない?」

「しっ、信じられない……! 佐々木くんみたいな性格の人がこの世にいることが!」

「つーか幸村ちゃん座ればいいじゃん、容姿()()()ピカ一だから目の保養は保証するぜ?」

 

 顔は保証する、保証の範囲は首から上オンリーだが。それ以外は……背丈、スリーサイズ、性格諸々……まあ、保証対象外さもありなん、って感じだろうな。

 

「勘弁してくれ、いくら外見が良くてもな…………」

「えー? なんだってー? 中身が悍ましい百鬼夜行をドロドロに煮詰めたような人類悪の化身の性格が腐り果てた女なんぞ御免被るってぇ? ひでぇなおい、こいつどうしてくれるよ坂柳ぃ」

「あらどうしましょうか、そうまで言われてしまうと流石の私でも少しだけ怒ってしまいそうです、ねえ、幸村君?」

「言ってない言ってない言ってない!!!!!!」

「佐々木が謂れのない傷を入れて、坂柳が容赦なく抉る、最低最悪のコンボだな」

 

 したり顔を頷かせながら、マイフレンドは満足げに締めくくった。

 横から見ていた軽井沢は、普通に綾小路へドン引きしていた。

 


 

「えっと? ……なんだこの苗字……まいっかデップ君で」

「別府です」

「ほんでデップ君の隣が【キュート・ラブリー・カワイイ・一之瀬帆波】で、隣の眼鏡が浜ちゃんだな」

「浜ちゃん……?」

「あ、あのあの、そのっ、ぁ、合ってる、けど、ね? わ、私は普通に呼んで欲しいし……?」

 

 手のひらを離しながら、指先だけをもじもじと合わせる一之瀬。赤らんだ頬が色気にも似た魅力を引き出して、けど一之瀬の持ち前の明るさが、背徳感とは無縁の爽やかな愛らしさを醸し出している。つーかなんだそのポーズ、あざといポーズすぎる、可愛い。

 

「うわぁビックリしたぁっ!? ……あぶねー、可愛すぎてビックリしちったぜ」

「!? ……べ、別府くんも、別府くんって呼んであげてね……?」

「オーライ、よろしくなジョニー君」

「別府です」

 

 一之瀬からの苦情も何のその、乃亜は思考を回してこの間もただ()()

 真嶋が見せようとした一枚の紙(乃亜は意地でも見なかった)。そこには今回の卯───面倒だし兎で───兎グループの参加者の名前が書かれていたらしい。後から綾小路が別の紙に記憶を頼りにメモしていたそれを眺めながら、生徒の名前を声に出して、反応と照らし合わせて顔と名前を一致させていく。

 この学校は試験に於いて、無駄を行わない。無駄な説明は無い、無駄な談笑も無い、無駄なアナウンスも無い。だから真嶋が見せようとしていたメンバーの名前にも、無駄などは無い、学校側が行うべきであると考えて実行したのなら、必ずやそこには意味が生まれる余地がある。

 加えて、真嶋の言を思い返す。

 


 

『グループ内の優待者は学校側が公平性を期し、厳正に調整している』

『先生ぇ、質問してもよろしいでしょうか』

『ああ、聞こう』

『優待者の決め方って一定の法則が───あっ、はい、もう読めたんでおっけーっす』

『……そうか』

 


 

 苦虫を嚙み潰すような顔つきを隠しながら、淡々と説明を再開していた真嶋。聖職者を全うしようとする彼には悪いが、彼の反応を見て情報を抜き取った時点で、勝ち筋の見据え方は定まっていた。

 優待者が選ばれるルールを見つけ出すこと、これだ。

 ではそのルールを見つけ出すためのとっかかりは何なのか───きっと、この、参加者の名前がヒントなのだろう。グループ全員の名前は必ず全員が目にしている筈だ、その行いは紛れもなく『公平』である。

 名前というファクター。これと組み合わせるべきは、まあ、あからさまではあるが関係が無いとも思えないアレだろう。

 乃亜が思案の海へ浸かり切る前に、信じ難いといった声を出して、幸村が批難交じりの確認を向けてくる。

 

「お前、本当にあの時に見ていなかったのか」

「自分で自分にネタバレしてたまるか。初見のゲームが一番楽しいんだからな」

「朝と言い今のそれと言い……勝ちを捨てたようにしか思えない言動だぞ」

「ところがどっこい、一から百まで勝ちに行く気満々でさこれが」

 

 乃亜は、己のパフォーマンスを最大限まで高める効率の良い手法を知っている。テンションが上がれば上がるほど、思考の精度と速度はガンガンに冴えわたっていく。一番に世界を堪能できるの初見こそ、乃亜のテンションは上がりやすくなる。

 自分が一番楽しめる状況こそ、自分が一番強い状態になれる。

 文字にすればこんなにも効率だ、だというのに理解は中々に得られない、寂しい乃亜だった。

 

「奇遇ですね乃亜君、私もこの部屋へ来るまで確認しないように努めていました。ちゃんと神室さんと町田君からも何も聞いていませんよ」

「舐めプかよ、品性どうかしてるぜこの女」

「乃亜くんが言ってしまうんですね……」

 

 ひよりからの呆れた声もなんのその、薄く笑い合いながら、坂柳を細めた目の奥でにらみつけた。

 嬉しいことを言ってくれる坂柳だ、乃亜に条件を合わせて()()()と抜かしている。やはり長い付き合いなだけはある、乃亜の機嫌を上げるツボを心得ている、それでこそだ。

 始まって早々だが、既に、かなり楽しい。だって何となしに、悪そうにニヤつく坂柳を観察してみれば───どうやらこの女、もうチェックメイト寸前までロジックを詰めているらしい。

 これは、優待者を擁する側の存在───即ち、Dクラス敗北の危機である。

 早くも回ってきたピンチに、口角が獰猛な角度へと上がっていく。坂柳はそれを見て、くすくすと、挑発的に笑う。

 そんな2人を見ていた神室が、理解できないものを見るように言った。

 

「……仲良く揃ってどうかしているわね」

「ふふふっ、どうしましょう乃亜君、お揃いでお似合いで理想のカップルだそうですよ、照れてしまいますね」

「ヴォェッッ」

「私でも流石に傷付きますよ?」

 

 嘔吐感を模倣した乃亜の極まった演技に、本当にちょっと傷ついた表情の坂柳が淋しそうな声を出す。

 ───坂柳が勝ちへと迫ってきているのは予想の範疇、だがまだ彼女は、最後の一押しを求めている。流石に最終日までもつれ込むようならば決断するだろうが、少なくともまだ遊べるだけの時間は残っている、と。

 周りをどれだけ観察しようとも、表情を伺うだけでは絶対に確定させることはできない、乃亜の仕込みがそうさせている。

 はてさて、どんな手練手管で外させてやろうかと企んでいると、ひよりが控えめに手を挙げて発言した。

 

「まずは皆さんのお顔とお名前が一致するように整えるのはいかがでしょうか?」

「そうだね、先生にも言われてるだろうし、まずはみんなで自己紹介でもどうかな?」

「大賛成だぜ! みんな! 一之瀬の言うことをよく聞こう!!」

「私も異論はありませんが、キャンキャンと騒々しい駄犬が一匹紛れ込んでいるようですね」

 

 いつの間にやら霊長類から逸脱していた佐々木乃亜を置いて、言い出しっぺのひよりから自己紹介の流れは進んでいく。

 ひよりは乃亜を視界の中で意識した色をさせながら、困ったように微笑んでいた。

 

「Cクラスの椎名ひよりと申します、平和なお話し合いにしたいですが……やや難しそうですね」

「? 何で俺を見ながら言った?」

「やめておけ佐々木、お前に鈍感キャラは似合わないと言ったはずだ」

「秩序と平和が人の形を成した俺と知っての発言とは思えん」

「笑わせるな、混沌と闘争こそがお前の糧だろうに」

 

 そうしてつつがなく、自己紹介の輪は回っていく。中には不満そうにしている者もいたが、ひよりが提案し、乃亜と一之瀬と坂柳という発言力が在る者による同調圧力によって黙らせながら、この場の生徒たちは顔と名前とを一致させていく。……乃亜だけ自己紹介が省かれたのには納得がいかないが、誰も異論を出さないのが納得できないが、まあよしとしよう。

 全員の自己紹介が終わってから、一瞬、間が開く。

 学校側からの指示のノルマは達成された、だから後は自由時間にも等しい。だが、自由とは時として選択肢が多くなるあまり、行動を制限させる。

 何事にも取りまとめる役割が必要な理由だ、ただ話すだけにせよ、話題内容の取捨選択ができる立場というものは必要不可欠だ。

 司会進行役を決めるための話題を落とそうとした矢先、坂柳が隣から声を上げた。

 

「進行役はどうされましょうか。『話し合う』ことが重視されるゲームである以上、話の流れを纏める役割を誰かに担っていただく方が、ディスカッションも円滑に進むと思いますが」

「じゃあ俺がこの会議をぐちゃぐちゃに「絶っ対に私がやるね!」そうだそうだ! 一之瀬にしか司会は担えんぞ!」

「賢明な判断だな、佐々木に司会役は務まらないだろう」

「おいこら綾小路、勝手に喋ってんじゃねぇ、挙手して一之瀬に許可貰ってから喋れや」

「……」

「綾小路君、一発くらいなら許可しますよ」

 

 ちょっとイラっとしたらしい綾小路が、坂柳からの勝手な許可を皮切りに、脇腹目掛けて拳骨を入れてきた、いたい。

 乃亜に主導権を握らせんとして自ら手を挙げた一之瀬だったが、残念なことに、その程度で乃亜の発言の制限はできっこないのだ。普通に暴れるが? 学校側が想定するであろうディティールとかぶち壊すが?

 

「それじゃあ早速みんなに提案なんだけど、私はね、結果1を見据えて議論を進めていきたいなーって思ってるんだよねぇ」

「私もそれが一番だとは思います。───ただ、恐らくは……」

 

 一之瀬の提案に、平和主義者であるひよりも同意を示す。本人の気質からすれば、軋轢も無く全員が得を出来る結果1が一番の理想だろう。Bクラスの生徒も、Cクラスの生徒も、概ねはその意見で方向性は合致しているようだった。50万ポイントという数字は、それだけの力を持つ。……乃亜としてもこういった場でなければ頷いて、ディスカッションの時間を楽しい雑談に費やしていただろう。

 だが今は楽しい談争の場だ、ひよりには悪いが、遠慮なんぞするものかよ。 

 椅子から勢いよく立ち上がりながら、少年は盛大に宣言をした。

 

「ぜぇぇぇぇぇぇったいに拒否する!!!!」

「あはは、だよねー……」

「はぁ……必ずそう言うと思っていました」

 

 坂柳と綾小路を除けば最も乃亜の性質を知る2人が、諦めたように溜息を吐く。タイミングも同じだった、乃亜は人と人を繋げる力に満ちているらしい。

 子供のような笑いを、口を隠して堪える坂柳。

 その目には、好戦的な色が灯っているのを確認して───ゴングは鳴った。

 

「んな仲良しこよしで満足できっか! クラスポイントを狙い撃って勝つ3か4の結果だ! その他を俺は求めない! それ以外はゴミかカスだ! 俺は勝ちたい! 絶対に勝ちたい! 俺が狙うのは勝ち以外にあり得ん!」

「そうですね、私も僭越ながら乃亜君のお考えに賛同いたします。目先のプライベートポイントを追い掛けているようではお話になりません。───ましてや私達のクラスは、無人島でわるーい男の子に散々虐められてしまいましたからね、少しでも多くのクラスポイントを得たいところです」

「ハッ! いいのかよ? 何だかプライベートポイントすらカツカツっぽい顔してねー? 即金が欲しそうなツラも見えそうだが? よぉ良いとこ育ちのお姫様ぁ、これからは貧乏人の気持ちに寄り添えるなぁ? 大人しく粛々とみみっちく結果1でも目指してれば良いんじゃねぇの?」

「それに関しては考えがありますので問題ありません、乃亜君からの優しいお心遣い感謝いたします、流石は恣意的思想でクラスへの利益も棒に振ったお優しいリーダーさんです、あまりにも()()お考えに感動すらしてしまいそうですね」

「アホ抜かせ、テメェなら裏側に策走らせて利益にすんだろ、易々と協力なんざできっかよ」

「ふふ、情熱的な信頼を頂けているようでなによりです」

「……これは仲が良いのか? 普通に険悪な会話内容じゃないか?」

「残念だったな幸村、こいつらの愛情表現は基本的に罵り合いだぞ。オレは既に口の中がジャリジャリする、甘ったるい、水が飲みたい。軽井沢、席を交換しないか」

「普通に嫌だし」

 

 携帯を弄らずに暇そうな軽井沢が、嫌な顔をしながら席を少し乃亜の方角から遠ざけた。……その程度は序の口だとも知らずに、今に彼女はこの部屋から逃げ出したくなる気分に襲われることだろう。

 

「……2人の意見は、AクラスとDクラスの総意と考えてもいいのかな?」

 

 司会役を全うしようとする一之瀬が、乃亜と坂柳以外の両クラスへ語りかけた。

 彼女の中でも、この後の構図は見えているだろう。だがこれは必要な儀式だ、誰かを蔑ろにして進めていくというやり方は、一之瀬の中には存在しない以上。

 話を振られた神室と町田が、用意していたかのような返答を口にする。

 

「私は坂柳に全部任せてるから」

「俺も同じだ」

「まあ、こうも期待をされては張り切らなくてはなりませんね」

 

 胡散臭いことこの上ない坂柳のコメントだが、気にすることなく一之瀬は矛先を変える。

 

「Ⅾクラスの人たちはどうかな?」

「オレは佐々木が暴走するサマを見たいだけで、こいつと同類扱いはやめてほしいぞ」

「タチが悪いな……俺は、まだ何とも言えない」

「私はプライベートポイントが欲しいんですけどー」

「黙ってろ齧歯類」

 

 ええいまだ自我を持つのかこの女は! 今回の戦いはクラス単位での勝ちにいける可能性はほぼないのだ! 纏まりがあるクラスならともかく、チームワークの『チ』の字すら存在しないDクラスではまず困難だ! であれば各員のマンパワーに任せて『みんながんばれ』の作戦とも呼べない実質的な個人戦に持ち込む必要があるのに! つーか坂柳との蜜月を邪魔するな!!

 

「ほらまた言った! ネズミ扱いはやめてって何回言わせれば気が済むの!?」

「あー、うっせぇな、3か4かで終わったら50万やるから黙ってろ」

「え。……分かった、黙る」

「関係性の薄い俺ですら心配になるチョロさだ……」

「……」

「あの軽井沢がちゃんと言うことを聞いているぞ……やはり佐々木は流石だな」

「…………」

 

 やはり物事の核心は資本主義にある、人類は資本主義の奴隷なのだ。

 さて、話は脱線したが、これで構図は大きく二つの考え方に分かれた。

 結果1で終わらせたい穏健派閥と、結果3か4で終わらせたい過激派閥。……過激派は実質的に2人しかいないという事実は……まあ、2人ぼっちとかいつものことである。

 

「けれど2人の考えを前提に話を進めていったら、どうしてもみんな喋りたくなくなっちゃうんじゃないかな?」

 

 一之瀬の懸念もごもっともな話ではあるが、正直なところ、乃亜からすればその程度は障害にすらならない。坂柳も同様の途中式へ行きついているようだ、だとすれば、この議論の要は情報を吐き出す吐き出させるなんて浅い段階には既に無い。

 佐々木乃亜が即座に回答メールを送っていない時点で、優待者はDクラスに絞られている。

 それを、坂柳と綾小路と、ひよりと一之瀬は理解していた。

 

「特には問題にはならんな、質問を一方的にぶつけりゃ色を見て情報抜けるし」

「色ですか……確か、前にも……」

「──────私も同じく。……流石に乃亜君ほどに正確なものを見える訳ではありませんが、それでも十分な推測材料は得られるかと」

 

 ここまでの会話は、単なる前置きだ。

 一之瀬の周囲への気遣いに気を良くした乃亜が、坂柳を巻き込んで参加させただけだ。

 この後が、坂柳と乃亜が本当に望んだ展開となるだろう。

 

「つーかもう既に優待者みっけたよ、俺」

「……ふーん? それは佐々木くんお得意のハッタリかな?」

「好き勝手に判じりゃいいさ」

 

 一之瀬へ好戦的に笑い掛けながら、議論を一気に加速させにいく。

 ───悪ぃ軽井沢! オメェを針の筵にご招待しちゃうわ!

 

「ッ? ……ね、ねえ、佐々木くん」

「優待者を見つけ出すのには、優待者が選ばれるに至った法則を見つければいい。ヒントは分かりやすいな、俺たちのグループ名だよ」

「さ、佐々木くん、ちょっと待ってほしいかも……」

「嫌だ断る絶対に待たない。

 根拠は干支だ、俺達のグループは卯、兎だな。

 12の干支は、子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥、と続く訳だ。

 そして俺達は4番目の干支である兎だ、仮説の一つとして、この『4番目』ということに意味があるのではないのか、それになぞらえて順番を数えることのできる要素が無いのかを、この部屋の中から探してみた」

「ちょっと待ってってば! 私何か嫌な予感がしてきたんですけど!!」

 

 良い勘を持っている、良いオーディエンスっぷりだ、そんな軽井沢からの期待に乃亜はたんと応えたいと思う。

 フルスロットルで確信へと迫っていく───!!

 

「するとあったんだよ、この部屋だけで完結している要素が。

 名前順だ、ここに居る全員の名前の頭文字を、あいうえお順に並べ替えてみろ。その4番目に、誰の名前が乗っていると思う?

 ()小路清隆、()之瀬帆波、神室(かむ)真澄、そして───

 ───Dクラスの女生徒、(かる)井沢恵の名前が4番目に位置している!!!!」

「…………嫌な予感が当たったぁー!」

「佐々木っ、お、お前っ! 正気か!? 何を言っているのか分かってるのか!?」

「…………ふっ」

 

 軽井沢は絶望的な表情を浮かべ、幸村は憤りを瞳に浮かび上がらせる。激情によって表情を形作るという意味では同じだ。

 そして綾小路は、思わず噴き出したように、小さく頬を緩めて笑っていた。

 優待者の正体は、軽井沢恵だ。

 乃亜は自ら、その答えを衆目へと提示する。

 

「成程……そう来ましたか」

「……えっと、ちょっと予想外、かも」

「フルオープンですか、ふふ───乃亜君らしいですね」

「御膳立てはしてやったぜ? さあほら、『優待者は軽井沢恵です』ってメールを送ってみろよ」

 

 さあ、佐々木乃亜から満面の笑みで提供された、とっておきの御馳走だ。

 彼ら彼女らは、安易に手を付けてくれるのでしょうか?

 そして、その上で、まだまだ乃亜のハッタリは終わらない。

 

「ハッ! そういや一つ思い出したんだけどぉ、この学校ってさぁ──────ポイントでなら買えないものは無い、だっけぇ? 何でも買えるのなら、ねぇ? 悪いこと俺、たっくさん思いついちゃうんだけどさぁ」

 

 思考のレベルが乃亜へついては来れずとも、先の無人島での乃亜の手口は大きく広まっている。乃亜が提示したモノには、一定以上の警戒を払うべきであると、一年生の全員は認識しているだろう。思慮が浅い者は、知恵者へ意見を求めるだろう───この御馳走へ触れるか触れざるべきか。

 だから少なくとも、今日はしのげる。思慮深い相手だろうと、一日は思考に使うだろう。夜の部もあるのだ、反応を見つつ、そういったゲームメイクを選ぶ、逆の立場なら乃亜でもそれを選ぶ。

 明日以降は怪しいが、坂柳を相手にする中でこの防衛戦を一日でも守り切れるというのは大きな意味を持つ。

 

「懐疑に猜疑、確定した情報を相手の中で不確定にさせていく……乃亜君の得意技ですね」

「へぇ? じゃあおら、メールしてみろよ坂柳ぃ」

「ふふふっ、そうですね、いっそ送ってしまいましょうか?」

「ハッ! いいね! ついにお前もギャンブラーの仲間入りって訳だ!!」

「……途轍もなく送りたくなくなってきました、神室さん、頼めますか?」

「おいコラ、お揃いに喜べや」

「私はいいけど……いいの?」

 

 売り言葉に買い言葉状態だった坂柳が、神室からの一言に動きを止める。

 確かにハッタリだ、坂柳を相手に何度使ったことか───そんな彼女だから知っている。

 乃亜の虚言は、嘘を並べ立てる手法は、統計すれば必ず5割でグラフは落ち着くということを。

 タイミングは不規則に、けれど乃亜が敢えて、コイントスが好きな乃亜が自らの意志でそうしていることを、唯一知っている彼女だからこそ。

 

「……ふ、ふふっ、ええ、いいでしょう乃亜君、貴方の時間稼ぎにお付き合い致しましょう」

「ほーん? いいの? 今の俺らって浮足立ってるから、大打撃喰らったら結構キツイけどー? お前にしてはぬるくね?」

「厄介ですね、貴方のその賭博好きな性質は」

 

 言いつつも、とても嬉しそうな坂柳の笑みを見て、乃亜はますます笑みが深くなる。

 

「BクラスもCクラスもさぁ、送ってみれば? ワンチャン狙い! もしかしたら俺がペラペラ説明した優待者の法則が当たっているかもしれないじゃん! 今度は無人島の時みたく本物の優待者を隠していたなんて可能性は低そうっぽくねぇー? ───ほら別府クン! クラスの力になれるかもしれないチャンスだよ! ほら山下サン! あの滅多に人を褒め無さそうな龍園からお褒めの言葉を頂けるチャンスかもよ! 外せばマイナスだけどネ!」

 

 人間誰しも、真っ当な人間であれば、美味しい話には期待してしまう、乗りたくなる。

 だがここが人間の楽しいところで、逆にあまりにも美味し()()()と、期待は一転して不安と疑心へ置き換わっていく。

 何かを得る際には、見合った苦労、見合った対価、見合った過程───納得できるだけの『支払い』がなければ怖くなるのだ。何もしていないのに、いきなり家へ押しかけて来た人間から突然「100億円上げます」と言われても疑問一つも浮かばずに受け取れるのだろうか。

 加えて、坂柳もそうだが、一之瀬もひよりも、軽井沢が或いは幸村が綾小路が優待者か否かという情報を、様子を洞察するだけでは見抜けないだろう。

 何故ならば、本人たちも分かっていないのだ。

 優待者の当選メールを見ていないのなら、見ることが出来ない状況へ追い込んだ誰かがいるのだから、分かる訳も無い。

 

「あっれれー? だーれもメールを送らないのー? 大分芯を喰った論説も添えてるのにー?」

「うーん……流石にちょっと手は出せないかなー」

「乃亜くんは本当にコイントスが大好きなんですね」

「うん! ちょーすき! さいっこうだぜフォーー!!」

「あ、あれっ? なんか知らないけど私達って助かったの……?」

「ず、頭痛がする……何でこんな狂人と一緒なんだ……」

「無理はするなよ幸村。だが安心しろ、きっと二日目になったら佐々木はもっと荒らすぞ」

 

 鬼畜外道な励ましをするマイフレンドだった。

 


 

 波乱となった最初のディスカッションは、混沌とした空気を残したまま終わりを告げる。

 混濁した空気から逃れようと、一息を入れようとする軽井沢と幸村。特に軽井沢のストレス値は凄そうだった、何だか可哀そうだ、強く生きて欲しい。

 退室の雰囲気へと移行しようする中で、坂柳が声を出す。

 

「一つ、よろしいでしょうか」

「何?」

「Dクラスの皆さんは、携帯をお持ちでは無いのでしょうか?」

 

 坂柳の指摘は、佐々木の策の核心を貫く一言だった。

 それに便乗したのは一之瀬の声だ、彼女も違和感は感じていたのだろう。当然のように椎名も気にしていた様子で───机の下で携帯を操作しながら、聞き耳を立てている。

 

「……坂柳さん、携帯がどうかしたかな?」

「いえ、乃亜君を除くお3方が、どうにも落ち着かないご様子でいらしてましたので、特に軽井沢さんは───まるで携帯が無くて落ち着かないような、そんな風にふと感じました」

「ッ……えっと、そ、そんなことはないんじゃないかな?」

 

 あまりにもギャルギャルしい見た目の軽井沢だが、このディスカッション中、携帯には一度も手を触れる様子が無かった。それが坂柳の琴線に触れたのだろう。

 指摘された途端に全身を硬直させる、軽井沢と幸村。……一応オレもビクッとさせておくか、どうせ坂柳にはバレているだろうが。しかし優しいな、オレまで含めてくれるとは、まだ潜伏させてくれるだけの余裕がAクラスにはあるということか。

 そして策を巡らせていた張本人は、涼しい顔をして言った。

 

「それがさー、今朝さー、3人の携帯を預かってたらさー、偶然コーラが入ってるグラスの中に突っ込んじゃったんだよねー」

「自分から言うのか!?」

「指摘されちゃもう無理だよ、幼児体系(さかやなぎ)に下手な誤魔化しは無意味だ」

「何でしょうかこれは、この言い知れない憤りはいったいどこから……」

 

 坂柳がしきりに辺りを見回しながら……主に佐々木の顔をじろじろと睨んでいたが、佐々木は素知らぬ顔。

 オレは懐から、壊れた携帯を取り出した。砂糖と炭酸のダブルパンチに侵された精密電子機器は、うんともすんとも言わずに真っ暗な画面だけを映し出している。……元々佐々木は蹴り折ろうとしていたが、あまりにも露骨に壊せば悪質と判断されて処罰を受けかねない、そうオレが諭して、炭酸砂糖水に浸からせようという結論に変わったのだ。

 壊す前には既にSimカードを抜いており、データのバックアップも記録媒体へと移してある。今からそのSimカード含めた諸々入りの新たな携帯を茶柱が持ってくる手筈となっている。試験が始まる5分前に報告することで、学校側から即座に対応されることなく、この一時間、坂柳を始めとした実力者達から真実を隠すことに成功していたのだ。

 Simカードの端末ロックの解除方法はポイントで買ったらしい。オレもSimカード関連で悪さを出来るのではないかと睨んではいたが、ルールの穴を積極的に見つけに行くことが大好きな佐々木は、4月の時点で既に把握していたとか。

 

「でもねー、ふーん? 偶然かぁ……3つ纏めて入っちゃったことも偶然なのかな?」

「もちろん偶然だ、流石の俺もびっくらこいたねありゃ、まるで意図したかのように綺麗にストーンだ、めっちゃシュワシュワしてたし」

「偶然携帯が壊れたからメールを見ることが出来なくなっちゃって、優待者であるか否かの洞察を行わせないような形になったことも───偶然なんだー?」

「不幸を幸いに変えることに関しちゃ天才的だぜ? 俺はよ」

「ふふっ! うんっ、知ってるよ!」

「『うんっ』が可愛いな、弾むような雰囲気がそうさせるのか」

「も、もうっ!」

 

 美術名画を賞賛するようなテンションで、一之瀬を褒める佐々木。

 ───恐らくだが、佐々木から見た一之瀬帆波とは、本気で絵画の類と同一の認識なのだろう。芸術賛美と変わらないそれは、人が紡ぎあげた善性に見惚れてはいるものの、作者そのものへ関心を持っているわけでは無い。ある意味で、佐々木は一之瀬を人間と見做してはいないのかもしれない。

 善性の手本としてか、はたまたコレクション的観点か。

 とはいえ、人間そのものへの価値観が異質な佐々木だ、形は違えど、普通の基準へと置き換えれば一之瀬が好ましい人物であるのは確かなのだろう。……少なくとも坂柳が不機嫌になる程度には。

 

「…………」

「はぁ……」

「……そういえば、乃亜くんにお聞きしたかったのですが」

「なに?」

 

 不機嫌な坂柳に辟易としている神室を気の毒に思ったのか、椎名が話題を露骨に変えてきた。

 するとちょうど茶柱が、軽井沢と幸村とオレの新品の携帯を持って現れた。良いタイミングだ、話題転換もあったからか、坂柳の機嫌は平時へと戻っていくだろう。

 

「次は気を付けるんだな」

「はーい」

「ありがとうございます」

「どうも」

「まったくよぉ、テメェら気を付けろよ本当にぉ! ───いでっ、いたっ」

 

 軽井沢は携帯を受け取った途端、逃げるように部屋から立ち去っていく。幸村も長居をするつもりはなかったのか、席から立って退室した。2人とも立ち去り際に佐々木の椅子へ蹴りを入れていた。……オレも足を踏んでおくか。

 

「ふんっ「いでぇ!?」どうした佐々木、いきなり怖いな」

「坂柳相手には有効な策だったのに……」

 

 既にグループの大部分は退室を終えていて、部屋に残されたのは、佐々木にオレ、坂柳と付き添いの神室、椎名と一之瀬、そして会話内容に興味が生まれたのか壁にもたれかかる茶柱。

 頃合いを見て、椎名が話を再開させる。

 

「乃亜くんは度々、見たものへの所感を『色』と答えることがありました」

「あー、色が何かって話?」

「はい、差し支えないようならお聞かせいただきたいです」

 

 これは確かに、オレも興味を惹かれる話題だった。

 感情を読み解くような言動をする際、佐々木は確かに「そんな色がする」と締め括ることが多々あった。

 色とはまた詩的な表現だ、しかし何故か知性に富んでいる佐々木ならば、どこか納得できる表現でもあった。しかも往々にしてその指摘が外れた場面を見たことが無い、まるで本当に心を直接のぞき込んでいるかのような、本物の悪魔の力でもあるかのような。

 坂柳が、不自然に黙り込んでいる。真隣の彼女は視界に映っていないからか、気にせずに佐々木は椎名へと言葉を返した。

 

「あー、全っっっ然っっ楽しくない話だけど」

「……すみません、不躾すぎましたね。話辛いのなら大丈夫ですよ」

「いいや佐々木、聞かせろ、お前の中じゃ大した話じゃないんだろう」

 

 椎名の遠慮を押し退けて、オレは強い口調で『色』についての情報を催促する。

 この先の戦いでも、オレの()()を叶えるためにでも、佐々木乃亜という男のプロファイリングは不可欠だ。佐々木の優れた洞察力の要になり得る情報ならば尚更に。

 

「まあそうさね、ぶっちゃけ当時の現場状況すら覚えてすらないし、事務的な事実説明だけになっちまうけど」

「なら話してくれ」

 

 一之瀬も口を挟むことはなく、気にはなっているようだ。茶柱も同様に、自分のクラスの問題児の未開情報に興味を示していた。

 椎名はどこか、申し訳なさそうな表情をさせていた。

 神室は佐々木が気にはなるが、それ以上に坂柳の様子がおかしいことを気にしている。

 坂柳は──────俯き、無言だった。

 周りの反応などを気にした様子もなく、佐々木はおもむろに、机へと向けて頭頂部を差し出した。

 

「ここ、見える?」

 

 硬い質感の短髪、その中心であるつむじから少しズレた位置に、白い線が入っている。

 オレには、それが何なのかがすぐに分かる下地があった。

 

「……傷跡か? 随分と古いが」

「そう、傷だ。3歳の頃に頭をぶつけて寝込んじゃってさ」

 

 坂柳の肩が、微かに震える。

 何でもないことのように語る佐々木の視界には、彼女は入っていない。

 

「次に起きたら俺、4歳になってた」

「一年間も意識を失っていたのか、よく生きてるな」

「ね、マジでな。んで起きたら人の情報っつーの? 五感で得た情報を、直感的な色彩で視界に出力するようになったって訳」

 

 それは何とも遠回しな後遺症だった。

 五感で得た情報、それは佐々木の洞察力を以てすれば、指の微かな震えや瞼の動き、額の発汗と言った見逃しがちな情報をも拾い上げることが出来るだろう。それを整理して出した結論を、脳内だけで完結させるのではなく、もう一度視界へとわざわざ出力するとは。

 だが確かにと頷けるメリットもありそうだ、例えば、この男は相対する人物へ所感をポロリと漏らす。それがあまりにも高い精度で、尚且つ優れた思考速度だ。

 まるで心を直接見通しているかのような動揺を、気が緩んだタイミングで深々と与えられる。

 それもまた、『色』が見えているが故か。

 

「その破綻した性格も後遺症か」

「元からこうだが」

「先天性か、救えないな」

「うっせーアホノ小路が、俺はこの自分が気に入ってるんですー」

 

 つまるところこの男、ヒト型噓発見器だ、しかも自立型で先の展開を予測する演算機能付き、便利だなコイツ、一家に一台……要らない、佐々木が家に住み着くのは冗談じゃない、うるさそう。

 

「それは……たぶんだけど超能力とか、そういったものじゃない、よね?」

「ぜんっぜん。動揺してるとか平然としてるとか、要は平面上しか分からんから、決定的な証拠をすぐさま抜き出せるとかには使えねぇ特技。まあ、足りない部分は経験則とかでカバーして、今くらいの感じに落ち着いたって訳」

「───ええそうです、共感覚の一種です、オカルトの類などでは一切ありません。普通の人間にも引き起こる、いたって普通の知覚現象です」

 

 些か早口で、坂柳が補足をする。

 そこでようやく佐々木は坂柳の方へと向いたが、どうでも良さげに、また視線を元の位置へと戻してしまう。その一連の佐々木の対応に、オレは言葉にはし難い違和感を抱く。

 

「脳が勝手に演算して結論を出してくれるのが便利なんだよね、『色』って形で───あー?」

 

 佐々木が何でもなさそうに説明を再開させようとした時、軽井沢の声が部屋の外から聞こえてくる。室内の全員が扉へと視線を向けると同時に、佐々木は立ち上がった。

 叫ぶような声色が聞こえた瞬間、佐々木はすぐさま行動に移す。……成程、五感から読み取っているのなら、聴覚からも『色』が読み取れるということか。

 佐々木の顔つきは、いつだったか、須藤の胸ぐらを掴んで説教をしていた時と似ていた。悪魔でも無く、快楽主義のギャンブラーでもなく、言うなれば『クラスメイトのため』に奮迅する顔だ。

 

「ちょうど今みたいに深刻さの有無とかも分かったりね!」

 

 そう言った佐々木は、早足で扉へと近づく。

 意図して大きな音を立てるように足へ力を込めて、放たれた蹴撃。

 鍛え上げられた脚力から解き放たれた一撃が、扉を───開かなかった。

 足を伸ばしたままの佐々木のつま先は、扉に食い込んでいた。

 ちょうど突き刺さるように、佐々木の蹴りは、扉へ一つの風穴を開けてしまった。

 

「……やべっ」

「乃亜くん……あまり乱暴なことは良くないですよ?」

「お前の脚力で加減しなくちゃそうなるだろ」

「佐々木って頭がいいくせにバカなのね」

「はぁ……乃亜君、またですか?」

「またって、過去にも同じことをしちゃってるんだ……?」

「嘆かわしいことですが、窓ガラスを数十枚ほど景気良く……はぁ……」

「ええい黙らっしゃい! 教師に見つかってないから大丈夫なんです! バレなきゃ犯罪じゃねぇのよ!! ……あー、そういや居たじゃん忘れてたわ」

 

 鬼の形相で迫りつつある茶柱から逃げ出すように、穴から足を引き抜いた佐々木は、扉を今度こそ開け放って叫ぶ。

 叫びの送り主は軽井沢だろうか。

 

「おいコラ軽井沢ぁ! テメェ何に巻き込まれやがってんだぁ! テメェのせいで俺のポイントが無駄に減る羽目になっちまったじゃねーか!!」

「お前のそのポイントで解決できるという考え方は要改善だな。金銭だけでは解決できない現実を教えてやろう問題児め」

「はっ、早く! 早く状況を説明しろーっ! 俺がこのヤニカスに連れてかれる前にーっ!! 間に合わなくなっても知らんぞーーっっ!!」

 

 叫びながら連行されていくマイフレンドの代わりに、尻拭いくらいはしてやるか。

 


 

 そして、試験1日目の、夜のディスカッション。

 昼頃とは、圧倒的なまでに空気間が違っていた。

 部屋へと再び集まった兎グループの面々は、集まるや否や、乃亜へと視線を集約させる。視線の色は敵視やら驚愕やらとあるが、大事なのは、『佐々木乃亜がしでかした』という認識だった。

 ───本当は乃亜はほぼ何もしていないとか、間違っても言えない空気なのだが。

 

「嬉しかったのに……本当に、意地悪な男の子です」

「フッ」

「……龍園くんが何かをしたってこと? ……だめだ、分からないなぁ……」

「フッ」

「乃亜くん……いえ、何も言わないでおきます」

「フッ」

 

 乃亜はただ、心中を察されないよう、ただニヒルに笑うだけである。

 

「フッ(あの女!! やりやがった!! やりやがったぁぁぁぁぁぁ!!!!)」

「フッ(ああ、やりやがったんだ、あいつはオレ達の想像を超えていったんだ佐々木!)」

「「フッ(育成ゲームって楽しいな!)」」

「仲良いなお前達」

「……え? ……ご、ごめん、何か言ってた? …………はぁ…………」

「軽井沢に言った訳じゃないが……お前はお前でどうしたんだ」

 


 

 それは坂柳の動きを止めるために、相互トレードの意味合いも兼ねて、2人でクルーズ船のアクティビティを堪能していた時のこと。

 坂柳の足止めをしろとは言われた、高円寺へ口利きをしろとも言われた、『干支』の二文字だけを軽井沢が優待者であるという情報と共にヒントとして送りつけもした、だがそれだけだ。

 坂柳とは本当に遊んでいるだけだったし、高円寺は夜の19時までしか待てないとか抜かすし、ヒントだって別に自力で辿り着くのなんか簡単だ。決定的なのは優待者情報くらいか。

 

「あん?」

「あら?」

 

 プールサイドで2人仲良くお揃いのブルーハワイジュースを啜っていれば、乃亜と坂柳の携帯が震えたのだ。

 てっきり高円寺が暴走でもしたのかなー、とか考えていた、全然違った。

 携帯は、()()()()()()を振動させていた。

 

 ───鼠グループの試験が終了いたしました。鼠グループの方は以降試験へ参加する必要はありません。全グループの試験終了アナウンスまでは自由時間となります。

 ───牛グループの試験が終了いたしました。牛グループの方は以降試験へ参加する必要はありません。全グループの試験終了アナウンスまでは自由時間となります。

 ───虎グループの試験が終了いたしました。虎グループの方は以降試験へ参加する必要はありません。全グループの試験終了アナウンスまでは自由時間となります。

 ───竜グループの試験が終了いたしました。竜グループの方は以降試験へ参加する必要はありません。全グループの試験終了アナウンスまでは自由時間となります。

 ───蛇グループの試験が終了いたしました。蛇グループの方は以降試験へ参加する必要はありません。全グループの試験終了アナウンスまでは自由時間となります。

 ───馬グループの試験が終了いたしました。馬グループの方は以降試験へ参加する必要はありません。全グループの試験終了アナウンスまでは自由時間となります。

 ───羊グループの試験が終了いたしました。羊グループの方は以降試験へ参加する必要はありません。全グループの試験終了アナウンスまでは自由時間となります。

 ───猿グループの試験が終了いたしました。猿グループの方は以降試験へ参加する必要はありません。全グループの試験終了アナウンスまでは自由時間となります。

 ───鳥グループの試験が終了いたしました。鳥グループの方は以降試験へ参加する必要はありません。全グループの試験終了アナウンスまでは自由時間となります。

 ───犬グループの試験が終了いたしました。犬グループの方は以降試験へ参加する必要はありません。全グループの試験終了アナウンスまでは自由時間となります。

 ───猪グループの試験が終了いたしました。猪グループの方は以降試験へ参加する必要はありません。全グループの試験終了アナウンスまでは自由時間となります。

 

 高円寺の暴走どころじゃなかった。

 

「兎、以外が──────乃亜君、やってくれましたね」

「フッ(なにこれしらない)」

 

 暴れていたのは、堀北でした。

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