All or Nothing   作:真の柿の種(偽)

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我々の性格は、我々の行動の結果である。

 竜グループ、一回目のディスカッション。

 自己紹介もほどほどに、開幕から堀北鈴音は弾けていた。

『自分の言葉を佐々木乃亜の発言と認識しろ』、これは確かに、彼女の言葉を誰にも無視させないだけの魔力を放つ。

 意味を噛み砕くように、その意味を本当に堀北が理解しているかを問うように、龍園は口を開いた。

 

「……俺の聞き間違いじゃなけりゃあ、お前の言葉が佐々木のものだとか聞こえたんだが?」

「かもしれないわね。面倒だから、もう同じことは言わない」

 

 かと思いきや、突如として堀北は発言の意志を急に引っ込めてしまう。

 平然とした顔をして腕を組み、目を瞑って黙り込む。分かりやすいほどに議論への不参加の表明だ。

『聞き返させる』ことで話の主導権を強引に己のモノとする、心理誘導のテクニックの一つ。

 堀北の意図と思惑を汲んだ龍園は、しかし軽薄に笑いながら、堀北の思惑へと自らの意思で乗ってみせた。

 

「面白れえな、言えよ、何が目的だ」

「貴方はこの試験がどういった種類の試験なのか、理解出来ているかしら」

「人狼モドキだろ、それがどうした」

 

 予定調和のように、淡々と続く現状の再確認。

 急に黙り込んだり、かと思えばいきなり饒舌に喋り出したり、緩急に付いて行けない者もグループの中には散見される。

 だが堀北は一顧だにせず、話が通じる相手である存在の龍園を───話を通じさせるつもりの相手だけを狙って、話を進めていく。

 

「そうね、『優待者』という名の嘘吐きを特定する、それがこのゲー……試験に於いて最も重要な要素よ」

「「「「(今一瞬ゲームって言い掛けた)」」」」

 

 一瞬だけ堀北が己の発言を戒めるように……自己嫌悪に陥るように表情を顰めた後、言葉の続きを口にした。

 

「この試験は心理戦。───心理戦であるという前置きをした上で、貴方はこの試験、このまま行けばどのクラスが勝つのか想像出来ている?」

「自分のクラス以外を答えるバカがいんのか?」

「心にも無い事を言うのね、貴方なら……彼へ正面からの勝負を挑んで負け続けている、そんな貴方だからこそ、佐々木乃亜のいるDクラスが勝つと予想している筈よ」

「───言ってくれやがるな」

 

 堀北の指摘に、喉を鳴らして笑って見せる龍園だった。しかし瞳の奥の激情は決して愉快な色彩をしていない、憎悪にも酷似した渦がのたうち回っている、見る者の心へ爛れた傷を作るような熱が、堀北には見えた。龍園は、散々コケにされて、敗北感だけを押し付けられ続けて、それでも楽しい気分で居続けられるような人格破綻者とは違う。

 不快は晴らしたい、愉快の方がよい、龍園はそういう人間だ。

 愉快はもとより、不快ですら心底からの歓迎が出来るような、天秤が壊れた存在とは違う。

 

「私達のクラスには、佐々木乃亜という人の形をしているだけの嘘発見器がある。都合が良い事にその嘘発見器には、未来を見ているかのように正確な演算機能も積まれている……言葉にするとかなり使い勝手の良い便利な道具ね、壊れるまで使い尽くさないと損だわ」

「堀北さん、それはあまりにも言い過ぎなんじゃ……」

「いいえ、違うわよ櫛田さん、あんなのは道具扱いでちょうど良いのよ」

 

 流石の龍園も、この場にはいない少年へちょっと同情していた。

 

「このディスカッションが終わった後、私達は、その道具を船中走り回らせる事ができる。生徒1人1人の顔色を伺わせて走り回らせれば、次のディスカッションの時間を待たずに私達が勝つ」

「奴隷のようなことはさせられないよ……」

「いいえ、違うのよ平田君、あんなのは奴隷扱いにでもしておかないと勝手に暴走して他を道連れにするだけなのよ」

 

 流石の龍園も、この場にはいない少年の性質を思い返してちょっと同意してしまう。

 

「そして、彼ならそれを実行する。貴方だってそれを実際に行うような狂気の沙汰を無人島で見たでしょう」

「だからどうした、何か企んでるらしいがなあ、残念だが不足してるぜ鈴音。俺は既にこのグループの優待者を特定している」

 

 挑発的な声色に、室内が一気に色めき立つ。

 発言の真偽を問い質すように、龍園の表情へと竜グループの生徒たちの視線が一気に集約されるが、心中を悟らせるようなボロを彼は出すことが無い。いっそ滑稽であると嘲るかのように、視線の一つ一つへ見下した笑みを返していく。───龍園へと向ける視線の中に、気になるモノが一つあったが、一度それを堀北は置いておく。

 ハッタリでもないが故、根拠のある自信を宿した龍園の嘲笑を睨み返す堀北。

 けれど自分でもどうかと思うほど、焦ることの無い己の心境に戸惑ってすらいた。

 これは傲りでもなく、慢心でもなく。

 龍園が現状の自分よりも上の実力者であると認識していながらも。

 

「優待者さえ特定出来れば後は時間の問題、選ばれる法則を探し当てるだけの単純な作業だ」

「私は下の名前で呼んでいいとは許可していないのだけれど?」

「俺が許可した、文句あるか」

「暴君───いいえ、裸の王様の方が似合っていそうよ、滑稽ね、貴方」

 

 堀北の言葉に、何を思い出したのか龍園が声を漏らして笑う。

 それに訝しみながらも、堀北は続けて言葉を紡いだ。

 

「佐々木乃亜が、今頃グループの優待者を特定していないと思う?」

「してるだろうな、その先の法則の特定に進んですらいるだろう。だがそれよりも俺達の方が法則の特定は早い。あいつの欠点はマンパワーだ、人海戦術を扱うには、佐々木には他人への信用が存在していねえ。かと言って言葉だろうと暴力だろうと、絶対的な支配をして手駒を増やそうとすらしない。手下の数が不足している佐々木と、クラスを支配して頭数を動かせる俺、このゲームに於いては俺の方に分がある」

 

 情報戦に於いて、『知らない』ことは最大の防衛策だ。

 だから佐々木乃亜は、大きな情報を『知らせない』。

 自分以外からではほぼ確実に露呈すると決めつけている。自分と同レベルの思考域の存在でなければ、情報の全てを開示しない。

 ───このグループは知りようも無いが、乃亜が綾小路と軽井沢と幸村の携帯を破壊したのもそれが理由だった。「メールを見るな」とたった一言を伝えれば済む話も、他人への信用が足りていないから、どうあっても見ることのできない状態へと強引に持って行く。……綾小路に関して言えば完全にとばっちりだったが、一人だけ壊さないのも不自然だったのだ、可哀そうな綾小路である。

 

「……不思議でならないわ」

「あん?」

 

 心からの声で、疑問を口にする堀北。

 

「佐々木乃亜は既に優待者の法則すら突き止めている、どうして貴方はその可能性に手を伸ばさないの?」

「クク。だとすれば今頃、兎グループの優待者の正体を確定させて試験は終わってるぜ?」

 

 的外れだと笑うように、龍園は彼の中に在る、佐々木乃亜のプロファイリングを語る。

 それは逆に言えば、龍園は佐々木乃亜をよく理解しようとしていることの証左でもある。強敵だからこそ知ろうとする、戦術に於いての基本的な基礎を抑える、それは邪道を主流とする龍園なればこそ必要な道筋だ。

 ───堀北は、その反応が欲しかった。

 

「自分の目で見た洞察、そして法則(ルール)に基づいた俯瞰的推測、佐々木はその二つを組み合わせてようやく確信に変える用心深い奴だ。通知が来ていないってことは、どちらかが欠けている、だから優待者のメールを送っていない。或いはDクラスの中に優待者が居たりしてなあ?」

「案外遊んでいるだけ、なんて事だってあるかもしれないわね」

 

 そこには龍園も似たり寄ったりな意見だったのか、反論もせず、お手上げのポーズを取るだけだった。

 ───この瞬間だった、堀北は、この交渉の結実がどうなるのかが見え掛けた。

 たった一つの認識、『佐々木乃亜は遊びかねない』というこの共通認識を引き出せた。

 ここまでの舌戦など、実のところを言えば、この些細な龍園の手ぶりを引き出すための大げさなパフォーマンスでしかない。『遊んでいるだけ』『ふとした瞬間に全てを壊す』『いつ爆発するかも知れない危険物』、そんな認識だけが共有できていればよかった。

 それさえあれば、十分に材料として機能し得る。

 

「話は変わるのだけれど、この試験のグループのメンバーには法則性があるのは分かるわよね。例えば私達の竜グループには、クラスの中心人物に近しい人が集められている可能性が高い」

「それにしては雑魚しか見当たらねえがな」

「乱暴な物言いはどうかと思うけれど、貴方も思い至っていたようね」

 

 竜グループに参加しているリーダー格となる存在は、Cクラスの龍園ただ一人。単に法則が違う可能性もあるが、それにしても違和感は生じる。

 Aクラスからは葛城、Bクラスから神崎、Dクラスからは堀北に櫛田に平田、と。クラスの中心人物、周りから目立つような生徒が選ばれているのは確実だった。だというのに。

 平田と櫛田が、頷きながら議論を補完していく。

 

「うん、確かに佐々木君がこの場にいないのは不思議だよね」

「私たちのクラスで目立つって話なら、佐々木くんは外せないもんね」

「彼は単なる悪目立ちでしょうけれど、龍園君が選出されている時点で、悪名が高い事すら選考基準である可能性は大いにあるわ」

「おいおい、ひでえ言われようじゃねえか」

 

 神経を逆撫でるように笑う龍園に、けれど堀北は心が一切乱れなかった。

 精神を追い詰めるのが得意技の厄介なクラスメイトが居るからだ、アレが人を詰める際の激しさを思えば、龍園の挑発はまだ優しさに満ち溢れているように感じられる。

 冷たく睨み合う堀北と龍園、その横から、神崎と葛城が口を挟んだ。

 

「それだけじゃない、俺達のクラスからは一之瀬もだ、彼女は佐々木と同じ兎グループと聞いている」

「坂柳は事情が事情だ、このグループから逸れても不思議ではない、が……兎グループ───佐々木と同じグループに配属されたと神室からは聞いた」

「葛城君は、坂柳さん本人から聞いた訳じゃないのね」

「グループのメンバーを把握せずに臨みたい、だそうだ……はぁ」

「全く同じことを言った大馬鹿を知っているのだけれど……はぁ」

「クク。流石はプリンスサマとプリンセスサマだ、お似合いだな」

 

 同じ種類の溜息を吐く葛城に、強めのシンパシーを覚える堀北だった。

 意趣返しではないが、この先の議論の展開の小さな布石として、堀北はCクラスからも名前を挙げる。

 

「椎名さんも兎グループだったわよね」

「無人島じゃひよりはDクラスに世話になっていたんだったなあ? 我儘なじゃじゃ馬で困ったもんだぜ」

「佐々木君が警戒しすぎて一人ぼっちで可哀そうだったわ。もう少し気を遣った人選にしなさい、気の毒すぎて見ていられないわよあんなの」

「……佐々木に言え」

 

 そっと、堀北から視線を外した龍園。

 他のクラスに腫れもの扱いをされて囲まれながら、それでいて唯一の知り合いからはガッツリ避けられる椎名ひより。そんな背中を想像した龍園は、ちょっとだけ彼女に申し訳なさを覚えたりしたのかもしれない。

 ───閑話休題。

 

「坂柳有栖、一之瀬帆波、そして彼が一目置いている椎名ひより……この3人が集まったグループなんて、佐々木君からすれば格好の遊び場よ」

「今頃は優待者の正体をとっくに掴んで、正体を探る法則にも手が届いている。……だが佐々木からすればすぐに終わらせるのは勿体ない、だから引き延ばして遊んでいるだけだ……そう言いたいんだろうが、な」

「要約してあげる必要はあるかしら」

()()にしか聞こえねえが合ってんのか?」

「ええそうよ、手を組めと脅しているの。貴方にはこれ以上決定的な敗北を重ねづらい理由が存在している筈、それも複数」

 

 こめかみに突き付けられているのは、『佐々木乃亜による敗北』という銃口だ。

 今日ここに至るまで、個人戦集団戦ひっくるめて、龍園は通算で3度の敗北を喫している。一つも勝利は無く、クラスを巻き込んだ策略も全てを踏み潰されている。

 ───独裁者による支配とは、有能だからこそ許される。

 龍園は未だ、クラスへ示せるだけの大きな勝利が一つも無い。悉くへ佐々木乃亜の名が立ち塞がっている。

 浮足立ったDクラスにとって、この試験が想像を超える重要性を持つように。

 この一戦は、Cクラスにとっても今後を左右しかねない重要な分水嶺だ。もしもCクラスが何の手立ても起こせず敗北でもすれば、龍園翔の求心力は相当に削られることだろう。

 仮に佐々木乃亜が、坂柳有栖との対立に拘っていなければ───この試験でCクラスを徹底的に狙い撃つべく即座に手を組み、一気呵成に畳みかけるようなゲームメイクを展開するだろう。今の龍園はそれだけの脆弱性を抱えている、そして堀北はそれに気が付いていた。

 だからこそ、どんな形に収まるとは言えども、この交渉はまず間違いなく通るという確信がある。

 

「心理誘導の手法も佐々木に教わったのか?」

「どうとでも受け止めればいいわ、大事なのは、龍園君がどう考えるか───そうでしょう?」

「クク。違いねえ」

 

 挑発的な言葉を浮かべる堀北に、龍園は愉快そうに喉を鳴らして笑った。

 ただの手駒の一つにしか過ぎないと考えていた少女。だが今ではもう、龍園は甘く見積もることをやめている。

 堂々とした振る舞い、何を言われようとも即座に返答する胆力、揺さぶりの一つも通じない真っ直ぐな瞳、相手の心理を計測して詰めていく手法、これは佐々木乃亜の隠し玉だ。この日まで手塩に育て、自らの身を前に晒してまで隠し通していた存在だ。……敵を望み過ぎて前に出たがりなだけなのはそうなのだろうが。

 鋭い睨みを突き付けてくる堀北は、単なる佐々木の小間使いには留まらない。今、彼女は自らの意思で、佐々木乃亜の名を利用して、佐々木乃亜の整えた状況を用いて、龍園へとの交渉に望んでいる……とくれば警戒に値する。

 彼女の言葉には一考するだけの価値が有ると、薄く笑いながら、軽薄な表情の裏で龍園はそう結論付けた。

 

「だが読めねえ部分も多いな……ディスカッションが終わった瞬間に、佐々木の野郎が優待者の法則をDクラス全体へ送ればいい。そうすりゃお前らの圧勝だろうが」

「圧勝なんて結果にはまず間違いなく不満を抱く賭博バカを一匹抱えているのよ、素直に法則性の全てを教えてくれるような親切心を見せてくれると思うの?」

「……」

「船内を走り回らせるバカバカしい案なら飛び付きそうだとは思わない?」

「説得材料になったり脅しの道具になったりと、相変わらず面倒な野郎だ」

 

 苦虫を噛み潰した顔をさせた龍園は、堀北の疲れ切った表情に同情する。

 佐々木乃亜の性質を利用した経験を思えば、諸々を納得してしまう龍園だった。

 

「兎グループ以外の優待者を全員当てる───11グループを結果3だけで終わらせる、それをⅭクラスとDクラスだけで独占すること。これが私から龍園君へ向けた提案」

「───兎を抜く理由は、佐々木か」

「玩具を取り上げて駄々を捏ねられても困るもの」

「難儀な味方を抱えてやがる」

「本当よ、椎名さんと取り換えて欲しいくらいだわ」

「それも佐々木仕込みか? 笑えねえ冗談が上手いな。……やめろ、そんなに見てもやらねえぞ」

 

 常識的な知恵者と、狂識的な知恵者、どっちが欲しいかと言われれば前者だろう。椎名を手放すつもりも無く、乃亜を迎え入れるにしてもトレードだけは勘弁被る、そんな顔の龍園だった。

 残念そうに本気の溜息を吐く堀北は、意識を切り替えると、交渉の纏めへと入っていく。

 

「こちらから提供するのは佐々木君を使って得られる精度の高い情報と、佐々木君を使った坂柳さんの足止め。ヒントと足止めくらいの仕事はこなしてもらうわ」

「こっちは雑用を含めた頭数を揃えりゃ良いってところか。───配分は?」

「もう既定路線に乗っているのよ、茶化すような発言はやめて」

「クク。……佐々木も良い女を捕まえたもんだ」

「魚の餌にされたいのならそう言ってちょうだい」

 

 そこから先は、他のクラスの前で話す内容では無い、この認識を共通のものとした瞬間。

 ───DクラスとCクラスの同盟は、締結された。

 

「平田君、櫛田さん、2人の協力が必要よ、お願いしてもいいかしら」

「もちろん、僕にできることがあればなんでも」

「───私も、一緒に頑張らせて!」

 

 同盟が締結された瞬間、それはつまり───()()()()()()()()が無に帰したことを意味する。

 無人島で、どうして佐々木乃亜は、わざわざ堀北へリーダーの指名を書かせたのか。

 堀北へ、そしてクラス全体へと言伝した綾小路は、その時、誰の耳にも届く声量でこう言った。

 

『佐々木が「堀北しか信用ならん」って言ってたぞ』

 

 クラスを大勝利へと導いた佐々木乃亜、その指示に従いフォローを重ねていた堀北鈴音は───さぞかし注目の的だろう。

 クラスカーストをひっくり返さんとする成果を叩き出し、大きな発言力を得た佐々木乃亜。妬み嫉みも生まれるだろう、そこへ追撃を入れるように「堀北しか信用ならん」だ。

 人の情など単純なもの、そして龍園の支配体制に罅が入っていることも理解できるだけの下地が()()にはある、甘言を囁くのなら坂柳でもなく一之瀬でもなく、龍園であると結論づける事ができる実力がある。

 陥れたい人物を陥れられるだけの状況は揃っていた───だから堀北は、自分のグループに櫛田が入っている時点で、櫛田桔梗による裏切りの可能性を警戒していた。

 ディスカッション開始前に、櫛田からは平田と共に自らが優待者であると明かされていた。彼女のシナリオでは、龍園に「鈴音の顔色から判断した」とでも言わせて敗北感を味合わせたかったのだろう。

 堀北からの視点では、この時点で櫛田の裏切りを確定させてすらいた。

 そして龍園による『優待者を特定した』という、あまりにも早すぎる暴露によって櫛田の目論見は崩れていた。……龍園は恐らく、早い段階からCとDとの協力体制の展開を望んでいたのではないのだろうか、その為の材料の一環として櫛田の裏切りの情報を用いた、堀北に手を組ませるよう仕向けるための餌として利用されたのだ。

 

「そういう訳だ、後は雑魚共で好きに喋れよ」

 

 周りへと言い切った龍園は、だらしなく椅子に座り直し、嫌らしい笑みを浮かべながら瞳を閉じる。

 ───もう櫛田は、少なくともこの試験に限っては、これ以上の裏切り行為はできないだろう。下手に動けば佐々木乃亜が出張る可能性も否定できず、龍園からすらも首根っこを抑えられた状況へ追い込まれているのだ。

 裏切りの誘発、そしてその状況の利用、『佐々木乃亜』の看板。御膳立てしたのは自分ではないが、ある程度は使える材料を上手に使いこなせたのではないだろうか。

 

「……疲れたわね」

「すごかったね堀北さん。……全部が佐々木君からの指示かい?」

「どうとでも考えてもらって結構よ」

「うん、じゃあそうさせてもらうよ」

 

 感心した目で見てくる平田と、感心した目を()()()()()櫛田。

 堀北は、佐々木が櫛田をどうしたいのか、それが少しづつ見えてきた気がした。

 

「佐々木くんみたいでカッコよかったよ!」

「最低最悪の嫌味ね」

 

 今一番聞きたくない類のセリフを、分かっていて意図的に言った櫛田へ、強めの睨みを与えておく。

 堀北は今後の展開へと思考を広げながら、一度脳を休ませるために、瞳を閉じた。

 


 

 ディスカッションが終わった瞬間、堀北は怒涛の勢いでメールを送り付けた。

 一つ目は高円寺へ向けたメール。

 

『佐々木君からの指示よ、私からの指示があるまで静観して』

 

 あの珍獣には望み薄だろうとは思いつつ、多少なりの効力を目指して送るのだ。

 元より手回しが届くまでの時間稼ぎに過ぎない、そこまでの期待は元からしていない。

 そしてもう一つは、佐々木へと向けたもの。

 

『高円寺君をどうにかして大人しくさせなさい

 坂柳さんをどうにかして夜のディスカッションまで足止めしなさい

 兎グループの優待者と、特定するためのヒントを寄越しなさい』

 

 厄介を厄介で御する、今回の佐々木乃亜の使い方はこれが最適だろう。

 高円寺は乃亜の話なら少しは耳を貸す、これは中間テストや無人島での様子を見ていれば分かる。完全に思いのまま、というのは無理だろうが、ほんの少しだけでいいのだ。

 ほんの少し、()()へ投じられるだけの時間が欲しい。

 そして最後に綾小路へ向けたメッセージを送る。

 

『私の傍にだけは近寄らないで、近寄るくらいなら肺の活動を止めなさい』

 

 たった今の龍園との会話で垣間見えた所感を、行動に移す。

 そして、ほどなくして2人から返信はきた。

 

『高円寺は夜までしか待てないって言ってた

 坂柳は了解

 優待者は軽井沢 ヒントは干支』

『あまりにもあんまりだ、知らないうちにお前に何かしていたか?』

 

 当然のように高円寺からのレスポンスは皆無だった。綾小路の返信も無視した。

 だが、これでいい。

 夜までというリミットが確定しただけで、元々の展望と何ら変わりない。

 携帯から意識を逸らしたのを見計らって、同じように携帯を操作していた龍園が嘲笑交じりの声を掛けてくる。

 

「ご相談は終わったかよ」

「待たせたわね」

「場所はどうする、俺の部屋で2人きりでも構わないがなあ?」

「先生に相談して、試験の説明を受けた部屋が使えないか聞いてみましょうか」

 

 戯言の全てを無視して、堀北は席を立つ。

 ───坂柳に見つかる前に、足早に、長い髪を靡かせながら部屋から退室する。

 

「夜までには終わらせましょうか」

 


 

 扉に脚で風穴事件、あれは実にしょうもない事件だった。

 茶柱からの説教を潜り抜けた後、船内を駆け足で見回りながら、一つの連絡先を開いていた。

 最優先の人物だ、乃亜は迷わずに電話してみる。

 

「堀北がなーんか企んでるっぽくてさー、様子見てやりたいんだよねー」

『君の道楽のクールガールかい? ふむ……だが残念な事に今回の退屈な試験は、夜までには終わらせたい気分なのだよ』

「ってことは、逆に言えばー?」

『夜までだ、それ以上は君からの頼みだとしても待つ気は起こらないだろう』

「ハッ! 善哉善哉! 夜までに仕上げらんなかったのなら、現時点でのあいつの実力がそこまでだったって訳だかんねぇ!」

 

 即座にメールを送られるよりもよっぽどマシだろう、坂柳の足止めの時間指定からしても、とにかく夜までの猶予が欲しいと察した乃亜は、高円寺の返事に機嫌よく答えるのだ。

 

「あー、そうだ、学校帰ったらポーカーしよ───……あの野郎はよぉ!」

 

 返事もせずに切られたのだが。

 


 

 船上を走り回り、目的のお姫さまを探すこと数分。

 幸運にも、葛城と合流した瞬間の場面に出くわせた乃亜は、手を振ってとにかく叫ぶ。

 

「さっかやーなぎー!!!!!!」

「あら、乃亜君」

「佐々木、お前にも話が「そこをどけ偉丈夫スキンヘッドぉ!! この女は俺のもんだぁ!!!!」

「───ふぇっ!!??」

 

 何かしらの疑問を投げ掛けられるのを恐れた乃亜は、坂柳を横抱きにして、緊急避難先の自室へと連れ込んでいく。

 背中に葛城からの呆気に取られた視線がぶつかる、しかし少年は全てを置き去りにして、全力の人攫いと化すのだった。

 

「あ、ぁのっ、あのっ!! 私からもっ、提案するっっ、つもり、でしたけどもぉっ!!」

「なら黙って俺に攫われとけ」

「ひぅっ───こっ、こんな、強引っ、なんてっっ……予想外、でぇ……!」

 

 余計なことを報告される前に、真っ赤になって普段以上に小さく縮こまった坂柳の身柄の誘拐に成功した乃亜である。

 その後は部屋で大人しく過ごしたり、プールで遊んだりしてたのだ。

 そして、時刻は15時半を示す頃合い。

 

「美味しいですね」

「カキ氷でしか馴染みが無いけど、ブルーハワイジュースってこんな味なんだ。……んむ、フルーティーで爽やかな甘みがある気がする」

 

 プールの縁に座り込んで、足で水を跳ねさせながら、空の色をした飲料を蒼穹の天井の下で仲良く並んでストローを啜っていた。

 これはいわば相互トレードだ、坂柳の動きを封じるために、佐々木乃亜は動けなくなる。それを坂柳も察してか、いっそじゃあもうこの状況を楽しんでしまおうかと、互いにのんびりと遊び惚けていた。

 THEバカンスな、ほのぼのとした空気間の中、情勢を知らせるメールが11通連続で届いた次第なのだった。

 

「───早過ぎますね……まだ夕方にもなっていませんが、これが狙いですか?」

「フッ(堀北に聞いてくれ)」

「らしくなく強引に連れてきてくれて、嬉しかったのですよ? ……それなのに乃亜君ったら、もうっ」

「フッ(えー? まじー? 1人で龍園との交渉成立させてDとCでポイント独占したってこと? 急成長過ぎて怖いのだがー? ……つーか、それにしても特定早すぎくね?)」

 

 頬を膨らませる拗ねた顔をさせて、ひんやりとした小さな指先で、乃亜の耳たぶを強めに引っ張る坂柳。

 何も言えず、ニヒルに笑いながら耳を引かれて頭蓋を揺らされる、それだけが乃亜に出来る唯一の抵抗だった。

 

「先程から私の話を聞いていますか?」

「フッ(やりたい放題とは言ったけどさぁ、ここまでやれとかいってないのだが)」

「乙女心を弄んでいる自覚はありますか? 私にだって我慢の限界というものがあるのですよ? いい加減にしないとそろそろ暗いところに閉じ込めてしまいますよ? ……本当に聞いていますか?」

「フッ(こいつ放置して今すぐにでも詳細聞きに行きてぇー、でもなー、兎を残したのって俺の存在を強調してこいつの注意をこっちに向ける為でもあるだろうしなー、堀北の頑張りを棒に振る訳にはいかんかー)」

「乃亜君? …………そのっ、き、き……キスっ、とか……し、しちゃい、ます、よ?」

「やめろボケナス(やめろボケナス)」

 

 そんなこんながあって、この船上試験。

 残すグループは、兎のみとなったのである。

 


 

 第二回目のディスカッション、ただ一つ残された兎グループ。

 乃亜は笑顔で、この空間の視線を独占してしまっている───ええ? 本当に? 独占しちゃっても良いんですか? 今回の佐々木乃亜は何もしていないのに? こんなにも警戒心を貰い受けちゃってもよろしいので?

 堀北鈴音ちゃんってばサマサマだぜ! あの時首を絞めて終わらせなくて良かった! 今後も飼っておくと便利っぽいので大事にしてあげようと思いました!

 前回と同じ席で───綾小路と軽井沢の位置が交換されているが───乃亜は一息に騒いでいく。

 

「ハッ! そうだよな、佐々木乃亜クンが言及した要素だ! それがいかに辻褄が合って理屈も通っていたところでよぉ! 1日くれぇは様子見をしたがるよなぁテメェらみてぇな頭が回る奴らってのはよぉ!!」

「時間稼ぎってことかー……佐々木くんにやられちゃったなぁ」

 

「あちゃー」と苦そうに笑いながら、前髪を指先で弄ぶ一之瀬だった。

 いかにも乃亜の大作戦が大成功、みたいな雰囲気だが、だが。

 事情を知っている側である綾小路とひよりからの視線が、こう、「こいつすげぇな」みたいな視線だった。ホラ吹きにも程がある、視線の色は多分大体そんなことを述べているのだ。

 こうなってしまえば、後は乃亜が楽しむだけである。堀北がぐちゃぐちゃにしてくれた現状すらも使って、乃亜が大好きな混沌とした無秩序議論パートのお時間だ。

 

「気分が良いから手札をもーっと開示しちゃおっかなぁ! 軽井沢ぁ! テメェ優待者メールを見ただろ!!」

「!? さっ、佐々木くんが見とけって言ったんじゃん……!」

「ほらぁこの通り! 軽井沢が優待者であった事実はマジだ!! わかる奴ぁ今の反応見てりゃ分かんだろ!? 何なら軽井沢ぁ! 今すぐみなさま方にメールをお見せしてやれよ!!」

「バカじゃないの!? もうやだこの人!!」

「佐々木……頼むからそれ以上は暴れないでくれ……!!」

 

 乃亜の隣で頭を抱える軽井沢と、頭とお腹を押さえる幸村に、同情の視線が降りかかる。……溜飲を下げるような色の視線は、ひよりを除いたCクラスの三名分。

 ディスカッション一回目終了直後に起こった、Cクラスの真鍋グループとのゴタゴタの詳細を綾小路から聞いたが、手を出すほどでもないというのが乃亜の所感だ。直接見ていた訳ではない乃亜には断言はできないが、ちょろっと本人の口から聞いてみると、軽井沢自身にも覚えがあるような色が見えていた。

 発端が軽井沢の自業自得であるのなら、乃亜は荒事へ発展しないよう抑止力として近くに居座るだけで構わないだろう。……本格的な宿主として選ばれる前に、早く平田へ押し付けたいのだが。

 

「いーや大丈夫さ幸村、この段階までくればもう手出しは出来ねぇのよ。……でもコイントスしたいのなら構わんよ!! 博打大歓迎!!!! 踏ん切り付かないなら俺が代わりにメール打ち込んであげるけど!!」

「あんたなんかに携帯を渡せる訳無いでしょ、何を覗かれるかも分からないし」

「えっ、神室ちゃんったら覗かれるとマズイメールとか写真とかある系? ちょー見たーい、見ーせてー、見せろや」

「坂柳、あんたの男があんな事言ってるけど」

「側近諸共喰っちまう気か、スゴイな佐々木は」

「テメェらを地獄の手段で退学まで追い込みてぇ~」

 

 陰湿なのは趣味ではないのでやらないとは思うが、しかし中々どうして敵愾心を煽ってくれるではないか。……事実無根な話が、さも真実であるかのような物言いをされるのは困る、とっても困る、変に広められる前に処分しなくちゃならない可能性が浮上中だ。

 背筋が凍るような笑顔を心掛けていれば、神室が楽しいくらいに怯えた色をさせていた。いいなぁ彼女、反応が良い、坂柳が気に入るのも分かる。その玩具を乃亜にも分けてくれないかしら。

 

「───幸村ぁ……このゲームを、真嶋先生ぇは人狼に例えていただろ? 確かに似ている部分は多い、が、一つ違うのは、縦え狂人ムーブをしている奴が居たとしても、簡単に縄で吊し上げる事が出来ねぇって事だ」

「……理には、適っている……のか?」

「確実に人狼だけを狙い撃ちに出来なかったのなら、そのたった一つのミスで人狼側の勝利が確定してしまいます……という事ですよね」

「さっすがひ───椎名だ! 分かりやすい補足どうも!!」

「呼び易い方で結構ですよ?」

「同じ三文字だよ特に大して変わらん変わらん!」

 

 2人の間に流れそうになった妖しい空気感を、乃亜は全力の大声で誤魔化しにかかる。見事に誤魔化せた……誤魔化せたか? 誤魔化せた、と思う、そういうことにしておく。

 坂柳の方角は見ないように心掛けて、何かを聞きたそうにしていた一之瀬と顔を見合わせる。

 

「……1回目のディスカッションが時間稼ぎだって言うのなら───佐々木くんのパフォーマンスは全部、大きく張っただけのブラフだって事だよね?」

「俺が他のグループ全当ての為だけにこの兎グループを捨てるってぇ? ハッ! 一之瀬ぇ、『佐々木乃亜は勝負を捨てる』ってテメェが本気でそう言ってんのなら、あー、ほら、軽井沢に入れろよ? この時間稼ぎの間に、軽井沢から優待者を移した可能性も頭に入れたままメールを送ってみやがれぇ?」

 

 揺さぶり一つ、乃亜には全然これっぽっちも効かなかった。

 むしろハッタリの中身が無いと疑われている現状に、乃亜はもっと楽しくなってしまう。笑みの口角は尚更に深まっていく。敗北の淵へ追い込まれていると自覚するたびに、喉の奥から胸中の本心が漏れ出していく。くつくつと、煮えたように、悦楽の熱が乃亜の思考を冴え渡らせる、熱が整えていく。思考を浮かべて沈めて選んで捨てて、脳で繰り返されるその作業が楽しくてたまらない。

 邪悪にも見えるその笑顔を、一之瀬は慈しむように眺めていた。

 

「……佐々木くんってば、本当に意地悪さんだねぇ」

「ああそうさ、もう動けないんだよなぁテメェはよぉ! 11グループを投票して終わらせたのはまず間違いなく俺か龍園か坂柳の仕業だってのによ! そんな中で外してBクラスだけがマイナスで終わる可能性ってのはぁ? リーダーからしちゃ相当に重たいもんがあるよなぁ!? 今後のクラスの士気に大きく影響与えそうだもんなぁ!? まったく大変だよなぁ風見鳥揃いの足手纏いを引き連れたリーダーさんってのはよぉ!! 一致団結がアダになってちゃ世話ねぇなぁ!!?」

「悪魔かこいつは」

「幸村君、彼は悪魔ではなく、悪魔のように意地の悪い男の子なのです」

「すごいぞ佐々木、お前は今間違いなく輝いているぞ、闇色にギラついているぞ」

 

 闇色の輝きってどんな感じだ、ちょろっと痛々しい響きを感じるのだ。

 

「おおっと、勘違いしないで欲しいんだが、コイントスはいつでも歓迎だぜ。当たるか外すか、二分の一だ、賽を投げる時は俺に教えてくれ、盛大に盛り上げて見せる」

「惜しいな、俺が他のクラスなら迷いなく送っていたんだが」

 

 腕を組みながら、無念であると無表情少年は語る。そんな彼に倣って、乃亜も同じように腕を組んで、無言の頷きを披露するのだ。

 シンクロする2匹の小僧の姿に、白けた声と視線をぶつけてくる坂柳。

 

「良くないですよ綾小路君、そんな最悪の影響を受けてしまってはいけません、脳細胞に多大なるダメージを負ってしまいます」

「そのかわりと言っちゃ何だが魂の誉れは得られるぜ」

「魂の誉れって何?」

「やめておこう軽井沢、きっと理屈なんか無いんだろう、考えない方が心に優しいと思うぞ、俺はそうする」

 

 さて、こうして膠着状態へと持ってこれた訳だが。

 ───あれ? 膠着しちゃったら、この状況、動かせなくね?

 

「あー──────まあ、何だ、こんな戦局になっちまったんなら、後は膠着状態が続くだけかねぇ……気に食わないけど、結果1か2でフィニッシュだろうな……あー、クソつまらん……くだらんぜ……なあなあのゲームに何の意味があるってんだ…………はぁ…………せっかくの面子なのに………………もったいねぇ」

「な、何だこいつ……急に萎え始めたぞ」

「先の展開が読め過ぎるのも考えものですね」

 

 グループメンバーの行動予測とを絡めて思考すればするほど、行き止まりへ行き着いていしまっているという結論へ至ってしまう。

 早とちりして手を出してくれるようなのは……神室は坂柳の手持ちポケモン、町田は坂柳の指示ありき、ひよりは手を出さないだろうし、一之瀬は少なくとも最終日まで様子を見るだろう、浜口も用心深い眼鏡だ、別府は主体性が無さそうだから一之瀬に従う。

 残るは───真鍋と藪と山下、Cクラスのこの三匹は軽井沢へ悪感情を抱いている。上手く使えば釣れるかもしれない。……ひよりからの口添えが厄介だが、口車に乗せてヒートアップさせれば他者の耳もかさない状態へ……やったぜ! 結果4の大勝利エンドが見えた気がする!

 このゲームの大きな形勢はほぼ決まっているようなものだ、というか堀北が決めてしまったのだ、やりたい放題やってんなあいつ。

 最終的な地点への伸び幅も凄まじい成長性があるのだろうが、そこへ行きつくまで成長速度も目を見張るものがあるだろう。

 

「やるべき事はほぼほぼ終わってるし? 後はお喋りの時間を楽しむだけだな。なあ綾小路ぃ」

「……そうだな、普通のオレでも多少はお前の言いたいことは理解できる、つもりだが」

「「暇だしポーカーでもやるか(早過ぎるのが問題だ)」」

 

 綾小路とアイコンタクトを取りながら、乃亜はカードを配り始めた。──そう、唯一の懸念点と言えば、早過ぎる点か。

 確かにCクラスとの間で協力体制を取る事が出来たのなら、法則性を見つけ出すまでの速度は段違いだろう。だがそれにしてはあまりにも早い、14時にディスカッションが終わって、その二時間足らずには試験終了メールの嵐だ。頭数を揃える事に成功したところで、たった二時間も経過せずに勝利確定の域へ引き上げる事など出来るのだろうか。

 そも法則性を見つけ出す前提からして多くの段階を踏む必要がある、ポイント配分の交渉、協力をする場所の選定、全グループのメンバーのリスト化、メンバーの整合性だって互いの情報を擦り合わせる時間を設けなければ正確性に欠けてしまうだろう。そこから法則を突き止めて、各グループのクラスメイトへ連絡を入れて、タイミングを合わせて一斉に送る。……時間、足りてるか?

 龍園へ存在が露見することを嫌って、綾小路の力は借りなかったらしい。ひよりも他のクラスから目撃されることを避けて、直接法則解析の場には居合わせなかったとか。……2人共に乃亜が法則性を暴露した事は黙っていてくれたらしい、変に混乱させることは無いという判断だろう、何かごめんね。

 乃亜と綾小路は、ポーカーの点数計算を装いながら携帯を細かに操作して、密やかにメッセージを交わしていく。

 

「ハッ! 雑魚がよ、ポーカーフェイスだからって俺の本領に敵うと思うなよ雑魚が」

 ───龍園からお前を隠そうって判断できたのも良かったよなぁ。

「二回か、二回も言ったのか、恋愛クソ雑魚プリンスが? どの口で?」

 ───オレが龍園から注目されていないと判断出来ている、よく状況を見れている証拠だ。

「ちょっと黙れなキレたわマジで。おいポイント賭けろ、30万出せ、俺は300万出してやる」

 ───視野は順調に広くて深くなりつつある、個人戦でなら龍園と一之瀬にぶつけても、均衡を保った熱い勝負が見れるくらいにはなってそうだ。

「ここぞとばかりに回収しに来たな、いいだろう乗ってやる、お前の残高桁を数段下げてみるのも面白そうだ」

───()()()()()そうだな。だが集団となるとまだ難しいだろう。

 

 坂柳という、龍園と堀北からして、目下最大の共通の敵の足止めを行える位置に、都合良く乃亜が居合わせたのだ。厄介と厄介を対消滅させている間にでも、スピード勝負でカタを付けたかったのだろうが。しかし、だ。

 乃亜と綾小路の懸念が的中しようと、もしかしたら杞憂だったとしても、2人の中で辿り着く結実は同じだ。龍園と対等に、もしくは半歩劣る程度でも構わない。単独で交渉へ挑み、締結へと導いたという事実が重要だ。現状の龍園へ噛み付けるだけの実力があるのは良い事だ。

 問題は、早過ぎるあまり、内政の整理が間に合っていない点。

 櫛田は構わない、平田も問題ない、軽井沢の問題でもない、高円寺がフリーダムだとかそう言った次元でもなく、地雷だらけのDクラスだから問題という話じゃないのだ。

 単に求心力だ、カリスマ性とも言える。

 他者を通じて結束を呼び掛けるのにも限界はある。だから乃亜と綾小路が理想としていた堀北の在り方は、前線で背中を間近で見せ付けるような存在だ。一歩前に出て旗を掲げて先陣を切るような、その肩を気軽に叩けるような、仲間の手が簡単に届くような、そんな親しみのある頼もしさにこそある。

 だがそれは、共に歩み、共に痛みを分かち、共に成長してこそ得られる成果でもある。

 優れた『個』が支配するのとは違う。

 あくまでも同じ地平に立っていながらも、それでいて集団の先頭に立つ者でなくてはならない。

 

「コール」

「む……レイズだ」

 ───このままの成長曲線だと、実力を付けすぎた堀北による君臨になっちまう。

 ───坂柳や龍園へ似せるには強引さと悪辣さの不足、そして一之瀬のような崇拝に似たカリスマとするには団結力が不足している。君臨にせよ支配にせよ団結にせよ、今の中途半端ではオレ達が育てている意味が無くなる。

「コール」

「レイズ」

「コール」

「……コール」

「こちとらフルハウスだが? そっちはぁ? もしかして3カード程度とかで挑もうとしちゃった感じぃ? ……ハッ! 1ペア如きで挑んでんじゃねぇよ雑魚がぁ!」

「何でその役で最初からコール出来るんだお前は」

 ───絶妙な塩梅になっちまったなぁ……じっくりと腰を据えるつもりだったけど、いよいよ内政事情に手を突っ込む時が来たか?

 ───二学期も始まる、頃合いと言えばそうなのかもしれない。

 

 密談にかこつけて、口止め料として奪われた30万を回収するべく、綾小路をポーカーでボコボコにしていく乃亜。

 肩を落とす綾小路を尻目に、カードを回収しながら、乃亜は一つの()を思い返していた。

 

 ───卒業する頃には、佐々木乃亜の最大の敵になっているからよ。

「はい勝ち、後でポイント送れよテメェ(───あー……信じる、か? ……期待、してみてぇなぁ……ほっといたら、どこまで進んじゃうのかなぁ…………よし、静観しよっと)」

「高レートで勝負しすぎて30万じゃ微塵も嬉しそうじゃなくなってるな」

「ポーカーで負けた経験とか無いし、緊張感とかほぼ無いし……手札見ずにオールインとかなら別だよ? それにほら、綾小路の財布はなるべく軽くしたいじゃん? だって人間だもの」

「そんな人間は佐々木くんだけでしょ」

「もっと言ってやれ軽井沢───この鬼畜プリンスめっ(裏声)」

「……今度は私も混ぜてもらってもいい?」

「はぅあっ!? 可っっ愛い!! ───もっちろん!!!! やろうぜやろうぜ!! そんじゃ席移動しよっかぁ!! あのソファーを賭博エリアにしよっかぁ!!!!」

「最悪のエリアが出来上がってしまったな」

 

 何かもう考え事の全てが吹き飛んでいた、控えめに手を挙げる一之瀬の姿だけに乃亜の視線は釘付けだった、善良で可愛いが過剰な一之瀬は全てに優先されるのかもしれない。

 幸村の戦慄の呟きも聞こえず、一之瀬からの誘いに気分上々の乃亜は、部屋の角にあるソファーを指さしながら席を立つ。

 乃亜は、ふと、過去の瞳を思い出す。本物の殺意を受けて、本物の命の危機が迫りながらでも、それでも堀北鈴音は悪魔を睨んで見せた。

 鋭く、強く、けれど未熟で、でも、美しい輝きを放つ瞳だった。

 それは、根拠が皆無だろうと、信じてみても良いかもしれないと思える───賭けてみたい、そう思える光を湛えていたのだ。

 けれど、それを知らない綾小路は。

 


 

 ───内部統制、その足掛かりとするのなら、ちょうど手頃なのが居る。オレと佐々木がこのグループになったのは都合が良かったな。

 席を移動していく、数人の内の一人へ目を向ける。そう多くはない、椎名はディスカッションの空気が潰えたと判断するや否や持ち込んだ本を読み始めて、他の者達も携帯を弄ったりして過ごすようだ。佐々木と一之瀬に、オレと、坂柳と、軽井沢が元の席から離れていく。

 俯瞰するように集団の流れを眺めていたからか、軽井沢が佐々木を追うように席を立った事実へ、坂柳が意識を向けていることに気が付けた。

 佐々木から『色』で気が付かれる前に、すぐさま視線を散らして紛れさせる。

 ───上手く事が運べば、堀北へ向かう坂柳の脅威を1人が潰れるだけでいなす事が出来る。そうでなくてもクラスの統制を握る事が出来る時点で……試す価値は有る、か

 

「一之瀬は賭けるのか?」

「それはちょっと遠慮しておこうかなぁ」

「……まあいいか、一之瀬とポーカーできるし」

 

 L字の形をしたソファーの角を挟むように、佐々木と一之瀬は座った。

 オレは一之瀬の手札を覗ける位置へ座り、坂柳は佐々木の隣へ座ろうとして───呆れたような声が真隣から、佐々木の隣から耳へと入っていく。

 佐々木にとって馴染み深い声では無かった。

 

「佐々木くんって一之瀬さんのファンか何かなの?」

「似たようなもんだ」

「ふ、ファンって……からかいすぎだよ?」

「じゃあ何か、嘘を吐けってか、可愛いに対して可愛いって言っちゃダメなのか、俺は俺が可愛いと思ったものにしか可愛いとは言わないし言いたくないのにお前は俺の心に嘘を付けっていうのか、一之瀬帆波は可愛くて可愛くて可愛いというのが俺の中の真実なのに」

「うわっキモい」

 

 佐々木の隣の空間へ、誰よりも早くに腰掛けた軽井沢。

 それは、一人の女子の険を深くする行動だった。一回目のディスカッションでの態度を見ているのなら……それ以前から、佐々木と坂柳との関係性は噂になっている。本人達が微塵も噂の真偽に興味が無く過ごしているから話題に上がりさえしないだけで、特別扱い同士であるのは学年中では周知の事実だ。

 それすら押し退けるように、この行動。顰蹙を買うと知らない筈が無い、それも目の前で見せつけるようにだ、いっそ露悪的とも言える。真鍋とのやり取りの際にも垣間見えた攻撃性にも似た行動。……なるほど、佐々木の言うヤマアラシモドキの意味が分かりかけてきた。

 

「───乃亜君は、一之瀬さんの事になると様子がいつにも増しておかしくなってしまいますね」

「ったく、罪な女だぜ一之瀬は」

「……佐々木くんのこれは、慣れた方が楽なのかなぁ」

「良い判断だな、こいつにまともに取り合っていると人生に無駄が多くなるぞ」

 

 行動へ移すには情報が足りていないが、しかしこの船にいる間には済ませられそうだろうか。

 佐々木には悪いが、オレ達の玩具が遊び切る前に壊されるのはとても困るからな。

 


 

 部屋から退出するついでに、真鍋の足を踏み抜いていくアホ女がいた。

 白々しく「ごめんごめん」とか言い捨てて消えていく背中に、ちょっと笑ってしまった───否、大爆笑で腹を抱えてしまった乃亜だった。

 

「あいつヤバすぎだろ」

「お前好みの置き土産だったな」

「嫌いじゃねぇけど、虎の威を借りて粋がってるってのは減点かな」

 

 ディスカッション終了直後に見せた軽井沢の行動を話しながら、船内通路を並んで歩いていく。

 ───あれはもはや自覚しながら、それでも行動方針を変える訳にはいかないのだろう。もはやアイデンティティと化しているのなら無理に変えるのは荒療治が必要だ。

 

「軽井沢は、見てて飽きないから取り敢えず放置してみるとして……(まつりごと)かぁ……そういうの苦手なんだよなぁ……出来る人材に任せたいけど……」

「それこそ軽井沢じゃ不服なのか、女子を束ねるにはうってつけの存在だとは思うが」

「あー、櫛田を上手く使うとか? 妙なタイミングで爆発されると困るけど、どうすっかな」

 

 綾小路の意図を、その上から意図して無視する乃亜だった。冗談じゃない、宿主は平田だ、乃亜はまっぴらごめんだ、もしくは綾小路だ、乃亜へ矛先が向く案は全て却下である。

 何かを言いたげな色をさせた綾小路だが、聞き出す前に……何か、また、直近で聞いたような高い声が曲がり角から聞こえた気がする。

 うーむ、ヤマアラシ(ヒストリクス)モドキとエンカウントしそうな予感がするのだが。

 

「佐々木」

「ん」

 

 短く切った返事だけで意志は交錯する。

 曲がり角から様子を伺うように、観葉植物の陰に息をひそめていると、やはり予感は的中してしまう。

 

「彼女が困ってるんだよ!?」

 

 ポニーテールを振り乱しながら、平田へ詰め寄る勢いの女子が居た。

 どうやらあの齧歯類、自分で言っちゃうほどには困っているらしい。平田へ助けを求めるとは思っていたが、懇願するにせよ些か過剰に思える色をさせている。

 前々から軽井沢恵の中には怯えが見えていた。例えば無人島で葛城に追い詰められた時でも、試験以外のそうでない時でも。彼女が構築していた人間関係に感じていた薄っぺらさもだ。スクールカーストを保つためには数という手段は確固たるもの、だから数を揃えるために薄く広く、防衛本能のように広げようとする。

 人間、何事も、行動を助長させるのは経験だ。そして複数人から囲まれた際に見られる怯えの色。自らへ怯えを与えるものを退けるため、強者へ縋りつく。この知恵は、これも経験則なのだろうか。

 小僧が2匹、息を殺して聞き耳を立てているが、内容はやはり真鍋とのいざこざのようだ。

 だが───やはり発端は軽井沢であるのは間違いない、軽井沢の声色から見えてくる色には、微かな罪悪感も混じっているように乃亜は感じる。

 そして、平田は、道理が通った人間だ。

 

「だけどそのために、誰かを傷つけることはできない」

 

 大方、乃亜達が出くわす前にでも『あいつらをぶっ飛ばして!』とか頼んだのだろうか。しかし自業の致すところから発展したのなら、彼は、乱暴な解決方法を取ることは無い。

 そうでなくとも、暴力という行為自体を忌避しようと()()()()のなら、尚更に平田洋介を使っての暴力的な解決を望むことは出来ないだろう。……てかやめてよ、平田の中身を無遠慮にほじくるような話はしないであげてよ、彼のことは大層に気に入っている乃亜なのですよ。

 もしも一度でもその手段を行使した経験があるのなら、その選択肢の軽さは以前にも増して手が届きやすくなっているだろう。───()()()()彼は、自分を変えようとして、自分が変わろうとして、そして彼は変われたのだ。

 その努力をフイにされるのは、乃亜が困る。

 人の頑張りだ、平田洋介の結晶だ、後悔に苛まれても進もうとする強い輝きだ、だから佐々木乃亜は彼をいたく気に入っている。平和と平穏でありたいと望み続ける在り方には、間違いなく価値と意義が灯っているのだから。

 

「困るな」

「……」

 

 つい、口を突く言葉は、幸いにも2人には聞こえなかったようだ。

 綾小路は意図して無視しているのだろう、今はやはり、あの仮面カップルに意識を向けている。

 

「嘘つき! 守ってくれるって言ったのに!!」

「嘘? 僕は一貫して同じ態度のつもりだよ」

 

 毅然とした顔つきで、平田は、いっそ淡々と述べた。

 

「僕らは、本物の彼氏彼女じゃない」

 

 そりゃそうだろうなとは。

 乃亜も多少は男女の関係へ対する理解を持ち合わせているから分かるのだ、この2人、性欲関係の気配が一切しないのだ。

 名字で呼ぶなりの違和感はあるだろうが、それ以上に、平田があまりにも真摯な紳士すぎた。軽井沢へ向ける目には一切下心が皆無なのだ。「偽物だから」の関係性を保ちつつ、軽井沢の将来的な心配も含んでいるからこそ、間違っても手を出さないような精神性でいるという訳だ。腕に引っ付かれても大して性欲の色は感じられていなかったのだ。メンタルが菩薩なのかな?

 乃亜だったら───人にはよるが──────ひよりは─────────あの子は可愛いし綺麗だし魅力的である、その結論が揺らぐ事は無かった。坂柳だったら? ぷふーっ(超爆笑)。

 ピンクの想像を振り払って、聞き耳へと再度集中していく。

 

「何それ……何で今、それを言うの……」

「そろそろ別の選択肢が必要だと思ったからだよ」

 

 ───あ、嫌な予感がした、なんだこれ、面倒ごとの気がしたのだが! 地雷処理係が地雷を民間人にぶん投げようとしている気がする! 職務放棄か平田この野郎がぁ!

 その後、遠回しに「真鍋さん達へ謝罪しよう」と提案された軽井沢は、悲鳴を上げながら走り去っていってしまう。ありゃ泣いてたか? やはり麩菓子メンタルだ。

 去り際に軽井沢から缶コーヒーを投げつけられても、平田の表情は微動だにしていない。……未開封はやめようね、頭に直撃したらチョー痛いんだよそれ(経験談)。

 しかし平田は乃亜の想像よりも強い男だ、自らの中に定めた在り方を突かれていただろうに、表情には微塵も出さずに堂々としている。その上、自らの意見を揺らぐことなく、あのヒステリックモードな軽井沢に述べられる。うーむ、やはり気に入った。

 床に落ちてへこんだコーヒーの缶を拾い上げる平田、その姿へ乃亜は元気な声で話しかけた。

 

「へいへーい、フラれちゃったね男子ぃー」

「佐々木はシリアスな空気が嫌いなのか?」

「その発言も同類だと覚えておくと得するかも知れない」

 

 缶を拾い上げながら、眼を見開く平田。

 けれどすぐにいつもの穏やかな表情へ戻して、乃亜と綾小路へ向き直る。

 

「……聞かれちゃってた、かな」

「ハッ! ここは立派な通り道だぞ、テメェらの自己管理能力に非を問え」

「不遜すぎるな、いいぞ平田、一発殴ってもオレが許す」

「あ、あはは……」

 

 不遜はどっちだか分からない発言だった。

 

「性欲が無い訳じゃないだろうに、軽井沢も顔だけは良いだろ? よく手を出さずにいられたな」

「……全部お見通しか、でも、元から疑ってたんじゃないのかな」

「佐々木は察しが良いからな、オレもこいつから聞いたようなものだ」

 

 綾小路の言を否定はしない。乃亜を隠れ蓑に使いたいのだろうが、だが、はたしてその程度の苦し紛れが平田という有能に通じるのかな。

 

「うん、そうしておくよ」

「そうしてやってくれ」

「な、なんだ2人して、オレは普通の高校生だぞ、文句があるというのかこの普通の体現者に」

 

 自称普通が何か苦し紛れを抜かしてる、ざまぁねぇぜ綾小路。

 

「佐々木君は、軽井沢さんから何か聞いたかな」

「全然何も聞いてない、あのヤマアラシモドキの内面なんざ何も知らない」

「ヤマアラシか、お前はよく軽井沢をそう呼ぶが……どうせ何かと掛けているんだろう」

「───もしかして、ヤマアラシのジレンマかい? ……そうか、だから齧歯類って……」

 

 本当に本人から聞いた話なんざ一つだって存在していないのに!

 綾小路のナイスアシストにより、感づいてしまう平田洋介。ちくしょうバレた、頭が回るのも考え物である。もう人にあだ名を付けるのはやめようと思う。

 

「君なら、軽井沢さんが抱えているものが何なのか、想像できるんじゃないかな」

「あー……今すぐ回れ右してもいい?」

「……本当は聞かせて欲しいけれど、君の迷惑になるのなら」

「イジメ」

 

 クラスメイトの力になる、これは、佐々木乃亜が早期に決めていた規定だ。クラスのために、平田という有用な人材の憂いを少しでも取り除くのは、有効だ。

 乃亜の端的な言葉に、平田が目を見開いた。

 見える色は驚愕、そして、すぐに畏怖が追加される。

 

「かなりエグい体験をしたんじゃないの? 罅から垣間見える怯えの色がぶっちゃけ異常なまでに濃い。だから過剰に敵を作るやり方をしてでも地位を作り上げる、地位さえ築けば敵も手を出せなくなると考えたとかじゃね。……今回の一件で言うなら、謝罪という隙を見せたくない、被害を受ける余地を無くしたい、だから絶対に謝るというスタンスを取ろうとはしない、とか」

「……本当に軽井沢さんからは何も聞いていないんだよね?」

「昔っから人読みだけが唯一の取り柄でね」

 

 どうやら怖がらせてしまったようだ、ちょっぴりとだけ落ち込んだ乃亜だった。

 

「だからヤマアラシのジレンマか、佐々木、お前のセンスは分かり辛いぞ」

「うっせ」

「きっと、佐々木君のその、誰に対しても分け隔てない接し方が……軽井沢さんが心を少しづつ許している理由なんだろうね」

「ハッ! そりゃお前、人類はみな平等に無価値で無意味なイキモノだ! 一匹一匹への接し方を変える方がどうかしてるぜ!」

「お前なら本気で言ってそうだな」

「───てかちょっと待って、たぶん心とか許してないよ、俺は全然あの女と仲良くないよ」

 

 綾小路の言葉を否定はしない。

 乃亜は本気でそう思っている、乃亜は本気でそう考えている、人の存在には価値が無い、人の生きる意味は何もない、人間とは意義の無い生き物だと、心のそこからそう信じている。

 だが、人とはすべからく、中身のないモノを満たそうとする。

 人とは器だ、意味を注ぐにしても、価値を詰めるにしても、容量が無くてはどうしようもない。

 言うなれば、今の軽井沢は、『寄生虫である』自分に意味と価値を信じているという訳だ。

 

「本当の彼女は、きっともっと違う姿なんだと思う」

「見りゃ分かる、明らかに高校デビューだ、綾小路も似たようなもんだし変わらん変わらん」

「オレと軽井沢を一緒にするのは違うと思うぞ」

 

 ホワイトルームぅ? イジメられっ子ぉ? 同じ同じ、大体同じだと思う、分類学上は同一の霊長カテゴリーに入ってるのだからね。

 

「軽井沢さんはね……小学生から中学生までの9年間、酷いイジメにあっていたんだ」

「はぇー、生きた年数の三分の二を虐げられて過ごすとああなるんだぁー、あいつ、思ったよりも意外とタフネスあんのかもなぁー、知らんけど」

「ぇ……えっと」

「許してほしい平田、()()に悪意は無いんだ、境遇を聞いたところでこいつからすれば接し方を変える理由にならないだけなんだ」

 

 謎にフォローを入れられる乃亜だった。

 ───過去がどうあれ、今の軽井沢の姿は、これまでの経験から出力されたものだ。『こうすればいい』『こうしなくてはならない』『こうするしかない』といった焦りが端を発したのだろう。

 だが、藻掻いて、怯えて、怖がって、闇を手探って、それでも自分で考えて行き着いた結論だ。

 それは、一つの努力の結果と言えるのではないか。

 

「努力の結晶かぁー……そんじゃますます仮面の方向転換させるのはムズイだろうなぁ」

「───努力、と、君は言えるんだね」

「人が生きるためには努力が必要で、社会を生きるためには仮面が必要で、生き方に沿った仮面を作るには、相応の経験に基づいた努力が必要だ。……んだよ意外そうな目で見やがって……あれはそういう頑張った証だろ。どうせ人生なんざゴリゴリの主観視点だ、自分の思想くらいは手前勝手な理想論掲げたっていいだろ」

「……うん、素敵な考え方だと僕は思うよ」

 

 安心するような笑みだった。

 乃亜が女子なら多分惚れてた。男子なので惚れないが。

 

「そうでなくてもクラスメイトだ、出来るだけの尽力と協力をするって、俺と綾小路はお前に約束する」

「……ありがとう」

「勝手に名前を使うとは、堀北みたいな手口だ」

「ああ、そうだ、堀北さんの事でも2人に聞きたいことがあってね───」

 

 平田に失望されるのが困る乃亜としては、出来る限りの面倒は見てやろうと思うのだ。

 宿主はいやだが。絶対に宿主は勘弁だが。絶対に移すが。テメェら2人のどっちかへ絶対に擦り付けるが。覚悟しとけよ地雷処理係どもって感じだが。

 

「っ……冷房の効き過ぎかな?」

「……かもな、オレも今、とんでもない寒気が走った」

「憑りつかれる前兆だと思う」

 

 絶対だかんな!

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『よう実』ゲーでハーレム目指します(作者:m!zu菜)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

よう実の女キャラを堕としたい!!▼ということでハーレムチャレンジ、決行です。▼スタートはゲーム開始時、一年生終了時に何人の女の子と付き合っているかを競います。▼RTAではないのでご容赦を。▼


総合評価:4377/評価:8.65/連載:12話/更新日時:2026年06月13日(土) 00:53 小説情報


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